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魔王の右腕
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「ソフィア様、こんなに大きく綺麗になられて……」
と庭師の夫婦がぺこぺこと頭を下げながら言った。
「馬小屋に置かれた母の面倒を見てくれたと聞いてます」
とソフィアは言った。
「はあ、ミランダ様はよく働く方で、メイドの時も誰よりも動いてまして、私らも助けてもらったものです。伯爵様の第二婦人になられた時は……皆で心配しました。奥様は厳しい方ですから……でも、あの、わしらがお屋敷に戻ってきて伯爵様や奥様はよろしいので?」
おずおずと庭師が言った。その側に寄り添う婦人も不安を隠せない様子だった。
伯爵婦人は使用人にかなり厳しい躾けをする。鞭打ちや食事抜きはざらで、給金なしやいきなり追放の目に遭う者も多かった。それ故、使用人同士で密告し合いも始まる。伯爵婦人の気に入りになる為に、他の者を売るのだ。
「ええ、もちろんよ。よければ庭師の仕事を再開して欲しいの。前の庭師は辞めてしまったし、小屋も空いてるからそこで住んでくれて結構よ。身体が辛いなら手伝いの者を雇うから、あなたは指示だけでもいいわ。ここの庭は広いものね。綺麗にするにはお金も人手もいるのは分かってるわ。でも、この屋敷にはいい思い出がないのでしょう? 私の母を庇ったという理由だけで無一文で追い出されたらしいし、きちんと償いの金額をお支払いするわ。それとは別に良かったらまたここに住んで働かないかって話なの。あなた方の今の生活を壊したいわけじゃないから」
一気にしゃべってから、理路整然と話せたか? とソフィアは自問自答した。
考えるよりも先に手が出るタイプなので、きちんと話すのは得意ではなかった。
ここは小さなリビングで、ローガン、エリオットがお茶会に同席、執事のワルドも側で立っていた。庭師の夫婦はこの三人にもビクビクしていた。以前は伯爵夫妻同様の意地の悪い人間で、使用人は玩具、特にローガンはメイド達を好きなように扱っていたので庭師の作った花畑で涙を拭くメイドが大勢いた。
「以前の俺達の悪行を心配しているのだね? まあそれは仕方ない。俺達は悪かったからね。でも今は改心してるんだ。心配なら、しばらく滞在して、今屋敷で働いてる連中に聞いてみてくれ。君達の顔馴染みの連中もまだいるだろう?」
とローガンが笑顔で言った。
顔馴染みでも、夫人側で密告するような使用人は全て魔物達に乗っ取られ、ソフィアに忠誠を誓っている。それ以外、リリイのような元々正直者は人間のままだった。
「へ、へえ」
と庭師夫妻は頭を下げた。
「無理に急いで決めなくていいわ。ゆっくり考えて」
とソフィアが言い、エリオットが続けて、
「ワルド、案内してあげて」
と言った。
ワルドは丁寧にお辞儀をしてから、庭師夫妻に部屋を退室するように促した。
庭師夫妻はおどおどとお辞儀をしてから、ワルドについて出て行った。
「ソフィア様に感謝しますよ。今の暮らしはかなり大変そうですからね」
とローガンが言った。
「そうなの?」
「ええ、無一文でここを追い出され、庭師婦人の方が身体を患い治療費もかかる。老年にさしかかったあの年では新たな職場も見つからず食うや食わずのようですからね」
「そうなの。ここで療養してくれたらいいわ」
と言うソフィアにエリオットが首を傾げた。
「弱者にはお優しい」
「は? 喧嘩売ってんの? 私は私に害するやつだけぶっ殺すわ。あなた達の様な知性の高い魔物だってそうでしょ? いくら同族喰いでも、情の通じる相手は喰わないでしょ?」
というソフィアの問いに、ローガンとエリオットは顔を見合わせてからお互いに首を傾げた。それを見たソフィアが、
「え、違うの?」
と聞いた。
「さあ、まあローガン兄様が僕を喰おうとしたら僕も喰い返すよ。今なら二対一だからね」
とエリオットが答え、ローガンはふっと笑った。
「二対一って何?」
「ローガン兄様、そろそろ正体を現したら? あなた、魔王様の右腕でしょ」
とエリオットが言い、ソフィアが目を丸くしてローガンを見た。
「魔王の右腕? だって、ローガンの中に入ったの、ソフィアが可愛がってた黒猫だよ?」
「元は一体の魔王様から離れた四肢だからね。通じるものはあるよ。順列をつければ四肢の中では右腕が一番強い。でも今は左足と右足が揃ってるから、二対一じゃ右腕がちょっと不利かな?」
「喧嘩しないでよ? 魔王復活を企むなら他所でやってって言ったでしょ。なんでここに魔王軍が集まるのよ」
ソフィアは不満げに口を尖らせた。
それを見てローガンが微笑む。
「私は魔王様復活など考えておりません。ソフィア様、あなたの側にいたいだけです。ただそれを邪魔するやつは例え両足揃っていようが喰ってしまいます」
ローガンの言葉にエリオットは肩をすくめた。
「はいはい、分かりましたよ、兄様。左足のワルドにも伝えておきますよ。それはそうと、ソフィア様、来週始まる、剣王学院との合同キャンプ・レッスンですけど」
「え? 何? ローガンもエリオットも参加でしょ?」
「ええ、ハウエル公爵家姉妹がソフィア様を亡き者にしようと企んでますのでお気をつけ下さい」
「え、なんで?」
