上 下
17 / 56

皇子の部屋

しおりを挟む
 王族の別荘なんてさ、肩が凝るだけだから。
 もちろんウッドバース侯爵家に生まれて十六年、知らない間に令嬢としての育ちは身についてる。けど、前世を思い出してあたしは日に日に真理亜の記憶が濃く戻ってくる。
 
「早速、手配をいたしましょう。主治医もすぐに呼ばせましょう」
 と言って、カツカツと歩く速度からオズワルド老人は離脱していった。
「私としたことが避暑などとすっかり失念していた。すまない、マリア。北山の別荘にウッドバース侯爵家を招待しよう」
「い、いいえ。私は避暑など行かなくても……」
 
 貴族の暮らしにはすっかり飽き飽きしていたあたしは、むしろ図書館で勉強するのが楽しみになっていた。知らない事を知るのは楽しい。外国諸国の事を知るのは楽しい。その地へ旅をしているようでドキドキする。そして実際に旅をしたくなる。
 馬車でゆっくりと、それとも船で大海原を。
 みたいな事を図書館で密かに楽しみにしていたあたしは勉強を中断して、避暑になんぞ行きたくなかった。

 ヴィンセント皇子の部屋はまるで美術館の一室の様だった。
 絵画、変な形の壺、タペストリー、分厚い絨毯、キラキラしたシャンデリアみたいな蝋燭台。
 皇子はあたしを長椅子に座らせてふかふかした大きなクッションをあてがってくれた。
 それに寄りかかるようにして、あたしは黙って皇子を眺めていた。
 皇子の部屋に来るのは初めてだ。
 婚姻前の娘は殿方と二人っきりになんぞならないからだ。
 だけど婚約者となればそれも大目に見られる。 
 あたしがきょろきょろと部屋の中を見渡しているのを見て皇子が、
「珍しいものでもあるか?」
 と言いながら、あたしに果汁を搾ったジュースのグラスを渡してくれた。
「ええ、こんな豪華な部屋は見た事ありませんわ。宝物倉のよう」
「そうかな? ローレンスの部屋の方が豪華だろう? あれは美術品が好きだからな」
「ローレンス様のお部屋は見た事がありませんから、存じませんわ」
 と言うと、皇子は驚いたような顔をした。
「ローレンスの部屋は訪れた事がない?」
「ええ、私、王宮にもあまり来た事がないのです」
 皇子はコホンと一つ咳をしてから、
「婚約者だったのに?」
 と言った。
「ええ、ローレンス様には舞踏会やサロンパーティにはよくお誘いいただきましたけれど、それ以外ではあまりお会いする事は無かったですわ。あの方はとても忙しい方でしたもの」
「何をして忙しいのやらな」
 と皇子が呆れたような口調で言った。
「でも白薔薇の君とはよくお会いになっていたようですわ」
 ふふふと笑ってしまった。
「白薔薇か」
「ええ、そういえば、今日、学修中にリベルタ様と白薔薇の君がおいでになりました」
「図書館にわざわざ、王妃が?」
「はい、白薔薇の君はすっかりリベルタ様のお気に入りのようですわね。学修は皇太子妃に必要だとは思えないとの事ですわ。まるで王妃教育のようだと。リベルタ様のお気に触っているのかも」 
 皇子はあたしの前の椅子にふんぞり返って座り、
「ふん」
 と言った。
「マリア、ローレンスが君と婚約破棄したのは、あれの意志なのだろうか?」
「え?」
「それとも王妃の差し金か? 君は王妃と何か諍い事でも?」
「え~~~そんなのあるはずがないっしょ……あ、あらオホホ……」         
 リベルタ様ともめ事? そんなのないってば。
 だいたい、いくら侯爵家の令嬢でもそうそう王妃と揉めるほど会う機会なんか……
 考え事をするとき、意識はなくても視線があちこち彷徨うよね? 
 あたしもこの時、皇子の部屋の中をぐるぐると視線が動いていた。
 奥の方にある大きなベッドを見て、そしてその壁上にかけてある肖像画を見た。
「あれ……」            
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

