2 / 33
新しい街
しおりを挟む
「あの角の横田さんはちょっと、気むずかしいから気をつけた方がいいわよ」
と大家だと名乗る女が言った。
「はあ」
「ごめんなさいね。入居そうそうにこんな話を耳に入れたくはないんだけど、近所に二、三人は面倒な人がいるから」
「どこに行っても面倒くさい人はいますからね」
と西条美里が答えると大家はほっとしたような笑顔になった。
正確には大家宅の息子の嫁らしいのでさしずめ若奥様というところか。
「そうなの。子供はまだかとか、洗濯物の干し方とかどうでもいいじゃないのねえ」
「過干渉なご近所さんが?」
若奥さんは唇を尖らせて、目玉をぐるっと回した。
「ご近所っていうか、まあね」
「人に干渉されるのは嫌なもんですよね」
確かに他人への干渉は美里がもっとも嫌う行為だ。美里は誰にも干渉しないし、されたくない。だから、恋人もいなければ、友達もいない。
「そう! そうなの! 大きなお世話ってんだわ」
若奥さんはそういって笑った。そして、
「あなたとは気が合いそうだわ。あなた、いい人みたい」と続けた。
「どうも」
美里は鍵を受け取って、不動産屋を出た。
不動産屋から新居まではほんの数メートルだ。新居とはいうものの、築二十年の三階建てのアパート。ペット可。階段はひび割れているし、あちこちに蜘蛛の巣がかかっている。 耐震の強度も怪しいくすんだグレーのアパートがこれからは我が城だ。荷物はボストンバッグと背負ったリュックサック。普段からあまり物は持たないようにしているが、引っ越しの時にはかなり物を捨てるようにしている。
でもそうね、とりあえずカーテンを買わなきゃ。
三階まであがると息が切れる。美里は二十六歳だ。運動不足を痛感する。一番端の部屋が我が城だ。部屋は四つ並んでいる。どの部屋も表札は出ていない。若奥さん情報だと、女子大生と、OL、一つは空き部屋だと聞いた。ここは女子専門のアパートだが若奥さんが言うには、わざとグレーの壁にして蜘蛛の巣をおいてあるそうだ。洗濯物も男物を一緒に干したほうがいいとも言われた。女子専門というのが分かると目をつけられやすいのだそう。
自分の部屋の前について、鍵を回していると、隣のドアが開いた。若い女が腕に真っ白のチワワを抱いて出てきた。犬は美里を見て、キャンキャンと吠えた。女は美里をじろっと見てからふんっと言った感じで背中を向けた。某キャラクターの健康サンダルで、小汚いジャージを引きずって歩いている。
髪の毛は金髪で、もっさりとしている。
彼女が女子大生かどうかはどうでもいい、美里にとって問題はあの犬だ。
ペット可なのは承知しているが、あまりにきゃんきゃんと吠えられたら困るな、と思った。犬は面白いけど、あまり好きじゃない。
部屋に入って一息つく。荷物を窓際に置いて、外を眺める。
眼下には駐車場と横には大家の家がある。若奥さんが玄関から入っていく前にこちらへ振り返った。美里が窓からのぞいているのを見つけて手を振って見せた。美里は少し頭を下げた。目線を動かすと白いチワワを抱いた隣の娘が歩いていくのが見えた。遠目でも犬が吠えているのが見える。しつけが出来てないのだろう。いつでもどこでも吠える賢くないタイプだ。ちゃんとしつけてもらえば行儀よく出来るのに。
美里はリュックから財布を取り出した。アパートから割と近くにホームセンターがある。あいにく車を持っていない。この町に長く住むことになるなら自転車でも買おうと思う。今日のところは歩いてカーテンとやかんを買いに行くしかない。食器や布団もいる。生きるのは何かとお金がかかる、って事にため息がでる。
と大家だと名乗る女が言った。
「はあ」
「ごめんなさいね。入居そうそうにこんな話を耳に入れたくはないんだけど、近所に二、三人は面倒な人がいるから」
「どこに行っても面倒くさい人はいますからね」
と西条美里が答えると大家はほっとしたような笑顔になった。
正確には大家宅の息子の嫁らしいのでさしずめ若奥様というところか。
「そうなの。子供はまだかとか、洗濯物の干し方とかどうでもいいじゃないのねえ」
「過干渉なご近所さんが?」
若奥さんは唇を尖らせて、目玉をぐるっと回した。
「ご近所っていうか、まあね」
「人に干渉されるのは嫌なもんですよね」
確かに他人への干渉は美里がもっとも嫌う行為だ。美里は誰にも干渉しないし、されたくない。だから、恋人もいなければ、友達もいない。
「そう! そうなの! 大きなお世話ってんだわ」
若奥さんはそういって笑った。そして、
「あなたとは気が合いそうだわ。あなた、いい人みたい」と続けた。
「どうも」
美里は鍵を受け取って、不動産屋を出た。
不動産屋から新居まではほんの数メートルだ。新居とはいうものの、築二十年の三階建てのアパート。ペット可。階段はひび割れているし、あちこちに蜘蛛の巣がかかっている。 耐震の強度も怪しいくすんだグレーのアパートがこれからは我が城だ。荷物はボストンバッグと背負ったリュックサック。普段からあまり物は持たないようにしているが、引っ越しの時にはかなり物を捨てるようにしている。
でもそうね、とりあえずカーテンを買わなきゃ。
三階まであがると息が切れる。美里は二十六歳だ。運動不足を痛感する。一番端の部屋が我が城だ。部屋は四つ並んでいる。どの部屋も表札は出ていない。若奥さん情報だと、女子大生と、OL、一つは空き部屋だと聞いた。ここは女子専門のアパートだが若奥さんが言うには、わざとグレーの壁にして蜘蛛の巣をおいてあるそうだ。洗濯物も男物を一緒に干したほうがいいとも言われた。女子専門というのが分かると目をつけられやすいのだそう。
自分の部屋の前について、鍵を回していると、隣のドアが開いた。若い女が腕に真っ白のチワワを抱いて出てきた。犬は美里を見て、キャンキャンと吠えた。女は美里をじろっと見てからふんっと言った感じで背中を向けた。某キャラクターの健康サンダルで、小汚いジャージを引きずって歩いている。
髪の毛は金髪で、もっさりとしている。
彼女が女子大生かどうかはどうでもいい、美里にとって問題はあの犬だ。
ペット可なのは承知しているが、あまりにきゃんきゃんと吠えられたら困るな、と思った。犬は面白いけど、あまり好きじゃない。
部屋に入って一息つく。荷物を窓際に置いて、外を眺める。
眼下には駐車場と横には大家の家がある。若奥さんが玄関から入っていく前にこちらへ振り返った。美里が窓からのぞいているのを見つけて手を振って見せた。美里は少し頭を下げた。目線を動かすと白いチワワを抱いた隣の娘が歩いていくのが見えた。遠目でも犬が吠えているのが見える。しつけが出来てないのだろう。いつでもどこでも吠える賢くないタイプだ。ちゃんとしつけてもらえば行儀よく出来るのに。
美里はリュックから財布を取り出した。アパートから割と近くにホームセンターがある。あいにく車を持っていない。この町に長く住むことになるなら自転車でも買おうと思う。今日のところは歩いてカーテンとやかんを買いに行くしかない。食器や布団もいる。生きるのは何かとお金がかかる、って事にため息がでる。
1
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
ヤクドクシ
猫又
ホラー
鬼が人間世界に混じり薬毒師という生業を営み、人間にはとうてい作れない作用の薬毒を売っている。
剛毅で強い若鬼ハヤテはある日人間の赤ん坊を拾い、ハナと名付けて育て始める。
二人は人間界で様々な薬毒を売りさばく
THE TOUCH/ザ・タッチ -呪触-
ジャストコーズ/小林正典
ホラー
※アルファポリス「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」サバイバルホラー賞受賞。群馬県の山中で起こった惨殺事件。それから六十年の時が経ち、夏休みを楽しもうと、山にあるログハウスへと泊まりに来た六人の大学生たち。一方、爽やかな自然に場違いなヤクザの三人組も、死体を埋める仕事のため、同所へ訪れていた。大学生が謎の老人と遭遇したことで事態は一変し、不可解な死の連鎖が起こっていく。生死を賭けた呪いの鬼ごっこが、今始まった……。
暗夜の灯火
波と海を見たな
ホラー
大学を卒業後、所謂「一流企業」へ入社した俺。
毎日毎日残業続きで、いつしかそれが当たり前に変わった頃のこと。
あまりの忙しさから死んだように家と職場を往復していた俺は、過労から居眠り運転をしてしまう。
どうにか一命を取り留めたが、長い入院生活の中で自分と仕事に疑問を持った俺は、会社を辞めて地方の村へと移住を決める。
村の名前は「夜染」。
その影にご注意!
秋元智也
ホラー
浅田恵、一見女のように見える外見とその名前からよく間違えられる事が
いいのだが、れっきとした男である。
いつだったか覚えていないが陰住むモノが見えるようになったのは運が悪い
としか言いようがない。
見たくて見ている訳ではない。
だが、向こうは見えている者には悪戯をしてくる事が多く、極力気にしない
ようにしているのだが、気づくと目が合ってしまう。
そういう時は関わらないように逃げるのが一番だった。
その日も見てはいけないモノを見てしまった。
それは陰に生きるモノではなく…。
ゴーストキッチン『ファントム』
魔茶来
ホラー
レストランで働く俺は突然職を失う。
しかし縁あって「ゴーストキッチン」としてレストランを始めることにした。
本来「ゴーストキッチン」というのは、心霊なんかとは何の関係もないもの。
簡単に言えばキッチン(厨房)の機能のみを持つ飲食店のこと。
店では料理を提供しない、お客さんへ食べ物を届けるのはデリバリー業者に任せている。
この形態は「ダークキッチン」とか「バーチャルキッチン」なんかの呼び方もある。
しかし、数か月後、深夜二時になると色々な訳アリの客が注文をしてくるようになった。
訳アリの客たち・・・なんとそのお客たちは実は未練を持った霊達だ!!
そう、俺の店は本当の霊(ゴースト)達がお客様として注文する店となってしまった・・・
俺と死神運転手がキッチンカーに乗って、お客の未練を晴らして成仏させるヘンテコ・レストランの物語が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる