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八章 無双の魔女カノープス・後編

255.魔女の弟子と始まる決戦の旅路

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あれから五日後、エリスが目覚め 次なる行き先をオライオンと定めてより五日が経った、皆が皆 それぞれの準備を終えた

ラグナは何やらこの五日間で帝国軍と修行を重ねたようだし、メルクさんはメルクさんで帝国の魔装開発局に入り浸っていた、アマルトさんは…よく分からないが大変そうだったことは分かる

そしてエリスとメグさんとナリアさんも、先日リーシャさんの御墓参りを済ませてきました、リーシャさんの故郷に戻り そこでお墓に挨拶して、届けるべき物も届けたし言うべきことも言った、最早エリス達がこの帝国でするべき事はない

となれば いざ行かんオライオン、そう決意を持ってエリスが寝床から這い出ると…、出鼻を挫くようにメグさんから弟子達に号令がかかった

『出立を前にカノープス様からお話があるそうです』と…

これから出発に向けて最終確認をするつもりだったんですけど…、まぁ 皇帝陛下からのお誘いならば断るわけにはいくまい、せっかく無罪にしてもらったのにまた怒らせるのもあれだしね、エリスは十分帝国と皇帝に対して無礼を働いているんだから もう失態を演じるのはやめよう

と、言うわけで 朝からエリス達は揃って大帝宮殿へと赴くことになりました

「ふわぁ、眠い…」

「ちょっとアマルトさん、気が抜けすぎですよ」

「んぁ、悪い悪い けどなんかこう…、これから旅に出ますって感覚が無くてさあ」

「シャンとしろ、旅に出る云々以前に我等は帝国を統べる大帝殿に御目通り願うのだ、いくら我等が魔女大国の要人とは言え…、格が違う相手だ」

大帝宮殿内部 荘厳なる廊下を横一列に並び歩くエリス達、これから旅を控えた身ゆえ 大帝に会うような礼儀正しい格好では無く、皆旅装と言うべき身軽な格好に身を包んでいる

とはいえ、その身に持つ荷物は必要最低限、メグさんがいる以上あんまり多くの荷物を持っても邪魔になるだけと言う判断故だ

しかし、アマルトさんとは逆に緊張してきたな…、カノープス様に会うのはあの魔女裁判以来、もう怒ってはいないだろうけど それでも緊張する、エリスはあんまりカノープス様とは友好的にはなれなかった、剰え一時は敵対してしまった

だからこう…顔を合わせ辛いと言うかなんと言うか

「なぁメグ」

「はい、如何されました?ラグナ様」

「俺 この五日間 師範と会ってねぇんだけど、

なんで自分の師匠の居場所を知らないんですかラグナ、と突っ込みたいが 事実だ、アルクトゥルス様もプロキオン様もあれから姿を一度も見せてないのだ、まさか二人で先にオライオンに…と思ったが、メグさんが小さく首を振り

「アルクトゥルス様もプロキオン様も大帝宮殿に無断滞在しております」

「やっぱり知ってたか、ってか師範ここにいんのかよ!しかも無断で!?」

「はい、曰く『お前達の屋敷…』オホン失礼…『ぅお前達のぃ屋敷にぃ住むよりこっちのほぅおぅがいい飯出ぇるからっこっちに住むわぁッ』との事です」

「それもしかしてモノマネのつもり?俺の師範の?、確認しないと分からないくらい似てないからこれからモノマネする時は事前に申告して?」

どうやらアルクトゥルス様達はこの大帝宮殿に無断で居座り無断でご飯を食べているようだ、よく言えば来賓 悪く言えば寄生虫みたいだ、まぁアルクトゥルス様はその辺気にしないだろうからいいか、いやアルクトゥルス様は気にしろよ…

「ってか魔女様達は今回の俺たちの旅についてきてくれるのかな?」

「あ!いいですねアマルトさん、僕もコーチについて来てもらえるとありがたいなあ、旅の最中に修行をつけてもらえるし 何より頼りになるし楽しいし」

今回の旅 オライオンの旅路に魔女様達はついてくるのか、ナリアさんはかなり肯定的だ、まぁ魔女様達がついて来てくれるなら戦力面では申し分も何もないくらいだろう なんならエリス達は必要ないくらいだ、だが

ラグナはどうやら違うようで

「どうだろうな、俺はあの人達はついてこねぇ方がいいと思うぜ?」

「え?、なんでですか?」

「目立つ その一言に尽きる、いくらあの人達がデタラメに強くて 隠密を完璧にこなしたとしても 魔女が魔女大国に踏み入れば向こうの魔女に気付かれる」

その通りだとエリスも首肯する、確かにアルクトゥルス様達は魔術以外にも人として強く 凡ゆる技術を達人レベルに極めている、絶対に見つからずに隠密行動をしろと言われれば確実に見つからずに行動出来るだろう

だが問題は今回の敵もまた魔女であると言う事、しかも相手はオライオンの支配者リゲル様、自らのテリトリーに他の魔女が入れば確実に気がつくし、リゲル様に気付かれればシリウスの耳にも入る、そうなったら敵の警戒度は段違いに上がるだろう

最悪シリウスがどんな手に出るか分からないんだ

「その点俺たちはシリウスやリゲル様達から見りゃ羽虫も同然、気がつかれる事はねぇさ、敵を避ける隠密なら 寧ろ魔女様達はついて来ない方がいい」

「た 確かに…」

「この一件は俺たちが自分の手で解決するしかねぇのさ」

「出来ますかね…、僕不安になって来ました」

「やるさ、不安でもなんでもな」

ラグナは相変わらず強気…いや、心を強く持たねばならないのだ、エリス達がやろうとしている事はそれだけの無茶、最初から弱気じゃ出来る事も出来なくなるだろうから

「さて、皆さま 玉座の間まで到着いたしました、準備はいいですか?」

「おーう、俺オッケー」

「何言ってるんだアマルト、寝癖がついているぞ」

「俺こう言う髪型だから」

アマルトさんが癖っ毛をピンピン跳ねている間にエリスは身を整える、コートにシワはない 髪もオイルでサラサラにして来たし、うん 不備はない

「いけます、メグさん」

「ふふ、では…」

メグさんはクルリと反転し扉に手をかけるとともに、その門の如き巨大な扉を一気にこじ開ける、厳かさも何もない 強引な開き方に一瞬ビビるが…、即座にそれも掻き消える

何せ、扉の向こうに広がっていたのは…

「おお、こりゃあ…」

アマルトさんが思わず口を開く

「なるほど、これは参考になる」

メルクさんが感激し

「あわわわわ、凄いところに来ちゃいました…」

ナリアさんが顔を青くしあわあわと震える口元を手で隠し

「大帝か、対等なんて言ったのは取り消さないとな」

ラグナが参ったように笑う、皆が皆 目の前の光景に圧倒される、されどエリスは驚きませんよ 何せ目の前に広がっていたのは…


「よく来たな、魔女の弟子達…陛下がお待ちだ、前へ」

玉座へと続く道、その左右を守るように立つ帝国師団達 そして玉座を囲むように立つのは帝国師団長…、その奥 玉座の周囲を警護するは帝国最強の三将軍

帝国の力を誇示するが如き光景、帝国師団達の立ち姿はどれも様になっており ただ立つだけでもそこに全神経を捧げているのがよく分かる、そして入り口に立つものを圧倒するように巧みにそれを配置し見せつけ演出するのだ

『帝国こそが最強であり至高、今からお前が会うのはそんな帝国の頂点である』という意識を相手に植え付けるよう演出しているんだ

巧みだ あまりに巧みだ、ただ謁見させる その一行動に数々の職人の如き巧みな技が見られるのだ、これが八千年間国の頂点としてあり続けた大皇帝の粋な技か

ラグナ達のような若い王とは年季が違うと言わんばかりの圧倒的演出を前に、魔女大国を統べる者達は敬服し、エリス達のような小市民はただただぽかんと口を開けるばかり

そう エリスは一度これを見ている、師匠を 孤独の魔女を出迎える時に行われたそれを、今度はエリス達目掛けてやっているのだ

「凄いな…これは」

「ああ、ラグナ…我々は今 偉大な先達の技を見せられているのだろう、帰ったら真似しような」

「ああ、絶対しよう」

「二人とも そろそろ私語は…」


「そうだぞ!!!ラグナ・アルクカース!!無礼だぞ無礼!!!」

ギョッとする、私語を注意するエリスの言葉に被せるように何者かが叫んだのだ、ああいや 何者か…なんていうほど他人でもないな

大声をあげたのは玉座に侍るアーデルトラウトさんだ、彼女が顔を真っ赤にしながらラグナに向けて牙を剥いている…、えぇ 何でそんなに怒ってるのぉ…、そういえばラグナとアーデルトラウトさんは先の戦いでぶつかり合っていたな

戦いの結果は聞かなかったが、ラグナがシリウスとの戦いの場に現れたという事は少なくとも負けなかったのだろう

「お!、アーデルトラウトさん!久しぶりぃ!、傷は治ったか?」

「何お前は私の心配してるんだ!私が負けたみたいだろ!やめろ!、勝ったのは私だ!」

「えぇ~、勝負ついてなかったじゃん」

「お前ーっ!何私といい勝負したみたいに語ってるんだ!、私一ミリも本気出してないからな!本気だったらお前秒殺だからな!」

あの寡黙でクールなアーデルトラウトさんを怒らせるだけの戦いはした ということか、いくら傷を負い本気を出せないアーデルトラウトさんが相手とはいえ、よくもまぁそこまでの戦いが出来たなラグナ…

「だったら今決着つけるか?、俺はいつでもいいぜ…、アンタとの戦いは得るものが多いからな」

「言ったな!待ってろ!槍取ってくる!」

「待てアーデルトラウト、お前は来賓相手に槍を振るうつもりか…、というか冷静になれ」

何処かへ行こうとするアーデルトラウトさん首根っこを掴んで止めるのはルードヴィヒさんだ、その顔はいつものクールな面持ちではなく心底疲れた表情で…大変だなぁ あの人も

というかラグナも煽らないでくださいよ

「くぅ!、ここで黙っては…帝国の名折れぇ…!」

「はぁ、よく来たな魔女の弟子達、旅達を前に呼び出して悪かった」

ジタバタ暴れるアーデルトラウトさんを片手で制圧しながら軽く頭を下げるルードヴィヒさんの視線はエリスに向けられている、ラグナでもメルクさんでもなくエリスだ…まるでこの招待の主題はエリスにあると言わんばかりに…

するとラグナが『行ってこい』とばかりにエリスをやや前へ差し出す…、うう 緊張ぅ

「い いえ、エリスも旅立つ前に皆さんの顔が見たかったので」

「それは我等も同じだ、…色々あったが…いや、ここから先は陛下に言ってもらうとしようか、来い アーデルトラウト」

「ぐぇっ!」

ゴキリと首を捻られ動かなくなるアーデルトラウトさんを引きずりルードヴィヒさんが玉座の後ろへと待機すれば、それは整う

何が整うと?場だ、場が整うのだ それが降臨する為の空気が、満を持して


大気が揺らめく、空間がどよめく、世界が慄く、玉座を中心に空間が捻れ やがてそれは光を生み出し、発される光の門…それを潜り抜け現れるのは神か?否…

「大皇帝、顕現である!!」

世界すら彼女を相手に道を開け この場に顕現するのは唯一無二の大皇帝、帝国アガスティヤを統べし者 無双の魔女カノープス様だ

腕を組みながら号令をあげるように自らの顕現を高らかに宣言すれば 周囲の兵団もまた一斉に膝をつく、これもまた演出…だってみんなが一斉にひれ伏した時点でこの場で誰が上なのかを否が応でも理解させられたから…

「フゥー!陛下!カッコいい!最高でございますー!」

「フッ、メグよ そう褒めるな、照れる」

「フゥー!」

唯一 メグさんだけがパチパチと手を叩きながらカノープス様を称えている、この人…なんかノリが愉快になってないか?、色々抑圧が外れたのか 或いはエリスを騙すという任務から解放されて本来のメグさんに戻ったからなのかはわからないが

すると…

「カノープス陛下、此度は宮殿へご招待頂き このラグナ、光栄の至りにございます」

「陛下の威光を拝する栄華を与えて頂けた事、ありがたく思う」

ラグナとメルクさんが礼儀正しく膝をつくのだ、一体どうしたと思うが…多分、これが本来の正しい反応なのかもしれない、いつもこういう場で突っ立ってたエリスには分からない常識を前に二人との教養の差を感じさせられる

「すげぇ、二人とも 育ちが違うな…」

「アマルトさん!貴方も育ちはいいでしょう!」

とりあえずアマルトさんの頭引っ叩いてラグナ達と同じように膝をつかせる、ナリアさんは…言うまでもなく平伏してる、頭擦り付けて手を投げ出してる、何もそこまでしなくても…

「よい、面をあげよ…我は目を見て話すのが好きだ」

「はっ…」

ラグナ達に合わせてエリスもまた面をあげる、ってナリアさん!?気絶してないか!?この子!、起きてくださいよ!な ナリアさん!

「して、エリスよ」

「は はい…」

「今回我がお前を呼び出した理由…分かるか?」

分かりません!と目で伝える、分かるわけないよ!何にも教えてもらってないもん!

「そう、その通り 先日の戦いの件だ」

あ その話なのね…

「…先日我等は争った、我が配下はお前によって叩きのめされ 我等も少なくない被害を被った、だがそれはよい 先日の魔女裁判で我はそれを許した」

「は…はい」

「我等もお前を騙して手酷く裏切ったからな、お互い様というやつだ」

それが釣り合うのかは分からない、エリスは危うく殺されるような場面に何度も会った

けど、帝国も八千年かけて用意してきたその全てをエリスにダメにされた

これが釣り合うのかは分からない、エリスには八千年の時の重みが分からないし 殺されかけたエリスの恐怖は彼等には理解しようもないだろう

だが、お互い様と言ってくれるのは嬉しい、エリスも引きずりたくないから…

「故に、旅立ちの前に…先日の件全てを互いに水流しとしまいか?」

「いいんですか…?」

「よい、結果として帝国側に死者はいないからな、ならばそれで良い 死ななければやり直せるさ、故に 我はこの場を持ってして正式にお前と仲直りをしたい!」

腕を組みながら踏ん反り返り、とてもじゃないが謝罪をし仲直りを要求する人間の態度には見えないが 指摘はすまい、エリスは許す側でありながら許してもらう側でもあるのだから

「はい、エリスも仲直りしたいです 帝国と、帝国軍の皆さんはいい人達なので」

「そうか、ならば仲直りの証としてエリス、…我等帝国は これよりお前と同盟の契りを交わしたい」

同盟?同盟ってつまりどういう事?、帝国とエリスが同盟を組むと?、それは国単位でやることではないだろうか、いや ここであれやこれやを考えても意味はない

そもそも断る理由がないんだ、同盟だろうが何だろうがお受けしましょう、それで帝国の皆さんと後腐れなく付き合えるならそれでいいじゃないか

「はい、是非 お受けしたいです」

「え エリス?、お前そんな軽々と」

ふと、メルクさんがドン引きしたような顔で表情をヒクつかせている、え 何その反応…何?ヤバイ話でした?、もしかして同盟を組んだらエリスに何か不都合が?、で でも仲直りするのにそんな不都合を押し付けるようなことするだろうか…

「な…何か、やばかったですか」

「ヤバイというか…、分かっているのか?帝国は今まで魔女大国以外と同盟を組んだことがないんだぞ?」

それはそうだ、帝国は唯一無二の大国その辺の国なんかとは同盟は組まな…ん?、ちょっと待て?それって…

「お前は、今 たった一人の個人でありながら、帝国に他の魔女大国と同格に扱われるということなのだぞ…?」

「あ…あるんですか?そんなこと、大国と個人が同列に扱われるって」

「無い、少なくとも そんなことをした国はないし、ましてや帝国がそんな事をするなんて 前代未聞もいいところだ…、エリス お前…今後普通の人間として生きられないぞ」

「そうだ、何せ我が率いる帝国が お前の後ろ盾になるのだからな、帝国は同盟の為なら力は惜しまない、何かあったらすぐに言え 軍を派遣してやる」

「えぇ…」

つまり今後エリスがどこぞのチンピラに泣かされたら それは帝国の同盟が侵略されたのと同程度の問題として扱われるという事、瞬く間に帝国軍が飛んできてエリスの敵をぶっ潰しにかかるという事…

それは…ヤバイだろう、帝国をバックにつけた人間なんかエリスも聞いた事ないぞ、こ 怖くなってきました

「どうしましょうラグナ、エリス どうしたら…」

「別に今までと変わらないだろ?、元々アルクカースだってエリスの後ろ盾のつもりなんだ、そこに帝国が加わるだけさ」

「そうだったんですか!?」

「そりゃそうだろ?、何せ アルクカースの大王だぜ?俺、俺がお前を守るってのはつまり そういう事だ」

んー?、とするとエリスは帝国やアルクカースだけでなくデルセクトやアジメク コルスコルピやエトワールも後ろ盾にしてることになるんじゃないのか?

なんか…、話が大きすぎて気持ち悪くなってきた、どこまで行ってもエリスは一個人の小市民なんですよ、そんな大きなこと言わないでください…

「は 話はありがたく受け取りますが、その…」

「分かっている、お前の旅路の邪魔はしない、何かあったら言え というだけである」

「ありがとうございます…」


「なははは、すげぇじゃねぇか エリス、帝国に魔女大国と同等に扱われるなんて 歩く国家じゃんかよ、なら一丁するか?オレ様と戦争」

ふと、声が玉座の裏より響く

それは将軍を押しのけ 片手に抱えた紙袋の中から巨峰を摘んでパクリと食べながら現れ、言うのだ 戦争するかと、当然ながらしないが その堂々たる出現に思わず呆気を取られてしまう

いつからそこにいたんだ、今まで顔も見せずに何をしていたのだと…

「よう、五日ぶりだな 目が覚めてよかったぜ」

「アルクトゥルス様…」

「あはは、ごめんね 直ぐにお見舞いに行くつもりだったんだけど、アルクを一人にするのは怖くてさ」

よっ!と不遜にも玉座にもたれかかりながら片手をあげるは争乱の魔女アルクトゥルス様とその隣で申し訳なさそうに苦笑いを浮かべているのは閃光の魔女プロキオン様…

どちらも先の戦いでエリス達の味方をしてくれた魔女様達だ、メグさん曰くこの宮殿に不法滞在し続けながら他の誰も彼女達を論理的にも物理的にも退去させることが出来ず今日この日まで無法を続けていたと言われる二人の魔女様が エリスの回復を祝う

「まったく、アルク…ここは我の…」

そんなアルクトゥルス様の声に呆れたため息を吐きながらカノープス様はやおらに振り向きその姿を目に入れるなり…

「って貴様!そのブドウは我の今日の甘味ではないかッッ!!」

「おう、美味そうながら貰ってやった」

「こいつッ!こい…つ…!ッッ!~~~!」

指を指し 激怒するように口を開くも、咄嗟に目が横へとスライドする、カノープス様が見るのは 将軍 師団長 師団員、そしてメグさんやエリス達…来賓達だ

それを目にするなりグリグリと歯軋りをしながら腕を組み

「まぁ…、いいだろう…!」

「だろうな」

歯を食いしばりながら寛大に振る舞う、まぁ 振舞ってるだけで メチャクチャ切れてるっぽいけどな、けれど今は謁見の最中

部下もいる 将軍もいるし弟子もいる、おまけに他の魔女大国の盟主やたった今同盟相手の定めたエリスもいる、そんな前で皇帝が感情的になる様は見せられない、故に許さざるを得ない

そこまで計算してか、アルクトゥルス様はさっきから堂々とブドウを食べているのだ、師匠の言う通り 計算高い人だ、まぁ その計算の使い方が悪辣極まるが

「おい、エリス ラグナ、聞いたぜ オライオン行くんだろ?」

「え?は はい」

「はい、師俺たちはこれからオライオンに行って軽くシリウスぶちのめしてレグルス様を助け出してきます、なので大人しく留守番しててください」

「クハハッ…、クソ青二才が何を偉そうに、だがいいぜ?その啖呵は気に入った、寧ろ情けなくオレ様を頼りにしやがったらブッ殺してたぜ ラグナ、行ってこいよ シリウス泣かせてこい」

どうやら ラグナとアルクトゥルス様の答えは同じ『魔女の同行は得策ではない』らしい、或いはもっと別のものを見ている可能性もあるが、魔女様達はこの一件を弟子に一任するようだ

それはそれでとてもありがたい、エリスはこの一件 今度こそ責任を持って片付けたいですから

「コーチ、付いてきてくれないんですね…」

「ああ、だが 案ずることはないよ、ボクはいつでも君の心と共にある、君が輝き続ける限り ボクも一緒さ、大丈夫だよ」

ね?と宥めるように微笑むプロキオン様の本音を言うならば、もっと指導をしたい筈だ、ナリアさんはこの中で最も戦闘能力が低い、指導されていた時間も短い、本当ならもっと色々教えたい筈だ けど、それでも送り出すより他ないのだ、時が来てしまった以上 仕方ないのだ

「おほん!、お前達はこれよりオライオンに向かい、復活を目指し蠢動するシリウスと決着をつけに向かう、そこに我等帝国も出来得る限りの援助はするつもりだが それでも最後は己の力と奮戦を持ってしてのみ 道が切り開かれるだろう」

すると、場の空気を切り裂くように 整えるようにカノープス様はエリス達を見下ろし口頭を述べる、すると

「我等魔女はお前達に同行は出来ない、しかし…」

そうチラリとアルクトゥルス様を見ると…、アルクトゥルス様も慌てて口の中のものを飲み込み

「んくっ、ああ…いくらなんでもシリウスとリゲルの二人の魔女の相手はキツイだろ?、だから お前達がシリウスを見つけて奴等を引き摺り出してくれれば すぐにそこに突っ込んで助けに行ってやるよ」

「引き摺り出す?」

「ああ、シリウスもリゲルも今隠れて行動してやがるからな、しかも幻惑魔術を使って…リゲルの幻惑は魔女さえも惑わせる、だが溢れ出る魔力まではどうやっても隠せない…故に」

「俺達がシリウス達の居場所を見つけ出して、戦闘行動を取らせりゃいいって感じか?師範」

「その通り、まぁ最後の最後 チェックメイトの一因をオレ様達が担ってやるって感じさ、だからお前らはレグルスの救出にだけ専念しろ」

そうか、魔女様達は隠密に向かないだけで魔女大国に立ち入れないわけじゃない、戦闘が始まり 隠密の必要性が無くなればいつだってこちらに来れるんだ

流石にエリス達もシリウスとリゲル様の二人を相手取るのは厳しい、だからその点での助けは必要だ、まぁ 多分最後はエリス達の力で決めることになるだろうが それでもありがたい援護だ

「まぁそう言うわけだ、何もかも任せる とまでは言わんから安心しろ」

「何から何までありがとうございます、カノープス様」

「構わん、お前は我が伴侶の娘 なれば我が娘も同然と言った筈だ、それに 帝国は同盟相手には支援は惜しまない、存分に使え 世界最高の力を」

カノープス様に頭を下げながらエリスはこの先のスケジュールを頭の中で組み立てる

つまりだ、エリス達はこれから魔女の弟子達だけでオライオンに乗り込み 隠れ忍びながらシリウス達を見つけ出して戦闘に持ち込む、当然敵も抵抗するが その抵抗は魔女様達が凌いでくれる

魔女様達と共闘しつつエリス達魔女の弟子はシリウスの同化魔術を打ち破り、師匠を解放する…、そう言う流れだ

不安点は隠れ忍びながらシリウスを見つけられるかどうか その一点にかかっている、もし先に奴等に気づかれようものなら最悪だ、敵は大国 その戦力がエリス達に差し向けられシリウスもまたエリス達に何かを仕掛けてくるかもしれない

そんな状況下には持って行きたくはない、なるべく目立たずシリウスを見つけ 先制攻撃をこちらが仕掛けるんだ

「さて、では これからお前達はオライオンに出立するのだろうが、その前に 宴の席を設けた、これから辛い戦いの連続だろうからな、その前に存分に喰らい 存分に飲み、存分に楽しんでいけ」

