フランソワーズの耳

猫又

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義母と丈二君

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 義母と丈二君の関係は義母に丈二君が三味線で弟子入りしたのが三ヶ月前。ご近所の安岡さんの紹介らしいけど、安岡さんが最近、スーパーで会うとじんわり嫌味を言ってくるのはお気に入りの丈二君が義母の所にしか来ないのを怒っているようだった。
(丈二は私が先に知り合ったのよ! それを……三味線の師匠かなんか知らないけど、金で物を言わせてるのね!)という怒号が大きく聞こえてくるので、実際の安岡さんの声はほとんど聞こえない。
 安岡さんは元生保レディで、今は年金貰って悠々自適という義母とはそれほど変わらない年だ。白髪を紫に染めて、大ぶりな眼鏡でとにかく派手。その上、社交的でおしゃべり好き、以前は義母の所にもよく来ておしゃべりをしていたが、最近では丈二君を挟んで険悪状態。
 だけど、どっちも大きな声で言える話でもなし、心の中でだけ怒号が飛び交っていた。
 
 義母の三味線は月二回のレッスンで三十分、そして月謝は一万円。
 そういう生徒を二十人ほど持っているので、毎月義母には二十万の収入がある。
 これは大きい。
 丈二君だけレッスンが無料で、さらに一時間にのび、手取り足取り教え、毎回プレゼントを渡している、それで義母が健康に寿命が伸びるならばよい手だろう。
 丈二君が内心どれだけ毒づいていても知らなければ、ただ笑顔だけを信じていられるのだから。

 玄関の掃除をしていると義母に追い出された義父が散歩用の靴を履いてるのを見かけた。
 丈二君が来る時は二、三時間、帰ってくるなと言われているようだが、義父にとっても待ってましたとばかりの散歩タイムだ。
(よしよし、今日の丈二君はどうかな。ちゃんと役に立つかなぁ。いやぁ、金の為とは言え、あのばーさんのしなびた身体をいじくり回すなんて、尊敬するなぁ)
 義母と丈二君の睦言を盗聴する気満々で出かけて行った。

「あら、伽耶子さん、今日、パートは?」
「休みなんです」
「あらそうなの? でもねえ、お三味のお稽古は集中力がいるから、家に誰もいて欲しくないのよね」
(丈二君が来るんだから、邪魔ね、どこかへ出かければいいのに)
「あーでも、何かこの間の熱からすぐにしんどくなるなんですよね~休みの日は家で寝ていたいんですけど。静かに二階の自分の部屋でいますから」
「……」
 義母は黙ってしまったが、義母の心はうるさかった。キャンキャンキーキーと私への罵詈雑言で溢れていた。
「じゃ、頭痛もしますんで」
 と私は掃除道具をしまってから二階に上がった。

 三味線の教室を開けるほどの自宅は近所でも大きいほうだった。
 小さいが日本風な庭園もあり、義母の教室は続きの離れで出入り口も別。グループレッスンなどもあるから三台来客用の駐車場もある。丈二君と義母の睦言でも気をつけて少し控えていただければ、そうそう聞こえないはず。
 二階の窓から眺めていると、丈二君の車がやってきて止まった。 
 背が高く茶髪で、うっすらと男性用メイクして、ぱっと見はチャラいホストのようだ。
 チャラチャラと車のキーを指で回しながらお稽古室の方へ入って行った。
 
 丈二君が来る日、私はたいていパートに行ってて、すれ違う事すらしないからどんな人間なのかは知らない。
 安岡さんと義母の心の様子からして、年配の奥様に上手に物を言い金蔓にしているのは間違いなさそうだが、それは安岡さんと義母がそうやって丈二君を作り上げてしまったから仕方が無いと思う。上手におしゃべりをして金品を貰うのは古来からある職業の一つでもある。
 まあ、本音はどうでもいい。
 いつか安岡さんと義母の間で殴り合いが始まってご近所で噂になっても、丈二君が義母の全財産を持ってこそこそと逃げても心底どうでもいい。
 私は私がこの家から出て行く時ま面白面白おかしく観察しようと思う。
 このフランソワーズの耳を使って。


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