孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

文字の大きさ
上 下
270 / 308
八章 無双の魔女カノープス・後編

246.魔女の弟子と魔女の弟子達

しおりを挟む

「さてと、取り敢えず久しぶりだな 、つっても 一年ぶりだけどさ、エリス」

「はい、ラグナ…また会えて嬉しいです、あとびっくり」

帝国との戦いに敗れ 師匠の元から一気に引き離され、帝国の留置所へと囚われたエリスを助けてくれたのは、意外も意外 学園で別れ 今はカストリアに居るはずのラグナ メルクさん アマルトさん、そしてエトワールで別れたはずのナリアさん…つまり 魔女の弟子達であった

彼らは突如として現れ、エリスを助け出し こうして生産エリアに連れてきてくれたのだ…、そんなラグナは今 何処かを目指しているようで、今もこうして生産エリア プリドエル大工場の中をエリス達を伴い歩み進んでいるのだ

そんな彼の隣に立ち、エリスは彼の言葉に耳を傾ける 

久しぶり、とは言うが まだ学園を離れて一年しか経っていない、時間で言えば長いんだから短いんだか分からないが…

「一年の間にまた美人になったか?エリス、髪も随分ツヤツヤだな」

「ちょっ!メルクさん!頭撫でないでくださいよ子供じゃないですから…、実は最近ヘアオイルを塗るようになりまして、それから髪の調子がいいんです」

「なんだよ、色を覚える年頃ってか?、学園にいる頃は化粧なんかまるでしなかったくせによ」

「からかわないでくださいアマルトさん、エリスだって いつまでも汚らしいままじゃないんです」

「エリスさんまだ僕があげたヘアオイル使ってくれてるんだ…!」

「当然ですよ、毎日ちゃんと使ってますよ」

久しぶりの再会に沸き立つ仲間達に四方から小突かれるこの感覚に久しいと感じるあたり、エリスはあの学園の日々を恋しいと何処かで感じていたのだろうな

「にしても、なんだかみんながいるって この帝国に変な感覚です」

この帝国に エリスの友達が居る、この絶望的な状況の中 ラグナ達が来てくれている、それが今でも不思議なんだ…

「ラグナ、聞かせてくれるんですよね、どうしてみんなが揃ってるか、エリス達を助けに来てくれたって どう言うことなんですか?」

「ん?、ああ…って言っても事態はシンプルで、実はさ」

すると、ラグナは神妙な面持ちでチラリと一瞬アマルトさんの方を見る、それに釣られアマルトさんもナリアさんも メルクさんもまた、重苦しい顔にて目を伏せる

「俺達がここに来たのは、シリウス復活の報を聞かされてなんだ」

そうしてラグナは語り始めるのは ここに至るまでの経緯、それは 一週間前にまで時は遡る……


──────────────────────

四、五日前、アルクカースに戻り 国内の平定に向けて日々仕事と修行に明け暮れていた大王ラグナがいつものように執務室で仕事をしているとだ

いきなり部屋の扉が開かれ…、いや 吹き飛ばされ…

「オイ!ラグナァッ!、今からコルスコルピに向かうぞ!」

今しがた部屋の扉を蹴り飛ばした存在をラグナはよく暴力の化身と呼ぶし、アルクカースの辞書で『理不尽』と引けば彼女の名前が出てくる、そうだ アルクトゥルス様だ

規範がいきなり突拍子もなく扉を蹴り飛ばしてコルスコルピに行くと言い出したのだ、そこで俺はこう言ってやった

「は?」

口に出来たのはそれだけだ、どうやら師範には会話をすると言う選択肢はなかったようで、気がついた時にはラグナは壁を突き破って空へと飛び出した師範に掴まれ空を飛んでいた

「い いやいやいやいや!、師範!俺仕事中!今日中に片付けないとまずいヤツが二、三件るあるんです!明日じゃダメですかね!師範!」

みるみる遠ざかっていく城 俺の家 仕事場を前に無意味な抵抗を繰り返す、今日中にアジメクへの武器輸入に関する仕事を片付けておかないとデティに大迷惑をかけてしまう、故に何が何でもすぐに城に戻って仕事を…

「うるせぇ…!、いいからついて来やがれ…!」

「…師範?」

そこでラグナは悟る、師範の顔を見て悟る、様子がおかしい 今までにないような顔をしている、傍若無人は元からだがここまで理不尽では無いはず、何より…

頬を伝うのは冷や汗か 或いは涙か…両方か、ともあれ尋常ではない事態が引き起こされたのだと悟った、故に…

「分かりました、師範 でも後で説明頼みますよ」

「勿論だよ!、デルセクトにも寄ってくぞ!、メルクの奴を拾ってく!」

師範の腕にしがみつき空を飛ぶ師範と共にコルスコルピに向かう、道中 いや空中か?どっちでもいい 虚空を蹴って急降下した師範は翡翠の塔をブチ抜き弾丸のようにガラガラと砂埃をあげながら再び空へと駆け上がる師範…

その手には、いつのまにか俺と一緒にメルクさんも捕まっており…

「えっ!?何っ!?、なんだ!?」

ハッ!といつのまにか己がアルクトゥルスの手によって捕らえられていることに気がつくメルクさんは突然のことにジタバタ暴れる、数秒前の俺を見てるようだ

そりゃいきなり翡翠の塔に師範が突っ込み すれ違いざま地メルクさんの襟を掴んで連れ出したのだ、誘拐と変わらないよ…

「これはなんだ!?何が起こって…ラグナ!?」

「ああ、メルクさん いきなりで驚いてるかもだが、説明は後だ 今は付き合ってくれるかな…」

「なっ ラグナ!、今日は新たな五大王族任命の大事な式典があるんだぞ!、降ろせ!今すぐ!」

「俺に言うなー!!、俺だって大事な仕事放り出して師範に連れ出されてるんだよー!」

師範に掴まれながら俺の胸ぐらを掴み降ろせと暴れるメルクさんを宥める、わかってるよ 俺もメルクさんも暇じゃない、そこは師範だって分かってくれている…筈だ、多分

だがそれさえも放り出してまでいきなり連れ出さなければならない事が起こっているのだろう

そうメルクさんに説明すると彼女も納得してくれたのか、この埋め合わせの件を一人で考え始める、悪いね メルクさん、俺も手伝えることあったら手伝うからさ

なんて思っている間にも俺達は一瞬にしてマレウスを飛び越え、コルスコルピの中心都市 ヴィスペルティリオへと降り立つ

「ここは、ヴィスペルティリオか?…」

「師範はコルスコルピに向かうと言ったけど…、まさかまたここに戻ってくることになるとは」

ヴィスペルティリオのど真ん中に降り立つ師匠によって俺たちはようやく解放され、何分かぶりの地面と再会を果たす

しかし、流石は歴史と時を重んじる国コルスコルピ…、俺達がこの国を立ち去ってから一年経ってるのに、まるで変わってない、変わらなさすぎて懐かしいと言う感情さえ湧いてこないぞ

「それで師範、これからどこに…ってぅぉっ!?」

「ついて来い!ラグナ!メルク!、アンタレスのところに行く!」

その瞬間今度は俺たちの手を掴み 怒涛の勢いで駆け出す師範、もはや一も二もなければ了承も得ない、この人は無茶苦茶な人だがここまで無闇矢鱈な人ではない、こりゃ相当な事だぞ、まるでこの世の終わりって感じだ…

この世の終わり…、いや まさか…、なんて思う間も無く師範はコペルニクス城へと突っ込む 突然のことに驚きながらも城を守ろうとした守衛を薙ぎ倒し瞬く間に城の奥の奥…

アンタレス様のいる奈落の底へと駆け下り、アンタレス様の私室の扉を蹴り破るなり…

「来たぞ!アンタレス!」

そう叫ぶのだ、ついでとばかり俺達も一緒に部屋の中に転がされる、急いでるのは分かるけどもう少し遠慮してくれないかな、地面を転がったおかげで 服が埃だらけ…

「おう、…ラグナ 久しぶり」

「ん?、おお!アマルト!」

ふと、頭の上から声をかけられ起き上がれば見えてくる懐かしい顔、やや疲れ気味に輝くニヒルな笑顔で手を軽く上げるのは探求の魔女の弟子アマルトだ、昔は色々あったけど 今となっては良き友人たる彼が久しぶりと軽く手を上げている、うん 一年前と変わりなく元気なようで何よりだ

