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Track1 二人からのスタート
Song.11 クセのある人
しおりを挟む「はい。じゃあ、定例会始めるぞー」
いつもの時間、いつもの教室で集まった軽音楽部の仮メンバー。
一つの机を囲うようにして、話し合いを始めようとした。
「定例会? 今までそんなのやってきたんか?」
「鋼太郎先輩。キョウちゃんの言動に突っ込んだら負けです」
「おう、そうか」
今までやったことがない定例会を、さも当たり前のようにやり始めた俺に、投げられた真面目な鋼太郎の疑問。だけどそれは瑞樹によって抑えられる。
最初は鋼太郎にビクビクしていた瑞樹だったが、もうすっかり仲良くなっているようで何よりだ。
「まず今後の予定なんだが、御堂悠真をキーボードとして入れるのを目標にする。そのためにも、六月には一曲できるようにするぞ。以上。何か言いたい事あるやつは?」
何も知らない瑞樹と鋼太郎に、先ほどの出来事を簡単に伝えて、質問がないか聞く。
「一つ、いいですか? 僕はキーボードの方を迎えるのは賛成します。ですが、キョウちゃんはまだ曲ができてない。それに僕たちは昨日一回だけ試しに演奏しただけなので、確かな演奏技術があるわけじゃありません。仮にキョウちゃんが急いで一曲作っても、残りの短い期間で完成まで持っていけるとは思えません」
瑞樹の言うことはその通りだ。
前よりも少しだけ曲作りは進んでいるが、それでも完成までには程遠い。まだ、なんとなくの雰囲気しか作れていなければ、歌詞が全くついていないほどだ。そんな未完成な曲を演奏できる形に持っていくには、まだまだ時間がかかる。仮に曲を作れたとして、その曲を練習するのにも時間が必要だ。
できるだけ早くに曲を作って、練習にあてる時間を増やさなければならない。
けど。
急ぎ足で作った曲が、いいものになるとは思えない。それでもできる限り早くに作らなければならない。
「技術は……練習しかねえだろ。そこら辺は放課後とか休みを使ってどうにかするしかない。曲も俺がどうにかして作るしかない。何がなんでも作る。それまでは教本の曲を練習する」
家には、ドラム教本のような入門編の本から上達するための本、音楽雑誌もある。そんな本の中には、簡単な譜面から流行りのものまで幅広く掲載されている。
曲作るまでは、そういう曲を練習していく。そうすれば、ある程度のレベルにまで達する……はず。だからそう言うしかなかった。
「じゃあさ、じゃあさ! キョウちゃんがネットに出してる曲を練習すればよくね?」
「大輝先輩、それ本気ですか? NoKの曲はハイテンポのものが多いし、演奏だけじゃなくて唄うのも難しいかと思いますよ?」
「えー。だってだって、結局はキョウちゃんが曲を作るんだからどんなもんなのかの練習にいいんじゃねえの?」
大輝の案は理にかなっている。
NoKと俺が同一人物である以上、曲には似通ったところがあるだろう。他のバンドの曲と並行して練習していけば、いろんな曲に触れられるっていうメリットに加えて、今後俺が作る曲に取り掛かりやすくなるかもしれない。
そうはいっても、俺が今まで作った曲の中に、演奏するにあたって簡単なものはない。瑞樹は度々練習として弾いてきているが、ドラム初心者の鋼太郎にとってはかなり難しいだろう。それに、唄わせていたのはAiS、つまりAIだ。早口だろうが、ブレスがなかろうが機械であるAIなら唄うことができた。それを人間がやろうとすると、酸欠になると思う。曲を作った俺が言うのだから間違いない。
「NoKの曲でもいいが、楽器初めての人がやるには難易度が高すぎる。簡単な曲ができるようになってから、だな。NoKの中でやりたい曲があればスコアを用意するが、当分先だろうよ」
俺の言葉を聞いて、鋼太郎は安堵の表情を浮かべた。しょっぱなから難しい曲をやらなくていいからだろう。
いずれはどんな曲でも、たとえNoKの曲であろうとも演奏できるようになってもらうが、今回はひとまず置いておく。まずはどんな人でも最初に練習するような曲からだ。
この前スタジオでやった曲も簡単な部類に入る。ポップな曲からロックな曲までいろんな曲を練習したいが、正直時間がない。何曲分かの譜面を用意して、そこから全員でどれがいいか選ぶようにするか。
「あ、そうそう。顧問の話なんだけど」
思い出したかのように話を切り替えた俺に、全員の視線がまた集まった。
「顧問は立花先生に頼んできた。もともと羽宮高校《うち》で軽音やってたみたいだからな。でも、他の先生にも相談してからじゃないと、何も応えられないってさ。どうなるかわかんねえけど、その応えが出るまでは顧問探しは休みだ」
「うーい」
「了解です」
「おう」
「そんじゃ、今日は解散で。週明けに簡単そうな曲のスコアを渡すから」
大輝、瑞樹、鋼太郎。それぞれが返事をする。
メンバー探し、顧問探しを休みにすれば、あとはひたすら練習するのみ。全員で練習するよりも、まずは個人練習から……とは言っても、学校に楽器を持ってきていないので、今日の所は帰宅するしかなかった。
もし部活として認められれば。
このまま練習を学校でできる。
もし顧問がいれば、第三者からの視点で改善点も見つかる。
楽器に触れていられる時間が増える。
早く演奏したい。バンドをやりたい。
はやる気持ちを抑えて、帰路についた。
週末。
