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八章 無双の魔女カノープス・前編
235.孤独の魔女と決闘のアルカナ
しおりを挟む「シンが…」
ヴィーラントの壮大な自滅作戦、その本懐たる魔術破壊爆弾ガオケレナの果実、その存在を今守っている人物の名を聞いて エリスはヴィーラントの胸ぐらから手を離す
最悪の相手だ、いや 想定できた相手だ、魔女を殺す それはアルカナ達にとっても一致した目的、その脇でヴィーラントが死のうが 奴らには関係ない、魔女を殺すことが出来れば それでいいんだろう、アルカナは
だから、奴らがガオケレナの果実を帝国とエリスの手から死守する事は容易に想像出来る…、しかし シンか
師匠曰く、第二段階の最上位に至った人間
レーシュ曰く、アルカナ最強の人間の一人
二人からその名が出た時、総じて二人ともこういった
エリスよりも強い、格上だ、エリスでは勝てない可能性の方が大きいと…
間違いなく、エリスが今まで戦った敵の中で 最も強いと断言出来る相手、それが この大一番で、師匠の命がかかった場面で、立ち塞がるというのだ
「…………」
ましてや今はエリスは万全とは言えない、ヴィーラント相手に消耗し ジリ貧、そんなエリスが最強の敵を相手取って果たして勝てるか、…正直怪しい
でも
「おや、何処に行くんだい?」
「シンを探します、ガオケレナの果実は決して発動させません」
それでも、師匠の命を守る為に 逃げるわけにはいかない、師匠に弟子入りした時 いつか師匠を助けられる人間になれるようにという誓いを果たす時が来たのだから
ヴィーラントを置いて エリスは森の方を見る、この森林の何処かに ガオケレナの果実がある、射程はこの地区全域だという、それはつまり 何処に配置しても戦場に効果が出るという事
探し出すのも苦労する、魔眼術を使えば…いや、にしたっても範囲が広過ぎる…
どうすれば…、時間がないんだ 捜索に時間をかけたくない
「エリス様!」
「メグさん!ナイスタイミング!」
ストンと時界門を潜り抜けてエリスの隣に着地するメグさんのタイミングの良さに指を鳴らす、最高のメイドですよ!
「ナイス?タイミング?、というかエリス様パピルサグ城は…というか私の貸した魔装は…あの、どちらも跡形もないようですが」
「全部ブッ壊しました、それより大変なんです!」
「ぶっこ…いえ、いいでしょう、なにやら緊急事態のようですし、おや?もしやそこに居るのは」
「はい、ヴィーラントです ブッ潰しました」
無敵の暴れ馬ですか というメグさんの言葉を無視して、エリスは先程得た情報をメグさんに共有する、彼が不死身で 魔女を殺す兵器を今から発動させようとしていて、時間がないということを…
それらを纏めて伝えると
「俄かに信じがたい話ですね、そこな狂人が宣った戯言では?」
ジト目でイマイチ信じてくれない、そりゃエリスだって信じられないさ、魔女を殺す兵器なんて聞いた時には信じなかった、けど けどさ
これを嘘戯言と斬って捨てるにはヴィーラントは規格外過ぎる、魔女と同格の怪物を用意して 本人もまた真に不死身である、エリスはその無茶苦茶ぶりをこの目で見てしまった
きっとこれも嘘じゃない、本当だ、ヴィーラントは本当にガオケレナの果実と言う名の魔女を殺す兵器を持ち、今 発動秒読みなのだ
しかしどう説明したものかとおデコをとんとん叩いて なんとか信じさせるワードを引き出そうとする、すると
「しかし、ヴィーラントは信じられませんが、エリス様は信じられます、貴方が信じるなら私も信じましょう」
「メグさん…!」
信じてくれるというのだ、荒唐無稽な話も 貴方がいうならきっと真実だと、あまりの嬉しさに打ち震える、メグさん…貴方って人は…!
「メグさぁん…」
「うふふ、…さて 本題はそのガオケレナの果実とやらが何処に持ち出され 今何処にあるか、でございますね」
「はい!、それがわかれば…」
メグさんは便利な道具を山ほど持ってる、出来ることの範囲は計り知れない、きっと爆弾探知の便利な道具も持っているはずだ、だからエリスは彼女の登場に歓喜したのだ
彼女ならなんとか出来る、なんとか出来る道具を持ってる!
「メグさん、ギャラクシー君を使いましょう」
帝国…否 世界一の鼻を持つ名犬ギャラクシー君ならきっと爆弾の場所も探知出来る、と 進言するがメグさんは首を横に振り
「いいえ、我々はガオケレナの果実にもそれを持ち出したシンにも、通じる物を持っていません、さしものギャラクシー君もヒント無しでは流石に無理です」
確かに…、あの時は偶々相手が鉄製の矢をこちらに放って来ていたからヒントがあった、けれど今回は無し…、流石に匂いのヒントも無しに捜索できる程彼も万能ではないのだ、でも…じゃあどうしよう、エリス ギャラクシー君頼りでいましたよ
「じゃあ、どうすれば…」
「しばしお待ちを…」
すると彼女はギャラクシー君ではなく、時界門から別の物を取り寄せる、なんだ!あるんじゃないか!爆弾を探知できる道具が!流石メグさん!
と 思ったのも束の間、彼女が取り出しのは…
「地図…ですか?」
地図だ、古ぼけた地図…、いや見かけに惑わされるな これもきっと凄い魔装に違いない
「はい、地図です ただの地図でございます」
「へ?、ただの地図?、目的のものが表示される地図とかではなく?」
「そんな便利なものありませんよ、これはこのY地区の地形が事細かに記された地図でございます」
「地図…普通の地図」
地面にバッ!と広げ膝を地につけ食いつくように地図へと目を向けるメグさんを見て、エリスはその真意を測りかねる、なぜ今地図…、だってそれ 普通の地図なんでしょう?、魔装でもない地図…
「あの…、普通の地図でどうやって場所を割り出すんですか?」
「推理です」
「推理!?」
そりゃ行儀よく言っただけでしょう!?、エリスだったらそれ『直感』って呼びますよ!?、ここに来てそんな…曖昧な、本当に時間がないんですよ!
「ご安心を…、私 世界一の皇帝陛下の世界一の従者長ですので、任された仕事は何であれ完遂いたします」
「…なるほど」
そこまで説明されてエリスはようやく理解できましたよ、何を見誤っていたのやら
メグ・ジャバウォックが万能であるのは 彼女が万の道具をいつでも取り出せるからじゃあない、彼女が彼女だから万能なのだ、メグと言う人間は 道具の力に頼らずとも万能なんだ
そんなことも見落とすなど、エリスはバカですね…
フッと軽く口から笑みが溢れ、エリスもまた跪き地図を見る
「それで、どうやって割り出すのですか?」
「まず、いくつかの仮定を立て、その上で移動させるならば何処が良いかを考えます、敵とて無能ではありません、より良い場所へと移動させるでしょう、まず確認ですが エリス様とヴィーラントが戦闘を始めた その時にその爆弾は移動させられたのですよね?」
「ヴィーラントはそう語ってました」
「ではせっかくのヒントです、信じてみましょう」
そう言いながらメグさんはこのパピルサグ城を中心に指で縮尺を取り ブツブツと考え始める、何をどう考えているのかはエリスには分からないが、とてつもない速度で思考が前へと進んでいるのが分かる、答えへと向かっているのが
「恐らく、この範囲内の何処かかと」
「え?、もうそんなことも分かったんですか?」
そう言いながら指でぐるりと回る範囲は、パピルサグ城を中心に戦場を覆うくらい広大な範囲だ、が この森林全体から見ればかなり絞られたと見える
「なんで、言い切れるんですか?」
「まず、その爆弾はかなりのサイズであると想定されますので、それを抱えて 目撃されることなく移動しようと思うと、この短時間ではこの範囲内が限度です」
「サイズですか?、でもエリスは…」
「いいえ、小型なら例のマルミドワズ襲撃の際持ち込んでいる筈ですよ、なら それが出来ないくらいには巨大なのでしょう」
なるほど、そう簡単に移動させられるんなら 最初からあの襲撃の時マルミドワズに打ち込めば、なにもかも終わりそうだ、なのにそれをしなかったのは 出来なかったと考えるべき
思えば、敵は魔獣をも操っているようだったが それも連れてきていなかったな、ってことはやはり 転移魔力機構が一度に運べる最大サイズを上回っていたから…と考えるべきか
ガオケレナの果実を移動させたのは、敵にとってもあまり取れる手段ではないのだろう
「そして、当然ながら戦場には運びません、そして運搬するとなると相応の道が必要です…、左右には右撃隊と左撃隊がいるからここも除外して…、爆弾を安置出来る空間となると…」
そう言いながら彼女は地図に指でバッテンをいくつもつけていく、可能性を消して 選択肢を消して、最後の最後まで残った場所が爆弾のある場所だと推理するように
その推理は高速で進んでいく、…そして最後にバツを記し…
「なので…爆弾があるのは、………………」
そこで メグさんの動きが止まる、何かに気がついたように、静止して 動きも推理もピタリと止まる
「メグさん?」
「………………」
返事がない、推理が間違っているようには思えないが…、うん これは多分、迷っているのだ
確定していいのか、迷っているんだろう、これで間違っていたら もしかしたら間に合わないかもしれないわけだし、さしもの彼女も迷いはするか
ならば、エリスに出来ることは一つだろうと 彼女の手を握り
「…エリス様?」
「大丈夫ですよ、メグさん…エリスはメグさんを信じてますから、エリスにとって貴方は親友です、だから 信じてます、貴方を」
「………………」
信じる、例えどのような結末になろうとも、エリスはメグさんを信じる、友情とはそう言うものだから、例えなにがあっても どうなっても信じ続け、信じた己を疑わない
だから、安心してくださいと微笑むと…
「ふふっ、親友ですか…それもいいですね」
小さく、誰に言うでもなく 囁いた言葉は、エリスの耳を撫でて思わせる、今の言葉は 彼女が今まで口にした言葉の中で…最も、本心に近いものであったと
するとメグさんの指はある一点を指差して
「ここです、恐らくここに ガオケレナの果実と審判のシンは居ます」
城の真後ろ、この森林地帯で唯一の窪地、確かにここなら 城側から死角だ…、ここに隠したと言うのなら 合点もいく
「分かりました、ではエリスが直ぐに向かいます…メグさんは」
「ご一緒します、一刻を争うなら一人よりも二人で向かった方がいいはずです」
「…………」
確かに…、或いは増援を頼もうかと思ったが、シンがガオケレナを守っている以上兵隊を何人連れて行っても物の数にはならない、ならば 少数で今直ぐ向かった方がいいだろうな
「分かりました、でも…ヴィーラントは」
「んん?、私が逃げないか不安かい?、…大丈夫だよ 逃げないから」
するとヴィーラントは縄に縛られたまま寛ぐように力を抜いて…
「ようやく終われそうなんだ…、変に足掻いたりせず 人生最後の時間を、このパピルサグ城で過ごすとするよ」
どうせ行っても無駄だ、なにも変わらないとヴィーラントは笑って砕けた城の中で楽しそうに笑っている、…まぁ 逃げないってのは本当だろうな
だって逃げる意味がない、ここに居れば彼の目的は達成される、この後の事なんか 彼は考える必要が全くないのだ、だってここで死ぬつもりだから
「分かりましたよ、でも残念ですが 貴方が行くのはあの世じゃなくて…、牢屋ですから」
「くくく、君がシンに勝てるとは思えない、戦った私だから分かるよ、君はシンの足元にも及んでいない、私より先にあの世で待っててくれよ エリス」
「ふんっ…」
シンが強いのは知っている、あのリーシャさんが本気で戦って 手も足も出ている様子はなかった、レーシュも師匠も同じことを言う、オマケにシンとはこれが初戦闘…、奴の情報は全くない
ただ、それでも 理由にならないんだ、相手が強いってだけじゃ逃げる理由にも戦いを避ける理由にも
「行きましょうメグさん」
「ええ、我々で敵の狙いを阻止しましょう、エリス様」
メグさんと共に 窪地に向かう、足を一歩一歩動かしてエリスは向かう
長かった、ここまでとても長かった、多くの敵と戦い 何回も負けて 痛い思いして前に進んで、遂にエリスは辿り着いたんだ
大いなるアルカナとエリスの最終決戦、それが 遂に訪れたんだ…!
勝つ!絶対!勝つ!!
……………………………………………………………………
「ここらで構わない、ガオケレナの果実はそこに固定しておけ」
森に生まれた窪地 自然が生んだ奇跡とでも言おうか、大きく円形に窪んだこの穴は、城から影になり戦場から死角となる、容易くここは発見されまいと シンは窪地の中で部下達に命令を残す
連れてきた部下達は精々数十名程度、全員 レヴェル・ヘルツではなく アルカナの構成員だ、いや 最後のアルカナと言うべきか、ここに残っている人間以外 もう大いなるアルカナの構成メンバーはいない
タヴ様は私にこの爆弾を死角に移動させるよう命令を残し、全ての指揮を終えた後帝国軍本陣へと単身向かっていった、私も同行を願い出たが
『或いは、と言うこともある、お前は残り それを死守しろ、それは魔女をも殺し得る兵器、我ら魔女に革命を起こす者たちの希望だ』
そう言って 向かっていった、私に託して…、いくらあの人が強くても どうなるか分からない、いや大丈夫だ タヴ様は私よりも強い、彼の方が負けるなんてありえない…あの人よりも強い人間なんか この世界には魔女も含めて数えるだけしかいない
…私に出来るのは、任務を遂行することだけ
「…シン様」
「ん?、どうした 不安そうな顔をして」
ふと、部下が私の顔を見て 不安そうな顔をしている、…そりゃそうか、もう我らアルカナはかつての栄華を失った、今は衰弱の際にいる、不安に思わない方がどうかしている
「大丈夫だ、私とタヴ様を信じろ」
「いえ、我々が案じているのはシン様です…、この戦いが始まってからと言うもの、シン様はずっと 不安そうな顔をしてらしたので」
「……そうか」
そうかもな とは言えない、だが事実だ…不安であったと言える、明確に近づく我が終わりを前に 私は何ができることがないのかと ずっと思案し思い悩んでいた
結局、何も出来ることはなかった、いや もしかしたら出来る事があった期間は 遠の昔に過ぎ去ったのかもしれないな
「大丈夫だ、ここまで来たら 迷わんさ」
そうだ、もうここまで来てしまった、後に出来ることはないのかもしれない、だが それでも我らは今 魔女を倒すその一手前まで来ているんだ、ここから先のことは考えられないが これまでの事を考えるなら、…仲間たちの為にも我らは最後まで戦わなくてはいけないんだ
「そうですか…、いえ 申し訳ありませんでした、出過ぎた真似を」
「いいさ、…だが気をぬくな、いつここに敵が来てもおかしくないんだ」
「ハッ!」
そう言いながら部下たちにガオケレナの果実の守護を任せる、いつここに敵が来てもおかしくない…か
私はこうは言ったが、実は確信している、敵は来る…エリスは確実に来る、奴はいつも 我等の計画が成就する寸前で、その場に現れ 全て阻止してきた、ならばこそ ここにも奴は絶対に現れる
エリスがここにきた時、それが 私と…いや アルカナと奴の決着をつける時だ、もうエリスは恐れない 奴を超えて、私は過去を超える…!
「しかし、まさか最後に頼るものがこんなものだとはな…」
チラリと背後を見やれば そこにあるとは黒服に守られた巨大な爆弾、私はこれを最初見た時 己の目が信じられなかった
魔術破壊爆弾と聞かされて、どう言うものが思い浮かぶか、私は巨大な爆弾を思い浮かべたよ、黒々とした球体で 導火線がチャーミングポイントとちょいとはみ出る、そんな爆弾を思い浮かべた
だが、実際は違った 実物を見て評価を改めた…、ガオケレナの果実とは 名の通り果実だったのだ
「…なんなんだあれは」
背後にあるのは巨大な果実だ、黒い枝が蔦のように絡みつきその奥にある瑞々しい果実を守る、その輝きは黄昏のように昏く明るい、気味が悪いのが 先程から蠢いているようにも思えるのだ、心臓のように鼓動をしているのだ
…これは 生きているのかもしれない、本当に なにかの木に成った果実なのかもしれない、しかし だとすると一体どんな木に成るというのか、こんな巨大な実をつける木など それこそ天を貫くような大樹でなければ…
「雑念が、今はあれの出所など気にしても仕方ない」
あれがどこから生じようと構わないじゃないか、私がやることは変わらない…
「……変わらない、ずっと…」
暗い森の中一人立つ、そうだ ずっと変わらない…
あの日、今日のように暗い森に立った私が抱いた決意のように…
どうせ、もうすぐこの戦いは終わるんだ、ならもう少し、雑念に耽るとするか
そう、私は目を閉じ…、回顧する
私のルーツ、アルカナの始まりを
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私の物心が生まれたのは、何もない 真っ白な空間であった
材質は分からない、ただただ無機質な部屋の中で私の心は生まれた…、それが私の最初の記憶
部屋の奥、前面にはガラス張りの壁がある…、向こう側には行けない ただ向こうの世界には人がいた、彼らは皆白衣を着て 私の部屋の前を行ったり来たりと忙しそうに往復している
…ふと、一人の男が部屋の前に立ち止まり、ガラスに手を当て 私を見つめる、薄汚い目で 優しさや情を感じさせない笑みで、男は眼鏡を輝かせながら笑うと
『君は最高だ、君なら我々の願いを叶えられる』
それはあまりに恐ろしく、されど泣き出す涙を知らない私はただ怯その男を恐怖した、その者こそが…
『君は人類を救う、その為に生まれ、ここにいる…分かるね?オーランチアカ』
ループレヒト・ハルピュイア…、そいつが私の名と思わしき名をつぶやいて、興味なさげにガラスに手跡を残してふらりとガラスの奥へと消えていく…、そんなループレヒトが立ち去ったガラスの向こうに
私の 丁度向かいの位置にも同じようなガラス張りの部屋があることに気がつく
「………………」
私と同じように、部屋の中に囚われながらも悠然と座り 何かを待ち続けるのは、私よりも幾分年上の男の子だった、金の髪 黒い肌を持った彼の姿を見ていると、自然と 勇気が湧いてきた
彼がこちらを見る、ガラス張りだから言葉は伝わらないが、軽く投げ渡されるように向けられた微笑みに…私は、希望を見ていた
この時は何も分からなかったが、今は全てわかる、私がいたのは帝国の極秘研究所、皇帝でさえ認知しない極秘の研究所に 私は生まれた時から囚われていた、親は知らない 何故ここにいるのかも知らない、噂じゃ 孤児を違法に連れ去りここに収監して使っているという噂だった、故に私の両親ももういないのだろう
問題は皇帝すら認知しないという部分だ、この研究所には魔女の威光も意思も、彼女が定めた法さえも届かない、如何なる非道外道も罷り通るこの世の地獄、それがこの研究所だった
そこをどういうわけか見つけたのが ループレヒトだ、マグダレーナの息子という立場でありながら 一師団長の域を出ない彼は、ここを発見し 大いに使った
