31 / 58
式神達の想い
しおりを挟む
「ガオー」
と黄虎が二体の会話に割って入った。
「何だって?」
黄虎の視線の先から長い長い廊下を何人かの人間が歩いて来る。
「おやまぁ、あれが御当主の左京様だよ」
と銀猫が言った。赤狼はそちらへ視線を送った。当主には何の興味もないが、その背後には見覚えのある式神が付き添っている。
水色の蛇と濃緑の鼬だった。
「久しぶりだにょん」
と水蛇が言い、
「赤狼さん! 復活したんですね! よかった! 心配したんすよ!」
と緑鼬が言った。
「おう」
とだけ赤狼は答えた。当主の左京が赤狼を見上げて、
「お前が赤狼か。噂は聞いているぞ」
と言った。
土御門左京はスーツ姿でビジネスマンのような雰囲気を醸し出していた。
「かなり強いらしいな。確かに凄まじい妖気を感ずる」
赤狼は返事もせずに当主の目の前から姿を消した。
これは式神として働く意志のない事の表明だ。
千年もの昔、安倍晴明の時代より当主に使役されてきた式神達は「好ましくない当主の元では働かなくても良い」という晴明自身の言質を取っている。それは安倍家に伝わる巻物にも書かれており、それだけ晴明は式神を大切な家族のようにしていた。だからこそ式神は百まで増え、全く働かない者もいれば積極的に働く者もいた。安倍~土御門の当主や陰陽師達と気の合う者、合わない者、人間が好きな者、嫌いな者と式神達も様々だ。
「すみませんねぇ。御当主、なんせ二百年の眠りから覚めたばかりなんでねぇ」
銀猫がにゃーんと鳴いた。
「構わん。ずいぶんと強い奴だな」
「ええ、赤狼は三の位ですからねえ」
「三の位? そうか、凄まじい殺気、溢れ出る妖気……さらにあの美しさ」
当主が興味深そうな顔でそう言った。
「あいつは御当主の式神にはならないにょん。赤狼の主は一人だけにょん」
と当主の身体に巻き付いていた水蛇が言った。
「本当か? 水蛇」
「そうにょん」
「赤狼は誰を主としている?」
「桜姫だにょん」
「桜姫? それは一体誰の事だ?」
「十四年前に転生してきた土御門桜子だにょん」
「桜子? その者は知っている。父親は有能な霊能者だったが族外の者と結婚した。だが生まれた子は霊能力に恵まれなかったはずだ」
「そんなはずないにょん。桜姫は再生の見鬼。それも素晴らしく濃厚な癒やしの霊気。転生したからってそれが失われているはずがないにょん」
銀猫があちゃーという顔で自分の身体をぺろぺろと舐め、それから前足を揃えて座り、顔を埋めて寝たふりに入った。
「水蛇……それ言っちゃ駄目だって……」
自分にとばっちりが来るのは困るので緑鼬も慌てて姿を消す。
「本当か? あの子は中学生に上がるまでは少しも霊能力が感じられなかったが、確かに霊能力の開花する年齢に誤差はある。しかしそれなら如月から報告が入るはずだ……」
当主は背後に控えていた配下の陰陽師に声をかけて、
「如月をすぐに呼び戻しなさい」
と言った。
そして銀猫の方を見て、
「何故、お前達は土御門桜子の事を私に隠していたんだね? 水蛇も緑鼬も私の式神ではないのかね? 銀猫、お前も十二神に名を連ねて土御門に仕える身、当主に対してそれくらいの忠告はしてもよかろう。お前達は勝手気まますぎると思わんかね?」
怒った風ではなく当主は穏やかな口調で銀猫に聞いた。
「すいませんねえ、御当主。確かにあたしらは土御門の式神だが、身を削って仕えたい主は自分で決めるんですよ。自分の感覚で主を見極めるのがあたしらのやり方です」
「それは知っている。今までも望まぬ者に無理に働かせた覚えはない。だが桜子は再生の見鬼なのだろう? 滅多に生まれぬ貴重な再生の霊能力ではないか」
銀猫は身体を起こして、前に伸び後ろに伸びをしてから当主の前にきちんと座り直した。
「御当主……あなたは人間で百年生きるかどうかの生物だ……だがあたしらはもう何百年も存在している。消滅すればそれまで、輪廻転生の輪に入れない生き物さ。そうしたあたしらが主と見込んで自らの存在をかけて仕える人間はそうそういませんよ。赤狼はね、二百年前に桜姫を守って爆死……自爆したんですよ。もう五十年もすれば老衰で勝手に死ぬ人間をね。そこで赤狼が桜姫を守ろうが見殺しにしようが、歴史はたいして変わっちゃいないんですよ。それでも赤狼は桜姫を守りたかった。あなた方にしたら式神が主を守るのは当然だと思うでしょうが、あたしらだって生きてるんだ。自分の存在をかけても守りたいと思う人間しか主と認めたくない。桜姫はいい主でしたよ。あたしら十二神をね、友達のように扱ってくれた。