きまじめ騎士団長とおてんば山賊の娘

猫又

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切ない逢瀬

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 カ-ンと音がして格子戸が下ろされた。ミラルカはカ-タともシドとも離され、一人で広い、寒々とした牢に入れられた。やけに天井が高く、窓一つない壁にはどす黒い血や汗が染み込んでいた。月日をかけて幾人もがここで拷問にかけられ、苦しみながら恨みの言葉を吐いて死んでいったのだろう。
 薄暗い牢の中には亡霊や生霊がただよっているようだ。
 隅のほうに腐りかけた木のベッドが置いてあり、それに腰をかけて、ミラルカはためいきをついた。武器も荷物も、もちろん石も一番に取られた。考えもなくジユダに近ずいた事を悔やむ。かといって頼るべき人もいないが、ダノンにいたぶられて死ぬのかと思うと情けない。自害などというけなげさも持ち合わせてはいず、ミラルカは途方にくれた。
 砂漠に置き去りのファラの事も気にかかった。孤独なゆえ仲間という物を大切にする山賊にとってたった一人というのは絶えられない事だ。常識や世間とかけ離れ、人に忌み嫌われていてもやはり人肌は恋しい。人と歩調を合わせるのが出来ず、自由を求めているようでもいつも誰かの言葉を待っている。ミラルカはしみじみとファラの事を思った。いつも意気がるミラルカを戒め、はげましてくれたのはファラで、ミラルカにとってたった一人の身内であったのに。ミラルカは何度もためいきをついた。

 どれくらい時間がたったのか、一人思いにふけっていたミラルカは牢の外の人影に気がつかなかった。ふと視線を感じ、頭を上げるとそこにキースが立っていた。悲しそうな瞳でキースはミラルカを見ていた。黒の着衣が彼を一層陰気に見せる。ミラルカも軽口をたたかず、彼を見返した。
 視線があって、ミラルカはふと彼の瞳に優しい光を見たような気がした。
 キースは何も言わず、鍵をあけた。そっと中へ入ってくると、優しくミラルカに聞いた。
「傷はどうだ。まだ傷むのか」
「……」
 キースはミラルカに近づいて、そっとミラルカの包帯に触れた。ミラルカは身をこわばらせた。
 キースに触れられた頬が熱い。
「自分の目で見たらどうだい。あれから薬草を貼る以外包帯はとってない。腐っているかもしれない」
 立ち上がりもせずミラルカは彼を見あげていった。
 キースはひざまずき、ミラルカの包帯に手をかけた。ゆっくりと包帯をほどいていく。薄汚れた包帯の下にははっきりと額から瞳の上を伝い、頬へ傷がついていた。閉じた瞳を開けると鮮やかなブル-の宝石がキースを見た。
「傷は残ったな。しかし、瞳はとても美しいぞ。見えるのか」
「ああ、見える」
 衝動的にキースはミラルカを抱きしめた。そして唇がいとしそうに傷をなぞった。なんともいえぬ痛みがミラルカの胸を貫いた。決して不快ではないが、やるせなくミラルカを不安にさせる。
 ミラルカの腕がキースを押し戻そうとしたが、キースはがっちりとミラルカを抱え込み離さなかった。彼の唇は傷からミラルカの唇に移り、泣き出したい気持ちと押し寄せる快感にミラルカは翻弄され、抵抗する力をなくしてしまった。
「や、やめて。あたしはあんたを憎んでるんだ。一生許さないと言ったはずよ!」
「かまわん。俺はお前に惚れた」
 キースは力を緩めずに言った。
 ミラルカの息が乱れ、意志とは反対に体は初めての快楽を喜び向かえようとしていた。
 何故こんな気持ちになるのだろう。憎いはずの男の口づけがこんなに甘く感じるのだろう。
「あたしが山賊の娘だからなぐさみ物にしてもいいって料簡なの?」
「違う!」
 キースの動きが止まり、激しく言い放った。
「真剣だ!」
「おかしいね。貴族様が本気であたしに惚れたって言うの?」
 ミラルカは自嘲した。
 キースはミラルカから離れ陰気な瞳を曇らせた。
「俺が貴族だというのは名ばかりさ。本当は山賊よりもおぞましい奴隷の子だからな」
「奴隷の子?」
「そうさ」
 キースが笑った。ミラルカは茫然とキースを見あげた。
「王に拾われなかったら、今頃は生きてはいないだろうな」
「そう。じゃあ、あんたをたらしこんで、ここから逃げるのは無理だね。恩ある人を裏切れはしないだろう」
「ああ、国王陛下には感謝している」
 言葉とはうらはらに、何故か吐き出すように言う。
「じゃあ、あたしに惚れたなんて事はもう言わないほうがいい」
「その気持ちに偽りはないぞ」
「もう行ってしまいなよ。あたしを哀れと思うなら二度と来こないで」
「分かった。今は行こう。だがお前を殺させはせん。必ず助けてやる」
「気持ちはありがたいが、あたしはあんな男に支配される世に生きてはいたくない」
 そう言ってミラルカはキースに背を向けた。
 キースは何も言わずに立ち去った。
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