12 / 33
目撃者
しおりを挟む
もちろん、失敗だった。まさかこんな場所でこんな巨体を相手にするとは思ってなかった。どうしてこう短気なんだろう。壊れた自転車でこの巨体を運ぶなんて無理だし、るりかをこのままにして一刻も早く逃げるしかない。
周囲に視線を走らせる。多分、誰も見ていない。そう信じるしかない。どこの店もシャッターが降りてるし、と思ったら、チョコレート・ハウスと茶色い文字で書かれた目の前のガラスのドアが開いた。
「困るな、店の前で。西条さん」
と藤堂が言った。
「すみません」
藤堂は素早くるりかの体を店の中に引きずり込んだ。
「入って」
仕方なく美里も店内に入った。
藤堂はガラス戸を施錠して、ブラインドを下ろした。
隙間から入ってくる月の明かりがるりかの死体に一筋の光をあてた。藤堂が死体をひっくり返すと、るりかは目を見開いたままの表情だった。
「ずいぶんと大胆な犯行だね」
と藤堂が笑いながら言った。藤堂は一日中、笑顔もなく、無口な感じだったのでその笑顔に驚いた。美里は藤堂を見上げた。自分が背負ったリュックの中身を考えたが、美里よりも三十センチは高いこの男を仕留めるほどの獲物は持っていなかった。油断している相手ならともかく、美里の犯行を見て警戒はしているだろう。
藤堂が携帯電話を出してどこかへかけだした。
警察へ通報しているのは間違いない。
一瞬にして目の前が真っ暗になり、美里はその場へしゃがみ込んでしまった。
「もしもし、ああ、藤堂です。どうも、ちょっと今から出られます? ええ、新鮮なのが手に入りそうなんで……まあ、値段の交渉はまだです。新鮮ですけど、そんなにいい素材じゃないですけど……ええ。よろしく」
どこかの業者への連絡だったらしく、明日の材料の事かもしれない。でも美里は二度とこの店でケーキを運ぶ事もなく、それどころか、ケーキやチョコレートを食べることすら許されない場所へ追いやられるのだ。
藤堂の隙をついて逃げようか、と思った。床にしゃがんだままい藤堂を見上げた。かちっと音がして、藤堂が煙草に火をつけていた。
「煙草、吸うんですか」
「え? ああ、普段はあんまり吸わないんだけどね。やっぱり、興奮するとさ、落ち着く為に吸いたくなるだろ?」
「え……はあ、そうですか」
ポケットから携帯灰皿を出して、灰を落とす。
暗い店内に煙草の火と差し込む月明かりがやけに赤く見えた。
「まいってたんだ」
と藤堂が言った。
「え?」
「こいつ」
藤堂はるりかの死体をこつんと蹴飛ばした。肉がぶるんと揺れた。
背後から突き刺したスポークがのどを突き通って前に飛び出していた。
「まじで、店をたたもうかと思うくらい、しつこくてさ。何百回断っても来るんだ。毎晩店の前で待ち伏せされたしね、話が通じないどころじゃなくて。この町で店を出した事を後悔しない日はなかったよ」
と言ってまた笑った。
だったら見逃してくれないかな、と思った。
「君、決断早くていいね」
「……」
どんどんどんとガラス戸をたたく音がした。美里の心臓がまた跳ね上がる。警察が来たのだ。ついに捕まるんだ。年貢の納め時っていう言い回しは古いか、と美里はそんな事を考えた。逃げてもいいが、追い回されてみっともなく捕まるのは嫌だ。どうせなら正々堂々していようと、瞬時に思った。いつでもどんな時でも、美里は自分の犯した犯罪の贖罪は償わなければならないと思っているからだ。
藤堂が鍵を外しドアを開けると、二人の男が入ってきた。
すぐにるりかの死体に気がつき、しゃがみ込んで死体を調べ始めた。
周囲に視線を走らせる。多分、誰も見ていない。そう信じるしかない。どこの店もシャッターが降りてるし、と思ったら、チョコレート・ハウスと茶色い文字で書かれた目の前のガラスのドアが開いた。
「困るな、店の前で。西条さん」
と藤堂が言った。
「すみません」
藤堂は素早くるりかの体を店の中に引きずり込んだ。
「入って」
仕方なく美里も店内に入った。
藤堂はガラス戸を施錠して、ブラインドを下ろした。
隙間から入ってくる月の明かりがるりかの死体に一筋の光をあてた。藤堂が死体をひっくり返すと、るりかは目を見開いたままの表情だった。
「ずいぶんと大胆な犯行だね」
と藤堂が笑いながら言った。藤堂は一日中、笑顔もなく、無口な感じだったのでその笑顔に驚いた。美里は藤堂を見上げた。自分が背負ったリュックの中身を考えたが、美里よりも三十センチは高いこの男を仕留めるほどの獲物は持っていなかった。油断している相手ならともかく、美里の犯行を見て警戒はしているだろう。
藤堂が携帯電話を出してどこかへかけだした。
警察へ通報しているのは間違いない。
一瞬にして目の前が真っ暗になり、美里はその場へしゃがみ込んでしまった。