そうか、ここはアンタレス様の自室、ならその弟子たる彼がここにいてもおかしくはないわけだ、しかしその顔色は再会を祝うような喜びに満ちたものではなくどこか影を帯びているのが見て取れる…、彼もなんとなく事の重要さを理解しているようで…

「来ましたねアルクトゥルスさぁん流石にお早いですこと」

すると、そんな俺たちを見て 迎えるようにクルリと椅子の上で回転しこちらを見るのはアンタレス様だ、彼女もまた変わりない まぁ魔女だから当然だが

「あんな話聞かされりゃ当たり前だろ!、それよか説明早くしろ!、ラグナやメルクが混乱してるだろ!」

(俺が混乱してるのは師範のせいなんだが)

(私が混乱しているのはアルクトゥルス様のせいなのだが)

詰め寄る師範に対していつも通りのテンションで迎え撃つアンタレス様は、やや小うるさそうに溜息を吐き

「わかってますよそのつもりで一旦ここに集めたんですから…」

チラリとこちらを見るアンタレス様は難しそうな顔をしているようにも見える

アンタレス様が師範や俺たちを呼びつけたということだろう、人の気配が嫌いで常にこの地下で一人で過ごしているこの人が 態々人を呼び出して話をする そうしなければならない理由、これは覚悟して聞く必要がありそうだ

「アンタレス様、俺達なんでここに呼び出されたんですか?」

「それは貴方達の力が必要と判断したからです よく聞きなさい…大切な話をしますから 今から とても」

立ち上がり 俺たち三人の弟子達を見下ろすアンタレス様は、一呼吸の間を開けて、覚悟を決めるように こう…口にする

「先日 レグルスさぁんが臨界魔力覚醒を使用しました これにより原初の魔女シリウスの復活が確定してしまいました」

「は?、え? 原初の魔女シリウスがって…え?」

いきなりもいきなり…一体なんの話をしているんだ、そもそも臨界魔力覚醒ってなんだ、なんでそこでレグルス様の名前が出てくるんだ

だがその中でも分かる単語がある、原初の魔女シリウス…かつて師範達が戦い 打ち倒した大いなる厄災の根源 或いはそのもの、死してなお復活を望む怨霊の名だ それが、これから復活を果たすのが確定したというのだ

故に、一瞬頭がこんがらがる…それはつまり、どうなっちゃうんだ?世界はと師範の方を見ると

「間違い無いんだな、アンタレス」

「ええ 帝国に入ってからレグルスさぁんの様子が不穏だったので随時観察していたので間違いありません レグルスさぁんはこれからシリウスを復活させる為の器にされるでしょう」

「ちょ!ちょっと待ってください!、俺たちにも分かるように…、なんでレグルス様がシリウスを復活させるための器になんか…」

「シリウスとレグルスが姉妹だって話はしたな、ラグナ」

すると師範は語るのだ 二人が姉妹であることを、その話は以前聞いている…二人は血の繋がった姉妹なのだ、ただ 世界を滅ぼそうとしたシリウスと世の希望たる八人の魔女の一人が血縁関係にあると知られれば 余計に厄介なことになりそうだからと秘匿はされているが…

けど、二人は間違いなく姉妹なのだ 家族なのだ、エリスも二人の顔はそっくりだと語っていたし…

「シリウスはオレ様達魔女の体を奪おうと暗躍していたが、なんてことはねぇ その本命が妹のレグルスだったってだけの話さ」

「なるほど、確かに血縁関係ってのはデカイな…」

そう顎に指を当て訳知り顔で苦々しく舌を打つのはアマルトだ…

「分かるのか?アマルト」

「まぁこれでも血を使った魔術が得意なもんでね、…血と魂は密接な関係にある、他人の体を乗っ取るなら 肉体は出来る限り本来のものに近しい方がいい 、そうなった時 同じ親から同じ血を受け継いだ姉妹か兄弟が 、或いは息子や娘以上に最も都合がいいのさ」

同じ材料で産まれてるからな とアマルトの言葉には 何処か説得力がある、それは理路整然とした理論と共に 『姉妹や兄弟の体を乗っ取る方が都合がいい』って話は感覚的に理解出来る、姉妹兄弟の顔が似るように 体の構造も魂の構造も似る…ならば、全くの他人の体よりも そっちの方が馴染むのは道理だ

そんなアマルトの話を聞き、察する…、臨界魔力覚醒が何かは分からないが きっとそれがトリガーなんだ、魔女シリウスがレグルス様の肉体を奪うための、なんでそれを使ったのかはわからないが それを使用したことによりレグルス様はシリウスに体を奪われてしまったのだ

「ちゃんと私の教えを聞いてたのねアマルト」

そして何故かちょっとだけ自慢げなアンタレス様は 一息つくと…

「そうね だからレグルスさぁんは今シリウスに体を乗っ取られた状態にある…今はまだ復活は完全ではないけれど 放置すればそのうち完全に大いなる厄災として孵化するわ そうなれば終わりね世界は」

「なら、俺達はどうしたらいいんですか?、それを阻止する術はないんですか?、俺達に…出来ることは」

「あるわ 一番簡単なのはレグルスを殺すことね」

「っ…!」

そりゃそうだと俺の中にいる残酷な部分が手を打つ、レグルス様の肉体を使って復活しようとするなら レグルス様の肉体をこの世から消してしまえばシリウスは今世への道を断たれることになる

簡単に考えるならそうだ、だが

「出るわけねぇだろうが!ンな事ッッ!」

師範が吠える、そんなことは絶対に出来ないし許さないと拳を握る、そこには同意見だ、これは戦略的観点とかそういうものをかなぐり捨てた心情的意見だ…、レグルス様は殺したくない 死なせたくはない

「まぁそうね でも…多分帝国は違うは」

「カノープスが?、そんなまさか…、アイツがレグルスを殺そうとするわけがねぇ きっと死ぬほど手を尽くしてレグルスを助けようとするに決まってる、アイツはそう言う奴だ」

「そうね でも死ぬほど手を尽くしてもどうにもならないなら…彼女は世界と助けられないと友達の どちらをとると思う?」

その言葉を聞いた師範の顔色がみるみる青く染まり そのあとカッ!と赤く染まる、怒りに染まる

「まさか…、ッッッまさかカノープスは!」

「レグルスさぁんにシリウスの兆候が見えたここ最近 急速に軍や装備をかき集めている…主力の将軍も常に側に起き直ぐにでも戦えるように備えている…つまり やる気よ」

「あの野郎ッッ!!」

響く怒号は奈落を震わせ この国全域を揺らす、それほどの爆音が響き渡り 師範の体から可視化されるほどの怒気が伝わってくる

皇帝カノープスは魔女レグルスを殺すつもり、それは俺たちにとっても衝撃的な話だった、何せカノープスといえば八人の魔女最強の存在にして 世界最強の大国 アガスティヤ帝国の大皇帝…

彼女の号令が一つでポルデュークを征服し 二つでこの文明圏を制し三つ目で世界を制すると言われるような存在だ、俺と同じ魔女大国の宗主とは言え 格が違う…、そんな人が レグルス様の命を狙ってる

おまけに体はシリウスに奪われてもいる

とんでもない状況だな…うん?

