テキサス王の花嫁

猫又

文字の大きさ
上 下
16 / 17

喧噪

しおりを挟む
「こんな貧乏牧場、売っぱらっちまってよかったんだぞ! それをお前らが泣いて頼むから残してやったんじゃねえか! ああん? 恩知らずなのはどっちだだ!」
 とドラゴが大声で怒鳴った。
「よくもそんな事を言えるわね。先代が亡くなった時に、牧場は赤字だったじゃないの。それもこれもドラゴが借金の尻ぬぐいをさせてたからでしょ。その借金を返し、テキサス一、二を争うほどの大牧場にしたのはルークじゃないの」
 エイラは顔を真っ赤にして言った。
 ドラゴには言ってやりたいことがたくさんあり、それをずっと我慢していた部分もあったので、一度言い出したら、自分でも止まらなくなってしまっていた。
「もう、よせ、エイラ」
 と夫のジョージがエイラの腕を押さえた。
 妻の言い分は何の引け目もなく正論であるが、ドラゴを怒らせたら本当に牧場を売ってしまうだろう、とジョージは思った。自分たちだけならまだしも、先代からこの牧場に住んで働き、年をとり引退目前の牧童も多数いるのだ。そうなると彼らの生きがいや住む場場所も無くしてしまう事になる。 
 引退する牧童にはルークが盛大なパーティと十分な退職金を渡すのが慣例だが、一気に何十人もの解雇に対応出来る保証はない。牧場を売った金はドラゴが懐に入れてしまうのは明白だ。
 ジョージに止められ、エイラは口を閉ざした。
「エイラもジョージもいつだって辞めてくれて構わないんだぞ?」
 とドラゴが言った。
「そんなに俺に不満があるなら、辞めればいいじゃねえか。どうなんだ!」
 ドラゴは怒った勢いでテーブルをドンっと叩いた。
 酒瓶が倒れ、料理の皿の上に酒がこぼれた。

 アリスはビクッと身を縮めた。
 亡き母も父も穏やかで、大声で叱咤されることに慣れてないアリスは恐怖を覚えた。
 継母のエレインはヒステリックに甲高い声で攻撃するように話す女だったので、アリスはそのような口調の人間が苦手だった。
 目の前にいる男はまさしく攻撃的な人間だったが、それが自分の夫になる男だと認識していてもドラゴの怒号にアリスは心が締め付けられるような気がした。
 ルークはアリスが両手で自分の腕をぎゅっと掴んでいるのに気がついた。
 かすかに身体も震えている。
「食事時にやめてくれ。これまで通りにドラゴには仕送りをするし、好きなようにすればい。だから牧場の事は放っておいてくれ。雇い人も何十人もいるし、皆、生活がかかってるんだ。牧場を売るなんて言葉にも出さないでくれ。不安が広がるだけだ。ここに滞在するのも好きなだけいればいいが出産が近い牛が何頭もいるんだ。俺たちは忙しい、邪魔だけはしないでくれ」 
 とルークが言った。
 ドラゴは「ケッ」と言って、酒瓶を取り上げラッパ飲みをした。
「けど」
 とルークが話を続けた。
「もう十分に好きな事をしてきただろう? そろそろドラゴも牧場の仕事をやってみたらどうだ?」
「はあ?」
「ガキの頃は馬に乗って、見回りについて走っただろ。馬や牛の出産にも徹夜でついてやったりした。嫌いじゃないはずだろ」
 ルークの言葉にドラゴはふんっと鼻で笑った。
「ガキの頃の話だ。お前は糞まみれでも平気だろうが、俺は嫌だね」
「そうなら仕方ない。ごちそう様、牛舎に行ってくる」
 ルークはフォークを置いて立ち上がった。
「け」
 とドラゴは言い、アンジーの腰を抱いてから立ち上がった。
「おい! 部屋に酒持ってこい!」
 そう言うと、ドタドタとダイニングを出て行った。  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

処理中です...