チョコレート・ハウス

猫又

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「もしもし?」
「あの……西条ですけど」
「どうしたの? こんな時間に」
「すみません、忙しいのに」
 携帯電話の向こうのオーナーの声は疲れているようだった。まだ店に残ってケーキやクッキーを作っているんだろう。私は無性にチョコレートが食べたかった。
「すみません、また、やっちゃったんで、どうしたらいいかと思って……笹本さんに電話した方がいいですか?」
「今、どこ?」
 オーナーの声が変わった。
「吉野山の公園です」
 オーナーがはっと息を殺した気配がした。
「十五分で行くよ」
 私はほっとして電話を切った。再び車の中に戻って、着替えをすまし、オーナーに電話をした。暖かい車内には市長の息子と新井君が変わらぬ姿勢でいた。暖かいエアコンの風で空気がむっとする。生臭い血の臭いが立ちこめている。少しだけ窓をすかした。
 着替えた後は汚れるのが嫌なので、後部座席の後ろの方に座っていた。
 ここにこのまま放置して、歩いて帰ってもいいかなと思ったのだが、ブーツで山道を歩くのはつらいかもしれない。
 車のライトが四つ近づいてきたのが窓から見えたので、警戒しながら様子をうかがう。
 やがて見覚えのあるオーナーの古い四駆がすぐ側に止まったので、私はまとめておいた荷物を持って、車から降りた。後ろの車から笹本さんと警官の安田さんも降りてくる。
「大丈夫か?」
 とオーナーが言ったので、私は笑ってうなずいた。
 オーナーは私をぎゅうっときつく抱きしめた。
 笹本さんが車内を見て、
「これは……」
 と絶句していた。だが、その後に素晴らしいと言った声が涙声だったような気がする。
「トイレにも一人いますよ」
 と私が言うと、オーナーと笹本さんが三人の死体を確認した。
「どうですか? これは笹本さんのレストランでご入り用ですか?」
 と聞くと、
「もちろんだよ! 新鮮なうちに早く持って帰って、解体しよう」
 と手をたたいて興奮していた。
 安田警官がトイレに倒れているボディガードの死体を車に積み込んだ。そのまま市長の息子の車を安田警官が運転して帰るようだった。あんなに血で汚れている席に座って運転するのが少しばかり気の毒だった。安田警官は古いタオルでざっと運転席とハンドルやフロントガラスを拭くとそのまま乗り込んだ。
 笹本さんは自分の車に乗り込み、私はオーナーの車に乗った。
 オーナーが車を発進させてもお互いに黙ったままだった。
 私は妹に会った事をオーナーに言うべきか、などと考えていた。
 山を降りて街の明かりが見えてくるとほっとした。
「クリスマスには息子の肉を市長夫妻は食べるんですか?」
「多分ね」
「明日には息子が行方不明になるのに、市長夫妻は笹本さんの店を疑ったりしないんですか? この街には人肉シェフがいて、パティシエもいて、ハンターもいるって市長夫妻は知ってるんでしょう?」
「どうかな、市長は息子に手を焼いていた。ろくでなしで、穀潰しで、迷惑をかけることしかできない息子にね。生きてても警察沙汰になるような事しかしないし、やばい事は地元の暴力団と通じて解決させる。だがあまりに行いが酷いから当の暴力団にすら見放される始末さ。彼らは息子に何の期待もしていない。むしろ、市長の一族の邪魔になるくらいだったからね。笹本さんを疑ったところで、どうにもならないよ。笹本さんがいなければ自分たちが至福の時間を過ごせないんだから」
「そうですか、なら、よかった」
 私は心からほっとした。
「どうして、奴らを狙ったんだ?」
 とオーナーが言った。
「あら、だって、それが目的だったんでしょう? 無理に恋人になんかならなくても、気軽にハンティングしてくれって言えばそれでよかったのに」
「そうじゃない、そうじゃないんだ」
 とオーナーはかぶりを振った。
「そんなつもりで君に近づいたわけじゃない」
「ええ、そうね。違うわ。私がやりたかっただけよ。私が趣味を楽しんだだけ」
 と私は優しくそう言った。
 オーナーはしばらく黙っていたが、
「ありがとう。これで、妹も安らかに眠れる」
 と言った。
「私……会いました。妹さんに」
「え?」
「実はちょっとやばい場面もあってね、返り討ちにされそうだったんだけど、妹さんに助けてもらったんです」
 ボディガードとの死闘をオーナーに話すと、オーナーは深いため息をついた。
「全く、君って人は!」
「妹さんにお兄ちゃんをよろしくねって言われました」
 と言うと、
「そう。じゃあふつつか者ですがどうぞよろしく」
 とオーナーが笑った。
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