約束していた通り、鋼太郎と一緒に楽器店へ向かう。
電車に揺られ、地元からは少し離れたところにある楽器店。
さびれた商店街の隅に建つその店は、外からは店内の様子がわからないほど薄暗く、看板すら出していないので、知らない人から見れば営業しているのかどうかもわからない。
そんな店をなんで俺が知ってるのかっていえば、親父の行きつけの店だからだ。親父と何度もここへ一緒に来たことがある。
あらゆる楽器がそろっていて、普段はベース、弦やエフェクター、ピックやシールドを買うのに来ている。そのたびに店員に絡まれているのだが、今日はその店員がいないのかもしれない。店に入るなり静かな店内、いつものあの店員が来ない。
だが、俺の予想が間違っていたとすぐにわかった。
「あらー? 今日はかっこいいお友達を連れてるじゃない」
「うげ……」
違和感のある声を出しながら、どこからともなく現れたのは、いつもの店員――アズミさんだ。
骨格、声質から判断すれば男。だが、着ている服は短いスカートに長いブーツであることから、初めて会う人の思考を混乱させる。鋼太郎も混乱していた。
「うげとは何よ。失礼しちゃう」
「いやあ、まあ、そりゃあ、ね。その、あれっすよ」
決してアズミさんは悪い人ではない。むしろいい人だ。
懇切丁寧に楽器について教えてくれるし、的確なアドバイスをもらっている。だけど、どうもその見た目に慣れない。クセが強い店員というのは、この人のことだ。
「それにしても珍しいわね。いつもベースしか見ないのに、ドラムを見てるなんて」
「ああ、そのことなんですけど、俺じゃなくてこっちがドラムやることにしたんで、必要な物を買いに来たんすよ。俺じゃそこまで詳しくないし、アズミさん。こいつに色々教えてあげてください」
鋼太郎は小さく頭を下げた。
するとアズミさんは、鋼太郎を頭から足までじっくり見て、企んだような笑みを浮かべる。そして、鋼太郎の肩にポンと手を置いた。
「あなた、うちのバンドに入らない? このスカートとか似合うと思うの」
「え? ええ?」
突然そんな勧誘を受け、鋼太郎は今までに見た事がないくらいうろたえている。ただでさえ、性別の判断が困難なアズミさんを見て混乱しているのに、さらに変なことを言われたのだから、鋼太郎がそうなるのもわかる。
「うちのドラムの勧誘はやめてください」
高さのある二人の間に割って入り、アズミさんの手を振り払う。
するとアズミさんは笑いながら、「冗談よ」なんて言っていたがとても信じられなかった。
「俺がドラムを聞いててもしゃーないし、ベースんとこでちょっと見てくるわ。鋼太郎、その化け物になんかされたらすぐに大声を出せよ」
「んまあ、酷い子。化け物扱いするなんて失礼しちゃうわ。仕事はちゃんとするわよ」
そんな会話をし、俺はその場から離れた。
そしてすぐにアズミさんの声が聞こえる。ドラムをやるのに何が必要なのか、どれを選んだらいいのか。実際に軽くドラムを叩いてみて、体になじむものを選ぶようだ。
店内に響くドラムの音に耳を傾けながら、多数のベースが並ぶコーナーで時間をつぶした。
「お待たせ~。鋼太郎ちゃん、お会計まで済ませたわよ~」
およそ一時間。それだけの時間で、必要なものを買い終えたようで、鋼太郎の手にはビニール製のショッピングバッグがあった。
だが、買い終えて満足したような顔をしているのは鋼太郎ではなく、アズミさん。何を言われたのか、それとも何をされたのか。鋼太郎の顔がこわばっている。
「これで練習もはかどるわよ。頑張ってね~」
そう言ってアズミさんは、鋼太郎の背中を押した。すると、鋼太郎の肩がびくっと動いた。たった一時間の間に、何があったのか本当にわからない。
「買えたならよかったけど……その、大丈夫か?」
「だいじょ、ぶ。だ、大丈夫……だ」
明らかにおかしな反応をする鋼太郎。クセのあるアズミさんに圧倒されたのだろうか。
「またきてちょうだいね~」
アズミさんに見送られながら、店を後にした。
帰るために駅へ向かう。アズミさんに何かされたのか聞いてみたが、どうやら距離が近すぎるのと、クセが強いこと、説明が難しかったことから、先を案じてああなってしまっていたらしい。
話したことでスッキリしたのか、いつもの鋼太郎に戻った。だが、急に鋼太郎が足を止めた。
「どした?」
「今、あいつがいた気が……」
鋼太郎の視線の先には、誰もいない。だが、前に廊下にいた悠真に気づいたように、今回も誰かいたのかもしれない。しかも今回は、あいつと言うんだから知り合いなのだろう。
俺があれこれ考えている間にも、鋼太郎は走り出した。
「待てって」
すぐに追いかけて走る。
ものすごいスピードで走って行ったので、正直追いつけないと思った。だが、手前の角を曲がってすぐのところに鋼太郎はいた。
鋼太郎と一緒に俺たちと年が変わらなそうな女の人が一人。鋼太郎はその人の手をしっかりと掴んでいる。
はたから見れば、痴話げんかしているようでもあるし、鋼太郎が脅しているようにも見えなくはない。
「なんでここにいるんだよ……俺がどれだけ――」
「放っておいて! あなたには関係ないでしょ! 付きまとってこないで」
真っ黒な髪を振り乱して、拒絶反応を見せている。だが、鋼太郎はその手を離さない。
俺は黙って、その様子を見ていた。
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