「レミリア・ハウエルが聖女に選ばれる為には光の娘のレイラが邪魔なんです。せっかく辞めたと思っていたレイラを呼び戻したのはあなただから。あなたさえいなければってね」
「くっだらない」
とソフィアは言い、カップの冷めた茶を飲み干した。
と庭師の夫婦がぺこぺこと頭を下げながら言った。
「馬小屋に置かれた母の面倒を見てくれたと聞いてます」
とソフィアは言った。
「はあ、ミランダ様はよく働く方で、メイドの時も誰よりも動いてまして、私らも助けてもらったものです。伯爵様の第二婦人になられた時は……皆で心配しました。奥様は厳しい方ですから……でも、あの、わしらがお屋敷に戻ってきて伯爵様や奥様はよろしいので?」
おずおずと庭師が言った。その側に寄り添う婦人も不安を隠せない様子だった。
伯爵婦人は使用人にかなり厳しい躾けをする。鞭打ちや食事抜きはざらで、給金なしやいきなり追放の目に遭う者も多かった。それ故、使用人同士で密告し合いも始まる。伯爵婦人の気に入りになる為に、他の者を売るのだ。
「ええ、もちろんよ。よければ庭師の仕事を再開して欲しいの。前の庭師は辞めてしまったし、小屋も空いてるからそこで住んでくれて結構よ。身体が辛いなら手伝いの者を雇うから、あなたは指示だけでもいいわ。ここの庭は広いものね。綺麗にするにはお金も人手もいるのは分かってるわ。でも、この屋敷にはいい思い出がないのでしょう? 私の母を庇ったという理由だけで無一文で追い出されたらしいし、きちんと償いの金額をお支払いするわ。それとは別に良かったらまたここに住んで働かないかって話なの。あなた方の今の生活を壊したいわけじゃないから」
一気にしゃべってから、理路整然と話せたか? とソフィアは自問自答した。
考えるよりも先に手が出るタイプなので、きちんと話すのは得意ではなかった。
ここは小さなリビングで、ローガン、エリオットがお茶会に同席、執事のワルドも側で立っていた。庭師の夫婦はこの三人にもビクビクしていた。以前は伯爵夫妻同様の意地の悪い人間で、使用人は玩具、特にローガンはメイド達を好きなように扱っていたので庭師の作った花畑で涙を拭くメイドが大勢いた。
「以前の俺達の悪行を心配しているのだね? まあそれは仕方ない。俺達は悪かったからね。でも今は改心してるんだ。心配なら、しばらく滞在して、今屋敷で働いてる連中に聞いてみてくれ。君達の顔馴染みの連中もまだいるだろう?」
とローガンが笑顔で言った。
顔馴染みでも、夫人側で密告するような使用人は全て魔物達に乗っ取られ、ソフィアに忠誠を誓っている。それ以外、リリイのような元々正直者は人間のままだった。
「へ、へえ」
と庭師夫妻は頭を下げた。
「無理に急いで決めなくていいわ。ゆっくり考えて」
とソフィアが言い、エリオットが続けて、
「ワルド、案内してあげて」
と言った。
ワルドは丁寧にお辞儀をしてから、庭師夫妻に部屋を退室するように促した。
庭師夫妻はおどおどとお辞儀をしてから、ワルドについて出て行った。
「ソフィア様に感謝しますよ。今の暮らしはかなり大変そうですからね」
とローガンが言った。
「そうなの?」
「ええ、無一文でここを追い出され、庭師婦人の方が身体を患い治療費もかかる。老年にさしかかったあの年では新たな職場も見つからず食うや食わずのようですからね」
「そうなの。ここで療養してくれたらいいわ」
と言うソフィアにエリオットが首を傾げた。
「弱者にはお優しい」
「は? 喧嘩売ってんの? 私は私に害するやつだけぶっ殺すわ。あなた達の様な知性の高い魔物だってそうでしょ? いくら同族喰いでも、情の通じる相手は喰わないでしょ?」
というソフィアの問いに、ローガンとエリオットは顔を見合わせてからお互いに首を傾げた。それを見たソフィアが、
「え、違うの?」
と聞いた。
「さあ、まあローガン兄様が僕を喰おうとしたら僕も喰い返すよ。今なら二対一だからね」
とエリオットが答え、ローガンはふっと笑った。
「二対一って何?」
「ローガン兄様、そろそろ正体を現したら? あなた、魔王様の右腕でしょ」
とエリオットが言い、ソフィアが目を丸くしてローガンを見た。
「魔王の右腕? だって、ローガンの中に入ったの、ソフィアが可愛がってた黒猫だよ?」
「元は一体の魔王様から離れた四肢だからね。通じるものはあるよ。順列をつければ四肢の中では右腕が一番強い。でも今は左足と右足が揃ってるから、二対一じゃ右腕がちょっと不利かな?」
「喧嘩しないでよ? 魔王復活を企むなら他所でやってって言ったでしょ。なんでここに魔王軍が集まるのよ」
ソフィアは不満げに口を尖らせた。
それを見てローガンが微笑む。
「私は魔王様復活など考えておりません。ソフィア様、あなたの側にいたいだけです。ただそれを邪魔するやつは例え両足揃っていようが喰ってしまいます」
ローガンの言葉にエリオットは肩をすくめた。
「はいはい、分かりましたよ、兄様。左足のワルドにも伝えておきますよ。それはそうと、ソフィア様、来週始まる、剣王学院との合同キャンプ・レッスンですけど」
「え? 何? ローガンもエリオットも参加でしょ?」
「ええ、ハウエル公爵家姉妹がソフィア様を亡き者にしようと企んでますのでお気をつけ下さい」
「え、なんで?」
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