「あの、エリスは…」

こんな時に 友達の心配か なんて思われるかもしれないが、それでも気になる、師匠であるレグルス様がそんな状況なら エリスは一体…

「その事についても 今から話すつもりよ…あなた達にとっては大切な話だものね」

「ありがとうございます、アンタレス様…それで、エリスは無事ですか?」

「無事よ…と言いたけれど シリウスが動き始め 帝国と戦いが始まったら 間違いなくエリスは師であるレグルスさぁんを助けに行くでしょうね」

「まぁ…そりゃ、でもそうなったら…」

「ええ 帝国とやりあうでしょうね…たった一人で数百万の大軍勢 それも世界最強の軍隊である帝国軍とね」

「っ…!」

それは最悪だ、でも間違いなくエリスはレグルス様を助ける為戦うだろう、味方もいない中 レグルス様を殺そうとする帝国軍と戦い どう動くかも分からないシリウスからレグルス様の体を奪い返す為に戦うだろう

それは無茶だ、無茶だと直ぐに分かるが エリスはその無茶をやる子だ、…さしものエリスも帝国軍を相手に戦ったら…

「そこで 貴方達の出番よ…」

「へ?、俺達?」

「なるほど、だから私達が集められた という事か、有難いな」

メルクさんが手を打つ、俺達が集められた理由…そこに合点がいったからだ

「そう 貴方達はこれからシリウスの復活を阻止してきなさい…レグルスさぁんを殺すのも手ですけど きっと生かして助ける方法もあるはずです」

「本当ですか!アンタレス様!」

「まあその方法に心当たりがあるわけではないですけど…でも エリスちゃんを助ければ自ずと答えは見えてくるでしょう 何せあの子は識の才能を持つ子供…事答えを出すという事例に関して彼女に勝るものはいないでしょう」

そうか、エリスには知識認識の権化たる識確の才能がある、危険な才能ではあるが それでもそれを用いれば、或いはレグルス様を生かして助ける方法も思いつくかもしれない、というか案外エリスならもうその方法を見つけて行動に移しているかもしれない

「なので 貴方達三人とアルクトゥルスさぁんにはこれから帝国に向かいエリスを助け 共にレグルスさぁんを助けシリウスの復活を阻止していただきたいんですけど…いいですか?」

「勿論です!、絶対エリスもレグルス様も助けてみせます!」

気炎を上げて吠える、大事な仕事をほっぽって出てきたが そんなものよりもこっちの方が大切だ、何せ大切な友達とその師匠の命 そして世界の存亡が関わってるんだ、だったら帝国だろうがなんだろうが行ってやる!

そう俺が返事をすると

「ちょっと待ってくれ」

メルクさんが止める、え?待ってくれって…

「メルクさん行かないのか?」

「そんなわけあるか、エリスは絶対助けてみせる、そこには変わりはない…だが、アンタレス様 我々『三人』で向かうのですか?」

三人 その言葉に引っかかったのだ、師範はついてくるとして アンタレス様はついてこないの?…という話ではない

「ああ、あのちびっ子がまだ来てない」

アマルトのいうちびっ子とは 即ちデティだ、デティがまだ到着していない、行くならあの子も連れて行きたいし あの子だって来たいはずだ、エリスとデティはこの場の誰と知り合うよりも前からの親友、エリスの危機なら デティだって…

しかし、アンタレス様は小さく首を振り

「スピカさぁんにも連絡しましたが返事がありません デティフローアはここには来ません」

え?スピカ様と連絡が取れない?…、デティがここには来ない?、どういう事?と俺達三人が訝しむと それに答えるように師範が舌を打ち

「チッ、そういうことかよ、…なら待ってもこねぇな…、オレ様達三人で行くしかねぇか」

何か 思い当たる節があるようだ、その件について師範達は説明してくれる素振りはない…、まさか アジメクの方でも何かあったのか?、だとしたらアジメクの方にも行きたいが…

「ええ ですが問題解決に当たるならもう一人弟子が欲しいところです…なのでアジメクではなくエトワールに立ち寄りなさい つい最近プロキオンさぁんが弟子を取ったようなので閃光の魔女の弟子と合流し共にエリスちゃんを助けに行きなさい」

閃光の魔女プロキオン様の弟子とも合流しろというのだ、ポルデューク側の弟子とは交友がない 、けれどそうか…彼方にも弟子が生まれていたか、なら そっちとも連携を取った方がいいな

「へぇ、プロキオンがねぇ どんな奴だ?」

「名はサトゥルナリア・ルシエンテスという男です…彼もまたエリスちゃんと交友を持つ弟子なのでエリスちゃんの危機と言えば手を貸してくれるはずですよ」

「お?男か?、よかったなラグナ 魔女の弟子に男が増えたぜ?」

パン!とアマルトが喜びのあまり俺の肩を叩く、そう言えば魔女の弟子達の男女比率で言えば男は圧倒的に肩身が狭い、現状俺とアマルトしかいなかったし ここに男がもう一人増えてくれるならやりやすいのか?

まぁ男だ女だは気にしないけど、それでも感覚は違うんだろう

「分かった、ならお前ら これからエトワールに向かいそのサトゥルナリアってのを回収した後、エリスを助けに向かう、レグルスを助けるにゃエリスの力が不可欠だ、識に頼るのは嫌だが この際仕方ねぇ」

「ええ 私もここから出来る限りの支援はしますので…頑張ってください」

「おいおいなんだよお師匠さん、あんたはついてこねぇのかよ…」

「ブー垂れないのバカ弟子 後方支援も大切に仕事ですよ」

ブー と唇を尖らせるアマルトの気持ちは分からないでもないが、アンタレス様の呪術は広範囲の情報収集及び発信に対してかなりの力を発揮するようだし、なら現地に着いてくるよりここであれこれしてもらう方が戦略的には有難いだろう

「…しかし、新たな魔女の弟子…サトゥルナリアか」

腕を組み 目を伏せる、一体どんな奴なんだろうか…エリスと友達だっていうなら悪いやつではないのは確かだが、どんな人物なのかは気になるな

師範から聞いた話じゃプロキオン様は世界最高の剣士であり騎士だともいう、ならその弟子もまた剣士か騎士ということになるのだろうか

「サトゥルナリア…強そうな名前だし、筋骨隆々の騎士…だと思うんだけど、アマルトはどう思う?」

「どう思って…、お前なラグナ 他の弟子が剣とか使い始めたら俺のアイデンティティが崩れるだろ、そこはほら エトワールは芸術の国だし 無難に画家と歌手とかじゃないのか?」

「いや、サトゥルナリアはきっと女装の似合う低身長の男の子だ、まるで女の子と見紛う可愛らしさで…役職はそうだな、きっと役者だ 舞台役者」

ふと、俺とアマルトの雑談に入り込んでくるメルクさんは語る、間違いなく 女の子みたいな男の子だと、なんでそこまで自信満々に語れるんだ…?しかもかなり尖った意見だし

「それメルクの性癖じゃね?、エリスにも男装させてたっていうし」

「何をいうかアマルト!、私はな!本気でサトゥルナリアなる人物の予想をだな!」

「どうだか」

「貴様撃ち殺すぞ!」


「ぐちゃぐちゃ雑談してんじゃねぇぞお前ら!遊びに行くんじゃねぇ!、おい!ラグナ!メルク!アマルト!、これからエトワールに向かう!準備しろ!」

俺達の雑談を引き裂き師範が激怒する、まぁ 気の抜けた会話だったとは思うけれどだ 、日常から一転 こんなとんでもない話に身を投げ出すことになったんだ、少しは友人とバカ話をして精神的安定を計らねばやってはいけまいよ

というかだ、そもそも…

「準備って何を!?、俺着の身着のまま連れてこられたんですけど!」

「私もだ!せめて装備を持って来させてくださいアルクトゥルス様!、こんな日の為に開発した数々の機構を…、って私マスターに一言も言わずに出てきてしまいました!」

「フォーマルハウトには言ってあるから大丈夫だ、後装備は現地調達しろ、以上 準備タイム終わり、行くぞ」

「横暴っ!」

薙ぎ払われる師範の腕に俺もメルクさんもアマルトも 揃って掴み上げられ 俺達は再び師範と共に凄まじい速度で移動することとなる、目指すは兄弟大陸の片割れポルデュークのエトワール

エリスを助けるための冒険が今始まったわけだが…

「なぁ、ラグナ お前んとこの師匠いつもこんな感じなの?」

「ああ、アマルト 平常運転だ」

「ご愁傷様、しかし俺たち マジでポルデュークに行くんだなぁ…、はぁ 先行きに不安しかない」

アマルトの言う通りだ、こういうのってもっと綿密に計画を練ってから行くものじゃないのか?、今俺たち 無計画にとんでもない戦いに身を投じようとしてないか?

大丈夫なのか、これ……


そんな俺達の不安も他所に、俺達は師範に連れられポルデュークに向かうことになる、冒険の目的はエリスとレグルス様を助け 世界を救うこと、壮大な目的の割に その出発は何ともあっけなく 強引なものなのだった

──────────────────────

「んで、その後エトワールに到着して ナリアと合流して、今に至るってわけさ、幸いエトワールで少し準備する期間を貰えたわけだが…、これならそんなことせずもっと早くここにきていればよかったな」

「なんというか、大変でしたね…ラグナ達も」

道すがら ラグナ達に事の顛末を聞いて、申し訳ないやら同情するやらで胸がいっぱいになる

しかし、アンタレス様がシリウスの復活を事前に予期し カノープス様が取る行動すらも読んで魔女の弟子達を戦力として送り込んでくれていたのか…

「でも、デティは来れなかったんですね」

「ああ、終ぞ俺たちと合流する事はなかった…、ただ アジメクで何かあったとも聞かないし 何故連絡が取れないのかも分からない、ああ そう言えばエリスってデティと連絡が取れる魔術筒持ってたよな」

「…………、それが その魔術筒も使えなくなってまして、調べてもらったら どうやらデティ側の魔術筒が破損しているようで…」

「マジか、…何もないよな」

デティはこの場にいない、何故か合流も連絡も出来ていない、アンタレス様はアジメクにも連絡したそうだが その連絡も応答が無いという

異様だ、何かあったとしか思えない…、ただラグナの言うようにアジメクで何か異常事態が起きたならこの半年の間にエリスの耳にも届く筈だし 魔術の総本山たるアジメクに何かあったら そもそも魔術界に激震が走る筈…それが無いなら 何も無いと断言できるが…

でも 何もなければ連絡が取れないなんて事はないし…

一刻も早くアジメクに戻りたい…、デティの身に何があったのか調べたい、けど今は師匠の件があるし こちらを放り出してはいけない…、早く師匠を取り戻し旅を再開してアジメクに戻らないと

「デティ…大丈夫でしょうか」

「まぁ、あの子だって魔女の弟子だ、エリスだってデティが強かな子なのは知っているだろう?、大丈夫 何かあれば自分で切り抜けるさ」

「そう…ですよね」

そうだ、デティはあれで魔術導皇 エリスが守らなければ死んでしまうようなか弱い子じゃ無い、なら今は変に心配するより 目の前の戦いに集中した方がいいだろうな…

するとアマルトさんが空気を変えるように頭の後ろで手を組んで

「いやぁしかし、ビビっだぜ 到着した時にはもう既に事は始まってるっぽかったしさ、ほんと 間に合って安心安心」

「すみません、アマルトさん…でも意外でした、アマルトさんならもっと嫌がるかと」

「どーいう意味だそりゃ」

そーいう意味ですよアマルトさん、少なくともエリスは ラグナ達を信頼している、ラグナ達ならこの事態を聞き及べば行動してくれるだろうな なんて烏滸がましい信頼がある

対するアマルトさんには信頼がないかといえばそうではない、けど 彼はこういう面倒なのが嫌いだから もっと嫌がるとか乗り気じゃないと思ってたけど、見た感じノリノリだ…ちょっと意外…

なんて思ってると…

「馬鹿野郎お前、別れる時言ったろ…次は俺がお前を助ける番だって、絶対助けるってな」

「あ…アマルトさん」

言った、確かに彼はエリスを助けてくれると 言っていた、その約束を守るために彼はこの場に臨んでくれていたのか…、なんて優しい子なんでしょうかアマルトさんは 流石は未来の理事長です とエリスが感謝の視線を向けるとアマルトさんは照れ臭くなったのかみるみる顔を赤くし

「そ それより早く向かうぞ!、今は一刻を争う事態…なんだろ?」

「そうだったな、あんまり待たせるのも悪い」

照れ隠しに足を早めるアマルトさんに従い ラグナ達もまた歩幅を広げる

「向かうって、そう言えば今はどこに向かってるんですか?」

「ん?ああ、そこを言ってなかったな…、俺達がこの街に突入した時出会った協力者のところさ、その人が今の詳しい状況を俺たちに教えてくれた上に 潜入用の服とアーデルトラウト将軍の毛髪を用意してくれたお陰で 俺達はエリスを助けられたんだよ」

ラグナの言葉を受け 考える、確かにマルミドワズに来たばかりのラグナ達がすぐにこれだけの準備が出来るとは思えない、帝国側に協力者がいるとしか思えないが…

いや、合点は入っている そもそも生産エリアに来た時点で、誰に会うかは想像出来ている、まさか彼が ラグナ達の協力をしてくれていたとは、本当に味方だったんだな…

なんて考えている間に、ラグナ達は生産エリアの道を進みきり 一つの空間に、開けた空間に辿り着く、生産魔力機構と配管で形作られたこのエリアの中にポツリと存在する木製の部屋…

魔術王ヴォルフガングさんの研究所、そこでラグナ達が足を止めたという事は、彼らの協力者というのはヴォルフガングさんのことなのだろう、しかし 気まずい…

なんで気まずいって、そりゃあ…ねぇ?

「師範!、エリス助けてきましたよ!」

やや気まずい心中のエリスをラグナが研究所へと入り込めば 見えてくるのはエリスが出て行った時と同じ光景、ソファの上に座り目を閉じるヴォルフガングさんと その隣に置かれた落ちきった砂時計…そして

「よくやったなお前ら、これで弟子が五人揃ったな」

「やあエリス、檻に入れられたと聞いた時はショックだったが、元気そうで何よりだよ」

「アルクトゥルス様!プロキオン様も!」

よっ! と出迎えるのは獅子の如き猛烈な赤髪と褐色の肌を持つ筋骨隆々の女傑 争乱のアルクトゥルス様と、優美にして華麗  高貴にして光輝、騎士の中の騎士 閃光の魔女プロキオン様の二人がエリスを出迎える

カストリアの魔女とポルデュークの魔女 どちらもエリスが出会いお世話になったの魔女様達だ、いやアルクトゥルス様が付いてきているのは話の流れで分かっていたけれど プロキオン様まで来てくれていたのか!

「コーチ!、僕演じれましたよ!」

「流石はボクの教え子、この目で見る事は叶わなかったが 見事な演技だったと褒めるに値する成果だ、よくやったね」

「えへへ、コーチとアマルトさんのおかげです」

ナリアさんの頭を撫でるプロキオン様を見ていると なんだかいい気分になってきますね、この二人も上手く魔女の師弟をやれているんだなって 上から目線ながらも思ってしまう

「お二人も来てくれているんですね、心強いです」

「まぁ本当はオレ様だけで来るつもりだったんだが、プロキオンがどうしてもってな」

「ボクはこの手で誓ったのさ、今度こそ エリスを守るってね、ね?エリス」

パチコーンと星が舞うようなウインクをしてくれるプロキオン様、確かにそんな誓いされてたな…、こっちの方は何故こんな誓いを立てられたのか分からないけれど、それでもありがたい上に嬉しい、態々エリスを守るために 助けるためにこうして赴いてくれたのだから

「ありがとうございます、アルクトゥルス様 プロキオン様」

「礼はいい、それより 座れ、お前ら」

「座れってどこに…」

「地面」

相変わらず横暴な人だ…、まぁ当のアルクトゥルス様は机の上であぐらをかいているわけだが…、ともあれエリス達四人の魔女の弟子達はアルクトゥルス様の号令に従い地面へと座り込む

「ん、じゃあ状況を纏めるが エリス、お前どこまで聞いた」

「アンタレス様がシリウスの復活を予期し、それを助ける為 各地の弟子を集めここに導いてくれたという事は聞及びました」

「ん、ならいい …お前達にはいつぞや話したよな、お前達はいつか大いなる厄災に類する何かと戦う運命にあり シリウスの復活を阻止する定めにあると」

「不確定な師範の予想ですけどね、でも…今がその時だって事ですか?」

「かもな、…オレ様達が倒した原初の魔女シリウスは今 オレ様の大事な親友の体乗っ取って好き勝手やろうとしてやがる、これを放置すれば 間違いなくシリウスは蘇り大いなる厄災は蘇り、確実に世界は崩壊する」

アルクトゥルス様は状況を纏めるように話し出し そして明言する、シリウスの完全復活を許せば世界は確実に破滅すると…、ラグナもメルクさんもアマルトさんも…エリスもまたそこはなんとなく理解していたが、そこまで言い切るほどには絶望的なのか…

ただ、エリス達の中で最も魔女の弟子としての暦が浅いナリアさんだけはギョッとして…

「え!?、あ あの…シリウスって前言ってた魔女様達が昔倒した悪いやつなんですよね…、ふ 完全復活したらまた倒したらいいのでは」

「無理だ、八千年前オレ様達が勝てたのは八人全員が揃っていたから って言うのと、唯一シリウスの無限の魔力に対抗出来る魔術 『虚空魔術』があったからだ」

「虚空…魔術」

即ち 師匠の…いや師匠だけが使える虚空の力がシリウスに対する切り札になり得るのだ

シリウスの魔力は常軌を逸している、殆ど無限に近い程に無尽蔵の魔力を持つ、死してなお大地を遍く包むほどに魔力を発し、存命の頃は魔力だけで星の配置さえ変えてしまうほどの化け物だった、こんなもの真っ向から戦っても魔女様と言えど勝ち目はない

だが、その魔力を無効化できる虚空魔術があれば シリウスの無限にさえ対抗出来る、まぁそこまでやってようやく同じ土俵に上がれるだけだろうが

「シリウスが復活するって事は レグルスを失うって事だ、次シリウスと戦う時 レグルスと虚空魔術抜きってなると、勝率は絶無に等しい…この世界の全生物が結託しても シリウスにゃ敵わない」

「シリウスって…そんなに強いんですか…」

「強えさ、オレ様達の師匠だからな…だからこそ、絶対に復活はさせちゃあなんねぇ、オレ様の国と世界とダチを守るためにもな、だからその為にもお前らにも頑張ってもらわなくちゃならねぇ」

シリウスの復活阻止は大前提、その上で師匠も守り 世界を守る、それがアルクトゥルス様の言い分だ

改めて聞かされて ホッとして涙が出そうだ、だって…だって

「ずずっ…」

「お おい、何泣いてんだよエリス オレ様なんか変なこと言ったかなぁ、プロキオン」

「別に悲しくて泣いているわけでないさ、それは…安堵の涙だろう?、エリス」

「はい…ずずっ、はい…カノープス様が何が何でも師匠を殺そうとしているのを見たら 帝国のみんなが師匠を消そうとしているのを見ていたら、もしかしたら この世界に師匠の味方は…エリスの味方は…誰もいないのかもって、もしかしたら アルクトゥルス様達も師匠を切り捨てるかもって 何処かで考えていたから…その言葉を聞けて安心してしまって…」

「馬鹿野郎、例え世界が存在を否定しても それでも存在を肯定してやるのが…、出来るのが ダチって言うんだよ、まぁ カノープスもその辺は考えちゃいるだろうが、…アイツは妙に覚悟キマってるところあるからな、国と天秤にかけたら アイツは国を選ぶ」

それはカノープス様自身王族の出だからだろうか、何せ彼女は己の国を大いなる厄災から守り抜いたほどだ、故に 彼女の中で国とは最も大切なものなのかもしれない

まぁ、そんなことエリスには関係ないが

「カノープスはシリウスからレグルスを助けられないと確信しているし 事実この世にシリウスの魔術を打ち破る術は虚空魔術しかない以上、シリウスの同化魔術を断ち切る方法はないとオレ様も断言できる」

「え!?ないんですか!師匠を助ける方法!、そんな!」

「落ち着け…、それはオレ様が勝手に思ってるだけだ カノープスも、だがエリス お前なら…何かわかるんじゃないか?」

…なるほど、アルクトゥルス様も考えていたか…エリスの識の力を使えば 師匠を助ける方法を見つけ出せるかもしれないと、…だけど

「はい、出来ます…エリスの識の力を使えば、行けます」

「ッッッ!?」

「やはり 使いこなせるようになっていたか」

そう、識の力を使えば…そう言いかけた瞬間、ラグナとメルクさんが青い顔をして…

「大丈夫なのか?、使っても…」

「識の力とは、以前デルフィーノで隠者のヨッドを見つける為に使った奴だな?、…確かあれを使った後 エリスは倒れたと記憶しているが…」

そう心配してくれる、ああ 前一度使った時はラグナ達の前だったな、…以前使った時はエリス自身が弱かった事もあり 負担が大きく、使い終わった後力を使い果たして倒れたんだ

そのことを知ってるから、聞いてくる、大丈夫かと…

「大丈夫です、修行して一日に五分だけなら問題なく使用できるようになりました、その識の力を使えば どんな事だって分かります」

「お前一年で強くなりすぎじゃねぇ?」

なんてアマルトさんは言うが正確には一年と三ヶ月だ、この際誤差かもしれないが それでもエリスはラグナ達と別れてからこの一年間 強くならなければならない環境下に置かれ続けていた、レーシュから始まりシンまで 全員が遙か格上との戦いの連続、正直 今生き残れてるのが何かの間違いな気がしてならないくらいだ

「ともかく、ともかく その識の力を使ってもう一度師匠をこの目で収めれば 何か分かるかもしれなません、けど…」

「けど?」

「エリスと師匠の間には 帝国軍という遙かに分厚く高い壁が聳えています」

帝国軍…世界最強の軍団がエリスの前には立ち塞がる、数百万の兵力と数十人の師団長 そして将軍に至っては勝ち目がまるで見えないほどに強い、ぶっちゃけ このうち一つが立ちふさがっても難しいと言うのに、三つまとめてだ…

すると、アルクトゥルス様は腕を組み目を伏せ

「オレ様達がこのマルミドワズに来た時には既に帝国領の一角にどデカイ軍団が布陣していた、その中心にゃ シリウスの姿もあったな」

「え…、つまり師匠今包囲されてるんですか!?」

「ああ、つっても 操られても乗っ取られてもレグルスは伊達じゃねぇ、簡単には殺されはしねぇさ」

「レグルスの殲滅能力の高さはボク達魔女の中でも折り紙つきだからね、かつてはオフュークス帝国の軍団と十悪星に包囲されても帰ってきたし、まだやられたりはしないさ ねぇ?、老師」

チラリとプロキオン様が目を向けるのは、先程から木彫りのように動かないヴォルフガングさんだ、彼はプロキオン様からの言葉を受け…

「帝国軍が 魔女シリウスを撃滅する手立てはもう存在しません、シリウスを撃破する為に用意されたヘレネ・クリュタイムネストラはエリスの手により頓挫しました」

「へ?、なんですかそれ」

「空に浮いてた目のヤツです」

ああ、そう言ってくれたらわかる、確かにカノープス様もネストラが何らとか言ってたな

しかし、あれやはり帝国側の切り札だったんだ、メチャクチャ悪いことをしてしまった…けれど、それと同時にあれが成っていたら師匠は死んでいたと言うことでもあるんだ

「帝国はシリウスを追い詰め追いやる事は出来ても、殺し切る事は出来ないでしょう」

「シリウスの奴はしぶとさでも最強だからな、マジでヤバくなったら形振り構わねぇ、キメるなら初手…そしてその初手がなくなった以上 帝国にゃシリウスを殺す事は出来ないってか」

「ええ、争乱の魔女様 最早この一件を終わらせるにはエリスと魔女の弟子達の力を結託させるより他にありません…故にエリス」

「は はい…」

気まずい と言う話は先程もしたが、やはりこうして面と向かうとやはり気まずい、何たってエリスはヴォルフガングさんを疑いその忠告を無視して一人突っ込んだ挙句死にかけてオマケに捕まりと酷い目に遭っている

今なら分かる、ヴォルフガングさんの言っていた『時が満ちる』というのはラグナ達の到来の事だったのだ、何故それを予見していたのかは分からないが そもそも何考えてるか分からない人だしそこは良しとしよう

問題なのは、彼は徹頭徹尾エリスの味方をしてくれていた という事、ラグナ達を導きエリスを助け出し レグルス師匠を助けるために尽力してくれているのに、…エリスと来たら…嗚呼自己嫌悪

「…何を考えているのですか?」

「え?、何って…」

「何やら申し訳なさそうな顔をされていると、こちらもとても話辛い」

ヴォルフガングさんの眉がほんの少し垂れたような気がする、話辛いか…そっか、そりゃそうだよね いい態度ではなかった

彼は味方だ、何故味方してくれるのかは分からないがエリスはヴォルフガングさんの対応を味方と判断する、それでいいよね…

「いえ、ヴォルフガングさんの忠告を無視した上 疑って申し訳ない、と考えていました」

「そんな事ですか、あれは良いのです…貴方が向かわなければ レグルス様は死んでいたので」

「やっぱり…そうなんですか」

確かにエリスが向かわなければヘレネ・クリュタイムネストラの力で師匠は死んで…ん?

