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絶望
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ミラルカはうずくまり、生まれて初めて絶望を知った。上を見ると壁や天井が押し寄せてくるように思う。何もかもがミラルカに迫ってくる。吐き出したい欲情にかられ、ミラルカはレンガの壁を素手で力一杯たたいた。その時、ベッドの横のレンガがぎぎっと動いて、人が一人通れるほどの穴が開いた。ミラルカははっと身をこわばらせた。風が通り、人の気配がしたと思うと、ダノン王弟が入ってきた。
「やあ、くつろいでいるかね。お前とキースめが出来ていたとは信じられん」
にこやかな顔が次第に険しくなり、凄い勢いでダノンはミラルカを罵倒し始めた。聞くに堪えない罵詈雑言はひどくミラルカを傷つけたが、ミラルカは冷たい顔で聞いていた。
「あの奴隷腹め。これまでかわいがり取り立ててやった恩も忘れてなんというざまだ。飼い犬に手を噛まれるとはこの事だ。やはり奴隷の子には山賊の娘がお似合いか」
明らかにダノンはミラルカに嫉妬をしている。やにわにダノンは鞭を取り出してミラルカの細い体を打った。いつの間にか幾つかの影がミラルカの足に鎖玉をつけた。体は自由だが、鞭から逃げる事が出来なかった。嫉妬に狂ったダノンは力の限りミラルカを打ち続けた。
「お前のような奴はこの牢の下に飼ってある妖魔獣にくれてやる。生きながら引き裂かれはらわたを食いやぶられるがいい。その様をキースの奴にじっくりと見せてやる。あの美しい顔が青ざめるのもまた一興であろう」
ミラルカの奇麗な肌に幾筋もの傷が入り、赤く腫れる。額の傷が裂けて、また血が噴き出してきた。ミラルカは痛さと屈辱に目がくらむ思いがした。それでも歯をくいしばり声もあげない。ダノンはそんなミラルカがはがゆく、憎しみが増す。息をきらしなが鞭打つ彼の顔は醜悪であった。瞳は恍惚に揺れ集点が合ってはいず、口の回りは涎でべたべたである。 豊満な指が虫のようにうごめき、鞭を操る。その過激でむごい仕打ちに、慣れている影でさえ顔を背けた。地下牢にはいつまでもミラルカの呻き声と鞭の音が響いていた。
カ-タは魔道師の部屋で待遇されていた。豪勢な料理や酒を出され、目を丸くして恐縮していた。
「どうした。第十五級魔法人カ-タよ。ゆるりと過ごせよ。お前の功績にはダノン王弟様が随分お喜びじゃ。お前はすぐに宮廷魔道師の資格が与えられ、このジユダで思うがままに力を発揮できるぞ」
ナス魔道師は珍しく機嫌のよい様子であり、カ-タを褒め称えた。
「しかし、ナス様。私はわずかな術しか持たない下っ端の魔法人です。それにあの」
「分かっておる。用が済んだらあの石は返してやる。のうカ-タ。魔法人の修業は辛いであろう。お前が望めばありとあらゆる術が使えるようにしてやる。今のようにわずかな治癒やまやかしの術だけでなく、もっと強い力が簡単に手にはいるのじゃ。今少し辛抱してくれよ」
そう言ってナスは部屋を出ていった。カ-タは落ち着かぬふうに部屋を見渡した。魔法人には似つかわしくない絨毯や大理石の置物、ふわふわの寝床の側には大きな姿見がある。 鏡に映ったカ-タは自分がなんとみすぼらしい、哀れな魔法人なのだろうと思った。
一生のうちでこんな部屋で過ごす事は二度とないだろう。(シドやミラルカはどうしているのだろう。何故離されたのだろう。)
ぼんやりと考えた。レイラの事も気にかかるが、目の前のきらびやかな世界からも目が離せない。このままここで気楽に暮らしてもいいな、などとけしからん事を考えてカ-タは食事に手をつけた。
シドは一番惨めな身であった。ダノン王弟の部屋で窮屈な鳥籠にいれられていた。首につけていた石を取るのに、首根っこをつかまれて、彼はひどくプライドが傷付いた。すぐ側でナスが意地悪く笑う。
「居心地はどうじゃ。シドよ。よく似合っておるぞ。」
「ナス様にお合いするのにこのような姿で申し訳ないですな」
「わしは気にせんよ。鳥はやはり鳥籠が似合うという事じゃ」
「カ-タとミラルカはどこです」
「心配するな。カ-タは気持ちよくくつろいでおる。ミラルカという娘はひどくダノン様の怒りをかって、地下牢におるわ。いずれダノン様のなぐさみ物になって処刑されるであろう。あの娘も生きる望みを捨てておる。カ-タは宮廷魔道師になり、お前にもなにか地位を与えてやろう」
シドはいかにも汚らわしそうに、
「カ-タも私もそんな地位なぞいりませぬ。我々はまっとうな魔法人、陰謀にかかわるのはごめんですな」
と言った。ナスはひっひと笑って、
「そうかの、お前はともかくカ-タは喜んでおるぞ。単純なだけに無気力の術にかかりやすいわ。あの娘もな」
シドの前でカ-タの姿を映して見せた。カ-タは必死でごちそうを食べ酒を飲んでいた。「カ-タに術をかけ、ごちそうや地位で精神に障害を与えるとはひどいお人だ」
「わしのせいかの。カ-タ自身の弱さではないのか。人は誰もが欲をもっておる、聖人君子を気取っていても人間など皆同じじゃ。地位も名誉も金も欲しい。お前とて願いはあるであろう。のう、第一級魔法人のシドよ。人間の姿に戻りたいとは思わぬか」
ナスは一番痛い所を突かれて黙り込んだ。彼はかつては西妖魔で、ロブ伯爵の弟子としてギランとともに仕えていたのである。意気揚々と修業に励み、栄誉ある未来を夢見ていたのである。
「血気盛んな若い者の事、ギルオン妖魔王の姿に近づこうとした罪で魔鳥にされてから、まだ許されん。いつまで鳥の姿でおるつもりかの。我らの願いが成功すればすぐにでも元の姿に戻してやるが」
シドは黙ったまま考えている。確かに、人の姿に戻りたいという願いはある。鳥の姿で一生を終えるなどごめんだ。しかし敬愛するロブ伯爵を裏切る事もシドには辛かった。
「こうやって人の弱みをついてサダ様も誘い出したのですね」
「そうとも、奴はわし同様にロブ伯が嫌いでな。簡単に乗ってきた。さあ、どうする。我らに味方せよ。そうすれば自由、断るなら鳥籠の中じゃ。一生な」
シドは頷いた。外に出る事が出来ればまた逃げる手だてもあるだろう。
「分かりました。私は自由になりたい」
ナスは満足気に笑って振り返った。
「やあ、くつろいでいるかね。お前とキースめが出来ていたとは信じられん」
にこやかな顔が次第に険しくなり、凄い勢いでダノンはミラルカを罵倒し始めた。聞くに堪えない罵詈雑言はひどくミラルカを傷つけたが、ミラルカは冷たい顔で聞いていた。
「あの奴隷腹め。これまでかわいがり取り立ててやった恩も忘れてなんというざまだ。飼い犬に手を噛まれるとはこの事だ。やはり奴隷の子には山賊の娘がお似合いか」
明らかにダノンはミラルカに嫉妬をしている。やにわにダノンは鞭を取り出してミラルカの細い体を打った。いつの間にか幾つかの影がミラルカの足に鎖玉をつけた。体は自由だが、鞭から逃げる事が出来なかった。嫉妬に狂ったダノンは力の限りミラルカを打ち続けた。
「お前のような奴はこの牢の下に飼ってある妖魔獣にくれてやる。生きながら引き裂かれはらわたを食いやぶられるがいい。その様をキースの奴にじっくりと見せてやる。あの美しい顔が青ざめるのもまた一興であろう」
ミラルカの奇麗な肌に幾筋もの傷が入り、赤く腫れる。額の傷が裂けて、また血が噴き出してきた。ミラルカは痛さと屈辱に目がくらむ思いがした。それでも歯をくいしばり声もあげない。ダノンはそんなミラルカがはがゆく、憎しみが増す。息をきらしなが鞭打つ彼の顔は醜悪であった。瞳は恍惚に揺れ集点が合ってはいず、口の回りは涎でべたべたである。 豊満な指が虫のようにうごめき、鞭を操る。その過激でむごい仕打ちに、慣れている影でさえ顔を背けた。地下牢にはいつまでもミラルカの呻き声と鞭の音が響いていた。
カ-タは魔道師の部屋で待遇されていた。豪勢な料理や酒を出され、目を丸くして恐縮していた。