「え?、まじですか!」

ラグナが敬語を崩しながら両手を掲げる、もう全身から喜びが伝わってくるのだ…、しかし 旅立ちの最後に盛大に祝ってくれるとは、有難いなぁ…何もかも 有難い

「では、私が案内しよう、皆もこの帝国で知り合いを作っただろうからな 最後に別れの挨拶をするがよい」

「か カノープス陛下自ら案内してくれるのか…」

「あ!、陛下!案内は私が…」

自ら案内するため、立ち上がったカノープス様を止めるようにメグさんが慌てて動き出す、しかし…

「待て、メグ」

止める、ルードヴィヒさんが メグさんの行動を止めるように口を挟むのだ、その面持ちたるや重苦しくそれを見たメグさんもまたゴクリと固唾を飲んで疑問符を口にてに表現する

「な…なんでしょうかルードヴィヒ将軍」

「お前はこの場に残れ、話がある」

「話…」

まるで二人だけで話がしたいと言わんばかりの空気に、周りの師団長もゴッドローブさんもアーデルトラウトさんも動き出し、部屋を出ようとするカノープス様に追従し

「どうしたエリス、宴の席はこちらだ、メグは…今は放っておいてやってくれ」

「え?…あ…」

想起し 察する、そういえばかつて言っていたな、メグさんのメイドとして育ての親はルードヴィヒさんだと、そんな彼から 旅立つ前に何か話があるのだろう

故にエリス達も師団長達も、皆揃って別の部屋へ移させるのだ、その話は 誰にも聞かれたくないから…

「分かりました、ではメグさん 先に行ってますね」

「え…ええ、分かりました 私も後で向かいます」

そうしてエリス達は揃ってカノープス様に追従し、メグさんとルードヴィヒさんだけを残し 玉座の間を後にする

軋む扉の音と共に 狭くなっていく謁見の間の光景を、振り返りながら進むエリスは見る

メグさんとルードヴィヒさんだけが残る部屋にて 二人が向き合い…、なにかを話し始めるのを、だけど聞かない

振り返るのをやめ カノープス様の案内に従い歩みを進める、きっとあれは二人にとって大切な話だ、ならそれを聞くのは野暮だろうから


……………………………………………………………

「…それで、何の用ですか?ルードヴィヒ将軍」

「………………」

静まり返る玉座の間、いつもなら陛下が居るはずのこの空間に残るのは私とルードヴィヒ将軍の二人だけ、本当であるならば私が皆さんを先導して祝宴の席の運営をしなくてはならないと言うのに 、それを呼び止めて…なんなのでしょうか

「………………」

ルードヴィヒ将軍はなにも言わない、何も言わずにジッと私を見ている、昔から寡黙な人ではあったがそれでも要点をまとめた話をしてくれる人ではあった、けど…今回はそれもなし

何故呼び止めたか、なにを言いたいかも判然としない、もしかして…怒ってるのかな

私がエリス様達と仲良くすることに この人は反対なのだろうか

思えば将軍は対シリウスの旗本のような方だ、半生を掛けて先日の戦いに備えてきた、それを全てお釈迦にされたのだ、剰えそれを止めるはずの私は任務に失敗したばかりか 最後にはエリス様に手を貸したりもした

…今まで、多くのことを教えて育ててくれたこの人への恩を仇で返すような行い、いくら陛下が許しても それはエリス様への許し、帝国側を裏切ったに等しい私への許しはまた別だ

「…メグ」

「はい、なんでございましょうか 将軍」

故に、真摯に答える、出来る限り姿勢良く立ち 優雅な佇まいで将軍を見つめる、思えばの所作もルードヴィヒ将軍が教えてくれたのだ、…軍人でありながら従者のなんたるかも全て知っていると本当に凄いお方だ

「……楽しいか」

「ッ…」

責めるような言葉だ、帝国を裏切って ルードヴィヒ将軍が用意したものを踏みにじっておきながら今この時が楽しいか?そう言いたいのだろう

将軍から見ればとんだ間抜けに見えることだろう 今の私は、何せエリス様やラグナ様達と一緒にいられて舞い上がっているのですから…、私はメイド 誰の前でも陛下のメイドとしての姿を崩してはならないと教えてくださった将軍の目の前でそんな真似をして、間抜けだな…

でも…

「はい、楽しいです」

それでも楽しいんだ、初めてなんだ友達が出来たのは

エリス様の優しさはこの半年で痛いほどに見知った、ラグナ様達も優しい 私を受け入れてくれる、こんな経験初めてなんだ メイドではない私をありのままで受け入れてくれる人達なんて…

ジズのところにいた時に味わった無遠慮な悪意と雨のように降り注ぐ侮蔑軽蔑の視線とは真逆の暖かな心地、陛下があの日私に与えてくれた温もりにも似た感覚に 私は今酔いしれている

帝国の皆さんも優しいが、それは私がメイドであり 優秀だからだ、メイドのメグではなく ただのメグとして受け入れてくれる、立場の関係ない友とは私にとって初めてなんだ、こんな気持ち 初めてなんだ

今まで味わったどの享楽よりも楽しい一時を与えてくれる彼らが 私は大好きになりつつある、エリス様に至っては 既に大好きだ

それを、隠すことなく宣言する、例え 大恩人たる彼から失望の念を買ったとしても…

「そうか…、楽しいか」

その言葉を受け、将軍は静かに目を伏せる、それは落胆か 失望か…

でも、私は エリス様達のことも好きだが…、将軍の事も大好きだ、だって この人は陛下と同じく私を育ててくれた人の一人だから、不器用で寡黙でおっかないけど とても優しいんだ、おずおずとした優しさだけれど 確かな優しさ、そんな優しい将軍に嫌われたら私は……

「それは良かった、本当に」

「ッ!?、将軍…?」

はらりと 涙が伝う、ルードヴィヒ将軍の頬に 隻眼から流れる一筋の涙が煌めき私はかつてない衝撃を受ける

見たことがなかったからだ、将軍が涙を流すところも 感情を露わにするところも

「な…何故、泣くのですか」

「泣いてなどいない、お前にも ようやく友達が出来たのだぞ、こんなにも嬉しいのだぞ、この祝うべき日に泣くわけがないだろう」

そう語る将軍の瞳からは続くように涙が流れ続ける…、嬉しい?祝う?、まさかこの人

喜んでくれているのか、私に友達が出来たことを…?

「お前も、ようやくメイドとしてではなく 個人としての幸せを享受出来るようになったと思えば、こんなにも嬉しいことはないさ」

「私の…幸せ…?」

「ああそうだ、誰かに仕えることで自己の存在意義を見出すのではなく、任務を前に心を殺すのではなく、自らの心の赴くままに 人が本来誰しもが持ち合わせ 求める幸せ…、私は お前がそれを手に入れることを心から、心の底から 願っていた」

ピリピリの脳裏に過ぎるのはルードヴィヒ将軍の言葉…、今まで不可解な言動として残っていたそれが 点と点で結ばれる

まさかこの人、私のためだったのか?

軍事演習で態々無理難題を出して 私とエリス様を共闘させたのも、エリス様を暗殺する為フィリップ様に声をかけに行く時 私に掛けた言葉『それでいいのか』という言葉も全て

私に友達を作らせる為だったのか?、この人はずっと 陛下の為でも帝国の為でも 世界の為でもなく、私の為に ずっとエリス様と私を惹きつけようとしてくれていたのか…?

何を…そんな、バカなことを…だって、エリス様を籠絡し利用するように命令したのは陛下だぞ、そんな陛下の意向に真っ向から背いて…私の為なんかに?

「良かったな、メグ…」

「貴方は…どうして、そこまで…私の為に」

「お前の為だからだ」

話は終わりだとばかりにルードヴィヒ将軍は 歩み出す、扉に向け 私に向けて、ゆっくりと私に向けて 歩き出す

私の為だから…か、なんて 不器用なのか…

「お前はお前の幸せを守り続けるんだ、メイドではなく お前自身として在れる幸せを、誰かの命令でもなく…お前自身のだ、その為なら 私もいくらでも力を貸そう、なんたって私は…、お前の…」

「ルードヴィヒさん…?」

「……教育係だからな、さぁ行くぞ お前の友が待っている」

すれ違いざまに私の頭を撫でて、コートの裾をたなびかせ歩き去るルードヴィヒ将軍の背がただただ今は大きく見えた

思えば私はいつも、陛下の偉大な背中と共にこの背を見て育ってきた、小さい頃はいつもこの背を追いかけていた…、いや それは今もか

「はい、将軍」

不器用で無愛想な背中、何を考えているかもわからないし 時として怖い背中を私は追いかける、この人はいつだって私にいろいろなことを教えてくれる

陛下と同じくらい 尊敬すべきお方であるルードヴィヒ将軍の背中を追いかけるように歩く、昔のように 幼き頃のように…すると、昔は気がつかなかった事がよく見えてくる

歩幅はいつもよりも幾分短く遅い 私に合わせているんだ

いつもよりも若干顔がこちらに傾いている、ああ 私の方を見ているんだ

激務と多忙に押し潰され いつもは疲れが漂ってくる背中を 無理に張って大きく見ているのは、私の尊敬に対する見栄だろうか

この人は こうやって歩く時も、ずっと私を意識して…

ああそうか、そうなのか…


「ん?、メグ 来たか」

将軍と共に宮殿の広場に辿り着けば、既に我等を送り出す為の祝宴は開かれており、大きくなテーブルの上には料理の数々が並べられ、それを囲むように弟子たちが座り さらにそれを囲む師団員や帝国軍人達がみんなに絡んでいる…

「なぁなぁ!、アンタがラグナだろ?、俺の父ちゃんを一発でぶちのめしたっていう!」

「すごいだなぁ!、エリスさんも凄いだけどラグナ様も凄いだよぉ!」

「あ?、ああ?うん、俺はラグナだけど そもそもお前ら誰だよ」

テーブルの上の肉を独占するラグナ様に絡んでいるのはゴラク様やヴァーナ様だ、件の戦いに参加していたテンゴウ様の息子たるゴラク様はラグナ様に挑みたいような様子でうずうずしてますが、まぁまるで相手にされてませんね

テンゴウ様どころか負傷したとは言えアーデルトラウト様と互角にやり合うような化け物相手にゴラク様が出来ることなんかないと思いますが

「どうだろうかアマルト君!私の料理は!、どうか!どうか採点してほしい!どうやったらタリアテッレに勝てる!?タリアテッレに勝ってる要素はあるかね!、どうだ!答えろ!」

「だぁぁぁあ!うるせぇ!それは昨日言ったろうが!、料理人が飯食ってる人間に絡むんじゃねぇぇぇぇえ!!!」

パスタをズルズル食べるアマルト様の足にすがりつくのは我等が宮廷給仕長にして料理長、そして第六師団の団長でもある鉄人料理人ブルーノ様だ、タリアテッレ様に負けて世界二位の料理人に転落して以降タリアテッレ様に執着している彼が その弟たるアマルト様に執着するのはある意味必然

まぁアマルトさんからすれば貰い事故みたいなものだが、昨日何やらブルーノ様と何かしていたようだが その内容は知らない

「戦いに赴くのだな、サトゥルナリア」

「はい、ヴィルヘルムさん 僕やってきます」

「ああ…、今の君なら出来るだろう、仲間を守れよ?それが 一人前の戦士というものだ」

「っ!、はい!」

ナリア様と共にグラタンを食べているのはヴィルヘルム様だ、先の戦いでぶつかり合ったという二人、されどその関係は極めて良好な様子だ、なんでもヴィルヘルム様が半ばナリア様に戦いの厳しさを教えるように戦ったそうだ

その経験はナリア様に多大な経験を与えただろう、事実彼は後日プロキオン様から手を取って礼を言われたという、『我が教え子の最初の相手が君で良かった』と…

「ほう、つまり君が帝国の魔装開発の責任者と?」

「そうだ!、よくもこの間はお姉ちゃんを!」

「まぁそれを言うな、だが私はこの国の魔装技術に大層感激していてな、是非とも我が国にもこの技術が欲しいのだが、どうだろうか 我が国にも力を貸してはくれまいか」

「ふぇっ!?、わ 私は帝国の軍人で」

「勿論やめろとは言わないさ、だが君の研究の費用を少しだけ援助したい…、差し当たってこれくらい援助するつもりなんだが?…」

「え?、えぇっ!?こ…こんなに…、ケチな開発局の上層部よりも…うん十倍も…、これだけあれば…」

何やら魔装開発の責任者たるユゼフィーネ様をスカウトするように逆に絡みにいくメルクリウス様が サラサラと一枚の小切手に文字を書き込みユゼフィーネ様に見せるのだ

メルクリウス様は帝国と双璧を成す技術大国たるデルセクトの盟主、帝国の魔装技術は喉から手が出るほどに欲しいだろう、その最初の一手としてユゼフィーネ様を籠絡にかかっているのだ

ユゼフィーネ様は先日の戦いでメルクリウス様に敗北したユーディット様の妹、その件で文句にかかったようだが…、あの策謀渦巻く国で頂点を務めるメルクリウス様に上手くやり込められているな…

「エリスぅぅぅうっっ!!!、会いたかったよぉぉぉお!!」

「ぅええ!?フィリップさん!?、無事だったんですか!?」

「うん!死ぬ覚悟で行ったんだけど普通に拘束されて済んだよ!まぁ死ぬほどボコボコにされて除隊されるところだったけど、エリスが陛下の許しを得たおかげで僕もまた師団長に返り咲けたんだ!、ありがとうぅエリス!」

エリス様のテーブルに突っ込むのはフィリップ様だ、先の戦いで真っ先にエリス様の味方になった彼はその後ラインハルト様に敗北し その身柄を拘束されていた、当然責任を問われていたものの 彼もまたエリス様が無罪を得たが為にその責任も全て白紙、再び師団長に戻る事が出来たのだ

まぁそれでも昨日までリハビリをしていたはずなのだが、愛しいエリス様に会える最後のチャンスと彼もここに急いでやってきたのだろう

「エリス!、僕は…僕はやっぱり君が好きだぁぁぁ!!、だから僕と結婚して欲しい!、君のためなら一生贖罪に身をやつす覚悟がある!だから!」

「ちょちょっ!?、フィリップさん!」

逃さない!とばかりにフィリップ様が最後の求婚に挑む、今までエリス様はフィリップ様の求婚を断り続けてきたが 今回は違う、何せ先日の戦いで男気を見せたフィリップ様の印象はエリス様の中でかなり良いものになっており……

「おいテメェッ!何エリスに求婚してんだよッッ!!」

しかし、その求婚を止める者が一人、ラグナ様だ…

もうすんごい怒った顔でフィリップ様を引き剥がし大地が揺れるような怒声をあげるのだ、あの必死ぶり…まさかラグナ様も…、ははーん トライアングル関係…

「テメェ…やっぱりエリスの事狙ってやがったな…」

「ラグナ大王!、僕が誰にいつ求婚しようが僕の勝手だろ!」

「勝手が過ぎるってんだよ!、結婚なんて言葉でエリスを縛るんじゃねぇ!エリスは誰にも縛られないんだよ!」

「縛らない!僕はエリスと歩んでいく!、邪魔するなら君…容赦しないよ!」

「上等だ表でろ!ミンチにしてやる!、アマルト!料理してテーブルに並べてくれ!」

「絶対嫌なんだけど…」

ギャーギャーと掴み合いの言い合いを始めるラグナ様とフィリップ様の喧嘩を囃し立てるように周りも騒ぎ始める、これじゃあ祝宴というより下品な宴会だ…

なんて思っていると二人の言い合いの隙をついてこちらに避難してくるエリス様の姿が見える…

「はふぅ、危ない危ない」

「おや?、エリス様 お二人を止めなくても良かったのですか?」

「あれ?メグさんいつのまに…、いいんですよ ラグナもきっと手は出さないでしょうし、フィリップさんもエリスの友達を傷つけたりしませんよ」

なんて近くの料理を二つ手に私の隣の地べたに座り込むエリス様は笑う、なんという魔性の女なんでしょうか、二人の男を手玉に取っておきながらこうも純粋に笑えるとは…、恐ろしい いつかエリス様を巡って国が戦争するんじゃないでしょうか…

「それよりメグさん、話は良かったんですか?」

そう 片方の料理を私に差し出しながら、問う…もう話は良かったのか と

「ええ、いいんですよもう…、よくわかったので」

「んぅ?、よくわかった?、何がですか?」

私はその差し出された料理を手に エリス様の隣に…お下品にも床に座る、この間 私は彼女を手酷く裏切り傷つけもしたのに、彼女は警戒する様子もなく私を隣に置いてくれる、それは私が友達だからだろう エリス様が私をずっと友達だと思い続けてくれているからだろう

そんな私とエリス様の様子を見て、フッ と綻ぶルードヴィヒ将軍の顔と共に 私は理解するのだ

不思議そうなエリス様、嬉しそうなルードヴィヒ将軍、私を受け入れてくれたラグナ様達と私の仲間である帝国軍人の皆様、そして 全て受け入れ楽しそうに食事をする陛下

全てを目に入れ、私は…

「ええ、私 愛されてるな…って」

「なんですかそれ?」

そのままの意味だ、私の居場所はここなんだ 私を愛してくれる人たちはここにいるんだ、あの暗く血の匂いが立ち込める空魔の館ではなく メグ・ジャバウォックは今 ここにいるべきなんだ

それを理解出来て、胸の内に生まれる温もりを抱いて 私は笑う

心の底から、腹の底から 下品に 豪快に、楽しくて楽しくて 今生きてる事が堪らないから…、みんなと一緒に居られる事が 堪らなく……



…………………………………………………………………

「さて、皆さん準備はよろしいですか?」

カチャカチャと片付けられる食器達を前にエリス達は点呼を取る、さぁ宴会も終わりましたしそろそろオライオンに向かいましょうか

「必要最低限の荷物は持ちましたか?、水筒は?ハンカチは?お金は?、あ ナイフとかもあると便利ですよ、地図も」

「全部持ちましたー!」

バッグの中のものを見せてくれるナリアさんだけが真面目にエリスの話を聞いてくれる、他はというと

「なぁなぁアマルト、オライオンって雪降ってるかな」

「あ?、ああ 降ってんじゃねぇの?行った事ないから知らんけど」

「じゃあ向こう行ったら雪合戦しよう」

「えぇー!、アルクカース人のお前と合戦なんか死んでもやりたくねぇー」

男組は何やらバカな話をしているのだ、聞け!話を!

