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団結

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「みんな、遅れてすまない。けどその分リングで返すし、後片付けもバリバリやるから許して――」

「やっときやがったなアレックス、おまえ、いったい何をしやがった」

 アレックスは大遅刻だ。ロッカールームへ入ると同時に詫びると、それが終わらぬうちにレスラーたちがアレックスを取り囲む。皆、血相を変えてというか、慌ててというか、助けを求めてというか……、とにかく様子がおかしい。遅れたことに対して苛立ったり怒ったりしているようではなく、アレックスはひとまず胸をなでおろした。

「何をって、ファンがたくさん来ていることについてか? 俺は別に何もしてないぞ」

「そんなはずはねえ。ファンはみんな、ライオン男いるかライオン男を出せライオンの儀式をやれ、と、ライオンを求めて大騒ぎだ。ここが動物園に見えるのか? そんなわけねえよな。NWEでライオンと言えばお前だ。説明しろ。皆、何がなんだかわからねえ。特に儀式ってのは何だ、意味不明すぎる」

「そう言われても知らないものは知らないとしか……、いや、まさか」

 アレックスは気づいた。『ライオンの儀式』だって? ライオンの儀式は昨夜にフィオナと撮影した画像の内容だ。この画像を基にした記事はフィオナの手で既にアップロードされている。そして彼女の記事は抜群の注目度を持つ。これらが意味することはつまり――。

 アレックスはバックパックからスマートフォンを取り出し、デルポイ社のサイトにアクセスする。そしてフィオナの記事を探し『ニューヨークに現れたライオン男』という記事を見つけた。記事はアップロードされてから一日たっていないというのに、100万回越えというものすごい閲覧数だった。しかもフォーラムでは、昨日フィオナがアップロードした『ライオンの儀式』画像が大きな話題となっていた。その中でも気になる書き込みが、『こいつプロレスラーだぞ』『明日試合をやるらしい』『みんなで行こうぜ』というものである。

 盛り上がりの理由はわかったが、彼らはどうやってNWEにたどり着いたのだろうか。

 答えは記事の最後にあった。アレックスの着ているシャツが画像として大写しになっている。その胸の部分には、トーチの代わりにダンベルをもって力こぶを見せつける自由の女神が意匠されている。これはNWEのロゴだ。これを見つけたオカルトファンがロゴについて調べ、NWEにたどり着いたのだろう。フィオナが自信ありげに「保証する」と言っていたのにはきちんと理由があったのだ。そして、手帳の一枚を破ってアレックスに手渡したことも。

 すべてフィオナの思惑通りだった。手掛かりとなる情報を書き示し、読者に探させ、発見させる。人間は他人に与えられたものよりも、自分で見つけ出したものに対し特別な喜びと愛着を覚える。フィオナはその習性を利用した。オカルトの正体としてアレックスを見つけさせれば会場に押し寄せずにはいられないだろう、というのが彼女の記者としての技術であり、それらはすべて的中した。今、オカルトファンはアレックスを熱望している。オカルトの帝王は見事な統治を見せた。

「皆聞いてくれ」

 アレックスは詰め寄るレスラーたちに語り掛ける。

「大勢の人が今日来てくれていることに、俺は心当たりがある」

「それはお前がインターネットでやってたことに関係があるのか?」

「ああ、そうだ。昨日来たフィオナって記者の助けも借りたけど。それで、今会場にいる彼らは厳密にいえばプロレスファンじゃない。俺の持つライオンの毛皮に興味をもって、そのついでにプロレスを見に来たんだ」

 アレックスの話を聞いて、レスラーたちがざわめく。プロレスではなくライオンの毛皮が目的ということに対して、ただ納得する者もいれば、それはそうだよなと肩を落とす者もいる。反応は様々だが、一人の男が進み出た。

「お客さんの目的が何だろうと知ったことじゃない。とにかく俺たちを見てくれるんだ。いいプロレスを見せて、ファンにしてやればいいじゃないか。これは神の与えてくれたチャンスだぞ」

 進み出たのはアンソニーだった。彼が一括すると、皆、そうだなと頷きはするが、それでもざわめきは収まらず、表情は暗いままだった。

「それでアレックス、大勢の人を集めたのはいいが、どうするんだ。プロレスを見に来たんじゃない人にどんなプロレスを見せればいい? 会場では『プロレスなんかやってんじゃねえぞ』ってヤジが飛んでる。プロレスの試合会場でこんなヤジが飛ぶなんてわけがわからねえよ。お前、何かいいアイデアがあるか?」

 この悩みがレスラーたちをざわめかせていた。あれだけの熱気を放つ客に下手なものを見せれば暴動になりかねない。しかし素晴らしいものを見せれば丸ごとファンにするチャンスでもある。プロレスには自信があるが、彼らの目的はライオンだ。いったいこのふたつをどうやって結び付ければいいのか。答えはアレックスのポケットにある。

