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迷い1
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「うおらああああああ」
アレックスはトップロープに上ると、リング上にあおむけで寝そべるアンソニーに狙いを定め、飛び降りた。空中で一回転して加速をつけ、落下の勢いそのままにアンソニーへ体をぶつける。
アンソニーは避けない。寝そべったままアレックスという200ポンドの筋肉塊を受けると、バーンという自動車事故とすら思える激突音が鳴り、リングが大きく揺れた。
「うげええ、痛ってえ」
うめき声をあげたのは、アンソニーだけでない。攻撃をした側、アレックスもだ。
というのも、このトップロープからの攻撃というのは、攻撃と呼ばれてはいるものの、その実は単なる自由落下なのである。トップロープ1,2mの高さから飛びあがってリング上に横たわる相手にぶつかっていくのだが、足から着地するのでなく、腹からぶつかっていく。攻撃を受ける側だけでなく、する側にも大きなダメージがある。見た目は派手だがその分危険さをはらんでおり、練習に練習を重ねなければならない。もし失敗すれば、大きな事故になるだろう。
「なあアレックス、そろそろいいんじゃないか」
アンソニーが胸を押さえながら言った。
「ああ、そうだな。今日はこの辺にしてもう上がろうか」
アレックスはうなづいた。練習とはいえ、トップロープ攻撃は激しすぎる。試合後で疲労がたまっている今、長々と練習するのは危険だ。そろそろ切り上げるべきだろう。
「ちがう。目標の第一段階は達成したから、次の段階へ移ろう、ってことだ」
「は? 目標とか第一段階とか、いったい何のことだよ」
「オーフェンをやっつけるのよ。計画の第一段階はまず有名になって、オーフェンが攻めてこられないようにする。第二段階でオーフェンをやっつける。本来の目的を忘れないでよね」
アレックスが問うと、リング下から甲高い声が上がり、フィオナがリングに不器用によじ登ってきた。
「ああ……、そうだ、すっかり忘れてた。あの悪党をどうにかしなきゃな」
「そうよ。それで、あんたらが有名になっている間に、私がオーフェンの居所を調べておいたわ。いくつか出入りしている場所があって、まず一つ目がニューヨークにあるタイタンコーポレーション本社ビル、二つ目がネバダ州の空軍試験場、それからヒューストンの宇宙センターね。とりあえず近場のタイタンの本社ビルに潜入して、その次なんだけど――」
「ちょっと待った」アレックスがフィオナの言葉を遮った。「その次って、まさかネバダやテキサスまで行くのか?」
「ニューヨークで捕まえられなければね。幸いにもオーフェンは近いうちニューヨークで定例の会見を行うみたい。その打ち合わせでニューヨークに来ているかもしれないから、明日にでもタイタン本社に潜入しましょうか」
「嘘だろ……。なあ、それってしばらく後に延期することってできないか?」
「は? なんで延期するのよ」
「今プロレスが大事な時期なんだ。スポンサーが次の試合に300万ドル出してくれるって言ってる。今までこんなチャンスなかったんだ。次の試合、今週末なんだけど、それに集中させてくれ」
「だめに決まっているだろう」
リングサイドに置いてあるバックパックからヘラクレスが飛び出してきた。ライオンはリングに飛び乗るとアレックスを厳しくにらむ。
「悪党は放っておくと何をしでかすかわからん。一刻も早く滅する必要がある。それに、居場所の知れている今がチャンスだ。雲隠れされる前に叩くのだ」
「それはそうしたほうがいいってことくらいわかるけど……、なあ、アンソニーはどう思うんだ? 試合に集中すべきだと思うよな」
アレックスはアンソニーに助けを求めた。どうしてもプロレスに専念したいというこの気持ち、同じレスラーのアンソニーなら分かってくれるだろう。
「そりゃあ俺だって試合に集中したいが、こればっかりはなあ。オーフェンは殺人と放火の凶悪犯だ。そんな奴を野放しにしとくなんて、神がそれを望まれるかどうか……。自信ないな」
「なんだ、なんだよ。なんだってんだよ。アンソニー、お前ビビってんのかよ。もう俺たちは有名になって、あいつらは攻めてこられないんだぜ? 一か月も音沙汰なしだ。もうあと何日か遅くなるくらい、ノー・プロブレムだろ」
言われて、アンソニーは返答に迷った。アレックスの言葉は希望的観測ではあったが、全く理がないわけではないからだ。オーフェンに目をつけられて以来見張りに付きまとわれていたが、プロレスで成功して以降、それがいなくなった。これは手を出せないといういことの表れではないだろうか。
「それはそうかもしれないが……。アレックス、前にも言ったが、自分が何者になるかは、自分が何をするかで決まるんだ。お前はスターになりたいんだろう? スターになるためにはどうするか、スターだったらどうするか、そして何より何が正しいのか。よく考えるんだ」
「だったらやっぱりプロレスを優先すべきだ。このチャンスを逃したら次なんて無いかもしれない。それに、この試合が終わったらしばらく休みだし、ネバダでもテキサスでも別の国でもどこにでも行くよ。テレビ出演の依頼が来たって断る。誓ったっていい。だから頼む、少しだけ待ってくれ」
