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成功1

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 リング上では、NWEの中心レスラーたちが華麗な戦いを見せている。ラリアット、ドロップキック、チョップ。どの技も技術だけ見れば一流の大きな団体にいささか劣るが、今日のNWEは必死さが違う。パンチのたびに汗が飛び散り、ジャイアントスイングだっていつもより多く回している。押し寄せたオカルト好きをファンとするため誰もが死に物狂いで、世界で最も迫力のある試合の一つになっている。

 しかし、
「いいからライオンを出せよ」
「俺たちはライオンを見に来たんだぞ」
「詐欺だろ金返せ」

 レスラーたちの必死な姿もむなしく、会場は怒声に包まれていた。いっぱいの客席からブーイングの嵐が吹き荒れる。嵐の勢いはすさまじく、鍛えたレスラーでさえひるんでしまうほどに激しい。客席の人間は誰もプロレスを喜んではいないが、それでもいつもの試合よりましなのかもしれない。いつもは誰の声援もないのだから。

「会場の皆様にお伝えします。試合の最中ではありますが、チャレンジャーが登場しました」

 会場にアナウンスが響き、照明が落とされた。真っ暗闇になってもブーイングはおさまらず、むしろ暗くなったことによる不安と不満で声はさらに大きくなった。

 それをかき消すような大音量で、デュンデュン、というロック・ミュージックが流れ、選手入場口がスポットライトで照らされる。照らし出されたのはライオンの毛皮を被ったアレックスだ。

 ライオンを待っていた客は大喜びだ。ブーイングは一瞬にして歓喜の声に変った。

 これだよこれ、この大歓声を求めていたんだ。アレックスは夢心地で客に手を振ると、地面に手をつき、四足歩行で走ってリングに飛び乗った。さらに、四足歩行のままリング上を所狭しと駆けまわりコーナーポストに上って吠え、ライオンはここにあり、と存分にアピールした。

 小さなプロレス会場は、歓声の地鳴りで大きく揺れた。毛皮をまとって力強く四足で駆ける姿はまさにライオンだった。押し寄せた客の求めるもの、そのものである。
 アレックスはコーナーポスト上でゴング席に手招きをし、マイクパフォーマンスのためマイクを要求した。
「今日この会場には大勢の人間が来ている。人間をエサとする我々ライオン星人にとって、実に素晴らしい狩場だ。脂ののったおいしそうな人間がこんなにもいるとは驚きだ。ここを俺のサバンナにする。そのためにも、戦士たちよ、お前らが地球の守護者だな? お前らは私の目標の妨げになる。まず手始めにお前らをぶちのめしてやる」

 マイクを受け取ったアレックスはこう言って、リング上でプロレスをしていたレスラーたちを指さした。これはフィオナのアイデアであり、従来のプロレスとは全く違う、奇抜な展開だった。しかし、客席は沸いている。そう、これでいいのだ。プロレスとはファンを楽しませるためのもの。今日来ている観客はプロレスに疎い。それなら彼らの求める新しいことをやればいい。ファンが喜ぶのならレスラーにとってこれ以上の喜びはない。

 アレックスに宣戦されたレスラーたちも、沸きあがった会場を見て張り切り、
「そんなことはさせないぞ」
 と、力強くアレックスに対抗し、試合が始まった。

 しかしレスラーたちの動きが硬い。彼らは戸惑っていた。客席がまさかこれほど沸こうとは。

 そのせいもあってか、試合はアレックスが圧倒した。レスラー二人対アレックス一人にもかかわらず、である。アレックスはチョップやラリアットを受けても「その程度か? 人間は貧弱だな」とせせら笑うだけでびくともしない。逆に攻撃してくる腕をつかんで投げ飛ばしたり、強烈なパンチを見まったりと大暴れだ。

 二人のレスラーはついにダウンした。腹を天に向けて大の字で倒れ、ぜーぜーと大きく息をしてピクリとも動かない。

 その彼らの腹に、アレックスはドスンと尻をおろす。するとレフェリーが駆け寄ってきてダウンを宣告し、カウントを始めた。

 ワン、ツー、スリー。

 スリーカウントが入ったことにより、この試合はアレックスの勝利となった。レフェリーがアレックスの腕を高く掲げて勝利をアピールすると、客席からはまた一段と大きな歓声が上がる。

 アレックスは対戦相手に尻をのせたまま、支配者然とした態度でゴング席に向かって手招きし、マイクを要求した。

「わはっはははは、見ろ地球人ども。お前たちの守護者はこのざまだ。俺のケツの下でぐっすり眠っている。これにて地球の征服は完了した。今からお前らを食ってやるぞ」

 スピーカーから会場中に、ライオン星人になりきったアレックスの声が響く。アレックスはマイクをゴング席に戻すと、今から食べに行きますよと、リングをくぐって客席へ向かおうとする。客席からは、どういうわけかアレックスを歓迎する声があらゆる場所から上がっており、
「こっちにこい」
「食うなら俺からにしろ」
 と興奮のるつぼだ。

