孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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九章 夢見の魔女リゲル

271.魔女の弟子と天上の銀世界

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聖都エノシガリオス、遥か古に存在したと伝わる神の都の残骸の上に魔女リゲルが一人で作り上げたと呼ばれるこの街は非常に特殊な立地の上に存在すると言える、他をに類を見ないこのおかしな街は言い換えれば魔女がいるからこそ聖なる都足り得るのだと、この街に訪れた者達は語る

そんな街の中央に位置する白岩石と黒金の混合にて作られたモノクロの巨城にして世界最大の神殿 テシュタル神聖堂、常に信徒達が神殿を囲み聖歌を歌い上げ 神聖な空気が昼夜問わず漂い続けるこの神殿の中庭にて、一人の戦士が汗を拭う

「ふぅ……」

立ち上る蒸気は彼女自身が発する熱によって汗と空気が蒸発したことにより生まれる白煙だ、いつものシスター服を脱ぎ捨てて、動き易いタイツのみの姿となった闘神将ネレイドは、胸の内を焦がす焦燥を誤魔化すように鍛錬を続ける

「…………」

近くに置き捨てた巨大な鉄柱を持ち上げ、ただ振り回すと言う合理性もクソも無い力任せな鍛錬を行いながら静かに目を閉じ考える

神敵が現れより一ヶ月が経った、その半数を捕らえる事は出来たが 残りの半数はズュギアの森に消えたまま、ローデからもベンテシュキメからも連絡は来ない、奴らはこのエノシガリオスを目指しているような口振りだった事からズュギアの森を超えてそのままこちらに向かってきているのだろうが

果たして、ローデ達は上手くやっただろうか、彼女達は強いが あの赤髪の男は信じられないことにそれより強かった、拳を直接交わしたネレイドだからこそ分かる

もし あの赤髪がオライオンに居たならば、きっとネレイドは無無敵のチャンピオンとは呼ばれていなかった筈だと

まさかローデ達、返り討ちにあったりやしてないだろうか、だとしたらやはり私が出た方が良かったんじゃ無いだろうか

ローデ達は強いしあの赤髪はそれより強いが、私はもっと強いのだから

だが

『お前はここで待機しろ』

そう テシュタルを名乗る女に命じられてしまっている以上、それを違える訳には行かない、テシュタルの命令は神の代理人たるリゲル様よりも重視されなければならないのだから

…でも、でも

「あっ!」

ふと、考えに熱中して力の管理を怠ったネレイドの手が 汗という潤滑油を得てつるりと滑り、巨大な鉄柱が手からすっぽ抜けて飛んでいくのだ、あの鉄柱がネレイドの全身のスイングと共に飛べば どうなるか

少なくとも壁を突き抜けて神殿をぶっ壊すだろう、もしかしたら怪我人も出るかも…、それはダメだ、教皇の娘たる私がそんなヘマをしたら また…また母さんが……

「おっと、危ないのう」

「へ…」

「これはワシへの叛逆か?ええ?、木偶の坊」

止められた、全身全霊のフルスイングで飛んで行った鉄柱を まるで蚊蜻蛉でも叩き落とすかのように容易く片手で受け止めた女は、鉄柱を持ち上げ ニタリと笑う

銀世界に映える射干玉の髪、雪とは対照的の赤い瞳、見る者を魅了し 仰ぐ者を跪かせる絶世にして傾国の美貌、そして纏うは絶対者の風格…

彼女こそが、今現在 事実上の教会の頂点に立つ存在、その名も神…星神王テシュタル様、と名乗っている女だ

「……ごめんなさい、すっぽ抜けて…」

「滑り止めくらいしっかりせんかい、まぁええわ許してやろう、ワシは寛大じゃからのう」

ヌハハハと笑うテシュタル様は鉄柱を地面に転がし、その上に座り込む…いや 踏ん反り返ると

「で?、お主ぁ一体こんな所で何してるんじゃ?」

「鍛錬…」

「ほぉ!鍛錬と来たか!、ワシには遊んでいるようにしか見えんかったぞ、気を紛らわす暇潰しとも取れるような…なぁ?」

「遊んで無い…」

「ほうか?、じゃがこんな鉄柱振り回しても得られるのは『やった感』だけじゃ、重い物持って運動しても疲れるだけ 人はその疲れを努力の成果として誇るが…馬鹿馬鹿しい、疲れ以外何も蓄えられておらんのに、成果どころか結果も出んわ」

「むぅ…」

手厳しい、でも似たような事は言われたことがある…、カルステンおじさんも昔はよく似たようなことを言っていた、トレーニングとは結果的に疲れるだけであって 疲れることがトレーニングでは無いと、当時は意味が分からなかったが…きっとそういう事なんだろう

「しかし懐かしいのう、闇雲に愚直に…ただ鍛えんが為に突き動かされ無意味な鍛錬を続ける有様は奴を思い起こさせる」

「奴?…誰?」

「誰でもよかろう、それよりどうじゃ?ワシが指導してやろうか?、こんな無駄な鍛錬をするよりも余程効率がええぞ?、まぁ 地獄は見るがな」

「……要らない、私の師匠は教皇リゲル様だけ、リゲル様以外の指導は受けない」

昔はカルステンおじさんからも武術の訓練は受けていたが、それは飽くまで基礎だけ…それ以外の部分に誰かの指導を入れるつもりはない、私は夢見の魔女リゲルの弟子 そこに私は誇りを持っている、神からの教えは必要ない

「カァー!師匠想いのいい弟子じゃあ!、じゃがええんか?リゲルは肉体の鍛錬法など知らんから教えてはくれまい?、彼奴は筋トレなんぞした事はないからな」 

「必要ない、私の本当の武器はこの幻惑魔術だけ…、この体は飽くまでサブだから」

「ほうか…、まぁ 他人のスタイルに口を挟むつもりはないわい、そう思うのならそうするがいい」

「言われずとも…」

正直私はこの人をあんまり信じきれていない、リゲル様は彼女こそテシュタル様であり崇めるべき存在と私に言ってくるけど…、思えない どう考えてもこれが人々に救いを与える存在にはも思えないんだ

それは、私の信仰心が足りていないからなのかな…?

「ちょっとちょっと!ここに居たんですかぁ~?も~う また勝手に出歩いてぇ~ん」

「ん?」

ふと、見知らぬ人間がトテトテと息せきかけてこちらに走ってくるのが見える、見たことのない灰色の髪と紫の瞳の女、勝手に出歩いているのはどちらだ 部外者ならば摘み出さねばと、こちらに寄ってくる女の前に立ち塞がる

「待て…」

「あら?、退いてくださいます?デカブツ」

「退かない、ここは部外者立ち入り禁止だ…摘み出されたくなければ、疾く外に出ることをお勧めする」

目の前に私が立ちふさがれば 女はふと足を止めてメンドくさそうに溜息を吐く、何処から来て 何をしているのか分からないが、それでも私は神将として…

「はぁ~?、私の道を阻んでも…いぃ~んですかァ~?」

「ッッ!?」

ニィ~と口を歪めて笑う女の気迫に思わず気圧される、この私が 初めて誰かの威圧を前に感じてしまった…『自分よりも大きい』と、そんなこと無いのに 私の方が背が高いはずなのに、何故か目の前の女が雲をつくような巨人に見えて……

「やめよ、ウルキ 其奴は魔女の弟子じゃ」

「あら…」

「えっ!?」

気がつく、いつの間にか目の前の女の鋭い貫手が私の喉元に差し迫っていたことに、一切知覚出来なかった、視覚でも感覚でも この女の行動を察知し抵抗することがまるで出来なかった

テシュタル様が止めてなければ、私は今頃…

「あらあら、この子が魔女リゲル様のお弟子様でしたか」

「…テシュタル様のお知り合い?…」

「ん、そうじゃ ウルキ、自己紹介をせえ」

「はい神よ、私は貴方のお師匠様より使命を授かった謎の妖艶シスター…『教皇使節ウルキ』でございます、テシュタル様の元に派遣されお世話を一任されてますので どうぞヨロシク?お弟子さん」

「教皇使節…?、聞いてない そんなの、私は何も…」

「今日決まったからのう、言っとらんし…言う必要もなかろう、お前にゃ関係ないことじゃしのう」

そんなバカな、教皇施設を各地に派遣する際には司祭や枢機卿、そして神将との談合の末に行われていたはずだ、それを何の話し合いもせずに勝手に決めるなんて…そりゃ教皇にはそう言う権利はあるが、母がそんな独断で勝手に決めてしまうなんて…あり得ない

あり得ないけど…、…けど…なんなんだ…分からない

「でもまぁ相談されないのも当たり前では?、だって貴方 神敵を逃したんでしょう?」

「ッ……」

「敵の一匹ロクに仕留められないで神将の座に就いてて恥ずかしくないんですか?、私なら申し訳なくって表に出てこれませんよ、って あなたの図体じゃ隠れる場所もありませんかぁ~、あはははは」

「うぅ…」

目の前でケタケタと笑うウルキの言葉に言い返す文句を私は持っていない、その一つ一つが的確に事実であるから…、だから母も愛想を尽かしてしまったと言うのか…私に

「のほほほほ、やめんかウルキ 小姑みたいないびりしおってからに、ぬはは」
 
「うふふ、ごめんなさいシリ…」

「シリ?」

ふと、ウルキが口にした『シリ…』と言う単語に機敏に反応して見せると、ウルキの顔がドッと冷や汗で濡れる、そんなウルキを テシュタル様はこれでもかってくらい冷ややかな目で見つめ…、な なんだろう、突っ込まない方が良かったかな…

「しり?」
 
「し…シリ…シリー、尻…が美しゅうございます、テシュタル様」

「……ぬははは!ワシもこの尻大好きじゃ!ぬははは!」

お前も分かっとるのう とテシュタル様が軽くウルキの胸をポカリと叩けば、ウルキはその口からゴバァッと血を吐いて…笑ってる、なんなのこの人達…

「ま、そんな感じじゃ ワシはこれからウルキとちょいと動く、お前はこの神殿の守りを担当せえ、いいのう?」

「…私が…ですか?」

「ああ、お前が逃した神敵はここ目指して進んでおる、…下手に追いかけ回すより最終目標地点が分かってるならそこで迎え撃った方が良かろう」

「良かろうって…この街を戦場にするつもりですか!」

エリス達の目的は判然としない、或いはこのテシュタル様を倒そうとしているのかもしれない、だがその目的問わずテシュタル様を殺そうとするなら私達は全軍を持って答えなければならない…それはつまり、この街で魔女の弟子と神聖軍の戦争を巻き起こすことになるという事

ここには無辜の市民が何十万も住んでいる、聖都が崩れれば何十万もの人々が路頭に迷うんだ、そんなの断固として許容出来ないと反抗の意思を示せば…

「ああ?、なんじゃ…不服か?ワシの判断が、今のはお願いでもなけりゃ命令でもない、神託じゃ…そうなるように動くのがお前らの仕事じゃろうが」

「ッ…ぁ…ぅ」

「知ったこっちゃ無いわ、どこの国の何処かの街のどの人間がどれだけ犠牲になろうがな」

「…………」

「そう言うわけじゃ、次ワシの言葉に口答えしたら殺す 呼び止めても殺す、分かったのう?、行くぞウルキ」 

「ハァイ、カミサマ?うふふふふふ」

「ぬはははは!しかし急に呼び出して悪かったのうウルキ!」

「ほんとですよ!用はないとか言っておきながら…でもちゃんと用意してきましたよ!あれ!、全部収穫してきました」

「ほほう、ちゃんと種子は持ってきたか、ワシの読みじゃあ多分必要になるしのう…」

「て テシュタル様、しー!しー!アレのことは内密にぃ…」

「そうじゃったな!ぬはははは」

こちらに一瞥もくれないテシュタル様とこちらを凝視しニタニタと笑うウルキの二人はただそれだけを命令して何処かへと消えていく

あれが神様なのか、誰が犠牲になっても構わないと その口で言ったのが神なのか、私達が信仰してきた神があれなのか?、リゲル様はあれを尊重しろと言うのか

「…………」

エリスは、あれを倒そうとしているんだったな…

「ッ…!」 

邪な考えを持つ頭を自分で殴りつける、今 私は何を考えた?何を思った?よもや…神敵であるエリス達の行動を正当化する理由を探してはいまいな

奴らは神の敵だ、国の敵だ、私の敵だ その行いは過ちであり罰せられるべきものだ、それをよりにもよって私が正当化しようなど、あってはならないことだ

国の柱にして 民達の安寧を守る盾である私が、教皇の…夢見の魔女の弟子である私が 神敵を擁護することなんて、あっていいはずがない!

「私は神将なんだ、夢見の魔女の弟子なんだ、母さんの娘なんだ…」

言い聞かせるように唱え続ける、そうしていないと 長年にわたりコツコツと努力を重ね作り上げてきた自身のアイデンティティが崩れ去ってしまうような気がして、盤石であると信じていた足元が 薄氷に変わった気がして、怖くなって 私はただただ己を信じることしか出来なかった…

「私は…私は…」

「ネレイド様ー!、神将より報告が!」

「っ!、ローデ達から!?」

ネレイドの自問自答を切り裂くように部下が報告を持ってくる、その手には一枚の紙 …神将より報告、つまりローデ達からだろう…無事にあの赤髪を捕まえられたのだろうか

「いえ!、トリトン様からです!、監獄にいるトリトン様から大至急報告したいことがと、伝書氷鳥を使って伝聞が!」

「トリトン…?」

何故監獄のトリトンが?、それも伝書氷鳥なんて…、吹雪の中さえ超えて瞬く間に千里を駆けるオライオンの国鳥たる氷鳥アイメディア、それを使って報告する事なんて 余程の大事件でもない限り…

まさか と青くなる顔のまま伝書を開き、中身を見つめ目を右から左へと動かし…読み込む

「そんな…バカな」

そこには監獄に送ったはずのエリス達が脱獄し逃げてしまった事、二年前捕まえたはずのヘットが何故自由の身となっておりエリス達に手を貸した事…そしてヘットもまた監獄の何処かへ消えて取り逃がしてしまった事、その双方に関して激烈に陳謝する内容が書き込まれていた

慌てながらも 唇を噛み締めペンが折れんばかりの勢いで書き込んだのだろう、悔しさに滲んだ涙の跡が数滴確認できる、どうやらトリトンも全霊を尽くしたらしいが…それでも取り逃がしたようだ

被害は…、監獄の入り口付近がメチャクチャにされたのと、ダンカン副監獄長が頭から香辛料被せられて卒倒?…それは被害に入るんだろうか

「神敵エリスが外に出た模様です!、如何しますか!ネレイド様!」

「…………」

あまりの衝撃に声が出ない、トリトンの進言を押し退け監獄にエリスを送ったのは私だ、私が責任を持って命令して この結果だ…、エリスが脱獄したのはトリトンの所為ではない、私が彼処で甘さを見せたからだ

なんと言う体たらくか、赤髪の男を逃したばかりか 私の甘さでエリス達も逃してしまうとは…、これでは神将などと名乗る権利は…

「…いや、もういい…どうせエリス達もここを目指してくるんだろう、赤髪のあの男と共に」

どうやら テシュタル様の言った通りの事になりそうだ、魔女の弟子達はここを目指して突き進むだろう、それを止めるのはもしかしたら困難かもしれない…、なら やはりここに私が残る必要がある

「今度は私がエリス達を責任を持って始末する、この国は私が守る…」

もし、この街が戦場になってしまうようなことがあっても…私が全てを守らないと、私にできる事なんて闘うことだけなんだから、そこだけでも役に立たないと…国の役に 神の役に…母の役に

「あ あと、もう一つ報告が…」

「…まだ何かあるのか?、なんだ」

「いえ、こちらは至急と言うわけではなく、ただ 同じタイミングで届いた手紙でして、カルステン様からです」

「カルステンおじさんから…?」

それは一枚の便箋であった、一ヶ月前エノシガリオスを訪れて以来姿を見せていなかったカルステンおじさんからのお手紙、なんだろう…一ヶ月前会ったばかりなのに態々手紙なんてと思いながら蝋印を外して中身を見てみると

