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Track4 2つのバンド
Song.27 バンド名
しおりを挟む荒れた文化祭二日目を終えれば、休みを挟んで文化祭の片付けが始まる。
多くの時間をかけて作った装飾が、一瞬で片づけられる。なんともあっさりした終わりはなんだか寂しいとさえ思う。
「キョウちゃん、やべえよ! 俺ら、部活になったって!」
朝一のまだ人がまばらな教室に、大きい声が響く。おかげで注目の的になった。でも、その視線は前よりも痛くない。どこか暖かい気がする。
「はあ、はあ……大輝って馬鹿だよね、知っていたけど馬鹿だよね。何も直接言わなくたって、あとで連絡するって……」
大輝を追って悠真も来た。
息を切らしている様子から察するに、先行する大輝を走って追いかけてきたのだろう。
なんやかんや言っても、悠真もいいやつだ。
「ほら、キョウちゃん。いえーい!」
「いえーい」
大輝が両手を上げ、求めてきたからハイタッチをした。子供みたいにテンションの上がった俺たちを、クラスメイトたちが見つめている。
「よかったね、軽音楽部できたみたいだよ」
「だね。なんだか楽しそう」
「文化祭もすごかったよね。こう……ぶわって! あんまり音楽は聞かないけど、すごいよかった」
コソコソと話しているが、相変わらずの地獄耳。俺の耳にははっきりと聞こえている。
まだ瑞樹と二人だけだったときとは、大違いの反応だ。
やっぱり、このメンバーの音楽は最高だと思う。
「……浮かれてる中悪いけど、先生から話があってね。さっそく大会にエントリーするって。だから早くバンド名を考えてほしいってさ」
「あ。そうか。バンド名、決めてなかったな」
どたばたした文化祭。
バンド名について、何も考えてなかったことをステージに立ってから気が付いた。
大会に出るのであれば、バンド名は必須だ。
「看板ともなるバンド名。しっかり考えないとあとで後悔するよ」
悠真の言う通りである。
バンドだけじゃない。アイドルでもグループ名がある。
地名やメンバーのイニシャル、造語。表記だって漢字、ひらがな、カタカナ、英語……どんな文字にするかで、イメージもがらりと変わる。
漢字なら硬派に。ひらがななら可愛さが、英語ならかっこよさが。
自分たちがなりたいものに合わせるのもよし、自分たちの今のイメージにするのもよし。
ずっとついてくる名前だから、真剣になる。
Mapも名前を決めるとき、悩んだらしい。そこで考えた結果、「音楽で多くの人を動かせるようになりたい」と「Multiaction program」になったとか。名前の通り、ファンを増やして大人気になった。俺もそういうバンド名がほしい。
「放課後までに、一人一つ、案を考えてきてよね。じゃ、僕は教室に戻るから」
伝えることはこれですべてのようだ。
表情を変えずに、悠真は帰って行ってしまった。
俺はそれをひらひらと手を振って、それを見送った。
☆
考えろと言われても、思いつかないのがバンド名。どんなバンドにしたいか。
この先ずっとついてくるものだから、納得のいく名前にしたい。その思いは誰もが同じだった。
でも、誰も案がでない。
沈黙を切り裂いたのは、鋼太郎だった。
「歌詞からとればよくね?」
その手があったか。悠真と作ったあの曲からとれば。
俺が伝えたい内容をぎゅっと詰め込んだ曲の中から、ひっぱってくるのもありだ。
「じゃあさ、じゃあさ! 俺、ここの所が好きなんだけどどう?」
大輝はおもむろにバッグを漁り、一枚の紙を取り出した。
そこには歌詞が書いてあった。どう唄うかを話し合ったとき、それに色々かき込んだものだ。どんな感情で、息継ぎはどこかまで書いてあり、見にくくなっている。それでも大輝は気にすることなく、その一部を指示した。
「’歩き続ける’ね……」
そこの歌詞は気に入っている部分でもある。
これをバンド名にするっていうのは、どうすればいいのか。
「英語にすれば? そのままだと、文章になりそうだし、歩く人でいいんじゃない?」
「歩く人? Walk?」
「それは動詞。Walkerなら、歩行者とか歩く人って意味になる」
「さっすがユーマ。あったまいいー!」
Walker。
歩き続けたいから、前に進みたいから。
そんな意味を含めた名前。
「賛成だな。異議あるやつは?」
反対する人はいない。
ということは、これで名前は決まりである。
「俺たちのバンド名は、Walkerで決定な。この名前で大会にエントリーしてもらって……一次選考はデモテープだっけか?」
「そうだ」
最近は、バンフェスのサイトを見ていない。
だが、昔にサイトを見たときの記憶を思い起こしてみる。
バンフェスは一次選考から三次選考を経て、限られたバンドだけが大舞台に立つ。
一次選考は、デモテープによる審査。
二次選考は、オンライン投票。
三次選考で、初めてライブハウスで演奏を披露することになる。
そして残ったバンドが、東京の屋外ステージで演奏する。
ステップを踏んでいくことで、人数が絞られていく。
最後のステージに立つのは、10もないバンドだけ。
「うんうん。青春ですねぇ」
いつの間にかやってきていた先生が、小さく拍手をしていた。
「うお。せんせー! 俺らのバンド名決まったから、よろしくおなしゃーす!」
「はいはい。この名前で書類は出しておきますね。選考結果はその都度報告しますね」
一次、二次は一度申し込むと、俺らが何か出来ることはない。
ただ、結果を待つしか出来ないのだ。
もどかしいけれども、そういう仕様だからどうしようもない。
「三次選考が1月、最終ステージは、3月みたいですね。それまでは、皆さん、練習に励んでくださいね」
先生は日程まで調べておいてくれたようだ。
今はまだ9月。
気が早いけれども二次通過するとすれば、4か月は余裕で練習する期間がある。
それだけあれば、もっといい曲に、そしてパフォーマンスにすることができる。
「あと、大変申し訳ないのですが、今日はみなさんに一つやってほしいことがありまして……」
さっきまでの笑顔から一転、引きつった顔になった先生の言葉を聞こうとしたとき、急に物理室の扉がバタンと勢いよく開かれた。
そこにいたのは真っ赤なリボンを胸元につけた、ブレザーの制服を着た女子。
真っ黒な長い髪が動くたびに揺れる。
制服が違うから羽宮高校の生徒ではないのは確かだ。
突然現れた見慣れない人物に、誰だこいつと思いながらただ黙って見ているだけの俺。
そんな空気を無視して、女子は笑みを浮かべた。
「見ぃつけた」
そう言った女子は、物理室へと躊躇せずに入る。
向かったのは誰でもない、鋼太郎の元だった。
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