悪役令嬢より取り巻き令嬢の方が問題あると思います

恋愛
両親と死別し、孤児院暮らしの平民だったシャーリーはクリフォード男爵家の養女として引き取られた。丁度その頃市井では男爵家など貴族に引き取られた少女が王子や公爵令息など、高貴な身分の男性と恋に落ちて幸せになる小説が流行っていた。シャーリーは自分もそうなるのではないかとつい夢見てしまう。しかし、夜会でコンプトン侯爵令嬢ベアトリスと出会う。シャーリーはベアトリスにマナーや所作など色々と注意されてしまう。シャーリーは彼女を小説に出て来る悪役令嬢みたいだと思った。しかし、それが違うということにシャーリーはすぐに気付く。ベアトリスはシャーリーが嘲笑の的にならないようマナーや所作を教えてくれていたのだ。 (あれ? ベアトリス様って実はもしかして良い人?) シャーリーはそう思い、ベアトリスと交流を深めることにしてみた。 しかしそんな中、シャーリーはあるベアトリスの取り巻きであるチェスター伯爵令嬢カレンからネチネチと嫌味を言われるようになる。カレンは平民だったシャーリーを気に入らないらしい。更に、他の令嬢への嫌がらせの罪をベアトリスに着せて彼女を社交界から追放しようともしていた。彼女はベアトリスも気に入らないらしい。それに気付いたシャーリーは怒り狂う。 「私に色々良くしてくださったベアトリス様に冤罪をかけようとするなんて許せない!」 シャーリーは仲良くなったテヴァルー子爵令息ヴィンセント、ベアトリスの婚約者であるモールバラ公爵令息アイザック、ベアトリスの弟であるキースと共に、ベアトリスを救う計画を立て始めた。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。 ジャンルは恋愛メインではありませんが、アルファポリスでは当てはまるジャンルが恋愛しかありませんでした。

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

悪役令嬢の取り巻き令嬢(モブ)だけど実は影で暗躍してたなんて意外でしょ?

無味無臭(不定期更新)
恋愛
無能な悪役令嬢に変わってシナリオ通り進めていたがある日悪役令嬢にハブられたルル。 「いいんですか?その態度」

断罪されて婚約破棄される予定のラスボス公爵令嬢ですけど、先手必勝で目にもの見せて差し上げましょう!

ありあんと
恋愛
ベアトリクスは突然自分が前世は日本人で、もうすぐ婚約破棄されて断罪される予定の悪役令嬢に生まれ変わっていることに気がついた。 気がついてしまったからには、自分の敵になる奴全部酷い目に合わせてやるしか無いでしょう。

強すぎる力を隠し苦悩していた令嬢に転生したので、その力を使ってやり返します

天宮有
恋愛
 私は魔法が使える世界に転生して、伯爵令嬢のシンディ・リーイスになっていた。  その際にシンディの記憶が全て入ってきて、彼女が苦悩していたことを知る。  シンディは強すぎる魔力を持っていて、危険過ぎるからとその力を隠して生きてきた。  その結果、婚約者のオリドスに婚約破棄を言い渡されて、友人のヨハンに迷惑がかかると考えたようだ。  それなら――この強すぎる力で、全て解決すればいいだけだ。  私は今まで酷い扱いをシンディにしてきた元婚約者オリドスにやり返し、ヨハンを守ろうと決意していた。

追放済みの悪役令嬢に何故か元婚約者が求婚してきた。

見丘ユタ
恋愛
某有名乙女ゲームの悪役令嬢、イザベラに転生した主人公は、断罪イベントも終わり追放先で慎ましく暮らしていた。 そこへ元婚約者、クロードがやって来てイザベラに求婚したのだった。

農地スローライフ、始めました~婚約破棄された悪役令嬢は、第二王子から溺愛される~

可児 うさこ
恋愛
前世でプレイしていたゲームの悪役令嬢に転生した。公爵に婚約破棄された悪役令嬢は、実家に戻ったら、第二王子と遭遇した。彼は王位継承より農業に夢中で、農地を所有する実家へ見学に来たらしい。悪役令嬢は彼に一目惚れされて、郊外の城で一緒に暮らすことになった。欲しいものを何でも与えてくれて、溺愛してくれる。そんな彼とまったり農業を楽しみながら、快適なスローライフを送ります。

処理中です...