「……なるほど、そう言う…」

「あの、カルステン様に何か?」

「ううん、ただ…やっぱりカルステンおじさんはカルステンおじさんだった」

「知ってますが…」

手紙の中には、こう書かれていた…

長々しい口上と前置きをかき消すような一文、『国難を前に血が疼く』と

情けない話だ、またあの人を頼る事になるなんて…でも、あの人が動いてくれるなら

あの赤髪の弟子の方はもう安心だろう、カルステンおじさんが動いてくれるなら それで…

……………………………………………………………………

「キヒヒヒヒッ!見つけたぞ!神敵ィッ!」

黎明たる大山、遥か古の時代に天より生み出されたと言われる霊峰 ネブタ大山の中腹の森の中、雪が積もり足取りが悪いそんな中、生命の存在しないはずのこの山に 怒号が響く

「ケヒヒヒ、見つけたぜ 彼処だ!」

「皮を剥いで 塩を塗って それで、ヒヒヒ」

「神の名の下に神の名の下に神の名の下に」

山の斜面を意にも介さず駆け上がり、雪を蹴り上げ疾駆する三人の影、はためく外套には髑髏に巻きついた神罰の縄が描かれた紋章が見える、あれこそは神聖軍三大戦力が一つ 邪教執行官が証…

神の敵を殺し、教義を否定する者を殺し、ただただ血によって神を肯定するテシュタルの闇、信仰の生み出す狂気の権化…その象徴

彼らが武器を持つ理由は一つ、剣を鞘から引き抜く理由は一つ、眼前に神の敵がいるからだ


「チッ…、また来やがったか」

邪教執行官達が追い縋る先にいるのは、これまた三つの影 その内の一人が赤い髪を揺らして、気怠そうに振り向く…

テシュタル教の頂点 教皇リゲルが受けた神託にて『神を否定せし絶対悪』との罪を被った魔女の弟子達である

あれから神聖軍の包囲を抜けて、唯一の逃げ場であるネブタ大山へ転がり込むように逃げ込んだラグナ メルクリウス サトゥルナリアの三名はなんとか神聖軍の大隊に捕まることは避けられた、しかし それから二週間近く経つも 未だに邪教執行官達の追走だけは振り切れていなかったのだ

邪教執行官達は三人一組になりながら山のあちこちを高速で移動して回り、ラグナ達を見つけるなり攻撃を仕掛けてくる、昼夜問わず 永遠にだ、事実 この接敵も今日十三度目の接敵となる

「ラグナ、手伝うか?」

「あの人数なら問題ねぇ、ちょっと待っててくれ」

はぁ と白い息をもうもうと吐いてラグナは一歩降る、足元には踝程の雪が積もっており かつ膝で踏ん張らねば瞬く間に転がり落ちそうなほどの急斜面、闘うには向いてないが…

「やるしかねぇもんな!、来いや!」

「きへへへへ!観念したかよ!神敵ィッ!」

構えを取るラグナを殺す為 邪教執行官達が牙を剥く

邪教執行官とは単なる神罰執行を行う者達ではない、相手が激しく抵抗しようとも武力を以ってして相手を制圧し 執行を行う為の列記たる戦闘集団である

こと戦闘においては死番衆さえ上回ると言われる程の狂気の刃は、先の邪教アストロラーベとの戦いでも多大なる戦果を齎し 死体の山を積み上げたと言われる、そして その死骸の山は皆 苦痛の表情を浮かべていたとも…

「死ね!神敵!」

邪教執行官の中でも最も足の速い男が腰のダガーを二本を引き抜き飛びかかる、走高跳にて多大なる戦績を残す彼の脚力から生み出される突進は 、まさしく放たれる矢が如くラグナに襲いかかり…

「フンッ!」

「へ…?」

飛びかかった 斬りかかった 襲いかかった、しかし 邪教執行官がラグナの間合い…彼の手が届く範囲内に入った瞬間手元のダガーの刃が根元からへし折れ空中を舞った

師範直伝『手刀刃砕き』、熊手の型を取った手を振るい 相手の刃の横っ腹を叩きへし折るという単純な技、それを目にも留まらぬ速度で二度放ち ダガーをへし折った、ただそれだけの事である ラグナにとっては

「刃が!?」

「おせぇっ!!!」

「ぐぶふぅっ!?」

次いで飛んできたのはまるで大砲の発射のような爆発と共に放たれた掌底、真っ直ぐ穿たれる衝撃波は邪教執行官の胸を打ち据え 一撃でその意識を刈り取ると共に吹き飛ばし、ゴロゴロと山の斜面を落ちるように転がっていく

一瞬で仲間のうちの一人がやられた、山を転がっていった だと言うのに他の二人はそんな事実に目もくれず仲間が作り出した一瞬の隙を活かすために寧ろ前進を繰り返す

どんな達人も技を放った瞬間は無防備、その事実を理解しているもう一人の邪教執行官は雪の上を滑るように旋回しラグナの側面に回ると共に曲剣を引き抜きその首を狙う

「その首を聖都の屋根に飾ってやる!」

「ああそうかい!」

振り抜かれた曲剣、されどラグナには届かない、まるでどのタイミングでどこに刃が来るか理解していたかのようにラグナはカクリと首をやや横に傾けるだけで 邪教執行官の渾身の一撃は空を切り

「出来るといいな!」

雪が跳ねた、大地を覆う雪が跳ね上がり柱を作ると共に振り抜かれた蹴りが邪教執行官の側頭部を打ち据え、堅牢な頭蓋骨に守られているはずの脳が衝撃によって揺れる

的確に急所だけを射抜く適切な一撃は、無用な傷以外付けずに 一人の戦士の意識を刈り取り雪に沈める

「ぁが……」

「残り一人…!」

ギロリとラグナ睨む先は己の下、三人の中で唯一ラグナの元まで上がってこなかった男だ、逃げているわけじゃないのはそいつの手元で引きしぼりられる弓が証明している、眼光はラグナの眉間を穿っており 向けられた鏃は的確に眼光の先と同じ方向を向いており

「死ねっ!」

空を割く音が遅れて飛んでくる、矢は雪柱を吹き飛ばしラグナの眉間を穿ち抜く為一瞬にして距離を埋め

「死なねぇよ」

受け止めた、迫る矢に微動だにしないラグナは軽く手を前に出して 煩わしい羽虫でも捕まえるかのような素振りで軽くキャッチすると共に矢を地面へと投げ捨てる

「うおぉっ!、矢を素手で!すげぇ!」

「敵に感心するなよ…」

「ならこれはどうだ…!秘技!五連矢撃ィッ!」

ラグナの手の届かない遥か遠方で矢筒に手を突っ込み 五本の矢を同時に絃に引っかけ再び引き絞り……


……その矢が、再び空を切ることはなかった

「グギャァッ!?」

突如として上がる爆炎、雪は飛び 岩は砕け、矢を構えていた邪教執行官が空を飛び 雪の中へと落ちて消える、まるで爆撃でも食らったかのような唐突な大爆発…当然ラグナは何もしていない

やったのは

「メルクさん?」

「悪いな、こっちの方が速いと思ったのでな」

硝煙をあげるメルクさんの愛銃、彼女の銃はただの銃ではなく 錬金機構を搭載した特殊な銃だ、そこから放たれる弾丸は如何様にも変質する 炎にも水にも 爆薬にもだ、フォーマルハウト様の教えを受けた彼女の手にかかれば 小粒程の銃弾を大砲の一撃に変えることなど造作もあるまい

「悪ぃ、助かったよ」

「何を言うか、全く寄せ付けなかったではないか…、相変わらず凄まじく強いな」

ふぅ と肩を回しながら戻ってくるラグナの足元には二人の邪教執行官、この魔女大国に於ける主力部隊を同時に三人も相手にして、一瞬で片付けてしまう男がこの世に何人いようか

確かに邪教執行官は強い、だがラグナはそれ以上に強い 遥かに強いとメルクリウスは慄く、同じ魔女の弟子としてマスターの尊厳を守る使命がメルクリウスにはある、故に他の弟子が己より強いなどとは決して認めてはいけないが…

悔しいが、現段階に於いて ラグナは最強の魔女の弟子と言えるだろう、その実力は弟子古参のエリスを上回り 最古参のネレイドさえも弾き返している

(まぁ、仲間として見ればこの上なく頼りになるがな)

「ん?、どうした?メルクさん」

「いや、なんでもない …それより、随分高く昇ってきたな」

「ああ…」


メルクリウスの言葉に反応しラグナもまた背後を向く、見えるのは広大な景色、青空と大地の境目が見えるほどにラグナ達はこのネブタ山を高く登ってきた、いや 結果的に登らされてしまった と言うべきか

ラグナ達の目的は山の踏破では無い、山の向こうにあるエノシガリオス側へと抜けること、しかし これは世界有数の大山脈 ぐるりと迂回するだけでもまぁまぁな距離もある

それに昼夜問わない執行官の攻撃に押しやられ、徐々に徐々に上へと押しやられて 気がつけばこんな高くまで登ってしまった、それで進行もままならず二週間と時間を浪費してしまった

「予想以上に時間がかかっている、急ごう」

「そうだな、また吹雪に吹かれては敵わん」

進行を遅らせる理由は山ほどある、敵襲や定期的に吹く吹雪 そして自然の猛威と進み辛い道無き道、このままじゃ三ヶ月経ってもエノシガリオスに辿り着けないかもしれない、いや…下手をしたら三ヶ月後もこの山にいるかもしれない

進める時はとにかく進まなければ…

「ともかく急ぎま…ひゃわぁっ!?」

「ナリア!」

足を滑らせたナリアの手を咄嗟に掴み 滑落はなんとか防いだが…

「無事か?ナリア」

「あはは、すみません 大丈夫です」

「大丈夫なものか、お前…足が腫れ上がっているじゃ無いか」

足を見れば脹脛が真っ赤に腫れ上がっている、それもそうだ ナリアは俺たちほど鍛えていないにも関わらず二週間も登山生活を送り続けている、こうしてかなり上まで登った所為で酸素も薄い中長い間過ごし続けて 文句も言わずに俺たちの行軍に付き合っているんだ

限界が来てもおかしくは無い

「だ、大丈夫ですって…このくらい、なんでも…くっ!」

「無茶すんな、俺が背負少し休め」

「だ だけどラグナさんは僕達以上に動いてるじゃ無いですか!、敵襲が来た時は基本的にラグナさんが戦うし 魔獣が出ても戦うし、食糧の調達だってラグナさんが…」

「問題ねぇ…よっと、ちょうどいい重りだ、寧ろもっと太ってくれてもいいくらいさ」

サトゥルナリアを背中に背負えば…まぁ、なんとも軽いじゃ無いか、男の子だろ?もっと重くなった方がいいんじゃ無いか?なんて言葉が湧いてくるくらい軽い

このくらい屁でもないし、何よりナリアにはこの間かなり負担をかけたからな

ナリアのおかげで俺たちは恙無くここまで進んで来れた、最終的にバレはしたものの もうちょいでエノシガリオスに手が届くところまで独力で行ったんだ、すげぇやつだよナリアは

ここまで負担かけたんだ、こっから背負うのは俺たちさ

「…ラグナさん、めちゃくちゃ震えてません?」

「え?ああ、悪い ここは一層寒くてさ…震えが止まらねぇんだ」

この国は寒くて寒くてたまらない、雪国育ちのナリアや軍人のメルクさんはもう順応したみたいだけど、俺からしたらここは地獄だ…アルクカースとは真反対の環境…多分俺は死んでも慣れそうにない

