11 / 76
Track1 二人からのスタート
Song.9 お土産
しおりを挟む「うん? まだ時間あるけど、どしたの?」
スタジオ代を支払うため、受付に行くと、そこにはパソコンで映像を見ている三上さんがいた。
予定の時間より結構早くに受付に来たためか、三上さんは頬杖をつきながらも不思議そうな顔をしている。
「スティックが折れたんで、今日は終わりにします。三上さんは何してるんっすか?」
「ああ、これ? 昔、ここを使ってた人たちの映像。懐かしいもの出てきたから、見ようと思って」
三上さんはパソコンの画面を俺たちに見やすい向きに変えてくれた。
そして画面に目を向けると、そこには学生服を着た高校生らしき四人組のバンドが演奏している。ギターとドラムが男性、ベースとギターボーカルが女性の4ピースバンドだ。
三上さんがパソコンを操作し、少しだけ音量を上げてくれた。
おかげで、どんな曲なのか聞き取ることができた。曲は今も活動している有名バンドの曲だ。どうやらこのバンドは、コピーバンドのようである。
画質、そして音楽からしても、ここ最近のものではないことがわかった。
「そういえば、このバンドのギターの男の子と女の子が結婚して、二人とも今、教師やってるらしいわよ」
デビューしているバンドならともかく、昔ここで練習していた素人のバンドのことなど知る由もないので、ただただ「へぇ」としか返す言葉がない。
何年も前の映像のようで、撮影しているカメラの画質が荒く、顔がハッキリとはわからない。それでも演奏している曲は、だいぶ前にリリースされた有名な曲だということはわかる。原曲を聞いたことはあるが、このバンドは決してうまくもなければ、下手《ヘタ》というわけでもない。演奏者は皆、棒立ちで各楽器に集中しているようで、見ている分にはつまらないというのが率直な感想だった。
そんなことを考えながら見ていた俺の隣で、鋼太郎は首をひねっっている。
「どうした、鋼太郎」
「なんか、このギターの人……どっかで見た事がある気がすんだよ。うつむいてるからはっきりとは見えねえけど、なんか見た事あるような……」
顎に手を当てて考える鋼太郎。
確かにそう言われると、ギターの男は確かにどこかで見覚えがあるような気がする。
だけど、この映像自体、古いものだ。撮影したときは高校生だとしても、今はもう社会人になっているだろう。
「あら! よくわかったわね! このバンドは、あなたたちの羽宮高校の卒業生で、男の子の方が羽宮《そこ》の先生やってるわ」
「まじですか!? それ!」
よく映像を見てみると、確かに同じ制服を着ている。
男子の制服はどこでも見かけるような黒の学ランなので分かりにくいが、女子の制服には特徴がある。 羽宮高校の場合、二つの金ボタンがついた紺色のブレザー、そして同色の無地のスカート。首元にはネクタイもリボンもないシンプルなものだ。近くの他の高校なら、セーラーやリボン、チェックスカートであるため、羽宮《うち》の制服とは全く違うからすぐわかる。
「ちなみに 立花 久志って言うんだけど……」
「タチ、バナ……」
三上さんが口にした名前を復唱し、学校の先生たちを思い出してみる。
担任、現代文、数学、英語、各科目の先生の顔は出てくるが、名前は覚えていなかった。
「あ、もしかして総合科学の立花じゃね?」
鋼太郎が科目まで言ってくれたおかげで、ピンときた。
一年のときに受けた総合科学の授業の担当教員が立花っていう名前だったような気がする。
化学室で実験するのなら白衣を着るのもわかるが、普通の教室での授業のときでさえ毎回白衣を着ていた人だ。
あまり怒るような人でもなく、強く物事を言えなさそうな感じの人だった気がする。とても楽器をやっているような雰囲気はなかった。
「やっぱり、立花くんを知ってるのね。彼、ギターがすごく上手だったのよ。文化祭のときに軽音部として演奏するからって張り切ってやってたわ。懐かしいわね」
「三上さん、それって羽宮《うち》の学校に軽音部があったってことっすか?」
「? そうよ? この子たちのときはあったわ。でも、4、5年くらい前かしら? 部員が何かやらかしたみたいで、廃部になったって話。聞いたことない?」
初耳だ。
ちょうど一年前に、軽音楽部について先生たちに訊きに行ったが、そんな話はちっともしなかった。それどころか、教頭がものすごく嫌そうな顔をしていたのを覚えている。
三上さんが言うように、軽音楽部の部員が何か不祥事を起こしたから。だから軽音楽部を作ることに反対して、教頭がそんな顔をしたのかもしれない。
「何があったのか、立花くんに聞いてみたらどうかしら? また軽音楽部を作るには、顧問も必要でしょう? もしかしたらなってくれるかもしれないわよ」
「それもありっすね。明日、先生のとこに行ってみます」
いい情報を手に入れた。
瑞樹と大輝が今日、顧問を探しに行っている。でも、何も連絡がないってことは、いい成果がなかったのだろう。明日、全員が集まったときに、この情報を共有して、先生のところに突撃する。
すでにどこかの部活の顧問になってたら、新しく作ろうとしている軽音楽部の顧問にはなれないだろう。顧問をやってるのかどうかについては、先生に聞かないとわからない。
「じゃあ、お会計をしましょうか」
「ういっす」
