孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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九章 夢見の魔女リゲル

281.魔女の弟子と峻厳なる『教会』

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「神敵がこの街に…」

「はい、ですが突如として消えてしまい…、今団長達がこの街を探しているのですが、未だ見つからず…」

「…………」

沈痛な空気が室内に漂う、たった今 自らの部下である闘神聖務教団の者が持ってきた報告を聞いて ネレイドは重い表情で特注の巨大な椅子に座り手を合わせて黙りこくる

「ネレイド様…」

「…やはりこの街に」

そんなネレイドを心配そうに見つめるのは 同じく神将の位置に立つローデとトリトンの二人である、彼女達三人はテシュタル神聖堂内部に存在する神聖軍本部にて教団の動向を見守っていた

この街に神敵達が踏み入って来たのは知っている、だからこと聖務教団を動かしたし住民は避難させたが…まさかアクタイエとエウポンペからも逃げるとは

「やはり私が出るべきだった」

最初から私が出るべきだった、この街での話じゃない、山に逃げた神敵ラグナ達の追走も 脱獄した神敵エリス達の迎撃にも、私は参加するべきだったんだ、なのにここで待機を続けて…これじゃあエノシガリオスに招いたようなものじゃないか

それもこれもテシュタルを名乗るあの女の判断と指示から来るものだ、あの女が私に待機を命じたが故にこうなった、言い訳かもしれないが それでもだ、私は一時とはいえ奴を信じた そして奴は私の信頼を裏切った

…なんて、今思っても仕方ないから、奴らがエノシガリオスに辿り着いてしまった以上 今そこの事に対して苛立ちを覚えても仕方ない、まずは現状の打破だ

「状況はわかった、神敵達はエノシガリオスにて合流を果たその後消えた…だよね」

「はい、全員かなりの手負いでしたので、見つけ出せれば我々でも仕留められます」

そう語るのは報告に来た聖務教団の団員だ、椅子に腰を下ろすネレイドを見上げるように胸を叩く彼の言葉を聞いて思うのは『頼もしい』ではなく『そうじゃない』と言う否定の言葉だ

手負いだった?だからこそ逃すべきではなかったのだ、逃げたのはその手負いの傷を治すためであり 奴らにはその手段があるのだろう、でなければそのままこちらに突っ込んできていたはずだ

次 奴らが我らの前に顔を見せる時は、傷も癒えて体力も回復していることだろう…、取り敢えず最悪の状況であることはわかった

「それで、街の被害は…」

「それはありません、戦闘にはなりましたが 奴らは街を破壊することもしなかったので」

「ふむ…」

街を破壊しなかったか…、そんな暇が無かったか アクタイエとエウポンペが上手く守ったか、或いは 神敵達にそのつもりが無かったか…

神敵達と戦った神聖軍は甚大な被害を被ったが、死傷者の報告はない…、あの人達は本当にオライオンをどうこうしようってつもりじゃないのかも というのは都合のいい妄想だろうか

「わかった、取り敢えず街のみんなには引き続き避難させておいてほしい、きっと奴らは何処かの住居に忍び込んでいると思う、そこを重点的に探すようアクタイエ達に伝令を」

「ハッ!…、そして その…」

まだ、何かあるのだろうか…

目の前の団員は何か言いたげに口をもごもごと動かして目を泳がせている、あからさまだ…、何か言いたいのも何が言いたいのかも 丸わかりだ

「まだ何かあるのか」

「いえ、…その ネレイド様は出撃しないのですか?」

「………………」

「ここには神将が三人も揃っています、なのに…何故出撃しないのですか、皆さんが出れば 神敵くらい…」

「我らはこのテシュタル神聖堂の防衛を任されている、出撃するわけにはいかない」

「エノシガリオスの防衛では無く…ですか?」

言いたいことは分かる …分かっている、何故 市民の暮らす街では無くこの神殿の防衛を優先するのか…そう言いたいんだろう

ここはテシュタル神聖堂、王城じゃない …守るべきではあるんだろうが 市民の暮らす街を捨ててまで守らねばならない要衝ではない、ここは飽くまで神殿でしかないのだから…権威の象徴ではないのだから、全てを捨ててまで守るべきではない

そんなこと分かっているさ、でも…教皇とテシュタル様がそう命じた以上、我々はここを動くわけにはいかないのだ

「これ以上話すことはない、早く行け」

「皆 神将の守護を期待しているのにですか…、…分かりました」

呆れたような団員の口調に混ざる失望は 今の私の心を切り裂くには足るものだ、そりゃあそうだ 今の私は椅子にふんぞり返って部下達だけ戦わせ、市民を捨てる愚将…

失望されて当然だ 呆れられて当然だ、でも…だからってテシュタル様には逆らえない、教皇には…逆らえない

どうすればいいんだ、私は…どうすれば…、市民を守るべきなのか 使命を守るべきなのか

「………………」

「ネレイド様、我々は分かっていますから…」

「ええ、貴方の苦悩も懊悩も…我らは共に背負います」

「ローデ…トリトン、ありがとう」

テシュタルからの指示を知っているのは私だけ、二人は私がなんでここで待機しているかも知らないはずなのに…そう言ってくれるなんて、優しい人達だ…

「どの道神敵達はここに来るのでしょう、なら何か今のうちに食べておかれては…」

「部下に行って、何か軽食でも持って来させましょうか?」

「いやいい、…市民が避難して 怖い思いをしている中、私だけ何かを食べるわけにはいかない」

今の私に出来るのはそれくらいしかない、いきなり軍が街にやってきて 避難しろと言って住居から追い出される恐怖は如何程のものか、怖くないはずがない 恐ろしくないはずがない

きっと今も、避難所で皆抱き合って恐怖を紛らわせているに違いない…、なら その苦しみを少しでも共有したい、人としての悦楽に浸っている暇は 今の私にはないんだ

「それは…」

「ただいまさーん、って…ひっでぇ空気、全員揃って辛気臭い顔してんなぁ、長期の遠征から帰ってきたときくらい 明るい顔で出迎えてもらいたいもんだよ」

「ベンちゃん」

「ベンテシキュメ…!、帰ったか!」

団員の入れ替わるようにして扉を開け 神将の集う部屋に足を踏み入れるのは恐怖を燻らせるスカーフェイスの女 罰神将ベンテシキュメだ、最後の最後まで神敵達の捜索に当たっていた彼女が ニヒルに笑いながら不遜な態度で靴音を鳴らし、近場のソファに腰を下ろす

なんとも偉そうで不躾な態度、しかし 付き合いの長い神将達は分かる あれはベンテシキュメなりの申し訳なさだ、彼女は手柄を上げた時にこそ真面目に振る舞う、こうして嫌な態度をとってる時はその失態を叱責して欲しがっているんだ

そういう時 相手が気兼ねなく怒鳴れるように態と不遜な態度を取る、ベンテシキュメはそういう変な気遣いが出来る女なんだ

だからこそ、分かる…

「神敵を逃した…か、ベンちゃん」

「……ああ、死番衆の三人組と合わせて執行官も襲いかかったが…蹴散らされた、連中恐ろしく強いぜ?、あたいが保証する」

「ベンちゃんは戦ったの?」

「戦った…が、それでも上手く逃げられたよ」

情けない話だと悔しそうに歯軋りをするその姿は 見ていて痛々しい、彼女は人一倍責任感が強い…そんな彼女が追跡を諦めて帰還したということは、そんな悔しさも纏めて噛み潰して戦局を優先したということ…

「ここに来てんだろ、神敵…だったらあたい達四人で出ようぜ!、あたい一人じゃあ難しいかもしれねぇがローデやトリトンや御大将がいればあたい達は無敵だ!、だから…」

「ならん」

「ッ…!?」

刹那、いきり立つベンテシキュメを諌めるような声が彼女の背後から つまり部屋の外より響く、それと共に木霊する足音は二つ…揺れる影が廊下の闇を切り裂いて 厳しい視線を光らせながら現れる

「お前達には行くべき場所がある、教皇の指示だ 如何に不出来な神将と言えようとも従えるな」

「ゲルオグ猊下…と…!」

現れたのは小柄な老父 枢機卿ゲオルグと…、その背後に静かに目を伏せる教皇…、夢見の魔女リゲルであった

「お母さん…!」

全員が思わず立ち上がる、異例だった 夢見の魔女リゲル軍の本部に顔を見せること自体異例、少なくともネレイド達は一度たりとも経験したこのことのない事例に誰もが冷や汗を流す…

ただ一人 ネレイドだけは、ここに母が 夢見の魔女リゲルが到来した理由に気がついていた、確証があったわけではないがそろそろ動くと予感していた、神敵がエノシガリオスと言う盤面に揃った以上 我々を動かす棋士も席に着くだろうと

「神将達に命じます、貴方達にはこれから 我がエノシガリオスの最大秘匿領域…『魔女の懺悔室』の警護に当たってもらいます、故にここから離れることは 私が許しません」

「魔女の…懺悔室?」

ベンテシキュメがチラリとネレイドの顔を見る、動きには見せないローデもトリトンも内心では首を横に傾けているだろう、そんな場所に覚えがないからだ、このエノシガリオスにそんな場所はないからだ

当然ネレイドにも覚えはない、だって 『魔女に懺悔室は必要ない』からだ、教皇リゲルが懺悔室に入り 他者の告解を聞くことはあれど、魔女が何者かに懺悔することはない、してはいけないから…魔女に懺悔室は無い、筈なのに

「言っただろう、最大秘匿領域と…、魔女大国に存在する如何なる秘匿領域の中でも最上位に位置する最大秘匿領域、魔女以外その空間の存在さえ知らされない 国家の最高機密だ、まぁ 儂も今知ったわけだがな」

どうやら枢機卿たるゲオルグ猊下も その空間の名前さえ知らなかったようだ、そんな場所の警護を?何故だ…いや違う、決まっているじゃ無いか 

「これから貴方達を魔女の懺悔室に招きます、そこで真なる復活を果たすテシュタル様を神敵より守りなさい、奴らはきっと 魔女の懺悔室に踏み込んできます、そこを叩き 抹殺するのです」

「テシュタル様が…真なる復活って、本当ですか!?リゲル様!」

「に…俄かには信じ難い」

「復活って…でも」

信じられないと神将が声を上げる、だって テシュタル様が復活すると言うのだ

信じらなられないと言うより 意味が分からない、復活ってなんだ、テシュタル様は死んでいたのか?我々は死した存在に祈っていたのか?、教皇が神は死んでいると暗に口にしているようなものだ、驚愕は当然だろう

「疑問を口にすることも 考えることも許しません、貴方達は私の言う通りに…神の言うがままに、戦えばいいのです」

「待って…ください、リゲル様」

「…なんですか、ネレイド」

母の やや苛立った目がこちらを向く、引き止める私に怒りの視線が向けられる、いいから早く動けよと言わんばかりの視線が 私を貫く、でも 聞かなくてはならない…

「我々は神将です、誰かの私兵じゃない…我々はこの街とこの街に住む人間を守るために剣を取り鍛えています、何処かの誰かだけを守るのではなく 遍在する信徒達の守り手たらねばなりません…」

「何が言いたいのですか?」

「街を守る…ではいけないのですか?、民を守る…ではいけないのですか?、神が復活したとして 街が危機に瀕している中強行しなくてはいけないのですか?、敵は今街にいます 我々が守らねばなりません…」

神敵達がどう言う手段に出るか今は分からない、街に被害がなかったのは結果それもつい先程までのだ、追い詰められた彼らが何をするか 一体誰が保証出来る?、街に火を放てば彼らは存分に動けるんだ それをしないわけがない

そんな敵を街に伸ばしにして、我々はそんな訳の分からないところでよく分からない物を守らなければならないのか?、それは 本当に教義に則った行動なのか?

「祈る民なくして 神はありません、リゲル様…どうか」

「……答える意義が見出せません、私が…魔女が従えと言っていることに 異議を唱える意味も 見出せません、人を失おうが街を失おうが…神には代えられない、人は十年で戻ります 街は百年で戻り 三百年も経てば皆忘れます、永遠なる神には代えられないでしょう」

「………………」

「さぁ、ついて来なさい 案内してあげましょう」

踵を返し 廊下の奥へ消える母の背にネレイドは何も言えなかった、何も言い返せなかったんじゃない、愕然として 言葉を失ってしまったのだ

あの母が…優しくて慈愛に溢れた母が あんな事言うなんて、絶対におかしい…

絶対におかしいよ、こんなの母じゃない…でもなんでこんなことになっちゃったの…?、それもこれもテシュタル様のせい?、だとしたら私は…これを受け入れるしか、ないのかな


………………………………………………

最大秘匿領域、それは魔女達の間に取り決められた世界最大の七つの秘密、最大秘匿領域の単語自体この世界の辞書に存在せず 誰も知らずにこの世界に存在し続けている魔女大国の機密も機密

このオライオンに存在する最大秘匿領域の名は『魔女の懺悔室』、祈りの間に存在する星神王テシュタルの巨像の台座の裏に刻まれた石版、何も刻まれていない真っさらな石版を指定された特定の幾何学模様を指でなぞる事で開かれるその階段の下に 魔女の懺悔室がある

長い長い階段だ、永遠に続くような暗い階段を真っ直ぐ進むように降りていく、その距離は果てしなく 恐らくエノシガリオスから抜けて 空白平野の真下に出ることだろう

そう、あの分厚い氷の奥底、かつて湖底であった場所に 魔女の懺悔室は存在する

「こんなところに、こんな場所が…」

自分達の住んでいた街の下に こんな階段があったなんて とローデは今この現状を信じられず目を白黒させて階段を降りる

「最大秘匿領域…オライオンの歴史でこの空間の存在を知っている人間が、一体どれだけいるのか」

トリトンは顎に指を当てて考える、この空間の存在を知る人間が 我が国の歴史上何人いるか…と、答えは単純 誰もいない、歴代の枢機卿も神将も大司祭も聖王も…誰も知らない、ただ教皇一人だけがこの空間の事を知っているだけだ

「……ここに連中が来るのかねぇ」

ベンテシキュメに驚きはない、別にどこに何があろうが彼女は動じない、彼女の役目は神敵を殺すことだけ、そして今神敵達はここを目指しているらしいが 果たしてここにたどり着けるのか…、そこだけが心配だ、折角なら決着をつけたいから

「………………」

そして、ネレイドは何も言わない 何も言えない、何も思わない、何かを思い 何かを考えれば 今の教皇とテシュタルを疑う言葉しか出て来ないから、だから 彼女は何も思わず ただ職務だけに殉ずる

今ここで、何を思っても何にもならないから…、だかせめて何か一つだけでも守ろうと、彼女は母に従う道を選ぶ、子は 親には逆らえない物だから

「ふぅ、老体には堪える長階段だ…」

「ゲオルグお爺さん、上で待っててもいいんだよ…」

「アホ吐かせ、お前達だけでテシュタル様の復活を守れるか、カルステンがいない今 儂が動かずしてどうするか」

フンッ とイライラしながらゲオルグは階段を降りる、ゲオルグは相変わらずネレイド達を信用していないようだ、或いは この最大秘匿領域という存在に興味があるのか それを使って聖王の復権を狙っているのか、ともあれ彼はついてくるようだ

そんな存在も無視して降り続けるリゲル様は、一つ 足を止める

「着きました、ここが魔女の懺悔室です」

「ここが…」

階段の奥に配置された巨大な石の門、それを軽々と片手で押し開けるリゲル様の背中を超えて ネレイドは奥に広がるそれを見る、魔女の懺悔室と呼ばれたそれを その目に収め…

「嘘……」

全身の鳥肌がゾワゾワと立つのを感じる、懺悔室…と聞いて想像したそれとはまるで異なる様相の空間、懺悔室?違うここは部屋じゃない

「なんですかこれ…これが、懺悔室だなんて」

「エノシガリオスの地下にこんな空間が…、なんという事だ…おお 神よ」

「…どーいう事だこりゃあ、なんでこんな空間が『懺悔室』なんて呼ばれてんだよ、あたいから言わせりゃこりゃあ 国だぜおい」

広がっていたのは部屋というにはあまりに広い空間、あまりに広く 暗く 果てが見えないそれには、氷を切り削って作られたであろう家々がずらりと綺麗に整列している、ミニチュアなんてサイズじゃない 本物の実寸大の家がだ

家があり 店があり 路地裏があり 大通りがある、きちんとした設計の下作られた街は 今すぐ人を住まわせても問題なく稼働しそうなほど、だが異質なのはここまで生活感溢れる街だというのに 人っ子一人いやしないのだ

当然だ、どれだけ精巧でも氷を削って作られた街に住む人間はいない、ましてやここは魔女から秘匿され 数千年ぶりに人の目に晒されることになった封印された街、人なんか住んでない

だからこそ異様、街はあるのに人は無く、例えるならまるで 『街の死骸』とでも言えるような、そんな異質な…

「これは我々の罪の象徴です…」

「お母さん…?」

すると魔女は リゲルはまるで赦しを乞うように手を組みながら氷の街の中を歩く

「我々が守ったからこそ残った物も数多くある、されど我らが力を持ったが故に失われたものもまた数多く、…力を持ち 力を振るった責任とは常に栄華と戦功の影にある、英雄は殺した人の顔を忘れてはならぬように 我等にも忘れてはならぬものがあるのです」

「教皇殿、これは一体なんですかな?、儂の知識が正しいならばこの家の建築法はオライオンの物ではない、というより 現代には殆ど残っていないかなり古いものだ、それこそ コルスコルピの首都に辛うじて残るような古い古い建築法で作られた家々…、これは なんですかな」

「貴方の質問に答えましょうゲオルグ、これは我等が故郷にして祖国、今は失われた 我等の為に失われた罪なき国 双宮国ディオスクロアの首都…『ジェミンガ』、今は亡き街の名、これはそれを再現したものです」

「双宮国…ディオスクロアの首都?」

皆 首をひねる、そんな国の名前 聞いたことがなかったからだ、魔女の故郷など考えたこともなかったからだ、だからこそ 今考え理解する、確かに魔女として人間だ 生まれ育った街や国は存在する 、今は最早歴史の果てに消えてしまった国にて 魔女は生まれ育った

その消え去った国こそディオスクロア、魔女が リゲル様が育った街こそこの首都『ジェミンガ』、魔女の懺悔室とは即ち…彼女の故郷を氷にて永遠に再現した空間のことを言うのだ

「これが、お母さんの生まれた街…それを再現した物」

この氷で作られた街はかつて木と石で作られ 多くの人々が行き交った街の夢の跡、ここで母は 魔女は育ったのだ

見ればとても栄えているように見える、国として理想とも言えるほどに美しく 栄華の絶頂とも言えるその姿は、こうして氷で再現されてもなお美しく だからこそ恐ろしい

「我等は故郷を捨てた、守れなかった、力を持ちながら 戦える立ち位置にいながら 守れなかった、ここに住んでいた人々を この街を…、その事実を忘れてはならない、この景色と共に胸に焼き付けねばならない、これこそ私の罪の象徴…私の為の 私達の為の懺悔室…」

許してください みんな…、そう呟いて片膝をついて祈りを捧げる魔女の姿を黙って見つめる神将達は どこか呆然としていた、いきなり古代王国の遺産に連れてこられて 歴史の裏側を聞かされて堂々としてられる人間なんていないからだ

こんな物が我等の足元にあったとは、魔女は常に 手元に罪の象徴を置き 常に祈りながら八千年も生きていたとは、その悔恨…如何なるものか

「……貴方達にはここで魔女の弟子達を迎え撃ってもらいます、彼処に 我等が神がいますので」

「彼処…城?」

街の中央には城がある、豪勢な城だ オライオンの王城とは比べものにもならない大きさの巨大な城、或い神殿か、…いや 恐らく テシュタル神聖堂のモチーフになった城、あれは

「双宮国ディオスクロアの王城、星見城ノースポール…かつてこの街を治めた王が居た場所、彼処で我等が神が復活の時を待っています…、彼処に魔女の弟子を入れてはなりません、故に神将…貴方達はあの城門の前で待機するのです」

ノースポールと呼ばれた城の中に魔女の弟子を入れてはいけない、その意味は分からないが 教皇がそう言うのならば神将は従わなくてはならない、あの門の前で陣取り 魔女の弟子達を迎え撃ち ここで全滅させる、それが教皇の指示ならば

「…けったいな話になりゃあしたが、結局やることは変わらねぇな、あいつらがウチの街に被害を出さないことを神に祈ろうぜ」

「ええ…そうですね、ここで我等が奴等を倒せば それで事が済むのですから」

「しかし神の復活とは一体、どういう事なんだ…」

コツコツと底冷えするような街中を歩いて その巨大神殿のような城の前に立つ神将達と ネレイド

ネレイドは必死に思考を遮り、何も考えないよう努めるているが、そんな努力を嘲笑うかのように、一つの思考が脳裏を過る

ここに、エリス達が来る…神の敵が 私以外の魔女の弟子達が、それはあの城の中にいる存在を打ち倒す為に…、我々はそれを阻止する為に、互いに互いの守るべきもののために…守るべきもの

私の守るべきものって、なんなんだ…

ネレイドは一人見る、門の前で振り返り 魔女の弟子達が現れるであろう階段を見る

もう終わりにしたい、こんな苦しいのは、神の敵を倒し 神が復活を果たしたら また元に戻るのかな…、そんな淡い希望を抱いてネレイドは、ただ 決戦の時を待つ

………………………………………………………………

「さてさて!、それではこれより神将攻略大!勉!強!会!初めて参りまーす、はい 拍手~!」

「ガツガツ…!」

「モグモグ…」

「はふっはふっ、ゔぅ!ごれ美味じいでず!アマルトざん!」

「怖…」

「あのー、聞いてくださいませー?」

テーブルに果てしなく広がる美食の海をその場にいる全員で切り開くように貪り食う魔女の弟子達、ラグナの完全復活を受け気兼ねなく食事を取れるようになったエリス達は今 決戦に備えて気合を入れているところなんです

いやぁ、いいですね アマルトさんのご飯 メグさんのご飯 どちらも美味しいです、それに今はメルクさんもナリアさんもラグナも居ますし、みんなと一緒に食べるご飯は美味しいです

「いや、食事が美味しいのは分かりますそろそろ食べながらでもいいので話を始めませんと、流石に時間の余裕というものもございますので」

「グッ…ムシャムシャ…、おふ ほうだな」

骨ついた肉に噛り付いてブチブチと噛みちぎるラグナは口に入った肉をそのままに咀嚼しながら返事を加え、 テーブルに肘をついて皆の注目を集める

「ゴクッ…、んじゃあメグの言う通り これからみんなで決戦についての相談をしておきたいところだが、その前に状況と最終目標までの流れを再確認しよう」

「……!」

全員が料理を食べながらコクコクと頷く、そりゃあみんな当事者だから状況も目標も理解しているが、改めて…ってのは大切だ

「まず状況についてだが、俺達は漸くエノシガリオスにたどり着いた、ここから目指すのは魔女シリウスが居るであろう最大秘匿領域『魔女の懺悔室』だ」

「ここにいるだろうって目算で来てしまいましたけど、本当にここに魔女シリウスはいるんでしょうか、僕不安になってきました…」

「大丈夫さナリア、俺も最初は不安だったけど 奴等の入れ込み具合を見るにここに魔女シリウスが居るのはまず間違い無いと思われる」

「え?…それって、どうしてですか?」

「連中の防衛への気合が他とは段違いだからだ、連中が今守りたいのは神だ…正確には神を僭称する魔女シリウスだけどな、で!だ…このエノシガリオスに魔女シリウスが居るなら 奴等の必死度合いにも説明がつくとも思わないか?」

「必死度合い?」

「だって、此の期に及んでも神将出てこないじゃん」

「ッ…!」

ラグナは窓の外を見る、彼はこの捜索網と先程の聖務教団の罠をオライオン側の必死な策としてみたようだ、そして此の期に及んでも神将が出てこないのも…、それはつまり 神将達は既にエリス達の捜索ではなく 防衛の側に回っていることを意味する

恐らくもう神将達は魔女シリウス…偽の神テシュタルの防衛に当たっているからこの場にも姿を見せないのだ、でなければさっきの罠に聖務教団の団長だけでなくネレイド達も付随しているはずだから

「なるほどな、…神将達は既に攻撃ではなく防御に回っている、それは 我等が奴等の懐に潜り込んだことになるのか」

「そうそう、…シリウスがリゲル様を動かして俺達を国敵認定させたんだ、軍を動かしてるのもシリウスと見るなら あいつはそう言う風に駒を動かすはずだぜ?」

それはつまりシリウスがこう言っているんだ、『来るなら来い、勝負をしてやる』と…、だから神将達だけでも引かせて自陣の防衛に回らせた、それがエリス達がシリウスの膝元に迫った理由となる

「だが問題があるとするとなら、俺達はその魔女の懺悔室の場所を知らないことに尽きる、と言うか多分この国でも知ってるやつは魔女以外いないだろうな」

「確かに、私がデルセクトの黄金宮殿の秘密を知らなかったように…、誰もその空間の存在を知らないと見るのが妥当か」

魔女様達がシリウスの肉体を隠した場所 最大秘匿領域の存在はラグナ達でさえ知らなかった、それはきっとオライオンにも適用されるだろう、とすると…探すのに難儀しそうだ

「これを探す為に俺達はエノシガリオスを奔走しなくちゃいけない、そして 定められたタイムリミットもあと一週間もないのが現状だ」

「その上 聖務教団の追走を掻い潜ってな、改めて振り返ると最悪な状況ではあるな、…ラグナ 何か策はあるか?」 

「今んところない、だからこの件についてはこの状況確認が終わったらみんなで話し合うとしよう、分からないことに延々と時間を使えるほど暇でもないしな、んで…次の問題点は神将の存在だ」

恐らく エリス達がシリウスを目指す上で避けて通れない最大の難関 この国最強の守護者達 ネレイドを筆頭とする四神将、エリス達はこの旅の中で何度も奴等と邂逅しその強さの一端を見てきた

はっきり言おう 神将は一人一人が凄まじく強い、それが今は四人全員揃っているんだ、この戦力は今のエリス達六人に匹敵するやもしれないのが現状…、これを超えるとなると かなりの消耗は否めないだろうな

何より

「今回ネレイドも戦線に上がってくるんですよね」

「ああ、エリス達から話を聞いた限りネレイドはあれからずっとエノシガリオスに居たみたいだ、なんでかは知らねぇが シリウスは奴を切り札として温存していたようだな…、だが俺は奴が温存されるに足る切り札であると踏んでる… あいつの強さは俺達魔女の弟子達の中でも上位に位置すると見てる、悔しいがな」

素でラグナの付与魔術に匹敵する身体能力、技量でアマルトさんとメグさんを上回り、幻惑魔術でエリスを一撃で倒したネレイドの実力の高さは魔女の弟子内で見ても上位のものだ、魔女の弟子最強の座に近いと言ってもいい

「ネレイド…アイツエグいぐらい強いぜ…」

「私もアマルト様もほぼ一撃で倒してしまいましたからね、もしあの追撃にネレイドが参加していたなら…、今この時 この場に何人か居なかったでしょうね」

「私やナリアとラグナも奴の強さは見ている、あの巨体で銃弾を回避し 錬金術すら粉砕する奴のパワーははっきり言って常軌を逸している、下手をすれば身体能力だけなら魔女の領域に最も近い人間と言えるだろう」

「あのパワーで更にレスリングの達人なんですよね…、邪教執行の副官達でさえあの強さな上に他の神将であの恐ろしさ、それすらも寄せ付けないなんて…凄いですよね、流石 僕達の中で一番早く魔女様に弟子入りしていたって感じです」

みんなネレイドの強さは実感している、彼女の強さ その一端でさえエリス達を恐怖させる、だが

「ネレイドは強い だからこそ、超えなきゃならねぇ…ここで臆したら 全部無意味になるし、何よりアイツに譲ることになる 魔女の弟子最強の名を、夢見の魔女が魔女の中で一番 弟子を育てるのが上手いってことになっちまう、それは嫌だろ?みんな」

「…………」

みんなの目がギラつく、その通りだ 譲ってはならない一線だ、そこは

エリス達は師の尊厳を懸けて強くならねばならない存在だ、己の師こそが 最たる存在であることを証明する存在だ、それが弟子なんだ…弟子が 他所の弟子様に譲って何になる、凡ゆるを超え 何もかもを超え 最強になることこそが、弟子の務めだ

だから、ネレイドは超えなくては…

「ま、そう言うわけだからさ…ここらで一つ 意見交換会を開かねーかな?」

「意見交換会ですか?」

「ああ、みんな神将と戦ってきて 分かったことや気がついたこと、色々あると思う、もし奴等と戦うことになるなら情報は少しでも多いほうがいいだろ」

「確かにそうですね」

「ああ、私達も色々気がついたことがある、それを共有出来るのならしておいたほうがいいだろう」

エリスが戦った神将はネレイドとトリトンとベンテシキュメ、ラグナ達が戦ったのはネレイド ローデ ベンテシキュメ、エリス達はローデの戦法を知らず ラグナ達はトリトンの情報が不足している

なら、交換すればいい 自分の持っている知識を、戦って気がついたこと 見ていて分かったこと、それを共有しておくだけで神将戦はかなり楽な物になる筈だ

「では、まずは私からだな…実は、トリトンの件でだもしかしたらと思うことが一つあるのだが…」

「あ、それなら僕もローデさんの事で一つ…」

「ではエリスはベンテシキュメの事で気になったことが…」

案の定、みんなちゃんと見ていてくれたおかげで次から次へと出てくる出てくる、あそこが気になったここが気になった…そして

導き出される結論……

歌神将 ローデ・オリュピア、武器は背中に背負った巨大な純銀十字と聞こえない謎の詠唱、凄まじい怪力で振り回される十字架はローデの魔術によって自在に変形するらしいが…ナリアさんは言う その詠唱のタネが分かったと

守神将 トリトン・ピューティア、武器は鉄球とそれを投げる豪腕 使用魔術は不明、彼の投げる球は銃弾の如く飛ぶ上空中で何度も軌道を鋭角に変える為避けることが困難…、だがメルクさんは言う 奴の動きに不自然な点があったこと、そして 奴の持つ『野球の記録』にもずっと気になっていた違和感があると

罰神将 ベンテシキュメ・ネーメア、武器は炎を纏う二本の処刑剣と雪上での圧倒的機動力、その剣の腕は高速戦ではあったもののエリスを圧倒するほどだ、特にあの炎の謎…、切った部分が炎上しているのに炎熱魔術には見えないあの魔術…実は、エリスもうアレの攻略法を見つけてしまったんですよね、だからもうその攻略の為の一手をみんなに配っておきました…、もしエリスの推察が正しければベンテシキュメの魔術自体は攻略したも同然だろう

だが同時にエリスの経験から言わせて貰えば、この世で強者と言われる人間は 弱点を突いた程度じゃ一切引いてこない、油断はできませんよ 皆さん

「結構情報が出揃ったな」

ふと、ラグナが会議にひと段落がついたと一息つく…しかし

「分かっちゃいたが、ネレイドの情報が少ないな」

一番強く 一番危険なネレイドの情報が殆どない、エリスもラグナも戦っていると言うのに弱点らしい弱点が見当たらない、隙が一切ない…

ネレイドはシンと同じタイプだ、小細工とか戦法とか抜きにして 純粋な技量と実力でその地位を築いたタイプ、相手にする時一番怖いタイプだ

「でも、みんなでかかれば ワンチャンいけません?、人数ではこちらが勝ってますし…」

そう エリスが口にした瞬間、机の上に置いてあったコップが…、飲み水がブルリと震えると共に、声が響いた

『いいえエリス貴方は先に一人で向かいなさい…神将の相手は他の魔女の弟子達が務めればいいわ』

「へ…?うおっ!?み 水が!?」

コップが中に収められた水が独りでに動き出しヌルリと中から人が現れたのだ、いや まるで水で構成された水人間みたいな小さな女の子が、コップから上半身だけを出して いきなり喋り出して…あれ?これ

「アンタレス様?」

「あー、こりゃウチのお師匠さんの呪術だな、遠隔に声を届ける呪術の応用だと…、水を媒介にして発動するからこう言うことになるんだが…、おいお師匠さんよ 今団欒の食事中だって分からないかね」

これアンタレス様だ、水で出来た小さなアンタレス様だ、なるほ遠隔に連絡を取れる呪術か、確かに呪術は発動条件を満たしていれば射程距離関係なく発動出来るから こう言うこともできるのか…、一体どう言うタネなんだ…

まぁいい、これがきっとカノープス様の言っていた連絡とやらだろう、オライオンを旅するエリス達ではオライオンの全容を知ることはできないからね、そういう意味で最後に打ち合わせをしておくのだろう

「それは悪かったわね我が弟子」

「………あ?」

「それよりアンタレス様!さっきの話どう言う意味ですか!?、僕たちが神将の相手をしてエリスさんが一人で向かうって!、魔女シリウスのところにエリスさん一人で行かせるなんて危険ですよ!」

ナリアさんが叫ぶ、その通りだ まぁ確かにエリス達の最終目標はシリウスに他ならないが、だとしてもエリス一人でシリウスのところに行っても何か出来る気がしない、だからこそみんなには着いて来てもらっているわけだしね

みんなでシリウスのところに行き シリウスと戦い、識確魔術をぶつけることが 目的なんだから

しかし、アンタレス様は否定するように首を振り

「ダメよ 状況が変わった…時間がないわ」

「時間がない?」

「ええシリウスはもう復活の兆しを見せているわ どうやら本当の肉体の在り処を見つけたみたい」

「え!?しかしまだ三ヶ月経ってませんが…」

「そのくらい前後するわ…」

まぁ、そっか…三ヶ月は飽くまでカノープス様が出した目算に過ぎない、絶対的な期間ではない、一週間くらい前後することくらいはあるか、だとしたらまずい本格的に時間がないぞ

「だからエリスには先に一人でシリウスのところに向かってもらう 大丈夫よ シリウスと接敵した瞬間アルクやプロキオンさんが向かって援護してくれるから」

「確かにそう言う話でしたね…、エリスが一人で向かっても問題ないか」

「でもよぉ、だったら最初から魔女様が片付けてくれりゃあいーじゃんよ、神将も何もかもよぉ」

「いやぁ、そう言うわけにはいかねぇよアマルト」

そう否定するのはラグナだ、その通り 彼の言う通りだ、魔女様が最後の最後でしか援護出来ないのには理由がある…

「エリスがシリウスと事を構えるに当たって魔女様が援護出来るのは最後の最後 その一瞬だけだ」

「…なんでだよ」

「シリウスが今も動かないのは魔女様の牽制があるからだ、シリウスが動けば魔女様も動く …この様子見の均衡が保たれているからシリウスは今もエノシガリオスに居るんだ、だが逆に言えば魔女様が一瞬でも均衡を崩せばシリウスに動く時間を与える…、その隙にシリウスがオライオンを出て 魔女不在のアルクカースやエトワールに行かないとは限らないだろ?」

「まぁ、確かに…」

「魔女様達がエリスの援護をするには 他の邪魔をいれちゃあいけない、だから俺達が神将を食い止める必要がある、シリウス戦は『エリスの存在』と『魔女の存在』と『俺達が他の戦力を引きつけてシリウスが一人でいる状況』の三つが必要だ、それが成立するのは エリスがシリウスの前に立ち 俺達が他の神将を遠ざけるその瞬間しか無い」

つまり、エリスはシリウスの相手を ラグナ達は露払いを、これが必要なのだ、だからエリス達は揃ってエノシガリオスに行く必要があったラグナ達が他の戦力を遠ざけている間に エリスだけでもシリウスの元に到達出来れば…

シリウスは一人になり エリスがそのシリウスの前に立ち、魔女様が一瞬でシリウスの元に隙を見せず急行出来る状況が出来上がり 師匠を助ける条件が揃うのだ

重要なのはシリウスを復活させないことと同時に、シリウスに手番を与えないことにもある


「そうよ だから少々危険になるけれどエリスだけでもシリウスの元に行って…そうすれば直ぐに他の魔女達がエリスを助けに行くから それまで他の弟子達はシリウスを守る戦力を遠ざけて頂戴」

「そう言うことか、分かったよ アンタレス様、作戦はそれで決まりだな」

どの道神将攻略の手立てはもう組み上げ終わっていたんだ、時間がないと言うのならその手で行くしかないだろう、不安要素といえばラグナ達が神将とぶつかる事とエリスが一人でシリウスのところに行かなくてはならない事、そして魔女リゲルの動向だ…

こちらから出れるのはアルクトゥルス様とプロキオン様のとカノープス様の三人…、この三人がいればリゲル様を押さえつつシリウスとも渡り合えるだろう

…うん、行ける

「そうだ!、ついでに聞いときたいんだがアンタレス様よお、魔女の懺悔室の場所って知ってるか?」

「ええ知ってるわ テシュタル神聖堂の祈りの間にあるテシュタル像の裏に的確に記号を描くことで開く階段の向こうよ…かなり複雑だけどエリスがいれば覚えられるでしょう…一度しか見せないからしっかり記憶しなさい」

そう言いながらアンタレス様は指をなぞり 虚空に幾何学模様を描くように踊らせる、ふむふむ なるほどなるほど…

「覚えました」

「マジかよ、俺全然分からなかった…」

「僕もです…、筆跡を見ただけで魔術陣もかくやと言うレベルの複雑な記号を覚えるなんて相変わらず凄いですね、エリスさん」

「エリスに出来るのはこのくらいなので…、さて 皆さん、お腹は満たされましたか?、どうやらもう優雅にご飯を食べる時間はないようです」

「ああ、一応腹一杯食べられたが…少々余ったな」

流石に作りすぎたか、テーブルの上には大量の空皿と共に少量の料理が残っている、とはいえエリス達はもうお腹いっぱいだし…何よりもう出発したい、勿体無いけどこれは…

「仕方ない、ラグナ口を開けろ、残りを全部放り込む」

「えぇっ!?そんな勿体無いことしないでくれよ!折角なら味わいたい!」

「ごちゃごちゃ言うな、メグ!そっちの皿を持て、ラグナの口の中に流し込む、またエネルギー切れになられても困るからな…ありったけ食っていけ」

「かしこまりました、さぁラグナ様?、お口を」

「うへぇ~~…」

ポイポイと大口を開けたラグナに向けて残った料理を処分するように放り込んでいくメグさんとメルクさんを見ていて…なんともいえない気持ちになる、ラグナって本当にどれだけ食べても平気な体なんですね…、これだけ食べればもうエネルギー切れは起こすまい

「じゃあそういうわけだから 早めにお願いね」

「あ、アンタレス様…」

ふと、エリス達が出立の準備を整えていると悟ったのか アンタレス様を形作っていた水は再び元の姿に戻り、コップの中でぽちゃんと音を立て消える…、情報だけ与えて帰っていったな、あの人らしいというかなんというか…

「………………」

「どうしたんですか?アマルトさん」 

「え?、いや…別になんでもねぇよ、それよりこの食器の山どうすんだ?、放置していくのか?」

「あー…」

食事が終われば必然 洗い物もある、残った皿の山を見るに全員がかりで片付けをしても小一時間はかかるかもしれないな…、そんな悠長なこと言っている暇はエリス達にはないんだが…

「メイド長とその朋友様達はどうぞ世界を世界を救う戦いへ赴かれてください、洗い物はこのアリスと…」

「イリスが引き受けますので、我々にはメイド長達のように戦う事はできませんが、そのサポートくらいはしたいのです」

「アリス…イリス、分かりました 時界門は開けておきます、危険が迫ったら閉鎖魔装を使いなさい」

「はい、メイド長…御武運を」

そういうなりアリスさんとイリスさんはテーブルの上の食器を次々とキッチンに持っていく、その手際の鮮やかさはまさにプロ…、流石はメグさんが背中を預けるエリートメイドなだけのことはある…

申し訳ないがここは二人に任せて、エリス達は先に進むとしよう…

「うっ…げぷ、さて 飯も食い終わったことだし、行くか」

「ラグナ…でも、外には聖務教団が…」

「どの道神聖堂に突っ込まなきゃいけないんだ、避けて通る暇も方法ねぇし、何よりもう 逃げ隠れするのには飽きた…、突っ込んで蹴散らすぞ、もうなんの遠慮も要らねえからな」

ゴキリゴキリと音を立てるラグナの関節は、まるでこの時を待っていたかのように喜び奮い立つ、そう もうエリス達はどこにも逃げる必要はない、あと必要なのはただ一つ

突っ込んで 勝ちを得るだけ、ならば 行くしかあるまい、やるしかあるまい

「みんな、準備は?」

「今更聞くなよ、全員オーケーさ」

「いつでも出れる いつでも戦える、もう振り返る必要はないぞ」

「僕も!、が…頑張ります!」

「ここまで頑張ってきたのですから、最後までやり抜きましょう」

次々と席を立ち 各々が歩み出す、決戦の時は来た、長く苦しい埋伏の時は過ぎた、さんざ殴られ続けるだけの時間は終わり これからは反撃の時間だ、そして その反撃一つで全部終わらせて 全部ひっくり返してやる

「んじゃあ行くか…、しかし 振り返ってみるとすげぇ喧嘩だよな 今からやるの、相手は神聖軍とそれを率いる神将、その奥にいるのは史上最強の魔女で 今からそいつが世界滅ぼそうとしてるってよ、まるで御伽噺だよ」

ラグナは何やら譫言のように呟きながら玄関先の扉を開けて、雪を踏み潰して外に躍り出る、今から向かうのは彼がいうように壮絶な激闘の舞台だ、戦力も人数も向こうが上、おまけに時間も無いし絶対に負けられない、こんな大舞台を前にしているというのに ラグナの背中は、とても震えていた


……喜びに

「なんかワクワクして来たなぁ!」

「何処がだよ、俺ぁ今にも緊張でゲェー吐きそうだってのに」

「だってさ、…こんな大舞台に立てるくらいは 俺達は成長出来てるってことなんだぜ?、魔女様達がかつて成し遂げた偉業と同じ 世界滅亡への挑戦…、その一端を味わえると思うと燃えてくるだろ?」

「……まぁ」

そりゃ、みんな大なり小なり師匠に憧れを持っている、いつかこの人みたいになりたいと思ってるから毎日修行に励めるんだ

そして、そのキツイ修行の果てに今、師匠達がかつて挑んだ相手と負けられない戦いに挑むんだ、ワクワクする気持ちがわからないわけではないか…

「だからさ、やってやろうぜ…示すんだよ 世界とシリウスに、俺達が誰の弟子か!誰の教えを受け 誰の後を継ぐ存在か!、この先の世界を守るのが魔女じゃなくて誰なのかを!、この戦いで!」

ラグナが吠える、雪を踏みしめ歩きながら拳を掲げ 示す、その宣言は師を敬いながらも、いずれはその師匠さえも超えて見せると誓っているように見える、いずれ 魔女からこの世界を受け継ぎ 何もかもを守ってみせると…彼は言うんだ

その怒号に、エリス達の士気は否が応でも高まっていく、彼の言う通りやってやろうと胸のうちから湧き上がってくる、力と共に 意志が!

「かますぞ!お前ら!、目指すはテシュタル神聖堂!、そこにいる神将とシリウスを!全員倒す!」

「応!!」

ラグナは指を指す、家を出て見える大通りの先に見える巨大な神殿、世界最大の聖地 テシュタル神聖堂、このまままっすぐ進めば シリウスのいる所に行ける!、進めばいいんだ 進むだけで!このまま真っ直ぐ!

「よーし!、それじゃあ早速僕の出番ですね!、皆さん!乗ってください!」

そういうなり動き出すのはナリアさんだ、彼は家の奥からずるずるの引きずって何やら巨大な板を持って来てエリス達の目の前にドスンと倒す、なにこれ

「衝波陣を書き込んだ雪橇です、これなら直行できる筈ですから!」

「いつの間に用意してたんだこれ…、さっきの料理の時か?…、まぁなんでもいいや、頼むぜ!ナリア!」

「はい!、行きますよー!『衝波陣』!!」

…聞いたことがある、ナリアさんはエトワールにて シリウスに操られた怪盗ルナアールから逃げる為、板に魔術陣を書き込み 加速するボードとして操り逃げ果せたと、なるほど これはその応用だろう

エリス達多人数を乗せた上で走り出すボードはみるみるうちに加速し、一直線に雪を掻き分け進んでいく

吹き付ける風圧の隙間から見据える先にはテシュタル神聖堂…、だが当然、何事もなく進めるわけもない

「やはり姿を現したか…神敵!!」

「ここが目的地であることは分かっている、ならばここをリングとすれば お前達は我々を避けられない!」

テシュタル神聖堂の巨大な門の前に陣取るのは闘神聖務教団達とそれを率いる団長…、白髪の女戦士アクタイエとマスクドマッチョマンのエウポンペ、二人がテシュタル神聖堂唯一の入り口である巨大門に野太く頑健な鉄の縄を張り巡らせ封鎖しているのだ

まるで、ここを通りたければ我々を倒してからにしろとばかりに

「やっぱそう来るよな…」

「厄介だなオイ、…どうするラグナ 一旦降りてアイツらぶちのめすか?」

「必要ない、速度上げろ!ナリア!突っ切る!」

「つ…突っ切るって、物凄い数の敵が目の前にいるんですよ!?アクタイエとエウポンペがあそこを守ってるんですよ!?、門には縄が…!」

「信じろ!俺たちを!、全部まとめて諸共なんとかする!」

な?とラグナの視線がこちらを向く、なるほど 分かりましたよラグナ、そうですね…速度を緩める必要も 奴らの相手をするためにこのボードを降りる必要性もない

前座はもう十分堪能した、そろそろ本番と行こうじゃないか…

「わ 分かりました!、信じます!!!!」

ナリアさんの魔力に反応し更に加速するボード、エリス達を乗せたボードは雪の波を吐き出しながら減速することなく聖務教団の作り出す壁に向かい走り続ける

闘神聖務教団…国内最強とも唄われる彼らの実力は本物だ、身につける武装も筋肉も超一級…まともに相手をしたんじゃこちらの消耗は免れない、なら 突っ切るしか無いんだ

「フハハハハ!、見ろエウポンペ!、奴ら やけくそになって特攻をかましてくるぞ!」

「無駄だと思い知らせてやろうかアクタイエ!、如何なる敵すら跳ね除け この座に立った我ら聖務教団がの恐ろしさを!!、総員!奴らを止めろ!スクラムフォーメーション!」

「アイアイ!」

どんなものでも止めてやるとばかりに聖務教団達は隣の人間と肩を組み腰を落とし、折り重なるように受け止める姿勢に入る、なんて頑丈そうな壁だ…あれはまるで人で作られた城塞、このまま突っ込めば本当に止められかねない

だが

「蹴散らしましょうか!メルク様!、展開!『時界門』!」

「ああ、任せろ!双銃錬成!」

目の前にする強靭な筋肉の壁、それを前に立ち上がるのは時界門にて帝国から武装を取り出すメグさんと白と黒の双銃を作り出すメルクさんの二人だ…、二人は徐にその手の武装唯一無二の武器を手に取り…

「メグセレクション No.95 『大規模破壊魔装 ボルガニックバスーカ(使い切り式)』!」

「火を着けよ 暗く閉ざされた暗夜を切り裂く灯火よ、弾け飛べ 汝は如何なるを切り裂く究極の剣である、この砲火は今 凱歌となる!『錬成・爆火龍星弾』!」

真っ赤な砲身から放たれる火柱が轟音を鳴らす、白と黒の銃身が火を吹き 炎の龍が牙を剥く、容赦無く放たれた二つの灼熱は虚空にて合わさり 融合し、一つの業火となってスクラムを組む聖務教団に降り注ぎ…

「こ これは…ぐぉぉっっ!?」

開いた、道が!

さしもの聖務教団もこの灼熱には堪らずその身を吹き飛ばされ、火達磨となって辺りに散っていく、が…恐ろしいのが聖務教団と耐久力だ、特大の魔装と古式魔術の合わせ技を食らって半ば押しのけられるように吹き飛ばされた物の脱落者がいない、全員がすぐに雪で火を消し起き上がってくる

このままじゃまた囲まれる、だがもう止まれない このまま進むしか無い…だが!


「ほう、中々やるじゃ無いか…だが、その程度の一撃で我々に道を譲らせることができるかな」

「神に選ばれしこの肉体、炎程度ではビクともせんわ!」

先ほどの魔術の余波を受けながら微動だにしないアクタイエとエウポンペ、聖務教団全員がアホみたいに耐久力があるなら、あの二人のそれはまさに化け物級、このまま古式魔術をぶっ放しても彼らはエリス達に組みついてくるだろう

なら、必要となるのそれ以上の一撃…

「我ら無敵のコンビの前に!如何なる攻撃も無意味!」

「再びツープラトンにて沈めてやろう!神敵!」


「だってよ、エリス…」

「無敵のコンビですか、聞き捨てなりません…」

走るボードの上 メグさん達と交代するように立つ、徐々に近づくエウポンペとアクタイエを迎え撃つように立つ…ラグナとエリス、向こうは無敵のコンビか…なら こっちも最強のコンビで迎え撃つまでだ!

「行くぞ、エリス…!『簡易魔力覚醒』!」

ラグナが強く拳を握る、その握力により圧縮された魔力は一時的に魔力覚醒にも似た状態を作り出し、炎のように吹き上がり彼の拳に纏わりつく

「はい、ラグナ…魔力覚醒『ゼナ・デュナミス』!」

ブチンと頭の中で枷を引きちぎるように強引に発動させるは魔力覚醒『ゼナ・デュナミス』、それは白く輝く靄のようにエリスの体を覆い 髪は星の煌めきの如き閃光を帯びる…、見せてやろうかラグナ 

エリス達の本気を!

「貴様らに最早テンカウントは必要ない!、行くぞ!エウポンペ!」

「ああアクタイエ!、究極のフィニッシュホールドで決めてやる!」

迫る 加速するエリス達のボード今まさしくアクタイエとエウポンペの眼前に迫る、燃えるような威圧 吹き上がるような殺意が二人の体をまるで巨人の如く大きく幻視させる

それほどまでに練り上げられた闘気を爆発させるように 大地を砕いて踏み込み 襲いくる 掴み来る、二人の団長達が

「『スプレモ・パシオン』!」

「『ヒガンテスカ・ペカードオリヒナール』!!」

リングの上で燦然と輝くオライオン最強のルチャコンビ アクタイエとエウポンペが編み出した究極にして最強のフィニッシュホールド、それは決まれば相手に逃がす暇さえ与えず吹き飛ばし捻り潰す絶技である

伸ばされた二つの手がエリス達を捉えれば、その時点で勝敗は決する、それほどまでに綿密に組み上げられた奥義を前に、臆することのないエリスとラグナは

刹那、互いに目配せを交わすと…、微かに微笑み 互いの勝利を確信した

「『熱拳一発』ッッ!!」

「『雷響一脚』ッッ!!」

それまさしく一瞬の出来事、掴みかかるアクタイエとエウポンペの無敵のコンビの奥義、それより早く 撃ち抜くように放たれた二つの光

ラグナの燃ゆる絶拳、エリスの雷轟の如き閃脚

それは 目の前の二人の達人の手より早く、その頬を同時に射抜く……

「ぁが…!?」

「ぐっ…ぎぃっ!?」

押し負けた 二つの煌めきを前に、試合で一度として剥いたことのない白目を剥き アクタイエとエウポンペが押し負け グルリと虚空を回り、真上へと エリス達の背後へと吹き飛ばされ

「邪魔だよ…!」

「邪魔です!」

地面に雪柱を上げ 墜落する、ラグナとエリスの最強のコンビを前に、聖務教団の無敵のコンビが突き崩され、 今テシュタル神聖堂の門が目の前に迫る…けど

まだ問題はある、あれを塞ぐ巨大な鉄の縄だ、何重にも張られたそれはまるでリングのロープの如く厳重にエリス達の道を塞ぐ、このまま行けばエリス達の快進撃は縄に阻まれ 撃墜という形で終わるだろう

「退きな、エリス ラグナ…、あれは俺が斬る」

立ち上がる、黒剣を片手に役目を終えたラグナとエリスを押しのボードの先端に立ち、迫る縄を目掛け柄を握るアマルトさんが 立ち上がる

任せた そんな言葉さえ不要な程の一瞬の間、鉄縄とボードが接触するその瞬間のことであった

「『断斬 タリウッザーレ』!」

彼が包丁を握れば、まな板の上にある物体は瞬く間に切り刻まれる

彼が剣を握れば、目の前にある存在は さながらまな板の上の魚同然、如何なる鱗を持とうとも 如何なる骨を持とうとも、断頭の一撃を遮ることはできない

彼にとって、それは単なる誤差でしかない、魚か 鉄か…などという、差異でしかない

「お邪魔するぜ?、神サマよぅ」

縄はエリス達の動きを遮ることはない、目前にして裂け まるで道を開けるように千切れ散る、断たれたのだ アマルトさんの剣により、門の前に蜘蛛の巣のように張り巡らされたバリゲートは全て 一直線に叩き切られ、死したミミズの如く大地に落ちる 全てはエリス達の背後に散る

聖務教団も アクタイエもエウポンペも鉄の縄も、一時としてエリス達の道を遮るに至らない、既にエリス達の眼前には 巨大神殿が大口を開けて招いている、中へ入ってこいと 囁くように

「おっしゃぁっ!、このまま突っ込むぞ!」

「はい!ラグナさん!」

最早エリス達を邪魔するものはない、全てが全て エリス達の背後にある、執行官も死番衆も聖務教団も 何もかもを追い越して神殿に辿りついたエリス達の眼前にあるのは一つだけ

勢いをつけてボードは神殿の入り口に飛び込みザリザリと音を立てて無理矢理神殿の石畳の上を滑っていく、内部にも人はいる 神聖軍の兵士もいる、だがどれもエリス達の道を阻むには至らない

「んで!?、ラグナ!テシュタルの像がある祈りの間って…何処だ!?」

「知らねぇ!、でも真っ直ぐだ!真っ直ぐ進め!」

「なんか根拠でもあるのか?」

「無い、けど…直感がそう言ってる!」

「当てずっぽう!?ここに来て!?」

「当てずっぽうしか手段がねぇんだ!、祈ろうぜ!神様にさ!」

あはははー!とここに来てどっしり構えて笑うラグナ、いやもう笑うしかない、エリス達にこの神殿の内部構造を知るだけの時間はなかった、ならもう勘とか奇跡に頼るより他ないのは確かだ

「嘘だろ!、神敵がこんなところまで!?」

「だ 誰か止めろ!」

「止めるって…聖務教団でも止められなかった奴らを?執行官でも仕留めきれず死番衆でも捕まえられず神将からも逃げ切った奴らを…、そんなの 誰が…!」

「嗚呼!神よ!神よ!お救いください!」

エリス達が乗り込んだことにより神殿内部は大混乱だ、神聖軍達がもう戦意喪失して祈り始めてしまった、悪いことしたかな…まぁ悪いことだよな、法に抵触するタイプの

「おーい、手を出さなきゃこっちも何にもしねぇからー!」

「何を…神敵がぁっ!、聖都防衛を任された神聖軍をナメるなぁ!死にやがれぇぇぇぇ!!」

しかし、ラグナの警告を聞いても止まらない一人の若い神兵が滑走するエリス達目掛けて突っ込んでくる、何処にでもいるもんだなぁ ああいう向こう見ずな若いのって、エリス達が言えたことではないが…しかし

あれは些か無謀だろう

「言ったろうが、手を出さなき何もしねぇってよ、手ェ出されたこっちもなんかしなきゃだろうが!」
 
「ぐげぇっ!?」

勇気を振り絞り飛びかかる若い兵卒、されどラグナはまるで意に介さず拳の一つで兵卒を撃ち落とし ついでにその胸ぐらを掴みボードの上に引きずり込む

「へへへ、ちょうどいいや、こいつに案内させよう」

「いいねぇラグナ、おいお前 俺達ぁ神に祈りたいんだ、祈りの間の場所教えてくれるか?」

「それともこっちの口で聞いた方がいいかな?若い兵士よ」

「ひぃ…」

ラグナに羽交い締めにされ 左右からメルクさんの銃口とアマルトさんの剣を突きつけられ青い顔になる兵士は両手を上げて無抵抗を示す、まぁ ちょうどいい案内役が手に入ったのはいいが…

ぐへへと笑いながら凶悪に笑う三人の姿はまさに神敵、バチが当たりますよ…

「い 祈りの間は…このまま、真っ直ぐ…」

「マジ!?ほら言ったじゃん!、ありがとよ 若い兵士君、次からは尋問にかけられても御国のために死んでも吐くなよぉ~?」

「へ?ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?!?」

聞くだけ聞いたらもう用はないとばかりにボードの外へと投げ捨てられ遥か彼方へと消えていく兵士…、ごめんね 彼はただ職務に忠実だっただけなのに

「あ!見てください!なんかおっきい扉見えてきましたよ!」

「あらほんと…、で?どうするんです?これ、止まれませんよね」

「このまま突っ込むさ!引き続きな!、加速しろ!序でにみんな口閉じとけ!舌噛むぞ!」

見えてくるのは重厚な扉、だが残念かな このボードにブレーキはない、あの扉を開けるため減速するだけの距離もない、なら このまま突っ込んで押し開けるしか…!

「うおぉッッ……!!??」

刹那、追突する ボードと扉、扉には閂がしてあったようだが…やんぬるかな、猛スピードで突っ込むボードに破壊され粉々に吹き飛び 扉としての役目を放棄し、エリス達を祈りの間へと誘いこんでしまう

されどこちらもただでは済まない、何せ猛スピードで扉に突っ込んだんだ、そこらへんから取ってきただけの木のボードではとても耐えきれず、木っ端微塵に大破、エリス達はそのまま祈りの間へと投げ出されるように吹き飛ばされ…

「よっと!」

「おっとっと…」

「シュタタ!でございます」

クルリと空中で身を翻し華麗に着地を決めるエリスとラグナ、そして当然とばかりに微動だにせず 案山子のように地面にストンと落ちるメグさん…そして

「きゃぁぁぁぁあ!!」

「っと!ナリア!」

「ちょっ!?メルクぅ!?」

着地出来ないナリアさんを庇おうとナリアさんを抱きとめるメルクさん、そしてそんな二人の下敷きになり地面を滑るアマルトさんは、暫く絨毯の上をスルスルリと滑り…

「っておい!メルク!?、俺のこと殺す気かな!?」

「す すまない、む ナリア!怪我は!?」

「だ 大丈夫です…」

「俺は怪我したんですけど!?」

まぁあんな風に騒いではいるが、アマルトさんだって本当はナリアさんを助けようと空中で受け止める姿勢を見せていた、結果的に二人を抱きとめる形になってしまったから着地し損ねただけで ハナから仲間を守るために動いていたことをエリスは知ってますよ…、っていうか多分メルクさんもわかってると思います

彼はただ、恥ずかしがりの照れ屋なのだ

「さてと、ここが祈りの間だな…」

「これが、テシュタル像…」

扉をぶち破り辿り着いたテシュタル教の神聖なる領域、普段は数百の信徒でごった返しているはずの祈りの間へと到着する、見渡せば凄まじい数の長椅子と真っ赤な絨毯、そして ステンドグラスに照らされる超巨大な神像が奥に配置されていた

あれがテシュタルの像か…、鎧を着込み 両手に騎士の持つような槍を二本持った威容、長い髪を伸ばし 男か女か分からない美しい風貌の石像が…、エリスの前に屹立する

石像…偶像、そう呼ぶにはあまりに存在感がリアルだ、しかし こうもしっかりとした造形があるとは、何かモデルがいるんだろうか

少なくともエリスには誰か分からない…、リゲル様や他の魔女様達とは似ても似つかない…

「歴史ある像だな」

「分かるのか?アマルト」

「これでも歴史大好きコルスコルピ人だ、物の古い新しいは分かる、けどこいつぁそんなコルスコルピにある なによりも古い、下手したら魔女様達の生まれた時代より前からあるんじゃねぇかな」

「そんな古い像が残っているものか?」

「知らねぇよそんなの、んでも なんでもありだろ?、あの時代は」

アマルトさんとメルクさんが何やら物珍しそうに石像を見ているが、エリスが気になったのは石像の背後にあるステンドグラスだ…

「綺麗ですね、あのステンドグラス」

「ん、ナリアさんもそっちが気になりますか?」

「はい、とっても綺麗です、エトワールにもステンドグラスを芸術として扱う文化がありますから、あれは最上級の物ですね…、綺麗です 八つの星が描かれたステンドグラス…」

八つの星が煌めくような絵柄のステンドグラス、あれはこのオライオンの象徴のようなものだ、テシュタル教の教会には何れもアレがあるし、なんなら国旗にもなっているくらい重要だ

八つの星が描かれたステンドグラス…か、でもエリスは

「違くないですか?」

「え?、何がですか?」

「エリスはアレが八つの星を描いてるようには見えないんですけど」
 
「……、じゃあエリスさんには何に見えるんですか?」

「いや、どこからどう見ても『八つの星が輝く夜天を描いた』ステンドグラスでは?」

「…どこが違うんですか?それ」

「全然違くないですか?これ」


「おーい!、お前らぁー?、何遊んでだよー!、向こうからテシュタル教の追っ手が迫ってんだ!、とっとと階段の扉開けて魔女の懺悔室に行こうぜー?」

「エリス様しかパスを知らないのです、早めにお願いしまーす」

おっと、遊んでる場合じゃなかったな、ラグナとメグさんの言う通りだ、初めて見る教会内部に好奇心を抑えられなかった四人も慌ててテシュタル像の背後に回り、真っさらな石版を前にする…ここに、例の幾何学模様を描けばいいんだよな

「お願いします、エリス様」

「はい、少しお待ちを」

アンタレス様が教えてくれた筆跡を記憶から辿るように、エリスは石版に指を当て幾何学模様を書き込んでいく、複雑極まりない記号で 何を意味しているのかさえ判然としないが、それでも これで開いてくれないと困ることに変わりはない…

頼むぞ、上手くいってくれ…そう目の前の神像に祈るように冷や汗を垂らし、石版から 指を離す、記号は書き終えた…後は

「っっ!?、これは…石版が動いて…」

「すげぇギミック、階段が出てきたぜ…」

エリスが先程まで指を当てていた石版、テシュタル像の台座の一部が鈍い音を立てて動き始め、目の前に階段が現れたのだ…、普通に生きてたら 一生発見することが出来ないだろう隠し階段

それが今 エリス達の前に現れた、つまりこれが…

「最大秘匿領域…『魔女の懺悔室』への階段」

「こりゃかなり長そうだ、急いで乗り込もうぜ!」

「あ!ちょっ!ラグナ!…もう、一番乗りはエリスに譲ってくださいよー!」

先の見えない暗闇の階段に飛び込んでいくラグナ、彼もワクワクしてるんだろう、だって目の前には数千年の間一度として発見されることのなかった前人未到 未知だらけの世界が待ってんだ、そりゃあ誰だってワクワクする

当然エリスもだ、だから急いでラグナの後を追う、彼だけに未知のカルチャーショックを独占させてなるものか!

「エリス様もラグナ様も行ってしまわれました…」

「よくこんな薄暗い階段に入れるな…」

「まぁいい、行こう そうしなければ始まらん」

「はい!、行きましょう!」

その後に続くメグさん アマルトさん メルクさんにナリアさん、皆闇を恐れず この国の最たる秘密の眠る地、魔女シリウスが待つであろう魔女の懺悔室へと足を進めて行く……

決戦の地へと、静かに 静かに近づいて行く

待っていろよ、シリウス…!
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