孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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八章 無双の魔女カノープス・後編

250.魔女の弟子と奮戦の地

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「くぅぅぅぅぅうらぁぁぁぁあぁ!!!フリィィィィイイドリヒィィイイイイイ!!!!」

「ぎゃぁぁあああああああああ!?!?!?」

回転する視界 響き渡る怒号と悲鳴、両足を掴まれグルグルと振り回されスイングされるフリードリヒは情けなくも叫び散らすも 足を掴むラインハルトは一切の容赦もせず回転を早める

「お前ぇぇえええ!!敵なんか何処にもいねぇじゃねかぁぁああああ!!!」

「ごめーーん!、見間違いでしたー!!」 

「ザッッッけんなぁぁぁあ!!!」

「ぅぎゃぁぁぁあああ!!??」

解放される体、ラインハルトがフリードリヒの両足を離し 投げ飛ばせば近場の木に激突しへし折れ、哀れにもフリードリヒは下敷きになる

「うう…」

「お前が真面目に物を言うから信じたのに、俺がバカだったよ!」

「い いや、俺の方がバカだから…大丈夫だよ」

「それは大前提だッ!、この大バカ!」

ひでぇ言われよう…、と上に乗った木を退けて頭を摩る、いてぇ…

今、フリードリヒ達多くの師団長 及び師団はX地区から脇に逸れた森の中にいる、フリードリヒが呼び寄せたのだ 敵の増援の姿があると…まぁ嘘なんだけどさ、それもこれもエリスさんに恩を返す為…

なんだけど、『ごめん、やっぱ今のなし』と言った瞬間ラインハルトは激烈に怒り フリードリヒを殴り飛ばし、今に至るわけだ…、まぁ殴られはしたが殴られるくらいなら…

「…どう言うつもりだ、フリードリヒ、帝国を裏切るのか?」

「…………」

ああそうだ、怒鳴って殴られるくらいなら別にいい、一番辛いのはラインハルトに疑念を抱かせてしまうこと、こいつはこれで真面目な男だ 俺の真意を確かめようとする、その時 暴力を持って迫ってくるならまだいいが、なまじ真摯に問い詰められると弱いな

「…そんなことあるわけねぇだろう、帝国は裏切らないよ…」

「なら何故エリスの手助けをした」

「…………アイツにゃ、恩があるから…リーシャの、リーシャの恩は俺の恩だから、返したい」

「リーシャの…か、まぁお前の事だ どうせそんな理由だと思っていたよ、…しかしにしても やってくれたな、お陰で我等師団はエリス達を通してしまった…、ロクな戦力のいない第一陣では止められん、防衛は失敗だ…」

エリスは俺達を抜いて第一陣に迫った、多分もう第一陣も抜けて もしかしたらシリウスや陛下の元まで辿り着いているかもしれない、まぁ そこから後のことはエリスさんに任せるから今更どうこうする気は無い

「分かっているだろうな、フリードリヒ…」

「ああ、全部覚悟の上だ…、部下達を巻き込んだ責任 お前らを騙した責任、それを全部加味すれば降格じゃ済まないことくらい 俺だって分かってる」

ここまでのことをやったんだ、真意がどうあれお咎めなしは無いことくらいわかってる、降格じゃ済まない まず除隊は間違いない、その上で罪に問われることもあるだろう それこそループレヒトみたいにな

だが、たとえ地獄に行こうとも 恩だけは返す、それが俺の生き方だ、今更悪足掻きもする気はねぇ

「そうだな、フリードリヒ…お前は除隊だ」

「…ああ、ただ除隊になる前にせめて部下達の…」

「ただし!」

「え?」

せめて、部下達の今後の事を他の師団長に頼みたい そう言いかけた瞬間、提示される『ただし』の言葉に思わず声を上げラインハルトの顔を見る…、それは

「エリスがしくじったら…、除隊だ 分かったな」

「え?え?、ってことは…?」

「帝国で師団長を続けたいなら、せめて祈れ エリス殿が全てを解決してくれるのをな」

簡単な話である、ラインハルトとて エリスが憎いわけではないのだ、先の戦いでの恩義もあるし 何より先刻フリードリヒの言った 帝国側の責任…

ラインハルトがもっとしっかりしていれば、ニビルを彼処で倒せていれば こんな事にはならなかったと言う責任を 彼は感じているのだ

故に、万全を尽くして 力を尽くしてエリスを止められなければ、そこで諦めようとも何処かで考えていた、まぁ その覚悟もフリードリヒによって邪魔されたわけだが

或いは、これでよかったのかもしれないと ラインハルトは思う、エリス殿は何かを成し遂げられるタイプの人間だ、もしかしたら 今回の件も、彼女なら丸く収められるかもしれない

そんなある種の賭けにラインハルトは出る、これでこの賭けに負ければ首が飛ぶのはフリードリヒだけではなくなったが、まぁ 良いのだ、勝てばそれで

「エリス殿は帝国との戦いをここまでひっくり返した御仁だ、アルカナとの戦いもそうだ、ともすれば 我々にも魔女様にもなし得ない事を成してくれる…かもしれない、そう思っただけだ」

「そうかそうか!あははは!いやぁラインハルト、お前なら分かってくれると思ってたよ」

「……そうだな」

流石は俺の友達 と気安くラインハルトの肩を掴むフリードリヒ、全くこいつは本当に調子のいい男だと笑いながらもラインハルトはフリードリヒの手を掴み

「まぁ、それはそれとしてお前には罰を与える」

「へ?…」

「二度と私を騙すな!、フリードリヒ!」

「ちょっ!?ま…!げぶぅー!!」

とりあえず、フリードリヒはボコボコにしておく、今後こんな風に軽率に身勝手な行動をされても困る、故に躾ける そうしている間に全てが解決すれば良し、解決しないのなら…まぁその時はその時だ

……………………………………………………………………………

「中々にやるものよ!、軽薄そうな見た目の割に 剣筋の重厚な事、其の方中々に律儀でござるな!」

「うっせぇよっ!」

帝国軍によるシリウス包囲網の丁度中間地点、元々第二陣が敷かれていた平原に 鳴り響く剣劇が激しさを増す

振るわれるのは光芒を残す白刀と空を切り裂く黒剣、二つの刃は縦に横に 斜めに袈裟に、力強くぶつかる刃以上に素早く柄に当てた手を高速で動かして 目の前の敵の打つ一手を互いに凌ぎ続ける二人の剣豪

「チェストォッ!」

「はぁっ!!」

振り抜かれた斬撃が金属音と共に大気を揺らせば、ビリビリと互いの闘気が両者の視線を通して交わり合う

一歩も譲らぬ、互いに引けない物のために一歩も譲らない

「アマルト殿と言ったか…、拙者の剣についてくるとは驚きでござる」

「そりゃどーも、もう少し手加減してくれりゃもっと驚かせてやれるんだが?」

キッと視線を尖らせるのはコートの下に武者鎧を着込むと言う不釣り合いな姿をした女剣士 帝国師団長ヒジコ、彼女は刀に力を込めて目の前の存在を斬り伏せようとさらに力を込める

そんな剛剣真っ向から受け止めるのは外行き用の厚いコートの下に学生服を着込んだスタイルの黒剣使い、ディオスクロア大学園の次期理事長にして探求の魔女の弟子アマルト・アリスタルコスである

師匠を助ける為に命をかけて戦うエリスを守る為 助ける為、この帝国という決戦の舞台に馳せ参じた彼はその心意気のままにエリスを先に向かわせ、ここで師団長の足止めの為奮戦を演じていたのだ

「それは出来ぬ相談でござるなぁ!」

「っとと、そうかい そりゃ残念」

グイとヒジコに押されたたらを踏みながらもアマルトは…俺は後ろへと引き下がる、引き下がらざるを得ない

何せヒジコと言う女武者の剣の腕はこの国でも指折り、それがその辺の小国で指折りってんならまだかわいいが、生憎ヒジコは世界最強の帝国での指折りなんだ 下手すりゃ非魔女国家の最高戦力を真っ向からぶっ潰せるくらいには強いんだなこれが

対する俺はどうだろうか、まぁ 剣の腕は悪い方じゃあない、何せヒジコを超える数少ない使い手である全魔女大国最強の剣士タリアテッレから直々に指導受けてるんだ、並みじゃ無いよ?俺は…

けど、違うんだ…、ヒジコは剣一本で生きている、対する俺は戦闘に都合がいいから剣を使ってるだけ、実力以上に剣にかける熱量が違う…、故に

「……はぁ、嫌だねぇ」

俺はチラリと視線を下に向け己の体を見る、至る所に切り傷が出来 痛々しく血が一本線を作っている、制服もあちこち切り刻まれ これで登校したらそれだけで問題になりそうな有様、…はっきり言って満身創痍だよ

対するヒジコにダメージはない、あるのはその肌に浮いた薄い切り傷のみ、…そう 小さな切り傷だけ…

(おかしいな、もう何度も傷を媒介しつつ呪いをかけてんのに…こいつピンピンしてんだけど?)

アマルトの呪い剣には傷つけた相手を麻痺させ金縛りにて拘束する…と言う効果が付与されている、何せこの剣…というより刃を形作るのもまた古式魔術だ、それくらい出来て然るべきだと思うんだが…、師団長には効かないのか?んなことある?

「意気込みやよし腕前もよし、されど お主からは気迫を感じないでござる、拙者を切り倒してやろうという気迫が!、人を斬る事への気迫が!」

「うぉっ!?」

裂帛の踏み込みと共にヒジコの刀が右へ左へ薙ぎ払われる、ヒジコの刀は鋭く重い…筋力にも差があるのか、それとももっと別の部分で負けているのか、アマルトは何度打ち合っても彼女に打ち負けるのだ

「どうした!、お主の剣は自分を守る為の物か!、剣を持つなら攻めよ!攻めて攻めて!攻めてこその剣士なり!」

「むっ…」

何度も何度も振るわれるのはヒジコの刀、右へ左へ 時として互いに立ち位置を入れ替え、激しく打ちあいながらも明確にヒジコが戦闘のペースを握る、そんな戦いの中 ヒジコが言い放った言葉を前にアマルトは顔をしかめる

攻めてこその剣士?、俺に対して教えるような…教師ぶった顔をするんじゃねぇよ

(そういや、タリアテッレと打ち合ってる時も、こんな風に防戦一方だったな…)

思い返すのはタリアテッレとの一幕だ、…タリアテッレとはまぁ昔のことは水に流して 最近は一緒に剣の修行もするようにはなっている

タリアテッレは俺の意図を汲んで剣士としての側面を鍛えるように何度も何度も修行に付き合ってくれたが…

『アマルトはさ、イマイチ剣士に向かないよね』

なんて言われたのだ、それは昔みたいな人の夢を踏み躙るようなそんな悪意ある言葉ではない、事実としてタリアテッレは言ってくれたのだ

『剣士にはね?、力によって剣を振るう剛剣の使い手と技術によって相手を翻弄する柔剣の使い手の二種類がいる、どんな剣士も鍛えればこのどっちかに寄寄るからこそ強くなるんだ、剛を鍛えるか 柔を極めるか…それを選んで強くなるんだ』

その言葉はなんとなく理解出来た、近くにいい例が居たからな

例えばラグナを剣士にするなあれは剛剣使いだ、圧倒的力で相手を捩じ伏せるスタイルの剣、当然そこに技術は存在するが、それはより効率よく力を引き出す為の力こそ全てな剛剣スタイル

例えばエリスを剣士にするならあれは柔剣使いだ、水のように柔軟に相手の手を潰し 自ら都合のいいように形を変える、時に素早く 時に強く なんでもするしなんでも出来るのが柔剣スタイルだ

タリアテッレはどちらかというと柔剣使い、ヒジコは見るからに剛剣使い、じゃあ俺はどちらかというと…

『アマルトの体は剛剣に向いている、けれど心は柔剣に向いている、どっちにも向いているが故に どっちにも向いていない、丁度中間地点に君はいるね…、これは良くない とっても良くない、どちらにも向いてるが故にどちらも選べない、これじゃあ剣士として強くなれないよ』

なんて言われたものだ、どっちにも向いてる それが故にどちらも選べていない、故に剣士として未だに中途半端であると、ほんと 俺ぁどこまで言っても優柔不断らしい

「ちぇぇいっ!」

「ぐっ…!」

ヒジコの振り下ろしを受け止めればその衝撃だけで骨が行かれそうになる、受け止めた肩が外れそうだ、何という強力な剣 剛力の剣、中途半端な俺の剣じゃ受け止めるのが精々だ

剣の道も 人間としても中途半端、どっちにも振り切れず どっちにも行かない、そんな俺でこの女を倒せるのか…?