きりがよくなったところで、今日のスタジオ代を支払う。
学生割引をしてもらって、一人当たり500円。かなり良心的な値段だった。
支払いを終えて外に出ると、薄暗い空に月が出ていた。
田舎は明かりが少ない。街灯もまばらで、夜は闇に包まれる。
だから真っ暗になる前にこのまま家に帰るところだが、今日はまだ予定がある。
そう、どら焼きだ。家にいるじいちゃんたちへの土産《みやげ》……というのは建前で、本当は俺が食べたいだけだ。じいちゃんたちに買っていくと、後でお駄賃と言って買った値段以上のお金がもらえるのも狙いの一つである。
おいしいものを食べて、お金がもらえる。一石二鳥だ。
「よし、どら焼きを買いに行くぞ」
よだれが出そうなのをこらえて、鋼太郎に伝えた。
「マジで買うのかよ。売り切れてるかもしれねえのに?」
さっきスタジオ代を払う時に財布の中身は確認済みだ。
2、3個どら焼きを買うくらいのお金はまだ残っていた。このお金で鋼太郎の家に行って、どら焼きを買って帰る。
「んなん、行ってみなきゃあるかどうかなんてわかんねえだろ? なかったら他のもの買って帰るし。ほれ、荷物持ってやるから走れ」
「はあ?」
ちんたら歩いて向かったら、その間に売り切れてしまうかもしれない。
鋼太郎は歩きだが、俺には自転車がある。歩きで5分ぐらいなら、自転車を使えばもっと早く着く。
鋼太郎は走りたくないというような顔をしているが、強引に荷物を奪い取り、自転車の前カゴに入れてペダルをこいだ。
「ちょ、待てって!」
一刻も早く食べたい俺は、鋼太郎を置き去りにして、自転車をこぐ。
車も通らない道を走ると、すぐに目的地だ。
「お、着いた着いた。どら焼きー」
駅前の和菓子屋「かたや」。
リフォームしているが、店の作りは古い。
外からは中があまり見えないような作りになっているので、他にお客さんがいるかどうかはわからない。
店の入り口近くに自転車を止めて、店内に入った。
「いらっしゃいませー」
カウンターの女性がニコニコとあいさつをする。
ガラスのショーケース、壁際には小さな陳列スパース。狭い店内には、他に客がいなかった。
「おいっ、おいてくなって……」
遅れること十数秒。
鋼太郎もやってきた。
「え、こう、たろう……? お父さん! 大変よ! 鋼太郎がっ……」
鋼太郎を見るなり、女性が何やら急にあわただしくし始めた。
カウンターの後ろの部屋へ向けて声を出す。
「鋼太郎が友達を連れてきたわ!」
「ぶっっ!」
何を言い出すのかと思いきや、俺が一緒に来たことを報告しただけだった。
それがおかしくて、俺は思わず吹き出す。
一方、鋼太郎はというと、顔を手で隠してはいるが、耳が真っ赤になっていた。
「おまっ……友達いなさすぎて、お母さんに心配されてんじゃん」
「う、うるせぇ。お前だって作間以外に友達いねえだろうが」
「あーあ。大輝の存在を忘れてるなんて、かわいそうに」
「あ、忘れてた」
ボソボソと鋼太郎と言い合っている間に、女性の隣に男性がいた。
背の高いその男性の顔が、鋼太郎とそっくりだから、きっとお父さんなのだろう。
鋭く細い目で、ムッとした表情のまま黙っているので怒っているのではないかと思わせる。だけど、対照的に女性が笑顔であることから、そういうわけじゃないのだろうということがわかった。
「どうも、鋼太郎の母です。こっちは父です。あなたはよく買いに来てくれる子よね? 鋼太郎が迷惑をかけてないかしら?」
「どうも。迷惑だなんてとんでもないっすよ。むしろ俺の方が迷惑をかけちゃってるって感じなんで」
「まさか! こんな怖い顔してる息子が隣にいるだけで、迷惑をかけちゃうでしょう? お父さんそっくりの顔なのよ。怖い顔だけど、よく見ると整った顔をしてるのよ~。それに実は優しい子なのよ~。急に謹慎だって言われてびっくりしたけど、その理由もね、好きな子かばって……」
「母さん! 余計な事は言わなくていいから!」
「あらやだ。うふふふ」
息子の話をすらすらと始める母親を、息子が止めた。
どうやらおしゃべりなお母さんのようだ。反対に、お父さんは一言も話しておらず、ずっとこっちを見ているのがすごく気になる。
「そうそう、今日はお買い物? あんまり残ってないけど、何買っていく?」
思い出したかのように、鋼太郎のお母さんは話を振った。
「そうだった。うちのじいちゃんとばあちゃんに、どら焼き買ってこうと思ったんですけど、あります?」
「ごめんねえ、どら焼きは今日、売り切れちゃったのよ。今残ってるのは……草餅だけだわ」
「えー……まじ、すか……あー……」
どら焼きのスペースには、何も並んでいなかった。どら焼きだけじゃない。ほとんどのスペースが空になっている。
時間も時間なだけあって、ほとんどのものがすでに売り切れてしまっていたのだ。
草餅も嫌いじゃない。和菓子はどれも好きだ。でも、俺はすでにどら焼きの口になってしまっている。草餅では甘さが足らない。
あからさまに肩を落とす俺を見て、鋼太郎はカウンターの奥へと入って行ってしまったが、すぐに戻ってきた。
「どら焼きはねえけど、団子と大福ならあんぞ。昨日親父と作ったやつ。店に並ぶようなレベルじゃないけど」
そう言いながら持ってきたのは、二つのタッパーだった。
透けて見える中には、おいしそうなものが入っている。