「どうした。第十五級魔法人カ-タよ。ゆるりと過ごせよ。お前の功績にはダノン王弟様が随分お喜びじゃ。お前はすぐに宮廷魔道師の資格が与えられ、このジユダで思うがままに力を発揮できるぞ」
ナス魔道師は珍しく機嫌のよい様子であり、カ-タを褒め称えた。
「しかし、ナス様。私はわずかな術しか持たない下っ端の魔法人です。それにあの」
「分かっておる。用が済んだらあの石は返してやる。のうカ-タ。魔法人の修業は辛いであろう。お前が望めばありとあらゆる術が使えるようにしてやる。今のようにわずかな治癒やまやかしの術だけでなく、もっと強い力が簡単に手にはいるのじゃ。今少し辛抱してくれよ」
そう言ってナスは部屋を出ていった。カ-タは落ち着かぬふうに部屋を見渡した。魔法人には似つかわしくない絨毯や大理石の置物、ふわふわの寝床の側には大きな姿見がある。 鏡に映ったカ-タは自分がなんとみすぼらしい、哀れな魔法人なのだろうと思った。
一生のうちでこんな部屋で過ごす事は二度とないだろう。(シドやミラルカはどうしているのだろう。何故離されたのだろう。)
ぼんやりと考えた。レイラの事も気にかかるが、目の前のきらびやかな世界からも目が離せない。このままここで気楽に暮らしてもいいな、などとけしからん事を考えてカ-タは食事に手をつけた。
シドは一番惨めな身であった。ダノン王弟の部屋で窮屈な鳥籠にいれられていた。首につけていた石を取るのに、首根っこをつかまれて、彼はひどくプライドが傷付いた。すぐ側でナスが意地悪く笑う。
「居心地はどうじゃ。シドよ。よく似合っておるぞ。」
「ナス様にお合いするのにこのような姿で申し訳ないですな」
「わしは気にせんよ。鳥はやはり鳥籠が似合うという事じゃ」
「カ-タとミラルカはどこです」
「心配するな。カ-タは気持ちよくくつろいでおる。ミラルカという娘はひどくダノン様の怒りをかって、地下牢におるわ。いずれダノン様のなぐさみ物になって処刑されるであろう。あの娘も生きる望みを捨てておる。カ-タは宮廷魔道師になり、お前にもなにか地位を与えてやろう」
シドはいかにも汚らわしそうに、
「カ-タも私もそんな地位なぞいりませぬ。我々はまっとうな魔法人、陰謀にかかわるのはごめんですな」
と言った。ナスはひっひと笑って、
「そうかの、お前はともかくカ-タは喜んでおるぞ。単純なだけに無気力の術にかかりやすいわ。あの娘もな」
シドの前でカ-タの姿を映して見せた。カ-タは必死でごちそうを食べ酒を飲んでいた。「カ-タに術をかけ、ごちそうや地位で精神に障害を与えるとはひどいお人だ」
「わしのせいかの。カ-タ自身の弱さではないのか。人は誰もが欲をもっておる、聖人君子を気取っていても人間など皆同じじゃ。地位も名誉も金も欲しい。お前とて願いはあるであろう。のう、第一級魔法人のシドよ。人間の姿に戻りたいとは思わぬか」
ナスは一番痛い所を突かれて黙り込んだ。彼はかつては西妖魔で、ロブ伯爵の弟子としてギランとともに仕えていたのである。意気揚々と修業に励み、栄誉ある未来を夢見ていたのである。
「血気盛んな若い者の事、ギルオン妖魔王の姿に近づこうとした罪で魔鳥にされてから、まだ許されん。いつまで鳥の姿でおるつもりかの。我らの願いが成功すればすぐにでも元の姿に戻してやるが」
シドは黙ったまま考えている。確かに、人の姿に戻りたいという願いはある。鳥の姿で一生を終えるなどごめんだ。しかし敬愛するロブ伯爵を裏切る事もシドには辛かった。
「こうやって人の弱みをついてサダ様も誘い出したのですね」
「そうとも、奴はわし同様にロブ伯が嫌いでな。簡単に乗ってきた。さあ、どうする。我らに味方せよ。そうすれば自由、断るなら鳥籠の中じゃ。一生な」
シドは頷いた。外に出る事が出来ればまた逃げる手だてもあるだろう。
「分かりました。私は自由になりたい」
ナスは満足気に笑って振り返った。
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