孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

文字の大きさ
上 下
300 / 308
九章 夢見の魔女リゲル

275.魔女の弟子と激突の神聖軍

しおりを挟む

「…………、放棄された村 というわけではなさそうだな」

銃を構えながら メルクリウスは一人、無人村となったペセルフネ村の中を歩く

本当は逸れてしまったラグナ達を助けに行きたいところではあるのだが、彼女が一人で辿り着いたこの村は まるで村人が綺麗さっぱり消失してしまったかのような、異様な気配に包まれていたのだ

無視してラグナ達のところに向かうことはできる、だが…

「神聖軍…居るのか?」

浮かんだのは一つの可能性、あそこで我らを待ち構えていた邪教執行官達のように この村でも奴等が待ち伏せしているかもしれない という可能性

その為に奴等は戦えない民間人を別の場所に避難させた、と言うのならこの奇怪な光景の説明もつく…だが

「ううむ、やはり人の気配を感じない…」

銃を下ろし、周囲を見回す…もし 民間人が纏めて避難したなら、足元の雪にも混雑の跡が残っていても不思議はないが、見た感じそう言う跡は見受けられない

魔獣に襲われ滅びたかと言われればそれもまた違う、連なる家々にはそう言う傷跡もないし、なんなら ついさっきまで人がいた気配がある

「…………」

洗濯物は干しっぱなし、川で取れた魚は置きっ放し、子供が遊んでいたと思われるボールもそこに転がっているし、家の中を覗けば 昼飯を作っていたのか 鍋が火にかけてある

こんな状況で人が居なくなるか?、本当に今さっきまで人が居た痕跡ばかりがあると言うのに、纏めて消えてしまうなんて あり得るのか?

「どう言う事なんだ、これは一体 どう言う事なんだ…?」

もう訳わからんすぎてどう言う事としか言えない、何がどうなったらこんな事態が発生するんだ?

「…………ん?」

ふと、何か 小さな音が耳をつく、何か音がする?それも家の中から…まさかまだ人がいるのか!?、生き残りか!この際神聖軍でもいい!とにかく人を確認したい!

弾かれるように駆け出し音がする家屋の扉を開ければ、当然のように鍵はかかっておらず…家の中からは人の気配がする…

誰かいるのだろうか、暖炉には火が…そしてこの香りは…

「おい、誰かいるのか?」

「んぇ?」

「は?」

家の奥、憩いの間であろうリビングのど真ん中に そいつは居た

奇抜な赤色のアフロ、右目の下には星の刺青 服装もやけにパンクというか…トゲトゲした黒色の革ジャンを着込み、何故か鍋を直に持って中の煮込み野菜を木ベラで掬ってガツガツと食べていたのだ

…これ住人か?、なんだこいつ…、っていうか この異常事態の中で食事?それも随分下品な食い方で…、半裸の変態とか パンクなアフロとか、この国の人間のファッションセンスはどうなってるんだ

「…………」

「………………」

見つめ合う両者、突如として現れた私に アフロに、互いが驚き かける言葉も見つからない奇妙な沈黙の中、先に口を開いたのはアフロの方だ
 
大きく口を開き、私に向けて…

「むしゃむしゃ…」

「食うよりも先に私に反応しろ!」

「うぉビックリした!、でっかい声出さないでくれよ…ビビりなんだ俺」

「はぁ?、…まぁいい ともあれ住人がいて良かった、私はてっきりこの村の人間が全員消えてしまったのかと思ったよ」

「だははは、あんた随分ロマンチックだな 人が消える訳ないじゃんかよ、まぁいいや あんたが誰か聞きたいし、そこ座んな 食い物もあるぜ」

そういうとアフロは朗らかに暖炉の近くの安楽椅子に私を案内する、まぁいいか この村の状況が聞けるならなんでも

アフロの案内に応じ 安楽椅子に座れば、どうぞと焼きたてのパンをバスケット一杯に渡してくれる、有難いな…これを持ってラグナの所に行くとしよう、その前に私も一つ

「んん、美味い!、流石はオライオンのパンだ」

「だろぉ?、美味いだろ?、俺はシャックスってんだ あんたは?」

シャックスと名乗るアフロの男は野菜の煮込みをモグモグと食べながらも笑顔で問うて来る、しかし名乗っていいものか?…、村人の反応を見るのには丁度いいか

敵対反応を示すなら、どのみちこの村には立ち寄れないしな

「メルクリウスだ、メルクリウス・ヒュドラルギュルム」

「メルクリウス…ってぇと、あんたまさか…!」

ギョッとしながらシャックスはワナワナの震え木ベラを床に落としながら信じられないものを見たと目を見開く、…やはり神聖軍から我々のことは聞いているか?、だとするとやはりこの村は危険…いやしかしそもそも人が居ないし…

「あんた!あの世界一のセレブのメルクリウスかよ!、あの大金持ちの!」

「え?」

それだけ?…な なるほど、どうやら私のことはある意味知らないらしい、ならばいいだろう…

「はぁ、ああそうだ そのメルクリウスだ」

「すげー!、俺初めて見た!何々?ここには観光かよ 流石はセレブだな」

「まぁそんな所だ、だが少々面倒な…まぁ遭難だな、少しこの村で迷っていてな、食料を分けてもらえて助かったよ」

「いいってことよ、それ俺のじゃねぇし」

「む?違ったのか?じゃあ誰のだ?」

「知らねぇー、俺空き巣だから」  

「ああそうか、なんだ空き巣だったか なら知らなくても当然だな うむ、という事はこれは盗みの品という事……はぁっ!?」

思わず立ち上がる、こいつ今なんて言った!?空き巣?つまり泥棒?何をこいつ堂々と人ん家で飯食ってんだ!?、というか…まさかこの村の異常 こいつが関わっているんじゃ!

咄嗟に銃を作り出し シャックスに突きつけ…た瞬間

「待ちな」

ドスの効いた声で野菜の煮物を啜り、シャックスはやめろと手をこちらに突き出す…、その指の間には 黒色の宝石が挟まっており、なんだ?どういうつもりだ…

「なんだ、空き巣…」

「さっき、人が消えるなんてありえないって言ったよな、この村の人間は別に消えちゃあいない、ここに居るぜ…この中にな」

「この中?…、その宝石の中にか?」

「ああ、俺の魔術でな この中に閉じ込めた、俺が死んだら魔術が解除されない、つまり 殺せば本当にこの村の人間は消えちまうってわけだ」

…脅しか?、つまり この村の有様はシャックスの魔術の仕業で、今村人たちはその宝石の中にいる…と

「信じられんな、そんな魔術があることも お前の話も」

「まぁ~禁忌魔術だし?知らなくても当然だしぃ、別に信じなくてもいいぜ?、ただ後で真相を知った時後悔しないならな」

「ッ……」

へっ と笑いながらも宝石を盾にし野菜の煮込みを食い続けるシャックス、あまりに場慣れしている こういう場を何度も経験しているって面構えだ、こいつ中々にやるぞ

「まぁ落ち着けって、金品でもあればと思ったがこの村ロクに金品がねぇんだ、食うもん食ったら俺も帰るからさ」

「その時村人を解放すると?」

「ああ、俺は空き巣であることに誇りを持ってる、ここに元々いた人間に危害を加えたら…そりゃあ強盗になっちまうだろう?」

「何が違うか分からんな」

「分かんなくてもいいさ、本当なら あんたからタカリたい所だが…、ここで襲いかかっても それもまた強盗だしなぁ、俺としても とっととこの国を出たい所だし、な?ここは穏便にさ」

「…………」

ここでこいつを撃ち殺すには あまりにリスクがあり過ぎる、もしさっきの話が本当だった場合、この村の人間全員を殺してしまうに等しい選択を 私は取ることが出来ない

こいつの言うことを信じるのは癪だが…、ここは仕方ないだろう

「お、銃を下げてくれたな ありがとよ」

「フンッ…、盗人の言うことを信じるなど癪だがな、後これも返す」

「え?パンいらねぇの?」

「要らん、それは元々この家の人間のものだ…ま まぁ…一つ食べてしまったわけだが」

「真面目だねぇ、…さて 俺も行くかな」

するとその辺に鍋を捨て自らも村を立ち去ろうとし始めるシャックス…、本当に飯を食いに来ただけなのか、それだけの為にこれだけのことをやってのけるとは…

「おい、最後に聞かせろ…お前何者だ?、ただの空き巣ではないだろう」

「あれ?、シャックスって言えば伝わるかと思ったんだけど、あんた裏に詳しくない感じ?」

「と言うとお前そこそこに有名人…と言うことか?、しかしシャックスなんて名前 手配書でも見たことが無いが?」

「だっはははは、そりゃあ俺空き巣だからな…誰の仕業 なんてバレるような真似しねぇよ、ならよく聞きな そして手配書なりなんなり載せるがいいさ、俺の名はシャックス…又の名を『無人のシャックス』、…ベヒーリア大賊団幹部 無人のシャックスさ」

「ベヒーリア…!?」

ベヒーリアと言えば 裏社会に名を轟かせる世界最悪の犯罪者 三魔人の一人、陸の王者とも呼ばれ 数多の賊を傘下に収め 自らも大規模な山賊団を率いると言うあの大賊団のメンバー…、しかもその幹部と来たか

「何故そんな大物が…」

「うちの団長ってば何考えてんのかわからなくてね、後をついていくだけでも大変なんだわ、この間プルトンディースに入ったかと思えば今はもうマレウスにいるってんだからなぁ、助けに来た身にもなってほしいぜ」

そう言いながらシャックスはそのまま何事もないように家の外へと歩いていくのだ、この私を前にしても奴は悠々自適と 手出しされないとわかって、…くっ 世界的な大悪党が目の前にいると言うのに…、人質がいなければ…

「じゃあな魔女の弟子、もしかしたらまた会うことになるかもしれないぜ?、捕まえるのはその時にしな」

「何?どう言うことだ」

「うちの団長が…あんたらに興味を持ってる、もしかしたら 会いにいくかもってだけさ、じゃあな 表に馬橇があるから使いたいなら使いな」

「山魔ベヒーリアが私達に?…お おい待て!、外の馬橇ってそれも他人のだろ!」

「後で返せばいいだろうよ、じゃあな~」

そう言うなりシャックスは宝石を地面に捨ててフラフラと森の奥へと消えていく、追うか?いや追ってどうする 私にはすべきことがあるだろう

「馬橇……」

使わせてもらえるならありがたいが、だが無断でとは…と悩んでいるとシャックスが捨てた宝石が輝き出し 徐々に膨らみ始めたのだ、もしかしたら奴の魔術が解除されるのか?

…とすると

「ッ……」

背後を向いて家の中の有様を見る、シャックスが荒らした家財や雑に食べ終えた鍋…もしこのまま村人が元に戻った時、疑われるのが誰かなんて…想像に難く無い

「チッ、仕方ない!」

魔術が解除される前に馬橇に乗り込み手綱を握る、どのみちこの村には戻って来るつもりなんだ、ちゃんと返す!ちゃんと返すからな!、今のところ馬橇乗り捨て率100%だが!ちゃんと返すから!

だから!今は目を瞑ってくれ!太陽よ!

「ラグナ…ナリア!、今助けに行くからな!」

…………………………………………………………

森の中を全霊で駆け抜ける、白い息を振りまきながら全力で走る、どこに向かって走ってるのか分からないけれどとにかく走る、だって後ろには

「ヒャハハハハハハ!『サウザンドストーム』!」

「ひゃぁぁあああああ!?!?」

猛烈な風撃が降り注ぎ 辺りの木々を切り裂きながら迫る、鳴り響く破壊音 純然たる殺意 どれも僕には馴染みの無い物であり、恐ろしくておっかなくて…吹き飛ばされ地面を転がりながら歯を鳴らす

(…怖い怖い怖い怖い!)


ズュギアの森の木々の中、サトゥルナリアは一人恐怖に竦みながら地面をのたうつ、今…僕は窮地に立たされている、命の…窮地に

「ちょこまか逃げ回りやがって…」

「くぅぅ…」

追ってくるのは邪教執行副官 半裸の変態ことジョーダンだ、彼は二本の剣を操り 風を操り、僕に迫る…この命を刈り取る為に

ラグナさんはいない メルクさんもいない、僕一人が逸れてしまった 僕一人しかいないんだ、助けてくれる人がいない現状で…もう十数分は逃げ回っている

もう…どうすればいいか

「さぁ、皮を剥いでやろう 神敵ぃ」

「ま 待ってください!、待ってください!僕は神様の敵なんかじゃ無いんです!、本当に…違うんですよ!」

剣を煌めかせながら一歩一歩近寄ってくるジョーダンに向けて、叫ぶ…違うんだと、僕は神様の敵じゃ無い 貴方達に命を狙われる謂れなんかないんだよ!

「神の敵はみんなそう言う…、お前が無実なら 死した後神の身元に招かれるだろう」

「そんな…!」

ダメだ、全然話が通じない…全然話を聞いてくれない、死んだ後に神様のところに行ったって意味なんかない、僕は生きてやらなきゃいけないことがあるのに…!

「さぁ、審判の時だ!」

「ッ…ヒィッ!」

振り下ろされる剣、咄嗟に身を丸めてゴロゴロと転がり剣を避けて、そのまま暴れるように再び駆け出す 、ダメだ命乞いなんかしても聞いてくれる相手じゃない、やっぱり逃げないと!逃げて…逃げて……

それで……どうするんだ?

「逃げるな!『ウインドブラスト』!!」

「あっ…グゥッッ!?」

一瞬 足を止めかけた瞬間 風の砲弾が背中を打ち付け、この体は雪のように中を舞って大木に叩きつけられる

痛い、魔術をまともに食らってしまった

熱い、血が出ているんだ

酷い、なんでこんな目に…

「うっ…!」

木に打ち付けられた体が痛む…あ!


「か 顔、顔に傷は…無い、よかった」

顔に傷だけは作れない、顔に傷が出来たら僕はもう生きていけない、せっかく叶えた夢も何もかも失っちゃう、体はどれだけ痛めつけられてもいいけど 顔だけは…

「その首…頂き!」

「ひっ!」

振り下ろされる剣が僕の鼻先を掠める、咄嗟の反応で身を横にそらしてよかった、出なきゃ僕の頭は今頃…

「死ねぇっ!」

「ちょっ!?」

そうだ、この人は二本剣を持ってるんだ、なら繰り出す技は二連撃…、振り下ろされた剣とは別に横に薙ぎ払う一撃が飛んでくる、ダメだ これは回避できない…首を 斬られ…

「あうっ!」

「チッ!」

下手な姿勢で身を反らしたからか、ズルリと雪で足を滑らせ体がストンと下に落ちる、幸か不幸か 剣は空を切り死の斬撃は回避できた…けど

「もう逃げられないぜぇ…神の敵ぃ」

「ひ…ひぃぃ…」

滑ってしまった、敵の目の前で 尻餅をついた、相手は既に剣を構えて僕の目の前に聳え立っている、ダメだ…こ 今度こそ殺される

い いやだ、いやだいやだ!死にたく無い!死にたく無い!!

「ぅわぁぁああああ!!」

「なんだよ、まだ逃げんのか?」

四つん這いになって逃げる、立ち上がることも忘れて 我も忘れて、必死で叫んでとにかく逃げる、一センチでも 一ミリでもジョーダンから離れる為に、死にたく無い 死にたく無いんだよぉ!

「フンッ、腰抜け…『アキュートガスト』!」

「ひぐぅっ!?」

逃げるウサギを捕まえる程度、邪教執行官達からすれば造作もない仕事だ、一つ剣を振るい放たれた風の弾丸はナリアの体を打ち飛ばし二度 三度大地へと叩き転がす、何度体を打った事だろう 骨も折れたかもしれない

痛い…痛いけど…

「し 死にたくない…死にたくない…!」

死にたくない、ただそれだけだ…なんて弱いんだろう僕は なんで弱いんだろう僕は…守ってもらわなくちゃ 生きることさえままならないなんて…

「待て…!」

「ぐっ…」

地面を這ってでも逃げようとするナリアの上に、遂にジョーダンの足が叩きつけられ、その場に縫いとめられ、逃亡さえも禁じられ ナリアの逃亡劇は幕を閉じる

「いい加減にしてくれよぉ、俺ぁ確かにこんな職に就てはいるけどよ、嬲るのが好きってわけじゃねぇんだから」

「じゃ…じゃあ、殺さないでください…皮を剥いだり 斬ったりしないで…」

「そりゃ無理だ、これは神が定めた罰なんだ、受け入れてくれよ 俺も受け入れてんだからさ」

「いや…だ、いやだぁ…」

逃げることも許されないナリアに出来るのは、もはや惨めに涙を流すだけだった

情けない情けない情けない、なんて情けないんだ僕は…死ぬのが嫌で逃げ回って ロクに行動も出来ず捕まって呆気なく殺されるなんて

ああ…本当に情けない、でも涙が溢れて仕方ないんだ、止められないんだ

……そう言えば、前もこんな風に泣き喚いていたな…、エリスさんを助ける為に帝国に乗り込んで みんなが戦って勝っている中、僕だけが負けて 泣いていた

結局、あの時と変わらない…いや、今回ばかりは殺される 相手がそのつもりだから見逃してもらえない

変われてないんだ…変われてない、僕はあの時から……

「おいおい泣き出しちゃったよ、赤髪の魔女の弟子は勇ましかったのによう、お前本当に魔女の弟子かよ、情けねぇ 一体誰の弟子だ?」

「ッ……!」

ジョーダンの言葉が突き刺さる、誰の弟子だって…?誰の弟子だと聞かれて 僕は答えられるか?、今この場で コーチの名前なんか出せるか…?

閃光の魔女の弟子だと名乗る人間が、こんな情けない有様を見せていいのか?、…これなら 名乗らないで死んだ方が…

『泣いて助けを待つか?…やれやれお前はここに何をしに来たんだったか?』

「…ヴィルヘルム…さん」

声が響脳内に声が響く、ヴィルヘルムさんの声…帝国で僕に戦いの恐ろしさを教えてくれたあの優しい人の仮面が、僕に語りかける

あの時同様泣いて助けを待つ僕を戒めるように

でも、でもどうなんだ?助けを待ってどうなるんだ?、ラグナさんもメルクさんも今余裕はない、二人にすがって助けてもらって…それでもし二人が倒れたりしたら、それこそ足手まといじゃないか!

『なら泣くな!立て!、口だけで何を言っても世界は変わらんぞ!』

泣くな 立て、世界を変えたいなら まず己を変えろ、僕はここに何をしに来たんだ…足手まといになるためか!ただ死ぬ為か!、違う…違うんだ!

僕は…なりたいんだ!、みんなみたいな…エリスさんみたいな、立派な魔女の弟子に!

『エリスはエリスです!孤独の魔女の弟子エリスです!』そう名乗る彼女のように 高らかに師の名を叫べる男に!僕は!

だから…だからぁっ!


