復讐された悪役令嬢

猫又

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   最近ではふかふかのベッドで目覚める事も慣れたアリシアだが、今日の朝はいつもと違う……ぞ、と目玉をきょろきょろとさせた。
 パリのホテルの豪華な一室なのはすぐに分かった。
 いつもと違うのは、ちらっと視線を横にやると美しい皇子の顔がすぐ目の前にあるという事だ。しかも自分の身体が皇子の腕にぎゅうっと抱き締められている、という体勢だ。
 アリシアの身体はカキン!と固まり、そのままじっと天井を見つめた。
 
「おはよう、ダーリン」
 と耳元で声がした。皇子の息がすぐそばにある。
「おはよう……ございます。あの……私……なにか……」
「酒が弱いとは知らなかった。もう少し軽めにしておけばよかった。すまない」
「いいえ、あまりお酒を飲む機会もなくて……あの、何をなさってるんです?」
「君にキスをしている」
 
 頬に唇に顔中にめいっぱい皇子のキスが降り注ぐ。
 それはアリシアには初めての経験であり衝撃だった。
 薄い布一枚の身体を力強く抱きしめられる事がこんなに素敵だと初めて知った。
 アレクサンダーの引き締まった身体がぴたりとアリシアの身体に寄り添う。
 暖かい吐息、引き締まった肉体、そして素晴らしく美しい皇子。

 だが、アリシアは身体を反転させてそれから逃れようとした。
「こ、こんなことは恋人役には含まれませんわ」
「恋人役か……では役をやめて恋人ならいいか?」
「え……ご冗談を。アンナから連絡がくれば私は国へ帰ります。そんな……」
 一時の恋人なんて嫌、と言いかけて、一時? 一時でなければいいの? と自問した。
 
 目の前の美しい皇子はどんなに惹かれても住む世界の違う人だ。
 私はアンナのように一時の快楽と富の為に自分を欺いたりしない。 
 私は愛して愛される人と結ばれたい。
 それはアレクサンダー皇子ではない、と思った瞬間にアリシアの胸がきゅっと痛んだ。
 最悪の印象での出会いだったが、アリシアは十分にアレクサンダーの魅力を知っていた。
 彼を知るには子供達への優しい瞳だけで十分だ。
 あの楽園で彼とたくさんの動物達と子供達と一緒に暮らせたら、どんなに幸せだろう。
 けれど、そんなことを考えるのはきっと私だけとアリシアは思う。
 だからこの恋は封印しなければ。
 一生に一度、おとぎ話の中の王子様に出会っただけだ。
 こんな事を考えているだなんてほんの少しでも知られたくない。 

「そろそろ起きなくては……今日は観光に連れて行ってくださるのでしょう?」
 身体を起こそうとしたアリシアをアレクサンダーの逞しい腕が抱き寄せた。
「きゃっ」
 アリシアの華奢な身体は簡単にアレクサンダーに組み敷かれた。
「わ、私はこういうのは無理……です……無理なんです!!」
 とアリシアは語気強く言った。

 アリシアがそう言った瞬間、アレクサンダーの身体が彼女から離れた。
「すまない。無理強いはしないよ。確かに、君の私への第一印象は最悪だったな」
「……」
 いいえ、いいえ、と叫ぶのはアリシアの心の中だけだ。
 アリシア自身は石のようになって動けないでいた。

 アレクサンダーはベッドから身体を起こすとガウンを羽織り、
「まだ早い、もう一眠りすればいい。私は向こうの部屋で休むよ」
 と言って隣続きの部屋へ入って行った。

 ベッドに残されたアリシアはしばらく固まったまま動けなかった。
 自ら発した拒絶の言葉を遠ざかるアレクサンダーの背中を見ながら後悔していた。
 だが、もう言葉は出ない。
 例え一夜の恋でも、アレクサンダーの胸に抱かれて眠りたかった、という思いが涙とともに溢れ出る。

 アレクサンダーがパタンと隣への扉を閉めるとアリシアは布団の中に潜り込んだ。
 柔らかい毛布をぎゅっと握ってひとしきり泣いた。
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