二百年前の魑魅魍魎が往来をでかい顔してのさばっていた時代、桜姫は安倍家の見鬼だったが、いつだってあたしらの安全だけを考えてくれた。赤狼や水蛇、緑鼬が危険な戦いに駆り出された時はご自分が気を失うまで式神の妖気を癒やして再生してくれたんですよ。そんな人だから悪妖にはすぐに目をつけられ、何度もさらわれたり、危険な目にあった。そんな桜姫を救う為に赤狼は悪妖諸共自爆を選んだんですよ。そして二百年たってようやく元の赤狼に再生出来た。それも運が良かったとしか言い様がない。下手すりゃ、今生では会えず、来世に持ち越しになる場合もある。でも十四年遅れだが赤狼は眠りから覚めた。だから一番に姫に名乗りを上げるのは赤狼ってあたしらは決めてたんですよ」
「なるほど、お前達の気持ちは理解した。桜姫はさぞかしよい主だったのだな」
「桜姫の式神は赤狼だけで他の者はそれぞれに当主についたり陰陽師についてましたが、桜姫はそんなの関係なく皆を癒やしてくれましたよ。だから十二神はみんな桜姫が大好きでしたよ」
銀猫は目を細めてにゃーんと鳴いた。
と黄虎が二体の会話に割って入った。
「何だって?」
黄虎の視線の先から長い長い廊下を何人かの人間が歩いて来る。
「おやまぁ、あれが御当主の左京様だよ」
と銀猫が言った。赤狼はそちらへ視線を送った。当主には何の興味もないが、その背後には見覚えのある式神が付き添っている。
水色の蛇と濃緑の鼬だった。
「久しぶりだにょん」
と水蛇が言い、
「赤狼さん! 復活したんですね! よかった! 心配したんすよ!」
と緑鼬が言った。
「おう」
とだけ赤狼は答えた。当主の左京が赤狼を見上げて、
「お前が赤狼か。噂は聞いているぞ」
と言った。
土御門左京はスーツ姿でビジネスマンのような雰囲気を醸し出していた。
「かなり強いらしいな。確かに凄まじい妖気を感ずる」
赤狼は返事もせずに当主の目の前から姿を消した。
これは式神として働く意志のない事の表明だ。
千年もの昔、安倍晴明の時代より当主に使役されてきた式神達は「好ましくない当主の元では働かなくても良い」という晴明自身の言質を取っている。それは安倍家に伝わる巻物にも書かれており、それだけ晴明は式神を大切な家族のようにしていた。だからこそ式神は百まで増え、全く働かない者もいれば積極的に働く者もいた。安倍~土御門の当主や陰陽師達と気の合う者、合わない者、人間が好きな者、嫌いな者と式神達も様々だ。
「すみませんねぇ。御当主、なんせ二百年の眠りから覚めたばかりなんでねぇ」
銀猫がにゃーんと鳴いた。
「構わん。ずいぶんと強い奴だな」
「ええ、赤狼は三の位ですからねえ」
「三の位? そうか、凄まじい殺気、溢れ出る妖気……さらにあの美しさ」
当主が興味深そうな顔でそう言った。
「あいつは御当主の式神にはならないにょん。赤狼の主は一人だけにょん」
と当主の身体に巻き付いていた水蛇が言った。
「本当か? 水蛇」
「そうにょん」
「赤狼は誰を主としている?」
「桜姫だにょん」
「桜姫? それは一体誰の事だ?」
「十四年前に転生してきた土御門桜子だにょん」
「桜子? その者は知っている。父親は有能な霊能者だったが族外の者と結婚した。だが生まれた子は霊能力に恵まれなかったはずだ」
「そんなはずないにょん。桜姫は再生の見鬼。それも素晴らしく濃厚な癒やしの霊気。転生したからってそれが失われているはずがないにょん」
銀猫があちゃーという顔で自分の身体をぺろぺろと舐め、それから前足を揃えて座り、顔を埋めて寝たふりに入った。
「水蛇……それ言っちゃ駄目だって……」
自分にとばっちりが来るのは困るので緑鼬も慌てて姿を消す。
「本当か? あの子は中学生に上がるまでは少しも霊能力が感じられなかったが、確かに霊能力の開花する年齢に誤差はある。しかしそれなら如月から報告が入るはずだ……」
当主は背後に控えていた配下の陰陽師に声をかけて、
「如月をすぐに呼び戻しなさい」
と言った。
そして銀猫の方を見て、
「何故、お前達は土御門桜子の事を私に隠していたんだね? 水蛇も緑鼬も私の式神ではないのかね? 銀猫、お前も十二神に名を連ねて土御門に仕える身、当主に対してそれくらいの忠告はしてもよかろう。お前達は勝手気まますぎると思わんかね?」
怒った風ではなく当主は穏やかな口調で銀猫に聞いた。
「すいませんねえ、御当主。確かにあたしらは土御門の式神だが、身を削って仕えたい主は自分で決めるんですよ。自分の感覚で主を見極めるのがあたしらのやり方です」