………………………………………………

これで終わりか、ジョーダンは剣を突きつけて サトゥルナリアを見下ろす、森の中で見つけた神敵と戦って 彼が得た感想は

『拍子抜け』の一言だった

先程戦ったあの赤髪の神敵は凄まじく強かった、副官レベルじゃ相手にもならねぇレベルで強かった、もしこいつら魔女の弟子が全員同じレベルだったら…そい覚悟もしたが実際はそうでもないらしい

今ここで踏みつけているチビはさっきから逃げるばかりでロクに抵抗もしてきやしない、なんと弱いのか こいつも同じ魔女の弟子とは思えない

こうして踏みつけて剣を突きつけただけで泣き喚いて命乞いまで始めやがった、…神と敵対するような奴等はみんなある意味覚悟を決めてたってのに、こいつときたら

「もう終わらせるぞ?、じゃあな 一思いにやってやるから覚悟しな」
 
こいつに必要以上に罰を与えるのは酷だ、そう判断したジョーダンは一思いにサトゥルナリアを斬り殺すことに決め 剣を振り上げる

これで終わる…、そう確信した瞬間の事だった

「ぐっ…ぅぅうう!」

何やらモゾモゾと動き始めたのだ サトゥルナリアが、こいつ まだ逃げるつもりか?、なんと往生際の悪い…

「あ?、何かするつもりか?言っておくが命乞いは聞かないぜ…」

「なら…ならせめて、その前に 聞いて欲しいことが…あるんです」

遺言か、ならば聞かねばなるまい 執行官は相手の最期の言葉を聞届ける義務がある、それが命を奪う仕事をしている自分たちの使命だから、故にジョーダンは問う

「ああ?、なんだ?」

「それ…は……の…で…あ…」

「はぁ?、聞こえねぇよ!何言ってんだ?」

「す…ら…ぼ……」

「ああ?

涙を流し 諦めたようにボソボソと力なく呟くナリアに苛立ったように顔を近づけるジョーダンは今 確信していた、彼とてプロだ 今まで場数は踏んでいる、諦めた顔をした奴の表情は知っている…

故に 彼はその経験に則ってサトゥルナリアに抵抗の余地無しと判断し 体を蹴飛ばし、ゴロリとナリアの体を表に向けて 顔を近づけたのだ…

その、瞬間であった

「ッ!…!」

「うぉっ!?」

手を伸ばして ジョーダンと近づけた顔を掴んできた、今まで無抵抗だったサトゥルナリアが、この場で始めて抵抗らしい抵抗を見せてきたんだ、いや これを抵抗と呼んでいいのか?

攻撃力は皆無、精々ペチリと顔を叩かれただけ…悪足掻きにも程がある、これで助かると思っているんだったらそれこそ情けな……ん?

(なんだこれ、こいつ なんか紙を握って…?)

気がつく、顔を掴むサトゥルナリアの手の中に 何か紙が握られていることに、今 ジョーダンの顔その紙が貼り付けられていることに、これは一体…

そう内心疑問を抱いた瞬間、その答えは サトゥルナリアの口より発せられる

「『衝波陣』ッッ!!」

「なっ──────」

刹那、爆裂するサトゥルナリアの手 いや 手の中の紙が、火をつけた爆薬のように突如として爆裂し ジョーダンの顔を零距離で吹き飛ばす、その衝撃の強さたるや副官であるジョーダンも堪らず後ろに引っ張られ グルリと空を舞って吹き飛ばされた

「ぐげぇっ!?」

「僕…はっ!、僕は!閃光の魔女の弟子!サトゥルナリアです!、師の名にかけて…負けられないんです…!、友の誇りに懸けて!死ねないんです!!!」

響くサトゥルナリアの絶叫、響き渡る覚悟の咆哮、涙で震えた声で 師の名を叫びながら立ち上がる、そのつま先が向くのは背後ではない、正面だ ジョーダンに向けられている、立ち向かう覚悟を示すように 雪の上に倒れるジョーダンを睨み付ける

「グッ…テメェ、上等だよ…!」

「ヒッ…ま 負けません!負けませんから!、僕だって魔女の弟子なんです!」

なるほど、何か奴の中で吹っ切れる事柄があったのだろう、あるいは追い詰められて真価を発揮するタイプか、どうやら ここからが本当の仕事らしい…

剣を杖にして立ち上がり、牙を剥く 上等だ、そっちがそのつもりなら こっちも引け目なく斬り殺せるってもんだ!

「勝負です!ジョーダン!」

「ああ…、いいぜぇ?後悔するなよ!」

剣を地面から引き抜くジョーダンはそのまま大地を風のように駆け抜け サトゥルナリアに肉薄する、このまま首を切り落とす …そう腕を振り上げた瞬間、サトゥルナリアは胸のポケットの中から武器を引き抜く

何か武器を隠し持っていたか! そう警戒したが…出されたそれを見て、呆気にとられる

「ペン?…」

「ってああ!、まま 間違えてペンを出しちゃった!」

何やら筆のような物を取り出して慌てている、馬鹿め 何か武器を隠し持っていたんだろうが、ここ大一番でドジを踏むとはな!一瞬やるものかと思ったが…所詮ダメなやつはダメなんだよ!

「ドジを後悔して死にやがれ!」

「うわぁー!来ないでくださいぃー!」

ジタバタとペンを持った腕を振り回して抵抗にもならない抵抗を示すサトゥルナリアに呆れながらも、ジョーダンは剣を振り下ろす 馬鹿なやつめ、このまま頭を切り落として…

ん?、なんだ? 振り回しているペンの先が光ってる?、光が光芒を残し 一筋の線になっている事が、異様に気になる…だって サトゥルナリアが闇雲に振り回しているはずの腕が こうしてみると規則性を持って動いているような気がするんだ

光芒は一瞬のうちに形を形成する、それはまるで…

(魔術陣…?、ま まさかっ!?)

「ッー!騙し討ち『爆火陣』!」

「んなぁっ!?」

振り下ろした剣が サトゥルナリアの体を切り裂く前に、ジョーダンの目の前に形成された光芒が、魔術陣として成立し 突如爆炎を吹いて襲いかかったのだ

まさかこいつ、悪足掻きをするフリをして 俺を騙して!魔術陣を描いてやがったのか!!??

「グギャァッ!?あっちぃっ!」

「えへへ、なんちゃって…これが僕の武器なんです、コーチから貰った特別なペン、いいでしょ?」

炎に巻かれあまりの熱に苦しみながら雪の上を転がるジョーダンに向けて、チロリと舌を出して笑うナリアの顔に頭に血が昇る、この野郎 俺を騙しやがったな…!

「許さねぇぞペテン師が!」

「役者です!僕は役者なんです!ペテン師なんかじゃありません!」

「同じだろうが!、こん…神敵がぁっ!」

最早油断ならぬ、こいつは立派に魔術を扱う神敵なのだ、サトゥルナリアへの評価を改めたジョーダンは 今度こそ本気でナリアの首を狩りに行く、剣を逆手に持ち 風のよ駆け抜け踏み込みを見せる

「なんのー!『爆火陣』!」

「同じ手が通用するか!、『ウインドブラスト』!」

またも同じ魔術陣で来るか、何度も同じ手を食らうような奴は執行官には居ない、奴が筆を動かし始めたのを見てジョーダンもまた風を放つ、爆炎と突風 それはぶつかり合い相殺され ジョーダンに道を開ける

「えぇっ!?そんな!」

「甘いんだよ!お前は!」

「ヒィッーーっ!」

爆煙を切り裂いて目の前に現れたジョーダンの鬼の形相を見てまたも涙を流しながら逃げ出すサトゥルナリア…、こいつ おちょくってんのか?立ち向かったかと思えばまた逃げ出して…

「逃がさねぇよ…、俺の風はお前を必ず切り裂いて…」

もう追いかけっこに興じるつもりはない、次こそ本気の魔術で…最強の奥義でアイツを殺す、そんな覚悟と共に踏み出したジョーダンの目が 偶然下を向く

それまさっきまでサトゥルナリアが立っていた地点…、奴が逃げ出したことで 踏まざるを得なかった地面、その雪が…奴の靴で退けられて、地面に描かれていたんだ

魔術陣が…!

「こ こいつ…!?」
 
「えへへ…、罠です ごめんなさい、『豪雷陣』!」

こいつ!逃げたんじゃなくて俺を誘いやがったのか!?、も もうどれが本当なのか分からな…

「ぐぎゃぁぁあぁっっっ!?!?」

踏み抜いた地面が電撃を放ち、ジョーダンの体を引き裂いていく、こいつの魔術陣は本人の虚弱さからは考えられないくらい強力極まりない、うちの執行官にもこのレベルの電撃使う奴はいねぇぞ!?

「ご…はぁ…」

ビリビリと痺れるジョーダンはそれでも倒れず、口から黒煙を吹いて フラフラと立ち尽くす、体が動かない…思考が鈍る、やばい ヤバイヤバイヤバイ!来る!サトゥルナリアが何かしようとしている!追撃が…!

「行きます!必殺!」

ばら撒く、サトゥルナリアは胸から取り出した紙の束を一気にこちらに向けて吹雪のようにバラバラと振りまくのだ、それは先程ジョーダンの顔に押し付けられた紙と同じ物…全てに書かれている、魔術陣が…!来る 来ちまう!

「連鎖誘爆式『衝波陣』ッ!」

サトゥルナリアの筆が虚空に一つの魔術陣を描く、それは一つの爆破を生み出し 誘爆する…、紙に書き込まれた魔術陣に魔力と衝撃が伝播し 次々と爆発する、ジョーダンを取り囲む全ての紙が握られて爆発して…っ!

「げごぉぅっ!?」

四方八方から浴びせられる大量の連鎖爆発にタコ殴りにされるジョーダンは右へ左へ紙のように舞いながら爆破に踊らされ…

「がはっ…」

地面へと叩きつけられる、なんてことだ…この俺がいいようにやられている、あんな弱い奴に…一方的に嬲られてやがる…!

「つ 強えじゃねぇかテメェ、…な 何でそんなに強いのに…さっきまで逃げてやがった!」

「気がつきませんか?、あれも演技だという事を!」

「なぁっ!?まさか…最初から俺を嵌めるつもりで…!」  

そんな、ということは俺は最初からこいつの術中にハマっていたというのか…!、なんてこと俺はそんなことにも気がつかず調子に乗って…

そうだよ…そうだよ!こいつも神敵!魔女の弟子なんだ!、さっきまでのアレが演技だとするなら こいつも赤髪の神敵レベルで強いんじゃ…!!??

「ふふふ、嬲られる側はどちらでしょうね」

「く くそ…」

どうする、こいつ 本当は強いみたいだぞ…、もう油断なんか出来ない 本気で仕留めにかからねぇと…、そうだよ 俺だって本気は出してない、あの弱さに当てられて本気を出すのに憚られ本気を出してないんだ

「へっ、ならいいぜ…俺も本気の魔術を使ってやるよ」

「えぇっ!?…ま まさかさっきまでのって、本気じゃないんですか…」

「当たり前だ、副官をナメるなよ…」

どうやら 俺の本気をこいつは考慮していないようだ、ならいい ここからは遠慮抜きだ…、全力で…

「全力で殺してやる!『スパイラルサイクロン』っ!」

「ッッ!!??」

刹那、サトゥルナリアの体が吹き飛び 背後の木々をへし折り崩れていく、一瞬にして竜巻を形成し その爆発力で目の前の統べろ手を吹き飛ばす極小の台風、これを前にして立っていられる人間中居やしねぇ、ベンテシキュメ長官だって吹っ飛ばす一撃なんだ

事実サトゥルナリアの体も木々を三本もへし折る勢いで吹っ飛ばされ血を吐いている、効いた!こりゃ効いただろ!

「っ…こはぁっ」

苦しそうに血を吐くサトゥルナリアの様子を見て確信する、あれは確実に内臓が逝った!、やれる…やれるぜ!

「き 効いてませんね…こんなの」

「おいおい、自慢の演技が台無しだぜペテン師よぉ~…」

気丈に振る舞いながらも明白、なんとか立ち上がるも膝はフラフラ ポタポタと垂れた血がサトゥルナリアの重傷具合を物語っている、これじゃあ演技も出来ねぇな…

奪った、奴の武器を 後はその首を叩き落とすだけだ…

「ふふふ、手こずらせやがって…」

「っ…そんなに、迂闊に近寄ってもいいんですか?…その足元に!」

「何もねぇんだろ?、わかってるぜ もう同じ手は喰らわない」

「くっ…」

剣を引きずり、サトゥルナリアの前に立つ、奴の魔術を警戒し 衝波陣の射程から外れるくらい距離を取りながら、立つ…ここからなら お前は何も出来ねぇよな、足にも来てるからもう逃げられない

例えどれだけ強くとも、結局勝つのは俺なのさ…神の敵よ

「終わりだなぁ、中々やるが…油断が過ぎたな、お互いよ」

「ふっ、近づかないと 僕を殺せませんよ…」

「その手には乗らねぇよ、近づいたらまた魔術陣を描くんだろ?、お前のそのペンも 魔術陣を描く速度も常識外れだ、警戒させてもらう」

俺には剣が届かなくても殺す手段がある、どんな魔術でもいい 風魔術をぶつければそれでゲームセットだからな、態々リスクは犯さないさ

「これで終わらせてもらうぜ…!『アキュート…」

「…っ!隙あり!」

「なっ!?」

剣を構えた瞬間 奴が投げた、紙を 懐から紙を!さっきと同じ紙!?、まさかまだ隠し持ってやがったのか!、まずい!食らっちまう…

「っ…!…?」

ぺたりと俺の体に張り付く紙を見て…首を傾げる、おかしい 爆発しねぇ、どういうことだ?と紙をひっぺがし よくよく中身を見てみると…って!

「これ白紙じゃねぇか!」

「え…へへ、バーカ」

「こいつ…」

ビリビリと紙を引き裂く、この野郎 白紙じゃねぇか!何も書かれてねぇじゃねぇか、コケにしやがって、ビビって損したわ!

けど、同時に安堵する…、今攻撃を仕掛けてこなかったってことはつまり

(もうサトゥルナリアに打つ手は無い…ってことだ)

今のは精々悪足掻き、距離を取られ 足を封じられたサトゥルナリアに出来る精々の抵抗が 今の虚仮威し、それを見抜いたぜ俺は

そして、同時にお前は俺をキレさせた、今のはもう挑発にしかならないんだよ、ああ分かったよ そんなに苦しんで死にたいなら

「俺をキレさせた事を後悔させてやる、今度は極大のサイクロスパイラルでお前の体をズタズタにしてやるよ、下手な抵抗した事を…あの世で悔いな」

「うっ…!」

最後まで情けなく泣き喚く奴は嫌いだが、往生際が悪いのはもっと嫌いだぜ俺は!、今度はさっきのサイクロンスパイラルとは比にならない一撃で…木っ端微塵に吹き飛ばしてやる!

「はぁぁあぁぁあああ!!!」

「す 凄い魔力…!」

全身の魔力を滾らせて、剣を突きつける…これが俺の全身全霊の一撃だ、あの世で神に土産話とするがいい!

「死にな…『サイクロン』ッッ!」

「う うわぁぁぁああぁ!?!?」

剣の穂先に風が集中する、螺旋状に回転する虚空は余波だけで雪を吸い込み、内部で凝縮させる、ジョーダンの得意とする風と雪の連携を用いて 彼の最大奥義 サイクロンスパイラルを強化しているのだ

結晶化した雪をまとったサイクロンスパイラルは最早万の矢の雨にも勝る凶器となる、純粋に見るならその威力は通常のサイクロンスパイラルの五倍以上、それを今のサトゥルナリアが受け止めれば 絶命は免れないだろう

それを悟ってか彼はワナワナと震え 涙を流し、情けなくションベンまで漏らして怯えて始める、どれだけ恐れてももう遅い!今のお前はそこから逃げられない 抵抗の術もない!

俺を挑発した事を後悔しろ!

「『スパイラル』ッッ!!」

「─────────ッッ!!」

結晶化した雪を纏った暴風が 破裂するように解放され、サトゥルナリアに向かっていく 突きつけられた刃のように真っ直ぐに、サトゥルナリアをあの世に連れて行く風は 鋭く鋭く尖って…胸元に迫る

最早サトゥルナリアに打つ手なし、健闘したがこれにて一巻の終わり、彼の冒険はここで終わってしまうのだ

そう 思うだろう、ジョーダンと言う名の観客は…

「っ…えへへ」

故に気がつかない、迫る風を前に サトゥルナリアが表情を崩し、まるで仮面でも剥ぐかのように 本物の顔を…不敵な笑顔を見せた事に

「待っていましたよ、それを…!」

動く サトゥルナリアの筆が、虚空に光の陣を描き、風が迫るよりも早く 瞬きよりも速く、書き上げる…、サトゥルナリア対ジョーダンと言う名のその台本にFinの文字を書き込むが如く 描いたその陣は……

「『鏡面反魔陣』ッ!」

書き上げたのは鏡面反魔陣、彼が師より必殺の魔術陣として指導を受けていた古式魔術陣の一つ、閃光の魔女プロキオンでさえ実践で用いるほどの大魔術陣を一瞬にして書き上げ 迫るサイクロンスパイラルを迎え撃つ…いや違う、迎え入れる

「な…なぁっ!?」

驚愕する、ジョーダンは目を疑う
 
何せ自分が必殺の魔術として放った一撃が、決めの一手として放った魔術が、サトゥルナリアの描いた魔術陣に吸い込まれ まるで鏡に映されたかのようにくるりとひっくり返って逆にジョーダンに向かって飛んできたからだ

これぞサトゥルナリアの必殺の魔術陣、いや この戦いの劇終に用意していた クライマックス

(まさか…!こいつ!、これを狙って俺を挑発したのか!?誘導したのか!?、一体どこから どこまでが演技なんだよ!俺は…こいつに踊らさせれてたってのかよ!?!?)

全てだ、全てが演技であった、サトゥルナリアは自分の今持ち得る魔術陣では真なる意味でジョーダンを打倒できる事はないと理解していた、故に ジョーダンの最大の魔術を探り それを弾き返す事に勝機を見出していた

だから敢えてジョーダンを騙し、頭に血を昇らせ 戦いをヒートアップさせて、最後に白紙で挑発まで行い 引き出した…最大の魔術を

全てが演技だった、全てが劇であった サトゥルナリアの逆転劇と言う名の 劇であったのだ、ジョーダンはサトゥルナリアの描いた台本により やられ役を押し付けられていたんだ

これが…これが神敵、いや 魔女の弟子…

(閃光の魔女の弟子か…!、強いじゃねぇか…!)

「終わりです!ジョーダン!」

その決め台詞と共に弾き返された風はジョーダンに向かっていき、切り落とす…幕を!

「ごはぁっっ!?!?」

自らの魔術に吹き飛ばされたジョーダンは螺旋状に錐揉みながら吹き飛び 木々を薙ぎ倒し遥か彼方まで飛んでいく、それは この戦いの終わりを告げる風音…ジョーダンの敗北を知らしめる銅鑼の音のように、決着をつける

「ぁ…がぁ……」

「これにて終幕!、アンコールは受け付けておりませんので、悪しからず?」

サトゥルナリアの優美な一礼と共に、木にめり込み倒れ伏すジョーダン

覆された 勝敗が、覆した サトゥルナリアは己と言う男を…根底から覆し、手に入れたのだ 勝利と言う名の 黄金の盃を

「…………ジョーダンさーん?、…起きてますかー?、寝てますかー?」

そろりそろりとサトゥルナリアはジョーダンの顔を覗き込む、寝ている…白目を剥いて気絶している、つまりは この戦いは僕の勝ちというわけだ、漸くサトゥルナリアはその事実を確認し ホッと胸をなで下ろす

「勝てたんだ、僕だけで…はぁ~助かった~」

これで殺されずに済む、これでみんなと無事合流出来る、いやぁよかった よかったなぁ、まさか僕が一人で副官を倒せるなんて思っても見なかったよ、本当に いやあまさかまさか

まさか…勝てるなんて

「…勝ったんだ、僕 勝てたんだ、僕の力だけで…勝ったんだ」

勝てた…勝てた、勝てたんだ 勝てたよ、一人で 僕の力だけで それを噛みしめる都度、震える 体が震える、これは寒さの所為か?、それが違う事をサトゥルナリアは誰よりも理解している、そうだ…勝ったんだ!僕は!

「ぃやったー!やったやったやった!勝てた!勝てたよ!僕勝てたんだー!、メルクさん!ラグナさん!ヴィルヘルムさーん!僕勝てたよー!!!やったー!僕もやれるんだ!コーチー!見てますかー!」

ピョンピョンと跳ねまわりながら歓喜する、だって勝てたんだよ!?僕が!やっと!一人で!、僕も一人前の戦士なんですよ!ヴィルヘルムさん!あなたのお陰です!、コーチ!貴方の弟子は強くなってます!、うわーい!!

「やったやった!…やっ…たぁ~」

跳ね回るサトゥルナリアの頭からぴゅ~と血が噴水のように吹き出てくる、ああ そうだ 僕普通に重傷じゃん、一度は普通にサイクロンスパイラルを受け止めたわけだし…あははぁ

ドサリとその場に倒れ込み、荒い息をゼェゼェと吐く…疲れた、ちょっと休みたい

ちょっと休みたいけど、嬉しい…、エリスさん達もこんな風に戦った後疲れたりしたのかな、僕もやっとみんなと同じ立ち位置に立てた気がしてきたぞ…

そうだ、僕だってやれるんだ…

「おーい!、ナリアー!いるかー!」

「あぇ?、メルクさん?」

ふと、倒れたまま視線を後ろに向けると、なんか 馬橇が向かってくるぞ?…ってかこの声メルクさん?、あ!メルクさん!

よかった、メルクさんも僕のことを探してくれていたんだ…ああよかった、一歩も動けそうになかったし、助かったぁ~

「ナリア!お前!、その傷…大丈夫か!」

「大丈夫ですよ…えへへ、それより聞いてくださいメルクさん…僕勝てたんですよ、一人で 一人の力だけで、僕もう…足手まといじゃありませんよ」

「これは…ジョーダンか!?、副官を一人で…、フッ 立派だな ナリア、君も私達と同じ魔女の弟子という事だな」

「えへへぇ」

馬橇から降りて 優しく抱き上げてくれるメルクさんに体を預ける、そっか今日僕も魔女の弟子の一人なんだ…

その言葉は、今はとても嬉しいですよ…メルクさん……

「あとは、ラグナを助けにいくだけだな…、ナリア 君は馬橇の中で休んでいなさい」
 
「はぁい…、ラグナさん 無事ですかね」

「無事さ、あいつは強いからな」

そうですよね、あの人が負けるわけありませんよね…うん、だってラグナさんは 僕の憧れる強い男そのものなんですから、きっと大丈夫だ

………………………………………………………………

「グッ…!」

「どうした、もう終わりか?」

「まだだよ…、まだ殴られたりねぇくらいさ」

雪の猛威により木々がなぎ倒された純白の上で向かい合う二人の拳士、ラグナ・アルクカースと拳神将カルステンのどつき合いは既に数十分の長期戦に突入していた

とはいえ、結果の進展はほぼ無し、俺がひたすらどつき回されて闇雲に体力を失っている形にになる…、打っても蹴っても捌かれてカウンターが飛んでくるんだ もうどうしたらいいか分からんぜ

あともう一つ、俺を悩ませるタネが一つ…、今 俺の中に貯蓄されているエネルギーがほぼほぼ尽きかけている、今はなんとか気合と根性で節約しているが、いつも見たいな体力度外視のめちゃくちゃな猛攻がほぼ封じられているに等しい、古式付与魔術なんて以ての外な状態だ

窮地 逆境 ピンチのマリアージュ、我ながらよくもまぁこんな最悪な状況に陥れたと思うよ本当に

「はぁ…はぁっ!、いくぜ!」

落ちそうになる膝を叩いて気合を入れ直す、どうせ攻めなきゃこっちが先に底切れで死ぬんだ!、だったらやるしかねぇだろ!

「来い…!」

「言われなくても…ッな!」

「むっ!?」

殴りかかるフリをしてカルステンの目の前で一回転、空中で身を捻り 叩き出すのは体重を乗せた浴びせ蹴り、フェイントを織り交ぜた奇襲を前にカルステンは軽く髭を動かし驚愕するも

「上手い!、だが…!」

残像を残すほどのスウェイ、上体を軽く後ろに反らして俺の浴びせ蹴りを回避すると共に 今度は残像を残し前進し、その速度が乗った拳が真っ直ぐ俺の顔面を射抜く…

「当たらねぇよ!」

…かと思われた瞬間に首をひねり打撃を捌く、あんだけボカボカ殴られてりゃ嫌でも記憶するぜ!、そう何度も殴られてたまるかっての!

浴びせ蹴りが不発に終わってもなお止まる事なく、今度は着地すると共に今度は足を斧のように振るい足払いを仕掛ける、カルステンはボクシング達人…だが逆に言っちまえばボクシングの範囲外のことは出来ねぇ!

ボクシングは立って殴り合うスポーツ、なら超低空の技に対する対処はないはず!

「ッッ!?」

しかし、俺の足払いがカルステンの足に触れる瞬間 異常が起こる、というか すり抜けたんだ カルステンの足と俺の足が触れることなくスルリと通り過ぎてしまった、いやいやおかしいだろ!?こいつまさか幽霊か!?

「ボクサーのステップは音速を超えるものさ…」

「そうなの!?」

あれがステップって!?、あの小刻みに足を跳ねさせるあれで目にも止まらない速度で回避したって…んなバカなぁ!

「呆けている場合か!」

「え?あ!?」

刹那、飛んでくるのは低く身を屈めている俺に対して飛んでくる超低空のアッパーカット、地面をギリギリで這うようにアッパーが的確に俺の顔を貫く、ボクシングの範囲外にも対応した動き…そりゃそうだ、こいつは何もリングの上だけで戦ってるわけじゃない

永らくこの国を守り続けた…護国の老将なのだから

「がぁ…ぐぅっ!!」

俺の体が枯葉のようにクルリと宙を舞う、その勢いを下手に殺さず 流れに争わず足先に遠心力を加え空中で一回転し膝を曲げて受け身を取る、さぁて 次は何をしましょうかねぇ

「フゥ~~……」

「未だに構えを取るか、やはり私の予感通りお前はとても強かな男のようだ、…精神的にも肉体的にも」

「嫌味かい?そりゃあよ、ここまで一方的にボコった相手に向かって強かなんて人によっちゃあ煽りにも受け取られるぜ」

「事実私はそう感じているのだから仕方ないだろう、私の鉄拳を受けてここまで立っていた者は四神将以外居なかった…、ただ私とお前の相性が良いというだけの事だ 気に病むな」

慰めんなよ 哀れになる、嬉しい話ではあると同時に情けない話でもある、神将達は全員こいつに勝ってんだ…つまりこいつを倒せない限りマジの神将を倒すことは出来ないという事、夢見の魔女の弟子に俺は勝てないということになるんだ

其奴は許容出来ない、争乱の魔女が最強の魔女であると立証するには 俺は他のどの弟子にも負けるわけにはいかないんだから…

「なぁっ!」

雪を踏みしめ突っ込む、全身を乗せた拳と共に勇猛果敢に攻めるも

「甘いな…」

さっきの繰り返しただ、今までの繰り返しだ、踏んでいるのは雪ではなく同じ轍…

ヒラリと身を翻したカルステンの流水の如き動きに対応できず、ラグナの拳を切る

「この!」

振り回すような打撃、その場で暴れるような攻撃、分かっている ラグナとて分かっている、この攻撃は当たらない 技術も何も無い闇雲な攻撃が偶然当たるような相手じゃ無い 

だけど…だけど腹の底が煮えてしょうがないんだ、胸が焦がされてしょうがないんだ、尽き掛けているエネルギーと届かない拳、徐々に追い詰められながらも一向に進展しない状況

焦っている、今俺はどうしようもなく焦っている

「当てる気のない攻撃ならするな!」
 
「グッ!?」

一瞬視界が白く染まる、殴られて意識が一瞬飛んだんだ…、もうこれに耐えるだけの体力も残ってねぇのか、殴られ過ぎたか ここまでに体力を消耗し過ぎたか

「ぅ…うぅ!」

踏ん張った足が震える、寒さでじゃない 足が訴えている…もう寝た方がいいと、ふざけるんじゃねぇよ テメェが諦めてどうすんだよ!

「こ…この…」

「ふむ…見込み違いだったかな」

「何がだよ!」

「ネレイドに一撃を入れた男がこの程度とは、もう少しやるものと思っていたが…」

「ちげぇよ…こんなもんじゃねぇ…こんなもんじゃ」

体力が万全なら、ここまでの消耗がなければ、こんなに寒くなければ、こんな不覚はとってない…そう言いかけて、止まる

それを言ったらもうダメだ、それは負け惜しみだ…負け惜しみを言うのは負ける奴だけだ、これ言ったら俺は勝てなくなる

体力が万全?消耗がどうたら?、環境が適してない?、そんなもん言い訳にもならない 体力は減っていて当然 消耗はあって当然、自然が俺に味方してくれるわけがない、以前帝国で戦ったアーデルトラウトも同じくらい…いやそれ以上に最悪な状況下に居ながら文句の一つも言わずに俺と戦ったじゃないか

俺が今負けてるのは単純に俺が不甲斐ないからだ、返す言葉もないんだ 今の俺には…

「……あー、ダメだなこりゃあ」

「何だ?諦めたのか?」

半ばな、けど それでも諦められないんだよ俺は、俺は守る為に強くなった 強くなろうとした、なら 仲間を守る為のこの戦いで負けていいわきゃねぇんだ、だから諦めない

けど、多分それは今の俺じゃあ成し得ない…今の グツグツと悩んで考えるばかりの俺じゃあな

だから

「悪い、ちょっと休憩貰えるか?」

「は?、それを敵に言うのか?」

「アンタはアンタの闘争本能を満たす為にここにいる、けど 今の俺じゃあそれを満たせそうにない、だから ちょっと仕切り直させてくれ」

「……一分やる、それまでに整えられなけれ殺ろすぞ」

「サンキュー」

さて、一分ほど休憩時間を頂きましたが…ここで横になって少しでも息を整えても意味はない、整えるべきは俺の頭だ、消耗や憔悴に爛れ切った俺の思考回路だ これが俺の動きを鈍らせている

だから

「よいしょ!」

「…何をしているんだ?」

「聞くなよ、俺にも分からないんだから」

雪を思いっきり掬い上げて頭に乗せる、もう一度雪を掬い上げて頭からかぶる

クソ寒い、クソ冷たい クソ冷たいから頭が冷える、熱が出そうな程に考え尽くしていた頭が急速に冷えていく…、あー…つめてー

(思考がクリアになっていく、視界が明瞭になっていく…、俺は何を見ていたんだ?何をしていたんだ…)

頭から雪を被り冷え切った思考から、消耗を恐れる心も 尽き掛けの体力への不安も追い出す、今はその思考は邪魔だ 戦いが終わった後のことは終わった後に考えろ

今俺が考えるべきはカルステンのことだけ、自分のことばかり考えるのは あの戦士に対して失礼だろう…

「ふぅー……」

どうするべきだ、攻撃は当たらない 奴の回避能力の高さは俺の攻撃速度を遥かに上回っている、闇雲に暴れても当たるわけない 狙いを澄ませても当たらないんだから

でも、こう言う時の対処法も 師範から習ってなかったか?、そうそう 思い出せ…あれは確か、師範との地獄のトレーニング…『超高速鬼ごっこ』をやっている時のことだった


……………………………………………………

「無理ですよこんなの!、百年やってもクリアできるわけありませんって!」

アルクカースの荒れた荒野のど真ん中 それが俺と師範の修行場所だった、いつもは山を引っ張ったり 手足を縛りれた状態で魔獣の群れに放り投げられたりと意味不明な修行を繰り返すこの場所で…

この日は一味違うトレーニングを行っていたんだ

「おいおい、情けねぇ事言うなよ まだ二時間しか経ってねぇぜ」

「師範と鬼ごっこして勝てるわけないじゃないですか!」

地面に四つん這いになりながらゼェゼェと息を吐き文句を垂れる俺に 師範は呆れたようにやれやれと額に指を当てる、この人は自分の言っている無理難題をイマイチ理解していない節があるんだ

今日やっていたトレーニングは超高速鬼ごっこ…、まぁルールは基本的に普通の鬼ごっこと変わらない、俺が鬼で 師範が逃げる側、師範はグルリと引かれた巨大な円の中しか移動しないと言う制限を設けての鬼ごっこではあったが…

これがもう無理難題、だって円の中限定とは言え逃げる師範を捕まえるなんて出来るわけない、この人は数分で大国間を飛び越えるような脚力を持っているんだぞ?、それに追いついてタッチするなんて…俺が音か光にでもなりない限り無理だ

「バァカ、オレ様が本気で逃げてると思うか?十分の一程度のスピードしか出してねぇんだから対応くらいして見せろよ」

「俺の力は師範の千分の一にも満たないんですよ!?」

「だろうな、お前まだ弱いし」

「くぅっ!」

だったらもう少し手加減してくれよと この時ばかりは本気で思った、しかし 師範は俺のそんな思考を見透かしたかのように、目の前でしゃがみこむと

「じゃあ何か?、お前はこれから一生 自分より弱い奴としか戦わねぇのか?」

「ッ…!?」

「お前が武道を歩むなら 格上と当たるのは当たり前のことだ、そこで一々お前はさっきみたいに泣き言吐かすのか?『手加減してくださぁ~い』ってよぉ」

確かにその通りだ、この世にはまだまだ強え奴がワンサカいる、この間学園で戦ったペーだって格上だった、まだまだ辛勝できる範囲内にアイツがいたからなんとかなったが…、もしかしたら今後更に強い奴と戦わないとも限らない

事実、エリスはきっと今もポルデュークでアルカナの幹部と戦っているはずだ、ペーよりも数段強い相手と…

それなのに俺は何を泣き言吐かしてるんだ、情けない!

「…師範、もう一度お願いします」

「お?いい目をするようになったな…いいぜ、付き合ってやる が、その前に一つアドバイスしてやるよ」

「アドバイス?」

「ああ、知恵も策もなく格上のスピードについて行く事の無謀さが分かったところで一つ、お前に技術を授けてやるから よく聞くんだぜ?」

そう言うと師範は俺にわかりやすいように構えの姿勢を取るなり…

「いいか?、どんな格上も どんな達人も大体は地に足ついた人間…お前と同じ法則に則って動く人間なんだ、だから そこを切り崩すにはだ……」


…………………………………………………………………………

「時間だ、もう一分経ったぞ」

「…もうか」

雪を被りながら目を開く、思い出した 師範の教え、冷静になった今の頭なら鮮明に思い出せる、そうだよ そうだ…俺は教わっていたじゃないか、カルステンと戦う為の策を 師範から

「準備はいいな」

「ああ、お陰さんで お前を倒す策を思いついたところだ」

体に着いた雪を払いながら立ち上がり、上着のボタンに手をかける…

「ん?、おい 何をしている」

「いやぁ、これからの戦いにゃ必要ないもんだからよ」

そう言いながら俺は俺の命を守る防寒具を脱ぎ捨て、いつもの赤いコートの戦闘態勢へと移る、クソ寒い…外気が針のように突き刺さるが、いい気付になる

それに、やっぱこの格好じゃないとな 俺はさ

「より一層ヤケクソになったか、それとも 化けたか…、やはりこの手で見極めなければなるまいな」

「そうしてくれ」

拳を構える、あまりの寒さに震えそうになる体を必死に抑えて 構える、攻めの姿勢 師範より授かった攻撃特化の構えを取る、防御を捨てる もう残存体力なんざ気にしねぇ、目の前のこいつを倒した時 生きてればそれでいい!

「行くぜ、…カルステン!」

「来い!、神に仇なす拳客よ!」

降り注ぐ雪を切り裂き肉薄する両者、拳を突き出し踏み込むラグナと 身を丸めるような戦闘スタイルを取るカルステンのぶつかり合い、これは先程まで繰り返された光景と全く同じ

ラグナが闇雲に向かって、返り討ちに合う それと同じ光景だ、故にカルステンは構えながらもやや失望する

(結局は攻めか、技量の無い!)

ラグナの目は真っ直ぐだ、どこを攻めようとしているかすぐに分かる、殴りかかってくるんだろう?私の顔めがけて、そんなのお見通しだ とカルステンはラグナの拳に備え避けの姿勢を取る、拳を避けて 今度は渾身の一撃を叩き込んでやる

「ぅぅぉおおっしゃぁぁぁい!」

「フンッ!」

案の定の突き、確かにラグナの拳は速く鋭い これほどの正拳を放てる者はカルステンの長い現役生活の中でも見たことがないほどだ、力任せでは無い合理に則った一撃…だからこそその合理を読み解けるカルステンには目を瞑っていても避けられる攻撃だった

上体を軽く逸らせばラグナの拳は空を切る、そら 顎が隙だらけ、そこを叩き抜いてその意識を刈り取ってやろう!、カルステンの拳が更に強く握られ その狙いは真っ直ぐラグナの顎に…

「ッ!?!?」

向かわなかった、殴れなかった ラグナを、殴り抜くことが出来なかったんだ、構えるだけ構えてラグナに向かってそれを射出することが出来なかった…、その事実にカルステンは目を白黒させて驚愕する

(これは…!、これを意図的にやってのけるのか!?、いや偶然か?何にしても …ここは!)

退く、ここでは戦えない 分が悪い、カルステンはステップを刻んでこの戦いで初めて後退した、若造相手に初めて老齢の拳士が足を後ろに動かしたのだ

「退いたな、どうやらこりゃあビンゴのようだ」

「まさか、お前…!」

ゾッとする、これを…これを意図的に?、しまった…時間をかけすぎた!

カルステンは後ろに引く、ラグナが前へ押す、あれだけ明確だった戦況が一瞬にしてひっくり返りラグナが押し始めたのだ、見てくれは何も変わってない ラグナの攻め方は変わってない、だと言うのにカルステンは後ろに下がるしか出来ないのだ

「お前…!どこでそんな技術を…!」

「何にも特別なことはないだろう、こりゃあ基礎の基礎!その筈だぜ!」

「グッ!?」

燃えるようなラグナの拳が初めてカルステンの頬を掠った、避けきれなくなってきたのだ カルステンがラグナの速度についていけなくなってきた、そりゃあそうだとも 元々速度ではラグナのほうが上をいっていたのだから

「ハハッ!、流石師範だ!」

…かつて、アルクトゥルス師範が語った技術をラグナは…俺は想起する

『ラグナ、一つ聞くが 殴り合いってのはどこでする?、人を殴る時 どこで殴る?』

それは人を殴るにはどこで殴るか そんな単純な問いかけだった、師範の問いかけに俺は拳の第一関節辺りを指差しつつこの辺?と言ったのだ

何故か、次の瞬間師範に殴られました

『馬鹿野郎!、今オレ様はお前をどこで殴った!』

だから拳で?と倒れるラグナに再びアルクトゥルスの拳骨が飛んだ

『だからなぁ…、テメェ まさかグーを作って相手を叩くのを『殴る』なんて呼ばないよな!、いいか?拳ってのは…足で打つんだ!』

一見意味不明なそれは ある意味では真理であった

どんな剛拳も ただ腕だけで振るってちゃヘナチョコパンチに成り下がる!強い拳ってのは足で打つ…、つまり踏み込みだ

強く踏み込み 大地の力を拳に伝えて放つのを殴ると言う、カルステンも同じだ 踏み込んでから殴る、武道家にとって 踏み込みは命だ

『どんな達人も踏み込んで殴る、ならば…だ、後は分かるな?殴り合いってのは極論で言っちまえばマルバツゲームと同じ、陣取り合戦なんだ』

相手の領域に踏み込み 侵略し、より近づいて拳で殴る それが殴り合い、より近づき 適切な位置で踏み込んだ方が勝つ…、達人はそれを理解しているから 自然とそれをやってのける

ここで師範の裏技が飛び出した、つまり 殴りれないようにするにはどうしたらいいか?!相手が踏み込みたい場所を事前にこちらが押さえればいい、そうすれば相手は殴れずこちらは殴れる

単純だけど つまりは真理だ、どんな強敵相手にも竦むな そして思考を放棄するな、考えて考えて 一歩踏み出す、恐れも焦りも抱かずに 至高の一歩を前へ突き出し進むこと

それこそが最大の防御になる、そして 最大の防御とは即ち

最高の必勝法になる!

