土御門十二神〜赤の章〜

猫又

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式神達の想い

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「ガオー」
 と黄虎が二体の会話に割って入った。
「何だって?」
 黄虎の視線の先から長い長い廊下を何人かの人間が歩いて来る。
「おやまぁ、あれが御当主の左京様だよ」
 と銀猫が言った。赤狼はそちらへ視線を送った。当主には何の興味もないが、その背後には見覚えのある式神が付き添っている。
 水色の蛇と濃緑の鼬だった。
「久しぶりだにょん」
 と水蛇が言い、
「赤狼さん! 復活したんですね! よかった! 心配したんすよ!」
 と緑鼬が言った。
「おう」
 とだけ赤狼は答えた。当主の左京が赤狼を見上げて、
「お前が赤狼か。噂は聞いているぞ」
 と言った。
 土御門左京はスーツ姿でビジネスマンのような雰囲気を醸し出していた。
「かなり強いらしいな。確かに凄まじい妖気を感ずる」
 赤狼は返事もせずに当主の目の前から姿を消した。
 これは式神として働く意志のない事の表明だ。
 千年もの昔、安倍晴明の時代より当主に使役されてきた式神達は「好ましくない当主の元では働かなくても良い」という晴明自身の言質を取っている。それは安倍家に伝わる巻物にも書かれており、それだけ晴明は式神を大切な家族のようにしていた。だからこそ式神は百まで増え、全く働かない者もいれば積極的に働く者もいた。安倍~土御門の当主や陰陽師達と気の合う者、合わない者、人間が好きな者、嫌いな者と式神達も様々だ。
「すみませんねぇ。御当主、なんせ二百年の眠りから覚めたばかりなんでねぇ」
 銀猫がにゃーんと鳴いた。
「構わん。ずいぶんと強い奴だな」
「ええ、赤狼は三の位ですからねえ」
「三の位? そうか、凄まじい殺気、溢れ出る妖気……さらにあの美しさ」
 当主が興味深そうな顔でそう言った。
「あいつは御当主の式神にはならないにょん。赤狼の主は一人だけにょん」
 と当主の身体に巻き付いていた水蛇が言った。
「本当か? 水蛇」
「そうにょん」
「赤狼は誰を主としている?」
「桜姫だにょん」
「桜姫? それは一体誰の事だ?」
「十四年前に転生してきた土御門桜子だにょん」
「桜子? その者は知っている。父親は有能な霊能者だったが族外の者と結婚した。だが生まれた子は霊能力に恵まれなかったはずだ」
「そんなはずないにょん。桜姫は再生の見鬼。それも素晴らしく濃厚な癒やしの霊気。転生したからってそれが失われているはずがないにょん」
 銀猫があちゃーという顔で自分の身体をぺろぺろと舐め、それから前足を揃えて座り、顔を埋めて寝たふりに入った。
「水蛇……それ言っちゃ駄目だって……」
 自分にとばっちりが来るのは困るので緑鼬も慌てて姿を消す。
「本当か? あの子は中学生に上がるまでは少しも霊能力が感じられなかったが、確かに霊能力の開花する年齢に誤差はある。しかしそれなら如月から報告が入るはずだ……」
 当主は背後に控えていた配下の陰陽師に声をかけて、
「如月をすぐに呼び戻しなさい」 
 と言った。
 そして銀猫の方を見て、
「何故、お前達は土御門桜子の事を私に隠していたんだね?  水蛇も緑鼬も私の式神ではないのかね? 銀猫、お前も十二神に名を連ねて土御門に仕える身、当主に対してそれくらいの忠告はしてもよかろう。お前達は勝手気まますぎると思わんかね?」
 怒った風ではなく当主は穏やかな口調で銀猫に聞いた。
「すいませんねえ、御当主。確かにあたしらは土御門の式神だが、身を削って仕えたい主は自分で決めるんですよ。自分の感覚で主を見極めるのがあたしらのやり方です」
「それは知っている。今までも望まぬ者に無理に働かせた覚えはない。だが桜子は再生の見鬼なのだろう? 滅多に生まれぬ貴重な再生の霊能力ではないか」
 銀猫は身体を起こして、前に伸び後ろに伸びをしてから当主の前にきちんと座り直した。
「御当主……あなたは人間で百年生きるかどうかの生物だ……だがあたしらはもう何百年も存在している。消滅すればそれまで、輪廻転生の輪に入れない生き物さ。そうしたあたしらが主と見込んで自らの存在をかけて仕える人間はそうそういませんよ。赤狼はね、二百年前に桜姫を守って爆死……自爆したんですよ。もう五十年もすれば老衰で勝手に死ぬ人間をね。そこで赤狼が桜姫を守ろうが見殺しにしようが、歴史はたいして変わっちゃいないんですよ。それでも赤狼は桜姫を守りたかった。あなた方にしたら式神が主を守るのは当然だと思うでしょうが、あたしらだって生きてるんだ。自分の存在をかけても守りたいと思う人間しか主と認めたくない。桜姫はいい主でしたよ。あたしら十二神をね、友達のように扱ってくれた。二百年前の魑魅魍魎が往来をでかい顔してのさばっていた時代、桜姫は安倍家の見鬼だったが、いつだってあたしらの安全だけを考えてくれた。赤狼や水蛇、緑鼬が危険な戦いに駆り出された時はご自分が気を失うまで式神の妖気を癒やして再生してくれたんですよ。そんな人だから悪妖にはすぐに目をつけられ、何度もさらわれたり、危険な目にあった。そんな桜姫を救う為に赤狼は悪妖諸共自爆を選んだんですよ。そして二百年たってようやく元の赤狼に再生出来た。それも運が良かったとしか言い様がない。下手すりゃ、今生では会えず、来世に持ち越しになる場合もある。でも十四年遅れだが赤狼は眠りから覚めた。だから一番に姫に名乗りを上げるのは赤狼ってあたしらは決めてたんですよ」
「なるほど、お前達の気持ちは理解した。桜姫はさぞかしよい主だったのだな」
「桜姫の式神は赤狼だけで他の者はそれぞれに当主についたり陰陽師についてましたが、桜姫はそんなの関係なく皆を癒やしてくれましたよ。だから十二神はみんな桜姫が大好きでしたよ」
 銀猫は目を細めてにゃーんと鳴いた。
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