7 / 33
ケーキ屋さん2
しおりを挟む
「美里さん」
振り返ると私服に着替えた美奈子が駆け寄ってきた。
「あら、仕事終わったの?」
「ええ」
美里は美奈子の手に持った大きなケーキ箱を見た。
「たくさん買ったのね」
「ええ、これが目当てであそこで働かされてるんだもん」
美奈子は大きなため息をつきながらそう答えた。
「働かされてるの?」
「そう……毎日ケーキを買って帰る為に働いてるの」
「へえ、そんなにおいしいの?」
「ええ、とってもおいしいわよ……でもあの人にはどこでも味なんて関係なさそうだけどね。店の定休日にはコンビニのケーキを十個でもいいんだから」
「あの人ってもしかして旦那さんのお姉さん?」
美里はるりかの容姿を思い浮かべた。
確かに甘党っぽくは見える。
「そう」
美奈子は嫌そうな顔をしてまたため息をついた。
「毎日十個も食べるの?」
「ええ、そうよ。その為に私にあの店で働けって言うんだもん」
「え? 本当? お義姉さんがあなたの働く場所まで決めるの?」
「そうなの。でも、まあ私も働く場所としては文句ないのよ。いい店よ。ケーキも安くしてもらえるし。余ったのはもらえるしね。ケーキをたくさん持って帰ると義姉の機嫌もいいし。それに一日中家にいて、あの人と顔を合わせてたら気が滅入っちゃうし。外で働く方がましよ」
「確かに、気分転換になるわね。私も早く仕事みつけなくっちゃ」
と美里が言うと、美奈子は目を輝かせて美里を見た。
「ねえ、美里さん、あなたもまだ仕事が決まらないなら、バイトしない? うちの店で」
「ええ? ケーキ屋さんで?」
「そう、一人やめちゃってね、募集してるの。早く決まらないと困るんだ」
「そんなに忙しいの? 私、飲食系で働いたことないからなぁ」
「そうじゃないのよ。お店の仕事は簡単よ。働いてる人はみんないい人ばかりだし。オーナーもとっても優しいし、それにね、格好いいの」
「へえ」
「ね、お願い」
「え……」
「一日三時間からでいいの、ね?」
美里は歩みを止めて美奈子を見た。
「何かわけありなの?」
「……」
美奈子は美里から視線を外して、うつむいた。
「うん……誰にも言わないでくれる?」
と言った。誰にも言われたくない事は言わないほうがいいんじゃない、と思ったが、美里はうなずいた。もっともこの町にはまだ美奈子くらいしかしゃべる友達もいない美里だった。美奈子は、
「お義姉さんがね……あの店で働きたがってるの」
と衝撃的な発言をした。
「あら……そう」
とだけ答えたが、それはちょっと無理なんじゃない、とも思った。
「ね? 美里さんも無理だと思うでしょ?」
「そ、そんな事ないんじゃない……」
美奈子はきっと美里を見た。
「そんな事あるって美里さんの顔に書いてあるわよ……」
「あ、あら」
「どっから見たって無理でしょ? 分かってないのは義姉とお姑さんくらいよ。バイトに空きが出たらすぐに教えるように言われてるの。でも絶対無理。雇ってもらえっこない」
「でも……もう少し身綺麗にしたらどうなの? 体型はともかく、清潔感あふれる服装と髪型とお化粧で……なんとか……」
「無理よ。あの妖怪」
「み、美奈子さん、そんなばっさりと……」
美里は吹き出してしまった。
「それに、それだけじゃないの。あの人がうちで働きたがってるのは、オーナー目当てなの」
「オーナー?」
「うん、うちのオーナー、ちょっといい男なんだ。店もうまくいってるしね。いわゆる青年実業家でしょ。だからお義姉さんの結婚相手にふさわしいんだって」
「ふさわしいって……」
「美里さんもそこつっこむでしょ? どれだけ上から目線なのよって。いろいろやらかしてさ、義姉はあの店に出入禁止にされてるのよ? それなのに私に仲を取り持てっていうのよ?」
「出入禁止って……」
「そうなのよ。全く恥ずかしいったら。あのショッピングセンターの土地、元は主人のお祖父さんの土地でね。あっちこっちに知り合いとかいるじゃない? オーナーにお義姉との見合いとか持ち込んだりしてるらしいんだけど、もちろんオーナーはいっさい無視。当然よ」
「へえ……そんな話、実際にあるんだぁ」
美里はお気楽に笑ったが、美奈子は肩をすくめた。
「でも義姉はあきらめない。バイトの空きがでる度に応募するけど、当然断られる。でもしつこくバイトの空きが出るのを待ってる。若い子がつとめると横やりを入れて自分からやめるようにしたりもするから……人手不足なの。ケーキはおいしいし、喫茶部の方もはやってるんだけど、なかなかバイトが見つからないの」
「大変ねえ」
「そう、だからお願い! ね、うちでバイトしない?」
美奈子は両手を合わせて美里に頭を下げた。
「そうねえ、面白そうだから応募してもいいわ。でも雇ってもらえるかどうか、経験ないし」
「大丈夫!」
と言うと、美奈子は早速バッグから携帯電話を取りだした。
「もしもし! オーナー、酒井です。はい、バイト希望の人がいて……私の友達で、はい、名前は西条美里さん……二十六歳です。はい……」
ここで美奈子は美里を振りかえって、「明日、面接大丈夫?」と小声で聞いた。美里がうなずくと、
「はい、大丈夫です。分かりました……はい、失礼します!」
と電話を切った。
「よかった~~、美里さんとなら楽しく働けそうだわ!」
と美奈子は笑顔になった。
「本当、楽しみだわ。雇ってもらえればいいけど」
と美里は答えた。
美里がバイトに通れば、あの妖怪……いや、るりかは美里に何か仕掛けてくるだろうか。 美里は密かにそれが楽しみだ。るりかが期待を裏切らないでくれればいいのに。
その夜、美里はわくわくしてなかなか眠れなかった。
振り返ると私服に着替えた美奈子が駆け寄ってきた。
「あら、仕事終わったの?」
「ええ」
美里は美奈子の手に持った大きなケーキ箱を見た。
「たくさん買ったのね」
「ええ、これが目当てであそこで働かされてるんだもん」
美奈子は大きなため息をつきながらそう答えた。
「働かされてるの?」
「そう……毎日ケーキを買って帰る為に働いてるの」
「へえ、そんなにおいしいの?」
「ええ、とってもおいしいわよ……でもあの人にはどこでも味なんて関係なさそうだけどね。店の定休日にはコンビニのケーキを十個でもいいんだから」
「あの人ってもしかして旦那さんのお姉さん?」
美里はるりかの容姿を思い浮かべた。
確かに甘党っぽくは見える。
「そう」
美奈子は嫌そうな顔をしてまたため息をついた。
「毎日十個も食べるの?」
「ええ、そうよ。その為に私にあの店で働けって言うんだもん」
「え? 本当? お義姉さんがあなたの働く場所まで決めるの?」
「そうなの。でも、まあ私も働く場所としては文句ないのよ。いい店よ。ケーキも安くしてもらえるし。余ったのはもらえるしね。ケーキをたくさん持って帰ると義姉の機嫌もいいし。それに一日中家にいて、あの人と顔を合わせてたら気が滅入っちゃうし。外で働く方がましよ」
「確かに、気分転換になるわね。私も早く仕事みつけなくっちゃ」
と美里が言うと、美奈子は目を輝かせて美里を見た。
「ねえ、美里さん、あなたもまだ仕事が決まらないなら、バイトしない? うちの店で」
「ええ? ケーキ屋さんで?」
「そう、一人やめちゃってね、募集してるの。早く決まらないと困るんだ」
「そんなに忙しいの? 私、飲食系で働いたことないからなぁ」
「そうじゃないのよ。お店の仕事は簡単よ。働いてる人はみんないい人ばかりだし。オーナーもとっても優しいし、それにね、格好いいの」
「へえ」
「ね、お願い」
「え……」
「一日三時間からでいいの、ね?」
美里は歩みを止めて美奈子を見た。
「何かわけありなの?」
「……」
美奈子は美里から視線を外して、うつむいた。
「うん……誰にも言わないでくれる?」
と言った。誰にも言われたくない事は言わないほうがいいんじゃない、と思ったが、美里はうなずいた。もっともこの町にはまだ美奈子くらいしかしゃべる友達もいない美里だった。美奈子は、
「お義姉さんがね……あの店で働きたがってるの」
と衝撃的な発言をした。
「あら……そう」
とだけ答えたが、それはちょっと無理なんじゃない、とも思った。
「ね? 美里さんも無理だと思うでしょ?」
「そ、そんな事ないんじゃない……」
美奈子はきっと美里を見た。
「そんな事あるって美里さんの顔に書いてあるわよ……」
「あ、あら」
「どっから見たって無理でしょ? 分かってないのは義姉とお姑さんくらいよ。バイトに空きが出たらすぐに教えるように言われてるの。でも絶対無理。雇ってもらえっこない」
「でも……もう少し身綺麗にしたらどうなの? 体型はともかく、清潔感あふれる服装と髪型とお化粧で……なんとか……」
「無理よ。あの妖怪」
「み、美奈子さん、そんなばっさりと……」
美里は吹き出してしまった。
「それに、それだけじゃないの。あの人がうちで働きたがってるのは、オーナー目当てなの」
「オーナー?」
「うん、うちのオーナー、ちょっといい男なんだ。店もうまくいってるしね。いわゆる青年実業家でしょ。だからお義姉さんの結婚相手にふさわしいんだって」
「ふさわしいって……」
「美里さんもそこつっこむでしょ? どれだけ上から目線なのよって。いろいろやらかしてさ、義姉はあの店に出入禁止にされてるのよ? それなのに私に仲を取り持てっていうのよ?」
「出入禁止って……」
「そうなのよ。全く恥ずかしいったら。あのショッピングセンターの土地、元は主人のお祖父さんの土地でね。あっちこっちに知り合いとかいるじゃない? オーナーにお義姉との見合いとか持ち込んだりしてるらしいんだけど、もちろんオーナーはいっさい無視。当然よ」
「へえ……そんな話、実際にあるんだぁ」
美里はお気楽に笑ったが、美奈子は肩をすくめた。
「でも義姉はあきらめない。バイトの空きがでる度に応募するけど、当然断られる。でもしつこくバイトの空きが出るのを待ってる。若い子がつとめると横やりを入れて自分からやめるようにしたりもするから……人手不足なの。ケーキはおいしいし、喫茶部の方もはやってるんだけど、なかなかバイトが見つからないの」
「大変ねえ」
「そう、だからお願い! ね、うちでバイトしない?」
美奈子は両手を合わせて美里に頭を下げた。
「そうねえ、面白そうだから応募してもいいわ。でも雇ってもらえるかどうか、経験ないし」
「大丈夫!」
と言うと、美奈子は早速バッグから携帯電話を取りだした。
「もしもし! オーナー、酒井です。はい、バイト希望の人がいて……私の友達で、はい、名前は西条美里さん……二十六歳です。はい……」
ここで美奈子は美里を振りかえって、「明日、面接大丈夫?」と小声で聞いた。美里がうなずくと、
「はい、大丈夫です。分かりました……はい、失礼します!」
と電話を切った。
「よかった~~、美里さんとなら楽しく働けそうだわ!」
と美奈子は笑顔になった。
「本当、楽しみだわ。雇ってもらえればいいけど」
と美里は答えた。
美里がバイトに通れば、あの妖怪……いや、るりかは美里に何か仕掛けてくるだろうか。 美里は密かにそれが楽しみだ。るりかが期待を裏切らないでくれればいいのに。
その夜、美里はわくわくしてなかなか眠れなかった。
1
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
兵頭さん
大秦頼太
ホラー
鉄道忘れ物市で見かけた古い本皮のバッグを手に入れてから奇妙なことが起こり始める。乗る電車を間違えたり、知らず知らずのうちに廃墟のような元ニュータウンに立っていたりと。そんなある日、ニュータウンの元住人と出会いそのバッグが兵頭さんの物だったと知る。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
扉の向こうは黒い影
小野 夜
ホラー
古い校舎の3階、突き当たりの隅にある扉。それは「開かずの扉」と呼ばれ、生徒たちの間で恐れられていた。扉の向こう側には、かつて理科室として使われていた部屋があるはずだったが、今は誰も足を踏み入れない禁断の場所となっていた。
夏休みのある日、ユキは友達のケンジとタケシを誘って、学校に忍び込む。目的は、開かずの扉を開けること。好奇心と恐怖心が入り混じる中、3人はついに扉を開ける。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
牛の首チャンネル
猫じゃらし
ホラー
どうもー。『牛の首チャンネル』のモーと、相棒のワンさんです。ご覧いただきありがとうございます。
このチャンネルは僕と犬のぬいぐるみに取り憑かせた幽霊、ワンさんが心霊スポットに突撃していく動画を投稿しています。
怖い現象、たくさん起きてますので、ぜひ見てみてくださいね。
心霊写真特集もやりたいと思っていますので、心霊写真をお持ちの方はコメント欄かDMにメッセージをお願いします。
よろしくお願いしまーす。
それでは本編へ、どうぞー。
※小説家になろうには「牛の首」というタイトル、エブリスタには「牛の首チャンネル」というタイトルで投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
不労の家
千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。
世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。
それは「一生働かないこと」。
世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。
初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。
経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。
望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。
彼の最後の選択を見て欲しい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる