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過去の目撃者
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去年の冬にS百貨店のお歳暮コーナーでバイトをしていた時の事だ。
バイトの受注の作業は秋頃に集められたアルバイトの人員でほぼまかなわれる。間に社員が数人入るだけで後はバイトばかりだ。だが何年もお中元、お歳暮と言う時節のバイトをしている、いわゆるベテランなバイトもいる。主婦だったり、大学生だったり、年齢はばらばらだがいわゆる経験ありな人達だ。たいていは初心者のバイトに対して親切に教えてくれたり、失敗に対してはフォローしてくれたり、とバイト間で仲間意識が生まれてくる。アルバイトでまかなえるほどの作業なのだから、真剣にやればそう難しい仕事ではない。分からない事は聞けばいいし、落ち着いてやるとそうそう失敗はない。失敗したとしても取り返しのつかないほどではないのだ。
美里も短期のアルバイトでそこにいた。
土日は食事の時間が夕方になるほど忙しいのだが、平日はまあまあだ。バイトの数も少ないし、割り当てられた社員の姿が見えない時もある。客がくるまでぼーっと受付の椅子に座っているのだ。
そのとき、美里の横にはベテランバイトが座っていた。彼女の第一印象は「幸の薄そうな人」だった。本当は白のはずが黄ばんでベージュに見えるシャツに黒いスカートはよく見れば裾に毛玉がたくさんある。髪の毛を黒ゴムで一つにひっつめている。
顔の皮膚までが薄く、首の辺りも手先も細い貧相な体つきだった。
百貨店での初めてのバイトだったので、美里も少々緊張していたのだが、ベテランな彼女は優しく丁寧に対応を教えてくれた。
「いいわね、それ」が彼女の口癖だった。彼女、瀬川幸美は三十五歳で独身だった。毎年お中元とお歳暮は必ずバイトに入っているらしかった。普段は夜にスナックで働いているらしいのだが、昼間のいいバイトがあれば働いていると言った。
「昼も夜も働くって大変じゃないですか?」
「うん、でももう慣れたわ」
「働き者ですね。私なんか去年会社勤めをやめてからもうずっとぶらぶらフリーター」
「いいわね、それ、フリーターっていうの。なんか格好いい」
「そうですか?」
「うん、若いからいろんなバイト出来ていいわね。私なんか年齢で限られてくるから」
「まだ大丈夫でしょう?」
大丈夫でしょうとは言いながら、見た目のオーラからして覇気がない幸美は何か少し不利なような気がした。
そのお歳暮のバイトの後期に一人の男が新たに入ってきた。中川といい、三十手前くらいでこざっぱりはしているが、ふにゃっとした男だというのが第一印象だった。やけに人懐こく、すぐにバイト仲間に馴染んだ。男前ではなかったが話が上手なので好感を持ってバイト仲間は接していたと思う。美里が少し距離を置いたのは、人柄関係なく三十間近でバイトって……と思うからだ。大きなお世話かもしれないが、いい年をしてバイトのみの男は信用できない。あきらかに仕事の合間のバイトではないし、噂によるとベテランバイトらしく、毎年来ているそうだ。かといって幸美のように夜に働いているわけでもない。 いったんそう感じてしまうと、人懐こい姿勢も馴れ馴れしいだけのように思うし、バイト仲間で飲み会を仕切るもの、いい年をして若い者に混じって、と思ってしまうのだ。 中川はやけに馴れ馴れしく女の子のバイトを軽い口調で口説き、気軽にランチに行ったりしていた。美里も何度か声をかけられたがもちろん断っている。
何故か幸美には声をかけないばかりかよそよそしい感じさえすると思っていたら、ある日バイト仲間の女の子から聞いた情報が、
「中川さんて瀬川さんの彼氏ですよ」だった。
「え? まじで?」
「ええ、もう長いって言ってましたけど」
「え~、でも中川さんてバイトの女の子片っ端から口説いてない?」
「あははは。いつもの事ですよ。瀬川さんが何も言わないみたいだし。でも中川さんに瀬川さんの彼氏でしょって聞いても否定しますよ。馬鹿ですよね。あの男」
「本当に?」
「ええ、瀬川さん、煙草吸わないのに、いつもバッグにラークの箱はいってるでしょ? あれ中川さんの為にですよ。電話一本で届けるって」
百貨店で働く人には店内で持ち歩くバッグが指定される。透明のバッグに美里物を入れて持ち歩かねばならない。バッグは人事部で三百円で買わされる。それ以外は持ち込めないが、透明バッグに入れれば私物と見なされる。
「ああ、そうなんだ」
「ええ、バイトの帰りにお弁当買って部屋まで届けたりしてますよ。でも届けるだけなんだって、遊ぶとかデートとかなし」
「それって……」
「ええ、いい足にされてんじゃないですかね」
「ふううん。どこがいいのかしら?」
「さあ、瀬川さんは腐れ縁よって言ってましたけど。まあ、他に出会いもなさそうだし。瀬川さんがしがみついてるって感じですよ。あたしならお断りだけどなぁ。婚活すればもうちょっとましな男もいると思うけど」
「確かに」
中川に対する好感度は一気にゼロになり、幸美にも何だかなぁと思うようになった。