「もしもし、ああ、藤堂です。どうも、ちょっと今から出られます? ええ、新鮮なのが手に入りそうなんで……まあ、値段の交渉はまだです。新鮮ですけど、そんなにいい素材じゃないですけど……ええ。よろしく」
どこかの業者への連絡だったらしく、明日の材料の事かもしれない。でも美里は二度とこの店でケーキを運ぶ事もなく、それどころか、ケーキやチョコレートを食べることすら許されない場所へ追いやられるのだ。
藤堂の隙をついて逃げようか、と思った。床にしゃがんだままい藤堂を見上げた。かちっと音がして、藤堂が煙草に火をつけていた。
「煙草、吸うんですか」
「え? ああ、普段はあんまり吸わないんだけどね。やっぱり、興奮するとさ、落ち着く為に吸いたくなるだろ?」
「え……はあ、そうですか」
ポケットから携帯灰皿を出して、灰を落とす。
暗い店内に煙草の火と差し込む月明かりがやけに赤く見えた。
「まいってたんだ」
と藤堂が言った。
「え?」
「こいつ」
藤堂はるりかの死体をこつんと蹴飛ばした。肉がぶるんと揺れた。
背後から突き刺したスポークがのどを突き通って前に飛び出していた。
「まじで、店をたたもうかと思うくらい、しつこくてさ。何百回断っても来るんだ。毎晩店の前で待ち伏せされたしね、話が通じないどころじゃなくて。この町で店を出した事を後悔しない日はなかったよ」
と言ってまた笑った。
だったら見逃してくれないかな、と思った。
「君、決断早くていいね」
「……」
どんどんどんとガラス戸をたたく音がした。美里の心臓がまた跳ね上がる。警察が来たのだ。ついに捕まるんだ。年貢の納め時っていう言い回しは古いか、と美里はそんな事を考えた。逃げてもいいが、追い回されてみっともなく捕まるのは嫌だ。どうせなら正々堂々していようと、瞬時に思った。いつでもどんな時でも、美里は自分の犯した犯罪の贖罪は償わなければならないと思っているからだ。
藤堂が鍵を外しドアを開けると、二人の男が入ってきた。
すぐにるりかの死体に気がつき、しゃがみ込んで死体を調べ始めた。
1
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
ヤクドクシ
猫又
ホラー
鬼が人間世界に混じり薬毒師という生業を営み、人間にはとうてい作れない作用の薬毒を売っている。
剛毅で強い若鬼ハヤテはある日人間の赤ん坊を拾い、ハナと名付けて育て始める。
二人は人間界で様々な薬毒を売りさばく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ヴァルプルギスの夜~ライター月島楓の事件簿
加来 史吾兎
ホラー
K県華月町(かげつちょう)の外れで、白装束を着させられた女子高生の首吊り死体が発見された。
フリーライターの月島楓(つきしまかえで)は、ひょんなことからこの事件の取材を任され、華月町出身で大手出版社の編集者である小野瀬崇彦(おのせたかひこ)と共に、山奥にある華月町へ向かう。
華月町には魔女を信仰するという宗教団体《サバト》の本拠地があり、事件への関与が噂されていたが警察の捜査は難航していた。
そんな矢先、華月町にまつわる伝承を調べていた女子大生が行方不明になってしまう。
そして魔の手は楓の身にも迫っていた──。
果たして楓と小野瀬は小さな町で巻き起こる事件の真相に辿り着くことができるのだろうか。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ツギハギ・リポート
主道 学
ホラー
拝啓。海道くんへ。そっちは何かとバタバタしているんだろうなあ。だから、たまには田舎で遊ぼうよ。なんて……でも、今年は絶対にきっと、楽しいよ。
死んだはずの中学時代の友達から、急に田舎へ来ないかと手紙が来た。手紙には俺の大学時代に別れた恋人もその村にいると書いてあった……。
ただ、疑問に思うんだ。
あそこは、今じゃ廃村になっているはずだった。
かつて村のあった廃病院は誰のものですか?
THE TOUCH/ザ・タッチ -呪触-
ジャストコーズ/小林正典
ホラー
※アルファポリス「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」サバイバルホラー賞受賞。群馬県の山中で起こった惨殺事件。それから六十年の時が経ち、夏休みを楽しもうと、山にあるログハウスへと泊まりに来た六人の大学生たち。一方、爽やかな自然に場違いなヤクザの三人組も、死体を埋める仕事のため、同所へ訪れていた。大学生が謎の老人と遭遇したことで事態は一変し、不可解な死の連鎖が起こっていく。生死を賭けた呪いの鬼ごっこが、今始まった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる