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十章 孤独の魔女レグルス

313.魔女の弟子と戦いの後の喧騒

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朝焼けの中に響く喧騒、朝一番の風に乗って硝煙と焦げ付いた臭いが鼻をつく朝のアジメク

原初の魔女によるアジメク襲撃、魔女時代始まって以来の未曾有の大事件は七大国全てが協力し大連合を作り上げる事でその艱難を前に挑み、遂に退ける事に成功する

魔造兵は残らず死に絶えその死体は焼かれ、残った一部も魔女大国の研究局に回収されていった

羅睺十悪星は全員消滅し敗北した、ただ一人 ウルキだけがカノープスの手から逃げ果せて再び闇に消えてしまったが…それでも勝利には違いない

そして、元凶たるシリウスは魔女の弟子達の活躍により消滅…敵対勢力の駆逐という形でこの戦いは幕を閉じ、我々人類は未来を手に入れた

勝った、勝ったのだ我々は、世界は災厄を前に勝利した…ならば次にすることは一つ

それは─────




「と!言うわけで!、みんなー!よく戦ってくれたー!今日は日が暮れるまで飲んで食べて遊ぼう!それが俺たちが勝ち得た権利なんだからな!、なので!カンパーイ!」

『うぉおおおおおおおおお!!!』

皇都の一際大きな屋敷の屋根に乗り、治療もそこそこに傷を浮かべたままのラグナがアジメクの戦旗を掲げて叫ぶ、我々の勝利であると

その掛け声と共に眼下に広がる人の海は一斉にジョッキを掲げて勝鬨を上げる、我々の勝利であると

まだ日が昇って間もないというのに皆一様に酒を溺れるように飲み 路上に机を置き乱雑に食事をたほしみか、あちこちで祭りも同然の騒ぎを見せる

バカの大暴れみたいな騒ぎだが、今日くらいは許されよう、なんせ今日という日を勝ち取ったのはここにいる全員の働きがあったから、何か一つでもかけていたならば今日という日はあり得なかったのだから

故に騒ぐ、故に踊る、故に飲む、故に食べる、故に燥ぐ

今日に感謝し今を噛み締め明日を生きる為に、魔女大連合は勝利の宴を大いに楽しむ

「ふぅー、やっぱ戦いの後ってのはこうじゃねぇとな」

がははと笑いながらラグナは屋根の上で肉を食らう、この宴の発案者は彼自身だ

──シリウスを撃破し、みんなで地上に登ると既に外では戦いを終えた魔女大連合が俺たちの援護をしようと駆けつけていたし、師範やフォーマルハウト様達も魔女との戦いを終えていた

何もかもが終わっていたんだ、俺たちは全部纏めて守ることが出来たんだ、これは完全無欠の大勝利…とくれば後は祝勝会しかないだろう、ここまで頑張ったのにご褒美なしじゃ兵士たちもやってられねぇ、指揮官として彼等に命を懸けさせたんだからこのくらいの事やって当然…と宴を提案してからは早かった

みんなもレグルス様に抱きつくエリスを見て全てを察したのかすぐさま俺の言う通り祝勝会の支度をしてくれた

祝勝会の会場は皇都全域、参加者は魔女大連合一千万以上、飯や酒は全魔女大国が持ち寄れるだけ持ち寄って 全魔女大国の料理人が腕を奮って用意して、路上に机を置いて石畳の上に座って勝利を祝う事にしたのだ

昼間っから酒飲むのも今日くらいは許されるだろうよ

「うおー!すげぇ規模の祭りだ!俺こんなの見た事ねぇよ!」

「俺!生き残ってよかった!勝ててよかった!」

「もうダメかと思ったけど、…俺…生きてるんだなぁ」

眼下の兵士達は次々運ばれてくる料理と酒を楽しみながら生と勝利を実感している、酒を酌み交わし肩を組み喜び合うアイツらはそれそれ別の国に所属する兵士だ、戦いの感想を言い合うのは身分も立場も国籍も違うやつらだ、舌鼓を打つ料理は他国の料理だ

今この場に国境はない、今この場に何かを分ける要素はない、みんながみんなあの戦いを切り抜けた戦友なのだ、…いい光景だな

「こういう光景を見てると、勝ったって気になるよ」

ラグナは屋根の上で楽しむ兵士達を見る、…勝てたんだな俺達は、数時間前までシリウスと戦っていたとはとても思えないや

この景色を…俺達は守れたんだ

「おーい!、ラグナ大王ー!」

「ああ?、どうした!」

ふと、屋根の下から見た事ない兵士…いや多分ありゃあデルセクトの兵士か?、それが気安く俺に手を振って酒を掲げる

「俺たちの英雄さんよ!、そんなとこで一人で食べてないで降りてきてくれよー!」

「そうだぜ!、あんたが総指揮官だったんだ!この勝利はあんたの手柄だぜ!」

「えー、って言っても俺が具体的に何かしたわけじゃねぇしなぁ」

「そんな事ないさ!、あんたの言葉で一つに纏まったんだしよ!」

そうは言っても、ラグナはこの勝利を自らの手柄として誇る気にはなれない、戦ったのは兵士達 守り抜いたのは軍勢 レグルス様を助けたのはエリス、ここに集うてくれたのは各々の意思…そこにラグナが一つとして関与したことはない、確かに総指揮官として軍団の全ての責任は負うつもりではあったが それも特に何もなかったし

「冷める事言いっこなし!、今日は無礼講なんだろ?」

「まぁ、そうだな!よっし!」

迎え入れてくれるならば受け入れる、今日は無礼講だ なら誘いに乗ろうとラグナは膝を叩いてそのまま屋根の下に飛び降りて祭りに参加することを選ぶ

「俺の分の肉はあるんだよな」

「ああ勿論!」

「よーし!じゃあ今日は食うぞー!」

とにかく今は、今という時を楽しもう、それこそが最大の戦利品なのだから

……………………………………………………………………

アジメクの中央都市 皇都は今、勝利の熱狂の最絶頂にある

街一つ会場にした巨大な宴は場所を選ばず事を選ばずあちこちで大騒ぎが巻き起こる、みんなで飲んで歌い食べて踊る、勝った人間にしか出来ない全てを楽しむのだ

その騒ぎは皇都だけに留まらずカノープスが繋いだ時界門を通じて全ての魔女大国にまで通じ、騒ぎを聞きつけ様々な人々が訪れ祭りは巨大化していく

…特に騒がしい地点をピックアップするなら

「行けー!やっちまえー!」

「行け行け!アルクカースの誇りを見せてやれー!」

「うぉー!すげー!!」

皇都の広場に歓声が響き渡る、羨望の眼差しは皆広場の中央…人の海にぽっかりと空いたスペースに向けられる

そこには

「さっきまで一緒に戦ってた仲だけど、手加減はしないわよ!」

アジメク最強の騎士クレアが叫ぶ

「あまりナメるなよアジメクの騎士、これは強さではなく技術を競う戦いだ」

帝国の師団長ラインハルトが不敵に笑う

「うぉぉおおおおおお!なんて熱い戦いなんだァァァァァア!!!」

コルスコルピの若き獅子ガニメデが感涙し…

「みんな楽しそう…」

オライオンの神将ネレイドがほっこりと微笑む…、今ネレイドの目の前には二つの軍団がある、人数を十一対十一のチームに分かれ 一つのボールを奪い合うように蹴りあっている、これは…

