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八章 無双の魔女カノープス・前編
236.対決 無垢の魔女ニビル
しおりを挟む孤独の魔女…、八千年前の大いなる厄災から人類を守り抜いた八人の魔女の一人
その伝承は殆ど残っていない為、魔女智学の学者達の悩みのタネであり 永遠の研究対象と呼ばれ続けていた存在
魔女でありながら国を持たず 霧のように消えた彼女を記した物は殆ど残っておらず、歴史上 数度魔女達がその名を口にした程度しか情報がない、まさしく幻の魔女だ
分かっていることはあまりに少ない、その存在を確定させるのは その魔女の発言の中にしか無く、彼女を記した確証的な文献もない…、数少ない情報を繋ぎ合わせると
『その膂力は争乱の魔女と張り合い 知識では探求の魔女に迫る、そして 魔術の腕は全員を凌駕する、無双の魔女に続く 最強格の魔女である』と言うことだけだ
数千年前バカな若手作家が妄言として作った空想上のキャラクターと言われた方がしっくりくるデタラメ具合、魔女智学界は半信半疑になりながらも首を傾げただろう…
本当にいるのか?とな
そんな学者たちの反応も無理はない、なにせ魔女レグルスという人間を構成するなかで、最も大切なものが伝えられず失伝してしまったのだから、その伝承に現実味もなかろうよ
なら、魔女レグルスという人物を構成する上で、最も大切かつ大きな部分とはなにか…
それは孤独の魔女の…、彼女の恐ろしさだ
曰く 争乱の魔女アルクトゥルスは『ガチになったレグルスを止められる奴はこの世にいない、オレ様が止めに入ったって止まらないんだ』と
曰く閃光の魔女プロキオンは『え?この劇の魔王のモデル?そりゃレグルスさ、ああいや 勘違いしてはいけないよ?彼女のことが嫌いなわけじゃない、これは戦場のレグルスをモチーフにしたのさ…、敵を殺し 勝つ為ならなんでもする 彼女の姿をね』
曰く無双の魔女カノープスは『我は最強の魔女である、されど最恐の魔女はレグルスだろう、事 命懸けの戦闘において奴ほど頼りになり 恐るべき存在はいない』
十年前現れたレグルスを 皆は口を揃えて『丸くなった』という、だがそれは誤りだ
レグルスは丸くなったのではない、彼女の真価が発揮される場所が 現代には無かっただけ、彼女の恐ろしさは カケラも鈍っていないのだ
失われた歴史において、最も人を殺したのはレグルスだ、最も恐れられたのはレグルスだ、敵対者に対する容赦が最も無かったのはレグルスだ
或いは、この世界唯一の真なる闘争者こそレグルスだ…
「ぎ…ぎぃぃ…」
アガスティヤ帝国南方の黒槍杉の森にぽっかり開いた戦場、帝国軍と魔女排斥軍の決着の地は今、たった二人の為だけのコロシアムと化していた
魔女と同格の力を持つと言われる絶対者 無垢の魔女ニビルは帝国軍を相手に一騎当千の活躍をしたと言える、師団長を蹴散らし 大型魔装を踏み潰し まさしく我こそ魔女であると天に轟かせたろう
それが今、血を吐いて地面に倒れ伏し 目の前に立つ相手に対して謎の感情を抱いていた
「…………」
相対する相手は魔女レグルスだ、ニビルは彼女相手に生まれて初めての手傷を負わされ 生まれて初めて互角以上の相手と相対していたのだ
魔女レグルスは強かった、あまりに強かった、ニビルが今まで相手にしてきた存在が如何に脆弱であったかを悟る、そしてこれこそが真なる強さであることも
「どうした?来ないのか、仮にも魔女を名乗るなら、5秒以上大地に腹をつけるな」
「ぐっ、…ぎぃぃ!!!」
ガリガリと歯軋りをしながらニビルは四つ足で大地を疾駆し地面を抉りながらレグルスに向かってくる、その速度一つとっても常人には瞬き一つ許さぬ速度であっただろう、しかし
「ふぅっ!!」
レグルスが腕を振るう、思い切り地面を叩くように振るわれた手は 正確には地面に当たることなく、その表面に転がる小石や砂だけを的確に跳ね上げる、簡単に言おう レグルスは砂による目潰しを行なったのだ
「ぐぎゃっ!?」
砂を投げて目を潰すなんてみみっちい技だが、魔女の肉体を持ってすればそれさえ必殺、ニビルの顔面を切り裂く砂利に思わずその足が止まる…、すると
「そこで立ち止まるな、殴って欲しいのか!?」
「ぐぎゅぅっ!?」
その直後に飛んできたレグルスのアッパーカットがニビルの体を上へと舞い上げた、かと思えば今度はそのまま顔を掴まれ地面へと叩きつけられ
「ーーーーッッッ『火雷招」っ!!!」
掴んだ腕の中から放たれる炎の雷はそのままニビルの頭を焼き焦がしただでさえズタボロの地面を吹き飛ばし 、この戦場のど真ん中に巨大なクレーターを作り出す
「ァァアアァアアアアアアアアァッ!」
そんなクレーターのど真ん中で 苦しみ悶えながらゴロゴロ転がるニビル、燃える頭を必死に本能で消火しながら痛みから逃げる、あんな至近距離で火雷招を食らったと言うのに…
「さしたる傷も無し…か、丈夫だな」
「ぐっ…ぐぅふぅー…ぐふー…」
火を消し 黒焦げになった頭を起こしてレグルスを睨むニビル、その胸中を人間にも分かるように翻訳するなら
『ふざけるな」だ…、ニビルは今 自分でも理解出来ない二つの感情に苛まれ苦しんでいた
一つは不条理に対する怒りだ、ニビルは今まで格上に出会ったことがない 生まれてこの方ずっと脆弱な人間ばかりを相手に戦ってきた、故に彼女は『自分が強いんだ!』という驕りは持ち合わせない 、あるのは『勝って当然』『倒して当然」そんな 歪んだ価値観で戦っていた
いや、今まで行ってきたのは彼女にとっては戦いですらなかったのかもしれない
そしてもう一つは不条理に対する恐怖、目の前の魔女レグルスの登場に ニビルは喜んだ、まぁまぁ楽しめそうなのが出てきた 簡単に壊れなさそうなのが出てきた、どうやって甚振ろうか…そう 勇んでいたのに実際やってみるとこれ
パワーという点では互角、いや 形振り構わない分ニビルの方が出力的には上だろう、だがニビルの手はレグルスには届かず、レグルスの何気ない攻撃は吸い込まれるように叩き込まれる
理不尽だと怒るのは間違いか?滅茶苦茶だと恐怖するのはおかしいか?、ニビルは一刻も早くこの女を消し去りたいのに 方法が思い浮かばない、だからこそ…怒り 恐る
「もっと強めにやっても構わないか…」
「ぐっ…」
ニビルは気がつかない、レグルスが一歩前に出れば 自分の足が勝手に後ろに下がることに
しかし
「ふっ…!」
「ぐぅぶっ!?」
ニビルが瞬きをした瞬間レグルスの拳がニビルの鳩尾を叩き上げ ニビルから呼吸を奪う
「げぁっ!?げっ…げっ…!?」
内臓を叩き上げられ 息が出来なくなった事に驚くニビルの思考は取っ散らかる、その隙を見逃してくれる相手なら ニビルはここまで恐怖することはなかっただろう
「げぎゅっ!!??」
無言のレグルスは振るう、拳を振るう 山さえ砕く一撃が何度もニビルに襲い来る、顳顬 顎先 眼底、頭蓋を揺らすようにレグルスの攻撃は必要にニビルの頭を狙う、それも一撃一撃が小打ちではなく ここで殺すという殺意の込められた物、ニビルにはもう恐怖する暇さえない
…この戦いを エリスが見たなら彼女も怖がるだろうか、この戦いを他の魔女が見たら 『なんだ、レグルス変わってないじゃん」と安堵するだろう
そうだ、はっきり言おう この執拗に敵の隙を突き弱点を狙い撃ちするこの戦いこそレグルスの真髄…
レグルスは格好をつけていたんだ、今まで、時に弟子の前で歴戦の戦士のように振る舞い、時に友の前で昔とは違うところを見せつけ、彼女は本来の部分を曝け出す機会に恵まれずこの旅を貫いてきた
だが、今回は 弟子もいない 相手も友じゃない、その上絶対倒さなきゃいけない、とくれば…そこに現れるのは孤独の魔女ではなく ただ一人のレグルスだ、人体破壊の達人 レグルスだ
「ぐぁぁあああああ!!!」
「ふんっ」
苦し紛れにニビルが爪を振り回す、しかし まるで最初から命中するという結果が用意されていなかったかのように、軽く上体を反らしたレグルスの肉体に爪は掠りもしない、それどころか返しに飛んできた拳がニビルの伸びきった肘を撃ち抜き 関節を内側から破壊する
「ぎぃっ!?」
関節は内側には曲がらない、そこはニビルも変わらない、肘を砕かれ刹那悶絶するニビルを前にレグルスは 親指を立てながらニビルの胸に一撃ぶち込む、すると
「がっ!?お…ごぉ…」
「半端に人体を模したのが仇となったな…」
レグルスの親指が深々とニビルの胸に突き刺さる、それは肋骨の隙間を潜り抜け 直に内臓に衝撃を送る、肋骨という堅牢な砦で守らなければならない 重要内臓器官をレグルスは狙い撃ちしたのだ
魔術を使わなくとも相手を撃滅することができるように そしてアルクトゥルスと殴り合っても勝てるようレグルスが開発した戦術がこれだ、差し詰めアルクトゥルスが拳法なら彼女は殺法…
人の形であるならば、これほど壊しやすいものはないだろう
「ぐっ…ぎゅあっ!」
痛む身体を無理に動かし レグルスの真似をして拳を突き出す、真っ直ぐ 力が分散しない効率の良い拳打法、されどそれをパシリと片手で受け止めるレグルスはそのままニビルの手を掴んだまま蹴りでニビルの膝を蹴り砕く
「がぁ…!?」
ガクンっと落ちるニビルの体、そして落ちてきた頭を串刺しにするようにレグルスの拳がニビルを捉える、後ろへと飛ぶニビルの頭、されどその体は空中で突如静止した
吹き飛ぶニビルの胸ぐらをレグルスが掴み止めていたのだ
「おかわりも貰っていけ!!」
「ぐぶぉぉ!?」
銅鑼でも叩くかのような頭突き、胸ぐらを引き寄せられレグルスの額とニビルの額がぶつかり合えば、ニビルの頭がぱっくり割れて…
「ふんっ!」
お別れの餞別とばかりにレグルスの容赦ない連打が火を吹く、一撃一撃がバラついていない川の流れのように連綿とした連打にニビルは…
「ぎゅぶぁっっ!?!?」
「終わりか?…」
拳の一撃で吹き飛ばされたニビルは頭からクレーターの壁面に突っ込み、埋もれて動かなくなる
差だ、これこそが差なのだ、ニビルは確かに魔女の力を持つ だがそれだけで勝てる相手ではないのだ、魔女は魔女だから強いのではない 超絶した達人であるからこそ強いのだ
「お おい、クレーターの下で戦ってるのって、ニビルじゃないか?」
ふと クレーターの壁面の上から覗くように顔を見せている人間がいる、恐らくは魔女排斥軍の連中だろう、危険と知りながら興味を抑えられなかったのだろう、すると彼らは壁面に埋もれ下半身だけを突き出し動かなくなったニビルを見て恐怖するように顔を青くする
「な なぁ、ニビルって 帝国軍の軍勢百万を相手取っても勝ったって話だよな」
「それが こんな一方的に負けるのかよ…」
「ヴィーラントさんが用意した切り札じゃないの?、あれで魔女を倒せるって話じゃないのか?、全然話が違うじゃない!」
「こんなの…、ニビルでも傷一つつけられないなんて、こんなの勝てるわけが…」
どうやらパニックを起こし 戦意が消失し始めたようだ、奴らにとって無垢の魔女ニビルは唯一の勝機であり心の支えだった、しかしそれもまるで歯が立たず敗北したのを見たのだ 無理からぬ事…
事実もうニビルは動かない、起き上がってきても 奴の力では私に及ばない
ニビルは体だけなら魔女に比類するものがある、だが肝心の頭の中が赤子同然だ、戦いの中で学ぶと言えば聞こえはいいが それは結局何も知らないところから付け焼き刃で慌てて戦術を構築しているようなもの
それで勝てるなら 人は修行をしない、人は勝つために努力する 未だ見ぬ強敵との戦いに備えて鍛え抜く、鍛えたから勝てるのだ 、鍛えた体と鍛えた技 そしてあんなにも苦しい思いをしたのだから負けられないという気持ちが勝利を作る
それこそ、エリスのようにな
「………………」
しかし…と、私は思考を続ける…、本当にこれで終わりか?
一つ気がかりな点がある、ニビルを用意したのは恐らくウルキだ、これをどうやって作ったかまでは知らんが ウルキが態々自分の存在が露見する危険を冒してまで奴はこれを投入してきた
あの女が…そんな迂闊なことをするか?、これでもかつてはウルキを育てたこともある身だからこそ分かる、ウルキは賢い子だ
特に 大局を見て戦局を動かす眼力は八人の魔女を上回った、一戦一戦という細かな戦いでは負けても 何故か最終的に美味しい思いをしてるのはウルキ そんな場面を何度も見てきた
だからこそ思う、この場面でニビルという存在を投入してきたのは奴にとってはかなり重要な意味を持つのではないかと
にしてはニビルはお粗末だ、動きは派手でそこらの人間を相手をするには確かに魔女と同格に見えるが 見えるだけ、そんなことウルキだって分かってるはず
ニビルでは私もカノープスも殺せない、なら何故出した 何故使った…
(まるでニビルは中身を伴わない大器だ、こいつを使うならもっと経験と知識を蓄えさせて 晩成させなければ……ん?、大器…器?)
そこまで考えて悟る、ニビルの異様な肉体を…、まるで魂を持ち合わせないかのような 魔力を持たぬ虚ろの体、空っぽの頭
まるで 後から何かを入れる為態と空けているようではないか…と、ならその空の器に何を入れるか?誰が入れるか?
居るじゃないか、あるじゃないか、中身を注ぐ事が出来る奴が 注ぐ物が…!
(まずい…っ!!)
そこまで思考で大慌てで魔術を紡ぐ、ニビルは危険だ ニビルそのものがではない、ニビルという存在が危険なのだ…!
「融ける大地、溶ける世界、地殻を燃やす星の劫火は煌めき、遥かなる闇の空を光で染め上げる、我が祝言を火に焼べ薪とし大火よ 一層灼き尽くせ『万燃赫界・神文鉄火ノ陣』…!」
空気を一つ撫で奉る、その動作は我が内の世界より紅蓮の焔を立ち上らせる、世界すら燃やす至上の炎は星の血潮、それが我が手の中からドロドロと液状になって溢れ 瞬く間に地面を覆い尽くすと共に、指先の動きに従いニビルへと向かう
奴はここで焼却する、奴は放置してはいけない…そう思い動いたが、どうやら遅かったようだ
「ッッーーーー!!」
起き上がる、突き刺さった体を引き抜きニビルが起き上がり 大きく口を開けて、吸うのだ 息を
するとどうか、ジュルジュルと音を立てて我が魔術を吸い込み始め吸収していくではないか、飲み込み吸収しているんだ 大地すら焼いて溶かす炎の海を、流石にあれは出来ないぞ 私も…
「ゴクンッ…むはぁ…」
炎を全て吸い終わり 口から黒煙を漂わせるニビルは、ジロリとこちらを見る…、その視線は先ほどとはまるで違う、何が違うか 明確に理性の光が宿っている 知性の輝きを帯びている
やはり遅かったか…
「チッ、…なるほどな 器かシリウス、魔女と同程度の肉体さえ用意出来れば 危険を冒して我らを乗っ取る必要などないものな」
ジワジワとニビルの髪が純白へと染まっていく、瞳が私と同じ紅眼と変わっていく、中に入っているのだ…シリウスが
そうだ、そもそもニビルは魔女の肉体は持てども圧倒的に知識が足りない赤子同然の状態だった、魔力を持たない肉体は その魂の中身が空っぽだからだ、辛うじて魂としての体裁を持つだけの物、そんな者で魔女は倒せるわけがない
だが それで良かったんだ、何故ならニビルはあれで未完成の状態だったのだから…
「ぎひっ…ぎひひひ…」
みるみるうちにニビルの姿はシリウスと同じ白髪紅眼へと変わる…、今 シリウスはニビルの空の魂の中に自らの情報を詰め込み ニビルの体を自らに適合出来るように変えているんだろう、同化魔術があればそれも容易いしな
今にして思えばニビルの魔力を持たない体は自分を入れるスペースを作るため、知識を持たせていなかったのは余計な自我を持たせず同化への抵抗を弱めるため だとも推察出来る…、我ながら悪手を打った、いや即座に気がつけていたとしてもニビルの耐久力を考えれば間に合わなかった可能性もある…
「っ…」
状況はかなりマズイと言ってもいい、ニビル単品の実力は歯牙にも掛けぬがこれでもしシリウスがニビルの肉体を完全に乗っ取れば、シリウスは死者から生者に戻ることになる、完全なる復活とは呼べないが この世界を自由に闊歩できる体を奴に与える危険性は計り知れない
ここでなんとしても始末せねば…!
「ーーーーーーッッッ!!!」
高速で詠唱を続けざまに放つ、雷 風 水 火、凡そ破壊に使える物はなんでも使う 、大魔術の連射 一個人に対して放っていい威力では無いそれが、瞬く間にニビルへと迫り掛かる
されど、ニビルはゆったりとした面持ちで体を起こし、コキコキと首を鳴らすと
「…ごばぁっ!!」
再び 口を大きく開ける、まるで世界を食らうが如く開けられた口はバクバクと私の放つ魔術を吸い込み…いや違うな、食べている、魔力を口で掴んで喉を通して腹に落とし無力化していく
デタラメな力だ、古式魔術を食べて無効化など聞いた事がない…!
「チッ…、覚醒したか」
「げぇぷっ…」
このまま打っても奴の腹を満たすだけだろうと判断し、魔術を放つのをやめる…恐らくだが、あれは魔力覚醒だ エリス同様分類不能の魔力覚醒…
これは推察になるが、奴の魔力覚醒は 『認知の変化』だろう…、物を知らぬ無垢であるが故に凡ゆる物を別のものに誤認して自己完結出来るのだ、つまり魔力を食物と認識すれば 食物として喰らい栄養と出来る…、そんなところだろう
奴の代わりにこの覚醒に名前をつけるなら『ラデルニエール・ディネ』…
この魔力覚醒はシリウスが奴の魂の中に入り始めている証左だ、このまま捨て置けば奴は…
『極・魔力覚醒』から『臨界魔力覚醒』と段階を踏み最終的に魔女を上回るシリウスだけの領域『終界魔力覚醒』に至り シリウスとして羽化することだろう
何、ごちゃごちゃ言ったが 結論を言うなら、ニビルはそも シリウスの蛹として用意された存在、それを魔女と接触させ刺激しシリウスとの通路を強引に開き シリウスとして羽化させるというのが作戦…
これは ウルキが置いた布石などではなく、詰めの一手…チェックを宣言されていたのだよ、私達は ウルキに…!
「おのれ ウルキ…、またも我らを翻弄するか…」
だが一つ奴の計画に抜けがあるとするなら、それは ニビルがシリウスとして完成する前に あの肉体を完全にこの世から消し去ってしまうこと、それしかないだろう
とどのつまり、やることは変わらん…殺すだけだ!
「ぎひひ…ひ、いや もっと…上品に笑うべき…カナ?」
遂に人語まで喋り出したか、これ思ったより時間ないかもな 急がないと
「安心しろ、もう笑う必要はない!!!」
「そう…カナ?」
刹那の踏み込み、神速の打撃、人の目では見る事さえ叶わない 超速の開戦、覚醒し始めたニビルと私が独自に動くだけで、大地が網目状に砕け それと独自に月夜に幾多の衝撃が走る
二人の魔女の力が虚空でぶつかり合ったのだ
「チッ…!」
「にしぇしぇ…、分かる 全てが…!」
拳を百二十四 蹴りを九十六、それ以外を五十四…、それが1秒の間に互いに出した手の総数だ、拳には拳を 蹴りには蹴りを、互いが互いの力を放ち 相殺したのだ、ニビルが私の動きに対応したのだ
恐らくシリウスが自我では無く優先的に戦闘経験をニビルに流し込み 戦闘レベルを向上させているのだ、ニビルは無垢の魔女 無垢であるが故に如何様にも染まる
それがいきなり頭の中に流し込まれた知識であれど順応し染まっていく、これは想像以上に厄介だぞ
「ッッーー!『火雷招』ッ!!」
ニビルとの超速拳闘の中 苦し紛れに魔術を放つ、しかし
「すぅーーーるるるるる」
ダメだ、吸い込まれ食われていく、奴の『ラデルニエール・ディネ』はどんな魔術も実質的に無効化する、奴自身が魔力を持たないからこそ 私の魔力を食べてもなんの問題もないのだろう
すると、今度はニビルは大きく胸を膨らませて…
「ブゥッ!!」
吐き出した、私が食わせた魔力を胃の中で渦巻かせ 嘔吐する、その吐瀉物は紅蓮の輝きを纏い 電撃やら炎撃やらを帯びて 光となって私に迫り…
「うぉっと!」
避ける、あれは魔術じゃない 単なる魔力を吐き出しただけの攻撃、あれを解いて無効化することは出来ない、故に身を翻して避けると…
そのまま飛んで行った光は地平の彼方まで飛んでいき…、 着弾と共にこの夜の世界を一瞬昼に変える程の爆発を起こし、 私の遥か背後できのこ状の黒煙を巻き上げ遅れて轟音が響き渡る
…私が放った魔術をそのまま弾き返せもするのか、こりゃ魔術を封じられたも同然だ…
「ぐっ!!」
私が一瞬背後の破壊情景に気を取られたその瞬間を見逃さず、ニビルの飛び蹴りが飛んできて 私の防御を抜けて腹に突き刺さる
この私でも受けきることができず、軽く吹き飛ばされそうになる程だ…!、こいつ着実に成長している!
「くぅっ!、ナメるな!」
されどもその程度で押されるわけがない、成長し始めているとはいえまだ付け入る隙はある、例えば…
自分が本当に魔術を無効化出来ていると勘違いしているところとか だ
「ッッーー!!」
相手に聞き取れぬ速度で詠唱を口遊む、私の口が残像を残す速度で何かを口にしたとニビルが感じ口を開けるよりも早く それは事象として発生する
「ぐぎゅぅっ!?」
飛んできたそれを食べてやろうと口を開けたニビルに襲い掛かる私の魔術、されどニビルはそれを口にすることは出来ない 如何にニビルとてこれは食えない、何せ 眩い光が辺り一面に降り注いだのだ
これを食おうと思うなら光の速さで口を閉じなければ光を咥えることは出来ない、剰え 私の魔術を食べようと口を開けてこっちを見てたもんだからその目は凄まじい光量に灼かれ一時的に視力を失う
魔術ってのは、何もボカボカ爆発させるだけじゃないのさ、使いようなんだよ 魔術も頭もなにもかもな!
「ぅぁああぁあ!あぁぁあああ!?あああああ!!」
「お前は魔術を完全に無効化出来るだけで、私の魔術そのものを無力化した気になるなよ!」
「ぐげぇっ!?」
旋風圏跳にて風を纏い、突然目が見えなくなった事に対して驚き 手足をばたつかせるニビルへと蹴りを加える、このまま虚空を魔術を使ってこいつを…
「ぐああぁっっ!!」
「なっ!?」
しかし、ニビルは私の蹴りを腹に喰らいながらもその足を掴む、目が見えなくとも触覚は生きている、攻撃を受けた瞬間 それを頼りに私の居場所を割り出したニビルは私を捕まえ そのままギラリと光る牙を開きながら私に向かい…
「ぅぐっ!?」
噛み付いた、ニビルの牙が私の右肩に突き刺さり食い込み血が吹き出る、一撃で私の魔力防御も防刃性のコートをも抜いてきたか!?、マズい…食われる!
「この…!離れないか!」
「ぐふぅー!ぐくぅー!」
振り払おうと暴れ ニビルの腹に何度も拳を突き込むもニビルは一向に顎を離そうとせず、私の骨さえも噛み砕き食い千切ろうと力を込めてくる、まるで鮫だ…!っっ!?
「がはっ…」
刹那、今度は脇腹に鋭い痛みが走る、見ればニビルの爪が私の脇腹に突き刺し食い込ませているではないか、まるで逃すまいと言わんばかりに…、獅子が雌鹿を襲い 食らうかの如く爪と牙を私に突き刺し力を込める
「くっ…ぅぐぅ…!」
思わず苦悶の声が出る、このまま行けばニビルは私の身体を食いちぎり 文字通り私を殺すだろう、なにをしても離れる気配さえない…、こうしている間にシリウスの同化は進み ニビルの体に纏う気配や匂いがシリウスのものに変わっていく
ヤバい…ヤバいが、そっちがその気なら!、やってやる!こっちだっつ命の一つ賭け皿に乗せてやる!
「ぐっ…すぅ、火天炎空よ、燦然たるその身 永遠たるその輝きを称え言祝ぎ 撃ち起こし、眼前の障壁を打ち払い、果ての明星の如き絶光を今!『天元顕赫』!」
ニビルの体を掴み そこから熱を発生させる、凡ゆる物を蒸発させる極熱だ、これを至近距離で放てば私とても危ないかもしれない、だがこのまましてた方がヤバいのだ ならば、死ぬかもしれない方に賭けるしかあるまい!!
「っっ!!」
ニビルもようやく私の魔術により発生する熱に気がついたのか、慌てて口を離し魔術の方に口を向けようとする…がしかし
「待てよ、もう少し味わっていけ 私の骨の髄まで…!」
「むぐぅっ!?」
もう片方の手でニビルの頭を抑え 私の肩から口を離さないよう抑える、逃がさんよ…、どっちが死ぬか 或いは生き残るか、試そうじゃないか ニビル!
「むぐっ!むぐぅぅぅぅぁぁああああああ!?!?」
首を振り逃げようとするも既に遅く、私とニビルの間で発生した恒星の如き輝きはあっという間に両者を包み クレーター内部を満たし 全てを焼き 溶かし 蒸発させ、地上にもう一つの太陽が生まれる…………
…………………………………………………………
「ぜぇ…ぜぇ…」
光が収まり、その熱の余韻残る中央にて、レグルスは…私は焼け付く空気を吸い込み 膝に手をつく、まあ 命懸けではあったが、生き残る算段があったからやったわけなんだが…
熱が極限化する前に私の体を覆う魔力を凝固し 熱を通さないよう守りを固めた、これは魔力を持たないニビルには出来ない物だ、つまり私は守りを固めた上で熱を受け ニビルはなにも出来ずにあれを受けた事になる
ハナっから真っ当な耐久勝負など挑む気は無かった、まぁ 流石は私の魔術と言うべきか、私の防御を突き抜けてこの身に火傷を負わせてくれたんだがな
笑えん話だよ、戦闘で得た傷の半分が自傷とはな
「ふぅ…っ」
息を整えれば 肩に走る痛みにやや表情を崩す、見れば先ほどニビルが噛み付いていた地点には鋭い歯だけが食い込み残っている、本当に鮫みたいな奴だなと一つ一つ歯を引き抜きつつ周りを見る
それで、この歯の持ち主は何処へ行った?、これで体も残さず消し飛びました はないだろう?
「ひゅ…ひゅー…ひゅー…」
蒸発した大地が煙る視界の向こうに 二本足で立つ人影と笛のようにか細い呼吸が聞こえてくる、やはり生きていたか…ニビル
「驚いた、あれを凌ぐか」
「ひゅー…ひゅー…」
土煙の向こうのニビルを見れば、その身は血だらけで お世辞にも元気とは言えない、瀕死の傷だ、だがそれでもニビルは私への敵意を収めることはしない、その傷でまだ続け良いと言うのか?
…さっきのは確かに痛み分けに終わったが、それでも負った傷の深さじゃニビルの方が数十倍は酷い、対する私は五体満足だ…このままやっても勝てん事が分からんか
「全く、哀れだな 作られし魔女よ」
「…………」
私の言葉にニビルの視線が鋭くなる、哀れだ なんと哀れなのか、この魔女は何処までも憐憫を誘う、その有様は同情を誘うに足るものだ
「……ぐるる…」
「分からんか?哀れと言ったのだ、シリウスの器になるためだけに生まれ その為に私と戦わされ その戦いの果てがどうであれ消失する事に変わりはない、だと言うのにお前は健気にも私と戦おうとする…これを哀れと言わずしてなんと言う?」
「………………」
「この一連の流れにお前の意思は全く介在していない、そして その結果にもお前の意思は反映されない、私はお前が哀れでならないよ、シリウスに肉体を明け渡すためだけに体と魂を持たされ 半端に生きたお前がな…」
哀れだ、あんな奴でも生きた存在だ、血を流し戦う人だ、だと言うのに奴はその行動全てが他人の意思によって引き起こされたものばかりだ、用意したウルキ 使ったヴィーラント 利用するシリウス、誰一人としてニビルに手を差し伸べることはない
魔女排斥の矢面に立たされて 私と戦わされて、その果てに億が一に私に勝てても その先にあるのは自己消失、得るものはない 賭ける物もない、何もないニビルが哀れで哀れで…
「バカに…するな…」
「ん?」
ふと、ニビルが口を開く、その言葉はシリウスによって送られてくる知識によって奏でられる言葉、だと言うのにそれはシリウスの代弁には聞こえない、…ニビルが 自ら考え発した言葉のように思える
「わたしは…生まれた、この世に生まれた、だから…強くなりたい 賢くなりたい、その為なら なんでもする、どんなことでもする…、その覚悟を バカにするな…」
「っ…!」
それは紛れもないニビルの意思だ、ウルキに利用されているわけでも シリウスに操られているわけでもない、シリウスから送られてきた知識と力を使い 自ら成長を遂げて答えを出していたのだ
ニビルは 生まれて間もないながらに、自らの生命に答えを出して割り切っていたと言うのか
「…完全を目指すは人のサガ、なるほど どうやら私はお前を見くびり過ぎたようだ」
そうだ、ニビルは作られた魔女 利用される為に力と肉体を与えられた存在、その存在に自由はなく 過程も結末も予め決められた存在
だが その生命は間違いなくニビルの物だ、どのように生まれ どのように死ぬか 例えそれを決められていたとしても、その中でどう足掻くはニビルの意思だ
こいつは…彼女はずっと足掻いていたのだ、運命に抵抗することなく、完全を目指すと言う人の本能に従い 貪欲に知識を求め 力に飢えて闇雲に成長していたのだ
「わたしが 置かれた立場くらい、分かる…こうして、知恵を送られ 賢くなる前から、ずっと分かってた…、その事に文句は無い 同情もいらない!」
「…ああ、そうだな」
「ただ、わたしは わたしがこうして生まれる事が出来たその奇跡に 感謝している…!、その感謝の為ならばこの魂も肉体も誰かに差し出しても構わない」
ただ とニビルは大きく腰を落とし、戦闘の構えを取る、それはシリウスによって与えられた知識からくる合理的な戦法では無い、四つ足を突き 獣のように構える ニビルが自ら編み出した戦闘技法、その構えを取る
「でも、もし また奇跡が起きて また願いが叶うなら、わたしは お前に勝ちたい、この意思が誰かに乗っ取られて わたしがわたしで無くなる前に、わたしはお前に勝ったと言う結果を この世に残したい!、だから…勝つ!わたしはお前に!ニビルとして!!」
この世に生まれた だから、この世に生まれた爪痕を残したい、ただ生まれ ただ消えた そんな存在で終わりたくないと叫ぶ
シリウスとウルキは、ニビルを作る際 自我を形成する知恵を与えたかった、だが こうしてニビルの中にシリウスが入り込み始めた影響で ニビルは知恵を得て、自我を獲得してしまったのだ
その自我が叫ぶ、生命体としての結果を何か残したいと、それは紛れも無い欲望…、ニビルは今 欲望を獲得したのだ
欲があるからこそ人足り得る、ニビルはもう 造られた魔女では無い、ただ一介の人として 私に勝ちたいのだろう
ならば…
「いいだろう、シリウスがお前の魂を掌握するまで時間がない、故にこそ 私も出し惜しみせず答えるとしよう、今から私に敗北するのは 造られた生命でも 誰かの道具でも シリウスの器でも、ましてやシリウス自身でも無い…、私はこれから 魔女ニビルに勝とう、全力で」
こいつに同情は無用だろう、こいつは既に答えを得ている、ならば それに答えてやる方が良いだろうな、何がどうあってもシリウスに肉体を与えるわけにはいかない、そう言う点でニビルを生かしておくことも出来ない、奴は我ら八人の魔女と違いシリウスの同化に抵抗できる精神力も持たないし
何より、本人がそれを受け入れている、故に殺さねばならない、だからこそ 殺すのはニビル自身でなくてはならない、それがせめての手向けだ
「そうだ!来い!全力で!私も燃やす!己を!!」
掠れるような声で叫び 大きく息を吸い始めるニビル、あのボロボロの体で何をするのかと思えば…、奴の吸引に呼応して空間が歪み始める
周辺を漂う大気だけでなく、空気中を漂う微量の魔力までもを吸い込み 飲み込み力を蓄え、解放していく
するとどうだ、彼女の周囲の景色が白く 白く染まっていくでは無いか…、あれは間違いない
「もう極・魔力覚醒まで行ったか…」
あれは極・魔力覚醒だ、本来なら魔力を持たなくては成し得ないはずの極・魔力覚醒をシリウスからのバックアップで無理矢理実現しているのだ
極・魔力覚醒は本人の性質を周囲の空間に適応する現象のことを言う、ならば 無垢なる彼女の性質を適応された空間はどうなるか…
「ッ…これは、絶大だな」
無論、魔力が消失する、私でさえ体外に魔力を放出出来ない、ニビルが立つこの空間の内部には魔力は存在出来ない、それは魔女さえも例外ではない
名目上ではあるが魔女殺しの為に作られた彼女が辿り着いた領域は、皮肉にも本当に魔女を殺し得るものだったとはな、これはさしものウルキも読めなかったらしい
「魔女…魔女!レグルス!」
「来るか…!」
ニビルが掌握したこの空間、白く染まり 純白に染め上げられたこの無垢世界では、互いに魔力が使えない、魔術は勿論 魔力防御さえ出来ない、純粋な肉体勝負になる
そして、先も言ったが ニビルは肉体面では魔女と同格…、つまり
「ガァァッ!!」
「ふっ!!」
ここから先は 己の力と技だけの勝負になる
爪をむき出しにして斬りかかるニビルを前に私もまた手をダラリと垂らしながら、脱力をした状態で手を払いニビルの爪の大振りを弾く、見ればニビルの傷は既に癒えているではないか、先程 魔力を吸い込んだ時身体回復に当てたか?
余程私に勝ちたいらしい!
「よく動く!、体は癒えても体力までは戻ってはいまい!」
「知るかぁっ!!」
私の耳元で数度風切音が鳴り響く、こうしてステップを踏んで回避を行わなければ 私は5回程あの爪に脳髄を穿たれていただろう、爪を剣のように突き立て何度も何度も突きを行うニビルの動きは 最初戦ったそれよりも機敏にさえ見える
戦いの中で成長を続けているんだ、だが…見切った!
「はぁっ!」
ニビルの刺突を手で払い 生まれた隙を突き、我が拳でその顳顬目掛け容赦無く打ち据えようと振り抜く…しかし
「なっ!?」
空を切った、私の拳が 横薙ぎの一撃がニビルを捉えることなく音を立てて空振ったのだ、何故か?ニビルが私の行動をさらに読み 咄嗟に身を丸めて回避したからだ、いや違う これはただの回避では…
「ぐっっ!?」
カウンターだ、腰を捻って相手の動きとは反対の勢いで拳を脇腹に突き刺すカウンター、それが私の肋をベキベキとへし折り突き刺さる、こいつ、何処でこんな技を…!
「かはっ…!」
思わず痛みに負けて動きが止まってしまう、魔力防御なしの打撃なんてどれだけぶりか、こんなに無防備に攻撃を食らったのなんて、もしかしたら生まれて初めてかもしれない、その苦しさに悶絶し やや頭が上がる
まずい 来る…!、アルクトゥルスがよく言っていた、まずは胴体 それを受けて上がった頭、そこで狙うのは…
「ガァッッ!!!」
怒涛の急所打ち、顎 顳顬 眼底、頭は急所の宝庫だ、それを何度も何度も左右から拳を振るい滅多打ちにする、これは 私がニビルに対して行った動きと同じ…、ニビル自身が経験して手に入れた技…、こいつ 何処までも自分の力だけで私を倒そうとしているんだ
「ぐっ…!?」
目眩がする、眼前に星が舞う 凄まじい猛攻だ、一撃一撃にニビルの覚悟が乗っている、悲壮なまでの覚悟からくる死力を尽くした怒涛、それを前に 成すすべがない、本気を出しているのに 私が押されているのだ
「ガァァァァアアアアアアア!!!!」
残像が生まれるほどの拳による連打でレグルスを仕留めようと暴れるニビル、もはや彼女に出来ることはこれだけだ、自分が持っているものはこれだけだと、あまりにも短い人生で得た全てをレグルスに向ける
大したものだよニビル、それがお前の全てなのだな、私は今お前を一個人として見ているよ、だからこそ ああ認めるとも、お前を一人と人として認めると共に
強敵であると
「ぐっ!!!」
「ぁがっ!?!?」
レグルスが止めた、ニビルの拳を受け止めて止めた、あれだけ滅多打ちにされながらも手を出してくる、これが魔女だとニビルも察する、されど 手を止めるつもりはない
が しかし、次の拳を前に出そうとした瞬間、ニビルは今度こそ眼前に動きを止めたのだ
目の前で起こった現象を前に、そして 血だらけになりながらも、こちらを真っ直ぐ ニビルを真っ直ぐ見据える瞳を見て
「…ニビル、お前は強敵だ、八千年以来の強敵だよ、私にここまで手傷を負わせたのは羅睺十悪星以来だ…、よくやったよお前は」
「ぐっ、…うぅ!」
「言ったな、私も全力でお前を倒すと だから…、今から本気を出す、ついてこいよ 私が認めた強者なら」
ニビルが作り出した純白の世界に亀裂が入る、黒々とした亀裂が レグルスを中心に
今現在ニビルが到達している段階はレグルスの見立て通り 第三段階だ、いや それを大幅に超越する超第三段階と言ってもいい、そんな彼女が発動する極・魔力覚醒は フリードリヒやタヴの作り出すそれをも超えている 究極の魔力覚醒だ
世界を塗り替え魔女の動きさえ縛る、これだけの規模の魔力覚醒を行える人間はいない、世界を掌握するのではなく塗りつぶす程の魔力覚醒を行える人間はいない
だが…、これだけの事をしても ニビルは魔女と同列に立ったとは言えない、第三段階を超越しても 魔女と同じ第四段階では無い、世界を塗り潰しても それは魔女のそれとは別に数えられる
何故か?、第三段階を超えたら第四段階では無いのか?、そうだとも 違うのだ、第四段階に至るには 必要なものがある、それをニビルは持っていない、それを得る為に必要な物を ニビルは決定的に持ち合わせていないのだ
なら何だ、第四段階にはどうやれば至れる、何をどうすれば魔女と同列になれる
答えは簡単だ、第四段階に至る為には第二段階同様 実力以外にも心の中に答えを得る必要がある
エリスが第二段階に入れたのは、自らの戦う理由を得たからだ、なら 第四段階もまた同じように戦う理由が?…違う
第四段階に必要なもの、必要な答え、それは…………
「『永劫なりし問い、汝 魔道の極致を何と見る』…」
魔道とは何か、魔道とは魔力であり 魔術であり 魔力的事象全てを指す言葉である、それは永劫なる問いかけ 誰が発したかも分からぬ程 遥か昔から存在する疑問、人間が魔力を持った時より世界に残る謎
魔力とは何なのか?、魔術とは何なのか?、それを極め至る領域とは何か その問いかけに対する答えとみ何なのか
それに対し、世界の放つ疑問に対して 答える事が出来るかどうか、それこそが第四段階へと足を踏み入れる条件だ
生半可な答えではダメだ、当てずっぽうではダメだ
魔道を極め尽くし、考え る
魔道を探求し尽くし、考える
魔道を磨き抜き、考える
考え 考え 考え抜いた果てに、また考える
この疑問に対して、唯一絶対と思える答えを探し出し見つけた段階を 第四段階と呼ぶのだ 答えを持ってるから魔女なのだ
当然 私は持っている、魔女達も全員『別々の答え』を持っている、そも 答えとは一つでは無い
「『永劫の問いかけに、我が生涯、無限の探求と絶塵の求道を以ってして 今答えよう』」
無限の思考の末に私が辿り着いた私だけの答え、それを口にする、魔道の極致とは何なのか その答えは、
「魔道の極致とは即ち『渺茫たる深淵』である!!!」
答えを放つ、私が 辿り着いた私だけの答えを、世界へと投げ掛ける
そうだ、魔道の極致とは即ち『渺茫たる深淵』なのだ、つまり 無いのだ、極致なんて物は何処にも、ただ漠然と広がる深淵 そこに極致は無い
無いからこそ人は進む、闇を切り裂いて進み続ける、果てにある何かを信じて進む、或いはその心をこそ 極致と呼ぶのだ
その答えはそのまま世界に響き渡り、我が中にある答えが その極致を具現化させる
「ぁ…な…ぁ!!」
ニビルが恐れ ワナワナと見上げる、レグルスが答えを口にすると共に ニビルの支配したはずの空間がヒビ割れ壊れていく、まるで内側から打ち破られるかのように
極・魔力覚醒を凌駕せし力、魔女にだけ 絶対の答えを持つ者にだけ許される至上の魔力覚醒…それは
「臨界魔力覚醒…!」
レグルスは発動させる、かつて羅睺十悪星に対して使用した 魔女の魔力覚醒を
それはエリスやフリードリヒやタヴやシンやニビルや、この世界に無数にいる魔力覚醒者達が使うそれよりも尚も巨大で 人知を超越した領域
その名を呼ぶのも久しぶりだな…、また付き合ってくれるか?我が力よ と、レグルスは口にする
第四段階 臨界魔力覚醒
「『天地開闢・乳海攪拌』」
それを発動させる…、今までの旅で使うことのなかった力を、或いは…使えなかった力を
…………………………………………………………………………
第四段階 臨界魔力覚醒とは、即ち人が辿り着ける最大にして最後の領域だ
魔力覚醒を極め、極・魔力覚醒を超えて、魔道の答えを手に入れ、ようやく取得出来る魔女の奥義
それは余りに絶大であるが故に 多くの者が勘違いするが、結局これは一番最初の魔力覚醒とやってることは変わらない
体の中の魔力を魂の中に収め、魂を肥大化させて肉体と同化する、これを圧倒的に拡大させた物が 臨界魔力覚醒となる、だが この臨界魔力覚醒が最強の奥義として存在するのには 理由がある…
古式魔術と現代魔術には一つの違いがある、現代魔術は魔力を事象に変換して放つ攻撃法だ、だが古式魔術は違う
レグルスは常々…と言っても、最近では当たり前のことになりすぎて教えていなかったが、エリスに言い続けていたことがある
『古式魔術を使う時は 己の中に世界を意識しろ』と…、古式魔術とは己の中に意識した世界から事象を取り出して行う、謂わば世界規模の魔術である、だからこそ その出力限界には差があるのだ
こうして古式魔術を使い続け 極め続けた者の中には、一つの世界が形成され始める、何度も意識して取り出すからこそ 自らの魂の中に一つの世界が形成されるのだ
確たる されど形を持たない内面世界、謂わば一種の世界創造…、当然容易なことでは無いが、それを乗り越えたからこそ 第四段階なのだ
話を戻そう、魔女の中には一つの世界がある、それはエリス達のような未だ不確かで曖昧なものではない、この現実世界からも『もう一つの世界』とカウントされるほど確たるものが
その魂の中の内面世界に魔力を送り込む 、体内は当然 極・魔力覚醒でやったように周辺に漂う魔力も全て吸い込んで 世界の魔力を取り込んで魂を膨張させる
その膨張度合いはどの魔力覚醒とも比較にならない、何せ人間の中にある魂が体を超えて世界を覆って内にある内面世界を顕在化させてしまう程なのだから
潜在的心象内面異世界はグイと元ある世界を押し退けて、座標はそのままに そこに新たに世界が生まれるのだ、その者が魔術と共に極めた世界が一つ そこに出現する
それは外の世界には一切影響を及ぼさない隔絶空間、その中には 本来の世界の法則は存在しない…、そんな世界に 相手ごと取り込む事こそ臨界魔力覚醒
魔力覚醒はその人間個人の覚醒
極・魔力覚醒とは周辺の空間を巻き込んだ覚醒
そして、臨界魔力覚醒とは即ち 世界ごと覚醒する術の事を言う、だからこそ ニビルの世界を塗り替える魔力覚醒とは差が生まれる、何せ 世界を一つドカンとそこに用意するのだから、格が違うのだ
これこそ魔女の本来の力、魔女が世界最強と呼ばれる所以、世界の中を細々生きる人間では絶対に魔女に勝てない理由がこれだ
「っっっ!?!?」
ニビルは驚愕していた、レグルスが自らの塗り替えた世界を打ち崩したかと思えば、浮かび上がって来た景色が元のものとはまるで違っていたからだ
見えている景色が変わったなんてものじゃ無い、まるで自分が 全く別の異世界へと飛ばされてしまったかのような錯覚を覚えるのだ
「なん…だ…?」
目の前に浮かんだ景色、それを見てもニビルは理解出来ない、そりゃあそうだ 元ある世界とはまるで違うのだから
有り体に言おう、空には重たい雲が乗り その奥で炎や吹雪 雷や突風がランダムに発生しており、荒涼として何もない大地には燃える電撃が迸る、まるでこの星が生まれた直後のような 星本来の姿がそこにある、天地開闢の景色がそこにある
これこそ レグルスが魂の内側に持つ世界、渺茫なる深淵を具現化させた世界、彼女はこれを魂の中に抱え 詠唱と共にここから事象を取り出し攻撃として使っていたのだ
「これを出すのも久しぶりだな、まるで…あの頃に戻ったようだ」
その壮絶な世界の中心が歩く、そう 中心を歩くのでは無い 彼女がいる地点が、この世界の中心なのだ
まるで底のない深淵の如き残像を侍らせ、ニビルの眼前に立つそれは、最早 魔女ではない、そうだ この世界はとある人物の心象をそのまま持ち出した世界、とある人物が作り出した世界
即ち、今 目の前に立つ漆黒の深淵を纏うレグルスは、この臨界の中では 創造神と同格の権能を持つ事を意味するのだ
「ぐっ、…あ…ぅ」
そう、本気の魔女を敵に回せば、それは彼女達の持つ世界を相手にする事を意味する、彼女達の力は 即ち創造神と同格、大地を生み 空を造る創造神たる力を持つのが 魔女という存在
それと敵対することが、如何に愚かか 理解出来たのだろう、ニビルは必死に自らも魔力覚醒を行いこの世界を塗り潰そうと力を奮う、だが
「無駄だ、出力が違うのだ この内部を塗り潰すなら、同じだけ濃い塗料を用意するんだな」
この臨界の中では 極・魔力覚醒はほぼ無効化される、何せこの世界はレグルスの物、彼女が許さなければ空間の塗り替えは行えない
ニビルの魔女殺しの切り札が、逆に封じられた、これを塗り潰すには彼女も臨界魔力覚醒を行わなければならないが、彼女は魔力を持たないから魔術を使えない 故に世界も作れないし、生まれて間もないから 自己哲学も持たない
どうやっても、ここまで来れないのだ…
「さぁ、終わりにしよう お前がお前でいるうちに、決着をつける…それでいいな、ニビル」
「ぐっ…ぅがぁぁぁああああああ!!!」
それでもニビルは諦めない、自分のやることは変わらないと 再びレグルスに向けて突進する、そうだ 世界が変わったくらいでなんだ、接近戦に持ち込んで自爆覚悟で殴り込めばまたさっきと同じように追い込めるはずだと 大地を疾駆する
しかし
「『大地よ』」
レグルスが一言 詠唱のように命令する、するとただそれだけで荒涼とした大地が唸り、刹那 ニビルの立つ足場が爆裂する
「ぐぅぁっ!?」
「『空よ』」
すると今度は天空が牙を剥く、ぐるりと渦巻き 暗雲に大穴が開いたかと思えば、中から飛んでくる 雷が…、それも 山一つ覆うような超弩級の天雷が瞬く間に降り注ぎ ニビルを飲み込み、大地を砕き 何もかもを消しとばす
「ぐゃぁぁぁぁあああああああ!?!?!?」
天の光に焼かれ 悲鳴をあげるニビルは思う、なんだこれはと
これは レグルスが使用した古式魔術と同じだ、だが その出力がどれも比較にならない程跳ね上がっているのだ、まさに世界そのものが牙を剥くように ニビルを追い立てる
…レグルスの臨界魔力覚醒『天地開闢/乳海攪拌』とは、レグルスの力を十全に発揮出来るフィールドを作るだけの効果しかない
そもそもレグルスは属性魔術を極めた属性魔術の達人だ、地水火風の四属性に加え空属性の魔術まで極める達人、そんな彼女が世界一つを好きに出来るとなったらどうなるか
四属性とは世界を構成する大元、それら全てを攻撃に転用できるという事は、世界全てをまるごと攻撃に使うことができるのだ
それも、この世界の使用権はレグルスにある、天地開闢を行なったのはレグルスだ、だから…こんなこともできる
「『海よ』」
刹那、雷に打たれたニビルの体が水中に沈む、先程まで存在していた大地が消え去り 彼方まで続く海へと変わったのだ、今のレグルスの手にかかれば 陸を海に変える事など造作もない、だってここはレグルスの世界だから
「がぼぼぼぁっ!?」
いきなり海の中に沈められたニビルは訳もわからず暴れ狂う、どっちが上でどっちが下か 、それさえも分からず踠き苦しむ、すると
「『切り裂け』」
その瞬間、全てが割れた、ニビルを中心に海が真っ二つに裂ける不可視の斬撃が飛び、彼方まで続く水が一直線に割れ 頭上の雲までもが一条の線を作り出す
突如飛んできた斬撃に、ニビルは目を回しながらも鮮血を吹き出し、空の上に立つレグルスを見る…、今 ニビルの上に立つ存在は ゆっくりと天に手をかざし
「『星よ』」
その一言と共に、雲の中から降ってくるんだ、山のように大きな隕石が、群となってニビル目掛け飛んできて………
瞬きの間に海が消し飛び蒸発する、星を滅ぼすような流星群が世界に降り注いだ影響で 世界の形が変わってしまう、その中心 ありえないほどの衝撃に晒されるニビルは薄れ行く意識の中 感じる
神だ、こんなの…、大地を割り 海を作り 空を武器として星を操る、こんなのに一体どうやって勝てばいいんだ、臨界魔力覚醒を使ったレグルスはまさしく神と同じ力を持つ、手の打ちようがないという言葉が身に染みる
これが…、史上最強と言われる八人の魔女の力か…と、そこまで考え ニビルの意識は途切れる事となる
「ぜぇ…ひゅ…ぜぇ…ひゅ」
次の瞬間気がつくと、ニビルは再び大地の上で大の字になって倒れていた、再びレグルスが世界を作り変えたのだろう、奴にはその力がある
どれだけ破壊しても思うがままに戻せる、どれだけ復元してもまたすぐに世界ごと相手を破壊出来る、これが臨界魔力覚醒…魔女の力
「これで分かったか、ニビル…お前が目指す領域はここなのだ」
「ぐっ…」
最早、戦う力も残されていないニビルは 最後の力を、体の中からかき集めて立ち上がる、目の前には相変わらず 漆黒の深淵をコートのように羽織るレグルスが立っている、あんなに近くにいるのに 触れられる気がしない、魔女と同格の力を持つニビルでも 指一本触れないだろう