皇帝にも内密に、この研究所に残されたガオケレナの資料を元に 新たなる魔女を作り 自らもまたその領域へと昇ることでさらなる力を得ようとした、母を超え 自らこそが真なるハルピュイアであることを証明する為
志はまぁいいさ、ただループレヒトは明確にやり方を間違えていた、何せ子供達を使い潰すように何人も実験で殺してきたからだ…、皇帝に内密にしてるのだって 彼自身何処かでこの行いが間違いであると理解していたから
けれど止まれないループレヒトは実験を続ける…
「ひぃ…ひぃ…ひぃ」
身体中に危惧を取り付けられた私は、何も理解出来ないまま毎日のようにループレヒトが行う非道の実験に付き合わされた、どうやら 私には他の子供が持ち合わせない素養があったらしい、故に 随分手塩にかけて育てられたよ
「さぁ、今日も修行を始めよう」
目の前に立つ無数の研究者を引き連れて、ループレヒトは笑う、彼はこの実験を修行と称していた、自らを高める修行だと、私の意思や意見など聞かず 無理矢理な
「ひぃ…ひぃ…ひぃ…!」
涙を流す、この後起こる出来事を知っているから、この後何をされるか知っているから、けれど未だ抵抗も知らぬ私は ただ怯えるように涙を流して…
「今日はあまり、喧しく叫んでくれるなよ、麗しのオーランチアカ」
そう ループレヒトが宣うと共に取り付けられた器具のスイッチを一つ入れると、取り付けられた魔力機構が呻き出し 私に絶大な量の魔力を流し込み…
「ぅ…ぐぁぁああああああ!!!!」
叫ぶ、叫ばねば耐えられない苦痛が全身を貫くからだ、取り付けられた魔力機構は私の内部に魔力を流し込み 魂の中に流入し、無理矢理魂の規模を拡張する
言ってみれば心臓を掴まれ強引に引き延ばされるようなものだ、その苦痛と不快感は恐るべきものだと断言出来る、普通の人間ならば この実験に耐えきれず、魂がパンクして死に至る
事実、私の他にいた実験体の子供達は毎日のように死んでいた、実験が終わるといつも動かなくなった子供達が台車に乗せられ何処かに捨てられていくのがガラス越しに見えていた
あの場に囚われていた子供達が毎日のように思った、次は自分の番かもしれない、次の実験で死ぬのは自分かもしれない、そんな逃げられない恐怖と苦痛から 自分で命を絶つ子もいた
地獄だ、誰の目にも映らない地獄の底の底なんだ…、誰もが怯えながら震えて生きる中、私だけは 違った
(死んで…死んでたまるか…!、死んでたまるか!!)
強靭な意志と精神で苦痛を抑え込み、破裂しそうな魂を意志の力だけで堪える、死んでたまるか それが私がこの地獄で手に入れた唯一の感情だった
死にたくない とか、そう言い軟弱な心はない、ただ…ただ ここで死んだら私はただここで終わるだけの為に生まれてきたことになる
それは嫌だった、きっとこの先に希望があると信じていたから、生きて生きて 生き抜いて、その先にきっと希望があると 根拠のない希望があると ただ闇雲に信じて私は生を掴み続けた
この世に生まれた落ちたという事実、そんな奇跡の女神の後ろ髪を一房掴んで離さないように 私は強く強く生き続けた、生を勝ち取り続けて今日まで生きてきた
「ふむ、流石だな…もう少し出力はあげられないか」
「ですが、実験体の事を考えるなら、…それに得る物は何も」
「問題ない、彼女は補欠だ 本命はステラの方、彼がどこまで耐えられるのか その限度を図る物差しには丁度いい」
いつもより長引く実験は、終わる気配がない、私がいつまでも耐えているから どこまで耐えられるのか、そんな興味がループレヒトを突き動かし この魔力機構の出力を上げるため器具に手を伸ばし始める
ダメだ、今でさえいっぱいいっぱいなのに…これ以上をされたら死んでしまう
いや、違う…ループレヒトは私が死ぬまで実験するつもりなんだ、いつ死ぬか どこまでやったら死ぬかを見るために…
これは死ぬまで終わらない、そんな絶望を得ながらも私はただ苦しみの中 ループレヒトの手が器具に伸びるを見ることしか出来なかった……
「ループレヒト様!大変です!」
「なんだ…!」
ふと、私の魔力機構の出力が全開まで上げられる寸前で、部屋に飛び込んできた研究者が青い顔をして叫ぶのだ…、その声でループレヒトの動きは止まり 私は一瞬 生を勝ち取った
「ステラが!自傷行為を!死ぬつもりかもしれません!!」
「何っ!?アイツは私の実験の成功例になるかもしれない子供だぞ!絶対に死なせるな!、…ええい!、実験は終わりだ!ステラをここに連れて来い!」
「あの オーランチアカは」
「戻せ!、オーランチアカよりもステラだ!」
「は はっ!」
ダカダカと騒がしい足音が響き渡り、朦朧とする意識の中私は解放される、とはいえ 強引に魔力機構から引き剥がされただけだが…助かった、助かったんだ、また 生き残ることが出来た
ステラという人物が…、ループレヒト達が大切していた人間が自殺を図ろうとしたからだという、私よりも ループレヒト達が大切にする人間が…、一体何故だとフラフラよろけながら壁にもたれかかっていると
直ぐに、ループレヒトの部下達は奥から少年を連れてくる
「ループレヒト団長、連れてきました…」
「…………」
「っ!」
それは、私の前の部屋にいた少年だ、金の髪と黒の肌を持つ名も知らない男の子、それがループレヒトの部下に無理矢理引っ張られて連れて来られる…、だが
なんだ、なんなんだ その顔は、まるで余裕綽々と言った様子で笑う彼の顔、そこにはまるで横断するように大きな切り傷が刻まれており、そこからダクダクと血が溢れているではないか
「貴様…」
「…………」
「これは、なんだ!」
するとループレヒトは怒り狂いながらタヴの手の中に隠されたものを無理矢理奪い取る、それは…ナイフ ともいえないほど小さな刃物のカケラだ、そこには痛々しいまでに血が付着しており、それで顔を掻き切ったことが容易に想像できる
「…………」
「いつのまにこんな物を拾っていた…!、こいつめ…!」
「………………」
少年は…ステラは向ける、鋭い眼差しでループレヒトを睨み 怒り狂うループレヒトを相手に手を出してみろと笑ってみせる、こいつは自分を殺せない という打算からくるものじゃない
本気で思ってるんだ…、向かってくるなら 返り討ちにする、そんな強い意志がステラから溢れている
なんと強く輝く人なんだ…、なんて強くて素敵な人なのだ、もし この地獄で私が追い求める希望があるとするなら、きっと彼だ
そんな、強い憧れにも似た感情の芽生えを、恐怖と生の執着以外の感情の芽生えを感じながら彼を見つめると、ステラもまたこちらを見て…
「…フッ」
軽く微笑むのだ、な…なな…なんて、なんて…こう、こう!言語化出来ないけど、胸がざわつく!
