真っ白のバンドスコア

夏木

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40 / 76
Track4 2つのバンド

Song.38 Special guest

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「ありがとうございましたぁ!」

 悠真のミスが一つ。それ以外に練習と変わったところはなく、盛り上がったまま終わりを迎えた。
 大輝が感謝を伝えて頭を下げれば、館内に拍手が鳴り響く。
 心地よいはずのそれが、今の俺には悠真のことが気がかりで素直に受け止めることができない。

 完璧主義の悠真の心が折れてはいないか。
 もうやりたくないって言い始めたらどうしようか。
 そんな心配が頭の中をよぎる。

「へいへいへいへい。めちゃくちゃ楽しいことしてんじゃねえか」

 拍手の中、大輝でも、ちょこれいとのメンバーでも、互いの学校の先生でもない低い声がマイクを通してスピーカーから聞こえた。
 聞いたことのある声。それに聞いたことのある軽い口調。
 ありえない。だけど、間違いない声。

 いるはずないけれど、もしかしたら。
 声の主を探すために、あたりをきょろきょろ見てもマイクを持った男などいない。
 ステージ下の客席にももちろんいない。

「俺がどこにいるかって? ここだよ、ここ、ここ。ステージだってーの」

 体ごと振り向いて荷物置き場となっている幕が下りたままのステージを見れば、今まで誰もいなかった幕の前に見覚えのある男がマイクを持って立っていた。

「え、まさかあれって……」
「うっそ? こんな田舎に、しかも普通の学校に来るなんてことある? ないっしょ?」

 俺らに向いていた目が漂い、館内がざわつく。
 俺の顔もどんどん引きつっていくのが自分でもわかる。

「マジかよ……こんなとこに来るとかクソ暇人かってーの……」

 ステージ上に立つのは日焼けした肌、黒い短髪で筋肉質な男。片手にはマイク、反対の手にはドラムスティック。
 間違えようのない姿。Mapのドラマー、園島《そのじま》達馬《たつま》だ。久しぶりに見たけれど、相変わらずのゴリラ体型だ。

「へいへい。俺のこと知ってるよーっていう人、はい挙手っ!」

 そう言われ、上がった手は半数以下。突然の登場に驚いて知っていても手を挙げられていないのが多数だろう。
 俺も、園島を知っているけど、手を挙げなかった。

「ひぃ、ふぅ、みぃ……って少なっ! いい年したおっさんが泣きそうになるな、こりゃ」

 胡散臭い演技で肩を落としたものの、すぐに開き直って顔を上げる。
 そして自信過剰だと思えるほど、胸と声を張った。

「改めて自己紹介を! 俺はMapのドラム担当、園島達馬だ! 今日の羽宮《はねみや》と喜女《きじょ》の合同ライブにゲスト参加しに来たのはこの俺だ!」

 どうだと言わんばかりに名乗れば、館内がさらにざわついて、バッと歓声が上がる。
 それもそのはず。Mapは実質無期限活動休止。メンバーが何をしているのか、コアなファンでも知らない。もちろんメンバーの家族である俺もだ。

 休んでいるのに、なんでここにいる?
 何をやりにきた?

 俺の中に浮かぶ疑問がどんどん増えていく。

「キョウちゃん、キョウちゃん! Mapってキョウちゃんパパのバンドでしょ? なんでここに来てるの?」
「俺が知るかよっ……腹立つゴリラが来るなんて聞いてねえ」

 大輝がコソコソと耳打ちしてきたが、俺は何も知らない。ゲストが来るという情報しかない。
 じゃあ先生なら知っていたはず、と先生の方を見れば、驚くそぶりも見せずにニコニコしたままだ。そういうこと企んでいるなら早めに教えてくれよ。それなら覚悟もできたのに。

「まあ、俺はドラムだし、Mapの中でも後ろにいるから覚えにくかったんだろうけど」

 そう言いながら、園島は軽々とステージから飛び降り、俺たちの小さなステージへと向かってきた。

「今日、ここにいる人達は、俺の演奏を聞いて嫌でも記憶に残らせてやるから覚悟しろよ?」

 きゃあきゃあと女子の黄色い声が上がった。
 こんなゴリラのどこがいいのかわからないまま、引きつった顔でその様子を見ていればいつの間にか鋼太郎の隣に立って、何かを言っている。
 そして、先まで鋼太郎が座っていた場所を奪い取り、園島が座った。鋼太郎はドラムの後方で姿勢を低くする。

「打ち合わせ通りに頼むぜ、おチビさんよ」

 園島がスティックで指し、そう言い放った先にいるのは瑞樹だった。お前らグルなのかと二人の顔を交互に見るも、俺を見ようともせずに二人は目を合わせてこくりとうなずいている。

