西条アキラの場合

猫又

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教師4

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「何だ、学校はどうした」
 と岩本に言われてアキラは肩をすくめて見せてから、
「サボり」
 とだけ言った。
 岩本は興味なさそうに、「そうか」とだけ答えた。
 
 岩本がアキラに求めるものはハンターとしての資質だけだった。
 幸か不幸か、母親の死後、アキラを引き取った岩本は食人鬼だった。
 医者であり裕福でセレブ、社会的地位も高い岩本の究極の趣味は人肉を食す事だ。
 お抱えのフランス料理人は嬉々として食材である人肉に腕を奮う。
 その食材を調達するのがアキラの役目だ。
 何の躊躇もなく殺せるアキラを岩本は重宝していた。

 アキラが学校へ行こうが何をしようが、興味もなければ関係なかった。
 食材を仕留めてくればそれに値する金をアキラの口座に振り込み、アキラはそれで生活する。アキラは頭もよく、飲み込みもいい。ミスすることもなく、ハンターの腕もよい。
 アキラの口座は増え続け、岩本もよい食材が手に入る。
 それだけの関係だった。

 岩本家でアキラに与えられた部屋は二階にあり、アキラはそこから学校へ行き、学校から戻ればそこで過ごす。部屋には簡易的なシャワールームがあり、トイレもある。
 食事は手伝いの女中が運んでくるし、学校へ行っている間に部屋を掃除され洗濯物もその時に回収される。
 岩本は何度目かの結婚をしたばかりで、派手な女が奥様を名乗っていた。
 女はアキラをうさんくさそうに見て、岩本の息子かどうかをしつこく知りたがった。  今、自分の腹の中にいる子供が岩本の全てを引き継ぐかどうかばかり考えていた。
 アキラは自室へ入ってカバンをどさっと床に投げた。
 ベッドに腰をかけて髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回す。
 むしゃくしゃする。
 机の上に宅配便の箱が置いてあった。
 留守の間に来て、女中が置いていったのだろう。
 中身は何だったか、と思い返した。
 何日か前に注文したはずの品だ。
 立ち上がり滑りの悪いカッターでガムテープの上を切り開く。
箱の中にあったのは素晴らしく光るナイフだった。
 全長は350ミリ、刃の部分は200ミリ、有名銃器メーカーのサバイバルナイフだ。
 刃に施された模様が気に入っての購入だ。アキラは箱の中のナイフを手にした。
 ずっしりと重量があり、アキラの手にしっくりとくる。
 刃の部分は荒削りのようだ。
 使うならば研ぎ直した方がいい。
 すぱっと切り裂くナイフは美しく、それだけで芸術品だ。



 内線の電話がなり、アキラが受話器を取ると、
「お客様ですよ」
 と年配の女中の声がした。
「客?」
「担任の先生だと、加藤様とおっしゃる若い男の方です」

 ナイフを見て少しばかり晴れた心がまた曇った。
 教師は嫌いだ。
 ずけずけと人の中に踏み込んでくる。生い立ちから生活態度から成績まで口を出して、その割に何の助けにもならない。母親が焼死した事や姉と引き離された事を興味津々に聞いてくるが、おもしろがっているだけだ。その証拠に誰も彼も口元が笑っている。

「部屋に通して」
 と言って受話器を置き、アキラはナイフを握りしめた。

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