「ぅおらぁっ!」

「グッ!?」

ラグナの陣取りは適切だ、元々アルクトゥルスから戦闘哲学を学んでいる彼の戦闘中の頭のキレは達人にすら追いつくほどだ、故にカルステンが踏み込みたい位置に先に足を置く…するとカルステンは踏み込みが出来ず 構えるだけ構えて動けない

故に仕切り直すために引かねばならない、引けば当然 戦いの主導権はラグナが握る

カルステンが長年の戦いの中見つけた歩法を、ラグナはこの歳で既に技術として会得している その事実にカルステンは驚愕を隠せない

(相手の踏み込みたい位置に適切に足を置く、簡単な事のようでいてそれを戦闘中にやり続けるのは至難の技だ、適切な戦闘理論がない限りは不可能…、これを独学で手に入れるのに私は三十年かけたのだぞ…、それをこんな歳で会得するなんて 彼は天才…、いや それ以上に、それ以上に!)

彼に教えを授けた存在は 化け物か!?こんな猛者をこんなに若いうちから作り出すなど…ああいや、そうか 彼は…魔女の弟子であったな!

「クッ、この私をここまで押したのは 君とネレイドだけだ」

「そりゃいいぜ、ようやくあんたを楽しませられるようになったかな?俺は!」

「ああ、ようやく いい勝負になりそうだ!」

カルステンは後退をやめる、このまま後ろに引き下がり続けても ラグナの速度に追いつかれいつかは殴り倒される、ならば 勝負に出なくてはいけない 出るべきだと経験から悟った彼は足を止めて殴りかかる

「シッ!」

「ぐぇっ!?」

適切な位置に足を置けなかった所為でかなり無理のあるパンチになってしまったが、それでも彼は達人なんだ どんな姿勢からでもある程度のパンチは打てる、故にラグナの顔を殴り飛ばすが、即座にカルステンは悟る…この程度では止められないと

「っひひ、効かねー!さっきまでのパンチに比べりゃ紙きれみたいたもんだぜ!そりゃあよ!」

「ごぁっ!?」

続けざまに飛んできたラグナのボディーブローに思わず吹き出す、ラグナの拳は合理が詰まったものだ、適切な位置に足を置き 全体重を乗せたタックルのようなパンチは最早拳の領域に収まらない

だが、カルステンは耐える、いくら殴られても倒れなかったから、彼は無敗のチャンプであり続けたのだから

長年かけて形成された彼のプライドが、肉体のダメージを超克する

「これは…泥仕合になりそうだ!」

「いいねぇ、我慢比べと行くかい?」

ここから先は防御も回避もない、カルステンはラグナの歩法により回避を封じられた あの剛拳を防ぐ手立てをカルステンは持たない、そしてラグナは元より避ける気も防ぐ気もない

純然たる殴り合い、拳と拳だけの勝負 ここから先は…、どっちの限界が先に訪れるかの勝負になる

「ッ…ぐぉぉぉおおおお!!」

「ぅがぁぁぁああああ!!」

轟く咆哮、飛び散る鮮血、交わる拳、カルステンの拳とラグナの拳が何度も何度も互いの体を頭を撃ち抜く、殴られる都度 どうしようもないくらいの痛みに顔を歪ませるも、互いに一歩も引かず 再び向かっていく

「ごはぁっ!?」

「どうしたラグナ・アルクカース!先程よりも力が落ちているぞ!」

「無駄な力が抜けただけさ!、俺にとって 都合がいいのさ!このくらいの方が!」

横から叩く 上から叩く 下から叩く 正面から叩く、鈍い音が何度も響き 周囲の雪を赤く染める、何度目の打ち合いか 後何度打ち合えば相手は倒れるのか、それさえも分からない地獄の…そして至高の時間が続く

「クッ…!」

刹那、全身に痣を作り 血を吹くカルステンが、苦しそうに顔を歪める、精神で耐えている彼の肉体が あまりの傷に瓦解を始めた

しかしそれはラグナも同じ事、ただでさえ尽きかけの体力にこの殴り合い、応えていない筈がない 苦しくない筈がない、後のことを考えるならここらが引き時の筈、なのに

「へっ…!」

苦しむカルステンとは対照的に笑ってみせるラグナ、カルステン以上の傷を負い カルステン以上に消耗している筈のラグナが笑う、その笑顔に カルステンは過去を見る

(ああ…、私もかつて こんな風に笑ったのだったな)

……カルステンは十五でリングに上がった、ボクシングが好きだったわけじゃない 殴るのも殴られるのも好きじゃない、ただ彼は 自分より強い相手と戦い、その末ち見出す窮地…それを乗り越えるのが好きだったんだ、なによりも好きだったんだ

昔は自分よりも強い奴が何人もいた、オライオン中にゴロゴロいた、其奴らと戦って超える為に 何度も戦った、時として敗北寸前にまで追い込まれた時もあった、目眩がして 頭が痛んで 足が動かないくらいボコボコにされたこともあった

けれど、そんな時に決まって 彼の口からは笑いがこぼれた、そうだ あの瞬間が何よりも楽しかったんだ…!

だが、いつからだろう…窮地に陥って笑えなくなったのは、そうだ 神将になってからだ

目指していなかったとはいえ曲がりなりにもオライオン最強になってしまった私は負けることを許されない身となった、故に窮地に陥って出てくるのは笑いではなく冷や汗になったんだ…

…それは、『彼女』と戦っている時でさえ 変わらなかったのかもしれない

「オラァッ!」

「グフッ!?」

悟る、ラグナは若かりし頃の私と似ているんだ…、ネレイドの話を聞いた時より彼に興味を示していたのは 国難とか神敵とかそういうおべんちゃらではなく、私が失ったものを彼の拳に見たからだ

もう一度、あの時のように 笑いたかったんだ…こんな風に、笑って戦いたかったのだ、でなければ私は…私は!

「ぐっ…ぅぅぉおおおおおおおお!!」

ラグナのレバーブローを受け尚も滾るカルステン、燃やせ燃やせと己の中にあるものすべてを焼べて立ち続ける、誇りも信念も経験も何もかもを火にくべて自分を立ち上がらせるエネルギーに変える

ここで倒れていい筈がない、私は…私は…オレは!カルステンなんだぞ!!

「ッハァッッ!!!」

「げへぇっ!?っつつ!、なんだよ 随分乱暴なパンチを打つじゃねぇかよ!」

「老ぼれナメんじゃねぇぞクソガキ!、テメェが母ちゃんの腹の中に居た頃からオレぁこの国守って来てんだよ!、あんまナメた口聞いてっとドツき殺すぞッ!」

カッとなっている、カルステンは今 四十年ぶりにキレている、最早彼がここに持ってきた目的も 彼を奮い立たせた理由も、なにもかも頭に無い 頭空っぽでラグナを殴り飛ばす

今 彼が持っているものは一つ、闘争本能だけだ

「い…いいねぇ、そういうのを…求めてんだ、俺もさ」

「ぐぁぁああああああ!!!」

雪を猛然と掻き分け突っ込んでくるカルステン、最早熟練の戦士ではなく 一人の獣としてラグナに襲いかかる、かつて 数十年前よりこの国を守り続けた一本の柱として意識を超越した本能を持って振るわれる全霊の拳

それは、彼が長年作り上げた戦闘理論を捨て去り、老齢の自らを労わるように組み上げた緻密な拳でも無い、全てを超越した闘争本能が奇跡でも起こしたか

今 この時、彼が放つ拳は 全盛期…今は伝説として語り継がれる魔女四本剣の一人、オライオン最強の男であった頃の…若かりし頃の…神将ではなくただの拳神であった頃のカルステンが持っていた 至上の剛拳を再現する

「すげぇ迫力…、これがアンタの 本当の力だったんだな…」

その拳は ラグナからしてみれば巨大な雪崩以上に大きく見えた、かつてはこの拳で魔女大国の平和と民の命を守り抜いて来たんだ、この拳に乗っている全てがカルステンと言う男の全てなのだろう

喜ばしく思うと同時に、ラグナは悔やむ…、或いは この人と同じ時代を生きたかったと

しかし



「ッッッッッ!!!!!」


カルステンの拳は、ラグナの顔を撃ち抜いた その衝撃は背後の雪を大きく吹き飛ばし、轟音を鳴らすほどであった、殺す気で放った一撃 カルステンが己を捨てて放った捨て身の一撃、全てを引き換えに引き出した全盛の一撃