「ならなんで止めたんですか?」

「カノープスへの義理立てです、一応食べさせてもらっているので…後、貴方を試したのです」

「試した?…」

「はい、魔女レグルスはクリュタイムネストラの力で死ぬ それが本来の運命でした、…貴方にそれを捻じ曲げるだけの力があるか、或いはその運命を変えるだけの意思があるのか それを試したのです」

「運命…、あの ヴォルフガングさんは何でそんなこと知ってるんですか?」

「別に知ってるわけじゃありませんよ、ただ頼まれただけです」

「頼まれた…?」

誰にだ?、そこまでは教えてはくれないのかな…、運命の委細を知っているわけではなく その運命を知る者からエリスを試すよう頼まれた ということになるのだろうか

じゃあ、誰だろう エリスの事を頼んだという事はエリスの知り合いなのだろうけれど…、まさかフリードリヒさん?いやフィリップさん…もしかしてメグさんとか、ううん 誰も運命を知るような人物ではない

いないな、エリスの知り合いの中に運命どうたらという人物は

「まぁ、そういうわけです…、なので私はこれより 貴方達魔女の弟子に出来る限りの協力をしましょう」

「お、ありがたいねぇ 魔術王ヴォルフガングの名前はオレ様の耳にも入る程の使い手だ、助力してれんならありがたい事この上ないな」

おお、アルクトゥルス様が絶賛してる…本当にすごい人なんだな、ヴォルフガングさんって

「して、皆様には 何か計画のような物はありますか?」

「計画?…」

ザッと音がして全員の目がエリスに向けられる、え?エリスに聞いてる?計画の有無を?

そんな目で見られても残念ながら無いよ…、さっきだって無計画に突っ込んで死にかけたわけだし

「無さそうだなこりゃ」

「エリスお前…まさか無計画に帝国軍に喧嘩売ったわけじゃあるまいな」

「うう、その通りです…無計画に突っ込んで死にかけました」

アマルトさんとメルクさんのドン引きする視線が突き刺さる、ナリアさんなんかは理解出来てないのか首を右へ左へ傾けている、お恥ずかしながらその時は何かを考える余裕が全くなかったんですよぅ

「よく一度レグルス様のところに辿り着けたな…、しかし今度はそうもいくまい 何か計画を立てていこう、また無策に突っ込んでは全滅しかねない」

そうメルクさんが提案すると、その瞬間 アルクトゥルス様が膝を打ち こう言うのだ

「無計画に特攻、それで行こう!」

と…、また無計画に突っ込もうと言い出すのだ、それをやったエリスには言えたことでは…いやエリスだからこそ言える、無茶だ かなり無茶だ 凄く凄く無茶だ、自殺行為だ

「な!?アルクトゥルス様!無茶ですよそれは!、帝国軍と言えばアルクカース軍とデルセクト軍の双方を相手取っても勝てると言われる世界最強の軍団、それを相手に…いや…そうか」

「そうだよメルク、こっち側にはオレ様とプロキオンがいる、それにどの道レグルスは帝国軍に全方位囲まれてんだ、策を弄するだけ無駄ってもんよ!」

立ち上がり熱弁するアルクトゥルス様の荒唐無稽な理論には、何処か説得力がある、でも確かにこちら側には魔女様が二人ついている、世界最強の帝国軍が相手でも決して引けは取らない大戦力だ

それに、師匠への道に容易い道はない、師匠一人を中心に展開する帝国軍の包囲網には穴はないだろう、なら 一点突破で突き進む方が得策な気もしてくる…

「いやいや!無茶だろそれは!、魔女の弟子ったても超人じゃねぇんだぞ!?」

「そうですよ!、数が多いだけじゃない!最新鋭の装備と卓越した訓練を潜り抜けた帝国兵は並みの兵士十人分とも聞く!、流石にそれを無策で相手するのは…!」

「と言うか僕そんなに戦えないですよ!、魔女の弟子になった初戦が帝国軍と全面対決なんて難易度高すぎですよぉっ!」

しかし、それに騙されない冷静な三人からは非難轟々、特にナリアさんなんかは半年前に弟子入りしたばかりだ、そもそも戦闘員ではない彼にいきなり帝国軍と戦え は流石に可哀想だな

「うるさい、もう決まりだ 全軍突撃以外ありえねぇ」

しかしそんな文句の言葉なんてなんのその、アルクトゥルス様はもうそれで決まりだと言わんばかりに腕を組んで口をへの字に結んでいる、横暴…アルクカースがあんな国になったのがこの人の所為だとよく分かる構図だ

「へへへ おもしれぇ、みんなで何人倒せるか勝負しようぜ」

そのアルクカースの王様は凄い嬉しそうに拳を鳴らしてる、ほんとにアルクカースは…

「俺今アルクカース組が主導権を握ってる事に猛烈に恐怖してきたんだけど…、これ大丈夫かな、死なない?俺死なない?」

「僕も不安になってきました…、死ぬならせめて舞台の上がいいです」

「まぁまぁ、我が教え子 そしてその友アマルト君、アルクトゥルスはこれでバカじゃない、彼女は世界最高の軍略家であることを彼女の親友であるボクが証明するよ、ね?だから安心して?」

大丈夫だから と不安がる三人を宥めて撫でるプロキオン様の優しさと来たらアルクトゥルス様とは全くの真逆、正反対すぎて寧ろいいコンビにも思えるな

でも…、ラグナじゃないけれど、エリスも突撃の方がありがたい、今は策を組み立てている時間すら勿体無い、事態は刻々と変化している 

故に最短を最速で行く必要がある、なら最短の道とは?最速の道とはどこにある?、無論 直線しかない

「皆さん、エリスのワガママではあるのですが …それで行きませんか、エリス達なら無茶でも無理でも 蹴飛ばして進める筈ですから」

籠手を手に装着し直して皆に言う 付いてきてくれと、皆にとっては完全にエリスのワガママに映るだろう

だってエリスが割り切ればみんなは命をかける必要なんかはないんだ、師匠が死ぬことに目を瞑れば 事はもうとっくに終わっている筈なんだ

『それでも』…そうエリスは口にした以上今更引けはしない、皆を巻き込んだ責任を感じるなら…皆の覚悟を尊重するなら、引いてはいけないのだ

「…まぁ、エリスが言うなら いいか、俺エリスを助けるために来てるわけだし、やっぱやくそくは守りてーし」

「そうですね、エリスさんは僕を助けてくれました 夢も叶えてくれました、その恩を返せるなら この命張る時は今な気がしてきました」

「同感だ、エリスへの恩は一生の物だ、困っている時に助けるのは友の仕事 なら、この命を預けよう エリス」

アマルトさんも ナリアさんも メルクさんも、エリスのためならばと腹を括ってくれる、嬉しい反面申し訳ないが、この恩は一生をかけて彼らに返していこう

「エリス…、ああ 俺達で世界を レグルス様を救おう」

「はい、ラグナ…必ず!」

突き出されるラグナの拳にエリスの拳を合わせる、今度こそ救ってみせる 今度こそ成し遂げてみせる、今度は一人ではなく エリスの大切な仲間達とともに!

「話はまとまったようで…、では 私も少々動きます」

するとヴォルフガングさんはエリス達の覚悟を見届け 杖をついて立ち上がると研究所の石壁に手をつく、そうだ 何もない石の壁…埃が経年で黒ずみと化してへばりついているような、ちょっと触ることを躊躇するような壁にヴォルフガングさんは手を当てる…いや 押し付ける

すると、エリスが何もないと断じた壁が 窪むのだ、ヴォルフガングさんの力に押されるように その一部分だけが凹む、まるで 何かを起動させるトリガーになるかのように

「では状況を整理しましょう、今現在このマルミドワズ全体はエリスを閉じ込めるよう魔力壁を何重にも折り重ねて閉ざされております」

「ああ、それならさっきオレ様がぶち抜いてきたぜ」

「ええ、お陰様で防御力が増しています、先程のアルクトゥルス様の隕石の如き突撃を敵対勢力からの攻撃と捉えたマルミドワズは今現在マルミドワズの外に厳戒態勢を敷いています、外に出れば魔女様は無事でも 弟子の皆様の体が持ちません」

「あ?、オレ様の弟子なら砲撃だろうが銃撃くらい耐えろよ」

「ラグナさんは耐えられても僕達は耐えられませんよ!」

マルミドワズの外壁には無数の砲門が用意されている、あの壁を打ち抜く以前に内から外に出るのは容易では無い、というかあの防壁抜いて来たのか アルクトゥルス様…

「アルク、約束しただろう?まだこの子達にはあのレベルの無茶は早いからもうしないってさ」

「チッ、わかったよ んじゃあ別のルート探して出るぞ」

「ならエリスが使ったルートで出ましょう!、他の村へ物資を届ける運搬用の転移機構を…」

「それもメグが全て閉じて行きました、復旧が出来るのは 明日の朝になるでしょう」

そんな…!、いや メグさんならやる、あの人なら万全を期す筈だ、多分マルミドワズが今厳戒態勢にあるのもメグさんの差し金だろう、…あんな頑丈な檻に閉じ込めておきながらその上でエリスを逃すまいとそこまでそこまで準備していたとは、さすがはメグさんだなぁ

「メグって誰だ?」

「ん?、ああラグナ達は会ってないですよね、…無双の魔女カノープス様の弟子で、エリスを檻に閉じ込めた張本人だそうです」

まぁその瞬間を見たわけじゃないから知りませんけれどね

「ほう、無双の魔女の弟子…やはりいたか」

「あ!、それってクリストキント劇場に来たっていうメイドさんですか?、…ん?あれ?メグ?…どっかで聞いたような……」

「そうですよ、すごいメイドさんです」

「なぁエリス、そのメグってメイド…強いのか?」

ふと、ラグナの問いを受け一瞬止まってしまう、メグさんが強いか弱いか…、しっかり戦ったことはないが それでも強い事は分かる…

単なる実力だけでなく、あの人には確たる信念がある…皇帝陛下に 恩師に恩を返すため死ぬまで戦い尽くす覚悟を持っている、…そういう人は強い 決して倒れないから

「強いですよ、とても…けれど、負けません」

「ははは、やる気だな?ならそのメグってのが立ち塞がったら、頼むぜ?エリス」

「はい…ラグナ」

メグさんは確実に立ち塞がる、メグさんと決着をつけずに師匠と会うのは不可能だろう

メグさんのことは好きだし、恩もあるし、友達だけれど…今は 超えていこう、彼女を

「っていうかさ!、八方塞がりじゃねぇか!、他に外に出る道はないのかよ、中に入るだけ入って出られませんなんて 間抜け以上の何者でもないぞこれ!」

「む…」

アマルトさんの言葉にやや緊張が走る、メグさんがエリスを閉じ込めるために作り出したこの包囲網はエリス達の足を止めるに足るだけの強度を持っている

あの人が雑な仕事をするわけがない …、順当に考えれば マルミドワズから外に出る方法は残っていないようにも思える…、ヤバくないか?これ

そう 全員が外に出る方法を考える為押し黙った瞬間

「ご安心を、外には私が出します」

そんなヴォルフガングさんの言葉と共に、部屋が…ヴォルフガングさんの研究所全体が鳴動し振動し 動き始める、まるで この部屋全体が籠のように動き、中のエリス達をどこかへ運ぶように

「な なんだ!?、何が起きてるんだこれ!?」

「部屋が動いているのか…?」

「ええ、こんな事もあろうかと 陛下に無断でこの生産エリアを改造しておいてよかったです」

何やってんの!?いいのそんなことして!、ああでも…陛下に無断ってことは メグさんも知らないのか?このギミックのことを…

ヴォルフガングさんが何を想定していたのかは知らないが、彼は用意していたんだ いつか帝国という国を相手取り、何かを成すための切り札を

…暫くの鳴動の後、移動する研究所は止まる…、申し訳程度に付けられた窓が本来の意味を発揮するように、外から光が差し込んできて

「んー?、ってぇっ!、これ!外ですか!?」

そんな窓をナリアさんが覗き込むなり 度肝を抜かず、何せ窓の外に移っていたのは雲…夜空なのだから

「ええ、部屋全体を降下させプリドエルの真下に出しました、そこから外に出られる筈です

そう言いながらヴォルフガングさんが軽く指を振るうと 部屋の扉が開く、当然 そこに道はない、一歩でも外に出れば 真っ逆様だし、何よりまだマルミドワズの防壁と砲台がある以上 飛んで外に出る事も出来ない

「遠回しに死ねって言ってるのかな」

「なら直球に言うだろ」

そう言う問題でないと思うが、なんてアマルトさん達の会話を他所に ヴォルフガングさんは歩み出す、杖を片手に構えながら…

「ご安心を、道は 私が作ります」

杖を手に 魔力を身に滾らせるヴォルフガングさんは語る、ここから師匠への道は 己が作り出すと、その姿はまさしく魔術王…この世の魔術師達の頂点に立つ 王たる威容そのもの

その威圧に、エリス達は何も言えなくなり 魔女達はほう と口を開く

「何かやるつもりなのはわかるが、あんま無理すんな?お前結構な歳だろう」

「ご心配頂き感謝しますよ魔女様…、ですがその通りなので ちょっと…若返りますね」

「え?」

驚きの言葉を口にしたのはエリスが はたまたラグナか他の弟子か、少なくとも全員がその言葉に呆気を取られたのは間違いあるまい

だって今、若返るって…

その瞬間、ヴォルフガングさんは大きく息を吐く、その深い呼吸には魔力が混ざり 白い煙として蒸気のように漂い、彼は 発動させる…その魔術を

「すぅー…『クロノス・オーバーホール』」

トン と一つ杖で床を突く、ただそれだけでヴォルフガングさんが漂わせる白い煙と絶大な魔力が渦を巻き 視界を奪い、ヴォルフガングさんのその姿を覆い隠す

分かる、あの魔術は この世のどんなものよりも魔女の領域に近いところに存在する魔術、半ば奇跡と捉えられるに相応しい神域の絶技、魔術王と呼ばれた男が老齢にして生涯の終わりを前に辿り着いた 最後の極致である事が

「煙たっ!?な 何が起こってるんだよ…!」

「黙って見てろアマルト、オレ様も見るのは初めてだぜ…、本来の意味での 若返りなんてよ」

どよめく弟子達を黙らせるアルクトゥルス様の言葉通り、徐々に晴れていく白い煙と共に その内にいる存在の魔力が 一気に跳ね上がり爆発するように増加するのが感じられる

「………………」

煙の間から覗くのはヴォルフガングさんの白髪だ、人間誰しも歳老いれば手に入る 老いの象徴 衰退の証、されどその白髪はエリスの知るものよりも若く艶があるようにも見え…

「これくらいで、いいですかね」

サラリと宙を舞う白の麗髪が煙を振り払う、その内に居たのは年老いた魔術師ではない

肌には艶が、シワはなくなり 消え失せたはずの若々しさが全身から滾る若気が魔力となって迸る…

現れたのは麗しい長髪の美男子、齢は見た所二十五か六か…、鋭く切れた目から覗く黒色の瞳孔がギロリとこちらを見る

若返った…本当にヴォルフガングさんが若返った、完璧な形での若返りだ…、あり得ない 完璧に若返るなんて

…エトワールで師匠は子供の姿になったがあれは弱体化の効果が可視化され体躯が縮んだだけで 本質的には若返った訳ではない、だがヴォルフガングさんのこれは違う 本当に肉体の時間が巻き戻っている、失われた筈の体力も魔力も 全盛期の力が戻っているのだ

信じられない…

「な なぁ、エリス…あれって、時間遡行に入るんじゃねぇの…?、俺の記憶だと確か時間遡行って」

アマルトさんが口を開く、エリスと同じことを疑問に思う、そうだ 若返りとは即ち時間遡行…魔女でさえ再現不可能と言われる三つの魔術のうちの一つだ、それを彼は成し遂げたのか

「時間遡行…スピカも漸く限定的に使えるかどうかってレベルの魔術を、たかだか七、八十年で会得したってか…すげぇな、カノープスが重用するだけのことはあるぜ」

「お褒めに預かり光栄です、アルクトゥルス様…しかし、本当は魔女様達の不老の法を会得するつもりだったのですが、私ではどうにも理屈が分からず 代わりにこちらを得たまでの話ですよ」

