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婚約者

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「君は心の広い僕に感謝するんだね」

 アーシャが婚約したレイフォードの口癖だった。

 芋虫のような人差し指でアーシャを指しながら、歪んだ口で唱えるのだった。

「はい、感謝しております」

 没落しそうな家を立て直すために、自らこの婚約を望んだ。

 弟が出来ても分け隔てなく育ててくれた両親に、少しでも恩返しがしたかった。

「はぁ~、良い身分というものは辛いな。お前みたいなのと結婚させられるんだから」

 醜く太ったレイフォードがソファに座ると、ばふんっと音が鳴る。身体の半分くらいを沈めながらおおきくため息をつくと、使用人を呼びつけた。

 白い髪をピシッと整えた長身の男がスタスタとレイフォードの元へやってくる。

「おい、ステーキ持ってこい。ふわふわの白いパンも山盛りにして」

 言いつけられた使用人はぎこちない笑みを浮かべながら、優しい声音で言った。

「坊っちゃまに健康でいてほしい爺やからのお小言でございます。召し上がる量を少し……

「……使用人ごときが僕になんだって?」

 部屋の中の空気が張り詰める。使用人は、この頃の天候不良で食料が不足しているのを考慮したのだろう。

 飢えて死にゆく貧民も少なくないと聞いている。この男の一食分でも配ればどれだけの人が助かるか。

「過ぎた真似を致しました。すぐにご用意いたします」

 食事が運ばれてくるともちゃもちゃと汚い咀嚼音が響く。文字通り山盛りになったパンまで全て平らげると、そのままソファでふごふごと鼻を鳴らしながら眠りはじめた。

 ……なにやら城内から騒がしい気配がする。

 少し様子を窺おうと席を立つと、眠っていたはずのレイフォードが大きな声でアーシャを怒鳴った。

「僕の許可無くどこへ行くんだ!!」

「城内が騒がしい気がしまして、確認しようかと」

 アーシャが許可無く行動するのをレイフォードは許さない。自分の所有物だと思っているからだ。

「放っておけばいい、座れ」

 なにも言わず再び席に着く。

 ここ最近特にレイフォードの神経が尖っていた。アーシャが外に出るのも許さず、使用人ともレイフォードを通さないとならなかった。

 すると、部屋の扉がトントン、と叩かれた。

「入れ」

 扉が開かれると、執事のセバスチャンが顔を覗かせた。

「連日の暴動騒ぎを受けて、坊っちゃんの身の回りをお近くで守るために剣士を呼び寄せました」
 
 ……連日か。
 
「ほぅ……」

「紹介してもよろしいでしょうか?」

「構わん」

 セバスチャンが部屋の外にいる剣士を連れて戻ってくる。剣士が歩くたびに、鞘と靴の金具が擦れる音がする。

「こちらが今日から護衛を担当するイオという者です。実力も確かですので、ご安心下さい」

 紹介された剣士が深々と頭を下げた。


 

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