チョコレート・ハウス

猫又

文字の大きさ
上 下
31 / 33

由美

しおりを挟む
「お店が忙しいクリスマス前に新井君に抜けられちゃ困るかしら?」
 それからやかましく鳴り続ける音楽デッキの音量をストップさせてから、車外に出た。
 もう一度トイレに入って、手を洗う。切れそうなほど冷たい水だった。
 最初にやっつけたボディガードの死体はそのまま入り口で倒れたままだ。
 美里は手をタオルで手を拭きながらその死体をまたごうとした。
「ぐっ」
 足首を捕まれた。ボディガードの男だ。
 首を切られているのに、まだ息絶えてなかったようだ。
 男の力は強力で、締め付けられる足が痛んだ。骨が折れてしまうかもと思うほどの力だった。体勢が崩れて、トイレの壁に背中が当たった。足を捕まれたまま中腰になってしまって、逃げられない。完全に油断していて、美里は他の道具を車の中に置いたままだ。
 男が這いずりながら美里に迫る。首が半分切れて息も絶え絶え状態なのに、美里を睨みつけて立ち上がろうとした。美里は足を掴まれていて、やつは美里の足を掴んだまま、力の均衡がぎりぎりでどちらも動けないでいた。ポケットに携帯電話があるはずだと思った瞬間に力の均衡が崩れた。男はがっと力任せに起き上がった。目は白濁して、首の切り傷はぱくぱくと動いている。上から襲いかかられ、逃げようと後ろを向いた時に羽交い締めにされた。
 ああ、もう駄目かも。と思った。
 力技ではとても大男には適わない。頭を掴まれたので、そのまま首をねじ切られると思った。ぎりぎりと頭が締め付けられる。骨がきしむ、今にも頭蓋骨が砕けそうだ。
 だが、ぎゃっという妙な声がして男の太い腕が首から外れた。
 美里はその場にしゃがみこんで必死で空気を吸い込んだ。その背後でどだっと音がして、再びボディガードの男の身体は床に倒れ込んだ。振り返るとボディガードは宙を見上げて、
「ゆ、許してくれ……」
 と言った。それから急に頭をかきむしるような動作をした。
 ぶちぶちっと自分の髪の毛を引きちぎる。
 爪が顔の皮膚に食い込み、何本もの赤い筋が走った。
 それから身体を起こすと、自分の半分切れた首筋に手を差し込んだ。
 ずぶずぶずぶと手が首の傷に入りこんでいく。
 新たな傷が広がり、また出血が始まった。
 肉が掻き出され、白い骨が見えた。
 男は自分の首の骨を掴んだまま、息絶えた。
 男の行動が不可解で、さすがの美里もしばらくは動けなかった。
 気がつくと目の前に女性が立っていた。
 顔は青白く、目には生気がない。口の周囲は赤黒く汚れている。
 黒髪がばさっと広がって、乱れていた。
 着ている物は酷く乱れ、破れ、血や泥で汚れていた。
 素足のままでそこに立っていた。
 ざわっと鳥肌がたった。
 彼女はこの世の人ではない、と感じた。
 彼女の血で汚れた口元が動いたような気がした。
 だが、実際には美里のすぐ背後の耳元で声がした。
 すうーっと寒気がして美里は凍り付いた。
 だが、彼女は、
「ありがとう、お兄ちゃんをよろしくね」
 と言ったのだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

【短編】怖い話のけいじばん【体験談】

松本うみ(意味怖ちゃん)
ホラー
1分で読める、様々な怖い体験談が書き込まれていく掲示板です。全て1話で完結するように書き込むので、どこから読み始めても大丈夫。 スキマ時間にも読める、シンプルなプチホラーとしてどうぞ。

ロスト・ボーイ・メディア 【このCM探してください】

二階堂まりい
ホラー
ある夜に、私が見ていたネット上の匿名掲示板で起こっていたことの記録です。 過去ログが消失しているようなので、記憶を元に当時の私の感想も交えながらまとめました。 特定を避けるために固有名詞は極力出さないようにしております。 ご理解いただけると幸いです。

猫島

ツヨシ
ホラー
友人と猫島に行ったのだが。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...