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守護の石
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早朝、ミラルカの一行はマックレ-リ国へ行き先をむけた。初冬の気候はさわやかで若い娘の滑らかな肌をくすぐり、抜けるような青空と見事な紅葉が馬の足を軽くさせる。夢と希望に満ち溢れた山賊達は口々に奇声を発しながら我先にと駆けて行った。
サラは馬の名手のロサの後ろに乗った。恐ろしい目にあったのと慣れない野宿ですっかり疲れていた。
「大丈夫?」
並んで走っていたミラルカが言った。
「はい、大丈夫です。あの」
「何?」
「気を悪くなさるかもしれませんが、お聞きしてもいいですか」
「なにを」
「お宝ってなんの事ですか。昨日言ってましたでしょう」
「ああ」
ミラルカは面白そうに笑って言った。
「あんた知ってるかな。アレゾっていう山賊の事」
その名を聞いてサラは震えた。
「知ってるって、その名を知らない者はマックレ-リじゃ子供くらいですわ。極悪非道の大悪党です」
「ああそう、じゃああんたはその身内に助けられた唯一の人間ってとこ」
「身内ってまさか」
サラの顔は真っ青になった。
「そうさ、あたしはアレゾの娘さ。頭のファラはその愛人だよ。で、あたしたちはおやじの遺したお宝を掘りに行く途中なのさ」
「死んだという噂は本当なのですね」
ミラルカははははっと笑った。
「いくらアレゾが頑丈でも鉄砲隊に穴だらけにされちゃあね」
「それなら何故私を?」
「はあ? 見殺しにした方がよかったって? あたしたちに助けられちゃあ末代までの恥ってか? ファラの業突く張りに感謝しなよ。頭は目の前の金を見逃しにはできないんだ」
黙りこんだサラを見てミラルカは笑った。
もし宮廷にこのことが知れたらサラはずいぶん肩身が狭いだろう。
森を抜け、険しい山道を通ってマックレ-リ国へたどりついたのは、夜遅くだった。城では捜索隊が出る寸前で、サラの帰舘は人々をほっとさせた。中でもシェリル王女の心配はひどく、サラを抱き締めて喜んだ。
「おお、サラ無事で良かったわ。あなたの身になにかあったらと思うと……」
「御心配おかけいたしました。この者達に助けていただいて、無事帰る事ができました。私の命の恩人ですわ」
サラに紹介されて、ファラはすっかり動揺していた。たちの悪い人間なら平気だが、目の前にいるのは一生に一度もお目にかかれないだろう王女様である。
「そなた達には感謝します。サラは私の姉妹同様の者、よくぞ助けてくれました」
「いやあ、い、いえ、か弱い女性を助けるのは当然の事です」
舞い上がっているファラを尻目にミラルカは舌打ちをした。
(なんだい、感謝しますと言いながら椅子に踏ん反り返ってさあ。どうしてあたしらが床にはいつくばらなきゃいけないのさ)
珍しい北方の布で作られたドレスにはさまざまな宝石が縫いこまれ、黄金の輝きを持つブロンドには大きなダイヤの王冠が飾られていた。真っ白な肌とサファイアの瞳、見るからに気品があり生まれ持った威厳がミラルカのような者を畏怖させる。ミラルカらの通された大広間は生まれて初めて見た豪華な場所であった。クリスタルのシャンデリアがいくつも灯り、大理石の床にはプリセス王国産の絨毯が引きつめられていた。これだけで一体何千ゴ-ルドかかるだろう。両側に控えた騎士や貴族達の派手派手しい装備やもったいぶった動作にミラルカは嫌悪を覚えた。王女の賛美の言葉が続く。
「本当にそなた達の偉勲には何をもって報いればよいでしょう。何なりと申すがよい。宝石など持ってはおらぬでしょう。それとも身につけた事がないような美しいドレスがよいかしら。そうだわ、そなたらの身支度を整えさせて大広間での宴を催しましょうか」
ミラルカは落胆の色を隠せなかった。ドレスも宝石も今のミラルカには必要なかったし、何よりも王女がミラルカらを見下しているのが悔しい。
「恐れながら王女様に申しあげます。宝石やドレスなど私共には必要ないもの。飾らずともこの身は十分生きております。どうかお気づかいなさいませぬよう」
精一杯の皮肉も世間知らずの王女には通じないらしい。
「まあ、謙虚な事」
その夜、ミラルカの一行は小さな控え室でささやかな食事を与えられただけであった。
「ミラルカのお陰で報酬を貰い損ねたじゃないか。まったく」
「ふん、悪かったね。なにが見た事もないドレスだい。馬鹿にしやがって」
やけくそになって酒を飲むミラルカにサラが済まなそうに言った。
「申し訳ありません。王女様に悪気はないのです」
「いいんだよ。あんたのせいじゃない。このおたんこなすのせいさ」
ファラはサラをなぐさめた。
「ミラルカさん、私には貰っていただけるような宝石などありませんが、せめてこれをお受け取り下さい」
サラは自分の首に下げていた金の鎖をはずした。先には真っ赤な石がぶら下がっていた。「なんだい、あんたから何か貰おうなんて考えちゃいないよ。しまっときな」
「いいえ、それでは私の気が済みません。これはそんなに高価な物ではありませんが、私の祖母から伝えられた物です。私にとっては守護の石、あなたにも御加護がありますように」
「ばあちゃんに貰ったもんなら、尚更だよ。そんな大事なもん、貰えないね」
つっぱねるミラルカにサラも強情に引き下がらない。見かねたファラが、
「貰っときな。せっかくの好意だ、おろそかにすんじゃない」
と言いミラルカはようやく赤の石を首に下げ、礼を言った。
「ありがとう。あんたの事は忘れないし、石は大事にするからね」
サラは嬉しそうに笑った。
「さあ、とんだ寄り道をしちまった。さっさとこんな所は出ていくよ。アレゾのお宝があたし達を待ってるんだ」
ミラルカとファラは意気揚々と城を後にした。
サラは馬の名手のロサの後ろに乗った。恐ろしい目にあったのと慣れない野宿ですっかり疲れていた。
「大丈夫?」
並んで走っていたミラルカが言った。
「はい、大丈夫です。あの」
「何?」
「気を悪くなさるかもしれませんが、お聞きしてもいいですか」
「なにを」
「お宝ってなんの事ですか。昨日言ってましたでしょう」
「ああ」
ミラルカは面白そうに笑って言った。
「あんた知ってるかな。アレゾっていう山賊の事」
その名を聞いてサラは震えた。
「知ってるって、その名を知らない者はマックレ-リじゃ子供くらいですわ。極悪非道の大悪党です」
「ああそう、じゃああんたはその身内に助けられた唯一の人間ってとこ」
「身内ってまさか」
サラの顔は真っ青になった。
「そうさ、あたしはアレゾの娘さ。頭のファラはその愛人だよ。で、あたしたちはおやじの遺したお宝を掘りに行く途中なのさ」
「死んだという噂は本当なのですね」
ミラルカははははっと笑った。
「いくらアレゾが頑丈でも鉄砲隊に穴だらけにされちゃあね」
「それなら何故私を?」
「はあ? 見殺しにした方がよかったって? あたしたちに助けられちゃあ末代までの恥ってか? ファラの業突く張りに感謝しなよ。頭は目の前の金を見逃しにはできないんだ」
黙りこんだサラを見てミラルカは笑った。
もし宮廷にこのことが知れたらサラはずいぶん肩身が狭いだろう。
森を抜け、険しい山道を通ってマックレ-リ国へたどりついたのは、夜遅くだった。城では捜索隊が出る寸前で、サラの帰舘は人々をほっとさせた。中でもシェリル王女の心配はひどく、サラを抱き締めて喜んだ。
「おお、サラ無事で良かったわ。あなたの身になにかあったらと思うと……」
「御心配おかけいたしました。この者達に助けていただいて、無事帰る事ができました。私の命の恩人ですわ」
サラに紹介されて、ファラはすっかり動揺していた。たちの悪い人間なら平気だが、目の前にいるのは一生に一度もお目にかかれないだろう王女様である。
「そなた達には感謝します。サラは私の姉妹同様の者、よくぞ助けてくれました」
「いやあ、い、いえ、か弱い女性を助けるのは当然の事です」
舞い上がっているファラを尻目にミラルカは舌打ちをした。
(なんだい、感謝しますと言いながら椅子に踏ん反り返ってさあ。どうしてあたしらが床にはいつくばらなきゃいけないのさ)
珍しい北方の布で作られたドレスにはさまざまな宝石が縫いこまれ、黄金の輝きを持つブロンドには大きなダイヤの王冠が飾られていた。真っ白な肌とサファイアの瞳、見るからに気品があり生まれ持った威厳がミラルカのような者を畏怖させる。ミラルカらの通された大広間は生まれて初めて見た豪華な場所であった。クリスタルのシャンデリアがいくつも灯り、大理石の床にはプリセス王国産の絨毯が引きつめられていた。これだけで一体何千ゴ-ルドかかるだろう。両側に控えた騎士や貴族達の派手派手しい装備やもったいぶった動作にミラルカは嫌悪を覚えた。王女の賛美の言葉が続く。
「本当にそなた達の偉勲には何をもって報いればよいでしょう。何なりと申すがよい。宝石など持ってはおらぬでしょう。それとも身につけた事がないような美しいドレスがよいかしら。そうだわ、そなたらの身支度を整えさせて大広間での宴を催しましょうか」
ミラルカは落胆の色を隠せなかった。ドレスも宝石も今のミラルカには必要なかったし、何よりも王女がミラルカらを見下しているのが悔しい。
「恐れながら王女様に申しあげます。宝石やドレスなど私共には必要ないもの。飾らずともこの身は十分生きております。どうかお気づかいなさいませぬよう」
精一杯の皮肉も世間知らずの王女には通じないらしい。
「まあ、謙虚な事」
その夜、ミラルカの一行は小さな控え室でささやかな食事を与えられただけであった。
「ミラルカのお陰で報酬を貰い損ねたじゃないか。まったく」
「ふん、悪かったね。なにが見た事もないドレスだい。馬鹿にしやがって」
やけくそになって酒を飲むミラルカにサラが済まなそうに言った。
「申し訳ありません。王女様に悪気はないのです」
「いいんだよ。あんたのせいじゃない。このおたんこなすのせいさ」
ファラはサラをなぐさめた。
「ミラルカさん、私には貰っていただけるような宝石などありませんが、せめてこれをお受け取り下さい」
サラは自分の首に下げていた金の鎖をはずした。先には真っ赤な石がぶら下がっていた。「なんだい、あんたから何か貰おうなんて考えちゃいないよ。しまっときな」
「いいえ、それでは私の気が済みません。これはそんなに高価な物ではありませんが、私の祖母から伝えられた物です。私にとっては守護の石、あなたにも御加護がありますように」
「ばあちゃんに貰ったもんなら、尚更だよ。そんな大事なもん、貰えないね」
つっぱねるミラルカにサラも強情に引き下がらない。見かねたファラが、
「貰っときな。せっかくの好意だ、おろそかにすんじゃない」
と言いミラルカはようやく赤の石を首に下げ、礼を言った。
「ありがとう。あんたの事は忘れないし、石は大事にするからね」
サラは嬉しそうに笑った。
「さあ、とんだ寄り道をしちまった。さっさとこんな所は出ていくよ。アレゾのお宝があたし達を待ってるんだ」
ミラルカとファラは意気揚々と城を後にした。
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