「ええい!、もういい!修行を始めるぞステラ、こんなものを隠し持っていた罰として 今日は厳しくいくからな」
「………………」
するとステラは誰に強要されるわけでもなく、一人で魔力機構に…私にとっての恐怖の象徴に向かって歩いて、いや違その側にいる私に向かってくる…
「大丈夫か?」
え?あ、私に言ってるのか?、というかループレヒトがすごい顔でこっち見てるけど、あの…
分かんないけど、大丈夫だから頷いておこう
「…そうか、よかった」
「あ…あの、その顔…それに、あの刃物って」
「実験に連れ出しされる時 道端に落ちていたから拾った、何かは知らんが ここを抜け出すのに使えると思ってな」
抜け出すつもりなのか!というかそれここで言っていいのか!?、…この人 この地獄を自分で抜け出すつもりと?
なんて精神力だ…、私は 地獄に心を折られて、…受動的になって…耐えるばかりで…
「だけど、それをなんでこんな…、抜け出す為に使うはずじゃ…」
「お前に死なれたら寂しいだろう、…お前が いつも私の前にいてくれるから、私はこの地獄にも耐えられる」
「っ…!?」
「実験が長引いているようだったから、もしかしたらと思ったが…、唯一の手札を捨てるに値したな」
私がいるから…、じゃあステラは、私を守る為に…
「おい!、何を話している!、オーランチアカをケースに戻せ!」
「はっ!」
続々と寄ってくる大人達が、私とステラを引き離す、されど私の心はすでにステラに引き寄せられていたんだ、この人に希望を見出していた
「死ぬなよ…、来たる時 革命の時まで」
「革命…」
革命…言葉の意味は分からないが、彼が待つなら私も待とう、彼が死ぬなというなら死なずに待ち続けよう、彼に助けられた命は彼の為に使おう
私は檻へ ステラは魔力機構へ、互いに引き離されても その視線は交わり続ける、今ここに 二人は出会った、姿だけは見えども交わすことのなかった言葉と意思は、たった一度の邂逅で実を成した
彼は私に、希望を残すに足る存在であることを 私に知らしめた…それだけで十分だったのだ
…その日から、私とステラに対する実験は苛烈さを増した、私とステラが通じあったのを感じたのか、或いは何か危機感を覚え始めたのか ループレヒトは怒るように狂うように私達に無茶な実験を次々と行った
だが、耐えた 私もステラも耐えて己の力とした、ステラが毎日のようにボロボロになって帰ってくるから、私もまたズタボロになって帰るのだ、そうやって実験を終えて またガラスで隔てられた部屋へと入りながら、奥にいる相手に笑みを浮かべる
今日も生き残ってやった、明日も生き残ってやると、互いに誓い合うように…、ステラはいつまでも輝き続けてくれる、そんな彼の姿を私はいつしか神格化し始めた頃だ
ステラ…いいえ、ステラ様の言った通り、革命の時が訪れた
………………………………………………………………
「な なんだ?」
突如として、研究所全体が喧騒に包まれた、異常事態を知らせるように研究者達が喚き散らしながらガラスの前を通り過ぎて逃げていき、…そして死んでいく、不可視の刃が飛んできて体を引き裂き殺すのだ
ループレヒトの不在を狙った何者かの襲撃、戦う力のない研究者達に抵抗の手はない、そうこうしている間に 研究所の中から悲鳴が消え、ただ 足音だけが響いてくる
この研究所を襲撃した犯人が 私とステラ様のガラスの前で止まり…
「おかしいな、この研究所はもう使われてないって話だったのに、人がいるじゃないか…」
金の髪と白い肌、紫の長いコートをはためかせコツコツと現れる女は参ったな と言った様子で頭をかく、知らない人間だ この研究所の人間じゃあない
「それに、研究が再開されているようだし…ね」
チラリと私とステラ様を交互に見る女は、何を思ったのか 優しく微笑むと
「君達、私と共に来る気は無いか?、私と来るならここから出してあげよう、悪い話じゃ無いと思うんだけれど」
そう…言うのだ、出してくれる?この人が?いきなり現れて何を言ってるんだ、あまりの事態に混乱して口が開かない私に対して、ステラ様はゆっくりと立ち上がり ガラスの向こうの女を睨む
「その前に名乗れ、お前は誰だ」
「…へぇ、威勢がいいのがいるね…、私はマルクト、魔女排斥機関の王 『セフィロトの大樹』が幹部 世界のマルクトだ、この研究所の事を聞きつけてちょいと立ち寄ったんだけさ」
「何故俺たちを外に出す、何をさせる」
「ん?、んーそうだね…魔女に対する復讐かな、そうだ 君達も憎くはないかい?、魔女がさ」
魔女…、その名は私も聞いていた、私たちが目指す目標だと、私達は魔女になるのだと、望んでいないし 頼んでもいないのに、私達はループレヒトの勝手な野心の為に魔女化計画に付き合わされているのだ
少なからず…、いや かなりか、憎んでいるとも 魔女は、だって魔女さえいなければ 私達はこんな目に遭わされなかったんだからさ
「魔女への反逆、つまり 革命か?」
「革命?難しい言葉知ってるね、ああそうだよ 革命だ、私は革命を起こす為に組織が欲しいんだ、その一号と二号にならないかい?、私ならば君達に復讐の機会を与えられる、魔女に対する復讐 この仕打ちの復讐をね」
「………………』
ステラ様は答えない、ただ 顔を動かし私の方を見ると…
「お前はどうする」
そう聞いてくれる、選択肢なんかないのに、それでも私に選ばせてくれる、なんと…優しいのか、どこまで 優しいのか…彼は、だからこそ 私は選ぶ、道を
生き残って勝ち取った道を
「私は…、外に出る、私とステラ様をこんな目に合わせた奴らと世界と魔女に…復讐する為に!」
「そうか、だ そうだ、我々も出よう 外へ、世界に革命をもたらす為に」
「いい返事だ、それが聞きたかったよ、『グリモワールインパルス』」
その一言と共に 私達と世界を隔てる分厚いガラスの壁が崩れ去る…、え?あれ?
「……あ」
「どうした?、出ないのかい?」
割れて開いたガラスの壁を前に、何を呆然としているんだ…ガラスの外になんて何度も出たじゃないか、実験で 何度も連れ出されて…、ああ でも
これ、こんなに呆気なく壊れたんだ、私はどうやら イメージに囚われて異様に恐れすぎたようだ
自由 それが一気に体に降りかかる、もはや私はこの研究所にもループレヒトにも縛られない、本当に 自由になれたんだ、生まれて 初めて…!
「行くぞ、手を取れ オーランチアカ」
すると呆然とする私を前に 既に外へと出ていたステラ様が手を差し伸べてくれる…、行くぞと言ってくれる、ならば行こう どこまでも、この自由を手に 我々は反逆するのだ、世界に 魔女に!!
「はい!、ステラ様!」
「ふっ、革命の始まりだ」
強く 強く手を握り、私は彼と共に外へ出る…きっと、生まれて初めての笑顔を浮かべて
「さっ、騒ぎを聞きつけた帝国軍が来る前に早く逃げようか二人とも」
「ああ、マルクト」
「いや…呼び捨てはやめない?一応私君達のボスだよ?」
そういえば、我々はこの女の部下になる約束で外に出たんだった、と言うことは彼女の事はこれからボス…と呼んだ方がいいのだろうか、というか 私達の組織の名前ってなんなんだ?
「と言うかそもそも、なんと言う名前の組織なんだ、これから我々を構成員として魔女と敵対する活動を始める そう言う組織を作るんだろう?、まさか名前が決まってない とかないよな」
組織の名前 そんな話が出てくると、だんだん実感する、自分がこれから奴らと戦うための組織として活動する事を、ただ 組織と言ってもマルクトは私達を初めての部下として向かえるような口ぶりだったし、恐らく組織として体裁を成したのは今さっき…、なら 名前も何もないだろう
「一応決まってるけど、意見があるなら聞くよ?我が愛しき部下たちよ」
そう問われる、聞いてみたはいいが 決めろと言われても何もない、そう私が困惑していると
「ならば、『革命レボリューション』とかどうだ」
流石ステラ様だ、このような場面でも場を和ませる為冗談を言うなんて、流石ステラ様だ
「…君さ、革命しか言えない感じ?」
「ああ、私にとって革命は全て、なら実質私は革命だ」
「ああそうかいミスター革命、言う必要ないと思うが勿論却下だ、これから革命軍団レボリューションズのボスだ!って名乗る身にもなれよ、お前もやだろ?私は嫌だ」
「革命レボリューションだ、なら お前の考えている組織名を聞かせろ」
「ん?、ああ…大いなるアルカナ、どうよ イカすだろ?」
「…………、お前はどう思う オーランチアカ」
別に組織名なんてどうでもいい、それはきっとステラ様も同じだろうに、こんな事まで私に聞いてくれるなんてステラ様は優しいな
「妥当では」
「そうか、ならそれで行こう ちなみに革命のアルカナではダメか」
「ダメだ」
大いなるアルカナ、それが私達の組織名…、こう 名前を聞くと愛着が湧くな、まぁ組織とには人数が少ないがそれもまた良いだろう、これから長い付き合いになるのだから 愛着が湧く方がいい
「というかさ、君たちの名前 何?」
「ない、一応 私にはステラという識別名があるが、研究者達がつけた名など名乗りたくはない」
「私も同じだ、オーランチアカとは呼ばれているが…この研究所がなくなった以上、その名も捨てても良いかと」
「あっそう、なら私が名付けをしてあげようか…」
すると、マルクトは血濡れの椅子に腰をかけ、私達二人を見据えると
「お前は今日からタヴ…宇宙のタヴだ、そしてそっちは審判のシン…どうだい?イカすだろ?」
「お前のセンスはわかった、だが革命のタヴでは…」
「ダメだ、お前に任せたら全て革命にされる」
「私が、審判の…シン」
私はシン、ステラ様は タヴ様…か、新しい名前は水につけられた服のように私に染み込み馴染んでいく、元より押しつけられた名前に未練はない、故にこそ シンこそが私の本当の名前だと言える
シンだ、私はシン!審判のシンなのだ!
「シンか、長くなくて呼びやすいな」
「はあ、タヴ様も高貴さと神聖さが名前から滲み出ています」
「名付けたの私なんだけど…、まぁいいや 仲良しさん達、とっととここから出ましょうよ、帝国から追っ手が来たら面倒だよ、私達は師団長クラスに喧嘩売ったわけだしね」
ふふふ と笑いながらポッケに手を突っ込み立ち去るマルクト…いえ、ボスは優雅に死体を踏み付けながら歩いて行く、…この人にも感謝しないといけない、どうしてここに来たとか なんで助けてくれたとか、そういうのはこの際後にして、今は…
「ボス、ついていきます」
「ん?、可愛いねぇ…よしよし」
駆け寄りその隣を歩けば、ニカッと爽やかな笑みで私の頭を撫でてくれる、…初めての経験にちょっとビックリするが、でも…いいな
頭からこの人の温もりが伝わってくる…、凄く いいな
「それじゃ、とりあえず!帝国から抜け出しますか!」
「ああ、革命には埋伏の期間が必要だ、帝国の外へ逃れ 我らは力を得る、行くぞ シン」
「タヴ君、ボス私、そういうのボスの仕事」
「ならば革命をしてみせろ」
「お前革命って言っときゃいいって思ってるだろ」
私の希望となってくれたタヴ様がいて、私に希望を与えてくれたマルクト様がいて、そんな二人と 私は戦いの人生を、大いなるアルカナとしての人生を歩むこととなった…、外の世界についてのことは何もわからないけれど、きっとループレヒトは怒り狂って追いかけてくるけれど、…それでも 二人となら、なんとかなる気がしてきた
希望を得ていた、自由を得た、私の望んでいた物を全て得た、この時はそれで満足だった、この時は…
………………………………………………………………
「待てーっ!!逃すな!」
「あーっははははは!、逃げろ逃げろ!」
帝国の街の中ドタドタと三つの影が街人を押しのけ街道を走る、その背後には無数の帝国憲兵達が鼻息荒く武器を構えて追いすがる
「ふっ、大いなるアルカナも名が売れてきたかな」
そうやや嬉しそう、帽子を直しながら目の前を歩く街人を蹴飛ばして逃げるのはマルクト様、私達を助けてくれた恩人であり なんかなし崩しで所属することになった大いなるアルカナのボスだ
私とタヴ様があの施設から外に出されて暫く経った、我らは今帝国から外に出る為こうして帝国の主要な都市達を巡り 外へ外へと向かっているのだ
今みたいに帝国兵に追われるのなんか日常茶飯事、あの後研究所の惨状を知ったループレヒトが大慌てで私達のことを指名手配したらしい、因みに罪状は『殺人』だの『窃盗』だの『国家転覆共謀』だのと、全部でっち上げだ 奴とてあの施設のことは隠したいらしく、とっとと殺して隠蔽したいんだろう
まぁ今の調子でいけば例の罪もでっち上げではなくなるし、私達はループレヒトには殺されない
「アルカナの名が売れてきたのではない、お前が研究所を襲撃して 大事な実験体二匹を逃したからだろう」
「でも指名手配は私達三人全員だろ?、ならアルカナの名前が売れるのも時間の問題さ」
「名前を売りたいのか?」
「売れ残るよりかはいいだろ」
なんて無駄話をする程度には余裕がある、それもそうだ 私とタヴ様はあれから強くなった、マルクト様が私達に修行をつけてくれたのだ、そこで分かった事だが
どうやら、私とタヴ様は常人を遥かに凌駕する身体能力と魔力的素質を持つらしい、恐らくあの実験…魔女化計画の弊害だろう、私達二人は半端に魔女に近づいていたようだ
押し付けられた力だが、この手で生きていくには丁度いい、これを使ってループレヒトに嫌がらせが出来るなら 存分に暴れてやろうではないか
「タヴ様 マルクト様、このまま逃げてもジリ貧です、撃退しましょう」
「いいね、乗った そっちのが面白そうだ」
「ならボスは下がっていろ、私とシンでやる」
そう言いながら滑るように走る足にブレーキを掛け反転、向かってくる帝国兵に向き直る私とタヴ様、そうだ 私達は戦える
あれからマルクト様につけていただいた修行によって、私達は『魔術』という力を得たのだ
「行くぞ、シン」
「はい、タヴ様」
二人で共鳴するように魔力を高め 静かに、詠唱を紡ぐ
「行きます…すぅ『ゼストスケラウノス』ッッ!!」
「むっ、な なんだあれは…!?」
バチバチと迸る電撃、それはやがて炎を纏い 強靭な雷撃となって向かってくる帝国兵へと突っ込み、轟音を響かせ爆裂する
これこそ、私が得た力、今は失伝したとも言われる現代魔術…『現代八雷魔術』!
「ぐぎゃぁぁあああああ!?!?」
「向かってくるなら、殺す!」
未だ年端もいかぬ少女に蹂躙される帝国兵達、実験によって半端に与えられた魔女の力は私に復讐の機会を与えた、ループレヒトは自分で自分の首を絞める選択をしたのだ!
「くっ、なんて魔力だ…!、何者だ奴ら」
「大いなるアルカナだ、覚えておくといい…」
「なっ!?貴様いつの間に…ぐはぁっ!?」
私が撃ち漏らした敵兵達を、閃光が追いすがり蹴り飛ばしていく…、あれはタヴ様だ、タヴ様もまた魔術を得たが、それと同時にあのお方は更に強大な力を得ていたのだ
「こ こいつ、この歳で魔力覚醒を…!?、ぐっ!?」
タヴ様は魔術を使わず、その身に滾る魔力のみで加速を行い 蹴りの連打で帝国兵を薙ぎ倒す、そうだ タヴ様は第二段階とやらに入っているらしい
世界でも絶対的強者と言われる人間達が修行をして漸く至れる段階に タヴ様は既にいる、魔術を取得し魔力の扱いを理解した瞬間 覚醒した、どうやら既にタヴ様の強さは第二段階を大幅に上回っていたのだ
流石タヴ様だ
「凄いねぇ、流石は私の部下達だ」
なんていつも楽しそうに見ているマルクト様が鼻高々に語る、…普段 私達は彼女を立てるために戦ってるため、彼女が全然に立つことはない、けれど 聞いた話じゃ彼女も相当強いと聞く
…何せ彼女はマレウス・マレフィカルムの頂点に立つ組織 セフィロトの大樹 その十人の幹部の一人、その内でも『王冠』の地位に就く総帥に近いと言われる『世界』の地位を持つ者だ、その実力は現行マレフィカルムでも最強格と言ってもいい
随分な大物に拾われたもんだと 我ながら感心する、それと同時に
「気楽ですね、ボス」
「え?」
気楽だ、この人は楽観的過ぎる 本当に地位を持つものかと思うくらいフレンドリーで、本当に強いのかと思いたくなるほど短慮だ、この人本当にセフィロトの幹部なのかな
「気楽かぁ、そう見える?見えちゃうかぁ、ショックだなぁ これでも色々思ってるんだよ?、君達のこと」
「分かっているからこうして付いてきている、シンは些か考え過ぎだ」
「申し訳ありません、タヴ様」
既に 敵を絶滅させたタヴ様が事も無しげに軽く微笑み ボスと合流する、私的にはタヴ様の方が余程ボスっぽいような気がするんだけどなぁ
「お疲れ、シン タヴ、流石は私の見込んだ子達だよ」
するとマルクト様はその辺の八百屋からリンゴを二つ取り 私達に投げ渡す、当然料金は支払わないし 店主も先程の騒ぎで避難している、元より我等は追われる身、その罪状の『盗み』が正当なものになっただけだ
「なんだこれは」
「りんごだよ、報酬さ 上司から可愛い部下に贈る報酬、よくぞ我がアルカナの敵を屠った!忠実な配下達よ!…ってな感じ?」
投げ渡されたリンゴを二人で受け取り 眺める、マルクト様は頑張ったらいつもご褒美をくれる、報酬だと言って リンゴとかご飯とか、偶に小遣いばかりのお金とか、頑張ったら頑張っただけくれる…、これはあの研究所にいた時にはなかった物だ
「報酬がリンゴ一個とはな」
「なんだよ、文句言うなら食うなよ」
「いや、我が組織の金銭面的な脆弱さを思い知って悲しくなっただけだ」
「まぁ、そのうちさ アルカナが何十万人規模の大組織になったら、金でも家でもなんでもあげるからさ、それまで我慢してよ タヴ」
「まぁ、今はリンゴ一個でも嬉しいが…、なぁ シン…シン?」
「…………」
リンゴは赤々と私を写す、とても綺麗だ 赤い宝石のようだ、…それを一口齧れば、甘い果汁が口いっぱいに広がって 舌が喜ぶ、もっと欲しいとヨダレを垂らす
美味しい、あの研究所の餌みたいな食事の何千倍も美味しい…、よかったな よかったよ、生きててよかった
「ふふふ…」
思わず笑みが溢れる、足掻いた自分の正しさを染み入るように感じて、私は歓喜する、…前に進むことを選んだ だから私はこうして幸せを手に入れることが出来た、幸せだ 幸せだとも、私は今 幸せだ
「見ろタヴ、あれくらいの愛嬌がないと出世出来ないぞ」
「…………はぁ」
愛すべきタヴ様がいて 尊敬出来るマルクト様がいて、そんな二人と私がいて、地獄を切り開き 手に入れた幸せを感じて、私は…前へ進む事の正しさを感じ取ったのだ
「居たぞ!、あいつら…!仲間をあんなに!」
「ヤベッ!増援だ!」
「迎え撃つか?ボス」
「いや逃げよう逃げよう、キリないわこれ!、ほら!シンもリンゴ食べてないで!」
「…うふふ、美味しい」
「ええい!、タヴ!走るよ!」
「ああ」
次々と現れる帝国兵を前に走り出すタヴ様とリンゴをしゃぶる私を抱えて走り出す
大いなるアルカナ、私の居場所、私が初めて得た 勝ち得た居場所、幸せの有る場所
これはきっと、ずっと続くんだろう なんて根拠のない自信に満ちていた私は考える、この先どんな苦難があったとしても前に進もう、前に進んで 前に進んで、そしてまた勝ち得るんだ、アルカナと私が永遠に在れる未来
この リンゴの味に誓って…
まさか、この時は…あんなことになるなんて、こんなことになるなんて、思いもしなかった、全てが狂ったのは きっとあの時だ、あの時私が選択を間違えたから…
いや、それともう一つ…アイツのせいだ、全てを壊してこちらに向かってきた、あの女の…!
─────────────────
「…ン…様…、シン様!」
「むっ…」
ふと、部下の声に目を覚まし 意識が現代に戻る、目を開けば幸せな景色は過去に過ぎ去り、私は再び 黒い杉の森の中に戻される
…所詮、過去は過去だ、今私はここにいる 帝国と戦っている、それが全てだ
「どうした」
ガオケレナの果実を守る黒服達に目を向ければ、全員が上を見上げているのがわかる、目の前にある窪地を作り出す壁、その上を
それに釣られて私もそちらを見ると…
「来ました、奴です…エリスです」
「……ッッ!!」
エリスだ、奴が月光を背にして崖の上から私を見下ろしている、風に揺られるコートの裾を揺らし 影に覆われた顔の中で二つの眼光が輝きこちらを見据えている
やはり来たか、…アルカナの破壊者!
「ようやく、来たか…この時が」
私が見逃し 取り返しのつかない過ちとなった存在が、遂にアルカナの喉元に迫る、アルカナにとっての最悪の敵 孤独の魔女の弟子 エリスが、私の前に現れたのだ
「……ここで、決着をつけてやる」
私の居場所を破壊した奴を、私は許さない…
ここで、全ての決着をつけてやるぞ…エリス!!!
………………………………………………………………………………
エリスとシンが遂に邂逅の時を迎えたのと同時刻、混沌を極めた帝国軍と魔女排斥軍の戦場のど真ん中、両陣営の切り札とも言うべき存在が 今ぶつかり合っていた
「ぎええええええええ!!!」
「ふんッッ!!」
発狂の一撃、己の体の限界を考慮しない拳は風を切り裂き余波だけで地面を砕き ただ放たれただけで世界を砕く、そんな一撃を同威力の掌底で相殺し 逃げ場を失った衝撃が全て地面に向かい 戦場に大穴が開く
「うわぁあああ!!!、に 逃げろ!巻き込まれただけで死ぬぞ!あれは!」
「あれが魔女の戦い…、これほどまでに隔絶しているか!」
逃げ惑う帝国兵 悲鳴をあげて逃げ出す魔女排斥軍、そして、逃げ遅れた者たちが宙を舞う、絶対の力を持った者同士の戦いは 最早この大戦争すら上回る程の大闘争と化していた
「ふっ、中々やるじゃないか、魔女の力を持つ というのも強ち嘘偽りと言うわけではないらしい」
そんな爆発的な暴力の発信源たる存在が土埃の中で腕を組み笑う、帝国軍側の切り札にして 皇帝カノープスの盟友 孤独の魔女レグルスだ
「ぎぃぃぃいいいい!!!」
そんなレグルスの姿を見て荒れ狂うのは魔女排斥側の切り札、ヴィーラントの用意した最悪の兵器 人工魔女 無垢の魔女ニビルだ
両者の戦いは完全に拮抗しており、先程から森と軍を破壊しながら両者超常の戦いを繰り広げている
「しかし、これがカノープスの言っていた奴…ってわけではなさそうだな」
レグルスは目の前で暴れるニビルを見て訝しむ、人工技術を以ってして魔女の段階へ上がった者…それは確かにいる、ともすればこのニビルとか言うやつも それと同種かと思ったが
拳を交えてわかった、こいつはその技術で生まれた者ではない こいつは『副産物』だと、だって こいつではどうやっても第四段階つまり魔女の領域に至る為の条件を満たせそうにない
…ニビルはただ、力だけが魔女と同格なのだ、そんなもの魔女とは呼べない 第四段階とは言えない、この領域に至る為には 絶対的な知識と隔絶した理論が無ければ辿り着けない
だから、ニビルはただ第三段階を超越しているだけ、言うなれば超第三段階と言うべき存在、まぁそれでも並みの第三段階到達者では勝負にもならんだろうが
「きぃぃぃいいいい!!」
刹那、飛びかかってくるニビル その速度は軽く神速を超えており、跳躍の余波だけで後方が吹き飛ぶ程だ、だがな
「ふんっ…!」
「ぎゃぶっ!?」
足を前に出せば ニビルは勝手に足に突っ込み 自分の速さが逆に仇となり跳ね返されていく、凄い速さ 凄い勢い ただそれだけだ、脅威ではない
「ぐっ…ぐぅ…」
「理屈外れと理屈無しはまるで違うぞ、理屈とは有して抜きん出る物、最初から持ち合わせないお前のそれは ただ闇雲な攻勢に過ぎん、その勢いだけで勝てるほど 私は甘くない」
鼻血を噴いて倒れるニビルを見下ろす、確かにニビルは強い 現代で見れば間違いなく最強クラスだ、しかし 悪いがこの程度の強者なら八千年前にはゴロゴロいた
それを軒並み倒して 最強を名乗った我等八人の魔女は伊達ではないのだ
「さぁどうする魔女ニビル、…言っておくがお前、他の魔女達同様手加減してもらえると思うなよ?」
「ぐぇ?…」
私はこの旅で幾度か暴走した魔女と戦ってきた、その都度私は確かに全力で戦ったが、その戦いにはある一つの物が欠けていた…、全力であれど十全の力ではない
何が欠けていたか?、決まってる…そんなもの、殺意に決まっているだろう
「お前は私の友ではない、故に…今回は全力で殺しに行かせてもらう」
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