「刃に迷いが見えるでござるよ?」

「え?は?」

刹那、振り下ろした刀を ヒジコがゆっくりと刃を鞘にしまい始めるのだ、え?なに?もう辞めるの?、どういうつもり…、いや 違う

これ攻撃だわ多分、だって あんな剣呑な顔で剣を収める奴なんかいやしない、だからきっとこれは…

「『真道我流…奥義』」

来る と理解した瞬間、世界が止まるような感覚を覚える、あまりの剣気に意識と世界に齟齬が生まれ乖離しているのだ、ただこの一瞬で 全てを終わらせる絶世の剣 それが今から来る事が容易に分かる、分かるが…これは

防げない

「『雲耀斬鉄』」

次の瞬間…、アマルトの視界に映っていたのは 空であった、星の見える夜空 雲行き悪く今にも雨が降りそうな雲が其処彼処に凭れ始める暗天、次いで感じる浮遊感 己が今空へと昇っている事がわかる いやこれは、飛ばされている?

「切り捨て御免」

そして、その全てに結を齎す小さな音が…、鯉口が鳴る音と共に 全てが今一度動き出す

「ぅぐぅッッ!?」

走る残烈、痺れる両腕、音を立てて真っ二つにへし折れる血の刃、今アマルトは斬られたのだ その一切を視認出来ぬ程の神速の太刀筋を前に切り捨てられ、無残にも空を舞っていたのだ

辛うじて剣を前に構えていたから 防ぐには防げたが、刃はへし折られ 中から魔術は解除され、マルンの短剣に戻ると共に自分の胸から血が吹き出る…、ふ 防ぎ切れなかったってのか

「げぶふぅっ!」

「刃物はこう使うのでござる」

地面に叩きつけられ、大の字になって倒れるアマルトを見下すのは 刀を鞘に収めたヒジコの姿…

いや強え…、強いよこれは そりゃ師団長だもんな、強いよなそりゃ…、良くこんなの一撃で倒せたぜラグナの奴は…

「お?、終わったか?ヒジコ」

「む?、テンゴウ殿 無事であったか」

なんて 頭の上で会話を始めるのはヒジコと…、あれ?テンゴウ?ラグナが倒したはずの師団長が何故か土埃を払いながら余裕そうな顔でヒジコに手を上げていて…

って倒せてねぇじゃねぇかラグナ!

「てっきり負けたものと思いましたぞ、テンゴウ殿」

「いやぁ、ありゃ負けさぁ 一瞬意識が飛んじまって全く止められなかったからなぁ、まぁ あの程度で参るようじゃあ師団長は務まらんぜ」

いや 恐らくラグナはそれをわかっていて先に向かったんだ、俺たちの目的はエリスを先に進ませる事、なのに全員がここで足止めに回っちゃ意味がない、まだ敵はいるわけだしな…

ってことは、ラグナはこの師団長達全員を 俺たちに任せたってことか、信頼か 或いは無茶振りか、何にしても ちょっと厳しいよラグナ…

「で?、そいつはどうだった?そこで横になってるのも魔女の弟子だろう?」

「中々の使い手でござった、されど剣士として未だに未成熟、エリス殿には及ぶべくもない」

「ッ……!」

お…おいおい、おいおいおい

それは ちょいと頂けない言葉じゃないか?、俺がエリスよりも弱いって?、まぁ そうかもしれないけどさ、アイツは第二段階に至ってるし 殆ど実戦経験のない俺と違ってエリスは百戦錬磨だ、そりゃあ差は生まれる…けどよ

「ッ…待てや、誰が終わったなんて言ったよ、勝ったつもりになってんじゃねぇよ」

「む?、我が奥義を受けて まだ立つでござるか」

立ち上がる、立つさそりゃ…、だってよ 俺がここで根をあげたら何のためにここに来たか分からないじゃないか、エリスを助ける その約束を守る為にここに来てんだ、なのにそれで無様に負けましたは俺のプライドが許せねぇ

何より、こいつらにあんな事言われて引っ込んでられない、エリスより…『孤独の魔女の弟子』より『探求の魔女の弟子』のが弱いなんて、死んでも言わせねぇ!

「やめておけ、それ以上は命に関わるでござる」  

「結構じゃねぇか、俺が手前の命一つ賭けの皿に乗せられねぇ腑抜けに見えるかよ、…探求の魔女アンタレスの弟子だぜ?俺は…!」

「む……」

「アイツの教えが!アイツの鍛えた俺が!、見縊られるなんて事あっていいはずがねぇ!、俺の顔が泥に塗れようが 血に沈もうが!、探求の魔女アンタレスの名前には 泥一つ塗らせねぇ!」

アイツは…アンタレスはうざったいしクソみたいな奴だけど、それでも 一番最初に俺を認めてくれた人なんだ、捻くれてどうしようもない俺に最初に手を伸ばし、なんとかしてくれようとしてくれた最初の人なんだ

そんなアンタレスの弟子になった俺が、呆気なく負ければ アンタレスの意志自体も見縊られる、アンタレスそのものが他の魔女より下に見られる、それは 我慢出来ないんだよ俺は!

「その粋やよし、テンゴウ殿 手を出さないで欲しい」

「おう、頼まれても出さねぇよぉ、覚悟決めて立ち上がった男を相手に袋叩きなんて俺が許さねぇ、やるなら一騎打ちで決めてきなぁ」

「無論!」

(なんつって立ち上がったはいいものの、さてどうするかね)

人は気合を入れて立ち上がっただけで強くはなれない、一度負けた相手ともう一度戦って今度は勝つ なんて中々ないことだ、それを実践しまくる奴が俺の友達にいるが あれは例外さ

もう一度戦えば もう一度負ける、何か変化がなければ…しかし、何をどうすればいい、考えろよ 俺、賢いだろ?

さぁ考えろ考えろぉ……

『あらまぁ今ので気絶でもしたかと思ったら案外やるものですねバカ弟子』

「ん?」

ふと、聞き覚えのある声が俺に悪態を吐いているのが聞こえて思わず周りを見回す、なんだ?今アイツの声が聞こえた気がしたんだけど周りにゃ誰にもいない、気のせいか?

まさか、寂しくて幻聴が聞こえたとか?、やめろよなそういうの、俺は別にアイツの事が恋しいわけじゃないし…

こんな幻聴なんかに耳を課す必要はねぇな、集中しよう 何せここにアイツは…アンタレスは居ないはずなんだから

『返事くらいしたらどうですかバカ弟子』

「やっぱ聞こえるよねぇ!、幻聴じゃねぇよな!おい!」

やっぱり聞こえるよぉ!、絶対幻聴じゃねぇ!、なんだ!?どこに隠れてるんだ!?

「?…ど どうした、アマルト殿」

「どうしたもこうしたも、お前らも聞こえたよな!」

「…い いや…別に、何も…」

やめろ!お前!、その危ない人を見るような目!そしてその目を逸らすな!、聞こえてない?そんなバカな……、いや まさか、俺にしか聞こえてないのか?今の声

『無駄ですよアマルト…私の声はあなたにしか届いてませんから』

「あぁ…なるほどね」

これはあれだ、あのクソ師匠がよく使う『相手に自分の声を強制的に届ける呪い』だ、呪いは一度相手にかけたならどれだけ対象が離れようとも効果を発揮する、これがあるから師匠は後方支援を任されているんだ

つまり、クソ師匠は今もコルスコルピの石室の中にいる、そこから俺にだけ声を届けているのだ

「…なんだよ、見てたのかよ」

『ええ 貴方の視界を通じて貴方達の旅を見ていました…そうしたら貴方 なんて情けない戦いをしてるんですか』

「うるせぇ!相手強いんだから仕方ないじゃんよ!」

「?…?、どうしようテンゴウ殿、アマルト殿がおかしくなってしまったでござる」

困惑するヒジコ達を放って師匠に口答えをしてみせる、だってこの野郎 情けないって?仕方ないだろ、相手は強いし 俺自身の実戦経験は乏しいし…、いや そんなもん言い訳だな

戦いに来ている時点で、そんな言い訳するべきじゃないよな、だから師匠から見れば俺はなんとも情けなく…

『……まぁ さっきの啖呵はかっこよかったですけど…』

「え?、今なんて言った?」

『……なんでもありません それよりも今は目の前の敵です なんとかする方法は思いついていますか?』

「ねぇな、取り敢えず立った、なんとかしてくれ師匠」

『情けない…ですがこんなバカ弟子でも弟子は弟子…それが助けを求めるなら応じるのが師匠というもの…とはいえ私はコルスコルピにいるので出来ることは限られますがね』

まぁ師匠にここに来いって言ってるわけじゃねぇんだ、ただこう…敵を一発で倒せるようなすげー呪術を今ここで授けてはくれませんかね?、って話だが まぁ無理だろうな、例えそんな呪術があったとして 授ける事ができたとして、それを一朝一夕で使えるほどに古式呪術は甘くねぇ…

というか

「そういえば師匠、俺の剣で斬ってもアイツ倒れねぇんだけど、どういう事だ…?」

『それは彼女が未だに精気に満ちているからですよ 肉体的精神的に疲弊していないとあのレベルの使い手には効きません』

「なんだよそれ!、つっかえねぇ!」

『元々雑魚散らし用の呪術ですからね そもそも当てただけで戦闘不能に出来るなら我々はシリウスに対してそこまで苦戦してません』

まぁそうだな、兵卒は兎も角肉体的に疲弊 或いは精神的に疲弊していないとあのレベルの使い手は倒れないか、…そういやエリスを倒した時も かなり精神的に参ってたな…

この呪術に耐えられないほど参ってたとは、本当に悪いことをした…、その償いをするためにも勝たないと

『さてバカ弟子よ 剣を構えなさい…私が助言をしてあげますから』

「わかったよ、マルンの短剣は…無事だな、よし!んなら!、人を呪わば穴二つ、この身敵を穿つ為ならば我が身穿つ事さえ厭わず『呪装・黒呪ノ血剣』」

再びマルンの短剣に血を這わせ、血を固め 漆黒の長剣へと変じさせる、師匠が見てるんだ、今度は情けねぇ真似しないよ!

「ふむ、よく分からんがやる気になったなら結構、相手をするでござる」

「頼むぜ、師匠の手前で挽回したいんだ、俺はさ」

構えられる刀、鋭い眼光だ あの目に睨まれる思わず竦む、さっきボコボコにやられたしな、けど 今は不思議とやれる気がする、師匠が見ていてくれるなら…なんて、殊勝な弟子みたいなことを言う気はない

ただ、漠然と思うのだ エリスもきっと、同じ気持ちで戦い続けてきたんだろうな ってね

「参る!」

「ああ!参れ!」

刹那の摺り足、砂塵を舞い上げるような踏み込みと共に放たれる裂帛の斬撃を相手に斬り結ぶ、あんな細い鉄の棒を受け止めただけだってのに体が芯から揺れる、けど…

「足りねぇな!、あんた まだまだ足りねぇよ!」

「むぅ、先程とはまるで気合が違うでござるな…」

生憎こっちは世界最強の剣を毎日浴びてんだ!、それに比べりゃこんなもん…こんなもん あれだ!、あれ!えっと…なんだろう!よく分からんが大したことねぇな!、とは言うものの

「くっ…ぅう」

「足りないなら、おかわりは山とあるでござるよ?、さぁ!馳走するでござる!」

やっぱ重いわ!この刀!、グイグイ押してくるんだけど!、剣ごと俺の体を叩き斬ろうってつもりかよコイツ!