一周回って憧れの念さえ覚える、よかった…最後に目指したものがあれでよかった と、届かないと知りながらも星に手を伸ばした無垢なる少女は敗北の中で笑う、きっとこれは私が私の意思で手に入れた唯一のものなんだ
「…わかった…、わたしも…そこに行けるかな」
「どうだろうな、素養はあるが 修練が足りん」
レグルスは残酷にいう、けど分かる ニビルには時間がない、今もシリウスの掌握は進んでいる、もう数分もすればニビルの脆弱な自我はシリウスによって押し潰されて消える、この体はシリウスのものになる
…それを受け入れているつもりだったけど、ここに来て惜しくなってしまった、せっかく作っておいてもらってなんだけれど、やっぱり私は私でいたい 死した後も
だから
「そっか…、なら レグルス…」
「ああ、無論だ トドメを刺してやる」
レグルスの纏う気配が重くなる、大地が 空が 全てが渦巻いてレグルスに集約していく、きっとニビルはここでトドメ刺されて消えるだろう、けれど…けれども
「ぅっ…がぁぁあああああああああああ!!!!!」
それでも進む 、レグルスに向けて飛びかかる、諦めたくないから 全てを、最後まで諦めずに足掻いていたいから、ニビルは何もかもを燃やしてレグルスに向かう
結果が分かっていても ボコボコにされても、戦う理由があるから戦う…、そうか あのメガネの男が戦い続けた理由がようやく分かった、どれだけ打ちのめされても向かってきた理由がわかった
そうだよな、止まれないよな こんなにも胸の内が騒がしいのだから
「…ニビル、お前の存在は我が中に刻み込もう、この世界に お前の存在を…、故に安心して逝け」
「ぅがぁぁぁあああああ!!!!」
爪を突き立てる、圧倒的に力の奔流の中いるレグルスに向けて 躊躇なく突っ込み、手を伸ばす 手を伸ばす
求めるように、逃さないように、忘れないように、願い求めたそれを掴むように、その指先が 彼方へと届くことを祈って
ニビルの指先が レグルスの胸先にかかりそうになった瞬間
「ふぅ…」
レグルスは解放する、臨界魔力覚醒『天地開闢/乳海攪拌』における、最大の大技をもってして ニビルを消し去る為に、その力はこの臨界の地面の地面を穿ち核へ届く
そして、レグルスは ゆっくりと手を合わせる
「幕を閉じよ、闇へと還れ、全ては黒より出でて白へと出る、これは世界に許された 唯一無二の終末の輝き、終わりの灯火…、星よ 幕を閉じよ 目を…閉じよ」
それはゆっくりと形を結び
「『王星終焉』」
世界が 白に包まれる……
レグルスの放った王星終焉、それはこの状態にのみ使うことが出来る レグルスの最大にして最強の魔術、その威力は凡ゆる古式魔術を凌駕する、これだけのエネルギーは恐らくカノープスにも出せない 威力だけで見るならばこの世界に存在する全ての魔術の頂点に立つ魔術と言える
それは何を引き起こすか、レグルスは世界を操る事が出来る ならばこそこれはこの世界に存在するエネルギーである、炎や雷や風といった自然由来のエネルギー
それらの現象の中で最も強い物は何か、無論 星の光である、いや いささか違うな、これを言語化するならば そう
レグルス今 この閉じられた世界の中で爆発を起こしたのだ、この世界 全宇宙を探してもこれ以上のエネルギーは無いと断言される 最強の力である『極超新星爆発』、今だこの世界が至っていない天文学上での呼び名で敢えて呼ぶならばそれは『ガンマ線バースト』と呼ばれる星間最強の大現象
これは、本来の世界では使えない それほどのエネルギーは魔女でも生み出せないから、だがもし現実世界でこれが放たれたならば、瞬く間に世界は蒸発して消えてしまうだろう
そんな圧倒的な光の中に、あまりにも残酷な力の中に ニビルは晒される、こんなもの受ければ一瞬で体が消えてしまうというのに、不思議なことにニビルには その終わりがゆっくりに感じられた
指先から焦げて パラパラと空に散っていく、終わる 自分が、自分のまま終わる、恐れはない、彼女は死を恐れていない、そりゃあ死ぬのは嫌だが 彼女は知っている
一度生まれる事ができた奇跡を、ならばきっと もう一回くらい奇跡は起きる
今度、生まれ変わる事が出来たなら、今度はもう少し時間が欲しい、目の前で輝く星に 今度こそ、手を伸ばせるくらいの時間が、それだけあれば 後は望まないから
だから、信じる…もう一度を、だって私は私のまま死ぬ事が出来たんだ、今度生まれる時だってきっと 私は私のままなのだから
そんな願いと祈りの中でニビルは微笑む、ああ この感情を与えてくれた この世界の全てが…今は愛おしい、そう笑いながら彼女は
光へと……
……消えた
………………………………………………………………
もう一度目を開けば、アガスティヤ帝国へと戻っている、ただ一つ変化があるなら もうニビルは何処にもいないということだけ
奴は私がこの手で跡形もなく消し去ったから もうこの世にはいない、シリウスとウルキの目論見は私の手によって消し去られ、ニビルはニビルのまま逝った
これでいい、奴の意思は最後まで奴のものだったのだから、なんて 奴を慮ることを言ったら、ボコボコにされた帝国達に申し訳ないが、私は彼女に共感してしまったのだから
だって、あいつもまた シリウスに道具としてその命と運命を翻弄された者なんだ、私と同じな、なら 私くらいは奴に心を寄せてもいいはずだ
「しかし…」
と己の体を見る、何か 違和感がある、久々に臨界魔力覚醒を使ったからか?、いやそうじゃない
…おかしいんだ、何かを忘れている気がする、なにかを忘れていた気がする、けれどそれが何かを理解出来ない、なんだ 分からん わからんが凄まじく違和感がある
なんだこれは、分からないが…頭が…痛い
「なんだ、なにが起こった…、無理をしすぎたのか?」
思わずかよろめいて膝をつく、そういえば私…なんで八千年も隠匿生活を送ってきたんだ?、何故私は臨界魔力覚醒を使わなかったんだ、理由があった気がする なのに ずっと忘れていた気がする
…これは…これは…………
「………………」
膝をつき、項垂れるレグルスは動かず 喋らない、勝者の姿とは思えぬ形で、レグルスは一人…誰もいない 誰の目も届かないクレーターの中で
静かに、静かに、目を閉じる
胸の中で渦巻く何かを感じて
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彼女の名はサブリーナ。
エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。
そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。
然もである。
公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。
一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。
趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。
そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。
「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。
ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。
拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。
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