「これがオライオンの文化か…!」

「最初話に聞いた時はややこしいと思ったけど、こりゃあ見るのもやるのも楽しいな!」

「サッカーってんだろ?オライオンにゃあこんな楽しいモンがあるのか!」

サッカーだ、オライオンに存在するスポーツの中で最も簡易的かつ激アツなスポーツ、ボール一つあればどこでも出来る事で有名なサッカーが街のど真ん中で行われている、それも各国の有力な戦士や騎士が選手として参加し盛大にぶつかっている

「退けやオラァァア!!!」

「一人で突っ込みすぎだっての!」

「クレアを囲め!ボールを奪うのだ!」

皆熱中して励むのはネレイド発案のサッカー大会だ、元々ラグナに『他国の人達が仲良くし合えるように』と伝えてあったそれを今行なっているのだ

ネレイドは思う、スポーツは一緒にやれば誰もが仲良くなれる一緒に見れば見知らぬ人とでも楽しめる、そうやってみんなで楽しめば色んな国が仲良く出来ると、だから彼女はボールを片手に有志を募りサッカー大会の開催を宣言した

幸いなことに近くに負けず嫌いのクレアと更に負けず嫌いなラインハルトがいたことにより次々と参加者は集まりあっという間に二十二人が集まり各国の戦士達が集まった夢の試合が実現した

…お陰でみんな楽しんでいる、国が違うからとか 価値観が違うからとか、そういうのを気にせずみんなで楽しんでいる…これできっとみんな仲良く出来る、私がエリス達と仲良くなれたのもサッカーが始まりだったし

「よっしゃァッ!、これで決まりよ!シュート!」

よくルールを理解していないクレアが天性の才能でボールを独占しドリブルにて敵チームを突っ切ると共に簡易ゴールに向けて全力でボールを蹴り抜く

クレアの身体能力はアジメク最高だ、そんな彼女がお遊びとはいえ全力でボールを蹴り抜けばそれによって発生する速度は最早弾丸を超える、これは誰にも止められないと観客がグッと息を飲むが

「フンッ!」

「嘘ォッ!」

止められる、クレアの必殺シュートがいとも容易く片手で止められる…その巨大な手によって、そう…

「ここは通さないよ…」

ゴールキーパーを担当するネレイドがボールを片手で握り隠し屹立する、提案した身であり一応主催者ではあるが 手加減するつもりはない、全力でやるからこそスポーツは楽しいのだ

「えー!ずるー!、あんたの体で殆どゴールが隠れてるじゃない!」

「私…守るの…得意」

「でしょうね!」


「いいぞー!御大将!流石だぜー!」

「流石はネレイド様、門外漢のサッカーでも無類の活躍とは」

「ロックンロールです~」

『ネレイド最強』と書かれた布を掲げるのはネレイドの部下にして親友ベンテシュキメ達神将だ、あの戦いで羅睺と戦い傷ついた三人も治癒魔術で既に調子を取り戻しいつものようにネレイドに付いて回っているのだ

流石に選手としては参加していないが…三人とも私を応援してくれてる、嬉しいな

「ぶい…」

「キャー!御大将カッコいー!、だよな!おう!お前もそう思うよな!」

「ダル絡みうざぁ…」

そして何故か直ぐ隣でサッカーを観戦していたフィリップと肩を組むベンテシュキメ、…そういえばあそこに居るフィリップさんは羅睺との戦いで生と死の狭間を彷徨っていたと聞いたけど、…今はもう随分元気そうだ、よかった…

「おーい!ラインハルトー!いいようにやられてないでさー!帝国の意地を見せつけてやってよー!」

「分かっているさフィリップ、さぁ!巻き返すぞ!」

ネレイドの狙い通り勝負事というのは人を熱中させる、そしてその熱中の前にはくだらない因果など無いにも等しい、サッカーというスポーツを前にして戦士達は疼き全力で歓声を上げて祭りを楽しむ

これは楽しい、…次は何をして遊ぼうかな…、とネレイドもまたシリウスから勝ち得た今を楽しむ


………………………………………………………………


熱中の只中にあるのはネレイドのサッカー大会だけではない、全世界から集まったあらゆる文化は人々を熱狂させる、そして…人を楽しませ熱狂させる事に関しては他の追随を許さない国が一つある

それは…

『それではこれより開始させて頂きますは特別公演!今この時限りの超豪華メンバー!エトワールオールスターズによる『悲恋の嘆き姫エリス』でございます!』

「すげぇーっ!、こんな豪華な話があるかよ!」

「エトワールのスター達が集まってるぜ…、こんな豪華な公演 一体いくら払ったら見れるんだよ!」

皇都の路上に作られた臨時の大舞台の上で両手を広げるのは閃光の魔女の弟子サトゥルナリア、そしてその後ろに控えるのは

「大入りね、久々の舞台だけど…やっぱり私、演劇が好きだわ」

エトワールのスーパースターコルネリア

「すげぇ、こんな大勢の前で演技出来るなんて光栄だ…」

クリストキント劇団の団長クンラート

「ふふ、腕が鳴るわね」


エイトソーサラーズ切って大女優エフェリーネ…、いや彼女だけじゃない 他のソーサラーズも集まりエトワールに名を轟かせる役者達が一堂に会する、普段は違う劇団に所属し別々の活動を繰り広げている役者達が今だけは一つの大劇団『エトワールオールスターズ』としてサトゥルナリアの下に集まっているのだ

シリウスを撃破し魔女大連合が勝利したという報告は即座にエトワール中に駆け巡った、戦いが終わったなら自分たちにも出来ることがあるかもしれないと居ても立っても居られなくなったクリストキント劇団に追従するようにエトワール中の劇団が一斉に皇都に雪崩れ込み祭りを盛り上げるためにあちこちで公演を開始したのだ

「こんな豪華な公演は久々です、これよりは私は騎士ではなく役者として存分に奮いましょう、よろしくお願いしますね?サトゥルナリア」

「はい!マリアニールさん!」

そして、エトワール随一の男装役者でもあるマリアニールがサトゥルナリアの手を取る、元々この舞台を企画したのはマリアニールだ

…理由は一つ、あの戦いに参加したスバル・サクラという剣鬼の悪評を取り払うためだ、スバルが悪辣な存在であることは魔女連合中に知れ渡ってしまった、このままではスバルという人間が悪役にされてしまう…いや事実悪人ではあったのだが

それでもマリアニールは言いたかった、剣鬼スバルと演劇に登場するスバルは別人であると、それを証明するには万の言葉を尽くすより一つの劇を見せた方が早いと思ったのだ

それがこのスバルも登場する『悲恋の嘆き姫エリス』だ、そしてそれを演ずるに当たってサトゥルナリアの協力は不可欠だった、そしてナリアを誘えばクリストキントも付いてきて それを見たエフィリーネも協力を申し出て、他のエイトソーサラーズも集まり…

そうしてこの豪華な舞台が出来上がってしまった、エイトソーサラーズ全員とマリアニールとサトゥルナリア…こんな豪華なメンバーが集まる劇は恐らく今後一生実現するまいと思える程の究極の劇が完成してしまったのだ

「僕達の演技で史実さえも塗り替えましょう、素敵な嘘で夢を見せましょう、さぁ!みんなー、行きますよー!」

「おー!!!」

裏方も音楽隊も小道具も役者も最高のものが揃っている、ならばあとは最高の演技をするだけだとナリアは掛け声をあげて全員を鼓舞する

そこに立っている小さな役者が、まさかあのシリウスを相手に戦った勇者の一人だと気がつく人間が果たして何人いるものか






『スバル!私は…私は!』

一度幕が開き演劇が始まれば、鳴り響く歓声はピタリと止まり皆がその世界に引き込まれる、路上に打ち立てただけの青空劇場であるにも関わらず 役者達の腕一つでこの場は如何なる劇場にも勝る夢の空間へと早変わりだ

あれだけ恐ろしかった剣士スバルが登場する劇を、最初は苦笑いで見ていた者達もいつしか心を奪われ始める、劇という物はそれだけの力があるのだ

人を黙らせ、その価値観を変え、人生を変える…そんな力が

「いいもんだな、演劇ってのはよ」

そんな劇を離れた地点から眺める影は、口元に咥えたタバコを揺らしながらサングラスをかけ直す…

「これが、お前が見た夢なのか?…リーシャ」

小さく呟く影…否 帝国師団長フリードリヒは、舞台上で踊るサトゥルナリアの奥に亡き親友の影を見る、彼の親友リーシャは帝国を離れあそこにいるナリア達クリストキントと共に生きていたという

劇作家として生きた十年は、決して楽ばかりではなかったのエリスさんから聞いている、時には命を断とうとも考えるほどに辛く苦しかったとも聞いている、だけど…きっと苦しいばっかじゃなかったんだよな、帝国から授けられた役目だけがお前をエトワールに留めたわけじゃないんだよな

少なくとも俺はそう思うよ、それは舞台で心底楽しそうに演技をするサトゥルナリアの笑顔が教えてくれる、きっとお前も…あんな風に笑って居たんだろう

「リーシャと一緒に生きてくれたのが、あんたらでよかったよ…クリストキント」

そして、そんなクリストキントの劇をこうして観れたことにも感謝する、…だって今のクリストキントがしっかりやれていることを、アイツの墓前で話せるからさ

「随分センチですね、フリードリヒ」

「お?、ってジルビア…」

ふと、感傷に浸るフリードリヒの肩をど突くのは彼の幼馴染にして親友ジルビア、彼女もまたリーシャの…いや、彼女こそがリーシャの幼馴染といったほうがいいか、なんせ同じ村出身の同年代だしな

「…あれがクリストキントですね」

「ああ、リーシャが所属してた劇団だ…つってもあそこにいる全員がクリストキントってわけじゃねぇけどな、ありゃあ他所の劇団との合作だとよ」

「そうですか…」

多分だが、ジルビアはこの手の演劇を見るのは初めてだろうとフリードリヒは察する、こいつはあんまり遊びを知らないタイプだ、娯楽エリアに顔を出したこともない…だからリーシャがどんな世界で生きてきたか恐らく今初めて知ったと言ってもいいくらいの筈だ

「……いいですね、演劇って」

「そうだな」

今 この演劇を観覧している客は世界各地の軍人達、文化も価値観も違う連中が今一つのものを見て感動している…感動させている、その力がエトワールの美術にはあるのだ、その力がサトゥルナリアにはあるのだ

いいモンだな…こう、みんなで一つのものを楽しむってのはさ、お陰さんで国の垣根が取り払われつつある、それは俺たち軍人には出来ないことだ

文化も時も飛び越える美の力…お前の言ってたことが、なんとなく分かった気がするよ リーシャ


「ふぅー」

「因みに観劇の最中は禁煙です…と、そこの看板に書いてありましたが」

「………………」

大人しくタバコの火を消すフリードリヒはサトゥルナリアの演劇を目に焼き付ける、それがあの苦しい戦いの報酬であると言わんばかりに

………………………………………………………………

「はぁ?、なんだって?」

「ですから、坊ちゃんにも厨房に立って欲しいんですよう」

街一つ覆う宴には当然それだけの料理が必要になる、アジメクだけでなく他の魔女大国の厨房もフル稼働させ皇都に料理を運ぶ…そんな異様極まる光景が気になってちょっと覗きに行ってやろうと少しだけ沸いた興味を、アマルトは今呪う

「なんだって俺が」

「お願いしますよう、昔のよしみだと思ってぇ」

アジメクの厨房に立ち寄った瞬間、アマルトを呼び止めたのはデルセクト一の料理人と名高きアビゲイル・ラピスラズリであった、彼女もまた昔はコルスコルピにてタリアテッレの下で修行を積んだ料理人の一人

アマルトもタリアテッレから料理の手ほどきを受ける際何度か顔を合わせたこともあるし、その都度可愛がってもらった恩のある人物が今 すげー面倒臭い頼みをして来ている

「だからって、俺が厨房に立ってタリアテッレと一緒に料理しろって?嫌だよ」

アビゲイルの頼みは一つ、言葉の通り厨房に立ってタリアテッレと共に料理をしてくれ…という内容であった、別に料理することはいいさ好きだから、だがタリアテッレと一緒にってのがちょいとアレだな

昔ほどの確執があるわけじゃないが、それでもタリアテッレと一緒に料理しようと思うとやはり勇気がいる

「そんなぁ、坊ちゃんだけが頼りなんですよう」

「ンなこと言ったって、今厨房にゃ世界中から名料理人と呼ばれる達人達が犇いてんだろ?、そこにお前…ちょっと料理の腕に自信があるだけの素人がしたり顔で踏み込めって?そんな恥知らずな真似なんか出来るかよ」

「坊ちゃんの腕は十分プロ級ですよう、それに私と同レベルの腕前でありながら素人とか言われると、ちょっと腹立ちますよう」

「悪かったな、だが俺がプロじゃねぇのは確かだよ 他を当たりな」

「そんなあ、お願いしますよう!」

「第一人手も足りてるだろ!俺なんかいなくてもいいって!」

しつこく食い下がるアビゲイルを前に厨房に近寄ったのは間違いだったかもしれないとやや後悔し始めるアマルト、これなら宴の会場でやってるギャンブル大会とやらに参加してれば良かった…

「人手は足りてるんです…けど、その人達が動けなくなってるんですよ!」

「はあ?、どう言う意味だよ」

ふと、アビゲイルの口から語られた言葉にややただならぬ物を感じて返した踵を戻すアマルト、その様を見たアビゲイルはやや嬉しそうにしながらも…

「実はその、確かに世界中から名料理人と呼ばれる方が集まっています…各地の料理長も、でも…その人達みんなタリアテッレ先生の弟子なんですよう!」

「へえ、そりゃすげぇ」

タリアテッレの弟子は各地で料理人としての立場を確立している、デルセクト同盟の一角サフィールにて料理長を務めるアビゲイルもまたそうだ、各地から料理人が集まれば またタリアテッレ主催の料理研究会のメンバーが集まるのも必然か

けどそれがどう言う経緯で動けなくなるってんだよ、むしろ張り切るだろ 昔の先生をの前なんだから

「ですけどその、先程の戦いの結果に納得がいってないのか…タリアテッレ先生物凄く機嫌が悪くて、機嫌が悪い先生の側だとどうしても教え子たちが緊張してしまって…」

「なるほどねぇ、思ったよりもバカな話だったな」

つまりあれだ、タリアテッレの機嫌が悪いから他の元教え子達が萎縮する、そして元教え子達の部下もまた萎縮して…タリアテッレを中心とする負の螺旋が巻き起こり厨房全体の士気が下がってるってわけだ

阿呆らしい、個人の感情に他を巻き込むなんて迷惑極まり無い

「はぁ~、そう言うことなら分かったよ、義理とはいえ姉の不始末の尻拭いは弟の仕事だ」

「受けてくれるんですねぇ!」

「ああ、けど料理人としてじゃない 飽くまで弟として立たせてもらう、最後までは付き合えないぜ?、俺もラグナやエリス達と遊びたいし」

「ええ!ええ!いいですよ!さぁ一式はこちらに用意してありますので」

「はぁ…面倒に巻き込まれたなぁ」

仕方ないと冷水で手を洗いながら覚悟を決め、仕方ないと呟きながら覚悟エプロンをつけ、アジメクの厨房へと押し入るように突入する

…白亜の城が吹っ飛ばされちまったから貴族の屋敷一つ丸々貸し切って厨房として使っているそこは、数多の料理人達が忙しなく歩き回っていた

どいつもこいつも手馴れた手つきで動く様はやはりプロの世界とでも言うべきか、俺なんかが居ていい場所じゃないのは確かだな…

すると、俺が屋敷に入るなり一人の料理人がこちらを見て…

「あれ?、アマルトちゃんじゃないですか?」

「何?アマルト君?」

「おお!、坊ちゃんじゃないか!こんなに大きくなって!」
 
ワラワラと料理人達が寄ってくる、こいつら全員他国じゃ一端のシェフとして扱われている連中は元を正せば皆タリアテッレの作った料理研究会 『王餐会』のメンバー達だ

メキメキと腕を上げていた頃の名料理人タリアテッレから教えを受けようと料理人の卵達が集った王餐会は数多くの名料理人を育て上げた謂わば今の世界の美食の聖地にも近い場所だった

そこから排出された料理人はアジメクやアルクカース デルセクトやエトワール オライオン…果てはマレウスなんかでも活躍し、今や最高級店を構えてたり宮廷所属の料理長だったりと凄まじい成果を上げているのだ

んで、俺は昔 タリアテッレから料理を教わる際その王餐会に出入りしてた時期がある、まだガキンチョだった俺を王餐会の料理人達は可愛がってくれていたんだ、色んなことを教えてくれたし色んな物を食べさせてくれた

俺と言う人間が一端に包丁握れるのは、ここにいるみんなのおかげでもあるんだ

「ああ、ようみんな 久しぶり」

「立派になったもんだ、昔はあんなに小さかったのに!」

「アマルト君が来てくれるんだったらこりゃあ百人力だな、昔から俺より料理美味かったからな」

「そんなことねぇよ…」

「いやいや!あのタリアテッレ先生にも匹敵するセンスは本物だと私は昔から思っていたんだ」

「ねぇアマルト君、また味見してくれないかなぁ…」

「そうだ!、こっち手伝ってくれ!俺の仕事を手伝える奴は部下にはいないんだ、アマルト君くらいにしか見えない頼めねぇ」

「あー、そのー俺は手伝いに来たわけじゃなくて」

そうみんなの誘いに断りを入れようとした瞬間

「ちょっと?、何遊んでるのかな」

「うっ!?」

「ひっ!?」

響く、声量は大して大きくもないのに響き渡る低い声…、それが部屋の奥からアマルトに群がる料理人達に降りかかれば、全員が肩を揺らす…いや怖えよそりゃあ

「タリアテッレ…」

「アマルト?…何しに来たの?」

タリアテッレだ、それもかなり機嫌が悪いぞあれは、全身から不機嫌オーラが滲み出てやがる、ああいうのは集団の中にいるだけでパフォーマンスを落とす、下手すりゃいない方がいいレベルだが…それでもあの人は世界一の料理人だ、あの人に代わる人材はいないからみんな怯えながらも仕事してるってわけか

「ここは遊びに来る場所じゃないけど」

「随分機嫌が悪いなぁ姉さまよぉ、手伝いに来たんだよアンタを」

「私を?、…必要ないけど」

「いいから行こうぜ、悪いなみんな!また今度!」

じゃあの!とタリアテッレを前にして黙りこくってしまった料理人達に別れを告げてタリアテッレが一人で調理を担当する屋敷の厨房へと足を踏み入れる、はぁ~…緊張してきた

「手伝ってくれるなら、取り敢えずそっちお願い」

「ほーい」

特に指示はない、そっちの方をお願いと漠然とした内容の言葉を貰えば大体のことは分かる、タリアテッレが何をしたくて今から何を作ろうとしていてそのうち俺に何を任せようとしているか、色々だ

手伝うと言ってしまった以上、やるしかあるまい

「しかし、よくもまぁこの量を一人で作ってたな、他の奴らには手伝わせないのか?」

「他の奴らには他の仕事を任せてる、もう私の教え子じゃないし彼らもプロだし、そもそもなんか私にちょっと近寄ってこないし」

「だろうな、そんな様子じゃ誰も近づきたくないだろうさ」

「はぁ?」

むすっとした不機嫌な面で、悶々としながら黙々と静かに仕事する人間の隣でいつもみたいに仕事できるわけがない、これがタリアテッレでなくても気分悪いってもんだよ

けど同時にアマルトは思うのだ、静かに包丁を握り魚を捌きながら…

「らしくねぇな、アンタが厨房で調理以外の事に心を割くなんてさ」

「…………」

タリアテッレは料理なんて…と思ってはいるが、それでも料理そのものには真摯だ、厨房には余計な感情は持ち込まないしどれだけ機嫌が悪くてもそれを料理中に露わにすることはない、それで味が良くなるわけでもないしな

なのに今日は随分機嫌が悪い、恐らく自分でも律することが出来ない程に…

「何があったんだよ、今日は祝いの日だぜ?嘘でも今くらいは笑ってようぜ」

「そういう訳にはいかないよ…」

「というと?」

「……私はさ、驕ってたのよ」

タリアテッレの動きが鈍る、恐らく心情を吐露するのにいっぱいいっぱいでいつもの動きが出来ないのだろう、それほどまでにイラついて…いや、傷ついているんだ

「世界最強の剣士 世界最高の料理人…なんて呼ばれてさ」

「事実じゃん」

「でもまるでスバルには敵わなかった、私一人じゃ手も足も出なかったよ」

スバルってのはあれか、羅睺十悪星の一角 スバル・サクラか?そいつに敵わなかったって?、でも確かスバルは史上最強の剣豪なんて呼ばれてる男だぜ?それこそあのプロキオン様さえ上回る技量を持つ唯一の剣士だ

今回の羅睺は弱体化していたがそれは飽くまで体と魔力の話、技量には一切の衰えが無かったという、つまりスバルの剣はあの場でも史上最強格の強さを維持していたと言える

他の羅睺よりも明らかに強い、それ相手に複数人がかりとはいえ勝ちを得たのは凄いことだと思うけどねぇ

「仕方なくないか?相手は魔女と張り合った化け物だぜ?生きて勝っただけでもいいじゃんよ」

「それでも私は世界最強と呼ばれている責任がある、…剣を持った以上勝たなきゃいけない、でなきゃ今の世を生きる全ての剣士の名を貶める事になるから」

なるほど、タリアテッレはイラついていたんじゃなくて思い詰めていたのか、先の戦いの己の不甲斐なさを嘆いていたのか、それで周りを慮るほどの余裕もなかったと、まぁどちらにしても迷惑極まり事に変わりはないがな

「…知ってる?グロリアーナは羅睺を一人で倒したんだって」

「ああ聞いてるよ、あの人あんなに強かったのかってメルクリウスもエリスもビビってた」

「私もビビったよ、昔から強い強いとは思ってたけど…マジで戦ったら私なんか足元にも及ばないくらい強いなんてね、同じカストリア四天王です…なんて名乗れないねこれからは」

まぁ、正直グロリアーナの強さは世界的に見ても別格だろう、あのルードヴィヒをしてカストリア最強と警戒心を露わにするほどだ、下手すりゃそのうち世界最強にもなっちまうんじゃないかって勢いだ

けどそれを『凄いね、頼もしいね』では終わらせられないのがタリアテッレだ、同じカストリア四天王にして一時は学び舎も共にした友人たるグロリアーナが活躍したのに自分は三人がかりで…なんだからな

「私はもっと強くならなきゃいけない、いつまたスバルみたいな化け物が出てもいいように、だから…私さ、料理人やめようと思ってるんだよね」

「え?なんで?」

「料理なんてしてる場合じゃないって話、もっともっと修行しないと…でないと、守りたいものも守れない」

うーん?それは違うんじゃないか?、いや何が正しいとはいえないけどさ、けど…けどさ

「それじゃあアンタ、料理人のことはどうでもいいのかよ」

「は?」

「いやだってアンタが負けて他の剣士全員が貶められるなら、アンタが剣技と天秤にかけて捨てられる側に回った料理を志す人間はどうなる、アンタは料理でも世界最高なんだぜ?」

「…………」

料理と剣技、どっちがいいなんてことはないだろう、剣士も料理人も人生賭けてんだ、中にはタリアテッレに勝つために心血注いでる奴もいる、なのにそのタリアテッレが『剣士極めたいんで料理やめます』なんて言って喜ぶ奴がどこにいる

「そんな事言っても、私はもっと強くならなきゃいけないし…」

「なら料理も剣技も両方修行しろ、今よりもっとたくさん修行しろ、どっちかを選べる権利はあんたにはない、頂点に座っちまった時点でな」
 
「…無茶言うね」

「無茶でもやってもらわにゃ困るぜ、俺は剣技でも料理でも…アンタを目指して超えるつもりなんだ、少なくとも俺がアンタを越えるまで アンタは世界最強であり世界最高であってくれよ、タリア姉さん」
 
ダメなら強くなればいい、少なくともエリスならそう言うだろう、ならタリアテッレは強くなるしかない、スバルに勝てるくらい強くなりつつ世界最高の料理人であり続けるしかない、そう言うもんだろう?

「……はぁ、わかったよ…可愛い弟くんにそう言われちゃあしょうがないよね」

「そうそう!、頼むぜ姉さん!」

「ところでさ」

「はい?」

「それ…」

とタリアテッレが指差すのは俺の立派なお料理の数々だ、俺にかかりゃこのくらいの料理あっという間に…

「切り方雑、焼き方荒い、味付けカス過ぎ、え?もしかしてそれで完成?」

「…………」

「その程度の腕じゃ…私を超えるなんて無理でしょ」

ハッ と嘲笑を浮かべるタリアテッレ、テメェ…この野郎

「ナメんなよ、まだだよ!ちょっと待ってろ!もっと美味いモン作ってやるからな!」
 
「あはははは!、気合い入れるのはいいけど仕事はもっと細やかかつ素早く終わらせないと!、ラグナ達にご飯作ってるんでしょ?だったらもっと美味しく作ってあげないと!」

「クソッ!慰めるんじゃなかった!」
 
「アハハハハハ、頑張れ頑張れ弟クーン!」

「ッッッソ!!!」

軽く慰めて終わりにするつもりだったが、やめだやめだ!こいつに一泡吹かせるまでやってやるよ!、待ってろよタリアテッレ!直ぐにでもテメェを超えてやるからな!


……………………………………………………

「あー…………」

言葉にするなら、ワイワイガヤガヤ

きっと色を塗れば、虹すら可愛く見えるカラフルな世界

様々な感情が溢れる宴の席、そんな祝いの場にて ただ一人、果実のジュースを手に虚空を眺める者がいる、街の大通りのど真ん中に椅子を置いて、ポケッと空を眺めて呆然としている

そんな彼女を見て、思わず声をかけてしまう

「どうした?デティ」

「あ、メルクさん」

そうメルクリウスは声をかける、各国の要人達に挨拶を済ませ、戦ってくれたデルセクト軍に謝礼を述べ、腕を失ったシオのために涙を流し、色々あってエリスを探して街中を彷徨っていたところ発見したのはデティの物寂しい世界

道の真ん中に椅子を置いて、それに座りながら虚空を眺めるその様はある意味絵画の如き哀愁を漂わせているのだ、それが友人の背中だと言うのなら声をかけない訳にはいかない

どうしたのだ?とメルクリウスが心配すると

「あれ」

「あれ?」

とデティが指差す先には何もない…いや、『今はもう』何もないと言ったほうがいいか

そこにはかつて皇都の中心として白亜の城が建っていた、されど今はもう何もない、シリウスの攻撃により跡形もなく吹き飛び今は地下奥深くまで続く巨大な穴があるのみだ

「あはは…白亜の城なくなっちゃた、私の家…なくなっちゃった、私導皇なのにホームレスだよ…あはは」

「デティ…」

悲しそうにヘラヘラ笑うデティを見ているとやや居た堪れない、戦いの最中はシリウスへの怒りが勝っていたが、いざ終わってみるとその消失感が溢れてきてどうしようもないのだ

白亜の城はこの国の行政の要であると同時にデティにとっての家だ、家が跡形もなくなったならそりゃあみんな悲しいさ

「デティ…安心しろ、と言っていいかは分からないが他の六大国全てが新たなる城の建造を全力で援助することが既に決定している」

もし 今回の戦いで皇都が被害を被る事があれば、それは他の魔女大国が力及ばなかった所為であると事前に話し合い、それがどれだけ大きな被害でもその補填をすると盟約を掲げている

ならばそれに則り白亜の城の再生もまた七大国で協力しあってやるべきなのだと考えるが…まぁ、そう言う問題でもないか

白亜の城はデティの祖父の祖父の祖父が生まれる前からある城…一族の安住の地だ、その血は白亜の城で育まれてきた、とくればその喪失感は凄まじいだろう

「ありがとうメルクさん…、でもいいの?白亜の城規模になると安い買い物でもないし、他国の城を無償で建て直すなんて…国内からも反対の声が出るんじゃない?」

「それは…そうかもしれんが、だがお前がこんなに傷ついているのを放ってはおけない、もしお前を助けることに反対する声があるならば…どんなを手を使ってでも黙らせて…」

「だからさ、…こう言ってはなんだけどさ、文句を言われない…建前?みたいなものを考えてたんだよね」

「建前?」

そうメルクリウスが繰り返すとデティは力強く頷く、その瞳は確かな光を宿しており、既に視線は白亜の城の幻影を飛び越え未来を見据えている

「私が作った魔女排斥組織に対抗する新たな組織の事、メルクさん知ってる?」

「ああ、確かペルアスペラ・アドアストラ…と言う組織だったか?」

デティが学園を去る際口にした約束、魔女排斥組織に対抗する組織を作ると言う言葉通り彼女はこのアジメクに新たなる機関を組織していた

それがペルアスペラ・アドアストラ、アジメク導国軍の凡そ四分の一を割いて作られた巨大組織は魔女排斥組織の情報を集めその活動を事前に停止させる事を目的とした謂わば魔女世界を守る新たな盾だ

まだ完全に完成しているわけでもないから今回は特に機能していなかったが…、完成すればアジメク近辺の魔女排斥組織は軒並み駆逐される事間違いなしの規模であることはメルクリウスが約束出来る

「うん、でも今回の件を鑑みて思ったんだよね、アジメクだけの力なんてたかが知れてるって」

「そんな事はないと思うが?」

事実アジメク軍は今回の戦いで勇猛に戦った、確かにアルクカースやアガスティヤに比べると些かあれだが、それでも彼等の治癒魔術と粘り強さは今回の戦いの要だった

「ううん、それでも力じゃアルクカースには敵わないし財力じゃデルセクトには敵わない、アジメクは一つの武器しか持たないから当然カバー出来る範囲は限られる…そう今回の戦いで思ったんだ、だからさ?私思うんだよね、…このペルアスペラ・アドアストラを更に大きく広げ 全魔女大国から人材を募り、世界全域をカバーできる程の大組織を作りたいって」

「大組織、今回の魔女大連合のような組織か?」

「うん、その本部をこの皇都の中心…白亜の城の跡地に建設すれば、少なくとも他の国にもメリットはあるでしょ?」

「…ふむ」

ラグナが…確か言っていたな、帝国はアルカナとの戦いでその絶対性を失った、今のままではマレウス・マレフィカルムを抑えるだけの権威を維持出来ない、だからこれからは他の魔女大国達が協力して世界の秩序を守っていくほうがいいと

その時はまだオライオンとの協力も結べれていなかったしデティも居なかったからただの絵空事で話が終わったが…

今ならデティの言う全魔女大国が力を結集した世界最大の組織を作るのも夢じゃないかも知れないな

「…面白そうだ」

「でしょ!、軍事だけじゃなくありとあらゆる部門で魔女大国同士が協力し合うの!!アジメクの魔術協会もその一部に組み込むつもりだし他の国の技術局も受け入れてさ!とにかく大きくするの!そうすればマレフィカルムも易々とこちら側には攻めてこないでしょ!」

「ああ、名案だなデティ」

魔女大国全ての勢力が一つになれば、歴史上類を見ない大規模組織が完成する、そこに軍事だけでなくその国のあらゆる公的機関も組み込めば、武力 財力 技術力 影響力…何もかもを兼ね備えた存在がこの世界の守護に当たることになるだろう

それは帝国単体で世界を守護していた時とは比べものにもならない頑強さを持つ、いつまたシリウスが復活しようと企んでも阻める程強大な力が…うん

「よし、そうと決まれば早速行動だ!、その組織の完成には全ての魔女大国の協力が必要だろう?そして今誂えたように全大国がこの皇都に集っている、なら話を進めるには今しかない!」

「確かに!、今ならラグナやカノープス様も居るし…あ、でもコルスコルピやエトワールの王様はここにはいないよね」

「それもゲートの向こうから呼べばいい!、今後の世界の方向を決める世界会議を今からでも始めるべきだ!」

「そ そうだよね!うん!、思いの外メルクさんが乗り気になってくれてよかった!」

気合いを入れて襟を正すメルクは早速行動を開始する、デティの語った世界を統括する組織の構図はメルクリウスから見ても魅力的だった

全ての魔女大国の力を一つにすれば、もしかしたら叶うかもしれない、完全なる正義が悪を滅ぼす世界、未だ人類が一度として成し得なかった悪の駆逐が!

「デティ、我々で作り上げよう…理想の世界を」

「うん!がんばろー!」

人類にとっての理想を、我々の手で成し遂げるんだ、魔女達が作り上げた魔女世界のような世界を、我々弟子の手で

そうと決まればまずはカノープス様に話を通さねばな、当然…この平和の立役者たる彼女にも

………………………………………………………………

「しかし、すげぇ宴だなぁ」

「あのシリウスに勝ったのですから当然ですわ」

「以前我等がシリウスに勝った時は、宴どころでは無かったからな」

皇都を包む巨大な宴、あちこちで喧騒が広がるこの華やかな世界の最奥には、最も豪奢な景色が広がっている

石畳の上に華麗な絨毯を引いて、あちこちに置かれた最高級のソファに腰を落ち着け、次々と運ばれてくるエトワールの美酒やオライオンの果実を摘みながら勝利に湧く人々を見回す八人の女達とそれを取り囲む無数の従者達

そう、人類が守り抜いたこの世界の支配者達…魔女達がそこにはいる、それも…魔女世界成立より未だ嘗てあり得なかった、八人の魔女全員がその場に揃っているのだ

「へへへ、やっぱ勝ったら酒と肉…だよなぁ?」

争乱の魔女アルクトゥルスがソファの上に寝そべり肉に齧り付き

「全く、もっと優雅に過ごせません事?アルク」

栄光の魔女フォーマルハウトは礼儀正しく座りワイングラスを揺らし

「良いではないか、今日くらいは、こんなにも喜ばしいのだから」

無双の魔女カノープスはそんな二人の言い争いを見て微笑む、喜ばしい…今日は何にも勝る程喜ばしい日だ、まさかこのような日がまた訪れるとは、今自分が都合のいい夢を見ている気さえしてくるほどに幸せだと その瞳を潤ませる

…シリウスの引き起こした先の戦いに、魔女は半ば関与しなかったと言える、シリウスが操ったスピカとリゲルを抑えウルキを迎撃しただけ、いつも戦いの中枢を担ってきた魔女達としては考えられない程瑣末なことしかしていない

だが結果としてシリウスは退けられた、今を生きる者達の力によってだ

それがカノープスには嬉しくて嬉しくてたまらなかった、確かにシリウスや他の羅睺十悪星は本来の力の百分の一も出せていないだろう、だがそれでも良いのだ…人の子がシリウスの企みを打ち砕いてくれた、ただそれだけでカノープスは嬉しいのだ

「いつの間にやら、世界も大きくなったものよ」

そう葡萄を一つまみで食べると共に目を伏せる、始まりは何もない荒野だった、焚き木一つ用意するのにも苦慮したあの頃から思えば今の文明はとても進化している、かつての十三大国を上回るほどに…来るところまで来たものよ

「その、すみませんでした…カノープス、よもや私がああもあっさり操られるとは」

「面目無いとはまさにこの事です、操られていたのはいえアルクトゥルスにあんなひどいことを」

そして寛ぐ三人とは対照的に縮こまっているのが今回敵側に回っていたスピカとリゲルの二人だ、二人は共にシリウスによって操られその従僕として先の戦いでカノープス達と相争った

結果、アルクトゥルスとフォーマルハウトが勝ちを収め、エリスが洗脳魔術を消し去ったが故にこうして正気を取り戻したは良いものの、それからがまぁ大変だった

二人とも正気に戻るなりもう凄まじい勢いで謝り倒し申し訳ない申し訳ないと口から滝のように謝罪の言葉を溢れさせ今に至る

「別にいいってことよ、オレ様達も操られてたわけだしさ、なあ?フォーマルハウト」

「そうですわ、こういう時助け合うからこそ我等は八人の魔女なのですから」

「ですけど…」

「でもその後スピカはボクの傷を治してくれたじゃないか、それでヨシ…ってことにはならないかな」

ね?と申し訳なさそうに縮こまるスピカを慰めるのは閃光の魔女プロキオンだ、シリウスからの致命傷を受けその身の時間を止められていた彼女だったが、それもスピカが正気に戻るなりその身の傷を瞬く間に治されこのように五体満足でこの場にいることができる

「いやあそれにしてもびっくりだよ、目が覚めたらみーんな終わってたんだから、情けなさで言えば参戦出来なかったボクの方が情けないよ」

「そんなことはない、プロキオン…お前が身を呈してエリスを守ってくれたから、我等はこうしてまた再び集結することができたのだ、お前の勇気に我は感謝の意を伝えたい」

「そ…そう言われると照れるな」

「まあそういうわけなのでこれで情けないだのなんだのの話はやめにしませんか」

「ってかアンタレス…テメェいつの間にこっちに来てやがった」

あー怠い怠いと口にしながら日傘の中で本を読むアンタレスも、何だかんだみんなと一緒にいたいのか戦いが終わった瞬間こうしてこの場に現れたのだ

戦いの最中は遠方から呪術にて援護をしていた彼女だが、最後の最後に無茶をして死にかけた弟子アマルトを救う為その負荷の大部分をその身で代わりに被ってしばらく動けなくなってきたそうなのだ

「バカ弟子が無茶したせいですごく疲れてるので言い合いには参加しませんよ…全くあのバカ弟子と来たらなんであんなバカみたいな真似が出来るのやら」

シリウスの力を扱う…なんて無茶をしたアマルトは普通なら五回死んでも余りある代償を払う予定だったのだが、それもアンタレスがそれもアンタレスが強引に引き受けたおかげで彼は今も生きている、謂わば弟子の命を救う為に身を削ったにも関わらずアンタレスはそのことを口にするつもりはないようだ

なんのかんの言いつつも、アンタレスもまた弟子の勇気ある行動に一定の理解を得ているのだろう、それでも命を粗末に扱ったことに対しては怒っているようだが

「あーあ、なんか久し振りにみんなで集まってもなんかあんまり感慨深くねぇな」

「そりゃ貴方は最近色んな魔女のところにちょくちょく顔を出しているからでしょう」

「魔女としての自覚が足りませんね」

「あははは、アンタレスは相変わらず毒舌だね」

「遠慮がないのが美徳だな、我等の間にはそんなもの不要だ」

「懐かしいですね、昔を思い出します」

シリウスの計略により魔女達が疎遠になってより五百年、長い…ひたすらに長い時を過ごし一時的とは言え離別した彼女達が再び合間見える、シリウスの策略を乗り越え今再び友情を確かめ合うように、小さく小さく微笑み合う

弟子達ほど騒がしく笑ったり、騒々しくはしゃいだりはしない、けれど…その視線につながる友情は、何よりも深い

何せ彼女達は親友だから、千年だって万年だって超えていく…文字通りの生涯の友なのだから

「懐かしい?騒がしいだけだ」

そして、八千年間一度として姿を見せなかった彼女も…こうして八千年ぶりに勢ぞろいする魔女達を見て照れ隠しのように笑う

「んだよレグルス、照れてんのか?」

「やはりレグルスはそうでないと張り合いがありませんわね」

「むしろ今までが大人しすぎたんですおかしいおかしいと思ったらシリウスに操られていたとは」

「喧しいぞ貴様ら」

フンッと冷淡に笑うのは孤独の魔女レグルス…、長らく幻と言われてきた八人目の魔女が輪の中に加わる

八千年という長い間彼女は身を隠して来た為に魔女世界が成立してからというもの一度として魔女達が八人揃うことは無かったのだ、それもこれもレグルスが己の肉体がいつかシリウスに乗っ取られる事を危惧し国を持つことを嫌がったから…、そして あんな風になっても敬愛すべき姉を殺してしまった自責の念から森の奥に引きこもり行方を眩ませていたからだ

冷血に振る舞いながらも誰よりも慈悲深いレグルスの性分をよくよく理解していた仲間達も敢えてそれを引き止めることはしなかった、後々になってそれを後悔したもののそれでもその時は引き止めなかった

ただ一人カノープスだけに自らの体をシリウスに乗っ取られる可能性を打ち明けて、もう二度と友のに姿を見せるつもりはなかった…んだが

そんな覚悟もシリウスの毒如き魔術により狂わされまんまと引き摺り出され、レグルスの危惧した通り体を乗っ取られてしまったわけだが

「…大人しくて悪かったな、だがシリウスの魔力が鬱陶しくて怠かったんだ、意識が明瞭になった今なら言える、最悪の気分であったとな」

シリウスの魔力から解放されたレグルスの目つきは、今まで見せていたそれよりも鋭く声を低い、見るものが見れば凶暴化したようにさえ思えるその態度を見て他の魔女は

「そうそう、レグルスはこんな感じだ、やっぱ変わってねぇ~」 

「皇都を訪れた時は、弟子ができたから丸くなったものかと思いましたが…思ってみれば貴方はその程度で丸くなるような人間ではありませんね」

受け入れる、というか昔のレグルスはこんな感じだった、魔女の中で最悪の気性と最強の喧嘩っ早さを誇る女、アルクトゥルスをして喧嘩の行商人とまで言われてたんだからな

「ふぅ、我が伴侶よ…元に戻って本当に良かった、またこうしてお前と時を共に刻めるなんてどれほど望んだことか」

「苦労をかけたなカノープス、だが肩に手を回すのはやめろ、今はそういう気分じゃない」

「嗚呼、我が伴侶…」

「チッ、イチャイチャすんなよな」

ともあれシリウスからの干渉はもう無い、レグルスが隠れる必要もなくなったしレグルスが操られることもなくなったし、何よりその肉体が悪用されることもなくなった、彼女を取り巻く諸々の全てが一気に解消してしまった

「悪いなカノープス、だが今は…こちらの方が愛おしい」

「むぅ、…いや今はそちらに譲ろう、彼女には我も頭が上がらんからな」

如何なる魔女も世界最強にして無双の魔女カノープスでさえ不可能であったレグルスの完全なる解放を行った彼女には、魔女達全員が感謝している

この子がいなければレグルスを殺すしかなかった、この子がいなければ魔女は操られたままだった、この子がいなければともすれば世界は滅びていたかもしれない…

今回の一連の騒動に於ける立役者…それこそが

「うぅ~ん!師匠~~!」

「よしよし、エリス」  

レグルスの弟子エリスだ、先の戦いが終わってより数時間が経ったにも関わらず一向に離れる気配を見せず常にレグルスの胸に抱きついて頬擦りを辞めないこの子の活躍によりレグルスは救われたと言ってもいい

「師匠!」

「なんだ?」

「大好きです!」

「フッ、知っている」

「付き合いたてのカップルかお前ら!」

「前々から甘々でしたが、なんだかそれに磨きがかかってますわね」

そう呆れられるのも無理のない甘えようor甘やかしようだが今日ばかりは見逃して欲しいというのがエリスの言い分だ、何せレグルスと最後にマトモに話をしたのはずーっと遡って大いなるアルカナと決着をつける寸前…超極限集中を会得したその時が最後の会話だったのだ

そこからエリスは一旦レグルスと別れヴィーラントとシンを撃破し力尽き気絶し、そして目覚めたらレグルスはシリウスになっていた、時間にして一年近い時間エリスはレグルスと離れていたしこうして再会するために凄まじい数の逆境と困難を乗り越えがむしゃらに走って来たんだから、そのご褒美くらいはもらってもいいはずだ

「しかし、オレ様てっきりレグルスが正気を取り戻したらエリスを放り出すと思ってたぜ、エリスを弟子入りさせたのはシリウスの影響だと思ってたからな」

アルクトゥルスが口にした言葉は一応みんなも思っていた、レグルスはシリウスの所為で正気じゃなかった、なら正気に戻ったら弟子という存在を許さないのでは…と

だが、誰もそのことを口にしなかったのには理由がある、それは

「おいアルク」

「お?なんだ?」

ふと何気なしに立ち上がったレグルスはそのままアルクトゥルスの首に手を置き

「フンッ!」

「ぐぇっ!?」

ゴキリと首を反転させる勢いで捻じ曲げる、唐突に行われた急所関節攻撃にアルクトゥルスも堪らず倒れ…ない

「何すんだよ!」

「アホか貴様は、私がエリスを捨てるだと?そんなことするわけないだろうが、確かに私はシリウスの影響を受けていたがその選択や決定は私の意志で行われていた、でなければお前らと戦った時 救おうともしないだろう」

まぁレグルスもシリウスの影響下にあったとはいえそれは飽くまでレグルスの気力を削ぐ程度だ、完全に価値観や決定権まで奪われていたわけではない、それ故にレグルスはシリウスにとって都合の悪い行動をいくつも起こしている

だから、エリスを弟子にとって 育てて 愛したのも全てレグルスの意志によるもの、正気に戻れどレグルスはなんら昔とは変わらないのだ、ただちょっと物騒になっただけで

「師匠…嬉しいです、エリスも見捨てられると思ってたので」

「そんなことをするわけがないだろう、お前は私の娘であり弟子だ、この世の何よりも愛するお前を捨てるなんて事、出来るわけがない」

「師匠~」

「エリス?オレ様の心配はしないのかよ」

まぁレグルスも物騒な性格に戻ったが、その分エリスも物騒に育った、そういう意味じゃあある意味似合いの師弟なのかもな…とアルクトゥルスは外れた首の関節を元に戻しながら

(帰ったらラグナにエリスの扱い方をレクチャーしねぇと)

アルクトゥルスの見立てではエリスはレグルス級の物騒さを持ち得るが、同時に扱いの難しさではレグルスを上回ると見ている

レグルスはとにかく触れる物全て破壊するタイプの災害みたいな女、対するエリスは半端に分別がつく分敵対者には容赦しないタイプだ、敵と見定めたタイプにはそれこそ一抹の情けもない…キレた時の恐ろしさは多分レグルス以上だ、扱いは慎重にならねぇと下手したらアルクカースを滅ぼしに来るかもしれねぇ…とアルクトゥルスにさえ冷や汗をかかせる程に今のエリスは凄まじい

「ふぅ、さて…それはさておき」

と…和気藹々とした空気に一旦咳払いで区切りをつけるレグルスは、胸にアブラゼミの如くしがみつくエリスを見下ろし

「エリス、…よくぞシリウスの企みを打破した、おまけにシリウスに乗っ取られていたとはいえ私にまで勝つなんて、成長した証拠だ…立派になったな」

「師匠…」

レグルスの…レグルス師匠の言葉を受けて、エリスはおずおずと師匠から離れる、どうやら真面目な話をするようだ

しかし、師匠に勝った…か、そんな気は全然しない、だってシリウスは師匠の体を完全に扱えていた訳でもないし魔女様最大の武器でもある臨界魔力覚醒もなかった、おまけにこちらは八人でその上無数の奇跡が重なって勝てたんだ

もう一回同じ条件でやったら、今度は負ける自信がある

「勝ってませんよ、まだまだ師匠には敵いません」

「だがシリウスに勝ったのは事実だろう、奴の悔しそうな叫び声…お前なら今も思い出せるはずだ」

「それは、そうですけど…」

「なら十分さ、なあ?みんな」

フッと軽く笑いながら周囲に意見を問う師匠、すると

「ああ、大したもんだぜエリス、あのシリウスがお前ら魔女の弟子に負けた!って考えるだけでオレ様これから三百年は美味しく朝飯が食えそうだ」

「貴方達魔女の弟子はその名に相応しい働きをしたと言えるでしょう、働きには賞賛を結果には名声を、もう少し誇りなさいエリス」

「エリスよ、お前は我に宣言した通りレグルスを助けてくれた、剰え世界を救い全魔女大国を一つにした、これ程の偉業を成し遂げた者が謙遜していては我等魔女も肩身が狭いぞ」

大したもんだと笑うアルクトゥルス様、誇りなさいとフォーマルハウト様は微笑み、よくぞ約束を守ったとカノープス様は心の底から讃えてくれる

「君を見込んで任せた甲斐があったよ、ありがとうエリス…みんなを守ってくれて」

「独断専行が大好きなレグルスさぁんに比べれば貴方はずいぶん立派ですよ…私のバカ弟子にも見習って欲しいくらいです」

ありがとうとプロキオン様の真摯な瞳がエリスを見つめ、アンタレス様の横目がこちらを見据える

「あの時、レグルスさんが連れてた小さな子供が…アジメクの危機をデティと共に救うとは、こんなにも感慨深いのは久々です」

「貴方の活躍は聞及びましたよ、私が狂気に囚われた事を認められないネレイドを身を呈して説得してくれたとか…、あなたの献身は神も賞賛する事でしょうね…というか、ごめんなさいね?何回も貴方を傷つけてしまって」

およよと感慨深さに涙を流すスピカ様と、何度もエリスを襲ってしまった事をオロオロと謝り倒すリゲル

「み…皆さん」

「分かるかエリス、八人の魔女全員がお前を評価している 感謝している 認めている、これ程の栄誉を受けた人間が未だ嘗ていたか?、これからそんな人間が現れるか?、…お前は立派になったさ、私達八人の魔女が保証する」

八人の魔女様達がエリスの成長を…、見れば師匠だけでなく他の魔女様達もエリスを見る目が昔と違う気がする、小さな子供を見る目から…一端の魔術師を見る目へと

「故に今ここに正式に修行の旅が終わった事を宣言しよう、と言ってもそんな感傷には既に浸り尽くしているだろうがな」
 
「あはは…すみません、一足先にアジメクを味わっちゃいました」

「構わんさ、あの小さかった頃に比べて皇都はずいぶん小さくなっていただろう」

「そうですね…」

旅に出て旅を経て旅を終え、何者でもなかったエリスは八人の魔女全員認められるほどの人間になれた、終いにゃ世界まで救って…凄いことになってしまったなあ

強くもなれたし、大きくもなれたし、友達も得た…これ以上ないくらいの成果だ

「で?、これからどうする?エリス、長旅になってしまったが、そろそろ帰るか?我が家に」

「うーん…、どうしましょうか、一度あの山小屋に帰りましたけどかなり荒れてて住むには難儀しそうな感じでしたよ」
 
「だろうな、覚悟の上だ…なら、何処かに引っ越すか?アルクカースでもデルセクトでもお前が望むなら何処へでも住処を移せるぞ?、私ももう姿を隠す必要も無くなったしな」

「そう言えばそうですね、何処へでも行けますし何をしてもいいんですものね」

「ああ、これからはお前のやりやすいような場所で修行をしようと思う」

「修行…」

「まぁその辺はお前に任せる、いつ決めてもいいが出来ればこの宴が終わる前に決めろよ」

「はい、そうさせて頂きます、師匠」


「ではレグルス、我が宮殿で伴侶として暮らすのは…」

「無しだ、今はエリスに専念さてくれカノープス」

「うむぅ、でもぉ折角レグルスが戻ったのにそんなすぐに離れなくともぉ、我はお前が心配で心配で」

「ダルい」

しかし、こうして見ていると師匠は本当に人が変わったようにも思える、いや性格が変わったとかではないんだが、こう…自分の意見はしっかり言うようになったというか、やや頑固になったような気がする、まぁエリスに対してはそんな事なくんですけどね

これが本当のレグルス師匠の姿なのか、…なんだか見られて嬉しいな

「ってかさてかさレグルスよう!、今度こそお前国持つ気はねぇかよ!、オレ様と戦争やろーぜー」

「断る、私に政治なんか出来るわけがないだろう」

「あら、やってみれば案外上手くいきますわよ」

「我ら帝国も全力で支援するぞ?」

「レグルスは優しいからね、きっと上手く国を運営してくれると思うんだけどな」

「やらん、それに何処にそんな領土がある、作るのか?」

「それはそうですけど…折角ならこれからの統治にレグルスさんの力を借りたいですし」

なんて魔女達が和気藹々(?)と話をしているそんな場面に、唐突に冷や水は被せられる

この手に入れた平和と朗らかな空気、それ打ち砕く声は同時に、エリスの新たなる旅を予感させるものであり…

「あのー?すみません、エリス様はこちらにいらっしゃいますか?」

「へ?はい?、なんですか?」

ふと、帝国の兵隊さんが申し訳なさそうに魔女達のいる場に踏み込んでくるなり、こういうのだ

「実は陛下が開けておいたゲートを通って…エリス様にお客様が参られまして」

「エリスに…客ですか?」

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