アルクトゥルス様の言葉に朗らかに答えるヴォルフガングさんの姿を見ていると脳みそがどうにかなりそうだ、さっきまで老夫だった人が絶世の美男子になってんだから

しかもこれを代わりに取得?本当は不老の法を得るつもりだった?、どこまで規格外なんだこの人は

「別にいいじゃねぇか、若返ったならそのままでいろよ、ヨボヨボのジジィでいるよりも見栄えがいいぞ?」

「そうもいきません、この魔術には代償が伴いますし 何よりこの状態は長く維持できません、なので早速道を作りますので 手早く移動を頼みます」

クルリと手元で杖を回し、若返った魔術王は 半世紀ほど前に失われた筈の全盛期を再び手に 魔力を高め迸らせる

「『ラオム・ツァール』」

短い あまりに短い詠唱を一息で吐き切るヴォルフガングさん、杖は前へ 視線はシリウスのいる彼方へと向けられ、その魔術は発動する

ヴォルフガング・グローツラングという男は魔術師である、フリードリヒさんやラインハルトさん達のように魔術を武器として用いるだけの人達とは違い 魔術師なのだ

魔術師とは、魔術を高め 魔術を学び 魔術を極める者の名を指す、彼はそんな魔術師達の頂点に…つまり、魔術を使うだけの者たちを除けば 純粋な魔術師だけで見れば

彼は…、ルードヴィヒさん同様 世界最強の男なのだ



ヴォルフガングさんの問いかけと共に、目の前の夜空が 歪んでいく、捻れていく

捻れ捻れて渦を巻き、目の前に跨る魔力防壁どころか光さえも屈折させ、作り出すのは暗黒の大穴…

間違いない、これは 現代魔術版の…

「時界門!?」

「ええ、メグの物と同じ時空を超える大穴です、とはいえこちらは劣化した現代魔術…転移距離には限界があり、その射程距離限界まで伸ばしても包囲網の目の前までしか届きませんが」

それでも結構な距離だと思うが…、いやそうか 時界門は本来『視界の中に転移する魔術』なんだ、そこをメグさんはセントエルモの楔という道具を使うことによりカバーしているが、ヴォルフガングさんには必要ない

何せ彼にはその場にいながら世界の裏側まで見ることが出来る遠視の魔眼があるのだから…、純粋に劣化した現代魔術の方が彼の力に追いついていないのだ、彼が古式魔術『時界門』を使えれば…文字通り月にだって行くことが出来るはずだ

「それでも十分だ」

「おや、勇ましいですね 猛き戦王、頼もしいですが帝国軍は強いですよ?」

「俺のが強えぇから問題ない、行くぜ?みんな…」

ラグナが一歩前へ出る、ヴォルフガングさんの作り出した時空の門を前に腕を組み まるでエリスたちを待つように前を見る

彼と学園で過ごした日々から一年か…、長くも短い一年の間にエリスはとても強くなれたし大きくなれた、けれどそれはラグナにも言えることなんだろう

エリスの前で腕を組む彼の背中は、あの時よりも確実に大きく見える…、頼もしく かっこいい背中だ

「はぁー、しゃあねぇ 手前の約束一つ守れねぇで、何が夢を叶えるだ…、やってやるよ!」

クルリと銀の閃光が空を舞う、アマルトさんの手に持つ短剣が血を纏い呪いの黒剣と化す、あれはエリスがあげたマルンの短剣だ、今も使ってくれているなんて嬉しい限りだ

かつては捻くれ敵対していた彼が、今度は真っ直ぐエリスと共に戦ってくれる、ただその事実だけが エリスを奮い立たせる

「国全体が相手か、あの時を思い出すな…エリス、あの時君は躊躇うこと無く私と共に戦ってくれた、なら今回も同じだ…私もまた 君のために国と戦おう」

両手に白と黒の銃を持ち ラグナとアマルトさんに並び立つ彼女…メルクさんの背はあの時と変わらず凛々しく、あの時よりも大きく 力強い、今はもう軍人ではないが それでも彼女の中にある魂は今も正義に燃えているのだ

「…僕も頑張ります、エリスさんを助ける為に魔女の弟子になったんです!、そのチャンスが早く回って来ただけですから!」

ナリアは戦闘要員ではない、彼は役者だ だがそれでも彼もまた前へと出る、エリスの為と言ってくれる、震える足を誤魔化して 怯える己を必死に隠して、彼は今 世界の舞台へと自らの足で登っていく

みんな…みんなこの一年で大きくなった、それでもまだ エリス達は友達なのだ、彼らはエリスの友達で エリスは彼らの友達なのだ

だから、エリスもまた、肩を並べる…ラグナ達と

「ありがとうございますす、皆さん…行きましょう!」

「おう!、目指すはレグルス様!その道阻む奴は全員!」

足に力を込める、床を踏み躙る五つの音が重なる、五人が見る先は一つ 

ただただ 真っ正面!

「ぶっ飛ばして進むぞ!」

そしてエリス達は歩み出す、時空の門へと、レグルス師匠の元へと、帝国軍との決戦の地へと…、そして 世界を救う戦いへと、今度は一人では無く 友達と!


…………………………………………………………………………

「おっとと」

時空の門へと一歩踏み出した瞬間、エリスは感じ 理解する、踏み出した先には存在しなかった筈の地面がある、土の地面だ 本当にマルミドワズの外へと転移出来たんだ

「お?お?、すっげぇ…本当に転移してらぁ、こんな感覚なのか」

「不思議な感覚ですね…、僕ちょっと酔っちゃったかも」

「むぅ、本当に一瞬だったな、貿易においても運搬においても反則級の魔術だ、是非我が同盟にも欲しい技術だ」

アマルトさん達は転移の経験はないようで、不思議そうに地面見たり上を見たりしている、うん まぁ エリスも最初は似たような経験をしましたけれど…、今 そんな楽観的な事を言っている場合だろうか…

何せエリス達の目の前には…

「ん?、な なんだ!?お前らいつの間に現れた!?」

「え?」

アマルトさんがふと前を見る、真正面だ そちらに目を向けると…
  
「て、帝国軍!?」

「め 目の前って、本当に目と鼻の先じゃないですか!!??」

帝国軍の大軍勢が居たのだ、前方にというより 本当に目と鼻の先だ 手を伸ばせば掴めるような距離に…

ヴォルフガングさんの言った『帝国軍の包囲の目の前』とは、比喩でもなんでも無く 本当に目の前に転移できる という意味だったのだ

もう少し距離的な余裕があると思っていたアマルトさんとナリアさんはいきなりの接敵に怯む、というかエリスもビビる、だって右を見ても左を見ても 遥か先まで続く帝国の軍勢が 一斉に武器を構えてこちらを見ているのだから

「…お前達何者だ、ここから先は侵入禁止だ、今すぐ引き返せ」

「う…」

その数万 数十万の大軍勢が威圧を発しながらズイと武器を構えてこちらを見る、その重圧は凄まじく さっきは踏み出せた一歩が出ない…

世界最強にして最大の軍隊を前に、思わず唾を飲み込み 一歩引き下がりそうになるエリス達の中から、さらに一歩 前へ歩み出す影がある…

それは

「退けよ、俺達はその先にいる人間に用があるんだよ…、道開けねぇなら全員ぶっ潰すぞ」

「ああ?」

ラグナだ、彼が軍勢を前に踏み出し 帝国兵を睨みながら宣戦布告を繰り出しているのだ

この大軍勢を前に一歩も引かず揺るがないラグナの眼光と瞳孔を見た帝国兵は顔を歪める、どうやらラグナという人間走っていても顔は知らないのか、突如として現れ 喧嘩を売って来た不審人物として怪しむようにエリス達を見て…

あ…、エリスと目が合っ…

「お前!?エリスか!?、何故ここに!牢に囚われている筈じゃ…、ということはこいつら 敵か!?、そ 総員!戦闘態せ…ぶげっっ!?」

エリスの顔を見て即座に臨戦態勢を取ろうとした帝国兵が宙を舞う、ラグナの拳が白い煙を漂わせ 振り抜かれている…、な 殴り飛ばした、一切の躊躇もなく…

「そうだよ!敵だ!、邪魔するんなら押し通る!、行くぜ!エリス!メルクさん!ナリア!アマルト!、真っ直ぐ進むぞ レグルス様のところまで!!」

吠える ラグナの雄叫びが地を揺らし、帝国兵を戦かせ エリス達を勇気づける

…今、エリスの意思によって ラグナの手によって、帝国軍と魔女の弟子達の決戦が 


始まった
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

捨てられ王子の復讐記 ーー旧『憎き王国に告ぐ』

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:577

人生2周目、王子を嫌ってたら、魔王にも王子にも溺愛されたって話

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:7

高貴なる血の姫王子

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:7

人の才能が見えるようになりました。~いい才能は幸運な俺が育てる~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,375pt お気に入り:454

第六王子は働きたくない

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:580

処理中です...