ところが中川は意地のように美里に誘いをかける。
しつこい人間は嫌いだった。
バイトの受注の作業は秋頃に集められたアルバイトの人員でほぼまかなわれる。間に社員が数人入るだけで後はバイトばかりだ。だが何年もお中元、お歳暮と言う時節のバイトをしている、いわゆるベテランなバイトもいる。主婦だったり、大学生だったり、年齢はばらばらだがいわゆる経験ありな人達だ。たいていは初心者のバイトに対して親切に教えてくれたり、失敗に対してはフォローしてくれたり、とバイト間で仲間意識が生まれてくる。アルバイトでまかなえるほどの作業なのだから、真剣にやればそう難しい仕事ではない。分からない事は聞けばいいし、落ち着いてやるとそうそう失敗はない。失敗したとしても取り返しのつかないほどではないのだ。
美里も短期のアルバイトでそこにいた。
土日は食事の時間が夕方になるほど忙しいのだが、平日はまあまあだ。バイトの数も少ないし、割り当てられた社員の姿が見えない時もある。客がくるまでぼーっと受付の椅子に座っているのだ。
そのとき、美里の横にはベテランバイトが座っていた。彼女の第一印象は「幸の薄そうな人」だった。本当は白のはずが黄ばんでベージュに見えるシャツに黒いスカートはよく見れば裾に毛玉がたくさんある。髪の毛を黒ゴムで一つにひっつめている。
顔の皮膚までが薄く、首の辺りも手先も細い貧相な体つきだった。
百貨店での初めてのバイトだったので、美里も少々緊張していたのだが、ベテランな彼女は優しく丁寧に対応を教えてくれた。
「いいわね、それ」が彼女の口癖だった。彼女、瀬川幸美は三十五歳で独身だった。毎年お中元とお歳暮は必ずバイトに入っているらしかった。普段は夜にスナックで働いているらしいのだが、昼間のいいバイトがあれば働いていると言った。
「昼も夜も働くって大変じゃないですか?」
「うん、でももう慣れたわ」
「働き者ですね。私なんか去年会社勤めをやめてからもうずっとぶらぶらフリーター」
「いいわね、それ、フリーターっていうの。なんか格好いい」
「そうですか?」
「うん、若いからいろんなバイト出来ていいわね。私なんか年齢で限られてくるから」
「まだ大丈夫でしょう?」
大丈夫でしょうとは言いながら、見た目のオーラからして覇気がない幸美は何か少し不利なような気がした。
そのお歳暮のバイトの後期に一人の男が新たに入ってきた。中川といい、三十手前くらいでこざっぱりはしているが、ふにゃっとした男だというのが第一印象だった。やけに人懐こく、すぐにバイト仲間に馴染んだ。男前ではなかったが話が上手なので好感を持ってバイト仲間は接していたと思う。美里が少し距離を置いたのは、人柄関係なく三十間近でバイトって……と思うからだ。大きなお世話かもしれないが、いい年をしてバイトのみの男は信用できない。あきらかに仕事の合間のバイトではないし、噂によるとベテランバイトらしく、毎年来ているそうだ。かといって幸美のように夜に働いているわけでもない。 いったんそう感じてしまうと、人懐こい姿勢も馴れ馴れしいだけのように思うし、バイト仲間で飲み会を仕切るもの、いい年をして若い者に混じって、と思ってしまうのだ。 中川はやけに馴れ馴れしく女の子のバイトを軽い口調で口説き、気軽にランチに行ったりしていた。美里も何度か声をかけられたがもちろん断っている。
何故か幸美には声をかけないばかりかよそよそしい感じさえすると思っていたら、ある日バイト仲間の女の子から聞いた情報が、
「中川さんて瀬川さんの彼氏ですよ」だった。
「え? まじで?」
「ええ、もう長いって言ってましたけど」
「え~、でも中川さんてバイトの女の子片っ端から口説いてない?」
「あははは。いつもの事ですよ。瀬川さんが何も言わないみたいだし。でも中川さんに瀬川さんの彼氏でしょって聞いても否定しますよ。馬鹿ですよね。あの男」
「本当に?」
「ええ、瀬川さん、煙草吸わないのに、いつもバッグにラークの箱はいってるでしょ? あれ中川さんの為にですよ。電話一本で届けるって」
百貨店で働く人には店内で持ち歩くバッグが指定される。透明のバッグに美里物を入れて持ち歩かねばならない。バッグは人事部で三百円で買わされる。それ以外は持ち込めないが、透明バッグに入れれば私物と見なされる。
「ああ、そうなんだ」
「ええ、バイトの帰りにお弁当買って部屋まで届けたりしてますよ。でも届けるだけなんだって、遊ぶとかデートとかなし」
「それって……」
「ええ、いい足にされてんじゃないですかね」
「ふううん。どこがいいのかしら?」
「さあ、瀬川さんは腐れ縁よって言ってましたけど。まあ、他に出会いもなさそうだし。瀬川さんがしがみついてるって感じですよ。あたしならお断りだけどなぁ。婚活すればもうちょっとましな男もいると思うけど」
「確かに」
中川に対する好感度は一気にゼロになり、幸美にも何だかなぁと思うようになった。
ところが中川は意地のように美里に誘いをかける。
しつこい人間は嫌いだった。
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