アレックスはトップロープに上ると、リング上にあおむけで寝そべるアンソニーに狙いを定め、飛び降りた。空中で一回転して加速をつけ、落下の勢いそのままにアンソニーへ体をぶつける。
アンソニーは避けない。寝そべったままアレックスという200ポンドの筋肉塊を受けると、バーンという自動車事故とすら思える激突音が鳴り、リングが大きく揺れた。
「うげええ、痛ってえ」
うめき声をあげたのは、アンソニーだけでない。攻撃をした側、アレックスもだ。
というのも、このトップロープからの攻撃というのは、攻撃と呼ばれてはいるものの、その実は単なる自由落下なのである。トップロープ1,2mの高さから飛びあがってリング上に横たわる相手にぶつかっていくのだが、足から着地するのでなく、腹からぶつかっていく。攻撃を受ける側だけでなく、する側にも大きなダメージがある。見た目は派手だがその分危険さをはらんでおり、練習に練習を重ねなければならない。もし失敗すれば、大きな事故になるだろう。
「なあアレックス、そろそろいいんじゃないか」
アンソニーが胸を押さえながら言った。
「ああ、そうだな。今日はこの辺にしてもう上がろうか」
アレックスはうなづいた。練習とはいえ、トップロープ攻撃は激しすぎる。試合後で疲労がたまっている今、長々と練習するのは危険だ。そろそろ切り上げるべきだろう。
「ちがう。目標の第一段階は達成したから、次の段階へ移ろう、ってことだ」
「は? 目標とか第一段階とか、いったい何のことだよ」
「オーフェンをやっつけるのよ。計画の第一段階はまず有名になって、オーフェンが攻めてこられないようにする。第二段階でオーフェンをやっつける。本来の目的を忘れないでよね」
アレックスが問うと、リング下から甲高い声が上がり、フィオナがリングに不器用によじ登ってきた。
「ああ……、そうだ、すっかり忘れてた。あの悪党をどうにかしなきゃな」
「そうよ。それで、あんたらが有名になっている間に、私がオーフェンの居所を調べておいたわ。いくつか出入りしている場所があって、まず一つ目がニューヨークにあるタイタンコーポレーション本社ビル、二つ目がネバダ州の空軍試験場、それからヒューストンの宇宙センターね。とりあえず近場のタイタンの本社ビルに潜入して、その次なんだけど――」
「ちょっと待った」アレックスがフィオナの言葉を遮った。「その次って、まさかネバダやテキサスまで行くのか?」
「ニューヨークで捕まえられなければね。幸いにもオーフェンは近いうちニューヨークで定例の会見を行うみたい。その打ち合わせでニューヨークに来ているかもしれないから、明日にでもタイタン本社に潜入しましょうか」
「嘘だろ……。なあ、それってしばらく後に延期することってできないか?」
「は? なんで延期するのよ」
「今プロレスが大事な時期なんだ。スポンサーが次の試合に300万ドル出してくれるって言ってる。今までこんなチャンスなかったんだ。次の試合、今週末なんだけど、それに集中させてくれ」
「だめに決まっているだろう」
リングサイドに置いてあるバックパックからヘラクレスが飛び出してきた。ライオンはリングに飛び乗るとアレックスを厳しくにらむ。
「悪党は放っておくと何をしでかすかわからん。一刻も早く滅する必要がある。それに、居場所の知れている今がチャンスだ。雲隠れされる前に叩くのだ」
「それはそうしたほうがいいってことくらいわかるけど……、なあ、アンソニーはどう思うんだ? 試合に集中すべきだと思うよな」
アレックスはアンソニーに助けを求めた。どうしてもプロレスに専念したいというこの気持ち、同じレスラーのアンソニーなら分かってくれるだろう。
「そりゃあ俺だって試合に集中したいが、こればっかりはなあ。オーフェンは殺人と放火の凶悪犯だ。そんな奴を野放しにしとくなんて、神がそれを望まれるかどうか……。自信ないな」
「なんだ、なんだよ。なんだってんだよ。アンソニー、お前ビビってんのかよ。もう俺たちは有名になって、あいつらは攻めてこられないんだぜ? 一か月も音沙汰なしだ。もうあと何日か遅くなるくらい、ノー・プロブレムだろ」
言われて、アンソニーは返答に迷った。アレックスの言葉は希望的観測ではあったが、全く理がないわけではないからだ。オーフェンに目をつけられて以来見張りに付きまとわれていたが、プロレスで成功して以降、それがいなくなった。これは手を出せないといういことの表れではないだろうか。
「それはそうかもしれないが……。アレックス、前にも言ったが、自分が何者になるかは、自分が何をするかで決まるんだ。お前はスターになりたいんだろう? スターになるためにはどうするか、スターだったらどうするか、そして何より何が正しいのか。よく考えるんだ」
「だったらやっぱりプロレスを優先すべきだ。このチャンスを逃したら次なんて無いかもしれない。それに、この試合が終わったらしばらく休みだし、ネバダでもテキサスでも別の国でもどこにでも行くよ。テレビ出演の依頼が来たって断る。誓ったっていい。だから頼む、少しだけ待ってくれ」
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