土御門十二神〜赤の章〜

猫又

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位八十四 川姫2

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「何だよ!」
 慌てて周囲を見渡すと、いつの間にか桜子の側に生徒が立っていて川姫を睨んだ。
「何だ……あんた、赤狼ってやつだね?」
 見かけは人間の若い男だが、立ち上る妖気に川姫の身が知らずに竦む。
 こいつはとうてい太刀打ちできない妖気だ、殺られる、と思った瞬間にもう川姫の身体は凍り付いたようにその場で動けなくなった。
「赤狼君」
 と桜子が赤狼に呼びかけたので、赤狼の意識が川姫から離れた。
「あんた……何者?」
「あなた、川姫さんでしょう?」
 と桜子が言ったので、川姫は驚いた。
「何であたしの事、知ってるの? あんたこそ土御門桜子でしょう? 親なし子で能なし子の」
 と川姫が言った。言った瞬間に赤狼の右手がさっと川姫の方へ差し出され、そこから発した真っ赤な炎が川姫の顔のすぐ横を切り裂いて行った。
 それは桜子が土御門で生活している時によく言われた言葉だった。霊能力のない者には容赦なく酷い言葉が浴びせられる。それは能力を競う同じ年頃の子供達の間ではよくある事だった。もちろんいじめなどが大人に見つかれば叱責されるが、そもそも心ない大人達がそういう台詞を平気で吐くからこそ子供は真に受けるのだ。
「何すんのさぁ!」
「消え失せろ、クソ野郎」
 と赤狼が睨んだ。もちろん一瞬で殺られるだろう力の関係は明らかで、川姫はひいっと後ろに下がった。その時、川姫の着物の袂から白い球がころんと転げ落ちたが彼女はそれに気がつかない。
「赤狼君! こういうの慣れてるから平気よ。それより、あなた川姫さんでしょう? 私に何か?」
「あんた……どうしてあたしが視えるのさぁ? 霊的能力はゼロだったんじゃ」
「ああ、そこ。あのね、そう、霊能力はないんだけど、少しは視えるのよ。視えるだけ」
 と桜子は言った。
 今まで何も視えない振りをしていた桜子は霊能力が開花したという事を今更土御門に知られたくなかった。
「あなた、如月様の式神でしょう? 有名だもの。それくらいは私も知ってるわ。それにそんなにはっきりと視えるわけじゃないのよ」
 と桜子は言い訳めいた事を言った。
「そうよぉ。あたしが川姫よぉ。で、そっちは何者なの?」
 有名な式神と言われて気をよくした川姫は赤狼を顎で指した。
「あんた赤狼ってんだろぉ? 学園中の土御門が探してるわよ。さっさと如月様のとこへ顔を出すんだね。痛い思いをしたくなけりゃあねぇ」
 痛い思いをさせられたのは川姫自身だが、如月の前に出れば赤狼もきっとコテンパンにやられるに違いない、と川姫は思った。
「貴様ごときがいい度胸だな」
 と赤狼が言った。その言葉だけで川姫の身が竦む。
「な、何なのさ!」
「下位の式神がこの俺に向かって吐ける言葉かどうか教えてやろう」
 赤狼の睨みだけでもう川姫はその場から動けもせず、視線すら赤狼から外す事も出来なくなる。
 赤狼の身体が霞んで、人間体からゆらっと立ち上る赤い影が川姫には視えた。  
「あ……あんた……まさか……赤狼ってまさか赤い……あの……十二神」
 川姫の口がパクパクとなり、途切れ途切れの言葉しか出てこない。
「赤狼君!! こんな昼間っから」
 と桜子が赤狼の制服の裾を引っ張った。
「昼間っからのんきにふわふわ浮いて喧嘩売ってきたのはこいつじゃねえかよ」
 赤い影がしゅっと人間体に戻り、桜子の方を向いた。
 その瞬間に川姫は一目散に逃げ出した。
「まさかまさかまさかまさか」
 と言いながら。
 すさまじい速度で二人から離れた川姫は一瞬で空高く上昇した。
 追ってこられたら命はなかったが赤狼は川姫を追いかけては来なかった。
 妖体がぶるぶると震え、川姫は消滅の危機を実感した。
「やばいよやばいよ。なんであんなやばい式神がいるんだよぉ」
 自分のような能力の低い式神は一瞬で殺られるのは分かっていた。
 めちゃくちゃ強くて短気、気まぐれに土御門の同胞である式神をも喰らい暴れる。
 赤い荒くれ者と呼ばれていた赤狼を川姫はすっかり忘れていた。
 ここ何十年も上位の式神は皆が姿をくらましていたので油断していた。
 それでも赤狼は十二式神の中ではまだ三の位なのだ。
「ああ、いやだ。いやだ」
 しばらく土御門本家の庭で大人しくしていた方がよさそうだ。
 関わり合いにはなりたくないとばかりに川姫はなるべく妖気を押さえて姿を消した。
 
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