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脱出

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「ダノン殿、心強い味方ができましたぞ」 
 それまで黙って聞いていたダノンはあまり喜びもせずに言った。もう息を整え、何事もなかったような顔をしている。
「うむ。ナスよ。これで五つの石が揃ったわけだが、残りのありかはいつ分かる」
「そう急ぎますな。五つの石はより強力な力を発揮し、すぐにでも仲間を呼びますでしょう」
「早くしてくれ。このごろ国王陛下の御様子がおかしいのだ。なにやら私の動向を探っているやに見える。あのおいぼれめ、おとなしく国政に務めていればよいものを」
 少しのためらいもなく王をおいぼれと呼び、もはや尊敬の念などは消えうせている。
 望みが現実に近ずくと、喜びよりもあせりと不安が支配するようだ。
 ナスはシドを連れて退出した。
「あの方もわりと器が小さいのう。毎夜、夢にうなされているらしい」
「今頃している事の恐ろしさに気がついたのでしょう。グラスに入る酒の量は決まっておりますぞ。無理をすれば壊れるだけ。身分相応に気楽に王弟として暮らしてゆけばよいものを」
 痛烈な皮肉を言って、シドはナスの肩から舞い上がった。
「すこし城の様子を見てきましょう」
 飛び去るシドを見送って、ナスは一人つぶやいた。
「逃げても無駄。石があるかぎり我らの勝利は間違いない。生きる望みはその翼をおとなしく納めている事じゃ」
 無論、シドはまだ逃げるつもりはなかったし、ナスの飼い鳥になる気もなかった。
 シドはミラルカを探して地下牢へ向かった。地下牢のある塔は陰気で鬱蒼としていた。レンガの壁はひび割れ、その間から苔や木の蔓が伸びて壁にさまざまな模様を作っていた。 シドは番人の目をかすめ、中へ入った。螺旋階段を優雅に飛行すると中は段々暗くなり、 空気は冷えてシドは身震いをした。
「かわいそうに、こんな所に閉じ込められて、おかしくなってしまうじゃないか」
 階段は地の底まで行くかと思うほどに長く、かび臭く、汚い。やがて少しの明かりが見えてくると、人の話し声が聞こえてきた。
「これが七色の石の一つでさあ。あっしも驚いちまってね。まさかおいらのやった安い指輪に付いていたなんて。どうです、こいつを買ってくれませんかね。キース様」
 媚へつらうように言っているのはデニスであった。キースは顔をしかめている。
「あっしはあいつとビサスの島へ帰りたいんで。二度とあんたの前には顔を出しません。これが最後でさあ。あんたもこいつを探しているんでしょう」
「分かった。金をくれてやろう。」
 喜んだデニスの首へキースは剣を突き立てた。
「な、何を」
「女には金を届けるから安心して死ね」
 デニスの顔は恐怖に歪み、体はこわばって逃げる事もできなかった。
「そ、そんな。あっしはただ石を買って欲しいと言っただけで」
「あの女に会った時に流した涙は偽物か。呆れた男だな。あの女の為に、お前をあの時、助けるのではなかったな」
 キースは吐き出すように言った。
「やめて! そいつを殺さないで。お願い」
 ミラルカの叫び声に、陰で聞いていたシドもキースもはっとした。
「なぜだ」
 キースの咎める声が響いた。
「そいつはレイラの好い人だもの、彼女は命がけでここまでやって来たの。そんな男でもレイラには大切な人なんだし」
 ミラルカの懇願がキースを迷わせた。
「石をよこせ。そしてジユダから出てゆけ。二度と俺の前に姿をみせるな」
 デニスは石を落とすと、急いで逃げていった。
「これが六つめの石か」
 こんな危機にも石は変わらず、光を出す事はなかった。
 シドが一陣の風となり、キースの前を横切った。
 翼はキースの顔をたたき、くちばしはキースの手から指輪を取り去った。
「シド。よかった。無事だったんだ。心配してたんだよ」
 ミラルカが嬉しそうに叫んだ。そんなミラルカへシドは呆れたような愛しそうな瞳を向けた。
「ひとの心配ができる身分じゃないだろう。お前こそ大丈夫か。こんな所へ若い娘をほうり込むなんてひどいもんだ」
 わずかな日々だが信頼しあっている二人が、ほほ笑みあうとキースはむっとした。
「お前が魔鳥のシドか。逃げてきたのか」
「まさか、俺は礼儀正しいからちゃんとナス様に断ってきたさ。あんた、この娘を殺す気なのか」
 石をくちばしに差したまま、上手に話す。
「殺しはせん」
 少しの間戸惑ったキースを見て、シドは首を傾げた。
 それからふわっと降りてきて、キースの肩に止まった。
「なるほど、あんたミラルカに惚れているのだな。殺さないというのは本当らしい」
 心を読まれてキースはぎょっとした。
「何を驚く。俺は一級魔鳥だぞ。心を読むくらいは簡単さ。やましい心がなければなんらうろたえる事はなかろう」
 飄々と言ってのけるシドにキースは苦笑しながら答えた。
「ずうずうしい奴だな。あいにくだが俺は心を読まれて平気でいられるほど、まだ人間が出来ておらんのだ。ところでその石をどうするつもりだ。お前らが持っていても役には立たんだろう」
「石の価値観は人それぞれ。この石はレイラにとって大事な物だし、翠石はロブ様からいただいた俺の宝だ。ミラルカにしてもカ-タにしてもまたしかり。石は返してもらう」
「ここから逃げられはせん。いずれダノン王弟が絶大なる力を手に入れて、お前も俺もダノン王弟の飼い犬になるまでよ」
 ふっと笑ってキースはつぶやいた。
「あんたは犬にでもなればいい。俺はお断りだ」
「どこまでも王弟に逆らう気か。どうやって王弟の計画をつぶすつもりだ」
「そんな事をあんたに言う義理はない。それよりミラルカをここから出してくれ」
 キースは一瞬戸惑った。
「ふん、やっぱり口先の人間か。惚れたなんぞはいくらでも言えるが、行動はできないのか」
 キースは黙ったままだ。彼とて一刻も早くミラルカを助けてやりたい。しかしまだ王を裏切る気持ちが固まっていなかった。キースがシドに気圧されて2、3歩下がった。今はもう鎖玉を外されていたミラルカが、俊敏な動きで格子から手をだした。あっと言う間もなくキースは腰の剣を取られていた。ミラルカの腕はキースの首を締め、剣が頬を刺した。
「鍵を出して。あんたの助けなんかいらないよ。あたしは自分で逃げる事が出来る。今までだってそうしてきたんだもの。あたしはいつだって一人で平気なんだから!」

 悲痛なミラルカの叫びは悲しく牢屋に響いた。
 キースは鍵を出した。ミラルカはそれを受け取り、牢から出た。
 そしてその場に力尽きた。
 シドが慌ててミラルカの上で飛び回ったが、鳥の姿では何も出来ない。
 キースはミラルカの体を壁にもたせかけると、さっきミラルカに会う為に気絶させておいた牢番を代わりに牢に入れた。
「行くぞ。もう外は暗くなっているだろう。今のうちに出よう。彼女は俺の邸に匿うが、お前はどうする」
 シドはじっとキースを見た。信じられない気持ちがあったが、今はキースが頼みの綱だ。
「俺はここにいたほうがいいだろう。疑われないためにな。ミラルカをよろしく頼む」
「分かった」
 キースは腹心の部下に事の次第を話し、シドの警護を言い付けた。そして闇に紛れて城を出た。
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