「そんな、…なら 僕があっためてあげますね!ぎゅ~」

「あっははははは!、暖かいよナリア!」

「…………」

「ん?、なんだ?メルクさん」

ふと、メルクさんが俺をじっと見つめているのが見えて 思わず振り向く、な なんだろう…メルクさんも羨ましいのかな、ナリアたんぽ…

「いや、別に…さぁ急ぐぞ、吹雪が吹いたらその時点で足止めだ、先程執行官から食糧は奪ったが それでも心もとないからな」

「うーい…」

青と銀の世界に足跡を残しながら空風を突っ切って進む、目指すべきこの大山の向こう側に 仲間との再会があると信じて、ラグナ達は今日も進み続ける…

進み続ける…例え何が立ち塞がっていても

……………………………………………………………………

「オイ、報告は来たか?」

「あ あのあの、それがさっぱりで」

「チッ」

聖都エノシガリオスに最も近いと言われる村…神歌村オルフェウスの教会にて舌打ちが響き渡る

いつもは村人たちが集まって聖歌を歌い楽しむ場でもある村の教会、しかし今日は聖歌が聞こえてこないどころか 誰もが教会に立ち寄ろうとさえしない、何故か?

それは教会の外を取り囲むように立っている者達、そして内部を占領するように溢れかえる者達の羽織る外套…絞首刑に処される髑髏が刻まれた邪教執行官の紋章を背負う者達が教会を独占しているのだ 故に誰一人として近寄ろうとしない

だって怖いから、同じテシュタル教徒とは言え…なにもやましいことがないとは言えだ、邪教執行官のイカれたエピソードは枚挙に暇がないくらいには知れ渡っている

『曰く、邪教を唱えた者の家に上がり込み、貝殻で肉を削ぎ落として屋根に晒したとか』

『曰く、邪教徒の指を切り落とし目の前で食ったとか』

『曰く、武器を持ち抵抗した邪教達を全員血祭りにあげ、まだ息があるものは塩を撒いた雪の中に打ち捨て苦しむ様を何時間も見つめていたとか』

頭がおかしい、聞いているだけで気分が悪くなるような事を平然とやってのける国内最悪の部隊 それが邪教執行官、民衆さえも彼らを恐れ遠去ける それでも彼らは何食わぬ顔で神の存在を示すため、神の怒号の代弁者として役目に殉ずるのだ

「執行官の半数を捜索に向かわせて?、で…誰も帰って来なかったって?」

「はいぃ…」

「つまり何か?あたしの可愛い部下達が あのクソヤローに全員まとめてやられたってのかい!」

ふざけんじゃねぇよ!と教会の中に設置された机を叩き割り 怒号をあげるのは 顔にも体にも無数の傷が刻まれた風貌を持ちし女、鬼か悪魔か…否 彼女こそ四神将が一人 罰神将のベンテシュキメである

ローデからラグナ達一行の捜索を引き継いだ…もとい強奪したベンテシキュメは部隊を半分に割り、半数を神敵捜索に、もう半数は自分が率いて森を抜け エノシガリオスの一つ前の村に拠点を置いていたのだ

ラグナ達の目的は分かっている、なら その直前の村で待機してりゃ最悪の事態は防げると考えてはいたが…、結局二週間経っても誰も帰って来なかった、つまりベンテシキュメの部下達はネブタ大山にて神敵を取り逃がしたか 或いは殆ど返り討ちにあってしまったと考えるべきだろう

「クソが、強い強いとは思ってたが…あの山に逃げ込ん極限の状況に追い込まれて尚 これほどの力を発揮するか」

ベンテシキュメは一度魔女の弟子達と戦っている、連中は確かに強いが あの山の環境に打ちのめされて居れば執行官達で十分事足りる計算だった、しかし どうやらその計算は誤りであったようだと今更ながらに気がつく

「あ あのぅ」

「なんだ!レイズ!」
  
「はぅぅ…」

ベンテシキュメの怒鳴り声にアワアワと慌てて手を右往左往させているのは…、長い後ろ髪 長い前髪、顔の殆どを髪で隠した野暮ったい姿形の女性である、おどおどおずおずとした態度はなんとも弱々しく見えるだろう

だが、彼女の名を聞いても 同じような感想を抱ける者は神聖軍には居ないだろう

彼女の名はレイズ・イースター、またの名を『雪達磨のレイズ』、三人いる執行長官直属の副官の一人である、つまり彼女はオライオン最悪の部隊の幹部であり 死番衆の三隊長や聖務教団の二大団長に並ぶ実力者である と言うことになるのだ

「す すみませぇんベンテシュキメさん、後でいいです…」

「後でいいわけねぇだろ!報告だろ!?今しろ!」

「は はひっ、そ そのぉ…さっき聖都から連絡が来ましてぇ、その…これぇ」

「あ?…なっ!?これ…」

レイズがおずおずと出した紙、それは聖都から各地に張り出された指名手配書である…

内容は単純、『プルトンディースを脱獄した三名の神敵の名前と姿』である、つまり ネレイド様が捕らえた神敵 エリス アマルト メグの脱獄の報であった

指名手配書をレイズから受け取ったベンテシキュメの顔はどんなだったと思う?、想像に難くない、勿論鬼のようだった それもメチャクチャに激怒した赤鬼だ

「と…トリトン奴、半端な仕事しやがってぇぇえええええ!!!!」

バリバリと指名手配書を引き裂き丸めて灰皿に叩きつける、やらかしやがった トリトンの奴、せっかく捕まえた神敵をむざむざ逃すような真似しがって、おかげでこっちの仕事が増えたじゃねえか!

こっちの仕事だけでも手一杯だってのにぃぃぃいい!

「イヒャハハハハハハ!、長官サマ 荒れてんじゃんよ」

ベンテシュキメを笑い倒す声が聞こえる、何もかもを愉快愉快と笑ってみせる陽気な男の声が教会内に響き渡る、この場 この部隊 この国でベンテシュキメの行いを笑い飛ばすことができる男など この男を置いて他にいまい

「ウルセェぞジョーダン!笑い事じゃねぇし…何より寒いんだよ!テメェの格好見てると!」

「クククク、辛辣じゃんよ 長官サマ」

大柄な邪教執行官達の中でもさらに際立って背の高い大男、そして何よりその奇特な格好はまさしく彼を唯一無二の存在足らしめているだろう

長く腰まで伸ばした髪を三つ編みで纏めて その目元にはまぁるいサングラス…そして、外套の下は肉体美を晒すパンツ一丁、彼を見た人間は誰しもこう言うだろう『あの変態は執行対象にならないの?』と…

彼の名は三副官ジョーダン・ペンテコステ、別名を『雪波のジョーダン』、或いはオライオン一の変わり者、如何なる極寒の中もパンツ一丁で過ごす鉄人或いは奇人

「何をどうしたらそんな格好になんだよ!」

「いつも言ってんじゃんよ、俺ぁいつかこの雪の国を出て 太陽の恵み溢れる極楽…バカンスの聖地 『天番島』へ行き波乗りをするのが夢だってよぉ~、だから いつ行ってもいいように今から海パンで過ごしてるだけで 誰にも迷惑かけてないじゃんよ!」

「気が早いにも程があんだろ!そしてテメェの裸体を見せられるこっちは迷惑極まりねぇ!」

「……同感、ねぇ長官 言ってくれれば僕がこいつ殺すけど?」

「サリー!、お前も辛辣じゃんよぉ~!」

「うっさ…」

フンッとジョーダンの言葉を軽く受け流す少年が一人、むさ苦しい筋骨隆々の男達犇めくこの教会の中で異彩を放つ小柄な少年、されどその身から放たれる重圧は彼の小さな体以上に他とは隔絶している事が よく分かる

名をサリー、三副官が一人 サリー・クリスマス、十九歳と言う幼さを持ちながらただ純然たる実力のみを持ってして副官となった天才であり、邪教執行長官ベンテシュキメに次ぐ実力を持つとさえ言われる 通称 『雪崩のサリー』

ジョーダンとは真反対の深く着込むようなコートと 常に目深く被ったフードの下から覗く爛々とした眼光はベンテシキュメに勝るとも劣らない威圧を秘めている、そんな視線で睨まれても微動だにしないジョーダンを見て さらに呆れる、どうやったらこの変態は止まるんだと

「チッ、…しかし ここで悠長に構えてる暇は無くなったな、今すぐにでもズュギアの森に潜んでる神敵達を倒して 神敵エリス達の方に取り掛からねぇと…マジでエノシガリオスに入り込まれちまう」

「あ あのぅ、ベンテシキュメさん…もう執行官だけじゃ手に負えませんよう、ここは一旦聖都に戻ってネレイド様と聖務教団の手を借りて…」

「…ああ?」

「ひぅっ!?」

ギロリとレイズを睨む、睨むさ 睨むよそりゃ、だってレイズは言っちゃいけないことを言ったんだからな

なんだって?執行官だけじゃ手に負えない?、だから御大将の手を借りようって?…いけないだろう、そりゃあいけねぇよ

「あたし達の手に負えない?だからあたし達が助けを求める?、そんな事あっちゃならねぇんだよ、あたし達はテシュタルの剣 …誰に甘える事も許さない剣なんだよ、テシュタルの敵を殺すのはあたし達の役目だ!この国の平和を守んのはあたし達の役目だろうが!、泣き言吐かすなレイズ!」

「で でも…」

「御大将の助けは借りねぇ!、あたし達だけでなんとかする!、でなきゃ…何のために執行官がいるか 分からなくなっちまうだろうが」

罪無き人々の安寧を守る為に罪人を裁く剣があるのだ、あたし達がいるのだ、あたし達はどこまで行っても『助ける側』、助けられる側に回るわけにはいかないのだ

あたしはあの日誓っただろう、御大将に手を差し伸べられたあの日から…御大将が守りたい全てを守れる剣になろうと、ここであの人を駆り出したら あたしと言う剣は 邪教執行官と言う剣は根元から折れちまう、人に蔑まれても恐れられても貫いて来た信念が…折れちまう

それは絶対に許容出来ない、こんな所で終わるわけにも終わらせるわけにもいかねぇんだ、折角御大将と一緒に死ぬ気で戦って 邪教執行官をぶっ潰して、この国を平和にしたのに…これじゃ意味がなくなっちまう!

「ここで待つのはやめだ!、ここにいる全軍でネブタ大山を目指す!お前ら死ぬ気でついてこいよ!」

「なら、僕だけでも先に行っておきましょうか?、僕の力なら直ぐにでも山を登れるし…接敵しても直ぐには負けない、場所を知らせて 長官が辿り着くまで持ち堪えられる」

「サリー…悪い、頼めるか」

「ん…じゃ」

確かにサリーの得意とする魔術ならあの山を味方につけられる、というか サリーはこのオライオンという国の中では無敵だ、下手すりゃ御大将相手にだって丸一日持ち堪えられるかもしれねぇ

神に愛されし加護を持つサリーなら、やれるだろう

そう信じて、サリーを送り出そうと その背を見送った瞬間の事だ

「ん……?」

サリーが開けようとした教会の扉が そのドアノブを掴む寸前で空を切り、外から逆に開けられる…、来訪者だ この教会に来訪者…?、今ここは立ち入り禁止のはずだぜおい

「おい!、今この教会は貸切だ!、作戦本部として使ってるって聞いてねぇか!」

ってか外の見張りはどうした そんな疑問を浮かべつつもベンテシキュメは外から入り込んだその男に対して怒号をあげる…が、しかし

「ふむ、おかしな話ですな、教会とは神が人に許した祈りの場、誰にも独占する権利はないはずですが?」

「は?何言って…って、お前…」

外から入り込んだのは丸帽子の嗄れた老神父であったと言う説明では、些か足りないだろう

着込んだ神父服は未だ萎えない筋肉により押し上げられ、丸帽子に当てられた手に刻まれた無数の傷と膨れ上がった指先、纏う風格 放つ威厳 この老いさらばえた老神父に比べて見れば邪教執行官達の何とちっぽけに見えることか

誰もが息を飲む、固唾を呑む、その男の到来に ただならぬ何かを感じて

「カルステン…何しに来やがった」

「ふむ…」

ベンテシキュメの眼光を受け流すように帽子に乗った雪を払いながら鼻息で髭を揺らすのは、ベンテシキュメ達四神将よりも前の神将、五十年近くこの国をただ一人で守り続けて来た強さの象徴 先代神将のカルステンその人である

彼はここよりも少し離れた地点にある村にて隠居同然の神父生活をしていると聞いていたが…、今更何をしにここに来たというのか

「民が怖がっていますよ、貴方達はただでさえ威圧感があるのですから 無用に怖がらせるような行いは控えた方が…」

「ウッセェんだよクソジジイ!、大体テメェは…ッ!?」

立ち上がり詰め寄り食ってかかるベンテシキュメは気がつく、彼の背後 教会の外を囲んでいた彼女の部下である邪教執行官達の姿が、扉の向こうに見える…見えてしまう

全員、外にいた邪教執行官 百にも至ろうかという数の執行官達が全員 大地に倒れ伏し気絶している、いや 気絶させられているのだ

原因も犯人も一つしかない、カルステンがやったのだ…最早老齢故に一線を退いて長いはずの彼が、久しく戦ってすらいないはずの彼が 神聖軍の主力部隊をただ一人で打ちのめしてしまったのだろう…

「お前…あたしの可愛い部下達をッ!」

「貴方に会わせてくれと頼み込んだのですが 断られましてな、急を要する内容でしたので 少しの間眠っていただいただけ、怪我なんかさせてないから安心なさい」
 
そうじゃねぇ、そこじゃねぇ、引退して余生過ごすばかりの老いぼれ一人にあたしら執行官が怪我の一つもさせられず気絶させられたことが問題なんだ!、何がもう老いただよ 寄る年波には勝てねぇだよ!

まだバリバリに強えじゃねぇか、こいつ!

「何の用だよ!、言っとくが立退けってんならその必要は…」

「いえ、…私も貴方達に同行させて頂けますかな?」

「同行…?、聞いた話じゃあんた御大将の救援要請を蹴ったらしいじゃねぇか、今更どういう風の吹きまわしだ?、まさか あたし達じゃ不甲斐ないって言いたいんじゃねぇだろうな」

「まさか、もう私より貴方の方が強いことは明白でしょう…ただ、感じるのです」

「感じる?…何をだよ」

ふむ と髭を揺らし帽子を被り直すカルステンは扉の向こうに見える雄大なネブタ大山を見て、悩ましげな溜息を吐き

「今 国内に動乱の予兆が見られる、不吉の予兆とでも言いましょうか…、このままではとても良くないことがこの国で起こる そんな予感がするのです」

「予感?…そりゃあまた…」

ボケてんのかジジイ…なんて一蹴出来ない、この男は何十年もオライオンと言う大国を支え続けた男だ、その直感と嗅覚は長年の修羅場で磨かれ研ぎ澄まされている、あたしら四神将よりその点では上だろう

この男が何かを感じるというのなら、それはきっと事実だ、本当にこの国で何かが起ころうとしているのだろう

「今私が思いつく予兆の根源は 教皇様が仰られた神敵のみ、ならばそれを取り除けこの胸騒ぎも些かながら取り除かれるかと…、それを確認したいのです」

「へぇ、で?付いてくるだけ付いてくるつもりか?、あんたのことだ…それだけじゃねぇんだろ?」

「…ふふふ、まぁ…そうですな、我が生涯の宿敵を失って以来失っていた血の疼きを再び感じましてな、少し…遊んでみたいのです、あのネレイドに手傷を負わせたという赤髪の男とね」

ザワザワとベンテシキュメの肌がヒリつく、カルステンの纏う闘志が彼女の本能を刺激する、炎のように燃える されど水のように静かで、ヘドロのように煮詰まった飽くなき闘争への渇望…、このジジイどうしようもねぇな

まぁ、それはあたしもだけどよ

「ああ、いいぜ?付いて来たきゃ付いて来たな、だがあたしの部隊に介護が得意なやつはいねぇ、途中でリタイアしたら置いてくからな」

「それは怖い、…ああ これはお礼です、飴をあげましょう」

「要らねェ!!」

ともあれ、やる事は決まった 

追いかけっこは終わりだ、悠長に構えるのもやめだ、全軍で追い立てて嬲り殺してやるぜ、覚悟するんだな 神敵…、あの山はテメェの墓標になる事だろうよ!
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