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第四十九話

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 婚約パーティは湊の家で行われ、今度は大広間で寿司屋の源ちゃんが握っていたけど、それ以外のお客様は……誰も来なかった。
 いくつも並んだ丸いテーブルも、ご馳走もお酒も全部、全部、無駄だった。
 松本家から久楽財閥から横やりが入れば誰も来ないのが当たり前だ。
 あたしは情けなくて湊への罪悪感で、いたたまれなかった。

「あの、ごめんなさい。やっぱりあたしのせいで……」
 執事さんやメイドさんすら冷ややかな目であたしを遠巻きに見ている。
 
「時期尚早だったかね」
 とお父様が言った。
 そうよ、なんで今なの? っていうか婚約を披露なんてしなくていいじゃんか。

「あら、でも桜さんのお母様が是非にっておっしゃったのよ?」
 とお母様が小首を傾げてそう言った。
「母がですか?」
「そうよ? お母様はまだおいでにならないのかしらねぇ。とても楽しみになさってましたのよ?」

「ここまでやる? もう、一気に嫌いになった松本美登利ぃ」
 と里緖奈ちゃんも叫んだ。
「往生際が悪いにもほどがあるでしょ! 孫娘が振られたからってそこまでする? 他の招待客も、こんな馬鹿馬鹿しい茶番を真に受けてさ! お兄ちゃん、松本美登利を振って正解よ! 陰険にもほどがある!」
 
 誰もいない。この大広間にいるのはあたし達五人だけだった。
 完全に失敗だ。明日にはまたこのニュースが流れて、湊家は上流階級の中で笑いものになるんだ。
  どうしよう……

 バタン!とドアが開いた。

「誰もいないようなので勝手に入らせていただきましたよ」

「!」

 入ってきたのは松本静さんだった。
 お供には美登利さんがいて、他にも何人も松本家の人間が入ってきた。
 さらに田代一家も。真弓まで鼻息荒く入ってきて、きょろきょろと辺りを見渡してクスッと笑った。
 皆、ざまぁという風な顔をしてる。
「婚約パーティと聞いて駆けつけましたのに、他にお客様はおいでにならないのかねぇ。ずいぶんと寂しいパーティなんだねぇ」
 静さんも口元が笑っているし、美登利さんはやはり派手な振り袖を着て満足そうな勝利に浸っているような顔だった。

「ようこそいらっしゃいました。お客様に飲み物をお出しして」
 と湊が言うと、メイド達が慌てて動き出した。

「ねえ、一也さん、考え直すなら今だよ。まだ間に合う」
 と静さんが言った。
「何です?」
「今、このパーティを美登利との婚約パーティにするのさ。そうしたらあんたの会社も安」
「お断りします」
 最後までセリフを言わせる間もなく、湊は断った。

 静さんは顔をゆがめ、美登利さんも唇を噛みしめた。

「失礼ですけど、もしかして馬鹿なんですか? ここまで来てそんな話をするなんて。例え、世界中にあなたの曾孫しかいなくなったとしても、結婚はしません」
 と湊はもの凄く冷酷な口調で言い放った。
 美登利さんは、「ひっ」と言い、静さんは「なっ」と唸った。

「言ってることが理解できましたか? 俺と桜の婚約を祝う気がないのなら、お帰りください」
「私にそんな口を利いて! このままですむと……」
「静さん、恥ずかしくないんですか? 曾孫の為に脅迫まがいの事までして。万が一、俺が会社を守る為にあなたの脅迫に負けて、美登利さんと結婚して、それで彼女が幸せになれるとでも思っているんですか?」

「で、でも、今はそうかもしれませんけれど、私は一也さんに一生懸命仕えますわ。湊家の嫁として、夫に仕え、ご家族に仕えますわ。やがて子供も生まれれば、きっとうまく」
 と言ったのは美登利さんだった。

「ありえない」
 と湊は一笑に付した。
「一也さん!」
「もしこの状況で君と結婚するなら、次に君に連絡が行くのは俺の葬式の時だ」
「な、何故です……どうしてそんなにその子がいいんですの? 所詮、愛人の子ではありませんか。あなたにふさわしくありませんわ……」
「愛人の子とか血筋とか関係ない。俺は愛してる人と結婚したいし、俺の子供は愛してる女性に産んでもらいたいと言ってるだけです」

 湊の完全なる拒絶に美登利さんはしくしくと泣き始め、静さんは真っ青になった。
 もちろん田代一家も能面の様な顔になっている。
 口出しどころか、息をするのも恐ろしいという顔をしている。

「分かったよ」
 と言ったのは静さんだった。
「まだまだ手ぬるかったようだねぇ。湊産業はもうお終いだと思うんだね。徹底的にやらせてもらう。もう日本中のどこへ行ってもあんたは商売が出来ないとお思い」

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