イージー・ゲン・ライダー

猫又

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龍司の罪

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 ガス欠寸前のTWを満腹にしてやってから、俺はユニットを作動させた。来た時と同じに奇妙な道を通った。次元と重力の関係だろうか、もの凄い力で体があちこちへ引っ張られる。こいつは車酔いをする奴には向かないな。頭をつかんで揺さぶれれているような感触だ。
目をつぶってしばらく我慢しているうちに急に体が楽になったので、俺はそっと目を開けた。真夜中の国道沿い。さっきガスをいれたセルフのスタンドがすぐそこにある。郊外にある大学の近くなので、早朝には車の通りがまだあまりない。
 自分の世界に戻っているのか、いないのかはすぐには分からなかった。さっきまでと少しも世界は変わっていない。ここから俺の部屋まで二時間はかかる距離だ。少しは肌寒い早朝を俺は必死で走った。いや、必死で走ったのはTWで俺はまたがっていただけだが、こいつも本来の相棒に会いたいだろう。俺も自分の錆びたTWがやけに懐かしかった。龍司はこいつをよく手入れしていたのだと思う。よく走る。ピカピカだったのに、この雨と跳ねた泥でどろどろだ。龍司に洗ってもらえよ。今度から俺もちゃんと手入れしてやろうと思った。
 自分の部屋にたどりついた時にはもう辺りは明るくて、世間は動き始めていた。さっきまでいた世界と少しも違いはないようで、どこかは違うんだろう。アパートの駐輪場に俺のTWは停まっていなかった。二階に上がってドアノブを回してみたが、鍵がかかっている。ついでに美香子さんの部屋を覗いてみると、すでに空き家になっていた。向こうの美香子さんはこちらで処理されてしまったんだな。
 またTWにまたがる。次の行き先は母親が入院している療養所だ。龍司はそこにいると思うが、もしかして目的を達成したならばすでに姿をくらましているかもしれない。
 目的とは俺の母親を殺す事だろう。龍司の部屋で何枚も出て来た日付の違う新聞記事。 あれは日付どころか本来は別の次元の世界で発行されたものだ。
 そしてすべてが斉藤智子が死んだ記事だった。
 本来なら、どの斉藤智子も八月二十五日に死ぬべきだった。そして大多数の母親が死んだ。死に方に違いはあったかもしれないが、皆が死んだ。死ぬべきだった。
 だが、死んでいない者もいたのだ。俺の母親のように。そして龍司は生き残った俺の母親が許せなかったのだ。龍司は次元の転移を繰り返し、生き残った母親達を殺していったんだろう。それがあの新聞記事だ。
 どうして、と思うし、分かるような気もする。
 だって、俺が龍司だから。
 たまたま手に入れた次元を転移するユニット。
 面白半分で別の次元の自分を見に行った。
 一人になってもがんばってるはずだった。
 龍司のように。
 だが、そこには生き残った母親がいたんだろう。
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