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十章 孤独の魔女レグルス

297.魔女の弟子と其れは再会の時

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朝、いいですよね朝って

特に晴れた日の朝はとても気分がいいです、目が覚めてカーテンを開けて流れる雲と草原を照らす陽光を見るだけで今日一日頑張ろう!って気になるもんね

世界各地の朝を見てきたエリスから言わせてもらえば、朝日が一番綺麗なのはアジメクです

これはエリスがアジメク人だからではなく、アジメクには緑が多く見渡せば必ず視界のどこかには草原と花畑があるからです、朝の情景に人工物は不要…ただただ風に薙ぐ草花を見て心を休める一時が微睡みからの覚醒に一番丁度良いのです

懐かしき領主館で一晩を明かしたエリスは古びて廃墟寸前となった部屋にて目覚め、気分良くアジメクの朝を迎えた、今日はこのまま皇都まで一直線…デティに会って状況を説明して、懐かしい人に挨拶して…

色々やらなきゃいけない事がある、けどこの朝日を見ていたらそんな苦労も吹き飛ぶ

さぁ、やるぞ!アジメクの草花に誓って!


と、やる気を入れたものの

「ゔぇっく!、いぇっぐ…ゔぇぇぇぇぇえぇええ!!」

「そ…そろそろ泣き止んでくださいよ、アリナちゃん」  

「エリズ姐!エリズ姐!ゔぇぇぇえぇぇえええ!!」

朝っぱらから大変だ、朝起きて外に出て馬車で旅の支度をしていたところいきなり屋敷から飛び出してきたアリナちゃんに泣きつかれた

そこで思い出したのは昨日、エリスの家に向かったっきり彼女の顔を見ていない事に、どうやらエリス達がアニクス山を越えている間に疲れて寝落ちしてしまったようなのだ

「ほら、大丈夫ですから…なんで泣いてるか教えてください、それじゃあ慰められません」

「すんっ…すんっ、き 昨日!いきなりエリス姐達がいなくなったから!あだじ!探して回ったんだよ!、あだじ…おいでいがれだのがどおもっでぇぇぇ!!」

「置いていかないですよ…」

「やぐだだづでごべんなざいぃぃ!!」

ギャンギャン泣き喚くアリナちゃんはどうやらエリス達がアリナちゃんを置いて先に行ってしまったと思って探し回っていたようだ、だから顔を合わせられなかったのか…

というかメグさん行き先教えなかったんですか…

「役立たずじゃありませんよ、寧ろ行き先を伝えなくてごめんなさい」

「ゔぇっ!ゔぇっ!ゔぇっ!」

こうして泣いているのを見ると、まだこの子も子供なのだなと思う、あの時牢屋で泣いていた頃とあまり変わりがないな…

「ははは、すっかりエリスもお姉さんだな」

「いやぁ、ありゃあお姉さんというよりお母さんだぜ」

「エリスさん小さい子にとっても優しいですからね」

む、何やら男性陣が言っている…、そこ!無駄話してないで馬車旅の支度してくださいよ!

「こらアリナ、あまりエリスを困らせるな?」

「ゔぃっ!、…あ…あんたは?」

「私はメルクリウス、エリスの親友とでも言っておこう…エリスは責任感の強い女だ、君を厄介払いして置いていくことはない、だからそう泣くな」

「ゔぅ…いい人ぉ」

メルクリウスさんに窘められようやく涙を引っ込め始めるアリナちゃんを見て、ホッとする…、ようやく泣き止んでくれた 子供に泣かれるのは苦手だ

と 汗を拭う仕草をした瞬間過るのは、師匠の顔だ

(そういえば昔も似たようなことがあったな…)

と言っても泣いてたのはエリスの方だ、寝ていたら急に師匠がいなくなってて 捨てられたと勘違いしてギャン泣きしたんだ、確かその時は師匠は森に近づいていた山賊を退治してエドヴィンさんに引き渡していたんだ

けどそんなことわからないエリスはもうそりゃあ泣きに泣いて…師匠を困らせた、その時師匠も似たように汗を拭っていたのだ

(あの時の師匠もこんな気持ちだったのかな)

だとしたら相当困らせたな…、また謝らないと

「次は…私も連れて行ってくださいよ、エリス姐」

「分かりました、分かりましたよ」

涙で目を腫れあがらせるアリナちゃんの頭を撫でて落ち着かせる、この子はどうやらあまり人の優しさに触れてこなかったタイプのようだ、あんまりぞんざいに扱うとまた泣かれてしまいそうだな

「ねぇみんな…馬車の準備…出来たよ?」

「あ、ありがとう…ございま…す?、ん?ネレイドさん?その木材なんですか?」

エリス達の話を引き裂くように準備が出来たと報告してくるネレイドさん、その片手に握りれているのは木材だ、綺麗に切りそろえられた木の板を持っている…、なんだそれ

「ん、これで馬車を修理してた…、昨日の無理な移動で…あちこちガタが来てたから…、板張り替えたり…車輪付け直したり…色々やった」

「え!?直してくれたんですか!?、ネレイドさん修理とか出来るんですか!?」

「趣味でやってる…だけ、本職程じゃ…ない」

それでも十分だ、見れば馬車の方もこれと言って異常が見られないし…、うん 完璧に近い直しぶりだ、まさかネレイドさんにこんなスキルがあったなんて…意外だな

「凄いですよネレイドさん!!」

「板はメグが用意してくれたから…えへへ」

「エリス様エリス様見ましたか?、ネレイド様が修理作業をする所…」

「え?見てませんけど…」

「凄いですよ、釘を金槌を使わず板に突き刺して、親指でぐっとするだけで頭まで埋まるんです…圧巻でしたよ」

そりゃ凄い…、道具要らずじゃないか、でもそっか ネレイドさんがこういう作業が好きなのは知らなかったな、案外手先は器用なのかもしれない

「えへへ…特技」

どんな特技だ

「あ、こちらも準備はよろしいですよエリス様、今度は空間拡張魔装も用いてバッチリ空間拡張を施したのでギュウギュウ詰めになることはないでしょう、アリナ様が追加されても問題なく収まるでしょう」

「あ、ありがとうございますメグさん」

どうやらメグさんの方も準備が出来たようだ、確かに昨日はギュウギュウだったから更に拡張してくれたのはありがたい、あの箱詰めに更にアリナちゃんも追加されたら大変でしたからね

と一息ついていると、アリナちゃんが…

「そう言えばエリス姐達って何処に行くの?何しに行くの?というかこれはなんの集団?」

「そういえばなんの説明もしてませんでしたね…」

「というかエリス様、そもそもの話アリナ様をこのまま連れて行くのですか?」

そういえばその辺の話もしてなかったな、連れて行くも何も彼女は皇都からエリスをぶちのめしに来たのだから行こうと思えば一人で皇都に一人で帰れるだろう、態々連れて行く必要は…

「や!、何するか分かんないけどあたしもエリス姐について行くんだ!」

「だ…そうです」

「畏まりました、では取り敢えず馬車に乗りましょう、詳しい話は後に…ここでモタモタしている分皇都に着く時間が遅くなりますし、何より…あちらがお待ちかねです」

「………………」

そう指し示されるのはアルクトゥルス様だ、テメェら早くしろよと言わんばかりに壁にもたれてイライライライラしてる、こりゃ早くしないとまた昨日みたいに押し込まれそうだ…

「よ よーし!みんな!乗り込もーぜ!」

「おー!」

こりゃいかんとみんな揃ってワタワタと馬車の中に追い立てられるように入り込めば、確かに昨日と違ってスペースが空いている気がする、まぁそれでも十分狭いが、それでも圧迫されることはないな

と広くなった馬車内部に安堵しながら取り敢えずその辺に座ると

「私ここー!」

ストンとアリナちゃんがエリスの膝の上に座ってくるのだ…いや、他にもスペース空いてるのですが

「あの、アリナちゃん?」

「なんですか!?エリス姐!」

「そこでいいんですか?」

「ここがいいんです」

そっか、なら…いっか

「ってかこの馬車どうやって動くんですか?、馬車は馬がいないと動かないんですよ?」

ナメてんのか、知ってるわそのくらい

「大丈夫ですよ、ほら あの人が引くので」

「えぇ…、過酷…ちょっと!あんたが引きなさいよ赤髪!強いんでしょ!?」

「え!?俺!?、別にいいけど多分師範の方が速いぞ?」

「へ?…」

刹那、ラグナの言葉を置き去りにするように馬車は動き始める、アルクトゥルス様が無言で馬車を引っ張り始めたのだ、ただそれだけでぐんぐん加速し思わず転がりそうになる体を必死に抑える

「な 何これ!なにこれぇ!、エリス姐怖いよお!!」

「しっかり掴まっててください、アリナちゃん」

「は はひぃっ!、でも馬車をこんな速度で引くなんて異常ですよ!」

「あの人は争乱の魔女アルクトゥルス様、俺の師匠さ?当たり前だろ」

「魔女様に馬車引かせてんじゃないわよ!」

それはそう、仰る通り過ぎて何も言えん…

「お おほん!、それよりアジメク到着まで時間があります、それまでに軽く自己紹介とエリス達の目的について話しておきますね、聞けますか?アリナちゃん」

「はい!エリス姐!」

この子とどれくらい行動を共にするかは分からないが、この分じゃアジメクについてからも付いてきそうだしな、目的を整理する意味合いも込めてここらで説明しておくとしよう

……………………………………………………

「つまり、ここにいるのはみんな魔女の弟子でエリス姐達はあの空に現れた幻像の元であるシリウスを退治するためにアジメクに来た…ってこと?」

「そうです、よく理解出来ました」

「えへへー!」

色々と説明した結果理解はしてくれたようだ、というかそもそも地頭自体は悪くことはないんだ、ちゃんと一から説明すれば理解はしてくれる…だが

「よくわかったか?チビ助、俺達の凄さがよぉ!」

「うっさいわね!ボケ!、気安く話しかけるんじゃないわよ!」

「口悪ぃ~…こいつエリスにしか懐いてないのかよ」

エリス以外の人間への当たりは相変わらずだ、まぁエリスには懐いているしいいか…

とはならない、エリスはこの子に人に嫌われるあまり損な役回りを演じる子になってほしくない、というか何よりエリスの友達にそんな暴言吐かれては流石に気分が悪い

「アリナちゃん、エリスの友達をボケ呼ばわりするなら膝の上から降りてください?」

「あ!あ!あ!、ごめんなさいアマルトさん!」

「いやいいって、気にしてないしな、なはははは」

「…大人なのね、私ならボケって言われたら噛みつきにかかるわ」

「元気がいいなぁお前、いいんじゃねぇの?若いうちはさ、まぁあんまり闇雲に暴れてると痛い目に会うときもあるから気をつけな」

な!とアリナちゃんの頭を撫でて笑うアマルトさんは意外と大人な対応だ、いやそもそもこの人は罵倒されてキレるタイプでは無いな、痛い所突かれたら顔真っ赤にするけど

「これがエリス姐の友達なのね…、エリス姐は友達多いのね、私は一人もいないわ」

「エリスも昔は友達の一人もいませんでしたよ、慌てることありませんって」

「そうかな…、まぁでも今はエリス姐がいるからいいかなぁ!、ゴロニャーン!アリナは猫ですぅ!エリス姐ナデナデしてくださぁい!」

「…ふふ」

全くこの子は、本当に分かってんのかな…でも可愛いからいいや、エリスの上で転がり見せてくるお腹をさすさすと撫でて甘やかす


「にしても…、アジメクとは随分緑が多いのだな」

話もひと段落し、メルクさんは馬車の外に目を向ける、そこには高速で流れていく草原とか森が目まぐるしく映っている

「ええ、アジメクは自然と共存する国なのでございます、なので主要な産業も基本的に農業や酪農でございますし、各地の村も森も大規模な田畑を所有しているのです、なので必然的に用水技術も発展しております、ほら 彼処に灌漑が見えます、感慨深いですね」

「言いたいだけだろ」

「勘がいいですね」

「………、た 確かに用水技術は発展しているように見えるが、なんというかあまり大きな街も見えないぞ?、全部ムルク村みたいな小規模な集落ばかりなのか?」

「そりゃメルクよぉ、アジメクって言やぁ魔女大国一の田舎国家って有名だろ?、魔獣も出ないし平和極まり無い農村国家なのさここは、まぁ…コルスコルピも似たようなもんだがな」

おいおいアマルトさん、そりゃあいくらなんでも聞き捨てならないぞ…

「ちょっとアマルトさん」

「あ、悪い…」

「いえ、エリスは別にいいです、けどここにはほら…アリナちゃんが」

エリスは別になんと言われてもなんとも思わん、これがアジメクならば何も恥じることはないと思っている、だがアリナちゃんは一応アジメク人な訳ですし自分の国を悪く言われたらまた…

「別にいいわ…、事実だもん…アジメクは田舎国家、否定のしようがないわ」

「お おいおい、俺から言いだしといてなんだがそうも卑下にすることは…」

「だって本当だもん、あーあ!デルセクトみたいな華やかな国に行ってみたいなぁ~、そうだ!私もエリス姐みたいに旅してみようかな!」

「旅ですか?、…まぁいいとは思いますよ?どの国も素晴らしいですからね」

「エリス姐は全部の魔女大国を見てきたんでしょ!?、ねぇ!教えてエリス姐、他の魔女大国ってどんな所なの?」

エリスにまとわりつくようにしがみついてくるアリナちゃんはどうやらアジメクという国があまり好きではないようだ、まぁ確かにデルセクトやアガスティヤに比べれば…よく言えば落ち着いている、悪く言えば田舎な国だしな

若い子にはあまり好かれないのかもしれない

「そうですねぇ、お隣のアルクカースなんかもいい国ですよ?」

「怖い国って聞いたことあるわ…、みんな街中で喧嘩している治安の悪い国だって」

「おっと、そりゃ大王として聞き捨てならないな、まぁ一昔前は実際そうだったが、最近はそのフラストレーションを溜めないように武闘大会を開きまくって幾分か治安も良くなってるんだぜ?」

「そうなの?…」

「ああ、何よりアルクカースはいいぞ?、何せぶちのめせば誰も文句言わない、殴って叩きのめせばそれだけで尊敬される、強い奴が偉い 強い奴が尊ばれる国、それがアルクカースさ いい国だろ?」

それを治安が悪いというのではないのですか?ラグナ…、そんな話聞いたらアリナちゃんだって怖がりますよ

「えぇ!本当!いいなぁ!私行ってみたい!」

と思ったら乗り気だ…、この子もこの子で治安悪いな…

「だって勝ったら誰もぐちぐち言わないんでしょ!?」

「勿論!」

「この国は試合に勝ってもみーんな負け惜しみばっかり、年下に負けたってグジグジ言うばっかりだもん、ならアルクカースみたいな国の方が私にあってるかも!!」

「そうなのか?、アルクカースなら年下だろうが極論赤ちゃんだろうが勝てば尊重されるし、相応の地位も手に入れられる」

「じゃあさ…ここで私があんたに勝ったら、私はアルクカースの大王になれるの?」

へぇっ!?なんて事を聞くんだこの子は!、ラグナは本当に大王なんですよ!?魔術導皇に並ぶ世界的権威者なんですよ!?そんな口聞くのは流石に無礼ですよ

「へぇ、お前面白い奴だな…、ああそうだな?勝てたらお前でも玉座に座れるぜ?」

「ふーん、じゃあ…」

「ただし、勝てたら…な」

刹那ラグナの体から溢れる闘志は瞬く間に室内に広がる、お前のことは可愛がってはいるがもしケンカを売るなら容赦はしない…、そう語るような威圧にエリスも思わず喉が鳴る、おっかねぇ…

「や やめとくわ」

「ん、利口だな?出世するぜお前」

「もうしてるわよ、じゃあ~エトワールは!?私昔からエトワールに行ってみたいと思ってたのよ!」

「おお、僕の国ですね!エトワールはいい国ですよぉ~」

自分の国を褒められ寄ってくるのはナリアさんだ、やけにニヨニヨ笑いながらアリナちゃんのところまでとてとてと四つん這いになって現れる

「あんたエトワールの出身なんだ、…エトワールには面白い小説や綺麗な彫刻がある世界一ロマンチックな国って聞いてるの、行ってみたいなぁ~」

「ええ、エトワールは芸術の国ですからね、ね!エリスさん」

「はい、街全体が一つのアート…なんて街も多くありますからね、行くだけで楽しいですよ?彼処は」

「そうなの!、じゃあ劇は!演劇!、私見てみたい劇があるの!」

「なんですか?」

「悲恋の嘆き姫エリス!、エリス姐と同じ名前だし!」

それは悲恋の嘆き姫エリスがエリスと同じ名前なのではなくエリスがエリス姫と同じ名前なのですよ…、エリスの元ネタだし

でも悲恋の嘆き姫エリスが見たいのかぁ、あれを見るのはちょっと難しいかもしれないなぁ、なんて思ってるとエリスより先にナリアさんが難しそうな顔をして

「あれは常時やってる劇では無く、特別な行事の時にしかやらない物なので見るなら時期を見計らわないと難しいかもですね」

「へぇ、そうなんだ…、貴方詳しいのね 悲恋の嘆き姫エリス見たことあるの?」

「え?ええ…まぁ、昔はたくさん小説とか読みましたし」

詳しいと言うよりその人が悲恋の嘆き姫エリスの主演ですよアリナちゃん…、ナリアさんも『まだ知名度が足りないのかな』と本気で悩んでいるが…、エトワールとアジメクは距離的に最も遠い国だし気にしなくて良いのでは…

「いいなぁ、デルセクトは楽しい所って聞くしオライオンも静かで良いところって言うし、コルスコルピは薄らカビ臭い国だって言うし」

「田舎って言ったの気にしてる?悪かったよ…ホント、ごめんなさい」

「ではアガスティヤ帝国はいかがですか?アリナ様、彼処も良い所ですございますよ」

「…アガスティヤは…嫌」

ん?、なんか帝国にだけ風当たりが厳しくないか?、アガスティヤもいい国だよ?と言うか国の豊かさで言えば多分世界一だ、なのになんで嫌なのだ?

「…もし、よろしければ理由をお伺いしても?アリナ様」

「みんな言ってるわ、アガスティヤはアジメクとアルクカースとデルセクトの三国同盟を警戒してるって…、いつか攻めてくるんじゃないかって…だったら敵でしょ、行きたくないわ」

「なんと…」

チラリとメグさんの目がこちらに向けられる、そう言えば帝国でも似たような事を聞いたな、アジメク アルクカース デルセクトの三国同盟はアガスティヤ側から見ても面白くないと、この三国とアガスティヤの関係性は最悪だ…なら、アガスティヤに住まうアリナちゃんもそう言うイメージでもおかしくはないか

でも

「大丈夫ですよ、アリナちゃん…魔女大国間で戦争なんか起きませんし、帝国とも近々手を結ぶ予定ですから」

「そうなの?なんでそう言い切れるの?」

「だって今はエリス達がいますから」

「……あ」

そりゃあさ、少し前までは魔女様達も疎遠になって魔女大国同士で軋轢も生まれて、大国同士の戦争なんて話も話題に上がった事もある、けど今はあり得ない

今はエリス達がいる、魔女の弟子達がいる…、戦争なんか起こさせやしない、例え魔女様が望んでもエリス達が争わせない 世界各地に八人いるエリス達が魔女大国同士の争いは起こさせないから大丈夫だ

「これからは大国同士もっと仲良く付き合っていくんです、手と手を取り合ってもっと繁栄して、全ての国のいいところを持ち寄って全ての国で色々な悪いところを消して、最高の世界を作っていきます、だからアリナちゃんは安心しても大丈夫ですよ」

「エリス姐…」

「ね、皆さん…と言っても世界の舵取りは皆さん頼りですがね」

「構わねぇよ、俺も同じ気持ちだ、ここにいるみんなと昨日よりも良い世界を…それを作るためならなんだってする」

「ああ、私達で魔女様さえ作れなかった最高の世界を作る、それこそが或いは弟子の務めなのかもしれんしな」

「………」

エリス達は何もシリウスを倒すためだけに協力してるわけじゃない、みんなで一緒に未来を作るために一緒にいるんだ、ここにいるみんなとなら時代だって作れる…エリスはそう確信しています

(ここにいる人たちで…魔女の弟子達で、もしかして私…凄い時代に生まれて凄い人達に囲まれてるんじゃ…)

もしかしたらここが時代の中心地なのではないか…そうアリナに悟らせる程には、弟子達の存在はあまりに大きかった、エリスだけではないのだ アリナが見上げる存在は、魔術導皇もエリスもラグナもメルクリウスも皆が皆…アリナよりも高みにいるのだと、彼女は悟る

「…分かった、じゃあ私も頑張るねエリス姐、私宮廷魔術師団の団長だから…みんなが作るものを守るのが私の仕事だから」

「ならその為にももっと強くならないとですね、大丈夫…アリナちゃんならすぐに立派になれますよ」
  
「うんっ!頑張る!」


「可愛げがあるねぇ、ああいうのは弟子の中に居ないからな」

「何をいうかアマルト、デティがいるだろう」

「アイツは可愛げから一番遠いだろ!」

『ふぁあ~…テメェら、ムダ話もそろそろにしろよ!、着くぜ!皇都に!』

ふと、馬車の外よりアルクトゥルス様のあくび混じりの声が聞こえる、それにつられて外を見れば…近づいてくる、巨大な街 そして陽光に照らされる城、皇都と白亜の城だ

「っ…」

ゴクリと息を飲む、どうやら優雅なアジメク旅ももう終わりのようだ…!、ここからは対シリウスに頭を巡らせる日々が続く、そしてそんな日々も長くはない

この街と白亜の城を守り、シリウスの肉体をシリウス自身から守り抜くことが出来るかどうか、それが世界の命運を分ける

よし…やるぞ!

………………………………………………………

「ここが皇都…立派な街だな、流石はアジメクの中央都市」

目の前に見上げるのは巨大な石壁、アジメクの中央都市である皇都を囲む荘厳なる岩壁を前に見上げる…立派な壁だ、エリスの記憶にある通りの壁だ

そんな壁の真ん中にドカンと開いた巨大な門の奥には騒がしくも美しい街並みが広がる、白い石造りの家と輝くような燈色の屋根、そして街を彩る煌びやかな花々…これが皇都、エリスの旅の出発点

「ここにデティが居んのか?、立派な所に住んでるんだな」

「何言ってるんだアマルト、彼女はあれでも魔術界の頂点にして魔女大国を統べる指導者の一人だぞ、貧相な所に住んでるわけがないだろう」
 
「いやそれもそうなんだけどさ、コペルニクス城が霞むレベルの城じゃねぇ?あれ」

門の外に停められた馬車から次々と降りるエリス達魔女の弟子達は大通りの奥に見える白亜の城を見てその圧巻の美しさに息を飲む

白亜の城はいくつもの城を見てきたエリスの目にも凄まじい物として映る、確かに白亜の城は凄いですよ?サイズもその造形も美的外観も、明らかに他の城とは規模が違うし…

「それもそうでございます、デティフローア様の家名たる『クリサンセマム』は八千年前から魔術の名家として残り続ける最古の一族の一つでございます、当然その権威は他の国の王族とはレベルが違います、八千年前から人々の上に君臨し続けていると言う点では魔女様と同格と言えるでしょう」

「へぇ~、魔術導皇ってそんなに昔から続いてるんですねぇ~、ますます僕緊張してきましたよ、今からそのデティフローア様と会うんですもんね」

「失礼がないように…しないと」

「あんまり気にする必要ないと思うけどな」

まぁ、礼儀とかは気にしなくていい というのはラグナの言う通りだろう、デティはその辺気にする人ではない、寧ろ彼女がもっと気にしなきゃいけないレベルだ、知ってますか?彼女寝る時はおへそ見せてガーガーイビキかいて寝るんですよ?、オマケに半ケツになってボリボリお尻掻くし

「あーあ、もう皇都に戻って来ちゃったぁ…、でもエリス姐と一緒ならいっかぁ!、ねね!エリス姐!早く行きましょう!」

「ええ、そうですね…ここから長いですからね」

そう、ここから長いんだ…、皇都は外周から市民が暮らす居住区画と商人が暮らす商業区画と貴族が暮らす貴族区画 そしてその中央に白亜の城と、バームクーヘンみたいな街の構造をしており、かつその規模も世界屈指の大きさだ

真っ直ぐ大通りを通ってもかなり時間がかかってしまう、だから行くなら早めの方がいいだろう

「それもそうだな、この街かなりデカそうだし」

「街人撥ね飛ばして轢き殺していいなら、中央までオレ様が送ってやるぜ?」

「絶対やめてくださいよ師範、魔女が他国で殺しはマジでシャレにならないので」

「冗談だよ、スピカに泣かれたくねぇ…オラ、行くぞ」

「はーい」

引率のアルクトゥルス様に引き連れられ魔女の弟子達は次々と街に入っていく…、あの大きた門に吸い込まれるように入っていく、そんな後ろ姿を巨大な門と共に呆然とエリスは立ち止まって眺め続ける

さっきも言ったがエリスの旅はここから始まった、あの時は終わる頃どれだけ師匠に近づけているか…ただそれだけが楽しみだった、師匠と一緒にここに帰ってくるもんだと思ってた

けれど今エリスの隣に師匠はいない、シリウスの毒牙により引き裂かれ…そのまま戻ってきた、エリスは帝国でもオライオンでも師匠を救えなかった、…悔やまれることばかりだ

まさか、旅の果て…慚愧と後悔にまみれエリス一人、ここに戻ってくることになろうとはあの時は全く思いもしなかった

この門を一人で眺めることになるとは思いもしなかった、それはとても寂しい、だが

「おーい、エリスー!何やってんだよー!」

「この雑踏だ、すぐに逸れてしまうぞ」

「ボーッとすんなよ~?、センチになるのはもういいだろ~!」

「エリスさーん!こっちこっちー!」

「まさか先程の馬車で酔われましたか?、肩を貸しましょうか?エリス様」

「ゆっくりでいいよ、私…どこに居ても見えるくらいおっきいから…目印になるから、ね?」

けれど、一人で帰ってきたが 一人ではない、長い旅で手に入れたかけがえのない人達と共に帰ってこれた、そこは嬉しいと思う 素直にね!

「今行きます!みんな!」

拳を掲げ、いざ向かうは白亜の城…懐かしき皇都へとエリスは旅を終え帰還した、行くぞ!

……………………………………………………

「ふぅ~、草原を走ってる時は思わなかったが…やっぱ中央都市に来ると違うな」

「アジメクは村や町が少ない分人口が密集していますからね、恐らく人口密度という点ではこの街は世界一かもしれません」

歩くのは懐かしき大通り、昔エリスが迷子になったあたりだ、そこを今はみんなと一緒に歩いている、もう人の波に押し流されて迷子になることはなさそうだ

「やっぱ雰囲気いいなぁアジメクは」

「そう言えばラグナは皇都に来たことがあるんでしたっけ?」

「ああ、一回だけデティに会いにな、アジメクとアルクカースの国家間の関係向上のために来たんだ、やっぱあれこれするより国のトップが相手の国に行く方がイメージがいいからな」

「やっぱり隣国だとそういう交流が出来ますからね」

「そうだな、つってもそん時はこんな自由じゃなかったぜ?、もう来るなり盛大にパレードが開かれてさぁ、こうやって雑踏を歩くことも出来なかったから 新鮮な気分だ」

そりゃラグナが大王だからですよ、隣国の大王が訪れるというのに玄関先で会釈だけして終わりなんてことはない、盛大にお出迎えするのが礼儀だろう

「流石は魔術界の総本山、魔術の教本がすげぇ数置いてあるな」

「どうした?アマルト、何か買いたい本でもあるのか?」

「別に、けどこう…なんかワクワクしねぇ?、知らない街で見る本屋ってさ!」

「分かる、つい衝動買いしてしまうな」

アマルトさんとメルクさんは何やら観光気分だ、まぁ今は状況よ切迫してないし構わないけど…、って どうやら観光気分なのはこの二人だけではないようだ

「ねぇ、メグ…」

「はい?、なんでございますか?ネレイド様」

「これ見て…」

「え?、あら 綺麗なお花…、花屋でございますか」

「買ってこ」

「い いや…これから魔術導皇様にお会いするのですし、手荷物を持っているのは…」

「そっか…じゃあ、あれ買ってこ」

「次はパン…、ネレイド様 ひょっとしてかなりはしゃいでおられます?」

「うん…ワクワクしてる…」

「それはまた…、でしたらこの後一緒に街を歩きますか?、私とで良ければ」

「お願い」

ネレイドさんもぬぼーっとしているように見えて、いつもより周りを見る頻度が多かったり やや頬が紅潮していたり、結構ワクワクしてるんだなというのが分かる

特にネレイドさんは楽しんでいると上唇をキュッと雛鳥のように上に上げる癖があるからね、最近この人のことが分かってきましたよエリスは

「ねぇーねぇーエリス姐ー!、空飛んでこうよー、私人混み嫌いーぃ!」
 
「そんなことしたら悪目立ちするでしょ…、いや別に目立ってもいいのか?、いやいやダメですからね?、我慢してください」

「ちぇー」

別に一目を避けてるわけじゃないんだが、ダメだな…まだオライオンでの感覚が抜けてない、というか、まぁ街中で魔術を使うのは普通に良くないことなのでダメですが

「そう言えば、この街…スピカ様が居なくなったというのに、あんまり異常が見られませんね」

スピカ様は今シリウスの所に居るはずだ、ということは今この街は魔女が不在のはず、だというのにそれほど大きな混乱も見られない…

「多分、デティが頑張ってるんだろうな」

「ああ…デティ」

そっか、デティが…そうか、彼女も魔女不在でも国を取りまとめることが出来るまでに成長していたんだ、昔はスピカ様の後ろに隠れるばかりだったのに…凄いなぁあの子も


 「……………」

「すげぇ…、見ろよあそこの女、でっけぇ…ホントに人間か?」

「見て、あっちの子可愛い~!」

「ん?、あの赤髪の男の人…見たことある気が」


「しかし、目立つなぁ」

こうして普通に歩いているだけでもエリス達は目を引いてしまう、ネレイドさんはまぁどうしても仕方ないにしても、ナリアさんは普通に可愛いしラグナはなんか例のパレードの事覚えてる人もいるし、そもそもここにいる人たちみんな結構色の濃い人たちばかりだし、なんかどんどん人目を集めている気がする

これ、普通に街中あるの失敗だったか?、もうアリナちゃんの言う通り空でも飛ぶか?

「あの人メイドの格好してるんだけど…なにあれ」

「わっ、あそこの癖毛の人…かっこいい…」

「あれ?エリスちゃんじゃね?」

「青毛の方もかっこいい、なんの一団かな…」

「あの褐色の方…アルクトゥルス様に似ている気が…いやぁ、まさかなぁ…」

まぁ最悪人の海が出来てもぶっ飛ばして進むくらいのことは出来るし…ん?、あれ?今人混みの中からエリスを呼ぶ声がしなかったか!?

「っ!誰ですか!?」

まさか知り合いか!?そう咄嗟に人混みの中から知った顔を探す、今エリスを呼んだ声…一瞬だったから確証が持てないけれど、聞いたことがある気が…!

「エリスちゃん!エリスちゃんこっちこっち!」

「この声…もしかして!」

人混みを掻き分け寄ってくるのは緑色の髪の女性、紙袋を片手にラフな格好をした女の人…、ああ!この人か!確かにこの人は皇都在住だったはず!

「貴方は…ナタリアさん!」

「そうそう、覚えてる!?」

寄ってきたその顔に見るのはかつての光景、レオナヒルドによるデティ誘拐を一緒に乗り越えた友愛騎士団の治癒術師、ナタリアさんだ

エリスがムルク村で出会った騎士の一人にしてアジメクでの戦いを共にした頼もしい協力者の一人だ、卓越した治癒魔術の使い手でありながら本人の戦闘力も高くまさにアジメクのエリートの象徴みたいな人、それがナタリア・ナスタチウムさんだ

ナタリアさん…だと思うんだが、記憶にあるよりも顔に皺が大きい気がする、いやまぁ普通に綺麗なんですけど、こう…目元に走る皺…ほうれい線って言うんでしょうか、それがまぁ深々と…

「老けましたね!」

「んーん!第一声!、そりゃあ老けるよ!もう四十だよ!?私!」

そっか、もうそんなになるのか…確かにもう十年以上経っているんだからそのくらいか、もうナタリアさんも立派におばちゃんか

「えぇ!?何エリスちゃん帰ってきてたの!?、知らなかったぁ!一言くらいくれれば出迎えたのに!」

「数日前に帰ってきたばかりなんですよ…、それよりナタリアさんこそどうしたんですか?その格好、今日は騎士の仕事はお休みですか?」

見ればナタリアさんは騎士のコートや鎧を着ていない、かなり質素なコート姿だ、昔は寝る時も騎士の格好をしてたのに珍しい…

「あー、騎士はもうやめたのよ」

「え!?やめちゃったんですか!?」

「さっきも言ったけどもう四十よ、昔みたいに動けないし…この間昔つけてた剣を持った時なんかびっくりしたね、重くて持ち上げらんないの!、老いたなぁ…私」

「ってことは今は…?」

「ん?軍人時代のお金使ってそこで喫茶店経営してんのよ、よかったら一杯どうよ」

もう騎士はやめて今は喫茶店でマスターをしているというナタリアさんの姿、やっぱり時の流れを感じる、エドヴィンさんは病気で亡くなり ナタリアさんは騎士をやめている、エリスの知ってる人達がエリスの知らない姿をしている、そこに行き着くまでの十年を知らないだけでガラリと世界が変わってしまったようだ

「すみません、エリスはこれから…」

「ん?、どうしたんだ?エリス、この人知り合いか?」

「あ、ラグナ…」

「ん?、知らない顔…まさかエリスちゃん!?この人彼氏!?、なぁに!?ちょっとやだぁ!旅から帰って来るなりこんなイケメン連れて来て!、いい男捕まえたじゃん!ちょっとぉ!」

「ぶはぁっ!?なななな何言って!?!?」

「ちょっ!?なんだこの人…!」

「んぁ?、その様子じゃ彼氏とかではない?…」

「ラグナはエリスの友達です!、彼氏なんかじゃありません!」

全くナタリアさんはもう!、彼氏なんて言われたらラグナもショックですよね、ほら見てくださいラグナの落ち込んだ顔…、いくらナタリアさんでも失礼なこと言うと許しませんからね

「…この顔、脈はありそうだなぁ…、にしても 随分色んな人たち連れてるね、エリスちゃん」

「はい、この人達はエリスが旅をして出会った大切な友達にして頼りなる仲間です、一人一人紹介したいところですけど、今は少し急いでまして」

「そっか、…いい旅したんだね、お姉さんも嬉しいよ…ってもうお姉さんじゃないか、たはは」

エリスとしても、色々聞きたいことはある、ナタリアさんがこの十年で何をしていたのかを…デイビッドさんは今何をしてるのか、メイナードさんやフアラビオラさんは今も騎士をしているのか、クレアさんは…騎士をしているのは知ってるが元気かを、色々聞きたい エリスのアジメクで出会った友達の近況を

だが、今はまずデティの顔を見たい、何はともあれそこからなんだ

「旅を経て、仲間を得て…強くなって、あの小さかったエリスちゃんがこんっなにも立派になって、私はとっても嬉し…い……?」

そうナタリアさんが口を開こうとした瞬間、目を落とす…視線を下に向ける、エリスの下にくっついているアリナちゃんを見て…

「あれ?、エリスちゃん子供生まれたの?」

「んなわけないでしょうが!、アリナちゃんですよ!アリナちゃん!ムルク村の!」

「って言われても別に彼処そんなに記憶に残ってないし、でも…アリナってまさか」

「そうよ、護国六花のアリナよ、…あんた いえ 貴方『金蓮のナタリア』よね、私の先輩の」

「こりゃ…宮廷魔術師団の団長様かい、…驚いた こんなちっちゃい子が今は宮廷魔術師団の団長だったとは…しかもあの護国六花か、フッ 先輩がなんて言うやら」

なんだ、この二人知り合いじゃないのか?っていうか、この間からずっと気になってた事なのだが、その護国六花ってなんだろうか、前エリスがアジメクにいた時はそんな名前聞いたことも無いけど

「まぁいいや、また落ち着いてからでいいから私の喫茶店に来なよ、もう旅は終わったんでしょ?、ゆっくりしていけばいいよ」

「ありがとうございます、でしたらまたお邪魔を…む」

刹那、異様な空気を察して思わず路目が尖ってしまう、だってそうだろう、いきなり目の前の人の海が割れて道が出来たんだ、何かによって人混みがこじ開けられた…ただならぬ何かに、悪いがそれを見て『なんだろう~』と呑気に構えられるタイプじゃないんだ

「…遅え出迎えだな、オイ」

「え?あ?え?」

ラグナの低い声にびっくりして思わず立退くナタリアさんによって、エリス達の視界はようやく確保される、割れた人混みの奥に立ち並ぶ一団の姿をこの目で捉えることが出来る

あれは、豪奢な鎧と絢爛な剣…

「友愛騎士団か…」

「なんか、物々しい雰囲気ですね」

「皆さま、油断なさらぬよう」

「言われずとも」

「………敵なら潰すよ、敵ならだけどね」

軒並み敵意というか…警戒心を露わにする弟子達、エリスもまた警戒する、目の前にいるのは友愛騎士団だ、間違いない…十年経っても鎧のデザインは変わらないからね、だがかつて彼らが向けていたフレンドリーな気配を今は感じない

向こうもエリス達を警戒しているようだ、ならこっちも警戒する…当たり前の話だ

「これはこれは、お早いご到着で…エリス殿」

「…誰ですか?」

そんな友愛騎士団を率いて現れたのは見たことのない男だった、白銀の鎧の上に黒いローブを身に纏った男、眉無しに彫りの深い顔…見るからに悪人ヅラだな、あんなのエリスがアジメクにいた頃は居なかったぞ

そんな見知らぬ男が友愛騎士団の格好で何やら恭しくエリスに近づいてくる

「そう警戒なさらないでくださいませ」

「警戒してるのが分かるなら、エリスが何故警戒してるかも分かるはずです、鎧着込んだ人間がゾロゾロやってくりゃ呑気な鼻垂れ坊主でもビビりますよ」

「フッ、思ったり警戒心が強いお方のようだ…私の姿で驚かせてしまいましたかな?」

「あとエリスは回りくどい話が嫌いです、言いたいことがあるなら早く言いなさい」

見た感じこいつが騎士団達のリーダーっぽいな、だがこの話口調は好きじゃない、これは相手を値踏みする奴が使う試すような文言だ、気に食わない…いきなり現れてエリスの価値を見定めようとするなんて、礼儀正しいとは言えないぞ

「失礼しました、私は護国六花が一人 暗黒策士のデズモンドと申す者、そこのアリナ様と同じアジメクの友愛の従僕にございます」

「護国六花…デズモンド」

暗黒策士とはまぁなんとも悪そうな名前だな、それを堂々と名乗るあたりもどうかと思うが…、こいつも護国六花?アリナちゃんと同じ…

「あの、ラグナ…護国六花って何か知ってますか?」

「むしろ知らないのか、護国六花ってのはアレだ アジメクの精鋭の名前だ、デティが直々に選んだ六人の騎士達、アジメク最強の戦士達だ」

「つまり、四神将とか三将軍とかそんな感じの?」

「その通り、最近設立した部隊だからな…まぁ知らないのも無理はないか」

なるほど、じゃあ目の前のアイツは…デズモンドは相当な実力者であると、エリスが居ない間に頭角を現したのかな?

そんな奴が、何故それがこうして騎士団を率いてエリスの前に現れたか、考えるまでもないだろう

「エリス姐!気をつけて!こいつ見た目通り悪人だから!」

「アリナ殿、何をおっしゃられているので?」

「エリス姐こいつ悪い奴だよ!私の後ろに隠れて!」

なんで同僚の貴方が一番警戒してるんてるんですか、仲間では?…そう伺うようにデズモンドの顔を見ると

「これはこれは…」

なんかめっちゃ困ってた、アリナちゃんの言葉に困惑してピクッと揺れる手つきは行き場を失いワタワタと揺れている、どう弁明したものかとエリスの顔をチラチラと見て唇が震えている、わっかりやすいくらい苦労人気質な人だな、多分いい人だな…うん

「アリナちゃん下がってください」

「でもこいつ意地悪よ!、いつも私を狭い部屋に閉じ込めて拘束しようとするの!」

「それはアリナ殿が期限間近の近況報告書を書き終えていないから私がお手伝いしているのではありませんか」

「後でやるつもりだったの!」

「残り三時間で期限切れのあの報告書もですか?」

「そ…そうよ」

これは分が悪いぞアリナちゃん、デズモンドの事が嫌いなのはわかったが だったら次からは隙を見せない事だな

「アリナちゃん、エリスはエリスの敵くらい自分で見分けられます、彼らは敵ではありません」

「おや、分かっていただけましたか」

「ええ、まぁ…最初は何か試すような口振りで気に入りませんでしたが、状況から見て貴方が敵はあり得ません」

そもそも街中に騎士団を連れてきた時点で敵対はない、だってすぐ傍には民間人が多数いるんだぞ?こんな状況で戦い始めるなら騎士以前に人として失格だ

やるならもっと人気の無いところで、後あの程度の人数ではなくオライオンの時のように軍勢を連れて来るべきだ、悪いが十数人の騎士程度じゃエリス一人も止められませんからね

「ええ、ええ…我々は貴方達と敵対するつもりはございません、我々はただお迎えに上がっただけでございます」

「エリス達をですか?」

「はい、ただ想定していた時刻よりも大幅に早く到着されましたので…些か遅れてしまいましたが」

だとしても大したもんだと思うがな、エリス達はアルクトゥルス様という史上最高の馬車馬を使ってここまで高速で飛んできたんだ、本来の想定より早いどころか常軌を逸した速度と言える、だがそれに対応して見せるあたり…中々にやるのかもしれないですね

「しかし、こうして見ると中々に豪勢な顔がズラリと…、フフフ このような方々のもてなしをするなど緊張してしまいますね」

「緊張するなら私がやってあげましょうかデズモンド!」

「貴方はクレア団長がお呼びです、すぐに向かわないと大変なことになるやもしれませんよ」

「クッ クレア団長が!?、ごめんエリス姐!私行かなくちゃ!殺される!」

ギョッと!顔を青くするなりまるで逃げるように走り出し白亜の城に向かっていくアリナちゃん、彼女を駆り立てるのは一つ クレアさんの呼びつけだ、まぁ…確かにあの人怒らせるとシャレにならないくらい怖いしな、十年前の時点で既に相当強かったのに今じゃアジメク最強戦力だと言うじゃないか

今から会うのが楽しみだが…まずは

「ではこちらに、馬車をご用意してありますので」

そう言いながらデズモンドはエリス達を白亜の城に連れていくための馬車を四台用意してくれる、いずれも豪奢な装飾が施された豪華仕様、でも

「四つですか…」

「ええ、皆さまに窮屈な思いをさせないよう来賓用の馬車をかき集めました、こちらに分けて乗っていただきます」

「助かる…、私…おっきいから」

むしろ一人で一台使っちゃうかもとやや申し訳なさそうなネレイドさんは置いておくとして、恐らく窮屈な思い云々は建前だろう、アジメクにはもっと大きなサイズの馬車もあるしそれならエリス達全員乗るはずだ、なのに飾り気を重視して馬車の数を増やした…なんて間抜けな話もあるまい

多分これはエリス達を分断させるつもりだ、そして恐らく次に出る言葉は

「では、ラグナ様とアマルト様とナリア様はこちらに」

「俺たちの名前も把握してんのか」

「有名人ですので、そしてこちらにはメルク様とネレイド様とメグ様でお乗りを、エリス様は申し訳ありませんが…私と乗っていただけますか?、アルクトゥルス様は魔女様ですので一番いい馬車にお一人で…」

「……なるほどね」

エリスを一人にして、デズモンドと二人っきりになる状況を作りたかったのだろう、回りくどいことをするやつだ

「……ラグナ」

チラリとラグナの方を見ると彼も同じことを読んでいたのかコクリと小さく頷いてくれる、エリスもラグナもデズモンドが敵ではないことは理解した、だがだからと言って警戒を解いたわけではない、デズモンドがどう出るかまだ分からない状態でおめおめ二人っきりになってやる必要はないだろう

「すみません、エリスはラグナと一緒がいいです、それでもいいですか?デズモンドさん」

「そうですか、構いませんよ」

構わない…か、ここで挙動不審にならないのは流石はアジメクの策士といったところか、それとも本当に何もする気がないのか?、まぁどっちでもいい、警戒するに越したことはない

「では、そのように」

「え?ってことは俺とナリアで二人きりか?、ラッキー!馬車を広々使えるな、ナリア」

「はい!アマルトさん!、あんな豪華な馬車に乗せてもらえるなんて幸運ですね!」

「うう、狭かったらごめんね…みんな」

「問題ありません、私が空間拡張を行いますので」

「フンッ、貧相な馬車だが許してやる、オレ様は寛大だからなぁ」


「ラグナ…エリス、気を抜くなよ…デズモンドという男、かなりやり手だぞ」

「問題ないよメルクさん、最悪俺とエリスなら大概のことは乗り切れる」

次々と馬車に乗り込んでいく仲間達の中メルクさんだけが気を抜くなと言い残してくれる、けどそこはまぁ大丈夫だろう、最悪デズモンドが襲いかかってくることがあってもエリスとラグナなら多分乗り切れるし、何か仕掛けてきても同様に対応出来る

「エリス様?ラグナ様?、こちらに」

「おう、さ 行こうか、エリス」

「はい、ラグナ」

先に乗り込んだラグナが段差に躓かないようにエリスに手を差し伸べてくれる、その手にエリスの手を置いてそのまま引き上げてもらうように馬車に乗り込めば、中に見えるのは向かい合う四つの座椅子、昔ムルク村から皇都に連れ出される時もこんな馬車に乗ってきたのを思い出すな

「窮屈で申し訳ない」

「そんなことはないさ、三人で乗るには広すぎるくらいだ」

「アルクカースの大王様を乗せるには狭過ぎるという話でございます」

「なら安心しな、俺はそんなことに文句は言わない」

「エリスも気にしませんよ、馬車旅には慣れてますから」

エリスとラグナが隣同士に座り、そんな二人を見るようにデズモンドが正面に座ると、それを合図に馬車馬が嘶き この豪勢な箱は徐々に進み始める、このまま白亜の城に着くで数十分はこのままだろう

それはつまり、馬車の中は外界と切り離された密室になったという事…

「さて、デズモンド…話してもらおうか?、なんでエリスと二人っきりになりたかったんだ?、なんか目的があったんだろう?」

「おや、そこまでお読みでしたか…てっきりお二人は片時も離れたくない程に想い合う仲なのかと」

「ブフッ!?」

「そ そんなんじゃありませんから!そんなんじゃありませんからね!?」

「ええぇ、理解していますよ…ただ自然と隣に座ったので、そう思っただけでございます」

こ、これは…うう、確かに無意識だった、ふつーになんの思考もなくエリスはラグナの隣に座りラグナはエリスの隣に座ってたから、一応ここまで旅を共にしてきた仲だし…
でも意識すると急に恥ずかしくなってきたぞ…、でも今から急に離れたりしても失礼かもだし…

「テメェをエリスの隣に座らせるくらいなら俺が座るってだけだ、見も知らぬお前よりはな」

「そうでしたか、やはり…私は警戒されているのですね」

「まぁな」

「そりゃそうですよ」

「ううむ、やはりこの顔が原因か…、我が王からももう少し愛想の良い顔をしろと言われているのですが、こう…ニッコリ笑うと」

と言った瞬間デズモンドが笑う、まるでエリス達を始末する算段が整ったとばかりに妖しい笑みを…いや違う!これ微笑んでいるのか!?、これで微笑みのつもりなのか!?怖ッ!

「お前…なんていうか、大変なんだな、色々と」

「ええ、お陰で親切心から声をかけても…『何を企んでいるんだ』などと言われる始末で、心外です…私が企みを顔に出すタイプだと思われていることが何よりも、やるなら誰にも悟られずにやれますのに」

「そっちですか…」

企みはするんだな、一応…

「でもまぁ俺達は他人の顔で警戒心を出したり引っ込めたりすることはない、もしお前が無垢な少女でも俺たちは警戒した、つい先日国ぐるみで襲われたことがあってな…だからどうしても上の立場の人間がいきなり現れると警戒しちまうんだよ」

「それは存じております、オライオンでの戦い…中々のものであったとか」

こいつ、それをもう把握してるのか…、まだあれから数週間しか経ってないのに、随分耳が早いな

「ですがご安心を、我等はシリウスの手先にはなりませぬ…」

「へぇ、そうかい…シリウスの名前もやはり把握してるんだな」

「まぁ口で言っても信用はされないでしょうが、それでも聞いてくだされ…、先日シリウスが白亜の城を訪れました」

「シリウスが!?」

やはりこの国に来ていた…というか白亜の城を訪れた!?、マジか…あれ?でも

「シリウスはその後何をしたんですか?、奴が暴れたならこんなに平和なわけがない」

「それが何もせず、ただ己の肉体のあり方を探りに来たと」

「ああ…」

恐らく、リゲル様の秘策によって本当にそこに自分の肉体があるかがシリウスの中で不透明だったんだ、またオライオンの時のように想定とは違う場所に隠されていたのだとしたら奴も骨折り損のくたびれもうけで終わるからな

だが、確認しにきて 帰ったというのなら、多分本当にそこに己の肉体があることを確認したのだろう

「…シリウスは、それだけをしに?」

「デティフローア様に何やら持ちかけていましたが、それも断られ頓挫したようです」

「野郎…デティに何持ちかけやがった…」

「なんでも新たなる羅睺十悪星の一員にならないかと…」

うん?それならエリスも誘われましたよ、断りましたけどね…、多分デティ同じように断ったのだろう、というかそもそもエリス達がアイツの誘いに乗るわけがない、だってシリウスは師匠達の敵だしそれ以前に奴の目的が世界崩壊だとしたらこちらにメリットがまるでないもんな

「…………」

「ん?、どうした?」

「…いえ」

そこまで話しておいてデズモンドが何やら言い淀む、まるで他にも何かを見たような様子だが、ダメだな…聞きだせる気がしない、こいつは策士だ それも国を背負う策士だ、それがおいそれと閉ざした口を開きはしないだろう

それがエリス達にとって不利益になる事かもしれないという不安はあるが…

「…ただ一つお聞きしたいのです、現れた魔女シリウスの姿は聞くところによると孤独の魔女レグルスに酷似していたそうです、エリス殿…貴方の師匠にです」

「……なるほど」

ようやく、彼らの警戒心の一端が見えた気がする、そうか 今のシリウスは師匠の体を使っている…その情報を知らなければ魔女レグルスがシリウスと名乗りながら敵対行動をとったようにも見えるだろう

じゃあ魔女レグルスが敵ならその弟子のエリスは?、当然同じように見られる、彼らからすればエリスもまたシリウスの協力者に見えるんだろう、だから警戒していた エリス達と同じように

「あれはどういう事なのですか?」

それを問う為に二人っきりになりたかったと、ここでエリスがデズモンドに襲いかかってもその被害はデズモンド一人に収まり 他の騎士団は事前に命令した通りに動き対応出来るから、初動で遅れを取らない為にエリスを隔離した、別にそこにラグナが加わっても問題はない、死ぬのがデズモンド一人ならそれでいいから

…なんて覚悟の決まりようだ、いい部下を持ったな デティ

「…安心してください、デズモンドさん エリスはそのシリウスを止めに来たのです、だから皇都にやってきたんです」

「詳しくお聞かせ願えますか?」

「はい、実は今エリスの師匠の体を使っているのは師匠の意志ではなく、八千年前に死んだシリウスという存在なのです、奴は魔女世界の敵対者にして世界の破壊者、…奴の目的は白亜の城の地下に埋まっているシリウス本来の肉体なのです」

こうして口にして見るとまぁめちゃくちゃな話だ、八千年前に死んだ奴が魔女様に乗り移って好き勝手して、最終的に世界を破壊する為に埋まってる自分の体を掘り起こしたいんですって、与太話もいいところだ

「俄かに信じ難いですが、それでも我等が友愛の魔女スピカ様も操られているとなると、…信ずる他ないのか」

「スピカ様も白亜の城に?」

「シリウスと共に現れ シリウスと共に消えました、なるほど…それを止める為に、魔女の弟子が勢揃いしていると」

「はい、信用してくれましたか?」

「それは我が王が決める事、私にはなんの権限もありませんので」

そっか、じゃあデティと話すまでだな、デティはエリスのことを信じてくれるからきっと協力してくれるはずだ、ならこの話もう終わりでいいだろう、このままここで互いに警戒しあって牽制しあってもその先にある物は何もないから

「…出来た男だなお前は」

「おや?、ラグナ大王に褒めていただけるとは光栄でございます」

「暗黒策士デズモンド…その名前だけなら聞いたことがあったが、なるほど中々の切れ者だ、その上覚悟もあるし 何より忠義にも厚い、デティが側に置く理由も分かる」

「照れてしまいます、そこまで褒められたことは一度としてないですので」

「そうかい、俺としてはお前と敵対はしたくない、もし仲良くやれるなら仲良くやろう」

本当にべた褒めだな、ラグナがここまで軍人を褒めることは少ない…それは彼自身が軍を所有する王であり、誇り高きアルクカースの大王だからだ、…もしかしたらエリスが思っている以上にデズモンドはすごい人なのかな

「だが一つ聞いてもいいか?」

「なんですかな?」

「何故、デティにそこまで尽くす、お前なら引く手数多のはずだ…まぁその中で一等良い職場となるとデティのところなんだろうが、にしてもお前ほど利口な男が命を捧げるほどに信奉しているとは意外だったもんでな」

意外と言えば確かに意外である、この馬車での分断は最悪デズモンドが死ぬかもしれない判断だ、エリス達がシリウスの手下だった場合それを看破する為にデズモンドが敷いた策…それはデズモンドが死ぬことによって完成する

エリス達が敵じゃなかったから良いものの、もし本当に敵だったらこの人はどうあっても助からないだろう、そこまでするか?最適解の為に命を軽々捨てられるか?、出来ないだろう普通は

「ふふ、我が王は私の恩人ですのでね、故郷で後ろ暗い事をしていた私を理解し唯一手を差し伸べてくれたのがあの方なのです、あの方の為ならば命は惜しくありませんよ」

「好かれてるんだな、デティは」

「ええ、そうですとも…あの方の為なら命は惜しくないし、私はなんでもしますよ」

それは凄絶なる覚悟、姿勢一つ変えず 表情も変えず、揺れる馬車に体を預けながら笑うデズモンドから迸る覚悟の色に、思わず息を飲む…こりゃ出世するわ

「さてと、そろそろ白亜の城に着くようなので、ご準備を」

「出来てるよ、とっくにな」

「何言ってるんですかラグナ、髪の毛が立ってますよ、ほらここ」

「え?マジ!?」

ええ、さっき背もたれに寄りかかった時髪が折れちゃったみたいですよ、ああ違う違うそこじゃないよ、ここですよここ とラグナの頭を撫でて髪を整える

「そういうエリスだってシャツがくしゃくしゃだぞ」

「はい、三日くらい変えてないので」

「変えてくれよ…、ほら ここ伸ばして、久々にデティに会うんだろ?」

そう二人揃って馬車の中で身支度してると、なんだか思い出すな…師匠と二人でスピカ様に会う為身支度してたのを、あの時の師匠もこんな気持ちだったのかな

ふふ、なんだか懐かしいなぁ

「キリリっ!」

「どうした、急に凛々しい顔して」

「マジ弟子モードです、似合ってますか?」 

「ああ、かっこいいし可愛いよ」

それなら良かった、昔は師匠に似合わないと言われた凛々しい顔も、今は様になったようだ

高鳴る胸と共に止まる馬車、久しく出会う友達を前に高揚するエリスは…ゆっくりとその扉をあけて、向かうは白亜の城

かつて師匠と共に訪れたように、馬車の扉を開けて…目の前に聳える城門を前に息を飲む、開かれた扉の先に待っていたのは


「これは…」

扉を開け、見えるのは真っ赤なカーペット、そしてそのカーペットを挟むように待機する凄まじい数の兵士や従者達、まるで 十年前師匠を出迎えた時のような情景が広がっていたのだから

今回は師匠ではなく、エリスを出迎える為に

…………………………………………………………

この日、白亜の城に存在する全ての騎士 魔術師 高官、全員が全員衝撃に湧いていた

事の始まりは数日前、今白亜の城の全てを取り仕切る魔術導皇デティフローア様より

『もうすぐ私の友達が城を訪れるかもしれないから出迎えるヨロシク!』

との命令が下ったのだ、デティフローア様の盟友とは恐らくは孤独の魔女の弟子エリスだろう、もうすぐ帰還するとの噂が立っていたが…予想よりも早い

孤独の魔女の弟子エリスの名はみんな知り得ている、十数年前アジメクで引き起こされた魔術導皇誘拐事件を解決した立役者としてその名は騎士団内部でも轟いていると言える

今はお目付役となったデイビッド元団長代理も『エリスちゃんはマジもんの天才だ、あと十年もすりゃあ俺なんかよりずっと強くなる』と言い

昨年教官職を引退したナタリア教官も『居るんだよねぇ本物の天才って奴、え?私の教え子にエリスちゃんと同格の子?、うーんどうだろうなぁ』と悩み

今現在アジメク最強の名を受け持つクレア団長も『エリスちゃん?可愛いですよ、ちっちゃくて』と仰られ

そして魔術導皇デティフローア様をして『生涯無二の親友の一人、私と同格の魔術師』とまで褒め称えたのだ、あの魔術導皇が己と同格だと認めること自体異例中の異例…一体どんな魔術師が来るのかとエリスを知らない兵士達は騒めき慄き…そして当然、注目が行くのがエリスを知る者

つまり、ムルク村出身者達だ

だがそんな兵士達がエリスについて尋ねるとムルク村出身の者は皆顔をしかめ嫌そうな顔をする、別にエリスが嫌なのではない…エリスとはどんな人間かと聞かれても何も答えられない己が嫌なのだ

確かにムルク村出身者はエリスと同郷だし、エリスに救われたという経験もある…だがそれだけだ、あの砦の一件でエリスを初めて見たという子もいる中でエリスは事件解決後皇都に消えてしまったからだ

だから自分達はここに来たんだ、エリスともう一度会うために努力して今この地位に立っているんだ

エリスにもう一度会って…『お礼を言いたい』『並び立ちたい』『友達になりたい』『求婚したい』、様々な感情の中ここに居る、だが結局エリスには会えていない

自分達が皇都に騎士として訪れた際既にエリスは他国に旅立っていた、隣国なら会いに行けたが既に別の大陸に旅立ってたってんだからもうどうしようもなかった

結局、何の目的も達成出来ないままアジメクに残り エリスに会えていない自分達は、今目の前で色めき立っている兵士達と同じ何だと思えば情けなくなるのだ

そうこうしている間にエリスは予定を大幅に前倒しにして皇都に訪れた、数日前アジメクに入国したというのにもう皇都に来ている、物理的に考えてあり得ない移動速度に生唾を飲みながらも兵士達は慌てて出迎えをする

カーペットを敷いて、出迎える様に横を固めて…デズモンド様が乗った馬車が四つ停まる、いよいよか…と冷や汗が頬を伝うと

開かれた扉から現れたのは…

「ここが、白亜の城…かぁ…」

ヌゥッと馬車の扉を開けて途轍もなくどデカイ女が現れた、水色の髪に漆黒のシスター服…あれがエリスか?と思いもしたが、直ぐに高官から情報が来た

あれはエリスと同じ魔女の弟子の一人 ネレイド・イストミアだ

その名前を聞いたことがあるものは多い、海を挟んだ向こう側の国 オライオンにて最強の将軍『闘神将』の名を預かる国防将軍だ、隣国の最高戦力がいきなり現れ戦慄するのは兵士達だ

オライオンはテシュタル教徒しかいない国、ロクに食べ物も食べず祈ってばかりだから貧弱な人間しかいない…なんて話を聞いていたからオライオン最強とはいえ知れたものだろうと内心甘く見ていたのだ

貧弱?とんでもない、あれは化け物だ…アジメク導国軍最高の巨漢ジェイコブ様もネレイドに比べたらまるで子供、あんなのが海の隣には居るのか…と

そしてそんなネレイドに続くのは

「…ふむ、出迎えの整列ですか、悪くはありませんが急拵え感が目立ちますね、私の指揮ならもっと整然とそして豪勢に演出します」

何やら偉そうに語るメイドが現れる、あんなに偉そうなメイドを見たことがない…クリーム色の髪をフリフリ振りながらチラチラと周りを見るあの女、あれも情報がある

その名もメグ・ジャバウォック…世界最強のアガスティヤ帝国を統べる無双の魔女カノープス様の弟子にして直属のメイド長だ、彼女の言葉を聞いてギクリと肩を揺らすのは此度の出迎えの陣頭指揮を取った白亜の城の高官達だ

彼女の目は間違いなく高官達が見て欲しくないところばかり見ている、慌ててこの場を用意したのがバレている、一目でそれを見抜かれ思わず顔を手で覆う、あれが魔女様に直々に仕える事を許されたメイドか…と

「メグ、あまり言ってやるな…歓迎とは形ではなく心にある、城の人間総出で出迎えてくれたんだ、我等も相応の敬意を示そう」

「これはメルクリウス様、申し訳ありません」

メルクリウス…その名を知らぬ者は誰もいない、多分今この世で魔女の次に名が知られている人間だ、何せあの『マーキュリーズ・ギルド』の総頭目にしてデルセクトの同盟首長なのだから

人は彼女をこう呼ぶ 『世界一の大富豪』と、その総資産は非魔女国家を丸々三つ四つ買い取ってもお釣りの方が多いくらいだと、世界最大の商業国家を統べ世界最大の商業組織を束ねる彼女の機嫌を損ねればアジメクと言えど危ないかもしれない

それほどまでに、世界中は彼女に経済的に依存しているのだ

錚々たる顔ぶれ、これがまだ続くのかと思いきや、別の馬車から次に降りてきたのは

「わぁー!、これが白亜の城!凄い!凄いですよこれ!、これを作った人天才ですよ!、あらゆる面で芸術的!、鳥肌立ち過ぎて鳥になりそうですよ!アマルトさん!」

「おいおい興奮しすぎだろナリアぁ…、にしてもでっけぇ~…、これがアイツの家かよぉ」

降りてきたのは…何だ?何だあれは、アマルトとナリア…そんな人物に心当たりはない

と一人の文官が手元の資料を確認すると、確かに名前があった

探求の魔女の弟子アマルト・アリスタルコス、アリスタルコスといえば聞き覚えがある、世界最大の学園ディオスクロア大学園の理事長を歴任する一族の名前だ、ということは彼は次期学園長…、この国も学園卒業生は多く大学園そのものの影響力も計り知れない

この世の有力者の八割が卒業生の学園の未来を担う男、それがあのアホそうなチンピラだと…

そしてもう一人、ナリアという名前はないが恐らく彼はサトゥルナリア・ルシエンテスだ、別に彼自身は大したことはない、何か特別な地位を持つわけでもない、ただただ閃光の魔女の弟子というだけだ…十分凄い事ではあるが、前に出てきた人たちがあまりにも凄過ぎたためちょっと見劣りする

だが、それでも目を惹く情報がある、それはあの『悲恋の嘆き姫エリス』にて主演を演じた経歴があるのだ、これでも結構な演劇マニアである文官は思わず口元を手で覆う

悲恋の嘆き姫エリスでの主演はつまり世界一の役者の称号、エフェリーネさえも超えるかもしれないそのスーパースターが今目の前に、そう感動に落涙を禁じ得ない

「どうぞ、皆お待ちです」

すると、中央の馬車より顔を見せるのはデズモンド様だ、彼によって招かれるように馬車を降りるのはエリス……

……ではない、話が違うとややどよめく兵士達を一喝するようにその靴が地面を打つ

「へぇ、意外に精強だな…アジメクの兵士も、前来た時よりも装備が良質になってる、ってまぁ…うちが輸出してるから当然なんだけどさ」

その顔を見たことがある者は多い、流石に知らないなんてことはない、あの武力と闘争の国を纏めてあげ歴史上最も国力を増強させた大王の中の大王…

アルクカース国王のラグナが、ジロリと兵士達を観察するように睨む、ただの一国の国王が身に纏っていい風格じゃない、まだ二十そこそこの若造が出していい威圧じゃない

別格、まさにそんな言葉が浮かぶ彼は一度アジメクを訪れた事がある、その際警備を担当した騎士達はこう口々に言ったという

『あれ、護衛いらないんじゃないのかな…』

戦闘のエキスパートにしてエリートである騎士達が自信を喪失する程にラグナという男は隙がなかった、血気盛んな若兵士が試しに不敬にも後ろから打ち込んでみたものの…、目線を向けられることもなく裏拳の一発で吹き飛ばされ壁にめり込んだというのだ

「おいラグナ、テメェ何偉そうに歩いてんだよ…師匠の前をよぉ」

ラグナの威圧に怯えた新兵達の膝が折れる、いつのまにかラグナの背後に立っていたその女の一言が、まるで威圧の津波のように訪れたからだ

黒い肌 赤い髪 猛禽のような瞳に肉食獣のような牙、漆黒と金刺繍の軍服を肩から羽織るそれは 見た事が無くとも理解出来る

あれは魔女だ、魔女アルクトゥルスだと

(ちょっと待て!魔女の到来は聞いていないぞ!)

(ほ 報告にない!、争乱の魔女がここに来るだなんて!)

どうすると目を向けあう高官達の額には冷や汗が滝のように溢れている、流石に違う…魔女の弟子やエリスは一等のもてなしをしなければいけないからこうしている、だが流石に魔女は違うのだ…一等ではダメだ、超一等でなければならないのだ

だが白亜の城に魔女アルクトゥルスの情報は入っていない、それもそうだ 彼女の到来は誰も予想していないし、今回彼女は徹底して目立たないよう弟子を前面に出して行動している、故に魔力も極限まで抑えている…故に魔女がこの国に訪れた事を誰も気がつけなかったのだ

「偉そうって、実際偉いですよ俺は、師範ほどじゃないですが」
 
「そうだったな、それに今回の主役はテメェら若いのだ、存分に目立てや」

「そのつもりですよ…」

錚々たる顔ぶれ、もうこの時点で白亜の城の持て成しは不足だろう、同盟首長や闘神将 大王に次期学園長…そして魔女、やるなら街全体でその到来を祝うべきであった

だが、それでもまだ彼女が出てきていない…今回のメインが

「………………」

それを静かに見守るのは近衛師団長メリディアだ、昨日の襲撃から立ち直るなりすぐさまこの整列に参加した彼女は大王にも同盟首長にも魔女でさえも視界に収めていない

ただ待っている、十年以上も待ち焦がれた彼女の到来を

(エリス…本当に帰ってきたの?、だとしたら貴方は…)

メリディアだけでない、隣に控えるクライヴも他のムルク村出身者も息を飲む、遂に来た…再会の時が、あの日別れて以来私は…ずっと

「さて、エリス…降りられるか?」

ラグナ大王が馬車に手を差し伸べる、まるで誰かを導くように

それに呼応するように、手が伸びる

「……!」

細く、それでいて力を感じる手が見える、コートの袖と内に輝く金の腕輪が煌めく、あれは間違いない…あれは!

「ええ、ありがとうございます、ラグナ」

エリスだ、金の髪と凛々しい目鼻立ち 師匠と揃いの黒いコートを着込み麗しく微笑むあの美女が…エリス、記憶にあるそれよりも何倍も美しく育った友の姿を見てメリディアは思わず息を飲む

(エリス…あんなに大きく、いや…)

大きくなった、そんなもの見れば分かる…きっとそれはムルク村にいた頃のメリディアも同じことを思っただろう

だが、幾千もの鍛錬を乗り越え 厳しい試験を乗り越え 数々の修羅場を乗り越え、近衛師団長にまで上り詰めた今のメリディアなら分かる

(強い…!)

メリディアも今では立派に達人だ、だからこそ相対しただけで相手の力量は分かる、どれくらい強くて 私とどれだけ差があるか…とかが

例えばクレア団長なんかには勝てる気がしないとすぐに分かるように、エリスにも似たようなものを感じる、ある一定の段階に至った人間が放つ独特の風格、それをエリスから感じる

そりゃあそうだ、確かにメリディアは険しい訓練を乗り越えた…だがその間にエリスは何をした?、アルクカースで デルセクトで コルスコルピで エトワールで アガスティヤで オライオンで…、信じられない数の実戦を乗り越えてきた、平和なアジメクでは味わうこともできないような本物の修羅場をだ

歩んできた時間の質が違いすぎる…

「戻ってきましたね、白亜の城に」

エリスは戻ってきた、凄まじい強者となり 世界トップクラスの存在に肩を並べ ディオスクロア文明圏踏破という歴史に残る偉業を成し遂げて、戻ってきた

もう…手が届かないのか

……………………………………………………

「戻ってきましたね、白亜の城に」

目の前に聳える白亜の城を見て思わずジーンと来る、エリスの身長がどれだけ高くなってもここは相変わらず大きいままですね

でも、違う…今のエリスには出迎えがある、昔は誰からも出迎えられなかったエリスが一端の存在として認められた証拠なのかな、へへっ 嬉しいなぁ

「さて、行くか」

「奥にデティがいるんだよな」

「はぁ~、かったり…」

ふと目の前を歩むラグナとメルクさそしてアルクトゥルス様が見える、赤い絨毯の上を歩く姿はあまりに様になっている…

そういえばこの人達は普通に要人だったな、もしかしてこれエリスの為じゃなくてこの人達の為に用意されたものなんじゃ…

(あんまり浮かれるのやめようかな、違った時恥ずかしいし)

これで『やったー!エリスの出迎えだー!』ってはしゃいだらその辺の兵士が『いやラグナ様達の為のものですが…』とか申し訳なさそうに言ってきたらエリスのメンタルは跡形もなく粉砕されるだろう

違った時が怖い、あまりはしゃぐのはやめよう

「エリス…緊張してる?」

「大丈夫ですかエリスさん、ちなみに僕は緊張してます、今も」

「大丈夫ですよ、緊張はしてません…行きましょうか」

ふとネレイドさんとナリアさんがエリスを心配するように顔を覗き込んでくれる、でも大丈夫…緊張はしてないよ、少なくともエリスはここを歩む人間にはなれたと思っている、ならそれで十分なはずだ

魔女の弟子七人とその後ろを固めるように魔女アルクトゥルス様が歩く、まるで凱旋が如き華々しい道行きはアジメクの国軍達によって見送られる、かつて見たその光景とはかなり顔ぶれも変わっているようにも見受けられる、見たことない顔ばかりだ

「ようこそおいてくださいました、魔女様 そして魔女の弟子の皆様」

やや早歩きでエリス達を追い越したデズモンドはエリス達の前に立つ、まるで道を塞ぐように横並びに立つ騎士達合流する、その数を六…

纏う風格が他とは段違いだ、見ただけで分かる強者ばかり、エリスの知るアジメクにこれほどの使い手が知らなかったよ

まぁ、中には見たことのある顔と懐かしい顔があるけれどね

「皆様の到来、我ら護国六花にて出迎えましょう」

くつくつと笑うデズモンドは、中央で腕を組む一人の女騎士の隣に控える…、以前よりも背が高くなった女騎士、以前よりもいい鎧を身につけている女騎士、以前よりも顔が険しく…それでいて優しい瞳を向ける女騎士

エリスが生まれて初めて出来た語り合える友…それが今はアジメクの代表としてエリス達を迎え入れる、別れ際に約束した 立派な騎士になるという約束を守って彼女はここにいる

「では、我等アジメク導国軍の代表たる、友愛騎士団の騎士団長が祝意を伝えさせていただきます、どうぞ…クレア団長」

「んぅ」

顎をしゃくり上げて無愛想に返事するところは相変わらずだな、…エリス達を迎えるように立つのはクレアさんだ、ムルク村でメイドをやってたあの人が 今はアジメクの騎士団長としてエリスの前に立つ

その目はキリッと凛々しく、見る人が見れば恐怖しそうなほどに冷淡だ、そんな瞳でツカツカと絨毯の上を歩き、立つ…エリスの前に

「魔術導国アジメクの騎士団長クレア・ウィスクムよ、会えて嬉しいわ」

ぶっきらぼうに手を差し出す、握手を求めてくる、全く…この人は

「知ってますよ、クレアさん」

「……へへ、だよね 忘れられてたらどうしようかと思ったわ」

そんなエリスの言葉を聞いてクレアさんの冷淡な顔がニッと和らぎ…

「ひっさしぶりねぇ!エリスちゃん!、なぁに!こんなに大きくなってまぁ!、しかもこんなに筋肉つけて!あー!エリスちゃんのぷにぷにが失われてるー!」

「ちょっ!クレアさん!」

差し伸べた手がぐるりとエリスの肩に回されギュッと抱き寄せられる、騎士団長になっても失われないこの快活さ、間違いなくクレアさんだ

はぁー、よかった クレアさんまで変わってたらどうしようかと思いましたよ、ここに来て懐かしい人とは何人かと再会しましたけど…、みんな何かしら何処かしら変わっててエリス若干の心細さを感じてたんですよぅ

「あの、団長…流石にまずは魔女様や大王様にご挨拶を…」

「あ?」

「いえなんでもありません」

「あっそう、エリスちゃん~!久しぶり~!むぎゅ~!」

「クレアさん、デズモンドさんが困ってます…ついでに言えば実はエリスも困惑してるんです、知ってました??」

クレアさんに会えたのは嬉しい、だが見てくれ両脇を…エリス達を出迎える為に集まった数万数十万の人間の目が一斉に見るのはその中央で抱き合うエリスとクレアさんだ、その衆人環視の中で抱き合うのは少し恥ずかしいです

「ふぅん、ここじゃ無粋な目が多いわね…仕方ない エリスちゃんを堪能するのは後にしてと、…ともあれ旅お疲れ様」

「はい、クレアさん!」

「そっちにいるのは魔女の弟子の人達よね、ラグナ様は会ったことあるけど…まぁ他のも凄いメンツね、歓迎するわよ」

「あ、どうも…」

「なんていうか、凄い人だな アジメクの騎士団長様は」

「魔女大国最強の名を持つ人達はみんなこんなものでは…」

よろしく!と王や首長を前にしてもいつも通り快活でいられるのはある意味この人のいいところでもあるんだ、悪いところでもあるけどね

「エリス姐!エリス姐!ようこそ!白亜の城に!私が案内するわ!」

「アリナちゃんもちゃんと護国六花なんですね」

「はい!、一応ですけど私も偉いので!」

宮廷魔術師団の団長と言えば騎士団長にも匹敵する権力の持ち主だ、こんなに若いのにそんな立場に立ってさぞ重圧だったろうな

「マジでアリナを手懐けたのねエリスちゃん、本当なら色々語り合いたいけど…今はデティフローア様を待たせてるから先にそっちに挨拶しましょう」

「そうですね、早くデティにも会いたいです」

「ん、デティフローア様も会いたがっていたわ、みんなにね…さ、付いてきて 私が案内するわ」

クルリと振り向き白亜の城を案内するように歩き始めるクレアさんは慣れた足取りで城門を潜り後ろの他の護国六花を引き連れて行く

護国六花か、この国における主力六人、構成メンバーはクレアさんとアリナちゃん、後微妙にエリスのこと覚えてなさそうな顔してたけど会ったことはあるメロウリースさん、そしてデズモンドさんは既に知っている

だが残りの二人は見覚えがないな、まん丸の体をした巨漢の騎士と…後顔のいい若騎士だ、この人達も最近騎士団に入った人なんだろうか

「…………」

「…………?」

ふと、護国六花の一人、顔のいい若騎士がこちらを去り際に睨んだ気がした、というかあの人…なんかどっかで会ったことがある気がするな!エリスがパッと見で分からないということはもしかして…

「なーんか、感じ悪いのが一人いたなぁ」

「今確実にエリス様のこと睨んでましたね」

ふと、エリスの隣にアマルトさんとメグさんが控えてコソコソとエリスに耳打ちをしてくる、いやエリスを挟んで会話しないで…

「でも護国六花は本物の強者達だ、この国の守護者でもある…デティが味方なら彼らも味方だ」

「ラグナの言う通りですよ二人とも、味方なら別にいいじゃないですか、睨むくらい」

「エリスはそう言うのに耐性がありすぎるんだよ…なぁ?ナリア」

「ふんすー!ふんすー!この城の壁!見てください!この壁!凄い!」

「あわわ…ナリア、離れちゃ…ダメ」

何やらナリアさんはナリアさんで興奮しているな、彼もまたエトワール人と言えことか?ネレイドさんが持ち上げて取り押さえてくれてなけれな今頃壁に張り付いてそうな勢いだ

「ナリアさん、エリスの記憶が正しければ中はもっと豪華ですよ、行きましょう」

「ほんっとうですか!!行きましょう!」

それに、いつまでもここで立ち尽くすのも悪い、何に悪いってエリス達を出迎える為に集められた騎士達が可哀想だ、ずっと何も言わずに整列してるんだから…

興奮するナリアさんをネレイドさんに抱えてもらったままエリス達は揃って白亜の城へと足を踏み入れる

一歩踏み込めば響き渡るのは清廉な静謐、まるで石堂の中をもうもうと木霊するような静けさがエリス達の襟を正させる、相変わらずここの雰囲気はすごいな…

「…白亜の城に来るのも久しぶりだな、かれこれ六百年ぶりか…」

何やら途方も無い話をしているのはアルクトゥル様、石の壁を見つめなんだか難しい顔をしている

「どうしたんですか?アルクトゥルス様」

「いや、ただ昔来た時から何にもかわらねぇなってな」

「六百年前からですか?」

「ああ、そもそもここは築1500年、それよりも前からここは魔術導皇の本拠地として在り続けた、歴史だけで見るなら結構なもんだ」

せ…一千年前から建ってるのか、この城…

「ったく、くだらねぇ美的意識に囚われやがって、城は王を守る為にある…だってのにここの防衛力の低さはなんだ、オレ様が軍を率いたら一週間で落とせるぜ」

おいおい…

「あー、確かにそうですね、一千年前の城だから今時の攻城兵器にも対応してないし、石の組み方もやや脆い、俺ならここ立て直しますかねぇ」

ラグナまで…、そう簡単に行くわけないだろう、このレベルの城を建てるだけでも数百年はかかってしまいますよ

いや、魔女様の力があったら違うのか?、分からん 魔女様がノコギリ片手に大工仕事するとは思えないが…

「もし建て直すなら出費はデルセクトが受け持とう」

「いや城主不在の場で勝手に再建の計画立てるなよ…」

「そうですよ!こんなに荘厳かつ流麗かつ荘厳な城を壊しちゃうなんてもったいないですよ!」

「ナリア…、暴れると危ない…よ?」

静かな空間を台無しにするが如く弟子達の声がガンガンと響き渡る、これクレアさん達にも迷惑かな

「あはははははっ!、元気のいい弟子達ね!」

あ、許してくれた…てかこの人も声大っきいぃ

「エリスちゃん!」

「え?はい」

「いい友達と仲良くなれたみたいね!嬉しい限りだわー!」

あっはっはっ!とこの場の誰よりも大きく朗らかな笑い声が響き渡る、中のいい友達か…まぁそうですね、エリス達は親友ですから

そして今から会うのもまた、親友です

「さ!、着いたわよ!、言っておくけど一応デティフローア様はこの国のトップだからもう見過ごせないくらいとんでもないド失礼があったら私あなた達の事斬らないといけないから、そのつもりでいてね」

「え…えぇ、ま…またまたぁ」

「アマルトさん、クレアさんはこの手の場面で気の利いたジョークを言うタイプじゃありません、殴ると言ったら絶対殴りますし 斬ると言ったら確実に斬りかかってきますよ」

「…おっかねぇ~……」

クレアさんはそう言う人だ、昔は子供だから手加減してくれたけど多分今はしてくれない、怒らせないよう注意が必要だ…、何せあの頃でさえあんなに強かったんだ、十年経ってどれだけ強くなってるか想像もつかない

「んじゃあ開けるから…」

すると静かにクレアさんは廊下の奥に行き着いた扉の前で立ち止まる、…ここは謁見の間だ、以前来た時は扉の外にまでスピカ様の重圧が響いてきてたけど…今それを感じることはない、本当にいないんだな…

「失礼します!デティフローア様!、お客人六名と魔女アルクトゥルス様をお連れしました!」

コンコンッ !と小気味良いノックが響き渡る…すると

「はー…い、え?アルクトゥルス様?なんで?、え?あ!はい!どうぞ!」

デティの声がする、デティだ!デティが扉の奥に!

「では…どうぞ、御客人方…導皇様がお待ちです」

ギィ と音を立てて扉が開く、重厚な扉がクレアさんの手一つによって動き出し奥の光が隙間からエリスの顔に差し掛かる、かつて見た光景とダブるそこには

開ききった扉、その奥には…


「お待ちしておりました、皆様…」

デティフローア様が座っている、デティじゃない…魔術導皇デティフローア様だ、玉座に腰をかけ金の花冠と黄金の錫杖を片手にエリス達を見下ろすこの国の王がそこにはいた

「デティ…いえ、デティフローア様」

先んじて、一歩前へ出る…彼女が導皇として振る舞うならば、エリスもまたアジメクを出た旅人として振る舞うべきだと感じたから、その膝下に平伏し敬意を示す

「孤独の魔女の弟子エリス、長き旅より今アジメクに帰還致しました」

「うむ」

「修行の旅を終え この身には僅かながらも力が宿ったと感じております」

「うむ」

「これよりはアジメクの為この身を…」

「エリスちゃん」

「へ…?」

ふと、平伏した頭を上に上げると…何やら不機嫌そうなデティの顔が見える、え?なに?エリス何か間違えましたか?、こうするのが礼儀とかではない…?

「エリスちゃん殿」

「は…はい」

「私はアジメクの魔術導皇でエリスちゃん殿は旅人、そこには明確な立場の差があります」

「それは、存じていますが」

「でも、それよりも前に私達はどう言う関係かな、エリスちゃんが旅人になる前 私がこの玉座に座り正式に魔術導皇になる前から、私達はどう言う関係だったかな」

「…………」

「まず、そっちの挨拶をしてほしいなぁ…私は」

エリスが旅人になる前、デティが玉座に座る前、それよりも前からエリス達は知り合っている、それよりも前からエリス達は…なるほど、そっちの方を先にして欲しかったのか、これは確かに間違えましたね

そうエリスは折った膝を再び立てて、玉座の導皇と目を合わせる…同じ目線で、言うべき言葉は

「ただいま、デティ」

「おかえり!エリスちゃん!」

アジメクに踏み込んだ時よりもムルク村に帰ってきた時よりもエリスと師匠の家に帰った時よりも皇都に入った時よりも白亜の城を見た時よりも…

太陽のように輝くその笑顔を見て、エリスはようやくこの国にただいまできたような気がしました

本当に意味で帰って来たと
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