 その時だった。照明が一斉に落とされ、会場が真っ暗になる。

「ついに居所を突き止めたぞ、ライオン星人め。会場の人を食おうだなんて、俺が許さない」

 スピーカーから勇ましい声が流れ、同時に、選手入場口にスポットライトが当たった。そこにはモコモコに着ぶくれして白いヘルメットをかぶった男がいた。モコモコの服にはいたるところにアルミホイルが貼り付けられており、スポットライトを反射して銀色に輝いている。

 アルミホイル男は軽やかにリングまで走ると、華麗に宙返りしてリング上に上がり、ゴング席にマイクを要求した。

「私は地球防衛軍のリーダーだ。宇宙の脅威から地球を守るのが私の使命である。ライオン星人よ、運が悪かったな。他の星ならともかく、地球はしっかりと防衛体制が整えられている。お前の命運も今日ここまでだ」

 男はそう言ってヘルメットとアルミホイル服をぬぎ、リング下に投げ捨てた。すると、きつい目つきの悪人面と、太ましいながらもたくましいトランクス姿の肉体があらわになる。地球防衛軍リーダーを名乗る男の正体はアンソニーだった。アルミホイル服と白いヘルメットは宇宙をイメージした入場衣装であり、なるほど、言われてみれば宇宙服に見えないこともない。NWEの大道具係が突貫作業で用意したのだったが、準備の時間が極端に少なかったことを考慮すれば素晴らしい努力ということができる。

 会場からはまたも声援が沸き起こる。アレックスは「信じられないぜ」と、改めて驚いた。アイツは、フィオナは本物だ。渡されたメモに『地球防衛軍』と書いてあるのを見たときは『こんなばかばかしいものウケるわけねーだろ』と鼻で笑った。しかしふたを開けてみれば満員の客席は大賑わい。フィオナのやつ、流石はオカルトの専門家。ファンが喜ぶものをしっかり理解してるんだな、と、改めて彼女の実力を思い知るのだった。

「そうか……、お前が地球の守護者か。ケツの下のやつらは道理で弱かったわけだ。お前をぶちのめして、この地球を俺のサバンナにしてやる」

 アレックスが拳を鳴らしながら立ち上がり、アンソニーと額をぶつけてにらみ合う。その二人の間にレフェリーが割って入り、金的は反則だのスリーカウントでノックアウトだのという、試合のルールを説明する。その間に、アレックスの尻に敷かれていたレスラーはそそくさとリングから降りていった。

 こうしてゴングが鳴らされた。地球防衛軍リーダーとライオン星人の試合が始まりである。これもフィオナが授けたプランだった。

 先に仕掛けたのはアンソニーだった。側転をして勢いをつけて高く飛び上がると、その勢いのままアレックスに強烈なドロップキックを放った。

 速い。アレックスは回避しようとしたが間に合わない。側転もドロップキックも重力を感じさせない軽業で、気づいたときにはもう目の前に足がある。胸にまともに蹴りを受け、リングロープに吹っ飛ばされた。

 アンソニーはすかさず追撃にうつった。姿勢を低くすると、ヘビー級の体とは思えぬ軽快なフットワークでアレックスの懐にタックルする。そのまま足をすくって押し倒そうとした。

 が、アレックスは倒れない。懐に入られグイグイと押されに押されたのだが、持ち前の馬鹿力を発揮し、突っ込んでくるアンソニーを受け止め切った。

 そのまま二人は手四つで組み合い、力比べに入った。渾身の力を腕に込め、相手に圧力をかけて押し合う。

 するとアンソニーが表情が曇る。アレックスの圧力に耐えきれないのか、徐々に後ずさりし始め、組み合った手は小刻みに震えている。崩れ落ちはしないものの、必死に踏ん張るのがやっとという感じだ。

 力比べの軍配はアレックスに上がった。アレックスは組み合ったアンソニーの手を力づくでねじり上げると、そのままロープに向かって投げ飛ばした。

 アンソニーはロープにたたきつけられ、体勢を崩した。

 そこへアレックスがラリアットをする。

 ロープに追い詰められたアンソニーは痛烈な一撃を受ける、かと思われたが、体を後ろに倒れこませて回避。そのままバク転をしてリング中央までのがれ、ロープ際という危機も脱した。

 アレックスの剛腕は強烈だがアンソニーに華麗にかわされ、触れることすらできない。アンソニーの攻撃は当たってもアレックスの筋肉に跳ね返される。力で勝るのはアレックスで、身のこなしではアンソニーが上回る。お互い決め手に欠くというこの状況、試合は平行線をたどるかに思われた。

 が、形勢は突如傾くことになる。アレックスがしびれを切らした。

「ほら、打って来いよ。ここだ、ここ」

 アレックスはガードを下げて自分のほほを叩き、アンソニーを挑発した。

 アンソニーは警戒した。何かしらの罠ではなかろうか。しかしプロレスラーの本能として、この挑発を受け流すことはできない。
「なんだよビビってるのかチキン野郎」
 というあおりがとんできたこともあり、ほほを目掛け拳を叩きつけた。

 アレックスは無防備なまま歯を食いしばり、パンチをわざと受けた。痛い。拳がほほにめり込み、目から火花が出る。しかし、ここにこそ活路がある。パンチを食らったということは肉体同士が接触したということだ。

「痛ってえ……、けど、捕まえたぜ」

 アレックスはほほにめり込んだ拳をがっちりとつかんだ。これはアレックスの策だった。追いかけてとらえられないのなら、自信の体を囮としておびき寄せればいい。代償としてくらったパンチは目が眩むほどのダメージだが、素早いアンソニーを捕まえるにはこれしか方法が思いつかなかった。

 捕まえたからにはもう離さない。この一発で決める。アレックスは自分の最も得意とする技、バックドロップを決め技に選んだ。アンソニーの胴体に両腕を回し、抱きしめるようにがっちりと締め付ける。そのままアンソニーを抱え上げ、背中をそらして後方のリングマットにたたきつけた。

 アンソニーは受け身も取れず、全身をマットに強打した。抱えられたままでのたたきつけでは、どれだけ身のこなしが素早くても発揮しようがない。バックドロップはまさに必殺の威力で、背中から腰から全身が痛む。起き上がって反撃することはもちろん、呼吸や身動きすらできず、リングマットに大の字でダウンした。

 ド派手なバックドロップに客席は大興奮で、歓声の嵐が巻き起こる。アレックスはそれに応えるべくコーナーポストに上って雄たけびを上げた。それに対して巻き起こる歓声はNWEの歴史上最大のもので、アレックスの雄たけびが自身の耳にも届かないほどだった。

 アレックスは十分に歓声に応えると、大の字で横たわるアンソニーに覆いかぶさり、リングマットに押さえつけた。

 するとレフェリーが駆け寄ってきて、アンソニーの両肩がマットについていることを確認。ダウンを宣告した。ワン、ツー、とマットを叩いてカウントすると、それに合わせて客席もカウントを絶叫する。レフェリーが三度目にマットを叩いた瞬間、アレックスが試合に勝利した。

 アレックスはレフェリーに手を挙げられて、勝ち名乗りを受けた。360度全方位からの歓声が惜しげもなく注がれる。それに応えるべく、マイクパフォーマンスをしなければ。ゴング席に手招きすると、マイクが届けられた。

「地球の守護者は強かった。しかし試合は俺の勝ちだ。今この時から、地球は俺が支配する。客席にいる奴ら、お前らは俺のエサだ。今から食いに行くから、体にバーベキューソースを塗って待って準備してろ」

 アレックスがこう言ってゴング席にマイクを放り投げると、リング下に移動していたアンソニーが空中でそれをつかんだ。

「勝ち誇るのは早いぜ、ライオン男。俺はただやられたわけじゃない。時間を稼いでいたんだ」

「時間を稼いでいた、だと? 稼いだってどうにもならないだろう。負け惜しみを言うんじゃない」

「それはどうかな」

 アンソニーが言うと、選手入場口にスポットライトがあてられた。照らされているのは、宇宙服を着た男の集まりだ。いや、宇宙服ではない。スポットライトが当たって不自然にぎらついている。この輝きは、アンソニーと同じアルミホイル服だ。白いヘルメットもかぶっており、その数は十人。どいつもこいつもたくましい男で、全身に闘志をみなぎらせている。

「待たせたな、アンソニー」

 アルミホイル服の集団はそう叫ぶと続々とリングに上がり、腕組みをしてアレックスに対峙した。

「地球防衛軍は俺一人じゃない。チームだ。俺は仲間が到着するまで時間を稼いでいたんだ。さあライオン男、次はこいつらが相手だ。地球へやってきた不運を悔いるんだな」

 アンソニーが言うと、試合開始のゴングが鳴らされ、アルミホイル服の集団がアレックスに襲い掛かる。『時間を稼ぐ』との言葉は、プロレスの展開の都合だけでなく、大道具係が十人分の宇宙服を製作するための時間を稼ぐためでもあった。

 アレックスは初めに突っ込んできた二人にカウンター・パンチを見舞って撃退する。が、残りの男を止められない。仲間のダウンにひるむことなく次々に突っ込んでくる。その気迫に押され、さらに四方を囲まれ、どうしようもなくなり、やむなくロープを飛び超えてリングを降りた。

「地球の守護者どもめ、数を集めてくるとは卑怯な。今日のところはひいてやるが、俺はこの地球をあきらめないぞ。俺のほうも仲間を集めて、必ず地球を俺のサバンナにしてやる。その日を楽しみにしてるんだな」

 捨て台詞を吐き、アレックスは会場を走り去る。もちろんライオンらしく四足歩行でだ。これでフィオナから渡されたメモは完遂した。花道を去る背中に、会場中から万雷の歓声と拍手が送られてくる。今日の試合は大成功だ。アレックスはプロレスラーになって以来、初めて達成感を感じることができた。長い間チラシを配り、SNSに画像をアップロードし、会場を清掃してきたが、ようやく拍手をもらえた。歓声を浴びた。様々な苦労を積み重ねて実現しようとしていた夢が、今、この手の中にある。こんなにうれしいことはない。

 新しいスターが試合会場を去った。
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