孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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九章 夢見の魔女リゲル

273.魔女の弟子とネブタ大山の巣窟

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「えーっと、つまり纏めるとメルクさんとメルカバはかつてエリスがデルセクトで戦ったっていうアルカナ幹部の部下で、二人は殺し合いをする仲だった…って事だな?」

「違う!『だった』ではない!、今も殺してやりたいくらいだ!メルカバ!」

「それは私も同じ事、…ですが出来ますか?、エリスの手助けありで漸く私を倒せた貴方に」  

「昔と一緒にするな!」

ネブタ大山の内部に作られた拠点…もとい、二年前 元アルカナ幹部の戦車のヘットが使っていた地下迷宮に運良く転がり込んだ俺達は、そこで出会ったこの迷宮の管理人…ヘットの右腕 メルカバと邂逅した

しかし、メルカバはかつてメルクさんとデルセクトで相争った謂わば仇敵同士、互いに互いを視認するなり烈火の如く怒り散らし 襲いかかろうとし始めたので、間に入り とりあえず落ち着ける場所でお話を…、ということでメルカバの案内でこの拠点に内部に存在する広場にて、互いに椅子に座りながら話をしていたところだ

まぁ…でも、お話をした程度で深まるような仲でもないの明白だな

「まぁ、互いの事情は分かったよ…」

「って事はメルカバさんは昔エリスさんと戦った相手って事なんですよね、しかも…あのアルカナのメンバー…」

「我々はもうアルカナではありません、デルセクトの一件以来 私とボスはアルカナと手を切っています、それにもうアルカナは無いでしょう」

「関係あるか!そんな事!、アルカナと手を結んでいようがいまいがお前達の罪が消えるわけじゃない!」

椅子を蹴り飛ばし激昂しながら銃を引き抜き、メルカバの額に銃口を押し当てるメルクさんの形相たるや凄まじいものだ…、ここまで激昂しているのを見るのは初めてかも知れん

しかし、メルカバも動じない 銃口を突きつけられる修羅場くらい、今まで山と潜ってきたって顔だな

「貴様達がばら撒いたカエルムのせいで!一体何人のデルセクト国民が今も薬の中毒性で苦しんでいると思っている!」

「知りませんよそんなの 、使ったのは個人の自由でしょう?、薬に逃げなきゃやってられないデルセクトの国風に問題があるのでは?」

「貴様ぁっっ!!」

「落ち着けってメルクさん!、冷静に冷静に!」

マジで引き金を引きそうな気迫に思わず銃口を掴んでメルカバとメルクさんの間に挟まり宥める、やめろやめろ 殺すな殺すな、今ここで殺して何になる

すると今度は怒りの矛先がこちらに向いて、ギロリと睨まれる

「ラグナ!、お前分かっているのか!、こいつは犯罪者だ!デルセクトで凄まじい被害を出したな!」

「それは分かってる、分かってるけどよ…、今ここでメルカバを殺しても何にもならない、なんならこの迷宮を上手く使うにはメルカバの力が必須だ、なぁメルカバ あんたこの迷宮の構造を熟知しているんだよな?」

「…ええまぁ、ですが力なんか貸しませんよ?貴方達魔女の弟子でしょう?、私の敵です」

「ほら見ろ!、それにラグナ…ヘットやメルカバはお前の国でも悪事を働いたんだろう、お前の兄が唆され道を誤った、それはこいつらの所為だ!」

「兄貴が道を踏み外したのは欲をかいたからだ、それに…今その復讐を持ち出して何になる」

「それは…そうかもだが…、だが…」

「納得出来ないのは分かる、分かるが 今は抑えてくれ、頼む」

今は時間が無いんだ、例えかつての仇敵であろうとも使える物はなんでも使わないと俺達はこの状況を打破出来ない、迷宮で迷っている時間もないし なんなら下手な出口を見つけてもそこで本隊と鉢合わせをしちゃ意味がない

メルカバはこの迷宮の構造を理解している、直ぐにでもここを抜け出すにはメルカバの力が必要、それに…物資とかも分けて貰えたらありがたくない?

「………メルカバ」

「なんですか」

「一つ聞かせろ、お前は死んだはずじゃないのか?護送中の事故で」

「あれは事故ではありません、審判のシンの襲撃でした 彼女はアルカナ内部の粛清を行う立場にあるので…、我々を殺しに来たのです、なんとか逃げ切りボスと合流出来ましたが この有様です」

そう言いながら見せるのは義足と眼帯だ、シンってのはエリスが帝国で倒したアルカナの大幹部の名前だったな、なんでもペーよりも強い奴らしい

そんな奴に襲われながらも逃げ延びたってのは凄いな、その代償は高くついたみたいだが

「そうか、…あの護送は失敗だったか…お前以外に生き残りは」

「居ません、あの時の組織はあの事件で私とボス以外全滅しました、半分はグロリアーナに もう半分はシンに…、残っているのは私とボスだけ、そのボスも捕まってしまいましたがね」

「…お前はこんな所で何をしているんだ?」

「聞きたいのは一つだけでは?、貴方には関係ない事です…ですがまぁ、ご安心を 別にもうこの国や世界をどうこうする気はもうありません」

「そうか、まぁだからと言って罪が償われるわけではないがな…」

するとメルクさんはもう聞く事はないとばかりに椅子に座り込み…、はぁ と溜息と共に両手で顔を覆う

「ラグナ…、私はどうにも受け入れ難い…こいつの力を借りるという事は、私は私の最たる信念を曲げることになる」
 
「…そうだな、だったらやっぱり…」

「だが、…だが…代えられない物はある、信念にも勝る物はある…、今ここで私のワガママで友を窮地に放り込む事に比べれば と考えるなら、やはり私は…」

「メルクさん…」

動かない、メルクさんは動かない 顔を覆ったまま微動だにせず、ただ沈黙だけが場に流れる

メルカバはメルクさんの様子を伺っている、ナリアも不安そうにあちらこちらを見回している、俺もまた 彼女を見守る

俺は今彼女に酷な決断を迫っている、メルカバは愛する国民を傷つけた外道の部下、それとこうして顔を合わせたのだ やり残した仕事を片付けたい気持ちは俺にだって分かる

だが、今ここでその意地を通して得られるのは苛立ちの解消だけ、メルカバから協力を引き出す事が最善の手である以上意地を通す選択はない事はメルクさんも重々承知の上、そんな決断を俺は迫ってしまった

どの立場で何の権利があってって話だ、けど 今彼女はそれを受けて自分の中でケリをつけようと思考している

ここまで真摯な人間がいるだろうか、ここまで真面目な人がいるだろうか、何の慰めにも そして詫びにもならないだろうが、今俺は彼女を一人の人間として尊敬しようとしている

いや違うな、一人の人間ではない……

「…いつまでも若者のつもりでは居られないと言うことか、…そろそろ大人になる頃なのかもな」

一人の大人として 彼女を尊敬している、もしかしたら父様より尊敬出来るかもしれない、師範よりずっと大人だ…

メルクさんは再び顔を上げる、その顔つきは 先程よりも 今までよりも凛としていて、今までとは明確に違う何かを帯びた瞳を輝かせる

『変わってしまった』ではない、『先を越されてしまった』だ、俺は今自分の手でデルセクトの国家首長の背を押して 世界のリーダーの座に近づけてしまったのだろう

今 メルクさんが纏うその気配は、彼女の中で押し止められていた何かを突き破り外に這い出て 空を漂う、その気配は…そうだ 皇帝カノープスが纏う物に似ている、まだまだ皇帝には及ばないが…それでも、俺でも纏う事が出来ない真なる指導者の風格を漂わせているのだ

「取引をしよう、メルカバ」

「取引?正義の化身たる貴方が?私と言う悪人と?、考えられない…かつてデルセクトを救う為 デルセクトの柱さえ切り落とした貴方が?」

「確かに昔の私なら ラグナの言葉に耳を貸さずお前を撃ち殺していた、だがなメルカバ…私はあれから軍人をやめて国家首長になったんだ」

「知ってます」

「軍人でいる時は見えなかった多くのものが見える、より大きなものが見えるようになった、目先の小悪党よりも 解決しなければならない大悪がな…、故にメルカバ 私はお前を見逃そうと思う」

「…フッ、もはや私のような小悪党 目にも入らないと?」

「ああ、お前はいつか …かつての私のような正義に燃える若者が捕まえてくれる事だろう、故に私はお前をここで見逃し 世界を腐らせる大悪に挑む、それが上に立つ者の責任だ」

「…………」

「私はお前との取引に沈黙を差出そう、故にお前は私達がエノシガリオスにたどり着くための安全な道と路銀代わりの物資を寄越せ」

「反故にしたら?」

「反故にした者の頭にこの銃口が向くだけだ」

彼女の言葉には威厳がある、風格があり 威圧があり 何よりもその言葉全てに人を惑わせる何かがある、仲間として 友として見るなら頼もしい事その上ないが、彼女の治める国の隣国の王としては…どこか空恐ろしい物を感じる

「…本当に見逃してくれるので?」

「私はな、だが 悪事はいつか白日に晒される…お前が悪徳を成しているなら、いつか私ではない誰かがお前の手に縄をかけてくれる」

彼女はメルカバを見逃す決断をした、だがそれは決して正義を捨てる妥協にあらず、彼女は正義を求め正義を成す側から正義を信じ 正義を示す側へと回っただけなのだろう

それは人としての価値観の成長か 開花か、魔力覚醒とはまた違う人間性の覚醒、その領域に至る為の決断を彼女はつけたのだ

今の彼女はもう元軍人のメルクリウスではない、一時代を築く 稀代の傑物…世界の富を司る同盟首長 メルクリウスへと、真の意味で昇華したのだ

「…どうやら、本当に大人になったらしい あの頃と比べて良い意味でも悪い意味でも成長している」
 
「清らかなる物も濁りきった物も見てきた、そしてそれらを遍く飲み干して私は今 この座に座っている、私が信用できないか メルカバ」

「信用云々のレベルの話では無いようですね、今ここで貴方を敵に回すのはもしかしたらオライオンにケンカを売るより恐ろしそうだ」

「だろうな」

「…ええ、取引を受けましょう 貴方達の事情は知りませんが、こちらが望むものを得るために、私もまた 貴方が望むものを差し出します、それで満足ですか メルクリウス」

「ああ、いいだろう」

それでいい と頷く代わりに彼女は手元の銃を錬金術で分解し、交渉の成立を示す、最早メルカバは敵では無い 敵にさえならない、ここでメルカバが取れるのまで敵対行動ではなく…抵抗でしか無いことを 彼女は痛いほどに思い知ったことだろう

「あ…その、悪い メルクさん、酷な事をさせて」

「いい機会だった、いつまでも幼稚な正義感を振りかざしている場合じゃないのだろう、私が目指すのは世界の安寧 この旅の果てにいるのは世界の破滅、なら霞むような悪に目を向けている暇はない」

だから気にするな と微笑みかけるその笑顔は、いつもと同じものだが…幾分大人びても見える、彼女の中で一体どれほどの思考と逡巡があったのだろうか、ここまで至るのに幾つの葛藤に見切りをつけてきたのだろうか

今まで積み重ねてきたそれが 一気に花開き、彼女はまた一段大人になった…、多弟子たちの中で一番…

「さて?、で?どうしてくれるんだ?メルカバ」

「道案内はすぐにでも出来ます、ですが 物資の確保には少々時間がかかります、明日までお待ちを」

「明日までか…、ラグナ」

「いや構わない、そのくらいなら待てる」

寧ろ 今すぐ外に出るより一日間隔を開けた方がいい可能性はある、今は外もブリザードで一杯だろうし、何より ナリアの疲労がピークだ、そろそろしっかりしたところで休ませたい

「そうですか、なら部屋があります そこの通路を奥に行ったところにボスが使ってた私室があるので、そこでお休みを、食事はその辺に木箱があると思うので適当に、でもあまり食べ過ぎないように 私の分でもあるので」

「分かった、感謝しよう」

「貴方に感謝されても悍ましいだけです、とっとと出てってください」

「ん、行こうか ナリア、君は一刻も早く休んだ方がいい」

「い いいですか?、それじゃあ御言葉に甘えて…」

メルカバの言葉に甘え 廊下の奥へと消えていくメルクさんの背中を見て、俺もまた考える

俺は一体、どうするべきなのか… この魔女の弟子達という集団の中で、この世界を導く王の一人として、如何なる姿勢如何なる立ち位置でいるべきなのか、どうあるべきなのかを

何とかなく、ボヤーッと考える…俺もいつか、ああやって大人にならなきゃいけない時が来るんだろうしな

……………………………………………………

メルクリウス・ヒュドラルギュルムという人間は正義を愛する正義の人である、悪を憎み 悪徳を絶やし 悪事を滅する正義の人である…いや、であった というべきか?

私は幼くして両親を失った、二人とも不義理を働いて死んだ つまり不義理を働く者は…悪は滅される定めにあるのだ幼い私は思い込み、ソニアという悪を通じて 正義を志したのだ

それは今も変わらないつもりだ、ただ 軍人の頃と違うのは…見ている悪の果てしなさ、だろうか?

軍人の頃はそりゃあ楽だったろう、目の前の悪人の悪事を糾弾しブチのし捕らえるだけでよかったのだから

だが同盟首長になって、広い視野を手に入れてからは それがどれだけ無駄な行為だったかを理解出来る、目の前の悪人を殺しても 何の解決にもなりゃしないんだ

この世の悪に果ては無い、果てしなく広く 果てしなく大きく 果てしなく長く 果てしなく深い、海のようなどす黒いそれを前に私が行っていた正義なんて 悪の総数の前には蠅の瞬きにさえ及ばない事を、強く痛感したのだ


私は今日 メルカバと再会した、懐かしい相手だ 私がまだ軍人だった頃戦った強敵、エリスと共に戦ってようやく倒せたくらいの難敵だ、もしエリスがいなければ私はあそこで死んで…いやそもそもエリスが居なければ私はメルカバの前にさえ立ってなかったろう、まぁそこはいい

問題はメルカバがのうのうと生きていたことだ、捕らえて罰する筈のメルカバがこの国で生きていた、それは私に衝撃を与えるとともに決断を迫った

メルカバはこの迷宮の持ち主だという、ヘットと共にこの国でまたデルセクトの時のような事件を起こそうとして 潰えた夢の跡がこの拠点なのだ、つまり 私達がこの迷宮を活かすにはメルカバの力が要る、怒り狂う私にラグナが語ったそれはあまりに正しかった…

だが、私にはそれを受け入れるわけにはいかなかったんだ、奴はデルセクトで重大な事件を引き起こした主犯格、このまま生かしていいはずも無い

もし、私がまだ軍人だったなら 即座にメルカバの眉間を打ち抜き、『これで正義は保たれた』としたり顔で笑ったろう、けど…

私は、メルカバを見逃す選択をした…昔の私が聞いたら信じられないと目を剥くだろう、だが 一人で悶々と考えれば この答えは容易く出てきた

なぜか?それは私が…もう子供では無いからだ、もう大人だ いい歳さ、良いものも悪いものもたくさん見てきたから分かる、ここでメルカバを殺しても デルセクトで苦しんでいる人たちが救われるわけでは無いと クレバーな答えが直ぐに出た

だったら彼女を活かして、より強大な悪たるシリウスの討伐を目指した方がいいだろう?

大のために小を捨てたのだ、その事に罪悪感さえ感じない 達成感もない、当たり前のことようにさえ受け止められる、悪人を倒して正義を成すなんて幼稚な夢はもう見れない

私が今見ているのはただ一つ、…より 人々が幸福に生きられる世界 ただそれだけだ、それは正義から昇華した私の答えの一つだ、人が悪になんか手を染めずに笑って生きられるなら きっと…それは最大の正義の失踪になるのだ

そんな現実的な 或いは非現実的な夢を見ている、その夢の為に…私は大人になる、悪さえも飲み込み 正義さえも超克し、魔女さえ成し遂げなかった最高善の世界の構成の為に

「ふぅ…」

メルカバの案内を受け ヘットの私室へと入れば、豪勢なベッドとソファ、豪奢な机と椅子の数々に やや嫌悪感を覚える、あいつはあんなことをしておいて こんないい生活をしていたのかと

だが、嫌悪はすれど拒絶はしない、奴は上手くやっただけだ 私よりずっと、そして私はヘットに上手くやり込められただけ、それだけなのだからら

ヘットの座っていたであろうソファに座りながら、フラフラとベッドに移るナリアを見て私もまた頬杖をつき目を閉じる、この山登りで随分体が疲れていたのだろう、眠くて仕方ない…

「…正義、難しいものだな」

目を閉じ うとうとしながら自問自答をする、私はもうやめたのだ

正義を求めることではない、正義を信じることではない、人々を救うことでもなければ正しくあろうとすることをやめるわけじゃない

やめたのは…軍人としてあること、いつまでも武官ヅラはできなさい、私はもう同盟首長なのだ…役割が違うから

仕方ないことだとは思うが、ようやく踏ん切りがついたと言える、漸く私は この手を汚さず理想を目指す事が出来そうだ

…………………………………………

「……………………」

「……………………」

「なんですか」

イライラ そんな言葉が背中にくっついて見えるメルカバの姿をジッと見ながら後ろをついて回るラグナは、声をかけられはたと返す

「なんでもないけど」

と、この期に及んでなんでもない事はあるまいよ 皆が私室に向かって休んでいるというのに、ラグナ一人がメルカバに付いて回ってまるで監視のように動いているのだから

「フッ…、真面目ですね 私が貴方達の寝首を掻かないか見張りをなさっていると?、これは参りました 暗殺計画が台無しです」

「嘘つけよ、お前俺たち殺すつもりカケラもないだろ」

「何故そう言い切れると?」

「態々振り向いて俺に話しかけたからだ」

「………………」

メルカバはラグナの顔が心底気に入らないと言った具合に口角を下げる、ラグナとしては もし暗殺を警戒していたとしてもこうしてぴったりくっついて見張る必要性はなかった、彼女に寝首を掻かれる程甘くはない、足音を消そうとも 呼吸を殺そうとも 気配を殺そうとも気がつく事が出来ただろうから

「なら、どういうつもりですか?私は貴方達のワガママを叶えるのに忙しいのですが」

「なら、荷物持ちくらいはやるよ、いきなり押しかけて全部任せるのは悪いからさ」

「…貴方分かってますか?、アルクカースでの事件は私達の仕業ですよ?」

「知ってるしまだ許したつもりはないけどさ、それはそれだろ?俺たちはお前に恨みがある だからこちらは何をしてもいい…、とはならんだろ?」

「分かりませんね、貴方が何を考えているか」

「色々考えてんのよ、…この先も仲間を守り続けるにはどうしたらいいか とかさ」

コツコツと通路を二人で歩きながらラグナは吐露する、仲間を守るにはどうしたらいいか 助けていくにはどうしたらいいか、いつもみたいに豪腕でなんとか出来ればいいが そうも行かないしな

「…まさか、まさか貴方 私に慰めて欲しいのですか?」  

「そんなわけあるかよ、ただ…仲間には言えないからな こういう話はさ、この国には話を聞いてくれる奴がいないから、まぁ ちょうどいい相手と思ってな」

「表で雪だるまでも作ってきなさい、私よりは利口に話を聞いてくれますよ」

「雪は冷たいからやだよ」
 
「私も冷たいですよ」

「知ってる」

そうこうしている間に通路は終着点…、何やらあれこれと置かれた倉庫へと辿り着く、食料や酒やタバコなどだ、どうやってこんな山奥でこれだけの物資を…

「どうやってこれを?」

「お利口なお子様では想像もつかない手段でよ、ほら ここまで来たんなら私の仕事も手伝いなさい、そことそこにある木箱を持ちなさい」

「あいよ」

食料が入った木箱と、よく分からない機械の入った木箱、二つを肩で担いで持ち上げる、食料の方はまぁまぁだが機械の方は結構重たいな、まぁ普通に鉄だからだけどさ

「結構力持ちね」

「俺が誰だか知ってんだろ?」

「脳筋王国の王様でしたね」

「そうそう、だから力仕事は任せな」

「……………」

礼は無い 当然であるとばかりにメルカバは振り向いて、元来た道を戻っていく…しかしここの倉庫、なんでもおいてあるな…

「なぁおい」
 
「黙って歩けないんですか?」

「まぁな、お前こんなとこで何やってんだよ」

「貴方には関係ないと言ったはずです」

「ボスが捕まったのになんでお前はここにいるんだ?、どうしてここにまだ残ってんだ」

「知らないなら知らないままでいなさい」

「当ててやろうか」

「要りません」

「お前 まだボスの為に働いてんだろ?、それは忠誠心からか?…それとも」

「…………」

「贖罪か?」

「……貴方は」

忠誠心か贖罪か、ラグナにはその二択に見えた…、こいつは無意味にここに隠れているにしては妙に目的性を得ているようにも見えた、それはきっと彼女の言うボスの為に働いてんだろう、何をしてるかまでは知らんがな

けど、その割にはこいつからは自信を感じない、これでも王だぜ俺は 忠誠心を向けられる側だから忠誠心に則って働いてるやつの顔ってのは見慣れてる

自分が忠義を向ける相手に対して働いてる奴ってのは みんな自信と情熱に溢れて、こう メラメラ燃えてんだよな 瞳がよ

けど、こいつからはそれを感じない、主人の為に働く自信も情熱も感じない…まるで、詫びるかのような働きぶりだ

「…私は、かつて ボスの右腕として戦っていました」

漸く何かを話す気になったのか、メルカバは振り向いて 己の手…いやそれを飛び越えて足を見る

「でも、シンの襲撃で私は片足と片目を失った、もう前のように私は戦えない…、前回の神将との戦いの時だって…私は…、私は 隠れていることし出来なかった、だ 」

「……ぁー」

かける言葉が見つからない、守りたい相手を守る力が無く ただ見ていることしか出来ない戦うことが出来ない歯痒さに勝る苦痛があるなら教えて欲しいくらいだよ、その気持ちは俺にも分かる…と簡単には言えないけど、それでも 俺は今その苦痛を味わう寸前にいるんだ、恐ろしいよ

「私にはもうこれしか出来ない、ボスの為に命を懸けて永遠に働き続けることしか出来ない、それは貴方の言う通り…贖罪なのかもしれませんね」

「贖罪か、…まぁそうだなぁ 気持ちは分かるとは簡単には言えないけど、その辛さが恐ろしいことくらいは分かるさ、けどよ」

「……?」

「お前にとっては贖罪でも、あんたのボスにしてみれば違うかもしれないぜ?」

「どういう意味ですか」

「いや、俺はそのボスってのに会ったことがないからなんとも言えないけどさ、組織の親分ってのは子分が思ってる子分の内情になんか目を向けてないもんだぜ、だって子分から見ればただ一人の親分でも 親分から見りゃ子分なんて何人もいるうちの一人だしな」

「つまり…私のこの不安は杞憂で、そもそもボスは私のことなんかなんとも思ってなかったと?」

「捻くれるなよ、でも…結局は 結果なのさ…其奴が今まで出してきた結果、その子分がどれだけ想ってるかじゃなく どれだけ責任を感じてるかとかじゃなく、お前が今までどれだけそのボスに対して尽くしてきたかの結果が重要なんだ」

「結果…?」

「ああ、お前は出してきたんだろ?だから右腕を任されてる、そしてその戦う力とやらが失ってもお前は右腕としてボスに仕えることができた、それは温情とか義理とかじゃない お前の働きが十分右腕に値していたから ボスはお前を信用し続けたんだ、それともお前のボスはお情けでお前を重用する奴なのか?」

「ッ…それは……」

「だったら答えは見えてるだろ、ボスはお前の贖罪なんか必要としてない 贖罪の為の働きなんか目にも入れてない、ただ お前は信頼を得て 信頼に値する仕事をしている、だからボスはお前を重用して そこを任せた、…だからそんなに気にすることはねぇって事さ」

少なくとも 俺はそうだ、俺の部下の中には確かにすんげぇミスしてそれを取り戻そうと躍起になる奴もいる、けれど 俺はミスの詫びが欲しいから働かせてるんじゃない…其奴が必要だからそこに居て貰ってるんだ
 
責任を感じるなって話ではない、だが責任の為に仕事はして欲しくないだけだ、働くなら王様の為に働いてくれ…ってな?

「…ボスはまだ私を必要としている…、贖罪は必要ない…ですか」

「多分な、ボスはお前を活かせる場所に置いてるだけだ だったらお前はお前を活かすために働くんだな」

「…分かったような口を聞いて、ボスのこと何にも知らないくせに」   

「まぁ~な~」

「でも、まぁ 慰めにはなりましたよ、あ 食料はそこにおいてください、機械はこっちに…言っておきますが慎重に」

「分かってるよ」

相変わらず無愛想にピッピッと指を振って指示をするメルカバに従い、食料品を床に 機械類を机の上に置く

「ふぅ、一仕事終えました」

「アンタ何もやってなくねぇ?」

「ええ、いつもは私が一人で数回に分けてやらなきゃいけない仕事を貴方のおかげで何もせず片付けられました、礼を言います まぁ半分は貴方達の事情ですが…っと」

そう言いながらメルカバは重そうに木箱の中から機械類を取り出して何やらセッティングを始める、俺は機械とかに疎いからよく分からない、デルセクト製というより帝国製に見えるってなくらいしかどうにも 

「何をするための機械なんだ」

「仕事です、ここに籠っている私が何の仕事をしてないとでも?」

「いや…思っちゃねぇけど」

チラリと見てみると何やら文字の書かれたボードをカシャカシャと小気味いい音を立てて打ち込んでいる様が見える、本格的に何してるか分からないな…、メルクさん辺りなら分かるんだろうけど

「魔力機構を用いた通信機構…魔術筒の応用品で遠方と連絡を取っているんです、ああ 安心して、貴方達の事ではなく物資の輸送に関する事です、後私が裏から経営している商店に指示のメールを」

「…教えてくれるのか?」

「また一々横で聞かれるのが面倒なだけです」

そりゃ失敬、どうやらウザったく聞きすぎたらしい…、にしてもこれで外と連絡を取り 裏から商店を営業して身を隠しながら資金と物資を集めてるってわけか、こんなの生半可な精神じゃ出来ないぜ…、たった一人でこんな所にいて 絶対に会えないボスの為に働き続けるなんて

ヘットって奴は 余程部下に慕われてるらしいな

カシャカシャとボードを打ち始め沈黙をしてしまったメルカバを見て、これ以上話しかけて邪魔するのも何かと思い至る、俺も部屋に戻ろう 外に出たらまた厳しい銀世界だ

「んじゃ、俺も休ませてもらうよ」

「はい、明日になったら起こします、それまで休んでいなさい、ああ そこの木箱の中の食べ物はお好きに使いなさい、非常用の備蓄品ですがやや古くなってきていたので処分に困っていたものです、なので早めに食べることをお勧めしますがね」

 「ん、ありがとよ」

なら俺も何か食べさせてもらおうと木箱の中を開けてみると干し肉やら魚の塩漬けやらが瓶の中にぎっしり入っていた、確かに結構古くなってるな 食べられるか食べられないかの境目にあるようにも見える

見た感じ新しい備蓄品はもう仕入れてあるみたいだし…遠慮なく頂こうと干し肉の入った瓶を持ち上げ 中身を食べる、ん 久々に食べる味のある肉…やっぱうめぇ

そう、踵を返して奥の部屋へ向かおうとすると

「あと、一つ…」

「あ?、まだなんか?」

「いえ、私は魔女の弟子に借りを作るのは嫌なんです、不本意ですが貴方のさっきの言葉に私は慰められてしまいました、なので…さっきの貴方ほど悩みについて、私なりの見解でよければお話しします」

「……ああ」

仲間を守り続けるにはどうしたらいいか、俺はどんな立場で何をしたらいいか、ここ最近の窮地の連続で俺は自己というものを見失いつつあると…自分自身で分析してはいるが、かと言ってその答えが分かるわけじゃない

その見解を 聞かせてくれるというのなら喜んで受けたいのだが…、メルカバはこちらに目を向けず仕事を続け

「私からしてみれば貴方がなぜ悩んでいるのか分かりません、とても贅沢な思考に思えます

「へぇ、つまりどう言いたいんだ?」

「貴方には 出来ること やれること やるべき事がはっきりしている、なのにそれ以外の分野についても責任を持とうとしてませんか?」

「…………」

「もう少し無責任でもいいかと、出来ないことは出来ないんです 悩んで出来るんなら私はもっと悩んでます、やれることがはっきりしてるなら…今はそれだけに集中するべきかと」

「…なるほど」

つまり、下手な考え休むに似たり…って事だな、彼女が言いたいことはなんとなく分かった それが答えかは分からないが、それでも いい意見を聞けたと思う

出来ないことは出来ない…か、確かに俺はナリアみたいに演技は出来ないしメルクさんみたいに賢くない、それは重々承知している…じゃあ俺に出来ることは何か、それは考えるまでもないんだろう

なら、俺の立ち位置は…

「ありがとよ、いい意見だった」

「感動の少ない奴ですね、これだから魔女の弟子は嫌いです」

「そうかい、サンキューな」

「とっとと寝てとっとと出てってください」

軽く手を振り俺はみんなの休んでいるヘットの私室へと向かう、扉は地下にあるというのに豪奢であり 中に入ればより一層絢爛な調度品が見えてくる…、ここの持ち主はもう二度と戻ることはないのに 埃一つなく掃除されている

…戦車のヘットか、今はプルトンディースに居るんだったな…彼処に刑期はないから出てくることはまずないだろう、戻ってくることもない…ああ、そういえばエリス達も今プルトンディースに居たな

じゃあもしかしたらエリスとヘットが出会ってたり…しないほうが良さそうだな、メルクさんのあの反応を見るに エリスもメルカバとヘットにはかなりの憎悪を抱いていそうだ、出会ったら殺し合いになりそうだ

「……エリス、無事なんだよな」

別れて随分経った、彼女がアルクカースを出た時 学園で別れた時に比べれば屁でもない時間だというのに、今までのどの別れよりも 今回の別れは彼女を強く感じさせる

アマルトもメグも…無事であってほしい、今はただ祈ることしか出来ないが きっと彼女達なら …

「はぁ~、…寝よ」

久々に冷たくない地面と寒くない部屋の中、俺は部屋の奥の回転椅子に座り目を閉じる、…ここを抜けたらエノシガリオスは目と鼻の先…、なんとか邪教執行官達の追撃を振り切らないと

そう考えているうちに、瞬く間に瞼は接着され…深い泥濘の如き眠りへと落ちるのであった


………………………………………………………………

「ん…?」

飛んだ意識がふと頭の中に戻るように覚醒する、どうやら俺はあのまま直ぐに寝てしまったようだ、自覚している以上に疲れやダメージが溜まっているんだろうな

「起きたか、ラグナ」

「あ、ラグナさん おはようございます」

「二人とも、おはよう」

見ればメルクさんもナリアもすでに目を覚まして何やら二人で座り込んで作業をしているように見える、ここからじゃよく見えないと立ち上がり…

「何してんだ?」

「出立の準備だ、このまま外に出てもいいようにと 、錬金術で我々全員の防寒具の強化をしておいた、この防寒具は耐冷には優れるも耐水の性能はそこまでだったからな」

「僕はボードを作ってます、この穴を抜けたら後はエノシガリオスに向けて真っ直ぐ進むだけなんですよね、だから執行官に追われても振り切る事が出来るように大型で強固なボードを作ろうかと…」

そういう二人の手元には俺達の防寒具や僅かな手荷物が並べられていたり ナリアが器用に木箱を組み替えてボードを作っていた、何か手伝わないと

「俺にも手伝えることはあるか?」
 
「今のところはない、だが お前はそれでいいだろう?」

「え?…何?俺役立たず?」

「違う、外に出た時我等を導くのはお前の仕事、どんな強敵が現れても お前が万全で居てくれるなら それだけで我等は安心して進めるのだ、だから 少しでも体を休めろ、ラグナ」  

「メルクさん…」

出来ないことは出来ないんだ、どれだけ足掻いても人が数千年も翼を得なかったように、出来ない事が今日明日で出来るようにはなりやしない、だから出来ることを出来ることをやる…

それは当たり前のことで居てとても難しいことなんだ…、だって 俺の出来ることは誰かの出来ない事なんだから、誰かの分まで頑張らないといけないから

そうだ、俺に出来るのは戦ってみんなの手を引っ張る事だけ、そんなの分かりきっていた事だし 今までもずっとそう思ってた

なのにどうしてだろう、ただ振り返って己を見つめ直しただけなのに…、今はとても晴れやかだ

再確認出来た、自分がすべきことを

俺は戦うんだ、戦えないナリアやここにいないエリス達の分まで…命を懸けて!

「分かった!休む!」

「随分気合の入った休憩だな」

「ふふふ、ラグナさんが元気だと頼りになりますね」

そうして俺は作業をしている二人の隣で横になる、何だか罪悪感が凄いけど 外に出た後、ヤバい事が起きた時のために…今は一寸でもいいから体力を戻しておかないと

「…………」

横になって天井を見て、ボーッとし続ける…、それは数分だったか 数十分だったか 数時間だったのか、分からないけれど しばらく呆然とする時間が続いた後…

部屋の扉が開かれた

「すみません、寝坊しました 案内をします、付いて来なさい」

メルカバが眠たそうに目をこすりながら現れた、どうやら 旅を再開する時が来たようだ

…………………………………………

「今から案内するのはこの地下拠点にいくつも存在すること隠された出入り口です」

入り組んだ地下の迷宮を歩きながらメルカバは言う、今俺達は外に出るための出口にメルカバに案内してもらっている最中なんだが…

メルカバと協力を結んでおいて良かったと思えるほどに、この迷宮は深く入り組んでいる、ヘットが二年懸けて 数千人の人員を確保して作り上げた大山内部の迷宮は とてもじゃないが俺たち三人だけじゃ外に出ることもままならなかっただろう

「案内ありがとよメルカバ、しかしすげぇ規模だな 数千人を二年間動かし続けて…って言ってもこの規模は半端じゃないぜ」

「また質問ですか…?私はツアーガイドじゃありませんよ、ですが答えてあげましょう 私は貴方が気に入ったので」

「…随分仲良くなったなラグナ、この女誑し」

「やめよもう、ただ昨日 ちょっと話しただけさ」

「話すから聞きなさい、この地下迷宮は一から十までボスが作り上げたわけじゃありません」

「え?、そうなのか?」

「はい、元々この大山内部には このような地下坑道のような道が存在していたのです、だからボスはここに目をつけたとも言えます」

これ、元からあったやつなのか…ん?でもおかしくないか?、この山はただの山ではなく 言ってみれば超巨大な瓦礫、態々坑道を作って採取するものなんかないはずなのに

「誰がここに穴を開けたんだ?」

「知りません、ただ 遥か古に何者かがここに空間を作っていた…と言うことしか、…この迷宮のさらに奥、最も下層には神殿らしきものもありましたし、昔の狂った信徒が作ったんじゃありません?」

「神殿…こんなところに」

「ただその神殿、ちょっと厄介でして 閉ざされた扉の奥にはどうやっても侵入する事ができなかったんです、ツルハシを使ってもハンマーを使っても爆薬を使ってもビクともせず 何かお宝でもあるかもと思い躍起になったのですが…、ボス曰く『厄物の匂いがする』との事で 侵入は断念になりました」
 
「厄物の匂い…、見てみたいな」
 
「行けませんよもう、ボスがその神殿に繋がる通路とその空間を爆破して地面に埋めてしまったので」

大胆なことをするもんだな…、でも 組織を率いる親玉っての時として異常なまでに嗅覚が冴える時がある、きっとその神殿ってのはヘットをして触らないほうが良いと判断させる何かを感じさせたのだろう

それに、爆薬を用いても壊せないような扉で守られてんだ、どう考えても異常な代物…触らないほうがいいのは確かだ


「まぁ 今は歴史などどうでも良いといえばどうでも良い、それよりメルカバ…我々の行き先は分かっているか?」

「エノシガリオスですよね、大丈夫ですよ 私の案内する穴から出れば、あとは真っ直ぐ山を降りていけば 空白平野に出る事ができます」

空白平野…ってのは多分エノシガリオスがある地方の名前だと思う、しかし変な名前だな…

「ただ表向きにはこの迷宮は二年前の戦いで埋め立てられたことになってます、今から使うのは緊急用の脱出口ですので使用後は封鎖する予定です 後戻りは出来ませんので悪しからず」

「構わんさ、もう二度とここに戻ってくる予定はない」

「その方が私もありがたいです」

な?て会話を最後に数時間 迷宮の中を歩き続ける、途中から灯りもなくなりメルカバの持つランタンと壁に書いてある規則的な記号を頼りに俺達は延々と闇の中を進み続ける

進んで進んで、漸く と言えるほど時間が経ち…俺達は出口らしき物の前へと到達する

それは木組みの壁だった、薄い木の壁で穴を塞いであり 外に積もった雪が壁を覆っているのが間から見える、これが…出口か

「ここか?」

「ええ、この木組みの壁を壊して外に出れば あなた達は無事外の世界に帰還出来ます、そのまま真っ直ぐ進み続ければ直ぐに空白平野が見える事でしょう、空白平野に着けば…エノシガリオスの場所は自ずとわかります」

「ん、サンキュー メルカバ、最後までありがとうな」

「礼はいりません、ただし…」

「分かっている、ここでの事は誰にも話さん、直ぐに忘れることにする」

「なら結構、さ とっとと出てください?、私はここを塞ぐための爆薬を用意するので」

そう言いながらメルカバは持ってきたダイナマイトを壁に取り付け始める、このままここにいたら問答無用で爆破されそうだ とっとと出るとするか…

「さて、ナリア」

「はい、メルカバさんから受け取った食糧もちゃんとあります、節制してギリギリ一週間分ですが 平野に出れば何とでもなると思います、そして!」

そう言いながらナリアはえっちらおっちら持ってきた力作を地面にドカンと広げる、それは…

「僕とメルクさんの渾身の力作!『ジョットスノーボード』です!、後方にいくつも衝波陣を書き込んであるので加速も十分、メルクさんの錬金術で軽量化しつつも頑強に仕上げましたので エノシガリオスまでなら壊れる事はないと思います!」

「おお!、こりゃいいな…デザインもかっこいい」

ナリアが地面に置いたのはやや尖ったフォルムをした黒光りするボードだった、錬金術で繋ぎ目を無くし 材質も変化させているからか、触った心地は木というより鉄に近い、これなら途中で壊れることもないだろう

「デザインに関しては僕がちょっと拘りました、かっこいいですよね!」

「ああ、かっこいい…尖ったフォルムに黒をメインとした色合い、両側面についた炎の柄がイカすな」

「私には分からん、そら 早く乗れ、このまま突っ切って外に出るぞ」

ああ!、もうちょっとこう…かっこいいデザインを堪能したかったのに、まぁいいや 後でアマルトにも見せる時堪能すれば

どかりと俺が一番前に乗り後ろにメルクさん、最高峰に操舵を担当するナリアがちょこんと乗ってフォーメーションも完璧…、ブリザードも止んでいるし、うん!これで出発出来る!

「出してくれ!ナリア!」

「はい!、ジョットスノーボード…発進!」

「その掛け声いるか?…」

ナリアの魔力に反応し衝波陣が推進力と化す、ザリザリの岩の地面を削るように加速し あっという間に馬よりも速く風を切り始め 目の前の木組みの壁へと直進し…

「メルカバ!じゃあな!」

「……はぁ」

俺が振り返り手を振れば 彼女もややぶっきらぼうに手を振ってくれる、よし 別れも済んだ!、ならば…

「行くぜ、このままエノシガリオスに!」

拳を握りしめ…迫る木組みの壁目掛け……



「よっしゃあぁぁあああ!!」

拳の一撃で 目の前に存在する木組みの壁も 降り積もった雪も纏めて吹き飛ばし消し去れば、俺達は再び太陽の下へと戻ることが出来た、ジェットスノーボードはその勢いのまま空を飛び 山の斜面を目指し雪煙を切り裂き弧を描く

はぁー!風が気持ちー!

「ちょ!ちょっと!早過ぎるんじゃないか!?ナリア!」
 
「すみません!でももっと加速しますね!、ブレーキとかついてないんで!」

「お 落ちるぞ!落ちる!」

騒ぐ後ろの風除けになりながら俺は周囲を確かめるように見回す、幸いブリザードも止んでいて 見晴らしは良好だ…

「これが、ネブタ大山の向こう側の景色か…」

俺たちはようやく、ネブタ大山を越えることが出来たようだ、背後を見れば雄大な山の景色…昨日まで居た向こう側を見る事は出来ないし、俺たちが見るべきなのは前だけだ

フワリと腰が浮かび上がるような感覚と共に前を見る、メルカバの言っていた空白平野は…っ!?

「まさか、あれのことか…?」

「どうしたラグナ!前に何がある!障害物か!障害物なのか!?」

「今は空中にいるんだ、障害物なんてねぇよ…けど、あれ 見えるか?メルクさん」

「なんだ…って風凄!?、っ~…え!?なんだあれは!?」

風に顔を打たれながらも恐る恐ると前を見るメルクさんは声を上げる、いや そりゃあ驚くよ、目の前に広がる景色の異様さを見れば誰だって

遠くの遠く、山の麓を超えた遥か先に見えるその景色、あれはきっと空白平野だ、あれが空白平野でなければ何が空白平野なんだってレベルで空白平野だ、だってあそこには…

「な…何もない」

無いのだ…何も

山の麓、生い茂るズュギアの森を更に超えた先に見えるのはネブタ大山に隠され見えなかった景色、エノシガリオスがあると思われるその景色は

…そう、例えるなら キャンバスだ、真っ白で何も書かれていない平坦で巨大なキャンバスを横にしたかのような、真っ白で何もない平野

木もなけれな丘もない、村もなけれな生命の気配すらない、ただただ平坦で高低差の無いだだっ広い白の平野が無限に続いていた、そう まるで…そこだけが空白であるかのように、何も

「あれが空白平野か…、確かに上から見れば、あそこだけが空白に見えるな」

「一体どうすればあんな平坦な大地が生まれるんだ…?」

「わかんねぇ、行って確かめようぜ!…っと!地面に降りるぞ!舌噛むから黙ってな!」

「ッー!」

ギュッと俺に抱きつくメルクさんに 後ろからナリアも抱きつく、俺だけが何にも捕まることなく 迫る大地の衝撃に備え

「ぐっ!?」

凄まじい衝撃と共に、俺たちのスノーボードは大地へと着地し進んでいく、頑丈に作った甲斐があって壊れる事はなかったな、後はあの空白平野を目指してひたすらに進むだけ!、登った分山を下るだけだ!

「この調子ならあっという間に森に降りられるぜ!、流石ナリア!」

「お 落ちてる時より加速がすごく無いか!?大丈夫か!ラグナ!」

「問題ないさ、二人ともしっかり俺に捕まってろよ!」

ぐんぐん加速するボードの上で、風を受け止め二人を守りながらも前を見続ける、未だ険しい岩肌の上にあるが故に、いくらこのボードが頑丈でも操作を誤れば鋭い棘のような岩に貫かれるだろう

故に前が見えないナリアに変わって一人で体重を傾けながらボードの操作を行う、確かに速いが俺の動体視力ならなんて事はない、寧ろ楽しいくらいだ

「フフ~ン」

鼻歌交じりで雪山を征く、晴れ晴れとしたいい気分だ 清々しい、風を切りみるみるうちに景色が変わる事の何と楽しいことか…それに

やっぱ俺、こうやって体を張ってみんなを守る壁になる方が性に合ってんだなぁ

「もうすぐ森に入るぞ!気をつけな!」

「え!?もうですか!?、速い…僕が作っておいてなんですけどこの移動方法天才じゃありません!?」

「ああ!、天才も天才!大天才だ!最高だぜナリア!」

二週間もかけて登った分をあっという間に駆け抜けて、俺たちは再びズュギアの森へと近づいていく、ここまで速いと気分爽快………む?

「ッ!?なんだ!?」

「ど どうしたラグナ!」

気配を感じる、何かの気配だ 何処から来る、何が来る!?

山の斜面を加速し降りながら俺は周囲に目を配る、何かの気配を感じるんだ…それもただならぬ視線、これは…あ!

「やべぇぞメルクさん!敵がいる!」

「敵!?邪教執行官か!」

「ああ!、物凄い速度で斜面を降って滑り降りてくる!」

俺たちの背後、斜め後ろに何者かの影が近づいているのだ、それも何かの板に乗った影が…まだ遠目にしか見えない距離だが特徴的な外套は見間違えない、あれは邪教執行官だ!

何故ここに、奴らはまだ山の向こうじゃないかのか!?

「滑って…まさか!、ベンテシキュメ!?」

「いや違う!男だ!、あれは…」

あれは…、そう目を凝らした瞬間、影は近くの岩を台にして 大きく高く空へと舞い上がり、俺たちの頭上につけるように空を滑る、その影の姿は…嘘だろ、目を疑うぜ

「半裸の男だ!」

「はぁっ!?」


「ヒャァァアホォォォォッ!波乗り最高~~ッ!」

空を舞うのは真っ赤なアロハパンツを履いた半裸というかほぼ全裸の男だった、グラサンをかけ この国で恐らく唯一と言える日に焼けた褐色の肌を持つヌルテカの男、そいつが俺たちのようなスノーボードに乗って波乗りがどうたら言いながら両手に持った二本の剣を振りかぶっているのだ

あれも邪教執行官なのか!?、大丈夫なのか色々と!

「ぎゃぁぁぁああああ!!、変態が空飛んでるぅぅぅう!!!」

「あいつ寒くないのか!?」

「そこじゃねぇ!来るぞ!ナリア!速度上げろ!」


「クヒヒヒ!、オセェよ!『ソードテンペスト』!」

刹那、俺たちの頭上を取った男が高速で剣を振り回す、それは空を切り裂く鎌鼬を生み出し まるで雨霰の如く斬撃を空から降り注がせるのだ、当然行き先は俺たちの頭の上、ヤベェぞ…これ加速が間に合わねぇ!

「ぐぅっ!」

咄嗟に腕を雪に突っ込み方向転換し斬撃の雨から抜け出すように雪を駆け抜ける、ダメだ 初撃は持ちこたえたこれは何度も避けられるもんじゃない!

「何故執行官がここに…!」

「わからねぇ、けど…どうやらあいつだけじゃないみたいだ」

目の前の森に目を向ければ 複数の執行官が矢を構えてこちらを見ている、あんな所に突っ込んだら 瞬く間にロウソクだらけの誕生日ケーキみたいになって死ぬだろうよ

待ち伏せされていた?、まさかメルカバが情報を漏らした?、ありえねぇあいつは神聖軍とは敵対している筈だ、でもなんで…いや そうか、そりゃそうだ

(俺達の目的地の方向に、兵を置かない馬鹿はいねぇよな)

俺達がエノシガリオスに行くことは知っているんだ、だったら…置くよな エノシガリオス側に兵を、どうやら俺達ぁ運悪く奴らの張った山にぶつかったようだ

どうする…どうすればいい、何か手を考えねぇと!


「ヒャハハハ!待て待て!」

「うわぁぁぁぁ!ラグナさん!変態が追っかけてきます!憲兵を呼んでくださいぃぃ!」

「残念ながら追いかけてきてんのが憲兵みたいなもんだ!、メルクさん 迎え撃てるか!」

「任せろ!ナリア!伏せろ!」

「はいぃ!」

腕で強引に雪を掻いて進路を無理矢理変えることでこちらを追いかけながら斬撃を放つ半裸の男の猛攻から逃げる、森には入れない だがここで追いかけっこしてたらいつか切り裂かれて死ぬ、だからメルクさんに迎撃を頼めば彼女はその場で転身し 半裸の男を睨むなり

「公然猥褻罪だ!観念するのだな!」
 
「おぉ!?銃か!だがぁ…俺のサーフテクニックの前じゃ意味がねぇな!『ゲイルオンスロート』!」

銃を連射し半裸の男を無力化しようと迎撃を行うメルクさんの動きを察知した半裸の変態はスノーボードで滑走しながら剣を振るう、その先は俺たちではなく地面…いや足元の雪か

滑る 風を地面に叩きつけ膨れ上がるように爆発した突風は雪を舞いあげ、まるで巨大な津波のように立ち上る雪崩の上をボードで滑空し銃弾を回避するのだ、あれじゃあ本当に波に乗ってるみたいじゃあないか!

「ヒャハハッ!、俺は『波乗りジョーダン』!又の名を邪教執行副官のジョーダンさ!、よろしく頼むぜお嬢さん!」

「変態とよろしくするつもりはないな!」

「連れねぇな、南国には美人が必要だってのによう!」

「頭おかしいのかお前、ここの何処が南国だ!!」

雪の津波に乗って上下左右縦横無尽に駆け巡るジョーダンを相手に次々と双銃を放つも当たる気配がない、ジョーダンもまた風を切る感覚を楽しむかのようにボードの上でポーズまで決めている始末だ

参ったな、あいつやっぱり副官か…つまり少なく見積もってもサリーと同格、それといきなり鉢合わせるなんて最悪すぎるだろ…

「ヒャッホーウ!、当たらねぇよ~!そぅら お返しだ!『アキュートガスト』!」

剣を振るうジョーダン、彼の斬撃は彼の乗る雪の津波を巻き込み斬撃と共に雪が飛ぶ、飛んでくるのは絶対零度を纏った風の斬撃、風の加速によって氷結した礫が斬撃に混じって次々とこちらに飛んでくるのだ

まるで巨人の一薙と言う名の絨毯爆撃、それを連射しながら追いかけてくるジョーダンの猛攻を前にこっちは打つ手無しだ、必死で加速して逃げ回りながら俺の腕で急旋回して攻撃を回避する それを何度も続けざまに行い首の皮一枚で繋がり続ける

「くそッ!、幸先いいスタートだと思ったのに…何故こんなところに執行官が!」

「愚痴を言っても仕方ねぇぜメルクさん!、しかし…マジでどうする…」

このまま逃げ回っても突破出来ない、森は塞がれ 後ろには津波を携えた変態の爆撃、こっちの手の届かない領域から行われるその攻撃に対するカウンターを俺達は持ってない

出来ることがあるとしたら戦線離脱だけ、なら

「仕方ねぇナリア メルクさん、一旦突破は諦めて逃げよう!このままじゃ先に進めねぇ!」

「わ 分かりました!、なら加速しますね!」

そう言いながらナリアはポッケから衝波陣の書き込まれた紙を複数枚取り出し ボードの動力源に貼り付けようとし…いや待て、それそうやって加速するのか…?

「へへへ!、逃がさねぇんだなこれが!おーい!お前らー!」

「ん、なんだ…って!?」

咄嗟に視線を前に戻せば ジョーダンの声に呼応して目の前に雪の壁が迫り上がるのが見える、何かの魔術…いや違う!、網だ!鉄糸の網!それが予め雪の中に隠されていたのだろう

ジョーダンの合図に反応して隠れていた執行官がそれを引っ張り上げ 俺達から逃げ場を奪う、この加速の中 あんな網に突っ込んだらサイコロみたいになっちまう!

「ら ラグナ!」

「分かってる…よぉっっ!!」

今のままでは網にぶつかる、方向転換も間に合わない 故に俺はボードを掴んだまま外に身を乗り出し、足で直接地面を蹴り砕きボードを真横に無理矢理押して進行方向を修正する

凄まじい加速の中引っ張られるような感覚の中地面を蹴る、凄まじい無茶だがこうでもしないと抜け出せ…無茶、無茶か

「ラグナ!戻って来い!」
 
「言われなくても!っと!」

ボードに引き摺られながらも腕力だけで体を引っ張り再び元の定位置に戻る、だが…うーむ

見てみれば反対側にも網が張り巡らされつつあるのが見えるなぁ、つまり今俺たちは四方を鉄の網で覆われたまさしく袋の鼠状態だ、まるで俺たちがここに来ると分かっていたかのような用意周到ぶり、ある意味博打とも取れるこのフォーメーション…

とてもじゃないがジョーダンやベンテシキュメがこの絵をかけるとは思えない、とすると俺達がまだ把握していない知将が敵方にいるのか?

ンなことどうでもいいか、問題はこれをどうするかだが…

「ヒィヤー!、いつまで逃げられるかな!『アサルトウインドショット』!」

「か 風と一緒に氷も飛んできますよ!」

「チッ!防ぎ切れん!」

ジョーダンが足元のスノーボードを弧を描くように振るい足元の雪を飛ばすと共に舞い上がった雪煙に撃ち込む風弾丸、それは雪を纏い 冷却され氷礫となって次々と俺たちに襲い来る

メルクさんは必死で戦う、二つの瞳で無数の風氷弾を見切り、両手の双銃を巧みに操り撃ち抜くことでなんとかこの状況の拮抗を守り続けているが、もう限界だと顔をしかめる、そりゃそうだ ジョーダンが軽く打ち出す絨毯爆撃をメルクさんは思考をフルに使って繊細な仕事で対処しなければならないから

メルクさんが決壊したらその時点で俺たちは防御手段を失い、いつか捕まることだろう、故に俺はそれまでに何か視野の解決策を講ずる必要があるわけだが…

メルクさんの手伝いもせず俺は必死に雪の中に手を突っ込みボードを操作しながら考える、もう手が凍りつきそうだ…この冷気を頭の方に分けてやりてぇよ、冷静になれって俺

四方は鉄の網に囲まれ逃げ場はなく、後ろには副官 そいつが無数の魔術をぶちかまして来ている、よしんば隙をついて森の中に入れたとしても森には凄まじい数の執行官達

正攻法での突破も強引な突破も無理、となると…ああ!こんな時エリスが居てくれたら!、エリスが居てくれりゃこう言う時に一発逆転の策を思いついてくれるだろうに…!

「ッ!?しまった!」

刹那、メルクさんの防御が間に合わず その弾幕をすり抜け 氷結弾が一発、こちらに迫り…

「っせぉりやぁっ!」 

咄嗟に振り向き迫る氷結弾を殴り落とす、もうメルクさんも限界だ…何かしないと

俺はエリスじゃない、だけアイツのことはよく知ってるつもりだ、…だから考えろ

アイツならどうする!、この場でエリスならどんな手段を取る!、エリスなら…

(エリスなら…エリスだったならば)

刹那、雪の波を乗りこなすジョーダン…その津波を容易く飛び越風を纏って空へと飛び上がるエリスの姿を幻視する、そうだよ エリスには旋風圏跳がある…だから空を飛んで逃げるだろうな

じゃあ俺達も空を飛ぶか?、いやぁ無理だろ ここに空を飛ぶ魔術を使える奴は……

(いや、そういや俺たちさっき飛んでだな…、あ!そっか なら!)

思いついた、一つ ポッとだがアイデアが浮かんだ、それを実行するための手順を頭の中で整える、…うん 行ける、かなり危険だが…生き残るにはこれしか無い

「す すまんラグナ!防ぎ切れなかった!」

「いやいい、だがなんとかする手段を思いついた、そのまま聞いてくれ」

「え?本当ですか!」

「ああ、まずナリアは………、それでメルクさんが………、んで俺は……」

ジョーダンに聞こえないように即座に指示を伝えればメルクさんもナリアも黙ってそれを聞き、ゴクリと固唾を呑む、そうだよ 危険だよこの手段は…ともすれば全滅に傾く可能性もあるくらい危険だ

だが、どうせこのまま行っても全滅なんだ、なら 一発かますのも悪くないだろう?、デメリットに見合う成果も得られるしよう

「分かったか?」

「分かった…だが問題点があるとするなら」

「分かってる、危険って言いたいんだろ?だが…」

「違う!お前の負う役目があまりに無茶だと言っているんだ!、死ぬとしたら真っ先にお前が死ぬぞ!」

無茶か、無茶だろうよ だが誰かがその役目を負わなきゃこの作戦は成り立たない、そして

「大丈夫だ、誰かが無茶を背負わなきゃいけない時、その無茶を背負うのは俺はの役目だ、みんなを守る…それが俺に出来ることだから」

「だが…!」

「任せろよ、…絶対生きて帰るから、だから 後は頼むぜ!メルクさん!ナリア!」

さぁ、作戦開始だ とまず打ち込む一手…それは

「むぉぉお!?と 飛び降りやがった!?」

高速で疾駆するボードから飛び降りる、俺がただ一人で空へと飛び上がり 後のことを二人に任せて一旦離脱する、そして向かう先は一つ 同じく高速でこちらに向かってくるジョーダン その首目掛け飛び込むと共にクルリと体を反転させて…

「鬼ごっこは終わりだぜ!、相手してやるよ!ど変態が!!」

「くぅっ!やるじゃねぇの!」

放つ蹴りは断空の一撃となり 迫る雪を吹き飛ばしながらジョーダンへと繰り出され、防御の為突き出されクロスの形を取られたジョーダンの双剣と激突し大地を揺るがす、俺の仕事は…こいつの足止めだ!




 


「ほう…」

ぶつかり合うジョーダンの防御とラグナの一撃、それは大地を揺るがしつつも確実にジョーダンの進撃を押しとどめ 雪崩の津波さえも押し留め見事足止めの役割を果たしている

そんな様を眺める一つの影、ラグナ達を閉じ込める鉄の網の更に向こう、小高い丘の上に立つ影は興味深そうに髭を撫でて笑う

「赤い髪、あれがネレイドの言っていた…漸く動き出したか」

直感によりこの絵を描いた歴戦の影は、目を細め 無謀とも言える時間稼ぎに乗り出したラグナの姿を見て、愉快…されど蛮勇と瞳を爛々と輝かせる

「さぁて、お手並み拝見と行こうかな、…これはただの闇雲な反抗か、或いはこの状況を打破する神の一手となるか…、若き炎の燃え方…しかと見せてもらおうか」

そしてもし、この絵を抜け出せるような事があれば…その時は、そう影は浅く笑ってその時を心待ちにする、このような昂りはいつ以来か…


……………………………………………………

「オラァッ!」

「ぐぅっ!?、こ コイツ半端じゃなく強えぇ…!」

ラグナの拳を受け、雪の上を転がるジョーダンは思わずボヤく、ベンテシキュメ長官とネレイド様の二人を相手に逃げ切ったという話は聞いていたが、『まぁ大体このくらいの強さだろうな』とジョーダンが甘く立てていた予想を遥かに上回るほどラグナと言う男は強かったのだ

(こいつぁ、俺一人で手に負える相手じゃねぇや…!)

「ヒヨってんじゃねぇぞ半裸グラサン!」

「チッ、ナメんなよ…!『ゲイルオンスロート』!」

雪を切り裂く馬橇の如き威圧を放ちながら向かってくるラグナに向けて、繰り出すのは風の一薙、ジョーダンが作り出した突風は瞬く間に雪を煽り上げて純白の竜巻となってラグナに襲いかかる

これがジョーダンと言う男の戦闘スタイル、卓越した風魔術の使い手である彼が巻き起こす突風疾風は足元の雪を纏い 氷結属性を帯びるのだ、風と氷 そして雪を波のように操る手練手管が合わさり雪上ではサリーと並んで無敵と称されるジョーダンは その雪上無敵の名を守る為に全霊で神敵と相対する

しかし、彼は知らない、ベンテシキュメ達と別行動していたが故に知らない、彼がそのサリーを真正面からフルボッコにしている事実を

「邪魔だぁっ!」

「嘘ぉっ!?、裏拳の一発で雪竜巻を…お前マジで人間かよ!!」

まるで邪魔な草木でも振り払うかのように振り抜かれた拳によって ジョーダンの雪竜巻は根元からへし折られ 虚空に消える、止められない 例え雪崩が迫ってきても今のラグナは

「打神 撃王掌底ッ!」

「ッッ!?こはぁっ…!?」

そして貫ぬくような掌底がジョーダンの鳩尾に深々と突き刺さり、その衝撃は容易くジョーダンの肉体を飛び越えて背後の雪すらも吹き飛ばす

圧倒的な攻撃力 絶望的な防御力、その二つを相手に押し付けるように戦うこのスタイルにジョーダンは覚えがあった

まるでネレイド様のようだ、彼女が闘神だとするならこいつは戦神、ダメだ 副官では敵わない そう痛みに悶え、口の端から血を垂らしながらもジョーダンは顔を上げ

「総員!、こいつを狙え!」

「っ…やっぱそう出るか」

森に隠れていた部隊と 控えていた部隊、総勢百名近い執行官達を動員し 彼らを鉄の網の中に引き入れると共にラグナを狙わせる、こうなったら数の暴力で押すしかない、あの人を頼るわけにもいかないジョーダンはその場の指揮権を利用しラグナに一点集中の狙いをかける

とはいえ、ラグナもまたそれは読んでいた、自分が降りて戦え自分のところに大量の執行官が押し寄せることを、そしてそれはラグナにとっても非常に都合が悪いことも

人数が増えれば嫌でも乱戦になる、そうなりゃ脱出はますます困難になる、…けど 今は

(今はそれでいい、こっちを見ろ、こっちだけを見ていろ!)

「かかれ!」

「『ブラストアロー』ッ!」

鉄の網を飛び越えフィールドに参入した執行官達は全員が全員ラグナを狙いながら 魔術を発動させる、執行官全員が取得している『ブラストアロー』、アロー系魔術の中でも上位に位置するそれは 一度に数十もの魔力矢を発生させ掃射を行う殲滅魔術

それを数百人規模で行うのだ、当然生み出される弾幕の数は言うまでもない

「っと!、オラ!どうしたよ!当たらねぇよ!んな弓矢!」

されどラグナには当たらない、雪の上を疾駆する脱兎の如きその速度に対応出来る者はおらず、雪に弓の跡を作るばかりで彼の体に傷を作る事は叶わない

ならばと行動に移すのが執行官と兵卒の違うところだ、遠距離で敵わないなら近距離で囲んで押し潰す、いくら強くとも 人が一人でカバー出来る範囲は限られているのだから

「死ね、神敵!」

「聞き飽きたぜ、その言葉!」

執行官の中でも一際大きな体を持つ男が、背に背負った大戦斧を振り抜き ラグナに迫る、その殺意の呼びかけに対する返答もまた拳で行う、ラグナは鉄拳を握りしめて避けるでも防ぐでもなく大戦斧を殴りつけるように振り抜き迎え撃つ

「むぉっ!?我が神斧が!?」

「邪魔だよ!」

「ぐぶぅっ!?」

ラグナの拳を受け刃は欠けて 柄は折れ 役目を果たせなくなった斧をそのまま振り抜いて、ラグナの蹴りが巨漢の顎を蹴り飛ばす、近接戦は悪手だよ そう教えるような奮闘を前にして 一瞬執行官達が竦む

「一人でかかるな!全員でかかれ!、この男…ネレイド様と同じ身体能力の持ち主だ!」

「闘神将と…、許せぬ 許されぬ!、我が国の誇りと同格の位置に座ろうなど!」

全員が奮い立つ、ネレイドはこの国の誇りだ 希望だ みんなの憧れだ、その地位に最も近く存在が、よりにもよって他国の…それも神敵だと言う事実を許すことが出来ず執行官達は皆武器を振り抜く、剣を 槍を 斧を 槌を ありとあらゆる武器を使ってラグナを殺そうと殺到する

「同格の位置に座る?…バカ抜かすなよ」

そんな煌めく白刃の波を前にラグナは構えを崩さない、一歩も引かない 

睨むは執行官、向かうは敵の津波、撃ち抜くは全 貫ぬくは己…、その武技は烈火の如く燃え盛り…

「俺が!最強の魔女の弟子だ!ネレイドも何もかも!俺は超えて!最強の魔女の弟子になるんだよ!、師範の名に懸けて!」

乱れるような多勢に無勢、極まる混戦の中 ラグナは雄叫びをあげ 獅子奮迅の戦いを以ってして執行官達を薙ぎ倒す

凄まじい勢い 恐ろしい強さ、執行官達をこれだけ相手にしながら互角以上に戦えた男がかつていただろうか…

しかし

「隙ありィッ!」

「ぐっ!」

鋭く打ち込まれるウォーハンマー、その一撃を背後から受け ラグナの体が揺れる、いくらラグナが強くともこの人数はキャパシティオーバーだ、それに執行官達はただの一兵卒ではなく この国の主力部隊、そもそも混戦になればラグナは極限に不利なのだ

「いてぇじゃねぇか…おい」

「な!?頭にハンマーを受けたんだぞ!お前!」

「そうだよ!だから…なんだよっ!」

額からたらりと血を流しながらも怯まず、反転すると共に背後の男により鋭い蹴り上げを打ち込み 断末魔のような悲鳴をあげさせ打ち倒す

「続け!奴はもう限界だ!」

「チッ…」

次々と打ち込まれる槍や剣の突きの連打に、ラグナの顔色が初めて曇る…、押し込まれ始めた、倒しても倒しても尽きることのない執行官達の猛勢を前にラグナが苦しそうに顔を歪めたのだ、それでも一歩も引かない彼は…

見る、執行官達の海の向こう…後を任せた仲間たちの勇姿を

「ラグナさん!出来ました!」

「ナリア!」

ラグナは聞いていた、この長い旅路で サトゥルナリアという人間が経験した出来事を…

彼は役者であると同時に卓越した魔術陣の書き手でもある、彼の描く魔術陣の精密性は凄まじく オマケに筆も選ばないというのだ


そう、かつて暴走した魔女プロキオン様から逃げる際 彼は滑るボードで地面を削り それで魔術陣を描いたこともあると言う、魔術陣作成の難易度から考えるに 正直信じられない話ではあったが

「流石だ…ナリア!」

今 それを信じて良かったと確信する、そうだ 今あそこでサトゥルナリアが行なっていたのは…その時と同じ、ボードを滑らせ雪の上に巨大な魔術陣を書く作業…、それを邪魔させないために俺はここで敵を全て引き受けたんだ

「行けます!」

「行け!っ!飛べ!」

周囲の執行官を殴り飛ばしながら叫ぶ、飛べと そうだ…地面に描いたのは衝波陣、彼の魔力に呼応すれば…、当然 その巨大な魔術陣が爆裂するように上にある物を衝撃で押し上げる…

「ッッ────────!!」

真上に伸びる雪柱、その頂上にナリアたちのいるボードが見える 、飛んだ…遥か頭上をナリアたちが、それは鉄網さえも飛び越えて上へ上へ登っていく

後は!

「後は任せろ!原始より与えられしその役目、我が権限を持って改竄せん、汝は今世界の戒めより解き放たれ新たなる姿を得る!錬成!『鳳凰鉄扇翼』!」

メルクさんが銃を突きつける、足元のボードに向けて引き金を引き魔力を解放する、それは万物の形を変革し 新たなる姿と力を与える古式錬金術、それによりボードは周囲の雪を巻き込んで変形し始める

生まれたのは翼だ、まるで大空を行く隼のような雄大な翼…当然本物の翼が生まれたわけではない 翼状のパーツがボードに付随されだけだ

だが十分だ、あれがあるなら空を滑空し推進力と共に遥か彼方まで飛んでいける、執行官達の包囲網だって超えられる!


「何ィッ!?、なんじゃああれは…!」

呆気を取られるジョーダン、呆然とする執行官、突如としてボードが空を飛び 青空を駆け抜け始めたのだから、完全に想定外だろう…後は

「ラグナァァアァァァアアア!!!!」

空から俺を呼ぶ声が聞こえる、こちらの役目は終えたから お前もこちらに合流しろとのメルクさんからのお達しだ、けど まだ役目は終わってねぇ!

こいつらをこのまま放置すりゃまた追いかけっこが始まるだけだ、だから…ここで全員倒してから向かう!

「すぅぅぅぅーーーーーー!!」

故に息を吸う、大きく大きく息を吸う、胸が風船のように膨らみ 上着のボタンを弾けさせる程に 胸そのものがはち切れんばかり大きく膨らませ、蓄える

そうだ こいつら全員を倒すにはエリスみたいな広範囲魔術が必要…だが良くも悪くも俺の武器はこの両手足だけ、これだけじゃ足りないのが現状だ

「お おい!、こいつ!何をしようとして…!」

「息を吸って…ハッ!?まさかっっ!!!、そ 総員!退避!退避ぃぃぃい!!!」

そうさ、そうだよ ジョーダンは俺が今からやろうとしていることに気がついたらしく慌てて部下たちに避難命令を出す、だが もう遅えよ

俺は向く、口を 雪山に向けて大きく踏ん張って、力強く胸を叩き…繰り出す、その全てを解放するように

俺は、口を開き……

「ぐごぉがぁあぁあああぁぁぁあああぁぁぁぁああ!!!!」

「────────ッッ!?!?!?」

発せられたのは、声である、端的に言えば単なる大声…しかし、人が全力で吠えて発生させられる規模を大幅に超えた大爆音、それがラグナの口より放たれた、あまりの音量に空間が歪み ソニックブームが生まれるほどの怒号が 辺りに響き木霊する

声は声だがこれも立派な師範直伝の奥義 、その名も『龍声爆哮法』…究極の一声とも呼ばれるアルクトゥルスの奥義の一つだ

甚大な発声により周囲に影響を与えるこの技を、師範が使ったならば 一気に周囲の敵兵を纏めて吹き飛ばし数万規模の損害を与える一種の災害になるだろう、まぁ俺にはそこまでの力はない 精々俺の周りにいる執行官の鼓膜を破裂させるくらいだ

けど、本命はそっちじゃねぇんだ…

「くぅぅぅ!こ この音量!、来るぞ!雪崩が!!!」

ジョーダンの警告と共に山が震える、あまりの音量に雪山に乗った雪が刺激され鳴動し 崩れて発生する、雪崩が…!

サリーが魔術で作るものとも違う、ジョーダンが操るそれとは規模が違う、天然で作られた正真正銘の大雪崩

雪山の頂点に付近から巨大な雪煙が高速でこっちに向かってくる、あれを食らえば 執行官の大群も一網打尽だろうよ!ザマァねぇぜ!

地理を生かした戦略ってのはな!アルクカースじゃ基本のきの字なのさ!

「こいつ!自分ごと俺たちを雪崩で押し潰すつもりだぁ!」

「逃げろ!退避!、森も潰れるぞ!」

「くそぉっ!」


「へっ、俺ごと?…馬鹿言うなよ、仲間が待ってんだ 先行かせてもらうぜ」

逃げ惑う執行官達を置いて、俺は向き直る 

空をかけるボード…メルクさんとナリアが心配そうにこちらを見る、それを見つめ 俺もまたそちら目掛けて…

「疾風我が手に宿り 颶風この身を走らせる、押し寄せ 押し退け 駆け抜けろ旋風『碧天・五風連理』!」

疾風の速さこの足に与える付与魔術、あまりの速さに俺自身も制御出来ないこの魔術の一足は 瞬く間に俺の体を空の彼方まで押しやり、一瞬にしてメルクさん達の元まで届ける

これで合流すり俺たちの一人勝ちってな!

「やっほー!メルクさーん!」

「喜ぶのはボードに乗ってからにしろ!、掴まれ!ラグナ!」

「おう!、メルクさん!」

空を駆け抜けながら こちらに向かって伸ばされるメルクさんの手に、俺もまた手を伸ばし その手を取る、このまま引き上げてくれるとばかりに込められるメルクさんの手を俺も強く握り返し……

「っ…?」

……刹那、走る違和感に 思わず俺の余裕が消し飛ぶ、なんだ これ…

「おい!ラグナ!何をふざけている!、もっと強く手を握り返せ!落ちるぞ!」

「っ………」

「ラグナ!」



「これだけの被害を与えておいて、まさか逃げられるとでも…」

「っ!?」

振り返る、聞こえるはずのない第三者の声に 思わず振り返る、俺の背後にあるはずの太陽を遮り、唐突に空を駆け抜け現れた影は 空を飛んでいるはずの俺に追いつき、その手を…

「ラグナァッ!」

「くそッ!、悪い メルクさん!、先行ってろ!」

離す…手を、何が何だか分からないが…分からないが!

どうやらこいつは、俺に用があるみたいだからな!

「あんた誰だよ」

メルクさんの手を離せば、ふわりと体が重力に従って下に下に落ちていく、そんな俺の体を掴むように 大地に引き摺り下ろそうと掴みかかる影に向けて、睨みを効かせれば その影は憎々しもこう笑う

「どうも、お初にお目にかかりますね、私 しがたない老神父のカルステン…と申す者でございます」
 
「カルステン…?」

「ええ、…一つ お相手願えますかな?、地獄にて」

温厚そうな表情から一転、修羅ごとき威圧を放つカルステンに付き合い、俺は雪崩の押し寄せる地獄の底へと、一直線に落ちていく…

「ラグナぁぁぁあああ!!」

「ラグナさん!ラグナさぁぁあん!」

俺を置いて空の彼方へと消えていくメルクさんを見送り、…俺は……

「いいぜ、相手してやるよ クソジジイ!」

老神父 カルステンの勝負を受ける…!

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