魔法少女、吉田さん。

猫又

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地獄のウジ虫

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 クラスに変な女子がいる。
 オタクというか、そういう分野の人だと思う。 
 美少女フィギュアを大事そうに学校へ持ってくるし、自分の事を「私、ごにょごにょ……魔法少女なの」と言う。
 ごにょごにょの部分はいつもよく聞き取れない。
 フィギュアも自作らしくクラスのフィギュア好きの男が今まで見た事もないとちらちら気にしているが、席を立つ時は必ず手に持って歩いているので詳細は謎のままだ。
 ただ素晴らしく精巧で、綺麗なフィギュアらしい。
 魔女のような大きな尖った帽子、露出度の高い切り裂かれたようなドレス。ウエストラインは細く、足も腰もむっちり。顔はきつめだが美人。だが肌の色が紫なので気味が悪いフィギュアだ。
 ピンヒールを履いた足下には牙を剥いた黒豹みたいな獣。
 自分はそういう趣味がないので価値なんかは分からないけど、いつも大事そうに持ってるのでフィギュア好きな男は気になって仕方がない様子だ。
 本人は吉田さんという。背は低く痩せている。
 大きな顔に浅黒い肌、目は一重でいつも眠そうな感じだ。ボブというかおかっぱ頭で、いつも静電気で髪の毛が広がっている。
 配られるプリントを後ろの吉田さんへ渡す時、バチッと電気が走る時がある。 
 友達どころかクラスメイトには普通に敬遠されてるし、休み時間も昼ご飯も一人。
 だけど本人は全然気にしていない感じだ。
 それに休み時間も携帯を触るでもなく、本を読んだりフィギュアに話しかけたりして本当に変な女子だ。
 虐められる心配とかしないのかな、と思う。
 
 どこのクラスでもそうだけど、密やかな虐めは必ずある。
 何もトイレに連れ込んだり、教科書に落書きしたり、体操服を捨てたりが虐めじゃない。そんな目立つ虐めをするのは間違っている、という認識は誰にでもある。
 認識していないのが、密やかな虐めだ。
 ちょっと無視する。クスクスと笑う。わからない話をする。
「何の話?」と聞いてきても「別に~」と答える。
 三回に一回は声をかけてもらえない。
 でも声をかけてもらえる日もある。
 みんなでするから、安心。自分は首謀者じゃないとみんなが思っている。
 その子を嫌いなわけでもない。ただ何となく。
 たまたま、その子が風邪をひいて休んだ日にちょっとおかしいニュースがあって皆で笑った。次の日の朝、またその話で盛り上がるけど、休んだその子に説明するのはもう面倒くさい。何度も何度もしつこく聞かれてちょっとイラッとした。
 きっかけはそんなもん。 
 何となく自分から距離を置くようになって、ますますイラッとされる。
 グループを抜けても、あの子外されたんじゃない?と思われてどこにも入れない。
 
 そんなのは日常茶飯事だ。だから誰もがぴりぴりしている。
 グループから外されないように、って。

 だけど彼女、吉田さんは最初から一人だった。
 高校二年のクラス替えで初めて見た時から一人だった。
 どこかのグループに入ろうという姿勢を見せなかったし、だからもちろん携帯のアドレスやIDなんか誰も知らない。
 携帯で回すメッセージも彼女だけ名前がなく、昼休みに皆がスマホで遊んでいても彼女だけは本を読んだりして、携帯を持ってるのかさえ誰も知らなかった。
 まあ、フィギュアなんか持ってる時点でおかしいから、嫌われるっていうよりも知り合いになりたくないって感が強いかもしれない。  

 だけど吉田さんの事を構ってる暇はなかった。
 今は幼馴染みの事でいっぱいだ。
 ちょっと焦っている。
 幼馴染みが密やかな虐めのターゲットにされてしまったから。
 同じクラスの幼馴染みが所属しているのは大きなグループでクラスの女子の約半分、十人ほどの大所帯だった。後は三、四人のグループがいくつかある。
 
 幼馴染みの名前は細山里乃という。
 里乃は可愛い顔をしている。
 可愛くすればきっとクラスで一番になれるほど綺麗な顔立ちだと思う。でも里乃は意識して地味にしていたような気がする。
 元々派手にするのは好まないのもあるだろうけど、やっぱり無駄に目立てば虐められる可能性が大きい。それに対して戦える性格でもない。
 グループ内ではアイドルの話や格好良い上級生の話で盛り上がったりもするけど、本当は男子も苦手、化粧も苦手で本を読んだりピアノをひいたりするのが好きな女の子だった。
 そんな大人しい里乃がクラスで中心のグループに入れたのはやはり見た目が可愛いからだろう。

 もちろん目立つ虐めはしない。
 彼女達はおしゃれで成績もよく、社交的で先生のうけもいい。先輩とも後輩ともつながりがあって、友達がたくさんいる。
 そんな人達に目をつけられたら、あっという間に学校は地獄に変わる。 
 でたらめな噂が駆け巡り、知らない人からも嘲笑される。
                                               
「私に声をかけないで」
 と理乃が悲しそうな顔で言った。
「無理すんなよ」
 自分にはそんな言葉しか出てこなかった。

 里乃の弟が美少年だったばっかりに、だ。
 二つ下の弟は竜樹という。もちろん自分は竜樹とも幼馴染みで、今でも家に遊びに行ってゲームをしたりする。
 その竜樹がグループのリーダー女子の妹をこっぴどく振った、という妙な言いがかりでこの始末だ。                                              
 中学生の恋愛問題で里乃はとばっちりを受けているだけだ。
 もちろん里乃が竜樹には言うなと言うので竜樹は何も知らない。
 今更、竜樹がどうしたところでこの学校に広まった里乃への虐めがなくなるとも思えない。
 けれど一生に一度しかない青春の時期をこんな風に毎日おびえて暮らさなければならな里乃を思うと苦しい。 
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