「もちろんある。彼らはライオンを見に来たわけだから、ライオンである俺をメインに据えて試合をやる。具体的なプランについてもアイデアがある」

 アレックスはフィオナに渡されたメモを掲げた。

「よし分かった。そのプランについて聞かせてくれ」

 レスラーたちが了承したことに、アレックスは戸惑った。

「みんな……、いいのか? 俺がメインをやるなんて」

「構わねえよ。なんだお前ビビッてんのか」

「そういうわけじゃないけど」

「なんだよ、こんなに大勢の客の前でメインをやれるんだぞ。いったい何が不満なんだ」

「不満というか、NWEとしてのチームワークの問題なんだ」

「チームワークだって?」

「そうだ。俺は先日、自分勝手に暴走して喧嘩騒ぎを起こしてしまった。そんな俺がメインになるのはふさわしくない、そう思う奴もいるんじゃないのか」

「アレックス、俺から話がある」

 名乗り出てきたのは、今アレックスの話した騒ぎで被害者となったレスラーだった。アレックスが無神経にスマートフォンのカメラを向けたことが原因で、つかみ合いになった。彼こそが、アレックスがメインになることを最も嫌がるであろう人物だ。

「俺はお前のことが確かに気に食わねえ。他人のことを考えず自分の都合を押し付けて、注意されれば逆切れして。ほんと、サイテーの野郎だぜ」

「本当に済まない。やっぱり俺がメインっていうのは辞めとくよ。代わりはだれがいいか――」

「待て、まだ話は終わっちゃいない。最後まで話を聞け。お前はサイテーの野郎で何考えてるのかわからないが、NWEを盛り上げたい、スターになりたいって気持ちはみんな同じだ。ベストなアイデアを反対するわけねえ。それに今日来た客はお前が集めたんだ。お前がやっていた新しいこと、ネットを使った宣伝が素晴らしい結果を呼び込んだんだ。俺たちが協力しなかったのにもかかわらず、お前は一人でやりとおして成功した。感動したし、反省もしたぜ。だってのにお前がメインをやらなくてどうする。みんなで力を合わせて、来てる客全員プロレスファンにしてやろうじゃないか」

 男が手を差し出すと、アレックスはそれをがっちりとつかんだ。

「お前……、ありがとう。やってやろうぜ。俺たちは今日、スターになるんだ」

「うおおおおおお、やるぞおおおおお」

 男たちの雄たけびがロッカールームを揺るがす。やり方をめぐってばらばらだったNWEのレスラーたちは、今、全員が目的を共有し、一つのチームになった。

「それじゃあアレックス、具体的なプランってのを聞かせてくれ」

「ああ。プロレスとオカルトを組み合わせるんだ。最高のエンターテイメントになるぜ。まず始めはライオン星人が――」

 アレックスがフィオナに渡されたアイデアを読み上げる。すると一瞬、ロッカールームから熱が引いた。オカルト? ライオン星人? ああは言ったけど大丈夫かよ、と皆が不安を感じた。わかっていることではあったが、プロレスの常識から外れている。しかし客席はすでにいっぱいである。賽は投げられている。一秒の遅れるごとに状況は悪くなる。他に案があるわけでもなく、レスラーたちはアレックスの案に乗るしかない。

「俺とアンソニーは試合のプランを考える。用具係は衣装を作ってくれ。そのための材料は……アルミホイルがいるな。ここにあるか?」

 アレックスが指示を出す。

 するとレスラーの一人が給湯室に走り、アルミホイルを持ってきた。しかし一つだけだ。到底足りない。

「じゃあ用具係はある分で衣装を作り始めて、誰か足りない分を買いに行ってくれないか?」

「俺が行く」

 レスラーの一人が近くの店へ買い出しに走る。それはつまり今日の試合で彼の出番がなくなるということだが、彼はその犠牲をいとわない。全て試合成功のためだ。

「ゴング席の奴とレフェリー、それからライト係も覚えることが多いぞ。試合展開と煽り文句だ。この試合は演出が大事だから、しくじらないよう万全に覚えてくれ」
「任しときな」

 彼らはそう言ってメモを受け取ると、内容を暗記するためぶつぶつとつぶやきだす。普段頭を使わない奴もいるらしく、眉間に深い深いしわを刻み、一生懸命だ。
「残ったレスラーには、その、頼みにくい仕事があるんだが……なんていうか、ええと」

 アレックスが言い出せずにいると、一人のレスラーが肩をたたいた。

「わかってる。前座として準備の時間を稼げっていうんだろ? やるさ。NWEのためだ」

「……いいのか? 今日来てるのはオカルトを求めてる人たちだ。きっとひどいブーイングを浴びることになる」

「構やしないさ。いつも無言の中で試合をやってることを思えば、それよりましかもしれないし。それに、そいつらは帰るとき全員ファンになってる、いや、お前らの試合でファンにするんだろ? そのためなら何でもないさ」

「ああそうだな。お前ら、頼むぜ」

 アレックスは前座を務めるレスラーとがっちりと握手を交わす。彼らの手から熱が伝わってくる。この熱さ、俺の試合に持っていこう。

 指示は出し終えた。あとは俺の試合のことだけだ。

「アレックス、皆を見てみろ」
 アンソニーが言う。
「今日の試合を成功させるため、みんな一生懸命だ。自分に日が当たらない役割をやる奴もいるが、それを気にしていない。NWEが一つになった。彼らの努力や願いが実るかは結局のところ俺たちの試合しだいだ。絶対に絶対に成功させるぞ」

「わかってる。最高の試合にしよう」

 アレックスとアンソニーは試合のプランを練る。
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