『力勝負ですか?バカ弟子 本当にバカですね格上相手に相手の得意な土俵で勝負してどうするんですか』

「うるせぇ!」

「拙者そんな大っきな声で言ってないでござるよ!?」

お前に言ってねぇ!、しかし…確かにこいつの得意分野で勝負してやる必要ないな…、ならあれか?柔剣とやらで受け流したほうがいいのか

なんて師匠がの言葉に従うように足を一歩後ろに下げ、剣を咄嗟に引いて相手の斬撃を受け流すように動き…

『はぁ この大バカ弟子…』

足を後ろに引いた瞬間、師匠のそんなため息が聞こえた…

「甘いでござるな…!」

「なっ!?」

刹那、足を後ろに引いた瞬間 更にヒジコが強く俺の体を押し込む、まるで俺が剣を受け流すのを知っていたかのように寧ろ逆に俺のバランスを崩すように動いたのだ

ただでさえ力で勝るヒジコの剛力に押され思わず倒れこむ体、このまま倒れれば決められる!今度こそやられる!、そんな予感が背筋を冷やす

「くっ!」

剣を引き、杖にしながら体を回し、ヒジコを蹴りで牽制しながら態勢を整え…一息つく

あっぶねぇ…、やられたかと思ったぁ…

『バカ…本当にバカねバカ弟子 あまりにバカすぎて馬と鹿に失礼よ謝りなさい』

「バカバカうるせぇよ…」

『剛の力を柔の技で受け流す…そんな道理をこれほどの使い手が思い至らないと思う?分かり易すぎるのよ貴方の駆け引きは』

くっ、反論出来ねぇ…、ヒジコは剣の達人だ 剛の剣を極めるに当たって柔の剣への対策をしてねぇわけがねぇ、半端な気持ちで柔剣に足を突っ込めば逆に喰われるか!

「じゃあどうすりゃいいんだよ、剛剣もダメ柔剣もダメ、勝ち目ねぇだろうが」

『バカねバカ弟子 タリアは貴方が剛剣柔剣に向いていないと言ったでしょう』

「ならどうすれば…」 

『タリアがその後なんて言っていたか…覚えていますか?』

ああ?その後?…、ってか聞いてたのか?まぁいいや

確か、タリアテッレはあの後…

『まぁ世の中の剣士は大体剛剣柔剣に部類されるってだけで、中には別ベクトルに突き抜ける奴もいるけどね?』

そう言っていたな、大まかに分けたら二つだけ、しかし 剣の道とは己の道一つだけ、そこを極ればそれは剛も柔もない唯一の剣となる、そして…

『アマルトには幸い、私以外の師匠がいるでしょう?、なら そっちも組み合わせて作ればいいよ、剛剣でも柔剣でもない…道から外れた捻くれの剣、邪剣をさ?』

得意でしょう?邪道邪剣とかさ、と言われはしたもののその内容についてはいまいち教えてもらえなかったので記憶の彼方に押しやられていたそれが蘇る

邪剣?…、なんとも卑しい名前の剣だよな、一体どんな卑怯者の剣なんだ、でも…

「邪剣…か」

『そうよ 貴方にはそれがお似合いよ』

「悪かったねぇ邪で、しかしその内容については教えてもらってないんですが?お師匠さんよ」

『そこについては問題ないわ…内容は私がいつも教えているもの』

は?あんたに剣なんか習ったことねぇんだけど?、と首を傾げる…、いつもの修行ってそれこそ呪術の修行で…

『貴方には探求の魔女アンタレスの技を授けたのよ?この私の…八千年前 邪道外道悪鬼羅刹修羅悪魔と罵られたこの私の技を…』

「いや何したんだよ」

『なんでもしたわ なんでもね?相手の弱点を見つけたら執拗に狙い 大切な人を見つければ人質に取り 相手がしてほしくないことを探って暴いて敵を跪かせる…それがこの私の戦い方 探求の魔女アンタレスの妙技よ』

なんて卑怯なんだ、なんて外道なんだ、なんて恐ろしいんだ、なんて…俺に似合った師匠なんだ

敵の嫌なことをする?、俺も好きだ

敵の弱点を探る?、俺もよくするよ

敵を跪かせる?、最高じゃないか

なるほど、師匠はその術を確かに俺に教えている…、それを剣に活かし俺だけの剣道とする、そうして生まれるのが剛でも柔でもない 『邪道剣』ってか?、いいねぇ

「俺向きだ、邪剣か」

どんな手を使っても勝つ、どんなに卑怯と言われても勝つ、勝って守りたい奴を守れれば 他の誰になんと罵られようが構わない

ああそうさ、正々堂々戦うのはラグナの仕事だ 俺の役目じゃねぇ、だから俺は 下劣に行って、汚濁に舞い、薄汚れた勝利に酔って 背中にあるもんだけを守り続けよう

「よっし!、ならそれで行くかい」

「何かは分からんが気はしっかり持てよ、敵である拙者が言えたことじゃないかもだが」

「いや別に狂ったわけじゃないからね?、魔術で話ししてるだけだから俺」

「あ…そう、そうでござったか、なら…助言でも貰ったでござるか?、先程とは目つきが違うでござる」

「さぁて、どうかな」

摺り足で足元の砂利を転がしながら構えを取る、邪剣…ねぇ、どうやったらいいのか そんなお手本は何処にもないが、思うままに剣を振っていいと思えば不思議と色々浮かんでくる、きっと これが俺の本来の形なのだろう

(…ふむ、アマルト殿の目つきが本当に変わった、どうやら魔術で話をしている相手は余程の人物らしいでござるな、これは油断出来ぬと見た)

「んじゃあ…、行くぜ!今度こそぶっ倒してやるぁっっ!」

「ッ!上等でござる!」

踏み込むアマルト、脱兎の如く駆け抜け剣を振りかぶりながら向かうは同じく刀を構えるヒジコ、このまま切り結べば 負けは必定、されど何かを得たアマルトは真っ直ぐに向かってくる

無策ではない そんな予感を感じるヒジコはより一層強く警戒する

(如何にしても斬りかかる、上か?下か?右か左か、力強く来るか 素早く払うか技を尽くすか、何にしても拙者は全てで上を行くまで、さぁ来るでござる)

目を細め ヒジコは防御の構えを取る、剣を正眼に構え襲い来るアマルトを睨む

ヒジコは事実全ての要素でアマルトに大きく勝る、力も速度も技も 経験も知識も直感も、全てで上回っている、故に切り結べばヒジコが勝つ この状況を如何にして覆すかを警戒し、それを弾いてからトドメを刺すつもりで柄を強く握り

そして、アマルトが今 剣の射程に入った、互いの刃が届く距離 仕掛けてくる、アマルトが!、ヒジコの警戒がマックスに至ると共にアマルトは動き 大きく体を動かすと共に…

「そぉらっ!」

「え?」

動いた、アマルトが、大きく剣を横に薙ぎ払うフリをして そのままクルリと反転し、ヒジコに背を向け静止した

背中を向けた、背中を見せた、剣士に取って背中を相手に晒す事は即ち死を意味する ヒジコはそれを知っているからこそ目を見開き混乱する

背中を見せれば斬られて死ぬ、背中を見せていては抵抗なんか出来るわけもない、だというのにアマルトは背中を見せて何をするわけでもなく、両手を広げどうぞ切ってくれと言わんばかりの姿をヒジコに見せるのだ、

(え?え?、何故?何故背中を見せた、攻撃?作戦?分からん、剣を握って背を向ける奴なんか見たことが…ハッ!?)

気がつく、その瞬間ヒジコは気がつく、アマルトの行動を前に 自らもまた静止していることに、これがアマルトの作戦であることに

肩越しに向けられたアマルトの口元が、ニヤリと歪んで こう口にする

「…『獣躰転身変化』」 

その瞬間、向けられたアマルトの背中から、純白のそして巨大な翼が服を貫いて生えてきて、その剛翼が無防備なヒジコの顔を打ち付ける

「ぐぅっ!?は 羽!?」

顔を打たれ怯むヒジコの隙を突くように、舞い散る白い羽がヒジコの視界を一瞬奪う

「そら!ガラ空きだぜ!」

「むっ!?何処に…ぐっ!?」

風が薙ぐと共にアマルトの剣がヒジコの鎧を打ち付ける、確かにアマルトはヒジコよりも弱い、しかし それでもアマルトは剣士としてみれば一級品の実力者、そもそも帝国屈指の剣士であるヒジコと打ち合えている時点で、彼もまた凄まじい使い手なのだ

そんな男の剣を無防備に受けたヒジコは、鎧越しに伝わる衝撃にグラリと揺れる

「くっ、この…!」

されども倒れず、足を踏ん張り踏み込み 再び羽が舞い散る中再びアマルトに向き直り斬りかかる、この程度で怯むと思うな!そんな叫びを噛み締めアマルトに斬りかかる…がしかし

「させねぇよ!」

「ぅぐぅっ!?」

再びヒジコの姿勢が崩れる、アマルトが背中の真似を大きく振るい 羽撃き、突風を巻き起こしたのだ、それにより発生した風は地面の砂利を舞い上げる凄まじい勢いでヒジコの体に降りかかる、その勢いに押されて思わずたたらを踏んだのだ

「な 何という…!、だが!」

風を前に怯んだのも一瞬、降りかかる砂利の中動くアマルトの姿はしっかり捉えている、奴がこの風に乗じて斬りかかるのが見える

大きく右腕を掲げ 体重を前に移動させ踏み込む姿が見える、剣の振り下ろしが見える、そう何度も不意を突かれて堪るか、今度はそれを弾いて 形成をひっくり返す!

(来い!)

グッ!と刀を握り締め 振り下ろされる剣を防ぐように刀を横に寝かせ 前へ突き出す、そんなヒジコの姿を見て見ずか、アマルトは構うことな腕を振り下ろし……

「へ?」

また ヒジコは間抜けな声を上げる、今 アマルトの腕は振り下ろされた筈、なのに手応えがない、まるでアマルトの攻撃が空振ったかのように、手応えがあまりに空虚なのだ…

そんな中 アマルトの背中の羽が消え、風もまた治り…視界が戻って

(あ…ああ!、これ…これは!?)

その瞬間ヒジコが見たのは 腕を振り下ろすアマルトの姿、剣を振り下ろした筈のアマルトの姿、だというのに 振り下ろされた右手には何も持っていない、代わりに 何もしていない方の左手に、剣が…

(まさか!剣を振るうフリをして…、拙者の防御を!?)

騙された 誘われた、まんまとアマルトの策に乗って何もない所で防御してしまった、刀を上に上げてしまった、胴体がガラ空きだ 

全て、全てこの瞬間の為の布石だったのだ、背中を見せたのは平常心を失わせる為、羽で顔を打ったのは余裕を奪う為、羽で砂利を舞い上げたのは視界を奪う為、そうして何もかもを剥がれたヒジコはまんまとアマルトの策に乗って アマルトにとって都合のいい姿を晒してしまった

腕を振り下ろす姿勢、言い換えれば もう片方の手は大きく引かれている、それは即ち 剣を振りかぶっているに等しい、既に攻撃の姿勢は整っている、防御は どう考えても 間に合わない

「姉貴直伝 胡桃割り殺法…!」

刹那、アマルトが笑う、清々しく 迷いのない笑みで、口角を釣り上げ…剣を鋭く、ガラ空きの胴に向け

「『ピッキオ・ジャヴェロット』ッッ!」

打ち込まれた、鋭い突きがヒジコの鎧を打つ、空を裂く一閃は剣先に凄絶なる衝撃を伴い 爆裂するかのような衝撃波を生み出す、その余りの威力 勢い 衝撃 破壊力にヒジコの体は耐えきれず、足はフワリと宙へ浮かび 風に流されるように後方へ後方へと 飛んでいく…

「がはぁっ!?」

堪らず胃液を吐き出すヒジコ、当然だ 鎧を貫通して放たれた衝撃が内側で乱反射したのだ、差し詰め彼女は今巨大な鐘の中にいるに等しい

外部から与えられた衝撃を何倍 何十倍にも増幅させ 内部をズタズタに殴打し、やがて鎧自身がその破壊に耐えきれず、ヒジコの体が地面に叩きつけられると同時に潰される胡桃のように 甲冑は粉々に粉砕する


(こ…これはぁ…!)

しかし、当のヒジコを混乱の極致に追いやったのはその激痛ではない、アマルトの剣だ、先程の動きだ

(読めん!、なんだあの動きは!剣士の動きではない!拙者の知るどの剣士にも部類されない…!、邪道の剣!)

読めないのだ アマルトの動きが、ヒジコの長年の経験に裏打ちされた剣士のセオリー、それにアマルトは全く引っかからない、まさに未知の動き 次に何をするかが一切読めない

正道から外れ、王道を笑う、邪道の剣だ…あれは…!

「ぶっつけ本番でも上手くいくもんだな、これもさ」

アマルトは笑う、迷いなく動き 迷いなく戦う、邪道ではあるが なんと冴え渡った動き、ヒジコの経験を逆手に取った見事なまでの卑法、これぞアマルトの戦い方だと宣言するように 今度はアマルトがヒジコを見下ろす

『やるじゃないバカ弟子 情け容赦ない卑怯者ぶりは見事の一言よ』

「褒めてんのか?それ」

『褒めているわ それでこそ私の弟子よ」

「…………」

アマルトは何も声に出さず鼻の下を掻く、声に出せばあのクソ師匠にバレるから、褒められて喜んでいる姿を絶対に見せたくないから、これはせめてもの抵抗なのだ

「くっ…!」

「おっと、今ので立つの?、流石師団長…」

徐に体を起こすヒジコ、その動きに合わせ彼女の着込んでいた鎧が瓦礫となり次々崩れ落ちていく、鎧を砕く威力でありながら 全身に遍く衝撃を与える技でありながら、ヒジコ自身には傷一つ付いていないのだ

ヒジコはこれを侮りととった、騙されるのは良手玉に取られるのは良い、どちらもこちらの不手際故に隙を見せただけの事、されど侮る事は許されない

帝国師団長が一人という名を預かるこのヒジコ・ドロンコの名を侮る事は即ち親方様への侮りに等しい、それだけは許してはならぬのだ

「侮ったな、小僧…!、拙者への侮りは陛下への侮りに等しい!、その驕り高ぶり…決して許しはせんぞ!」

「ふぅー…ん」

されど、修羅のように激怒するヒジコを見ても アマルトは眉一つ動かさず、首をポキポキ鳴らすのだ、なんたる屈辱かとヒジコは今すぐ目の前の下手人を切り捨てるため刀を手繰り寄せ…立ち上がる

「一つ言っておくよ、俺は別にアンタを侮ったわけじゃねぇよ?、油断せず驕らず隙を見せず、完全無欠の勝利を得るつもりでさっきの一撃を放ったのさ」
 
「勝利を?笑わせる!、鎧を砕くばかりでこの身に傷一つつけずして 如何にして勝ったと言うのか!、拙者はまだ戦えるぞ!」

「さぁて、そりゃあ…どうかな?」

何を!とヒジコは己が戦えることを示すため刀を手にして立ち上がろうと力を込める…しかし

「あれ…?」

キョトンとする顔、カランと乾いた音を立てて地面に落ちる刀、落としてしまった 握って持ち上げた刀を…、手で握れないほどのダメージを負っていたのか?いいや違う、ヒジコはたとえ己が死しても刀を握り続けることができる自信があるし、トツカの剣士とはそういうもの

なら一体何故、そう視線を下に向ける、落ちている刀と 刀を落とした手を目にして…ヒジコは

「な…な なんだこれはぁっ!?!?」

顔を青くし、両手を自分の顔の前に持ってくる 今目で見ているものが信じられず手を開閉するが、どうにもこうにもこれは現実らしい

だが理解出来ない、何故…何故拙者の手が

「何故拙者の手が猫の手に!?」

見えるのは毛に覆われた手とプニプニの肉球、信じられないことに拙者の鍛え上げられたはずの手が猫の手に変わってしまっているのだ、さっきまでは何もなかったのに…いつのまにか…

「貴様何をした!」

「ああ、さっき突きを放つ時 一緒に掛けたのさ、呪いを…、見たろ?お前もさ?、俺の体から羽が生えた奴、あれと同じ呪術さ」

人の体を動物に変える呪い、条件はあるもののそれさえ満たせば自分だろうが他人だろうが動物に変化させることが出来る呪術…、それは己に使えば武器にもなるし、相手に使えばその力を奪うことにもなる

ヒジコのように人としての技術と力を極めた武芸者には特に効く、何せ

「こんな手では…、刀が握れん」

必死に猫の手を用いて刀を握ろうとするも、そもそも猫の手は何かを握るように出来ていない、どれだけ握ろうと努力しても刀をチョイチョイ転がすのが精々…、ましてやそれを振るって戦うなんて以ての外だ

「アンタは確かに剣の達人だ、何もかもで俺を上回る、…けど それは剣ありきの話だよな、剣抜きで アンタは今も達人足り得るかな」

剣を肩に背負い、項垂れるヒジコを見下ろすアマルトの姿は間違いなく勝者のそれである事は言うまでもない、ヒジコ自身もそれを痛烈に感じているのもまた…

最初からアマルトは完璧にヒジコに勝つつもりだったのだ、情けも容赦も驕りも高ぶりもない、これが…アマルトの決めの一手だったんだ、それに気が付かず ヒジコは何と間抜けな…

「これで一本、でいいよな?極東の剣士さんよ」

「ぐっ…くぅ、ま…参った…降参だ」

刀を奪われては勝負にならない、この不慣れな手で必死にアマルトに食ってかかっても それは悪足掻きにしかならない、…決した勝敗を前に惨めに悪足掻きを演じ、その上で斬り殺されては帝国の名に恥を上塗ることになる、それだけは避けなければならないとヒジコは涙を飲む

(屈辱だが、死して徒花咲かすより、生きてこの雪辱を晴らす事に尽力せねば…、大恩ある陛下に申し訳が立たぬ…!)

故にヒジコは猫の手を突いて 額を地面に擦り付け負けを認める、アマルトを格下と侮った事と己の技に溺れた事が敗因だ…

土下座にて敗北を示すヒジコを見下ろすアマルトは…ゆっくりと息を吐き

「ふぅー、…勝てた…」

『剣士から剣を奪うなんて卑怯者ねバカ弟子…けど いいわ私もきっと同じことをしたもの』

「そうかい、…剣を奪って相手にひれ伏させて悦に入るなんて、情けないんだか誇らしいんだか」

『誇らしいに決まっているわ 貴方は友達の道を守れたんだもの』

「…まぁ 、そうさな」

風が吹く、舞い踊る髪を手で押さえアマルトは流れる風を見る

風を遮る物はない、一本空いた道は奥へ奥へ進んでいく、…風よ 進みたいだけ進め 行きたい場所へ行け、その為の道は俺たちが守ろう

風に運ばれて戦う剣士は、汚濁に満ちた勝利であろうとも掲げ、彼女の道を切り開く、…そう言う約束だからな

「さて、お前もやるかい?、ゴリラ男」

そして睨むはもう一人の師団長、ラグナのお残し者のテンゴウだ、…こいつがまだ無事である以上 油断は出来ない

「あぁん?…いや、もう止しておくとしよう」

「は?、えらく利口だなおい…、言っとくが俺はまだまだいけるぜ?」

嘘だ、嘘である、アマルトは今テンゴウに嘘をついた、これ以上師団長を相手にする余裕はアマルトにはない、だがそれを前に出せばそれこそ終わりだ、故に例え相手がその気になって向かってきたとしても アマルトは戦う必要がある…がしかし

「もう終わりだ、流石に手負いとはいえ 魔女の弟子二人を相手にするのはなぁ」

「は?、二人?…」

「そうか、残念だ 私はアマルトとの共闘を楽しみにしていたんだが」

「は?え?、メルク?」

ふと、アマルトの肩を讃えるように叩きながら現れるメルクリウスに目を剥く、え?こいついつのまに…というか、こいつも師団長を相手してたよな…槍使いの、あれは一体どうしたんだ?

なんて聞くまでもなく メルクリウスは引きずってきたそれをペイッとテンゴウの前に投げ出す

「返すよ、手当てをしてやってくれ」

「これは…、ユーディット…」

足元に転がるそれを見てテンゴウは息を飲む、俺たちの道を阻んだユーディット・フレスベルグがその双槍を石に変えられ 本人も全身を黒く焼かれた状態で倒れ伏しているのだ

マジかよこいつ、倒したのかよ しかもストレートに、俺やっとこさイカサマ使って無力化したってのに、しかも見てみりゃメルクに傷らしき傷は見受けられない

…こいつ、学園にいる頃より強くなって…ん?

「ユーディット師団長は倒した、相性の良さもあったが…、まぁ 苦戦してしまったな」

そんなメルクの言葉と共に頬を冷や汗が伝う、それと共にメルクの脇腹や額からジワリジワリと血が滲み流れ始めるのだ、…恐らく傷を錬金術で無理矢理塞いで戦い続けたのだろう

なんてことはない、メルクは正々堂々戦って師団長を倒した それ故に俺以上に消耗し、俺以上に傷つき、俺以上にギリギリの戦いを演じたのだ

こいつ、もしかしてもう立ってるのもやっとなんじゃねぇのか?、それをお前…俺を気遣って…

「メルク、お前休んでろ」

「む?、いや、私はまだ…」

「テメェが死んでどうするよ、アイツは誰かを死なせる為に戦ってるわけじゃねぇんだから」

「う…、しかし」

メルクがしぶりながら霞む目で見るのは目の前のテンゴウだ、こいつが残ってる以上 戦わなくてはならないと 死にそうな体引きずってここまで来たんだ、その意気込みは買うが それでこいつを死なせたら俺はエリスとラグナに合わせる顔がねぇからな

仕方ねぇ、友達守る為だ、もう一戦 師団長と事を構えてやるか!、そう剣を握り直すと…

「わーったわーった、もう手出しはしねぇよぉ、流石に同盟首長殿を死なせるのは事だし、何より この場での戦いはもう決した、勝負は見えてる 降参だよ」

やれやれとテンゴウは諦めるように両手をあげる、もう手出しはしないと言うのだ、それは温情故か?それともテンゴウの慧眼故か?、その答えを示すようにテンゴウは俺たちの背後を指差す

「もう…この戦場での戦いは終わった、どっちが勝ったかは 後々聞くとしよう」

「は?…」

指差したのは この戦場の中心地、エリス達が向かった包囲のど真ん中、魔女レグルス様の体を乗っ取ったシリウスと皇帝が戦うその中心地、そこから伝わってくる激突音や喧騒がいつのまにか消えていた

…決着がついたのか?、エリスはどうなったんだ?間に合ったのか?それとも…、いや そこはエリスを信じよう、きっと合流した頃には元に戻ったレグルス様も一緒の筈だ

「戦いは終わったのか?…」

「多分な…、まだ詳しいことは分からねぇがエリスならきっと…、お?」

そこでふと思い出す、エリスの他にもう一人心配するべき人間がいる事を、俺以上に実戦経験がなく 今のメルク以上に危うい人間がいる事を…、そいつを探して慌てて視線を走らせれば

それは直ぐに見つかった…

「な ナリア!」

「な、どうした アマルト…、っ!?」

俺達から少し離れた地点に そいつは…、サトゥルナリアはいた

エリスを助ける為、龍騎士ヴィルヘルムを相手に戦いを挑んだナリアが…

ズタボロになって、地面に倒れ伏していた

「負けたのか…、アイツ!」

「無理もない、彼はまだ殆ど魔女の指導を受けていないのだから!、直ぐに助けに行かねば…ぐっ!?」

倒れ伏し動く気配のないサトゥルナリアを前に焦るメルクはすぐさま助けに行こうと足を動かすが、俺の読み通り最早動く気力は残っていないようで、血が噴水のように吹き出る脇腹を抑え膝をついてしまう

