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対決4

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「次は何をしようってんだ? まあお前みたいなデスクワーカーの考えることなんてプロレスラーである俺には通用しないけどね。ほれ、何でもやって来いよ」

 アレックスは挑発した。

 しかしオーフェンは乗らない。冷たいまなざしのままプロメテウスのほぐちを振りかぶった。

「策というほどのことはしないよ。ここからただ火球を飛ばすだけだ」

「おいおい、またそれかよ。面白味のないやつだな。何回でも投げ返してやるぞ」

「投げ返す、か。素晴らしい対処法ですよね。火球を防ぐだけでなく、同時に反撃もする。しかし、火球を受け止めるのはずいぶんと大変そうでしたね。体勢を崩された状態で火球を受け止めるのは難しいのではありませんか」

「……まあ簡単ではないな。ヘラクレスを振るうタイミングがシビアだし、捕まえた後に踏ん張らないと体ごと火球に持っていかれるし」

 言って、アレックスは不安を感じた。オーフェンは状況が悪くなったはずだ。だっていうのに、ずいぶんと余裕の態度で、あざ笑うようにニヤついている。ビジネスマンによくある不利を悟らせないポーカーフェイスというやつかもしれないが、もしや、先ほど浮かんだ『懸念』が実現してしまうのではないだろうか。

「やはりそうですか。では、この方向に打てばどうなるかな?」

 オーフェンは火球を呼び出し、プロメテウスのほぐちを握った手をアレックスに突き出した。そしてその手をゆっくりと、これ見よがしに右へ動かした。その邪悪な手が向かった先には、規制線を守る警官たちと、ワイワイとにぎやかにしているニューヨーカーがいた。

「まさかオーフェン……、お前、バカなこと考えちゃいないよな?」

 周りにいる市民へ火球を飛ばし、アレックスにかばわせる。これはアレックスの懸念していたことだった。先ほどオーフェンは、警官もろともアレックスを焼こうとした。その時にもしやと思ったが、まさか本当にやるだなんて。

「フッフッフ、顔を青くしたな。ということはつまり、私が何をするか、それにどう対処せねばならないのか理解したということだ。君の察しは当たっているよ。私は目的のためなら何だってやる。きれいとか汚いとか、そんなことはどうでもいい。思いつく限りで最も手早い方法がこれだったというわけさ」

 オーフェンはこう言うと、プロメテウスのほぐちを振り上げ、警官やニューヨーカーへ向かって振り下ろした。真っ赤に燃える火球が罪のない市民と警官へ向けて一直線で飛んでいく。

 ニューヨーカーたちは悲鳴を上げた。ほんの一瞬前まで、目の前の争いを火を使った見世物とぐらいにしか考えていなかったのだから、逃げる暇すらない。自撮りに夢中になっていた者は、火球が迫るのをスマートフォンの画面越しに見つけるほどだった。

 火球が猛スピードで市民に突っ込み、そして大爆発を起こした。すさまじい爆発音を立て、火柱ときのこ雲が立ち上る。風が吹いてそれが晴れると、爆発の音と衝撃で腰を抜かした多くの人が現れた。皆、煤だらけのひどい有様になっているが、しかし、一人の死人もケガ人ももいない。

 これは一体どういうことか。それは、爆心地の最も濃い煙が晴れることでわかった。アレックスだ。彼が火球と市民の間に飛び込み、火球をその身で受け、市民を守ったのだ。

「おお、ありがとう」「あんたは命の恩人だ」「あの爆発を防ぐなんて!」「グレート、サンキュー」

 市民たちは、わあああー、という歓声を上げ、口々に礼を言う。警官は「お前はヒーローだ」と敬意を表し、避難誘導に取り掛かる。市民も警官も、誰が悪で誰が善なのか、はっきりと認識した。

「はっはっは、かっこいいだろう。こういうのやってみたかったんだ。……けど、みんな、早く逃げてくれると嬉しいな」

 アレックスは振り返って微笑みかけると、がっくりと崩れ落ちて地にひざをついた。ヘラクレスの盾で火球を防いだとはいえ、急いで飛び込む不十分な体制だったのでダメージを受けてしまっていた。左腕は肘から下がしびれていて感覚がなく、指一つさえ動かせない。全身は炎であぶられてひりひりと熱い。左の脇腹は爆発の衝撃であばらが折れたらしく、呼吸するたび胸に突き刺すような痛みがある。

「っふっふっふ、ずいぶんと苦しそうですね。アレックス、あなたはよく頑張りましたよ。しかしそれももう限界でしょう。さんざん面倒かけてくれたが、今、楽にしてあげます」

「何勝ち誇ってんだよ、まだ勝負はついてないっての。すぐにぶっ飛ばしてやるぜ」

 アレックスは怒りに満ちた声で言い返したが、行動に移すことはできなかった。全身が痛んで、ひざをついた姿勢のまま立ち上がることすらできない。もうこうなってしまっては、警官が明かりを持ってきてくれるのだけが勝機だ。ずいぶん時間を稼いだはずだが、彼らはまだか。彼らがスポットライトで、パトカーのライトで、ヘリのサーチライトで俺たちを照らしてくれれば……。早く来てくれ!

 オーフェンは2メートルの高さに浮いたまま、手負いのライオンを見下ろしている。そしてとどめを刺すべくプロメテウスのほぐちに火を灯す。

 その時。

「こらー、やめろー。あたしが相手になってやる」

 頼りなげな叫びとともに、オーフェンの足元に投石が飛来した。ポペン、という頼りなげな音を立ててオーフェンの靴に当たったそれは、オーフェンにとってそよ風だった。しかし叫び声を加味すれば攻撃だったのだろう。

 なんて命知らず。誰だこんなあほをやる奴は。アレックスが石の飛んできた方向へ目をやると、何者かが走り寄ってきて、アレックスとオーフェンの間に割って入った。

 誰だろうかと顔を見上げると、見知った記者の勇ましい表情があった。フィオナだ。彼女が俺をかばうかのように両手を広げ、オーフェンに立ちはだかっている。時間稼ぎとしてありがたい行動だが、足が震えているじゃないか。

「フィオナ、お前何考えてるんだ。そんな石ころがきくわけないだろう。ぶっ飛ばされる前にさっさと逃げろ」

 アレックスが叫ぶと、胸に激痛が走り、たまらずむせかえってしまった。オーフェンから受けたダメージが大きすぎて、声を上げることすら難しい。鍛え上げた肉体ですら耐えられぬ痛みだ。

「あんたを置いていくなんて絶対に嫌。悪党を放っとくなんてできないし、あたしは何回もあんたに助けてもらった。それにあんたは、あれだけ嫌だったオカルト記事の素晴らしさも教えてくれたわ。そんな大切な人なんだから、見捨てて死なせちゃうなんて……」

 フィオナが目に涙をにじませるのを見て、アレックスは胸を打たれた。俺にとってもお前は大事な奴だ。お前のおかげでお先真っ暗のプロレスは成功したし、オーフェンがアンソニーに仕掛けた罠も知ることができた。それに今、恐怖で震えているくせに体を盾として守ってくれている。こいつに、フィオナに死んでほしくない。逃げてほしいが、一度言い出したら意見を変えないことはわかっている。いったいどうすればいいんだ……。

「おやフィオナさん、ちょうどいいところに出てきてくれましたね。あなたにもいなくなってほしかったんですよ。せっかくお二人仲が良さそうなことですから、一緒に葬ってあげましょう」

 オーフェンが上空から弾んだ声を吐き落としてきた。
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