「うまそうじゃん! いくらだ?」
「金なんかとれるかよ。このまま持ってけ」
「いやいや、払うって」
財布を取り出そうとする俺に、タッパーを押し付けてきた。思わずそれを受け取り、両手がふさがってしまう。
そんな手の上に、さらに荷物がのせられた。
「これはおばちゃんたちからのサービス」
鋼太郎の母さんが、商品としておいてあったお茶の葉を一袋乗せたのだ。
お茶の葉の良しあしはわからないけど、見た目からして高そうである。
「また買いに来て。鋼太郎に来る日と言ってくれれば、取り置きしておくからね」
「……ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えていただきます」
「気を付けて帰れよ」
「ああ」
ありがたくお茶の葉をもらい、頭を下げて店を出た。
店の扉を閉め、自転車のカゴにもらったものを入れて帰る。
三上さんもそうだけど、人に優しくされている気がする。色々と助けてもらっている分、お礼がしたい。何かを買って返すわけにもいかない俺にできることは、やっぱり成果を残すことだと思う。
音楽で、バンドで結果を残して、お礼を伝えるしかない。
そのためには、メンバーを集めて、曲を作って、練習して……やることは山積みだ。
でも、一人じゃない。なんだか今日は、気分がいい。
「うっしゃ。やるか!」
すっかり暗くなった道を、自転車のライトが明るく照らした。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

俺たちの共同学園生活
雪風 セツナ
青春
初めて執筆した作品ですので至らない点が多々あると思いますがよろしくお願いします。
2XXX年、日本では婚姻率の低下による出生率の低下が問題視されていた。そこで政府は、大人による婚姻をしなくなっていく風潮から若者の意識を改革しようとした。そこて、日本本島から離れたところに東京都所有の人工島を作り上げ高校生たちに対して特別な制度を用いた高校生活をおくらせることにした。
しかしその高校は一般的な高校のルールに当てはまることなく数々の難題を生徒たちに仕向けてくる。時には友人と協力し、時には敵対して競い合う。
そんな高校に入学することにした新庄 蒼雪。
蒼雪、相棒・友人は待ち受ける多くの試験を乗り越え、無事に学園生活を送ることができるのか!?

切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

ルピナス
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の藍沢直人は後輩の宮原彩花と一緒に、学校の寮の2人部屋で暮らしている。彩花にとって直人は不良達から救ってくれた大好きな先輩。しかし、直人にとって彩花は不良達から救ったことを機に一緒に住んでいる後輩の女の子。直人が一定の距離を保とうとすることに耐えられなくなった彩花は、ある日の夜、手錠を使って直人を束縛しようとする。
そして、直人のクラスメイトである吉岡渚からの告白をきっかけに直人、彩花、渚の恋物語が激しく動き始める。
物語の鍵は、人の心とルピナスの花。たくさんの人達の気持ちが温かく、甘く、そして切なく交錯する青春ラブストーリーシリーズ。
※特別編-入れ替わりの夏-は『ハナノカオリ』のキャラクターが登場しています。
※1日3話ずつ更新する予定です。
瞬間、青く燃ゆ
葛城騰成
ライト文芸
ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。
時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。
どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?
狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。
春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。
やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。
第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作
【完結】ぽっちゃり好きの望まない青春
mazecco
青春
◆◆◆第6回ライト文芸大賞 奨励賞受賞作◆◆◆
人ってさ、テンプレから外れた人を仕分けるのが好きだよね。
イケメンとか、金持ちとか、デブとか、なんとかかんとか。
そんなものに俺はもう振り回されたくないから、友だちなんかいらないって思ってる。
俺じゃなくて俺の顔と財布ばっかり見て喋るヤツらと話してると虚しくなってくるんだもん。
誰もほんとの俺のことなんか見てないんだから。
どうせみんな、俺がぽっちゃり好きの陰キャだって知ったら離れていくに決まってる。
そう思ってたのに……
どうしてみんな俺を放っておいてくれないんだよ!
※ラブコメ風ですがこの小説は友情物語です※
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる