わけあり乙女と純情山賊

猫又

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狂犬ドレイユ

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 ガイツは三十人ほどの仲間を従え、スリーキングの二番目、狂犬ドレイユと睨みあっていた。
 三兄弟というだけあって、氷のヤルーとよく似た風貌だがドレイユの方が下卑た顔をしていた。
 ずる賢そうな瞳に薄ら笑いを浮かべて、ガイツを睨む。
「ガイツよ、よくも弟をやってくれたなあ。ヤルーが毎晩さまよい出てきては泣くんだ。熱い、熱いってな。おかげでゆっくりと寝むれやしねえ」
「そうか、そりゃ悪かったな。一人で寂しいだろうから、てめえも地獄で一緒に泣いてやんな!」
 ガイツの言葉に仲間達がいっせいに襲いかかった。
 もちろん、リリカもである。ガイツにもらった、新しい弓に矢えつがえ、勇ましく参戦する。だが……リリカは団体戦は苦手である事が自分で分かった。何せ、仲間と敵が入り乱れての大混戦である。矢をいろうにも、誰に狙いをつけても仲間に飛んでいきそうなのだ。仕方なく、これまたガイツにもらった、新しい剣を手にした。
「へえ、ガイツのとこは女でも仲間にしないと人手が足りないくらい人材に困ってるのか。お嬢ちゃんよ、くそガイツなんざやめて、こっちに来いよ。可愛がってやるぜえ」
 ひっひひと嫌な笑みを浮かべたくたびれた男がリリカに切りかかってきた。
「ばーか!」
 リリカは剣でその一打を受け止めると、せせら笑った。
 続いてこっちから切り返す。
 カンカンと剣が打ち合う音がする。リリカの非力ではそう簡単に男を打ち崩す事が難しかった。
 男はにやにやと笑いながら、リリカの相手をしていたが、
「そう遊んでられないんでな。死にな!」
 カーンとリリカは剣を跳ね飛ばされてしまった。
 男の剣がリリカの心臓を目がけて繰り出される。
「しまった!」
 リリカは目をつぶった。
 だが、絶叫とともに果てたのは男の方だった。
「大丈夫か?」
 もちろん、ガイツがリリカの危機にかけつけたのであるが、
「だ、大丈夫よ!」
 リリカは面白くない顔だ。確実に死ぬところを助けてもらったのは確かだが、何だか足手まといのように思われるのがしゃくで、つんっと横を向いた。
 そして、自分がとんでもなく守られている事に気がついた。
 リリカの四方をガイツとその右腕のブルが固めているのだ。


「うー」
 リリカと打ち合った男は少しはリリカにも回してやろうという、ガイツの心遣いだったのだ。
 リリカはしょぼくれた。自分の非力さと、ガイツの甘さに無性に腹がたった。
 そして、
「しまった!」
 というガイツの言葉に顔を上げた。
 何だ! ガイツの危機か? それならあたしが相手だ! とばかりに剣を持つ手に力が入った。
 だが……
「すまん、リリカ、最後はお前に止めをささせてやろうと思ったのに、やっちまった」
 ガイツの大刀がドレイユの右腕を切り離した瞬間だった。
 ドレイユが絶叫とともにのたうち回り、絶命はしていないようだがぐったりとなった。
「うー」
 リリカはますますふくれる。
「頭、こいつ、どうしますかね」
 ブルが馬から飛び下り、ドレイユをけり飛ばした。
「そうだな、スリーキングの最後の一人の居場所を吐かせてから殺せ」
 ガイツが冷たい声でそう言うと、その時に気がついたドレイユが慌てて命ごいをした。
「ま、待ってくれ! 俺達はもう山賊は廃業するから! あ、兄貴は西の都でいい顔なんだ! 商人や貴族に顔を売って、軍隊に入るんだ! その金が必要だってんで、あんたのお宝に手を出したのが間違いだった。ヤルーを殺されて、頭に血がのぼっちまったが、本当にもう山賊は廃業なんだ! だ、だから……助けてくれ!」
「西の都だと?」
「そうだ……もうあんたの縄張りには手を出さないし、なんなら……あんた達に軍隊の手が届かないようにもできる!」
 ガイツは思い切り軽蔑した瞳でドレイユを見た。
「貴族の犬に成り下がるとは見下げたもんだな」
「そ、そう言うなよ」
 リリカは黙って会話を聞いていた。
 山賊を軍隊に? 罪のない村人を殺した山賊どもを都で取り立てるとは、呆れて物も言えないではないか!
 リリカは許せなかった。いくら哀れげに泣いても、この男のした事は許せないのだ。
 リリカは黙ったまま弓を手に取った。
 何やらべらべらとしゃべっているドレイユに弓を向けると、一息ついて矢を放った。
「う!」
 ドレイユはリリカの矢を額の真ん中に受けて、動かなくなった。
「リリカ、少しは気がすんだか?」
 ガイツの言葉にリリカは不愉快そうに答えた。
「そうね」
「ブル。こいつの話の裏を取れ」
「分かりやした」
 ブルは自分の手持ちの部下を連れてすぐにその場から姿を消した。
「後の者はシンを追うぞ!」
 ガイツの号令に一行は再び動き出した。
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