馬鹿野郎、やっぱりキツいんじゃねぇか、師団長は全員俺達より遥かに格上 それに勝てただけでも大金星なんだ、これ以上無茶はさせられねぇ

「メルク、ここでジッとしてろ、ナリアは俺が助けに…」


「男の決意を!覚悟を!、戦いを邪魔をするなッッッ!!」

「へっ!?」

倒れそうになるメルクを支え、ナリアを助けに行こう と体を動かした瞬間、止められた…

誰にか?、ナリアじゃない メルクでもない、ヴィルヘルムにだ…

……………………………………………………………………

「ぐっ!…」

痛む体 動かぬ体 傷ついた体、倒れ伏してそれらに堪えるように震える体を必死に動かして なんとか経とうと蠢くサトゥルナリアの顔は、泥と涙でぐちゃぐちゃに汚れていた

サトゥルナリアは朋友たるエリスを守る為 エリスの守りたいものを守らせる為、ここで師団長達の足止めをする為戦いを挑んだのだ

アマルトさんもメルクさんも一緒に、僕も戦ったんだ…

だけど、僕だけが 勝負にもならなかった、この目の前に立つ龍の鎧を身に纏う峻厳なりし男 ヴィルヘルムの前に儚くも敗れ去った

何をしても効かず、どうしても届かず、サトゥルナリアが師より賜った魔術の全ては悉くヴィルヘルムに弾かれ、痛烈なる返しの手がサトゥルナリアを痛め続け、立ち上がる力さえも奪った

僕と違って師団長達を倒したアマルトさんとメルクさんが僕を助けようとこちらに向かおうとするのが見えた

それを見て、僕が感じたのは安堵ではなく……

忸怩だった

「さぁどうしたサトゥルナリア、お前はここまでか?このままではお前の仲間がお前を助けに来てしまうぞ」

「う…」

ヴィルヘルムは厳しくも語り 僕に銃剣を突きつける、…ああ そうか、この人は助けに来ようとするアマルトさん達を止めてくれたのか…

あのままアマルトさん達に助けに来られていたら、僕は折れてしまっていただろう…

「お前はそれでもいいのか?、友を助けに来ておきながら 友に助けられる、そんな有様でもいいのか?、どうなんだ サトゥルナリア!」

「い…いやだ…、僕はここに 戦いに来ているんだから…」

それが僕の全てだった、僕はここに戦いに来ている、戦ったことなんか人生で一度もない 喧嘩なんかしたことない、そんな僕でも エリスさんを助けたいんだ

エリスさんは僕の夢を叶える為、僕の夢を守る為に戦ってくれた、それなのに僕がどうして戦いを避けられようか、故に僕は彼女の為に戦いたい だからここにいるんだ、負けるためでも助けられる為でもない

「なら立って答えろ!」

「ぅ…ぐぅっ!、僕は…ここに!、戦いに来ているんだ!、エリスさんを守る為に!、その為に強くなったんだ!」

立ち上がる、ヴィルヘルムの声に起こされるように ズタボロの体を起こして吠える、負けたくない 負けたくないよ、だって…今の僕はエリスさん達と同じ魔女の弟子なんだから、プロキオン様の弟子なんだから

負ければエリスさん達にもプロキオン様にも合わせる顔がない!

「ならば来い、敵はここにいるぞ」

「ッッ!、うぉおおおおおお!!!」

千切れそうな体を奮い立たせて 雄叫びをあげながらペンを握る、コーチが僕にくれ僕の武器、それを振るいながらヴィルヘルムに立ち向かう

負けらない、僕だって魔女の弟子なんだから!

「いくぞぉぉ!!、『衝破陣』!」

書き上げる 虚空に光芒を持ってして魔術陣を、我ながら今までで一番の速さであったと自負できる執筆速度、それをヴィルヘルムさんにぶつけるように放つ…しかし

「効かぬ!こんなもの!」

「ぐっ!」

ヴィルヘルムが銃剣を一振りすれば それだけで僕の放つ衝撃は叩き壊され霧散する、そうだ 今までと同じだ、さっきから僕が放つ魔術陣はヴィルヘルムの何でもないただの一振りによって壊される

本当なら…コーチが作る魔術陣ならこうはならない、本当の力を発揮した魔術陣なら 破壊なんかされずヴィルヘルムだって吹き飛ばすことが出来る、なのにそれが出来ないのは何故か?

単純だ、僕がまだ未熟だからだ

「惚けている場合か!」

「あ…ぐぅぁっ!?」

次いでヴィルヘルムは引き金を引く、剣を振るうとともに飛んでくる魔力弾に反応することも出来ず足元で炸裂する爆発に僕は逆に吹き飛ばされ 地面を何度も転がる、ただでさえ痛む体が余計に痛む

激痛と悔しさで…痛む、なんて弱いんだ僕は

「う…うう、いたい…」

「ナリア!」

アマルトさんの声が聞こえる、僕を心配する声だ、今助けに行くぞというか声だ、アマルトさんから見れば僕も守るべき存在なんだろうな…

「邪魔をするなと言っている!、これは私とサトゥルナリアの戦いだ!」

しかし、それを阻むのはヴィルヘルムの声だ、これは僕とヴィルヘルムの決闘だと

その声を前にアマルトさんは竦む、というより 僕の方を見て迷う、助けるべきなのかどうかを…、でも

「う…ぐっ、体が 動かない」

僕はご覧の通りもうだめだった、僕の体は限界だ、さっきから何発の魔力弾を浴びたか分からない、ギリギリのところで避けても爆風に吹き飛ばされる 直撃すればそれだけで意識が飛びかける

エリスさんはこんな魔力弾を前に怯まず動いていたのか、これを受けてもまだ進み続けていたのか…、やはり僕とは格が違う

動けず横たわる僕を他所に、アマルトさんとヴィルヘルムさんの言い合いは続く

「邪魔するなはこっちの台詞だよ鎧野郎!、そいつは俺のダチなんだよ!、傷つけられるのを黙って見てられるか!」

「ならば!、なおの事黙って見てやれ!、サトゥルナリアは今…お前達の友足らんと全霊でぶつかっているのだから!」

「っ…ナリア…」

「さぁ立て!、立つのだサトゥルナリア!、お前はそれでいいのか!」

「ぼ…僕は」

「このままお前が諦め倒れれば、傷ついた仲間がお前を助けにくるぞ、そうなればお前の仲間は傷を負った状態で新たな敵と戦うことになる…、それでも良いのか!」

「いいわけないだろ…!、でも…僕は!」

「腑抜けたことを言うな!、お前は彼奴らの友なんだろう!」

続けざまに魔力弾が放たれ 僕の横たわる地面のすぐ真隣を爆裂させる、当然 その爆風に煽られ、この体は破片に傷つけられながら何度も何度も転がる 

お前は彼らの友だろう、その言葉が今は何よりも効いた、その筈なのに…僕だけが弱い、その事実が僕を串刺しにして離さない

「ぅ…うう」

「立てんか…見てられんな、その程度で助けに来たと言うのか?サトゥルナリア」

「……っ…」

「お前はここにくるべきではなかった、ここで立ち上がれないような奴は、精々蹲って友の助けを待つがいい…」

グサリと刺さる、何度も刺さる その言葉が、それと共に思い浮かぶのは死に体のアマルトさんとメルクさんが傷つき蹲る僕を守るように戦い…、そして 僕と言う足手まといが居たばかりに負けてしまう光景

「う…ううっ…」

涙が出る、そんな事になったら僕は何の為にコーチの弟子になってここに来たか分からなくなる、足手まといになる為にここに来たなら、最初から僕なんか居ない方が もっとみんな上手くやれただろう

なんて情けない、なんて弱い、力がない事がこんなにも悔しいなんて 苦しいなんて、知らなかった…

「泣いて助けを待つか?、…やれやれ お前はここに何をしに来たんだったか?」

「ぼ 僕は…エリスさんを助けるために…」

「今のままではお前はそのエリス殿に助けられるままだぞ?、何ならここで呼んでみるか?エリス殿を、大声で…」

「それは、いやだ…僕はみんなの足手まといになりたくない」

「なら泣くな!なら立て!、口だけで何を言っても 世界は変わらんぞ!」

変わらない…世界は、僕は…なんだ、何なんだ!

「ぐっ、…ぁぁああああああ!!!」

もう一度 もう一度立ち上がる、こうやって立ち上がったとして何を変えられるか分からない、何が変わるか分からない、けど 少なくともここで立たなきゃ僕が変われない、きっと…いつまでもこのままだ

「ぐぐっ!、古式魔術連式…!」

まだ教えてもらった魔術陣全部使い切ったわけじゃない、使える物を手札に残したまま 負けたくない、故にここで出し切る!

そう覚悟を決めてペンを握り、魔力を高めていく…、そして

「『金龍九天 玉鏡之陣』!」

コーチより授かった 現状僕が使える魔術陣の中で最も巨大な かつ、最も強力な物を書き上げる、あまりの巨大さにその場で回転し自らを中心に描き上げねばならぬ程のサイズ、それ故に生み出される破壊力も凄まじく

徐々に徐々に書き上げられる陣形はその完成に近づく都度力を纒い 魔力を放ち始める

…そして、この一筆で…!

「完成…!」

最後の図形を書き上げ 今『金龍九天 玉鏡之陣』は完成する、それと共に陣形は黄金の輝きを柱のように天に向けて放ち光り輝居ていく

これが僕に出せる全霊、僕に出来る最大の技、エリスさんのようになにかを守れるように エリスさんを守れるように、友達を守れるように得た力の最たる存在、これで ヴィルヘルムを!

「ぬぅっ!」

明確にヴィルヘルムの兜に覆われた顔の色が変わる、今までサトゥルナリアの放ってきた魔術陣と明らかに威力と規模が違ったからだ

それもそのはず、サトゥルナリアが使っていた『衝破陣』は所詮民間でも使える程度の簡素な物、対してこちらは魔女プロキオンが直々に教えて古式魔術陣、威力という一点では比べるのも烏滸がましい程の差があるのだ

天へ上る金の光は軈て九つに、それぞれが龍頭の如き勇ましさと威容を持ってしてヴィルヘルムに降り注ぐ、一発一発が大型魔装のそれを上回る戦略級の一撃、それを前にヴィルヘルムは動けず

「いっっけぇぇぇぇぇえ!!!」

拳を振り下ろす、そのサトゥルナリアの号令に従い 龍達は大地へと突き刺さり、地上の星の如き光と共に爆裂し、土を砂を 大地を跳ね上げ大いに揺らす

古式魔術の大技がヴィルヘルムの頭の上に降り注いだのだ…、魔力の大部分を使っての決めの一撃が 何とか決まったのだ

「はぁ…はぁ、ぜぇぜぇ…」

膝をつき顎先を伝う汗を拭う、サトゥルナリアは今 人生でこれまで感じたことのない倦怠感を感じていた、それは戦いの疲れと 魔力の多大な消耗による疲労、これが戦闘というものか… それを彼は今肌で感じていた

辛い…辛いが、なんとか勝て……

「サトゥルナリア!油断するな!」

「へ?…」

ふと、メルクリウスさんの声が響く 油断するなと、その視線は舞い上がる土煙の向こうに…、先程までヴィルヘルムが立っていた地点に向けられていた

「嘘…!」

感じる、サトゥルナリアは背筋に冷たいものを感じている、そんなバカなと己を疑い 嘘だと目を疑う

だって今サトゥルナリアの目が捉えているのは、土煙を裂いて現れる 一つの影なのだから

「今のが、お前の全力か…サトゥルナリア」

「ヴィ…ヴィルヘルム!?」

ヴィルヘルムだ、今しがた魔術の直撃を受けたはずのヴィルヘルムが、鎧をガシャガシャと鳴らしながら土煙の向こうより現れたのだ

「な なんで!、決まったはずなのに!」

ヴィルヘルムは防御をする素振りもなかった、今までのように銃剣の一振りで打ち払えるような威力でもない、なのに何故…何故ヴィルヘルムに傷らしき傷が見当たらないのだ

舞い上がった土煙によって鎧が幾許か汚れた程度、傷はない 無傷だ…、あり得ない そんな…効かなかった?、いや違あれは…

「もしかして…」

話は単純かつ間抜けなものだ

『当たらなかった』のだ、確かに魔術陣の威力はヴィルヘルムの許容範囲を超えていた、当たっていたならダメージは免れなかった

されど、足りなかったのはサトゥルナリアの技量の方だ、魔術陣を書き上げた後 発生した魔術を操るには魔力操作が必要となるが 彼にはそれは未だ高等技術の領域、ただ闇雲に放った魔術が 漠然とヴィルヘルムの方に飛んで行っただけ…

それでは当たらない、ヴィルヘルムの周辺の大地を吹き飛ばし あたかも当たったかのように見えただけ

彼には魔術を当てるだけの技量はなかったのだ

「そ そんな…、そんな…!」

「哀れだな、サトゥルナリア」

「くっ!」

まだ終わってない、もう一度立て!僕の体!そう己の体に命じるも

「ううっ!?」

膝に力が入らない、ガタガタと震える両足からなにもかもが抜けていく、まるで僕の足じゃないみたいにヘタレていく自らの足を見て悟る

『限界』と、肉体面も魔力面も精神面も、今ので全部使い果たした…!

「終わりだ…!」

「くそ…くそぉっ!」

そして、引かれる引き金 向けられる銃口、不発に終わった決め技 傷つかぬ相手、サトゥルナリアには最早迫る魔力弾を避ける力さえ残っておらず

「くそ…!」

ただ、悪態を吐くことしか出来ず、彼は視界を覆う魔力弾前に…………





「げはぁっ!?」

爆炎 黒煙  衝撃 激痛、凡ゆる物が支配する世界の中 サトゥルナリアは魔力弾の爆裂を受け、地面に倒れ伏す…

直撃だった、避けられないのだから当然だ、彼は今度こそ本当の意味で倒れた

これが、敗北であると 誰かが宣ったかのように、その二文字がサトゥルナリアの倒れ伏す体に染み渡る

「ナリア!!」

「大丈夫か!、意識は…息はあるか!」

駆け寄ってくる二人の声、アマルトさんとメルクさんが堪らず駆け寄ってきたんだ…、でも 返事をする余裕もない…

助けられてしまった、ただでさえ傷つき 今にも倒れそうな二人を…この場に引きずり出してしまった…、あんなに嫌だったのに みんなの足手まといになりたくなかったのに…僕は

「う…うう」

「悔しいか、サトゥルナリア」

メルクさんに介抱される僕に投げかけられるのは ヴィルヘルムの言葉、悔しいか…だと?、そりゃ…そりゃ決まってるよ

「悔しい…」

悔しいに決まってる、だって 僕は負けてしまったんだ、助けるつもりが助けられてしまったんだ、こんな…こんな惨めな話があるか、こんな間抜けどうしようもない話があるか、これじゃあ僕は…いない方が…

「そうか、…なら此度は見逃そう」

「…え?」

「幸運だったな、そもそも我等はお前達の命までは狙っていない、精々痛い目を見せて拘束する程度の心算であった、それを幸運に思え」

帝国軍は僕達の命までは狙っていなかった、それはそもそも彼らの目的がシリウス一人だけだったから、向かってくるから敵として迎撃しただけ…故に敗北した僕は殺されることなく見逃されることになる

それは幸運と言えることだろう、しかし

「だが、サトゥルナリアよ お前がもしこれからもその者達と歩みを共にするつもりなら、今後は更に強く恐ろしい敵と戦うことになる、その時は 見逃してもらえないかもしれない、その時は今度こそ殺されるかもしれない、その時死ぬのは 己ではなく、お前を守ろうとした友のどちらか かもしれない」

「う…」

「それが嫌か?、だがお前が歩もうとしている道はそういうものだ、半端な覚悟では共に歩むことさえ出来ない険しい茨の道であることを理解しろ」

寡黙な騎士は饒舌に語る、このまま僕がみんなと一緒に進み 戦い続ける選択をするなら、きっと今度はもっと強い奴と 怖い奴と 強くて怖い奴と戦うことになるだろう

その時同じように負ければ、僕はあっけなく殺されるだろう、もしかしたら助けに来たアマルトさんかメルクさんあたりが死ぬかもしれない

怖いがそういう道なのだ、エリスさん達が歩いている道は…、そこでようやく気がつく

違ったんだ、僕と僕以外の弟子達の修行への心構えが

僕は…、エリスさんの役に立ちたい みんなを助けたい、そんな気持ちで力を得た…それ自体に間違いはないだろう、だが 地に足がついていなかったんだ

みんなは何かを守る 助けるという信念の他に、大前提として自分が勝ち 生きる事を念頭において戦っているんだ 鍛えているんだ 進んでいるんだ

演劇のように、高尚な信念と御託地味た綺麗事だけでは勝てない…、それが 世界なのだ

「僕は…、僕は…」

「もう一度聞くぞ?サトゥルナリア、悔しいか?」

「……え?」

僕には分かる、今 ヴィルヘルムの言葉の意味が変わった、込められた真意が変わった、…今彼演技をやめた、厳しさと言う仮面を脱いで優しく問いかける

悔しいのか?と、それは悔やんでいるかどうかではない、辛く厳しく 己に力はなく命の危機さえもある道をそれでも 進んでいけるかと…聞いているのだ

「悔しいならサトゥルナリア、強くなれ…強くなるしかないのだ、今のお前はあまりに弱い、友を守るには弱過ぎるのだ…立ち塞がる敵を前にするには 弱過ぎる、故に強くなれ …お前は、いや お前も魔女の弟子なのだろう」

「ヴィルヘルム…さん…」

「この敗北を心に刻め、永遠に忘れるな、友を守れず涙を飲んで大地に伏せる屈辱を忘れるな、負けを知らない限りお前は真の意味で強くなれない…、故に忘れるな、こんな思い 一度でいいと思うならな」

「ッ……」

そうだ、僕は 負けたんだ…、それを心に刻め 二度と忘れるな、この気持ちをこの場で味わえた幸運を噛み締めろ、…そして…そして次こそ負けない為に、出来ることを考えるんだ

それが僕に出来る…出来る、ぅ…うう

「ぅぅ…ううぅ、ああぁあ」

どんなに固く決意しても、それでも溢れてくる涙と嗚咽を止められない、負けた その事実に心を砕かれ、僕は返事も出来ずに両手で顔を覆い泣き腫らす

負けたくなかった 負けたくなかったよ、エリスさんを助けたかったよ…僕も、くそぅ…悔しいなぁ、悔しいなぁ…

「…今は泣け、そして 今宵の涙が お前の人生最後の落涙にするのだ、今日からお前は 一介の戦士、誰も容赦などしてくれなくなるのだからな」

「はい…はいぃ…」

僕はまだ 戦う者として、あまりにも多くの物が不足していた、それらを全て教えるように与えてくれた 此度の敵に、僕は感謝にも似た感情を抱きながら、今は泣く 泣き続ける

今日流す悔し涙が人生最後の悔し涙なんだ、ありったけ出して もう二度と流れないよう、枯らしてしまおうと…僕はメルクさんの腕の中で泣き続ける

「ナリア…、すまなかった 私は…」

「メルクさん…、すみません 優しくしないでください…、僕はみんなと肩を並べたいんです、心配されるだけの足手まといになりたくないんです…、だから 僕…今日からきっと 強くなってみせますから…!」

「…ああ、分かった」



「おいお前、兜野郎」

「なんだ、アマルト・アリスタルコス」

涙を流し決意を改めるサトゥルナリアを背に、アマルトが声をかけるのはヴィルヘルムだ、彼もまた既に剣を収め こちらに背を向けている、もう戦うつもりはないと言いたげな格好だ

それを引き止めるように、アマルトは険しく…されど闘志は見せず、問いかける

「随分優しいじゃねぇか、経験不足のナリア相手に手加減してくれるなんてよ」
 
「…当たり前だ、私は帝国の軍人 私が相手をするのは戦士のみ、…彼はまだ戦士ではなかったからな」

故に、彼は本気で相手をせず サトゥルナリアに戦いの厳しさを教えたのだと 何処かで理解出来た

どんなに綺麗事を並べも 戦いは戦いだ、そこに情け容赦は介在しない…、もし サトゥルナリアが本当の意味で実践に駆り出されていれば 彼は瞬く間に殺されていた、ヴィルヘルムが職務に忠実ならサトゥルナリアは殺されていた

弱さ以上に経験が足りない、戦いというものを知らなさ過ぎる、故に誰かが教える必要があった、師匠ではない 敵として立ち塞がる誰かがその厳しさを…、ヴィルヘルムはそれを買って出たのだ

軍人として誇りを持つが故に、未だ戦いを知らぬ少年を相手にすることはできないと

「だがもし、もう一度サトゥルナリアと戦う時は、容赦はせん」

「今度は殺すって忠告かい?」

「いいや、彼は今日から 戦士だからだ」

それだけ伝えると彼は倒れたユーディットの介抱に向かう、どうやら師団長達もこの戦いの終焉を感じているようだ

(…なるほどね、まぁいいや、この場はなんとかなったし…)

そんな中アマルトは考える、この場はなんとかなった 傷ついたし体力も消耗したし、もう動けないけどなんとかなった、帝国軍もこれ以上俺たちをどうこうするつもりはないらしい…少なくとも今は、向こうの戦いの如何次第では矛先が再び俺たちに向く可能性はあるが 取り敢えずはなんとかなったと見るべきだろう

しかし、本当にギリギリだった、しかも相手は俺達のの命を狙っておらず そして戦法の相性も良いという好条件でありながらギリギリだった

これで今回立ち塞がったのが俺達と相性の悪い師団長達だったなら、そして何かを掛け違えていたなら、…容赦してもらえなかったら…、考えたくもない結末を迎えていただろう

それだけ帝国が強いってのもあるが、敵の強さを言い訳には出来ねぇよな…、よし 明日から修行頑張ろう とアマルトは前を向く

前を…、エリス達が進んだ方を向く、こちとら明日から頑張る決意決めたんだ、だから頼むぜラグナ エリス、俺達に明日を迎えさせてくれよ

………………………………………………………………………………

「はぁぁぁぁぁあぁああああ!!!」

「おっしゃ来いやぁぁぁぁああああ!!!!」

乱れ飛ぶ鉄拳、乱れ振るう光槍、残像を残し 影さえ残さぬ神速の攻防、凡そ人類の戦いとは思えぬ程に早く綿密な激突を繰り広げるのはシリウス包囲網の第一陣を突き抜けた先、この戦場で二番目にシリウスに近い激戦地

将軍アーデルトラウトと大王ラグナの力と力がぶつかり合い大気が鳴動し ビリビリと皮膚が刺激され その衝撃が顔を打てども互いに目を逸らさず、睨み続ける 相手を

「この…、いい加減に倒れろ!ラグナ・アルクカース!」

「だったら倒してみろよ!」

超至近距離による打ち合い、人なら誰しも恐れてしまう『間合い』を無視して踏み込み 互いの息が触れるほどに接近して槍を振るう 拳を振るう、そのどれもが何もかもを粉砕するほどの威力を持ち もし直撃すれば肉は弾け骨が折れることは必定の攻撃の嵐を

二人は恐れず掻い潜りぶつけ合う、ぶつかり合う


第三者の目から見れば、二人は互角に見えるだろう、だがラグナに言わせればとんでもないと言わざるを得ないはずだ

アーデルトラウトは 簡単に言えばラグナ五人分の馬力と速度 そして魔力を持つ、真っ向からやり合えば普通に踏み潰されて終わるだろう、そんなラグナとアーデルトラウトが何故今互角に打ち合えているか…

なに?、ラグナが大王だからアーデルトラウトが遠慮している?、まぁ最初はそうだったろう、ラグナはこれでもアルクカースの大王、アーデルトラウトも最初は軽くぶちのめしてアルクカースに強制送還するつもりだった

けれど、今アーデルトラウトの頭の中にそれはない、頭に血が上りきっているのだ、ラグナの口撃にまんまと乗っかり アーデルトラウトは激怒し、今 アーデルトラウトはラグナを殺すつもりでかかっている

されどもラグナは殺されない、何故か?理由は別のところにある

まずアーデルトラウトが激烈に消耗していること、彼女がここに至るまでの間 アーデルトラウトは二十時間近くシリウスと戦っていた、史上最強の存在を前に飲まず食わず不眠不休で二十時間戦い続けていたのだ、先程一時間の休憩を挟んだが あんなもの生命活動を辛うじて繋ぎ止めるだけのもの 疲労は取れていない

