真っ白のバンドスコア

夏木

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Track4 2つのバンド

Song.29 バーサス

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 俺たちが横並びに座り、楽器を持って準備する女子を待つ。
 あの髪の短いギターの人。ピカピカのピンク色のギターがまぶしい。その弦を長い爪の指で押さえている。
 チューニングがうまくいかないのか、まだまだ時間がかかりそうだ。

 ベースは鋼太郎の妹じゃない長い髪の人。
 紫色のショートスケールのジャズベースだ。
 ショートスケールは手の小さい人でも弦を抑えやすく、通常のベースより軽い。
 だが、チューニングが不安定になりやすかったり、種類も少なかったりとデメリットも存在する。
 女の人だから使うというわけではない。性別なんて関係ないし、プロだって使う。要は本人が使いたいならそれでいい。
 指で弦をはじいて音を確認しているが、その手が小さく見える。だから、ショートスケールを選んだのだろう。
 ただ、アンプにつないでいるというのに、かなり音が小さいように聞こえるが大丈夫だろうか。

 ドラムはスティック2本を片手に持ち、おっとりした顔で椅子の位置を調節している。練習をするにしても、普通は何本かスティックを用意しておくが、この人はそれがなさそうだ。しかもスティックに傷一つなさそうだ。

 どの人を見ても練習量が少ないと思わせる。

「なーなー。コウちゃんの妹ってことは、みっちゃんと同じ一年生ってこと?」
「そうだ。別に家で何か練習している様子はなかったけど、まさかバンドやってるとは……」

 鋼太郎の妹は、楽器を持っていない。センターに立って、スマートフォンで何かを見ている。
 立ち位置的にもボーカルなのはわかっているが、ここまできて画面を見ているのは気になる。

「えーっと、準備できたので、『ちょこれいと』が演奏しちゃいます!」

 どうやら『ちょこれいと』というバンド名らしい。
 可愛さを求めた名前だとは思う。

 マイク越しに妹が名乗ったかと思うと、カチカチとドラムがスティックでカウントをとり、曲が始まった。
 初めて他の高校生バンドの演奏を生で見る。だから、どんなすごい曲をやるのかと少しだけ期待していた俺が馬鹿だった。

 カウントをとったのに、ぬるっと始まった曲は有名アーティストのもの。このバンドはコピーバンドらしい。それならそれで構わない。問題はそれではない。

 まず、どのパートも自分のことだけに必死で、まとまりがない。
 さらに、途中でギターが止まったり、ベースがだんまり……というよりも、音が小さすぎてベースの音がドラムとボーカルにかき消されている。
 かろうじて止まらずに叩いているドラムは、だんだんテンポが速くなってしまっているようだ。
 あまりにも全体のバランスが悪い。明らかな練習不足だ。

 ボーカルに関しては、ずっとスマートフォンを見て歌っている。指の動きからして、歌詞を見ているのだろう。それに、まさにカラオケ状態。歌うというよりも、歌詞を読んでいると言った方が近い。

 原曲を聞いたことがあるが、こんなぐだぐだな曲ではない。もっとしまるところはしまる、かっこいい曲のはずだ。

 聞くに堪えない音に耳をふさぎたくなっていたのは、俺だけじゃなかった。
 悠真なんか、サッと立って物理室から出て行こうとしている。

「逃げんなよ……というか、お前だけ逃がすかよ」

 悠真の手を掴み、足を止めさせる。
 何も言わない悠真だったが、顔にはっきりと「その手を離せ」と書いてある。
 なんの拷問かと思わざるを得ない演奏に、一人だけ逃がしてたまるか。全員道連れにしてやる。
 そんな目を向ければ、逃げられないと悟り、悠真は嫌な顔をしながらしぶしぶ席に座った。

「ほんっと……すまねえ」

 顔を抑え、鋼太郎が謝った。
 妹のバンドの演奏を聞かされている俺たちへ向けた謝罪だ。ドラムを初めて一年も経っていない鋼太郎でも、酷さがわかったようだ。

 あのうるさい大輝も、菩薩のように無になっている。
 寛大な心を持った瑞樹でも、魂がどこかに飛んで行っているようにさえ見えた。

 幸いにも、原曲が短い。この下手くそな演奏も4分たたないうちに終わった。
 拍手すら送りたくないが、お疲れの意味を込めて3回だけ手を叩いた。もちろんこのバンドに対してではない。こんな曲を聞かされた俺たちに向けたものだ。

「……四月からやり始めてこれよ。どう、やばいでしょう?」
「言いたくないけど、明らかにやばいと……さすがにここまでひどいとは……」

 俺たちの後ろで見守っていた先生たちからでる言葉も、悲惨なものだった。
 同じく春からドラムを始めた鋼太郎の進化を見習ってほしい。
 これじゃあ、まともに聞いてなんかいられないし、聞くのがしんどいから早く帰ってほしい。そしてもう来ないでほしい。俺の期待を返してほしい。

「聞くだけで疲れ切っているところ悪いですけど、次はみなさんが、バンドはこういうものだというお手本を見せてください」

 ここ最近で一番疲れた表情の先生が、早く弾いてくれと言わんばかりにせかす。
 ちょこれいとのメンバーが満足そうな顔をしながら、ぞろぞろと楽器をアンプから切って机に置いた。
 やっと苦痛から解放され、俺たちの出番が来たからと、しまってあったベースを取り出す。

「曲はどれやるんです?」

 セッティングをしながら瑞樹が聞いてきた。
 曲のレパートリーは2つしかない。完成系に持っていけたのは文化祭でやった曲だけだ。NoKかオリジナルか、たったそれだけ。
 他にも練習として少し手を出した曲もあるが、まだまだ未完成。その中にはNoKの曲もあるし、悠真に否定されたオリジナルの曲もある。どちらもまだ、悠真のGoサインがないから本格的には練習していない。
 もっとやりたい曲はあるが、今は仕方ない。ちゃんとできる曲を選ぶ方がベストだ。

「どっちでもいい……じゃしまらねえよな。指の運動としてNoKで」
「オッケー」

 音を合わせている間、悠真もキーボードの音を確認し、大きく体を伸ばす。

「キーボードの人、顔よすぎて眼福」

 ちょこれいとのギターの人がそうつぶやいた。その隣に座っていたドラムの人までもが「わかりみ」と言ってうなずいている。

「……ほんっと、帰りたい」

 悠真の嫌いな人種だったようだ。
 いつも女子に付きまとわれているから慣れていると思ったが、その時と同じくらい嫌そうな声を出した。今までは俺たちの前以外では、完全に「いい人」の仮面で対応していたが、ここ最近、いつでも悠真の表情が豊かになったように思う。

「お兄ちゃんがんばー」

 気楽な鋼太郎の妹の声。応援しているというよりも、どこか馬鹿にしているようにも聞こえた。
 鋼太郎の顔を見れば、上を向いて大きく息を吐いている。呆れているのか、嫌っているのか、何を考えているかさっぱりわからない。

「が・ん・ば・れよ、お兄ちゃん」
「お前にそんな呼び方されると、鳥肌たって気持ち悪い」

 ふざけたように鋼太郎に声を駆ければ、じろっとにらまれた。でも、少し気が緩んだようだ。

「あーあー。よし。マイクもオッケーだぜ。コウちゃんのカウントでよろしく!」

 全員の顔を見て準備できていることを確認した大輝が鋼太郎に任せる。
 曲の開始は全員の音をぴったりと合わせる。何度も練習した曲だ。タイミングも体がわかっている。
 深く息を吐いて心を落ち着かせ、カウントに合わせてベースをかき鳴らした。
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