チョコレート・ハウス

猫又

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新しい街

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「あの角の横田さんはちょっと、気むずかしいから気をつけた方がいいわよ」
 と大家だと名乗る女が言った。
「はあ」
「ごめんなさいね。入居そうそうにこんな話を耳に入れたくはないんだけど、近所に二、三人は面倒な人がいるから」
「どこに行っても面倒くさい人はいますからね」
 と西条美里が答えると大家はほっとしたような笑顔になった。
 正確には大家宅の息子の嫁らしいのでさしずめ若奥様というところか。 
「そうなの。子供はまだかとか、洗濯物の干し方とかどうでもいいじゃないのねえ」
「過干渉なご近所さんが?」
 若奥さんは唇を尖らせて、目玉をぐるっと回した。
「ご近所っていうか、まあね」
「人に干渉されるのは嫌なもんですよね」
 確かに他人への干渉は美里がもっとも嫌う行為だ。美里は誰にも干渉しないし、されたくない。だから、恋人もいなければ、友達もいない。
「そう! そうなの! 大きなお世話ってんだわ」
 若奥さんはそういって笑った。そして、
「あなたとは気が合いそうだわ。あなた、いい人みたい」と続けた。
「どうも」
 美里は鍵を受け取って、不動産屋を出た。      
 不動産屋から新居まではほんの数メートルだ。新居とはいうものの、築二十年の三階建てのアパート。ペット可。階段はひび割れているし、あちこちに蜘蛛の巣がかかっている。 耐震の強度も怪しいくすんだグレーのアパートがこれからは我が城だ。荷物はボストンバッグと背負ったリュックサック。普段からあまり物は持たないようにしているが、引っ越しの時にはかなり物を捨てるようにしている。
 でもそうね、とりあえずカーテンを買わなきゃ。
 三階まであがると息が切れる。美里は二十六歳だ。運動不足を痛感する。一番端の部屋が我が城だ。部屋は四つ並んでいる。どの部屋も表札は出ていない。若奥さん情報だと、女子大生と、OL、一つは空き部屋だと聞いた。ここは女子専門のアパートだが若奥さんが言うには、わざとグレーの壁にして蜘蛛の巣をおいてあるそうだ。洗濯物も男物を一緒に干したほうがいいとも言われた。女子専門というのが分かると目をつけられやすいのだそう。
 自分の部屋の前について、鍵を回していると、隣のドアが開いた。若い女が腕に真っ白のチワワを抱いて出てきた。犬は美里を見て、キャンキャンと吠えた。女は美里をじろっと見てからふんっと言った感じで背中を向けた。某キャラクターの健康サンダルで、小汚いジャージを引きずって歩いている。
 髪の毛は金髪で、もっさりとしている。
 彼女が女子大生かどうかはどうでもいい、美里にとって問題はあの犬だ。
 ペット可なのは承知しているが、あまりにきゃんきゃんと吠えられたら困るな、と思った。犬は面白いけど、あまり好きじゃない。
 部屋に入って一息つく。荷物を窓際に置いて、外を眺める。
 眼下には駐車場と横には大家の家がある。若奥さんが玄関から入っていく前にこちらへ振り返った。美里が窓からのぞいているのを見つけて手を振って見せた。美里は少し頭を下げた。目線を動かすと白いチワワを抱いた隣の娘が歩いていくのが見えた。遠目でも犬が吠えているのが見える。しつけが出来てないのだろう。いつでもどこでも吠える賢くないタイプだ。ちゃんとしつけてもらえば行儀よく出来るのに。
 美里はリュックから財布を取り出した。アパートから割と近くにホームセンターがある。あいにく車を持っていない。この町に長く住むことになるなら自転車でも買おうと思う。今日のところは歩いてカーテンとやかんを買いに行くしかない。食器や布団もいる。生きるのは何かとお金がかかる、って事にため息がでる。
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