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鬼神 キース

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 ミラルカは再び目を覚ました。薬のせいで頭が重く、気分が悪い。ふと体を見ると、着ていたはずの夜着が破れ飛んでいた。体は何も着けていない。急に部屋が明るくなり、ミラルカは顔をしかめた。
「やあ、お目覚めかな」
 聞き覚えのあるだみ声がして、ミラルカはダノンに気がついた。そうして彼もまた何も着けておらず、腰にシ-ツをかけただけでミラルカのそばにいた。そしてその足元の籠にはシドがいた。シドは辛そうにミラルカを見た。
「あんたは……」
「小娘だと思っていたが、なんの、充分楽しませてもらったぞ」
「シド。どうして、……」
 ミラルカは目の前が真っ暗になった。体が奈落へ落ちて行く。均衡がとれず、部屋が回るのか自分が回るのか。 体中の毛が立ち、こわばる。動く事も出来なかった。
 戸がノックされ、ダノンが答えた。入ってきたのはキースにカ-タであった。
「ミラルカ!」
 さっきまで愛を語っていた愛しい娘のあられもない姿を見て、キースは逆上した。
「おや、キース伯爵。こんな夜更けに何の騒ぎだね。失礼だろう。ああ、貴公の贈り物はいただいたよ。なかなか美味であった」
 ミラルカの視線が宙をさまよいキースを見た。初めてみるミラルカの泣き顔であった。
「ひどい。どういう事なの。キース伯爵様。どうしてこんな事に」
 カ-タが憤慨する。
「シド。俺が間違っていた。王弟の企みを潰すのに、いらん手間をかける必要はなかったのだ。この男を殺してしまえば済む話だ」
 キースの手は既に剣をつかんでいた。
 そこへ、どたどたいう音をさせてナスが入ってきた。
「ダノン王弟殿!分かりましたぞ。七つ目の石は北妖魔にありまする。再び北妖魔へ」
 ナスは入ってきて目を丸くした。
「これは、お揃いで」
 キースは唸り声を上げて、ダノンに斬りかかった。もとより名のある剣士であるキースに見境がなくなれば、その斬りざまは見事と言うより獰猛である。ダノンは最初の一打はなんとか逃れ、キースの剣は壁から寝床を深くえぐった。脅えたダノンは哀れにも失禁をした。ナスが声をあげて助けを呼ぶ。走りくる兵士をキースは一打ずつで斬り裂いた。血と悲鳴が同時に噴き出し、まだ動けずにいるミラルカやシドまでを赤く染めた。頭を一撃され死んだ兵士もいれば、剣で喉から頭蓋骨までつらぬかれた者もいた。斬り離された手や足が宙を飛び、ぐにゃりと落ちた。まさにキースは鬼神さながらである。飛び出た内臓などを踏み潰し、彼はダノンを狙った。燭台の火が揺れてキースの影が大きくゆらめいた。 ダノンは生きた死に神を見た。
「キース伯爵、このままでは共倒れだ。今は抑えてくれ」
 シドが籠の中から叫ぶ。
「待ってくれ。この男を地獄に送ったら引き上げる」
「伯爵!」
 シドの叱咤にキースはしぶしぶ剣を収め、シ-ツにミラルカをくるんで抱き上げた。カ-タが籠を持ち上げた。キースは入り口にひしめいていた兵士らを一睨みで蹴散らすと、兵士はさっと身をひいた。上官であり、他国より死に神と恐れられた勇猛なキースにかなうはずもないし、たった今目の前で肉塊になった仲間をみるととてもそんな勇気はなかった。彼らはキース達が城の外に出るまでは動かなかった。いや、動けなかった。兵士達は金縛りのようだったし、王弟は我を取り戻し失禁した屈辱から立ち直れなかった。ナスはキースらの失踪などどうでもよく、彼らを止めようともしなかった。
「ナス!お前の術で奴らを取り押さえろ」
 まだ青ざめているダノンは、怒号のように怒鳴った。本人はそのつもりであったがその実、蚊の鳴くような声である。
「まあよいではござらんか。結局、あやつらは一つの石も手に入れてはおらん。こちらはシドより六つ目を奪った。残るはあと一つ。勝利は目前でござるよ」
「うむ、まあそうだが」
「そんな事より、一刻も早く北妖魔へ行かねばならん。さあ、夜が明ける前に出立いたそう。用意いたしてくだされ」
「分かった」
 その時、ダノンは部屋の入り口にルナヘロス皇子を見た。完全に顔からは血の気がうせている。初めて見る殺戮に彼は慄然とし、ダノンを見た。
「子供の見る物ではござらんよ。早くお休みなさい」
 皇子はひきつった唇で微かにつぶやいた。
「私が国王となったあかつきにはまず最初に叔父上、あなたの処刑を取り行いましょう。いつになったらジユダに仇なす事を止めていただけるのか」
 皇子は一礼すると引き返した。
「ふん、生意気なガキだ」
 ダノンは憎々しげにその後ろ姿を見送った。
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