故にアーデルトラウトはラグナを相手に十全に戦えていない

そして、理由はもう一つ……

「この、『タイムストッパー』ッッ!!」

その瞬間、勝負の煮詰まりを感じたアーデルトラウトが発した一言 『タイムストッパー』により、世界の時は 完全に停止する

アーデルトラウトが皇帝より与えられた絶対なる特記魔術、鼓動が十回脈動するまでの短い時間ではあるが アーデルトラウトは時の流れを無視して行動することが出来るのだ

直接的な攻撃力に直結しない物の、時を止めればあらゆる攻撃を無効化させられる上、相手の不意を突いて攻撃を叩き込むことが出来る

止まった時の中では誰もが無防備、防御どころか反応も出来ない、時を止めて行われる攻撃は絶対に防ぐことができない、故に将軍は最強足り得る


しかし


「────ッそこだぁっ!」

「なぁッッ!?」

次の瞬間、時を止め ラグナの背後に回り槍を振り下ろそうとしたアーデルトラウトの頬目掛けラグナの拳が飛んでくる、その激拳に怯み咄嗟に顔を背け 退却を余儀なくされるアーデルトラウト…

撃退されたのだ、時を止め 背後に回り隙をついたつもりが逆に返り討ちにされた…、あり得ない事だ、絶対に…

だって時を止めて背後に回ったんだぞ!、時が止まっている間の出来事はアーデルトラウト以外には絶対に知覚できない、なのにラグナは時が動き出した瞬間 的確にアーデルトラウトの方目掛け攻撃を仕掛けてくるのだ

止まった時の中 既にモーションを終えているアーデルトラウトより速く動くには 『タイムストッパー』発動よりも前に動かなければならない…つまり

つまりラグナは、いつ来るかも分からないタイムストッパーに合わせ、時を止め何処に移動するかも分からないアーデルトラウトに向けて拳を放ってくるのだ

奇跡と呼ぶしか説明のつかない現象だが、残念ながらどうやらこれは奇跡ではなく必然のようだ、何せ既にラグナはもうここまでで八回ほどタイムストッパーを破っているのだから

完全に、タイムストッパーが攻略されているのだ、切り札を攻略されたが故にアーデルトラウトはラグナ相手に攻めきれていないんだ

(どういう事だ どういう事だ どういう事だ!、何故タイムストッパーに反応出来る!、何故時を止めて移動した私に即座に反撃出来る!、シリウスのような超常の使い手でもない 私より遥かに劣る筈のこいつが!?、理屈が分からん!どうやってこの魔術を攻略したんだ!、どういうタネなんだ一体!?)

「チィッ!外したか…、だけど次は当てられそうだな、これは」

目を回して焦るアーデルトラウトに対してラグナはにたりと笑う、次のタイムストッパーには完璧に反撃を食らわせられると、確信した笑みだ

あれは、あの笑みはアーデルトラウトの物だ、少なくとも今までの人生でアーデルトラウトはあの笑みを浮かべる側だった、幼少期 軍人を目指し修練を初めてよりこの方あの笑みを私に向ける事が出来た者は誰一人としていない

それをこいつは今浮かべている、勝者の笑みを…!

「貴様…!、何故タイムストッパーを見切れる!、どうやって攻略した…!、この魔術は完璧な筈、弱点なんて…」

「ああ、完璧だぜ?…その魔術はな」

それは…つまり、魔術ではなく 私が…不完全だと?

世界最高の国 魔女世界の守護者 秩序の番人…数多の名を持つ帝国に於ける最強たる、将軍が…、万物穿通の将 アーデルトラウト・クエレブレが不完全であると?

まぁ…まぁまぁ、私とて己が完全な存在であると自負しているわけではない、この世で完全完璧たり得るのは皇帝カノープス様ただ一人、私なんてそりゃあ不完全だろう、そこは認める 認めよう

ただ…ただ!、それを!こんな力任せに攻めるしか能のない戦闘部族の族長に!猿山の大将に!、こんな若造に指摘されて!黙っていられるか!!!

「貴様ぁぁあっ!、私を!将軍を愚弄するかぁぁッッ!!!」

「…面白いくらい乗ってくるな」

激怒し充血した目で燃えるように吼えるアーデルトラウトを見てラグナは小声でほくそ笑む、乗ってきた乗ってきたと…


ラグナの師匠であるアルクトゥルスはその筋肉隆々の姿から誤解されがちだが 彼女は八人の魔女屈指の技巧派であり頭脳派である、それ故弟子であるラグナにもその戦い方を受け継いでいる

そんな技巧派たるアルクトゥルスがラグナに授けた戦法の中にあるのが…『挑発』だ

「将軍を愚弄してんじゃねぇ、帝国を馬鹿にしてんのさ、将軍だ最強国家だと聞いて怯えていたが、帝国最強の将軍サマでこれなら…アルクカースが世界最強の国家に返り咲く日も遠くねぇかもな」

「き 貴様!貴様!」

相手の琴線引っかかりそうなワードを探し、精神をぶん殴る不可視の拳こそ『挑発』

確かに肉体的なダメージはない、だが …アルクトゥルスは語る

『戦場を支配するのはいつだって一番クールな奴だ、頭に血が上った奴から死ぬのが戦場だ、だからラグナ…お前はいつでも冷静でいろよ、相手が怒れば怒る程 戦いの主導権はクールなお前の手の中に転がり込んでくるんだからよ』と

事実、挑発に乗り 激烈に荒れ狂うアーデルトラウトは多くのものを見逃している、俺が時間停止を攻略出来ているタネ…、そんな簡単なトリックさえこいつは見えていない

もっとクールになるんだ、もっと冷静に物をみるんだ、こんなに強いやつでも 感情的になっただけでこんなにもボロが出るんだからさ

「絶対に!殺す!、『タイムストッパー』!」

「やってみな、今分からせてやるよ」

刹那、アーデルトラウトの姿が消える、時間を止めて移動し ラグナの不意を突こうと行動を開始し それと同時に終えたのだ

時間停止だ、時間は止まっているんだ、速いなんてレベルじゃない …移動と予備動作 それをすっ飛ばしていきなり結果まで飛躍するんだ、それに追いつくには反射とかそういうものに頼っていてはダメだ

しかし

「ここだろっ!」 

「ぐぅっ!?」

ラグナが後ろに回すように蹴りを加えれば、先程まで居なかったアーデルトラウトに激突する、アーデルトラウトが現れると同時にラグナの足が手に持つ槍を激しく打ち付け アーデルトラウトが大きく仰け反る

「ま また見抜かれた!?、な なんでだ…なんで!」

「俺が強くて、お前が弱い、それ以外の答えが必要か?」

「ぐぅぅううぅ!!!」

激しい歯軋りに耐えきれず歯茎から血が吹き出るアーデルトラウトを前にラグナは再び構えを取る…、『対タイムストッパー専用の構え』をだ

「クソ!クソ!、時間を止めてるんだからお前も止まれよ!」

「止めたいんならその槍を使えよ!」

「クソガキがぁっ!!」

ラグナの挑発に乗りブンブンと槍を振り回すアーデルトラウト、怒りに狂ったことによりリミッターでも外れたか、ただ振るうだけで空気が真っ二つに裂け 放たれる鎌鼬が岩さえ断ち切る

そんな乱撃をラグナは冷静に見極める、威力は凄まじいが …随分な大振りだ、まぁそれでも凄まじく綿密ではある、普段の俺ならこれでやられていた可能性もある

だが、さっきまでの冷静で冴え渡っていたアーデルトラウト本来の技を見た後だと、不思議と避けられるんだわこれがさ!

「あたらねぇよ!そんな鈍ぁ!」

「ぐっ!、ちょこまかとぉっ!」

左右にステップを踏みながら隙を突きて腕を折りたたむようなフックを放つも、当たらない…、こんなに冷静さを失ってもアーデルトラウト相手に正攻法でダメージを与えられる気配はない

やはり、一撃入れるには…タイムストッパー後の隙を狙うしかない

「くっ…、中々…しかし」

「…………」

顔を真っ赤にしてブツブツ宣うアーデルトラウトの動きを注視する、当たらないと分かりきった攻撃と防御を繰り返しながら アーデルトラウトのモーションに全神経を集中させて見つめる

…見ているんだ、兆候を…

「チッ…!」

そして、その兆候は舌打ちと共に現れる、アーデルトラウトが動いた

俺が待ち続けた行動、それはあまりに小さく 注意していないと見逃してしまいそうなくらい小さな小さな動き…

(っ!来る!、タイムストッパーが!)

そうラグナは身構える、アーデルトラウトは未だ詠唱すら口にしていないのに ラグナはタイムストッパーが来ることを理解して身構える

そしてその予感…いや予知は的中し

「『タイムストッパー』!」

発動させる、アーデルトラウトがタイムストッパーを…

何故わかったか?、単純だ アーデルトラウトはタイムストッパーを発動させる瞬間、左足を半歩後ろに下げるんだ、恐らく時を止めていられる時間には限りがあるが故に、時を止めた瞬間動けるように無意識に移動の構えを取ってしまうのが原因だろう

多分、アーデルトラウト自身も理解していない 所謂『癖』というものを見抜いていたからこそ、ラグナはタイムストッパーの発動を事前に察知出来たのだ

…最初にタイムストッパーでボコボコにされながら、必死にアーデルトラウトを観察した甲斐があったよ、これは

「っ…」

刹那、アーデルトラウトの姿が消える、時を止めて移動したのだろう…だが

既にラグナは動いていた、アーデルトラウトが半歩後ろに下げた瞬間 ラグナはクルリと反転して後ろを見ていたのだ、するとどうだそこには先程まで正面にいたはずのアーデルトラウトが驚愕の表情で目を見開いていて

「や やはり見切られて…!」

「オラァッ!」

「ぐっっ!?、未来でも見えるのか!?こいつは!」

今度はアーデルトラウトの槍ごと 防御ごと殴り抜き仰け反らせる、…未来が見えるのか?と言うアーデルトラウトの言葉にやや辟易する

未来が見えればそりゃ楽だろう、当然ながらラグナは未来なんか見えていない、見えてはいないがアーデルトラウトの動きは分かる、このタネも非常に簡単…、いや 実行するのは至難の業ではあるが、ラグナはとあるトリックを持ってして アーデルトラウトの次の動きを察知していた

そのタネとは…

(やはり後ろに来た、狙い通り…)

…単純、『ラグナがアーデルトラウトをそちらの方向に動くように誘導していたから』だ

ラグナはこうしてアーデルトラウトと激戦を繰り広げながら、見えない毒でアーデルトラウトを蝕んでいた…、必死に戦うフリをして 意図的にある一点をガラ空きにしてみせたのだ

アーデルトラウトから見れば、そこはガラ空きで無防備で 突けば確実に当たる箇所に見える、アーデルトラウト程の達人だからこそ見えてしまう 人の意識の穴…隙をラグナはあえて見せていたのだ

故にアーデルトラウトはこれまた無意識にそこに誘われてしまう、アーデルトラウトは時間を止めた後 隙だらけの地点目掛け攻撃を仕掛けてしまう癖…というより、サガがある …ラグナはそこを逆手に取った

態と隙を見せアーデルトラウトを誘導する、そうすればタイムストッパーの発動と同時にあえて隙を見せていた方角に向けて拳を放つだけで勝手に攻撃が当たるという寸法だ

つまりラグナはアーデルトラウトの動きが見えていたわけではない、止まった時を知覚出来ていたわけではない

ただ、自分が用意した地点に目掛けて拳を振るっていただけ…、世界最強の将軍を相手にラグナは博打を打ち続けていただけなのだ

これでもしアーデルトラウトがラグナの誘いに乗らなかったら…、もしアーデルトラウトがラグナの狙いに気がついたら、全てが終わる

まだ終わらせるわけにはいかない、俺が負ければ アーデルトラウトはそのままエリスのところに向かう、それは避けなければならない…なんとしてでも 

だが、最早俺にアーデルトラウトを相手に持ち堪えるだけの体力は残っていない、後一撃でも貰えば…、それを防御出来たとして倒れる自信がある、この攻略法を編み出すまでに体力を使い過ぎちまった

故に、アーデルトラウトを足止めするには 倒すしかない、倒すしか…

(世界最強の将軍を倒す…か、それはなんていうか…とても)

とても光栄なことだ、なんたってそれはアルクカースの悲願だからな

アルクカース人は世界最強の戦闘民族だ、だが アルクカースから『世界最強の戦士』が生まれたことは一度としてない、なぜか?世界最強の名はいつも帝国の戦士が独占していたからだ

あんだけ強いデニーロ爺さんも 先代将軍マグダレーナに敗れ 世界最強の座に就くことは出来なかった、現アルクカース最高戦力たるベオセルク兄様も帝国最高戦力のルードヴィヒには敵わないだろう

アルクカース最強の戦士をアガスティヤ最強の将軍が上回り、世界最強の名をアルクカースから奪い続ける…

常に俺たちアルクカースの目の上にはアガスティヤがいる、そんな関係をもう数千年も続けてるんだぜ?、負けっぱなしが大嫌いなアルクカース人が数千年と覆すことが出来ていない絶対の関係と打倒することが出来ていない将軍と言う名の高き壁

…アガスティヤ将軍の打倒はアルクカース数千年の悲願だ、それを俺の手で実現できるかと思うと身震いするぜ

勝手に仕事放り出してここまで来たんだ、手土産に『世界最強の名前』の一つでも持って帰らにゃどやされるってもんだ

決める…ここで、エリスの為に そして我が祖国の悲願の為に!

