ヤクドクシ

猫又

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小児性愛に効く薬毒

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「可愛い可愛いあんたの奥さんはこれでもうよそ見をする事はない。永遠にあんたの、あんただけのものさ」

 冷たい声でそう言った店主の顔を客は見た。
 にやりと笑うその表情は酷く整っているが、酷く醜悪にも見えた。
 その客は年配の男で、生きてきた年月の苦渋をそのまま顔に刻み込んだような風貌をしていた。赤黒い顔にたるんだ肌、ごつごつとした指で差し出された薬袋をつまみ、恐ろしい物を見る様な目で薬袋を見た。
「にゃお」
 店主の膝の上の黒猫が促すかのように鳴いた。
 客は上着の胸ポケットに薬袋をねじ込んだ。
 代わりに鞄から銀行の名のある分厚い封筒を取り出し、カウンターの上に置いた。
 店主はちらっと封筒を見てから、
「どうも」
 と言った。
 店主の声に少しだけ頭を下げて、客はジャケットの布地の上からその薬袋の入った場所を押さえるような格好のまま店を出て行った。

「ただいま」
 ひょいと店の奥から顔を出したのはセーラー服を着ている美少女だった。
 おかっぱ頭で陽気な笑みを浮かべている。
「おう、ハナ」
 と店主が振り返った。
 年の項は三十代半ばほどか、よほど鍛えているのか筋肉隆々の立派な体格である。
 黒髪に目鼻の通った男前だがどこか冷酷さが浮かぶような笑みをする。
 甚平を着て、どっかりとあぐらをかいたその膝に真っ黒な猫が座っていてハナと呼ばれた少女を見上げた。大きなあくびをしてから店主の膝上から降りて前後に伸びをする。
 それからたたたっとハナの肩の上に駆け上がった。
「ただいま、ドゥ」
 ハナは黒猫の背中を撫でてやった。
 猫は嬉しそうに喉を鳴らせながらハナの首筋に頭こすりつけた。
「何が売れたの?」
「腐らない毒」
「ああ、浮気症の奥さんを殺しちゃった人ね? 腐らないようにして保存したいんだっけ? 浮気性の女なんて殺す価値もなくない? 女なんて星の数ほどいるのに」
 あっけらかんと言い放つハナに店主は眉をひそめた。
「愛してるんだろ。ずっと自分の側に置いておきたいとよ」
「死体を? 動きも微笑みもしないのに?」
「もう二度と自分の元から去って行かないっていう安心を買ったのさ。あのお客さんは」
「でもきっと失敗するわね」 
 ハナがケケケと笑った。
「どうかな?」
「人間は失敗する生き物だからさ。きっとハヤテに言われた薬毒の使い方もちゃんと耳に入ってないに違いないわ」
 ハナはまたケケケと笑った。                                  

 古民家の玄関口を改装して、カウンターのような格好にしてあるこの店は「薬毒店」である。看板もなにもなくただ表札に名字の代わりに薬毒店と書いてあるだけだった。
 中に入れば客用の古い椅子が一つ。古めかしい薬箱やどこの言葉だか分からない文字書き綴った冊子があちらこちらに積まれている。
 三方を囲む壁は棚になっており、瓶詰めの標本や、得体の知れない小動物の死体の様な物がたくさん置いてある。
 カウンターの向こう側には店番の者が座る椅子に古めかしい机。
 その奥は住居に通じるドアになっている。
「今日はもう客はこないようよ」
 とハナが言った。
「じゃあ、ちっと早いが店じまいだな」
 とハヤテと呼ばれた店主が時計を見て立ち上がった。
 柱の時計は午後四時を指している。

「中学校はどうだ? 馴染めてんのか?」
 と食卓で向かい合い夕食の最中にハヤテが聞いた。
「ハヤテのうさんくさい商売よりは馴染めてるよ」
 と生意気な調子でハナが返した。
「うさんくさいとは失礼な。うちの薬毒店はきちんと人様の役に立ってる。ハナも今度はちゃんと学校へ行って、人様に馴染むんだぜ。いいな」
「はいはい」
 嫌々ながらにでもハナは素直に返事をした。
 今度の街は楽しそうだからだ。
 街のあちらこちらに諍いの種が落ちている。
 この街に来た早々に、薬毒がいくつも売れた。
 宣伝もしないのに、客はあちらこちらからふらふらとこの店を嗅ぎ分けてやってくる。
 自分に都合のいい薬毒を欲しがって。
 だが薬毒は魔法の粉ではない。
 用量、用法を守ってお使いください、だ。
 最後まできちんと服薬するとか、決まった回数を決まった時間に飲むとか、ほんの些細な決まり事さえ守ればいいのだが、それさえ守れない人間の多いこと。