「それは知っている。今までも望まぬ者に無理に働かせた覚えはない。だが桜子は再生の見鬼なのだろう? 滅多に生まれぬ貴重な再生の霊能力ではないか」
銀猫は身体を起こして、前に伸び後ろに伸びをしてから当主の前にきちんと座り直した。
「御当主……あなたは人間で百年生きるかどうかの生物だ……だがあたしらはもう何百年も存在している。消滅すればそれまで、輪廻転生の輪に入れない生き物さ。そうしたあたしらが主と見込んで自らの存在をかけて仕える人間はそうそういませんよ。赤狼はね、二百年前に桜姫を守って爆死……自爆したんですよ。もう五十年もすれば老衰で勝手に死ぬ人間をね。そこで赤狼が桜姫を守ろうが見殺しにしようが、歴史はたいして変わっちゃいないんですよ。それでも赤狼は桜姫を守りたかった。あなた方にしたら式神が主を守るのは当然だと思うでしょうが、あたしらだって生きてるんだ。自分の存在をかけても守りたいと思う人間しか主と認めたくない。桜姫はいい主でしたよ。あたしら十二神をね、友達のように扱ってくれた。二百年前の魑魅魍魎が往来をでかい顔してのさばっていた時代、桜姫は安倍家の見鬼だったが、いつだってあたしらの安全だけを考えてくれた。赤狼や水蛇、緑鼬が危険な戦いに駆り出された時はご自分が気を失うまで式神の妖気を癒やして再生してくれたんですよ。そんな人だから悪妖にはすぐに目をつけられ、何度もさらわれたり、危険な目にあった。そんな桜姫を救う為に赤狼は悪妖諸共自爆を選んだんですよ。そして二百年たってようやく元の赤狼に再生出来た。それも運が良かったとしか言い様がない。下手すりゃ、今生では会えず、来世に持ち越しになる場合もある。でも十四年遅れだが赤狼は眠りから覚めた。だから一番に姫に名乗りを上げるのは赤狼ってあたしらは決めてたんですよ」
「なるほど、お前達の気持ちは理解した。桜姫はさぞかしよい主だったのだな」
「桜姫の式神は赤狼だけで他の者はそれぞれに当主についたり陰陽師についてましたが、桜姫はそんなの関係なく皆を癒やしてくれましたよ。だから十二神はみんな桜姫が大好きでしたよ」
銀猫は目を細めてにゃーんと鳴いた。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
月華後宮伝
織部ソマリ
キャラ文芸
【10月中旬】5巻発売です!どうぞよろしくー!
◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――?
◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます!
◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
俺の知らない大和撫子
葉泉 大和
キャラ文芸
松城高校二年三組に在籍する諏訪悠陽は、隣の席にいる更科茉莉のことを何も知らない。
何故なら、彼女は今年の四月に松城高校に転入して来たからだ。
長く綺麗な黒髪で、まるで大和撫子が現代に飛び出したような容姿をしている茉莉は、その美貌も重なって、瞬く間に学校中の人気者になった。
そんな彼女のせいで、悠陽の周りは騒がしくなってしまい、平穏な学校生活を送ることが出来なくなっていた。
しかし、茉莉が松城高校に転入してから三週間ほどが経った頃、あることをきっかけに、悠陽は茉莉の秘密を知ってしまう。
その秘密は、大和撫子のようなお淑やかな彼女からは想像が出来ないもので、彼女の与えるイメージとは全くかけ離れたものだった。
そして、その秘密のせいで更に悠陽は厄介事に巻き込まれることになり……?
(※こちらの作品は小説家になろう様にて同時連載をしております)
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる
釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。
他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。
そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。
三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。
新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる