殺人鬼転生・鏖の令嬢

猫又

文字の大きさ
上 下
33 / 59

長兄、推し

しおりを挟む
 メルルとミルルが側からいなくなったマルクはおどおどとしながら食卓へやってきた。
 代わりのメイド、マイアとメアリも急用で出かけるからといなくなり、マルクは孤独だった。この屋敷でマルクを愛し、慰めてくれるのはメルルとミルルだけで、あとの使用人達、執事とその下で働く見習い達、大勢のメイドもマルクを嫌っていた。
 それもマルクがメルルとミルルにだけ給与以外に賞与を与え、贔屓してきた為だがマルクにはその意識がなかった。メルルとミルルはマルクの世話しかせず、メイド間でも評判が悪かった。自分達は長兄に気に入られているという優越感からどこまでも高飛車だった。
 マルクを屋敷の中で孤立させたのはメルルとミルルで間違いはなかった。マルクは屋敷の者が全て自分を馬鹿にして蔑んでいると知っており、自分が伯爵家を継いだ暁には全員の首を切ってやる、メルルとミルルだけ残して、妹達も従兄弟達もみな追い出してやるからな、とずっと考えていた。
 その頼りになる二人はおらず、ソフィアの甘言に乗ってマルクは心細さを感じていた。
 
「兄様」
 テーブルの席でぽつんと給仕を待っていたマルクに声をかけたのはローガンとエリオットだった。
「すみません、時間に遅れました」
 とローガンが言い、エリオットも軽く会釈をした。
「い、いや、別にそんなに待ってないし」
「いいえ、マルク兄様を待たせたなんて、父様に知られたら叱られます。マルク兄様は嫡男なんだし、父様がいらしゃらない時は長兄のマルク兄様がここでは主なのだから」
 とローガンが美しい笑顔で言った。
「そ、そんな事言って……ケイトの方が伯爵家を継ぐのに相応しいと思ってるんだろ? ケイトはローガン、お前と結婚して……ぼ、僕の事を廃嫡するつもりなんだろう?!」
 マルクは手に持っていたナイフをローガンの方へ突き出した。
「まさか、そんな。ケイト姉様の思惑は知らないけれど、俺はそんな気はないですよ。父様と呼ばせていただいてますが、幼い頃に両親を失った俺達兄弟を弟の遺児だと引き取って下さったヘンデル伯爵様には感謝しております。血族ではあるけれど俺とエリオットは所詮、居候なんだし、マルク兄様に成り代わってなんて気はないですよ」
 とすました顔でローガンは言った。
 その横でエリオットがぱんぱんと手をたたいて、
「ほら! マルク兄様をいつまでもお待たせするんじゃないぞ。早く食事を運ばないか!」
 と言った。
 エリオットの合図にメイド達が急ぎ足で前菜やスープを運び込んでマルクの前に置いた。
 マルクはフォークを持ったまま黙り込んだ。
 ローガンの意図が分からないばかりか、うまい返しも出来ない。
 こんな場面で気の利いたセリフが言えるくらなら、最初から引きこもってなどいない。
 仕方なくマルクはフォークをスプーンに持ち替えてスープを飲んだ。

「マルク兄様、俺達、そう俺とエリオットはね、居候の立場ですからね、自分達を守ってくれる人を次代に推しますよ。代替わりしたから出て行け、なんて言われても俺達は行く場所がない。俺は最悪、この年なら自分で稼ぐのも可能。だがエリオットもソフィアもまだ八歳だ。ここを追い出されたら困るんですよ。けど、ケイト姉様はソフィアを追い出すか、メイド、最悪、奴隷に売るかもしれない。母様はかろうじてしなかったけど、ケイト姉様はソフィア憎さにするかもしれない。そんな外聞の悪い事、伯爵家としてはまずいんじゃないですか?」
 ローガンの言葉にマルクはうなずいた。
「そうだな、ケイトならやるだろうな。女はヒステリーで後先を考えずに行動するからな。母様は父様に嫌われるのが怖くて、嫌々でもソフィアを認めたが、その分、父様に内緒でソフィアをずいぶん虐めた。ケイトはその母様を見て育ってるから、心底ソフィアを憎んでる。ケイトが家を継いだら、その日に奴隷買いを呼ぶだろうな。確かにそれは外聞が悪い。仮にも伯爵家の娘として認められているソフィアを奴隷に売るなんて。世間の口に蓋はできないって事をケイトは分かっていない。すぐに噂になる」
 とマルクはため息をついた。
「俺とエリオットはヘンデル伯爵家が長く続く事を願います。俺と姉様が結婚しても、俺に伯爵家への口出しは出来ないし、姉様は許さないでしょう。俺もエリオットも良くて飼い殺し、最悪追放だ。だったら、俺達はマルク兄様を推しますよ。兄様が俺達をずっと家族としてこの屋敷に置いていただけるなら」
「ほ、本当か!? も、もちろん、俺はお前達の事は本当の弟だと思ってるから、追い出しなんてするわけがない!」
 マルクが身を乗り出した。
「嬉しいお言葉です。なあ、エリオット」
 ローガンが隣のエリオットを見た。
「ええ、兄様、僕も伯爵家を継ぐのはマルク兄様が相応しいと思います」
 と天使のような笑顔で言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ねえ、今どんな気持ち?

かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた 彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。 でも、あなたは真実を知らないみたいね ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

アリシアの恋は終わったのです。

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...