「おい、瑞樹。お前もグルか!」
「うん、ごめんねキョウちゃん。でも、キョウちゃんならもう完璧に弾ける曲だからいいかなって。だからキョウちゃんも弾いてね。悠真先輩もぜひ参加してください」
「無理無理無理無理。恐れ多すぎて僕にはできないってば」
「いいから、いいから! これ、譜面です。どうぞ」

 言葉では謝っているけど、表情は笑っている瑞樹。
 どこからか取り出した譜面を悠真へ手渡した。それを受け取って、さっきまでの暗い表情が一気に焦りへと変わっていった。Mapのファンである悠真なら、譜面でどの曲なのかわかるはずだ。
 俺にも譜面をよこせと手を伸ばしたが、手のひらを見せて手を振られた。どうやら俺用の譜面はないらしい。

 園島に対しても、瑞樹に対しても腹が立った瞬間、急にハイハットでカウントを取り始め、瑞樹がギターを弾きはじめる。

 ドラムのリズムと最初のギターが奏でた数音だけで、何の曲なのかすぐわかった。音、リズムが合えば、俺の脳内でどの曲なのか、次の音は何なのかすぐに照合してくれる。

 この曲は俺がMapの中で一番好きな曲だった。
 激しい中にも優しさがあり、落ち込む背中をそっと押してくれる曲。親父が作った優しい曲だ。
 確かにMapの曲はどれも弾ける。だってどれも好きだから。親父からもらった譜面を見ながら全曲練習したし、弾けと言われればできる。でも、悠真はできるのか? 公式に譜面を出しているわけではないし、耳コピで練習していれば別だが。

 悠真の心配をしながらも足元のペダルチューナーを使って音を調節。曲の途中からではあるが、参戦する。

「唄えるやつは唄え!」

 ゴリラが叫んだ。
 誰でも知っている曲。認知度があれば、唄える人も多い。
 ちょこれいとのメンバーが各々マイクを取って唄い、客席の人達へ向けてもマイクを向けて歩きまわり、一緒に飛び跳ねたりしている。

 ふんわりとしか歌詞を知らない大輝は弾いている俺らに視線を集めるように動き回る。

 響くドラムサウンド。
 正確なリズムは当たりまえだが、強弱つけて止まるところはぴたりと止まる。
 一音一音にこだわり、音がつながっている。
 同じドラムを使っているのに、プロはやっぱり音が違う。

「っ……!」

 本物のプロと素人。
 後者の俺の音が、プロの音にかき消されないように、押しつぶされないようついて行くだけで必死だ。

 小さい頃から頭の中まで筋肉でできたゴリラだと散々馬鹿にしているけど、嫌でもレベルの違いを見せつけられる。
 プロの世界は全然違う。
 経験が違うからということもあるけど、格が違いすぎる。

 必死に弾いている最中、悠真を見れば主旋律だけを弾きつつ、園島にドン引きしている顔をしていた。それに気づいた園島とばっちり目が合って、慌てて目を逸らしている。

 一方、瑞樹を見れば、小さなスペースで楽しそうな顔をしながら弾いている。難しい曲でもあるはずなのに、その顔は笑っていた。

「いぇーい! おっしゃ、もう一曲いくぞ!」

 ダンッと曲が終わったはずだった。だけど、間髪入れずに次の曲を始めやがった。
 ドロップチューニングではないから、そのまま続けて弾ける曲ではあるが集中力にと体力に限界がある。垂れる汗を袖でぬぐって、肩で息をする。

 瑞樹も同じように汗をぬぐっているのに、疲れた表情も見せずに終始歯を見せて笑っている。ギターを弾くことが楽しいからか、それともプロと弾いていることが嬉しいのか。どちらともとれるその顔は、俺と違って焦りがない。

「しんどっ。くそっ……」

 自分たちのライブから今に至るまで一時間以上経っている。ずっとエネルギーを使っているわけで、疲労がたまりにたまっている。長時間のライブがこんなにも大変なものだとは。

 頭ではわかっていたけれど、実際にやるのでは勝手が違う。
 集中力とか体力とか気力とか。もろもろ欠けている俺には今ここに立って弾いていることが奇跡に近いぐらいだ。

「踏ん張れよ、キョウちゃん」

 唄うのを観客に任せて、盛り上げ役にまわっている大輝が俺の肩に手を回して小さな声でそう言った。
 大輝を見返せば、ニカッと笑っている。
 どこまでもこいつは人を良く見ている。
 なんだか大輝に言われると、やってやろうという気にもなる。
 そのまま小さく頷き返せば、今度は悠真の方へと向かって去っていった。
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