「何故だ!何故何故何故!、何故私の動きがお前に弾かれる!」

「はっ、そりゃお前の動きが直線的すぎるからだろう!」

アルクカースの大王とアガスティヤの将軍の二大巨頭による激戦遂に終幕を間近とした、ラグナももう限界 されど次の一手で確実にアーデルトラウトを倒す算段がついた

それ故か?、その油断故か?

ラグナは今、何気ない一言で……


「直線…?」


……墓穴を掘った


…………………………………………………………

「直線だと…?」

ラグナの対決を前にアーデルトラウトは先程のラグナの言葉を反芻するようにもう一度口にする

今、アーデルトラウトは激烈なまでに激怒している、目の前の猿大将に帝国の名を汚され 剰え切り札まで攻略され、恥辱と怒りの極致にあると言える

ただそれが ラグナとアーデルトラウトの危うい均衡を保つ唯一の要素ではあるのだが…、ここに来て アーデルトラウトの怒りが 一気に冷めた

(直線的過ぎる、確か 昔ルードヴィヒに言われたことがあったな…)

かつての出来事を想起するアーデルトラウトの頭の中に、最早怒りはない…、何せアーデルトラウトがまだ将軍になるよりも前に 筆頭将軍たるルードヴィヒに言われたことがあったからだ

『アーデルトラウト、お前は直線的過ぎる上に直情的過ぎる、それでは敵の挑発にまんまと絡め取られてしまうぞ?』…と

当時は挑発がなんだと鼻で笑ったが、今なら分かる ルードヴィヒは私の本質を見抜いて真摯に助言をしてくれていたのだ

(挑発…!、まさかラグナ・アルクカースは私を挑発して冷静さを失わせていたのか?…)

思い返せばラグナはアーデルトラウトの嫌がることをあえていっていたようにも思える、それは即ちラグナが傲慢な男なのではなく 単純に戦略上の攻撃であるという事

ルードヴィヒの言っていたことは正しかった、まんまと挑発に乗せられていた、ここまで苦戦する経験は初めてであるが故に 挑発も真に受けてしまっていた…!

(バカか私は、あんな小僧の言うことに熱くなって…、これじゃあ確かにラグナ・アルクカースの言う通り 将軍なんぞと甘く見られて当然だ)

一度激昂する自分を客観的に見てしまえば、後は流れるように内なる炎は鎮火されていき アーデルトラウトは冷静さを取り戻す、いやむしろ最初よりも尚冴えていると言っていいだろう

何せ今 アーデルトラウトはラグナを卑下に見ていない、ラグナという人間を評価しているのだ、この大舞台で私という強大な相手を前に 足りない実力を知略と根性でギリギリ撃ちあえるまでに持っていく胆力

魔女の弟子である以上に ラグナ・アルクカースという人間が持つ戦闘センスを理解し評価する、やるじゃないか と

(だがそれもここまでだ、お前の狙い…見えたぞ)

冷静になって考えればラグナの動きはあからさまだった、あからさまに私を誘導している、今ラグナは意図的に隙を作り出している、今は右肩の後ろあたりがガラ空きに見える…が、これはきっと罠だ

こうやって私を誘導していたんだ、なるほど そうやってタイムストッパーを破っていたのか…

(こんな簡単な手にやられていたのは屈辱だが、それは全て私の不覚故のこと…、この男の事を見くびっていた私の責任だな)

「さぁ来いよ、どうした?もう息が上がったか?俺はまだまだ付き合えるぜ」

するとラグナはちょいちょいと挑発するように笑う、なるほど…こうやって私を誘い出していたか、…この頭に血が上りやすい性質は私の欠点だな…

ふむ、しかしラグナは私が冷静になったことに気がついていないようだな…、ならば

「貴様…!、言わせておけば!ならば地獄を見せ 後悔させてやろう!」 

乗る、敢えて挑発に乗ったフリをする、私がこうして挑発に乗り動けばラグナは今までと同じ動きをするだろう、それを逆手に取って この戦いを終わらせる

「見せてくれよ、地獄を!」

「生意気な…!、『タイムストッパー』!」

アーデルトラウトはラグナに答えるように時間を止める…、さぁ お前の狙いに乗ってやるぞ!ラグナ!

瞬く間にアーデルトラウトはラグナの右斜め後ろに…ラグナが誘っている地点から 一歩離れた地点に陣を取る、この距離ならラグナの攻撃は空振るだろう…そこに私のカウンターを叩き込み全てを終わらせる

「残念だったな、ラグナ・アルクカース」

止まった時の中 早打つ鼓動の中 アーデルトラウトは肩で息をしながら勝者の笑みを浮かべながらカウンターの構えを取り、時が動き出すのを待つ

ここまで私が苦戦させられたのは初めてだ、ここまで消耗させられたのは初めてだ、ラグナ・アルクカースの才能を陛下が恐れるのも分かる気がするよ  

しかし、しかしだ…ここに来て露呈したのは実力の差以上の経験の差、私は今まで数百 数千の戦いをくぐり抜けてきた、悪いが 場数が違うんだよ

「帝国三将軍の力を侮ったのは、お前の方だよ…ラグナ」

さぁ、あと少しで時が動き出す…、そのタイミングに合わせて 槍を振るえば、この戦いは終わる、終わるのだ

そう、アーデルトラウトは槍を構える…、ラグナの攻撃に合わせてカウンターを放つ その心算でいるのだ、確かにこのままいけばラグナの攻撃は不発に終わるだろう

ラグナの敗北は免れないとアーデルトラウトは信じているが……


アーデルトラウトは忘れていた、いや 気がつけなかった

確かにアーデルトラウトは今まで数千の戦場を潜り抜けてきた歴戦の戦士だ、経験も実力もラグナを大きく上回る、そこは事実だ

…だが、気がつかない…

アーデルトラウトの潜り抜けてきたその数千の戦場は、アーデルトラウトの卓越した戦闘技能と才能によって その全てが『圧勝』と『楽勝』によって構成されていたことに

ここまでの『苦戦』は、彼女にとって 未知の領域である事に

「後二秒…、そこに合わせて…合わせ…、ッッ!?」

アーデルトラウトがカウンターの構えを取り 行動に移すよりも前に、彼女は見てしまった

その衝撃的な光景に、一瞬 何もかもを忘れるほどに…

いや、いやいや 信じられないと心の中で唱えるも、それは間違いなく現実として顕現している


この世界はアーデルトラウトの力により停止している、筈なのに…、今 ラグナが 動き出している…

「ッッ!?!?」

動いている、ラグナがゆっくりと こちらを振り向くように 緩慢な動きで徐々にこちらを向き始めている、時が動き始めている?そんなバカな!

この魔術は我が心臓が十回、鼓動するまで絶対に解けることは……

(まさかッッ!?!?)

アーデルトラウトは見る、己の胸を…そして感じる、鼓動を…

早い、鼓動が早い!想定よりも数拍早い!?、訓練で一律に整えたはずの鼓動が、通常よりも早く鼓動している!?、こんなことは今まで一度も…!

(まさか、この私が 緊張していると言うのか!?、ラグナとの極度の戦いの中で!?)

緊張…、アーデルトラウトは今この場に至って安堵してしまったのだ、『ようやくラグナを倒せる』『負けるかと思った』『ここまでの強者が…』そんな幾多の感情が彼女の鼓動を早めたのだ

その上アーデルトラウトは今までないほどに苦戦している、ここまで体力を消耗したのも初めてだ、それ故気がつけなかった

傷を受け 消耗し、全てを使い果たせば 心臓は自然と早まる事に

生まれてこの方 無敗であり続けたが故に、そんな当たり前のことが頭から抜けていた

強すぎるが故に、見逃した…、緊張と疲労を

だから、だから動き出しているんだ 世界が、アーデルトラウトの想定よりも幾分速く、これではカウンターが間に合わない…!

「どうした…、将軍…!」

「っは!?」

気がつけば既に ラグナは拳を向けて 目を向けて、口を動かししこちらに睨んでいた

アーデルトラウトが経験したこともない速さで解ける魔術にたたらを踏む間に、ラグナは…その拳を固めて こちらに!

「熱拳…!」

ラグナの拳に魔力が集約し 焔の如き紅蓮の輝きを秘める、来る 決めに来る…!

最早防御もカウンターも間に合わない、回避?ダメだ再度魔術展開するにはコンマ数秒足りない…!

やられる…、負ける…私が、世界最強の将軍の一人である、私が…!

(あっていいはずがない、そんな事…絶対に!!)

故に答える、打って出る、グングニルに魔力を集め 答えるように槍を握り、アーデルトラウトもまたこの戦いを終わらせるために 一歩前へ出る

この一撃を放った後の事は最早考えない、ただ己の勝利だけを信じて

ラグナとアーデルトラウトは、最後の最後 決めの一撃と言う名の大博打に出る

「…一発ッッ!!」

「『ラグナロク・スコルハティ!』

鋭く輝く焔の拳と万物を穿通せし槍、踏み込みは大地を破り 互いの間に存在せし空気が吹き飛び、両者の切り札が今激突を……






「っ…!」

「…むっ!?」


しなかった、槍と拳は 激突する寸前でピタリと止まる…

いや、止めたのだ

「これは…」

ラグナもアーデルトラウトも互いに向けた必殺の一手を中断し、視線を動かす

その先にあるのはこの戦いの中心地、シリウスとカノープスがぶつかり合っている筈の炎の山の方角、それを見た二人は顔色を変える

何故か?

「…戦闘音が止んだ…?」

ピタリと向こう側からの戦闘音が消えたのだ、いやそれだけじゃない…

何かがおかしい、妙に胸騒ぎがする…、虫の知らせ とでも言おうか、少なくとも今二人に戦いの手を止めさせるに値するほどに異様な空気が奥から漂い始めたのだ

只事じゃない、そう感じた二人は戦いをやめ…

「まさか、エリス…!」

「なっ!?待て!ラグナ・アルクカース!」

すると異様な気配が漂う炎の山に向けてラグナは一目散に駆け出すのだ、先程まで必死こいて倒そうとしていたアーデルトラウトすらも置いて…

「……まぁいい、兎も角確認しに行かなければ」

最早戦いどころではなくなった、両陣営の戦い理由…魔女レグルスと魔女カノープスに何かあったかもしれない、もしかしたら戦うに決着がついて 趨勢は決したのかもしれない

それか、若しくは…

「エリス、まさかまたお前のなのか」

アーデルトラウトの胸を騒がせる唯一の存在、孤独の魔女の弟子 エリス…あれが何かをしたのだとしたら…

そんな高鳴る胸を押さえてアーデルトラウトもまた、震える膝を押さえて懸命に駆け出す

全てはこの戦いの行方を見届ける為に……




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