「しかし、本当にここから一瞬でオライオンに行けるのか?」

「はい、私の時界門でオライオンの国境までワープ出来ます、一応この日のためにそこにマーキングしてきたので」

「小便してきたのか?」

「犬じゃないんですよ?、私」

どうやらメグさんがこの日のためにオライオンの国境街にセントエルモの楔を打ち込んできてくれたようだ、これならものの数秒でエリス達はオライオンへ踏み込む事ができるだろう、つまり 今この場がオライオンへの出発点となるのだ

なのにみんな気が抜けてて…

「行くか、魔女の弟子達よ」

ふと、そんなエリス達を見て カノープス様が見送るように軽く手をあげる、後のことは任せたと言わんばかりに…、今 エリス達の背中に世界最強の責任が乗ったのだ

「頑張ってこいよ、お前ら」

「君たちならやれるさ、困ったら師匠の教えを思い出すんだ、ね?」

「はい、アルクトゥルス様 プロキオン様…カノープス様、行ってきます」

故に掲げるは拳、任せろと キチンと師匠を取り戻してみせますよ!エリス達は!

「では、参りましょうか…皆さん準備はいいですね」

「ああ、構わねぇ 頼むぜメグさん」

見ればバカな会話をしていたラグナ達の顔も旅立ちを前に引き締まっている、メルクさんもナリアさんもアマルトさんも、皆が皆 引き締まった顔で、それでいて怯えの一つもない勇壮な顔つきで 前を睨む

「…それでは、参りましょうか 我等の決戦の地に!『時界門』!」

メグさんの声と その手の動きによって空間が捻れ こじ開けられるように大穴が開く、この先が エリス達の決戦の地…オライオンか

「これが…時空魔術…、見るのは初めてだな」

「これをくぐればオライオンか…、いよいよ旅立ちだな エリス」

「はい…」

これをくぐれば後戻りは出来ない、始まってしまう戦いを前に エリスは最後に一度だけ振り向く、その先にはカノープス様やアルクトゥルス様 プロキオン様、そして この帝国で出会った皆さんが、見送るようにこちらに手を振っていて

「頑張ってこいよ!、手伝える事があるならいつでも言ってくれ!」

「帝国の魂は君たちと共にある、臆さず進め」

「エリスー!無事に帰ったら結婚しようねー!」

「テメェフィリップ!まだ言うか!」

「こらこらラグナ、エリスは結婚しませんから…、それじゃあ」

また引き返そうとするラグナの首根っこを掴んで、エリスは軽く 片手を掲げる、この帝国での戦いと旅 それを通じて出会い絆を深めたみんなと、この国の全てに対して エリスは告げる

「行ってきまーす!」

別れを、帝国を通過して エリスは今から新たな国へ、最後の国へ向かいます!今までありがとうございました!その感情をありったけ込めて拳を掲げ進む

背後にみんなの別れの喧騒を背負いながら、みんなの命と期待を一身に背負いながら エリス達六人は 進む、時界門へ…いや、オライオンへ







そして、帝国との別れを終え 時界門を一歩踏み越えたその瞬間、世界は張り替えた壁紙のように全てが切り替わる

たったの一歩で全てが変わった、豪華絢爛な宮殿内部から見る景色が、芳しい料理の残り香が香る室内から、何より 一歩踏み出した足が感じる感触から…全てが変わる

「これが…」

踏み込んだ足が、深く降り積もった雪に埋もれて冷気が伝わる、吐いた息が白く染まり 露出した全ての皮膚が劈かれるような寒波がエリス達を襲う

何より、目に飛び込んできた世界に 言葉を奪われる

「教国…オライオンか」

遥かに続く銀世界、溶ける事なき雪は積もりに積もり その上から更に雪が降り積もる、エトワール以上の雪世界を前にエリス達六人は揃って…感じ入る

ここが、エリス達の新たなる戦いの舞台…、エリスの旅の終着点、シリウスの待つ 魔女大国 教国オライオン!

「すげぇな、地平の向こうまで雪だらけだぜ」

「これ、エトワールよりも積もってますよ…、流石世界で一番寒い国…」

地面も山も全てが雪に包まれているんだ、その雪の深さは明らかにエトワールよりも深い、そんな雪の海の向こう側に…何かが見える、いや あれは街か

「皆さまもうお気づきかと思われますが、こちらがアガスティヤの隣国 テシュタル教が全てを支配する大国…、宗教の国オライオンにして あちらに見えますのが、オライオン最初の国境街」

メグさんが指し示す先に見えるのは 雪に埋もれた巨大な街、アガスティヤとオライオンを結ぶ国境にして関所たる国、エリス達が最初に訪れる街…

「あれが、『星啓街 ユピテルナ』にございます」

目に映る最初の街、エリス達はこれからあそこに潜り込み、ユピテルナを超えて シリウスの居る場所を見つけ出す必要があるんだ、気が引き締まってきたぞ…!

「よし、それじゃあまず」

ラグナが口を開く、まるでそれがみんなわかっていたかのように それぞれが目と目を合わせて頷きあう、そうですね エリスも同じことを考えていました、この国に来てから最初にすべき事…それは

「じゃあまず…」

ラグナが手を掲げ、ビッ!と指差す先は 星啓街ユピテルナ……


ではなく、その反対方向 アガスティヤ帝国の方角を指差して

「撤退!撤退しよう一回!寒いわこれ!、服装絶対間違えた!」

「さっっっっむ!、オライオンナメてたッッ!!」

「エトワールの十倍寒いよー!」

「こ 凍え死ぬ!、これじゃあユピテルナに辿り着く前に私達凍え死ぬぞ!」

「メグさん時界門!時界門作って!、もっとあったかい格好してから来ましょう!死んじゃいます!」

「まま 待っでぐだざい、か 悴んで口が うごかなひ…!」

「しぬぅー!、俺達オライオンに入った途端死ぬー!」

慌てて時界門を作り出すメグさんに続いてアガスティヤに引き返し メグさんの屋敷にコートとかマフラーとかを取りに戻る、いやだって寒すぎますもんこれ エリスが立ち寄ったどの国よりも 経験したどの冬よりも寒い、帝国の暖かな気温に任せたような軽装じゃ確実に死ぬ

そうしてエリス達はオライオンに入るなり再びアガスティヤに逆戻りすることとなった…、引き返せな旅立ち…のはずだったんですけども…、まぁ これはノーカンって事で?



はぁ、締まらないなぁ、この先大丈夫かな 急に不安になってきたぞ




……………………第八章・前編 終
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