「ごちそうさま」
 と言った後、ハヤテが一包みの薬毒を差し出した。
「飲んどけよ……」
 ハナはハヤテが差し出した白湯の湯飲みを受け取って、
「うん」
 と肯いた。夕食後三十分以内に一包服用するのが決まりだ。 
「そろそろ長の所へ薬毒を取りに行かなければならない。留守番を頼むぞ」
「うん、大丈夫だよ」
 とハナがコトンと湯飲みを置いて言った。
「そうか、じゃあ二、三日で戻る」
 そう言いながら食器をかたづけようと立ち上がるハヤテの言葉にハナはにやっと笑った。
「ハナ、人間の子供に薬毒を売るなよ 長にきつく言われてるだろう」
「分かってるよ。ハヤテ、人間の子供なんてうっとしいだけさ」
 すましてそういうハナにハヤテは不安そうな顔をした。
 万が一何か起こっても、この少女は自分で解決出来る力量があるのは分かっているが、 騒動を面白おかしくしてしまう才能も抜群なのだ。
 だが薬毒を求める人間達の為にこの薬毒店は万全の品揃えが自慢である。
 その為には薬毒の製毒師の元へ頻繁に材料を求めに行かなければならない。
 このトラブルメーカーを置いて行くのは毎度毎度心配だが、しょうがない。
 騒動を起こさなくなる薬毒はないもんか、と切に思うのだが、どんな薬毒、毒草、生物毒、毒兵器にも耐えうるハナには何ともしようが無い。 
 なるべく早く戻ってきて、ハヤテが目を光らせるしかないのである。
 その夜のうちにハヤテは出かけて行った。
「ドゥ、頼むぜ。ハナに目を光らせててくれ。土産に上等のマタタビ、貰ってきてやるからよ」
「にゃお!」
 ガッテンだ!と言う風な拍子で黒猫ドゥが答えた。
 ドゥの返事に気をよくしたハヤテは安心して出かけて行った。
 その後、階下での物音を耳にして、ドゥはちっと舌打ちをしてから地下室への階段をあたったったと駆け下りて行った。
「何をやってんでぃ」 
 階段の途中から地下室をのぞき込んだドゥが声をかけた。
「ちょっと薬毒が必要になるかも……だから」
 壁一面にこしらえられた引き出し、それは何百もあり、細かく精密に作られていた。
 その引き出しの一つ一つがきちんと番号や種類で分別してあった。 
 ハナはその中の一つの取っ手に手をかけた。
「ハヤテさんに怒られるぞ。おいらも目を光らせててくれって言われてるんだがな」
「ハヤテが戻るまでに補充しとくよ。だいたい、ドゥが見つけてきたんでしょ!」
「まあ、そうだが。ハナちゃんがそんなに親身になってやるとも思わなかったな。あの姉妹によ」
 ハナ、ハヤテとともにこの街にやってきて黒猫ドゥが散歩がてらに屋根から屋根、近所の空き地、廃ビルの屋上などを探索した結果、見つけた新しい客は中学生と小学生の姉妹だった。
「継父にいじめられててさ」と野良猫のボスが言った。
「機嫌が悪けりゃ家にも入れてもらえない。何時間でも空き地の土管の中でいるさ。二人でな」
「それだけじゃないさ。小学生の妹の方はロリコンの継父の餌食さ。姉が学校に行った後に妹だけ休ませてさ、裸にして体中なめ回した後に、写真とって小遣い稼ぎだ。世も末だねぇ」
 気のいい野良猫たちが代わる代わる話す胸糞の悪くなるような話を仕入れてしまったのは確かに黒猫ドゥだ。
 それをハナに話してしまったのはドゥの落ち度だ。
 薬毒は商売であり、決して安くはない。
 そして慈善事業でもない。
 なにがしかの仕事をして金を稼ぐ手段のある大人ならば素晴らしい薬毒を手に入れられるチャンスだ。金では買えない幸せがハナとハヤテの薬毒店ならば手に入る。
 金を持たない子供に、そして、何が本当の幸せかを考える技量が未熟な子供にそれを決断させるのは難しいだろう。
 ハナとハヤテの里の長は人間の子供に薬毒を売るのは御法度であると決めている。
 ハヤテはそれを守ってハナにも厳しく言いつけるが、ハヤテの小言も当のハナはどこ吹く風だ。
 ハナにとって薬毒店は商売でもなければ、慈善事業でもない。
 ただの暇つぶしにしかならないのだ。
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