殺人鬼転生・鏖の令嬢

猫又

文字の大きさ
上 下
45 / 59

ケイトの恋人

しおりを挟む
「フレデリック叔父様!」
 満面の笑みで男に駆け寄っていくケイトの表情は頬が上気し、とても嬉しそうだった。馬車から降り立った男、フレデリックは両手を広げ駆け寄るケイトを抱き締めた。
「お嬢さん、 元気そうで何よりだ」
 フレデリック・ヘンデル卿、ヘンデル伯爵の一番下の弟で、無職。金髪碧眼の素晴らしく美しい男。その顔を生かして女からの貢ぎ物と兄弟からの仕送りで生きていた。
 ローガン、エリオット兄弟は伯爵のすぐ次の弟の子供で、フレデリックは三男になる。
 三十になったばかりで、美貌には気をつけているので、いつまでも美しい青年のままだ。

「兄さん達はいないんだろうな?」
「ええ、ナタリーの事で父様と母様は静養の為に領地へお帰りになってしまったわ。かなり落ち込まれてたから……私だって……どうしてすぐに来て下さらなかったの?」
 とケイトが恨みがましく言った。
「ごめん、ごめん、しばらく国を離れていたからね。実は隣国の貴族と知り合いになって招かれていたんだ」
「まあ、そうなの!」
「隣国の珍しい土産をたくさん買ってきたよ。他の子供達は?」
「マルク兄様は部屋に閉じこもっているけど、ローガンとエリオットは学院よ。夕食には揃うでしょう」
「そうか」
「でも、夕食までに私を可愛がってくださる時間はあるわ」
 とケイトが小声で言い、両胸をフレデリックに押し当てた。


「ああ、フレデリック叔父様!」
 日に焼けた逞しい身体にしがみつき、ケイトが吐息を漏らした。
「可愛いケイト。他の男にこの綺麗な身体を見せてはないだろうね?」
「も、もちろんだわ……私の身体も心も全てフレデリック叔父様の物……叔父様……一生私を離さないでくださいますわね?」
「もちろんだ、可愛いケイト」
「ああ、叔父様!」
 官能の絶頂意に達したケイトはすぐにうつらうつらとしだした。
 フレデリックに操を立てていて、他の男など考えもつかないが、とうのフレデリックが屋敷を訪れるのは年に二回ほど。父親である伯爵は吝嗇家で弟へ仕送りすのを嫌がっていた。
 早くどこかの金持ち令嬢へ転がり込めばよいものを、と考えていたが女遊びの好きなフレデリックは遊び歩いて身を固める気配がない。
 兄に嫌われているのを口実にこの屋敷へ足が遠ざかるのは、ケイトに飽きてきていたからだ。見えない事はないが、美人というほどでもなく、ぎすぎすした身体。フレデリックにまとわりつく情念が重く、どこのサロンや舞踏会でも遊び人で人気者のフレデリックにはその一途さが気持ち悪い。ケイトが八つの時に彼女を女にしたのは、元々が若い娘が好きだからだが、十八ともなればフレデリックにしては旬を過ぎていた。金の為ならばどんな年増とでも肌を合わせられるが、父親に内緒で持ち出す額も少額なケイトにはもう興味がなかった。
 すうすうと眠ってしまったケイトを置いてからフレデリックは部屋を出た。
 食堂で茶でも飲もうと階下へおりたところで、執事のワルドが玄関口で、
「おかえりなさいませ、ソフィア様」
 と言っているのを見かけた。
 コート姿のまま入ってきたソフィアを久しぶりに見たフレデリックはぴゅーと口笛を吹いた。伯爵夫人が毛嫌いしていた愛人の娘だということしか知らず、あまり顔を合わせたことがなかった。
 プラチナブロンドに白い肌、シルバーの瞳。小さな愛らしい顔に華奢な手足。
「なんて愛らしいんだ」
 とフレデリックは呟き、さっそく歩を進めて屋敷の中に入って来たソフィアに声をかけた。
「やあ、ソフィア、久しぶりだね」
 ソフィアはふと視線を声の方へ向けて、フレデリックを見た。
 それから困惑したようにワルドに視線をやった。
「こちらはご主人様の一番下の弟様のフレデリック様でございます」
 ワルドに寄生している魔王の右足がワルドの記憶を探ってそう教えた。
「へえ、どうも」
 とだけソフィアは答え、興味なさそうに行き過ぎようとした。
「おやおや、どうしたんだい?? 伯爵家令嬢は客人にきちんと挨拶も出来ないのかな?」
 ニヤニヤ顔でフレデリックが言った。
 ソフィアは学院の制服姿だったがスカートの裾をつまんで丁寧にお辞儀をして見せた。
 そのソフィアの耳元で囁くワルドの声がした。
「フレデリック様はケイト様の恋人でございますよ。今もケイト様の部屋からのお帰りで。フレデリック様はプレイボーイの名を馳せておりますが実は幼女が一番の好物で。昔からこの屋敷でもケイト様を膝に乗せて遊んでおりました。そしてフレデリック様が幼いケイト様にむしゃぶりついて、彼の肉棒で貫いたのはケイト様が今のソフィア様と同じ年でしたでしょうか」
「はあ?」
 ソフィアは顔を上げてワルドを見た。
 今し方、ソフィアの耳元で囁く声がしたがワルドはすました顔で離れた場所で立っている。
「久しぶりだな。君に会えて嬉しいよ、ソフィア。ナタリーの訃報を聞いてね。兄上は領地へ戻ったらしいし、様子を見に来たんだよ」
 キラッキラの笑顔でフレデリックがそう言い、ソフィアに近づいた。
 親しげに肩を抱き、
「兄上がいない今、子供達だけでは不安だろう? マルクは相変わらず引きこもっているようだし。しばらく逗留しようかと思っているんだ。だから困った事があれば何でも私に相談しなさい」
 と言った。
「まあ、フレデリック叔父様、ありがとうございます。でも……フレデリック叔父様と親しくするとケイト姉様に叱られます」
 とソフィアは返事をした。 
「何故そんな事を?」
「だってフレデリック叔父様はケイト姉様の恋人でしょう?」
 ソフィアがフレデリックを見上げるとフレデリックは焦ったような顔をしていた。
「だ、誰がそんな事を?」
「フレデリック叔父様、ケイト姉様だけに優しいんですもの」
 ソフィアは極上の笑顔を浮かべて見せた。
「そんなことはないさ。皆、可愛い甥っ子姪っ子さ。ローガンやエリオットだって亡き兄上の忘れ形見だし」
「そうなんですか? 私みたいなメイドの産んだ子供でも?」
「変わりは無いよ。兄上がメイドのミランダに夢中になった気持ちも分かる。ソフィア、ミランダに似てきたね。とても美しい」
「えー、でもケイト姉様は私の事が嫌いなんです。メイドの子だからって……いつも私を鞭で叩くんです。あ、いけない。こんな事を言うつもりはなかったのに、フレデリック叔父様、ごめんなさい。どうか忘れてください」
 シュンとした顔でソフィアが言うと、
「鞭で叩くだって? 君を? こんなに白く美しい肌を? なんてこった!」
 とフレデリックが頭を抱えた。  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

あれ?なんでこうなった?

志位斗 茂家波
ファンタジー
 ある日、正妃教育をしていたルミアナは、婚約者であった王子の堂々とした浮気の現場を見て、ここが前世でやった乙女ゲームの中であり、そして自分は悪役令嬢という立場にあることを思い出した。  …‥って、最終的に国外追放になるのはまぁいいとして、あの超屑王子が国王になったら、この国終わるよね?ならば、絶対に国外追放されないと!! そう意気込み、彼女は国外追放後も生きていけるように色々とやって、ついに婚約破棄を迎える・・・・はずだった。 ‥‥‥あれ?なんでこうなった?

ねえ、今どんな気持ち?

かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた 彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。 でも、あなたは真実を知らないみたいね ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

ざまぁされるための努力とかしたくない

こうやさい
ファンタジー
 ある日あたしは自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生している事に気付いた。  けどなんか環境違いすぎるんだけど?  例のごとく深く考えないで下さい。ゲーム転生系で前世の記憶が戻った理由自体が強制力とかってあんまなくね? って思いつきから書いただけなので。けど知らないだけであるんだろうな。  作中で「身近な物で代用できますよってその身近がすでにないじゃん的な~」とありますが『俺の知識チートが始まらない』の方が書いたのは後です。これから連想して書きました。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。  恐らく後で消す私信。電話機は通販なのでまだ来てないけどAndroidのBlackBerry買いました、中古の。  中古でもノーパソ買えるだけの値段するやんと思っただろうけど、ノーパソの場合は妥協しての機種だけど、BlackBerryは使ってみたかった機種なので(後で「こんなの使えない」とぶん投げる可能性はあるにしろ)。それに電話機は壊れなくても後二年も経たないうちに強制的に買い換え決まってたので、最低限の覚悟はしてたわけで……もうちょっと壊れるのが遅かったらそれに手をつけてた可能性はあるけど。それにタブレットの調子も最近悪いのでガラケー買ってそっちも別に買い換える可能性を考えると、妥協ノーパソより有意義かなと。妥協して惰性で使い続けるの苦痛だからね。  ……ちなみにパソの調子ですが……なんか無意識に「もう嫌だ」とエンドレスでつぶやいてたらしいくらいの速度です。これだって10動くっていわれてるの買ってハードディスクとか取り替えてもらったりしたんだけどなぁ。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

処理中です...