それを受けたラグナは…、ゆっくりと拳から離れるように倒れ…


「ご…がぁっ!?」

違う、違う違う

ラグナの顔が 拳から離れたのでは無い、拳がラグナの顔から離れたのだ…、よく見ればラグナの額からは一筋の血が流れ落ちており 拳を顔で受けたのではなく、頭突きにて拳を受け止め 逆にカルステンの拳を砕いたその様が目に見える

そうだ、これは奇跡ではない 如何にカルステンが全てを捨てても 過ぎ去った日々と失われた力は取り戻せない、これはカルステンが先に産まれ ラグナが後に産まれた以上覆せない…『老い』という残酷な現実が生み出した結果であった

そうだよ、そうなんだよ…、捨てちゃあいけなかったんだ アンタはもう神将には戻れない、ただ一人の 拳の獣には戻ってはいけない、全盛期が最強だったんじゃない、今あるその姿こそが最強であると 自分を信じるべきだったんだ

だからこそ 全てを捨てて放った至上の一撃は…、ラグナから言わせれば

「突きのやり方がなってねぇ…」

「グッ…ぅっ!?」

あれだけラグナを苦しめた技量は最早カルステンにはない、怒りと焦りによって己を忘れたカルステンに 最早武器はない、もしあのまま冷静さを取り戻し 打ち合っていたならわからなかったが…、だが最後の最後に カルステンは見せてしまった

未練を

だから敢えてここは見せよう、テメェを貫く拳骨ってのはこうやって打つことを、先達への敬愛と 若輩の成長を見せるように

「…『熱拳』!」

燃え上がるラグナの拳、いや違う 燃えていると錯覚するほどにラグナの魔力が拳に集っているのだ、拳だけの限定覚醒は烈火の拳骨となって強く握られる

(そうか、私は…君に執着するべきではなかったのか)

過去を追い求めるべきではなかった、今を貫くべきであった、昔は良かったが 楽しかったが、そろそろ譲ってやらねばならなかったのだ 道を…、そう悟るカルステンに、それを避けるだけの体力も気力も 残ってはいなかった

「…『一発』ッッ!!」

「───────!!!」

愚直なまでの拳、本来なら受けようもない純粋な拳…、それを人生初めての失策により受け止めることとなったカルステンは悟る

ああ負けだ、これは負けだ、負けた…負けてしまった、過去を追い求めて 逆に過去に手を叩かれてしまった

でも…でも今だけは許してくれ、君を…君と…、彼女を重ねることを

私に今一度の全盛期を求めるまでに切望させた、彼女…マグダレーナの姿を見ることを





「っはぁ…はぁ…はぁ」

爆発四散し あまりの魔力に周囲の雪が蒸発したその只中で立ち続けるラグナと、その足元で 天を仰いで倒れるカルステン

両者の有様を見れば、最早テンカウントが不要であることは誰の目から見ても明白であった

「っ…見事だ…ラグナ・アルクカース…、いい…パンチだった」

「だろ…、俺ぁこいつで 俺を貫く、十年先も五十年先も…どんなお爺ちゃんになっても、俺は俺として強くなり続ける」

「ああ…それは、難しいぞ…つい…振り返ってしまいそうになるからな……」

一歩も動くことができないカルステンは、言い残すように大の字になって倒れ、オライオンの雪雲を見上げる、彼はきっと 私のようにはならないだろうと 何処かで確信を得ながら

カルステンは ここでラグナに道を譲る、認めよう 君は神敵ではないと、こんな純粋なバカが 神に仇なすわけがない…

「…俺は、運が良かった」

「…この勝利を、天運のおかげとするか?…ラグナ…」

「いいや、勝てたのは全部俺の強さと師範の教えのおかげさ、でも…」

足元の防寒具を拾い上げ、肩からかけて…ラグナは小さく笑い 肩越しにこちらを見据え

「ここであんたと戦えたことが、運が良かった…、あんた…いや、カルステンさんのおかげで俺は強くなれた この戦いで、俺は強くなれたから…だから、出会ってくれてありがとう」

「…ハッ…ハハハハハ」

君はどこまで、…いやよそう もう君は誰とも重ねない 過去とは重ねない、君は君の未来を切り開くだろう、その拳で私以上の高みへと登っていくだろう

私も嬉しいよ、君とここで この歳で出会えたおかげで…、もっと…もっともっと強くなろうと思えたのだから

去りゆく勝者の背中を見つめる、意識が無くなるその瞬間まで カルステンは見続ける、自分よりも先に行く…拳士の姿を


………………………………………………………………

「はぁ…はぁ、やっべぇ~、格好つけたものの全然力入らん、これマジでやばいわ」

カルステンに勝利を収め 防寒具を着込んだラグナは雪の上を歩きながらヘラヘラ笑う、いやもう笑うしかない

腹減った、メチャクチャ腹減った…、もうエネルギー切れだ ミソッカス程も残ってねぇ…、そうか エネルギーが切れるとこうなるのか…、歩いているだけでも辛い 自分の体が重い、これじゃあ森を駆け抜けてみんなの所に行くのは無理かもしれない

「流石に…バカすぎたかな、俺…」

もうちょっと考えて戦えば良かった…いや考えて戦って勝てる相手じゃなかった…

ってかやべぇな、あれで先代神将ってことだろ?、つまり現神将はもっと強いってことじゃねぇか、あの時戦ったベンテシキュメとネレイド…あれ両方とも本気じゃなかったか?

いや、本気は本気でも…全霊ではなかったのだろう、そして 多分これからエノシガリオスを目指せば、全霊の奴らが立ち塞がる事になるだろう

ヤバいぞ…、本気でヤベェ…、というより今の状況の方がヤベェ…死ぬ、もう歩けん…

「うっ…メルクさん…ナリア、エリス アマルト メグ…ごめん」

もう一歩歩き出す気力も体力もない、…俺ぁここで死ぬのか…うう、無念…



「何がごめんだ!」

「え?」

ふと、体が誰かに支えられる、上から手?もしかして天使ってやつ?お迎え早えよ 俺まだ死んでない…

「おいラグナ!大丈夫か!」

随分聞き覚えのある声をした天使だな…ん?いや これ…

「メルクさん!?」

「よかった、意識はあるな しかし酷い怪我だな」

あれ?メルクさん?なんでここに?ってか馬橇?いつの間に?全然気がつかなかった…

いつの間にやら俺の目の前に止まっていた馬橇から伸びたメルクさんの手が 俺の体を支えるように持ち上げている、なんでここに…

「あの、なんでここに…」

「バカ!助けに来たんだ!、お前の様子がおかしかったからな…来てよかった」

「め…メルクさん…」

「誰かが無茶をしなきゃいけない時 それを背負うのはお前の仕事だ、確かにお前は強いからな、だが そんな無茶をするお前を支えるのが私達の仕事だという事も忘れるなよ」

そっか、そうか…助けに来てくれたんだ、…情けないけどどうしてだろう、俺今メチャクチャ嬉しい、友達が助けに来てくれた事もそうだけど

俺、一人で戦ってるんじゃないんだって そんな当たり前のことが、今はすごく強く感じられる

俺が無茶をしても、メルクさん達が側にいてくれるなら 俺…どこまででも戦えるよ

「乗れ…って!なんだお前その姿!」

「はぇ~?」

「痩せ細ってるじゃないか!?髪も白くなってるし…どんなダイエット…いやまさか、使い果たしたのか?エネルギーを!」

ふと、己の体を 腕を見てみると、あれだけ鍛えた筋肉が萎んで枯れ枝のように細くなっているのが見える、マジか こうなるのか…

「も 戻るのか?」

「多分、たくさん食べればあるいは…」

「スポンジみたいな奴だなお前、…分かった お前は休んでいなさい」

ヒョイと軽くなった俺を馬橇の中に放り投げるメルクさんは、後は任せろとばかりに一人で手綱を握る、申し訳ねぇけど ここは任せるしかねぇな…、見た感じナリアも何者かと戦ったのだろう ズタボロになって馬橇の中に転がっている

今無事なのはメルクさんだけだ…、でも メルクさんなら任せられると思えるほどに、彼女の背中は力強く見えた

俺がみんなを守ろうと思っているように、彼女もまた強く 俺達を守ろうとしてくれているんだ

「ありがとよ、メルクさん…」

「礼を言うのは早い、悪いが食事は少し待ってくれよ…なんとしてでもお前達を守ってみせるからな」

そう言いながら何処から手に入れたか分からない馬橇を動かして何処かを目指す、最早その辺を思考する気力もない…

あー…、疲れた…

「…なー、メルクさん」

「なんだ」

「エリス達、無事かな」

「無事に決まっている、今頃彼女達も私達のようにオライオンの旅路に苦慮しているだろうさ」

エリス達…もうそろそろ監獄を抜けてないとヤバい時間だ、きっともう抜け出しているに決まってるさ…

「へへへ…もうすぐ エリス達に会えるな」

「はぁ、限界なら寝ていろ…もう、邪教執行官の包囲は抜けたんだ、後はもうエノシガリオスを目指すだけなんだからな」

その通りだ、ベンテシキュメは今山の向こう 俺たちに追いつくのは無理だ、そして単独で行動していたカルステン達は全滅させた、もう俺たちの道を阻む奴はいない

後はもう、空白平野を抜けてエノシガリオスを目指し…エリス達に会うばかりだ……、長かった…

そう感じながら、ラグナは安堵の中で横になり…全てを預けられる仲間に全てを預けて、目を閉じる…、少しでも体力を回復させるために
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

9番と呼ばれていた妻は執着してくる夫に別れを告げる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:84,259pt お気に入り:3,307

転生したかも?・したみたいなので、頑張ります とにかく、頑張りま!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:247

第7皇子は勇者と魔王が封印された剣を手に、世界皇帝を目指します!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:188

最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:285pt お気に入り:403

拝啓、殿下♡私を追い出して頂いて感謝致します【完結】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:27,136pt お気に入り:2,315

あなたに愛や恋は求めません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:103,400pt お気に入り:9,039

処理中です...