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第二十九話

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『何もありませんよ。彼女とは静さんの誕生パーティでお会いしただけですから。
特に御説明する事や後ろめたい事など何一つありませんね。はっはっは』

 と答えてくれたらいいのにとあたしは密かに期待したんだ。
 湊のあたしの腕を掴んだ手に力が入った。
「説明と言われましても、たいした事ではありませんよ」
 
 そうそう、その調子。

「桜が木の下で一人ぼっちで泣くのでね、やはり縁談はお断りしようかと」
 と言ったのだ。

「ばっ……馬鹿じゃないの」
 とあたしはつい言葉が出てしまった。
 びっくりしてしまって、涙なんかもう出ない。


 一同、シーンとしてしまった。そのすぐ後で、
「酷いわ!」
 と美登利さんの悲鳴に似た声。 

「桜」
 と静さんが言った。
 あたしは恐ろしくてうつむいたまま顔を上げる事ができなかった。
「桜、あんたは何の恨みがあって、美登利の幸せの邪魔をするんだい?」
 静さんの声が震えている。
「別に、彼女が悪いわけじゃない。俺が美登利さんよりも桜に惚れてしまったというだけですよ。しかも一度は振られたんですがね」
 湊の声はとても冷静だった。
 どこかから、批判するような、まあ、とか、驚いたような、まあ、とかの声が聞こえてきた。
「じゃあ、一也さん。あんたは美登利よりも桜と結婚したいと言うんですね」
「そうですね」
「この私を敵に回してもかい?」
 こ、怖い。地獄の底から聞こえてくるような声だった。
「そういう事です」
「桜!」
 ひええええ。
 湊のばかばかばかばか。
「あんたはどうなんだい? 何を犠牲にしても一也さんと一緒になるつもりかい?」
 あたしに何が言えるでしょう!
「どうなんだい! 私はね、あんたの事は孫も同然のように可愛がったつもりだよ。それを踏みにじってでも、裏切ってでもそうするつもりなんだね? あんたが美登利にそんな仕打ちをするなら、私にも考えがある。一条寺にしてきた援助はすべて断らせてもらうよ。もちろん、城内にも田代にも援助はさせない。今日限りで湊グループと一条寺家は私を敵に回すとお思い!」
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