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土御門桜子
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土御門桜子はおどおどと聞き取れない声で授業を進める佐山綾子の方を見ていたが、視線は黒板ではなく綾子の肩の辺りを見ていた。
今日も誰にも視えてはいないようだけど、と桜子は思った。
綾子の肩に黒いモノが視えるのはこのクラスで桜子だけのようだった。
初めはぼんやりとした黒いもやのようだったが、一ヶ月も過ぎた今それははっきりとした形になってきていた。それはネズミのような顔をした小さな人間だった。歪んだ顔で、身体は人間のような四肢だが毛むくじゃらだった。しゃがみこんだような形で綾子の肩に乗っかっている。
良くないモノなのは分かっていたが、綾子の肩にずっと乗っているだけで他の生徒に悪さをするわけではなさそうだ、と桜子は思っていた。毎日毎日観察しているが、多少綾子の身体が疲れた様子なのは、あの良くないモノに生気を吸われているからでそれ以外に取り立てた変化はない。だがいつかは綾子はあの良くないモノに生気を吸い尽くされてしまうだろう。そうなると綾子は死んでしまうのは確実だ。
桜子は膝の上で左手を開いた。
意識を集中すると、その手のひらにうっすらと緑色の靄のようなモノが集まり始めた。
それが手のひらの上で一円玉くらいの大きさになると桜子はそれを右手の人差し指でぴんっと弾く。弾かれた一円玉大の緑色の塊は手のひらから大きく弧を描き、担任の綾子の方まで飛んで行った。
誰の目にも映らないそれは綾子の視界にも入らず、黒板にあたってから教卓の上に落ちた。すると綾子の肩に乗っていた小さなネズミのような人間がそれに気がついた。慌てたような仕草で綾子の肩から飛び降りると転がるように走り、教卓の上のそれに飛びついた。
そしてネズミ人間は歓喜の表情を浮かべ、その緑色のモノにかぶりついた。
そのすぐ後に授業終了のチャイムが鳴ったが綾子が、職員室へ去って行って生徒達が動き出してもネズミ人間はそのまま教卓の上にいた。
桜子は席を立って教卓に近づく。
手には分厚い教科書を持っている。
教卓の上のネズミ人間はまだ緑色のモノに夢中だ。
桜子はネズミ人間の頭上に振り下ろそうと分厚い教科書を振り上げた。
バンッ!
と響く音がして、教室中の生徒が振り返った。
「赤狼君、何やってるの?」
と小走りでやってきたのは真理子だった。
「虫がいたから」
と赤狼は言い、教卓を叩いた手をぱんぱんと払った。
「虫? あれ、桜子は何してるの?」
「べ、別に……」
桜子は自分の頭の上に振り上げていた教科書を下ろした。
虫がいたというのはいいわけで、赤狼が教卓の上にいたねずみ人間をぐしゃっと潰したのを桜子は見た。別に血が出て内臓が飛び出たわけではなく、赤狼の手によって潰された身体は塵となって四散して消えた。あれは闇で蠢く奇怪な悪霊や妖に属するモノで、中でも動物霊が取り憑いた低級な霊だった。人間に憑き、その生体エネルギーを吸って生きながらえているモノだ。珍しいモノではなくどこにでもいる。教室の片隅や体育館の用具室、校舎の裏庭、校長室の戸棚のトロフィーカップの中になど。
悪霊や奇怪な妖達は生体エネルギーを吸うために人間に憑りつく。憑りつくのは健康な人間よりも体調の優れない人間やストレスで弱った人間のほうが簡単だ。
そして幼稚園児から大学生、その保護者、そして彼らを指導する立場の人間、出入り業者など莫大な数の人間が通うこの巨大な学園は恰好の餌場だった。
今日も誰にも視えてはいないようだけど、と桜子は思った。
綾子の肩に黒いモノが視えるのはこのクラスで桜子だけのようだった。
初めはぼんやりとした黒いもやのようだったが、一ヶ月も過ぎた今それははっきりとした形になってきていた。それはネズミのような顔をした小さな人間だった。歪んだ顔で、身体は人間のような四肢だが毛むくじゃらだった。しゃがみこんだような形で綾子の肩に乗っかっている。
良くないモノなのは分かっていたが、綾子の肩にずっと乗っているだけで他の生徒に悪さをするわけではなさそうだ、と桜子は思っていた。毎日毎日観察しているが、多少綾子の身体が疲れた様子なのは、あの良くないモノに生気を吸われているからでそれ以外に取り立てた変化はない。だがいつかは綾子はあの良くないモノに生気を吸い尽くされてしまうだろう。そうなると綾子は死んでしまうのは確実だ。
桜子は膝の上で左手を開いた。
意識を集中すると、その手のひらにうっすらと緑色の靄のようなモノが集まり始めた。
それが手のひらの上で一円玉くらいの大きさになると桜子はそれを右手の人差し指でぴんっと弾く。弾かれた一円玉大の緑色の塊は手のひらから大きく弧を描き、担任の綾子の方まで飛んで行った。
誰の目にも映らないそれは綾子の視界にも入らず、黒板にあたってから教卓の上に落ちた。すると綾子の肩に乗っていた小さなネズミのような人間がそれに気がついた。慌てたような仕草で綾子の肩から飛び降りると転がるように走り、教卓の上のそれに飛びついた。
そしてネズミ人間は歓喜の表情を浮かべ、その緑色のモノにかぶりついた。
そのすぐ後に授業終了のチャイムが鳴ったが綾子が、職員室へ去って行って生徒達が動き出してもネズミ人間はそのまま教卓の上にいた。
桜子は席を立って教卓に近づく。
手には分厚い教科書を持っている。
教卓の上のネズミ人間はまだ緑色のモノに夢中だ。
桜子はネズミ人間の頭上に振り下ろそうと分厚い教科書を振り上げた。
バンッ!
と響く音がして、教室中の生徒が振り返った。
「赤狼君、何やってるの?」
と小走りでやってきたのは真理子だった。
「虫がいたから」
と赤狼は言い、教卓を叩いた手をぱんぱんと払った。
「虫? あれ、桜子は何してるの?」
「べ、別に……」
桜子は自分の頭の上に振り上げていた教科書を下ろした。
虫がいたというのはいいわけで、赤狼が教卓の上にいたねずみ人間をぐしゃっと潰したのを桜子は見た。別に血が出て内臓が飛び出たわけではなく、赤狼の手によって潰された身体は塵となって四散して消えた。あれは闇で蠢く奇怪な悪霊や妖に属するモノで、中でも動物霊が取り憑いた低級な霊だった。人間に憑き、その生体エネルギーを吸って生きながらえているモノだ。珍しいモノではなくどこにでもいる。教室の片隅や体育館の用具室、校舎の裏庭、校長室の戸棚のトロフィーカップの中になど。
悪霊や奇怪な妖達は生体エネルギーを吸うために人間に憑りつく。憑りつくのは健康な人間よりも体調の優れない人間やストレスで弱った人間のほうが簡単だ。
そして幼稚園児から大学生、その保護者、そして彼らを指導する立場の人間、出入り業者など莫大な数の人間が通うこの巨大な学園は恰好の餌場だった。
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