孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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八章 無双の魔女カノープス・前編

232.孤独の魔女と決戦のアルカナ

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エリス様とレグルス様が 陛下の星宿無間界に入ってより三日が経ちました、そろそろフリードリヒ様達はパピルサグ城に到着し 戦いを始めている頃でしょう

そんな時間にあって私 メグは陛下の作り出した星宿無間界の入り口、景色を押し退け開かれた虹色の穴を前に私は立ち続けます、いつ エリス様達が出てきても良いように

本当なら同行したかった、どのような過酷な修行をしているのか 見ておきたかった、だが 同行さえ許されぬ程厳しい修行だという

本当なら朝昼夕と差し入れを持って行きたかったが、向こうは時の流れが速すぎる こちらとは生活リズムが違うのに変なタイミングで持って行っても迷惑だろうと陛下に言われてしまった

だから私に出来るのは待つことだけ、待つことだけなんです

「そう急くな、メグよ」

「陛下…」

ふと、陛下に…玉座に座る皇帝カノープス陛下にお声を賜り、私は考え得る 出来得る最高の所作を持ってして振り向き、頭を下げる

「まだ事は急ぐ段階には無い、そこで待っていても レグルス達が戻ってくるのが早まるわけではない」

「はい、ですが 戻ってきた後の助けはより一層、早くなるかと」

「ふむ、確かに言う通りではあるな…、しかし メグよ、この際だから聞いておいても良いか?」

「何なりと」

「エリス という少女はどうだ、お前から見て…」

エリス様の事を伺われる、それはつまり 私から見てエリス様と言う人間はどう見えるか、この半年間共に過ごしてどう思ったか、それを聞いているのだ 言葉の通りに

故に私は正直に答える、ありのまま 己の不甲斐なさを

「思いの外 勘が良いです、私がどれだけ距離を詰めても 一定の距離感を保ち続けようとします」

「それは良いでは無いか、エリスは 本当の意味でお前を友として認めているようだ、友とは遠過ぎず 近過ぎず、最も心地の良い距離にいる者の事を言う エリスはそれを理解しているからお前に近付き過ぎないようにしているのだろう、同じように遠ざかれば エリスは必死にお前を追いかけるだろうな」

「私としてはもっと別の関係の方が良かったのですが」

私がそういうと陛下は愉快そうに肩を揺らして笑い、玉座に行儀悪く肘をついてその上に頭を乗せ

「くくく、愛とは儘ならぬ物よ、この我でさえ…愛するレグルスを思いの儘に出来た事など一度もない、しかもその儘ならなさもまた 愛おしいとさえ思えるのだから、愛とは本当に質が悪い」

「陛下でも…?」

「ああ、我はレグルスを愛している そこに偽りはない、だがレグルスは私と親友でいたいようなのだ、その私への愛を汚れと断じ 我の姿を汚したく無いと、彼女は我から離れていった」

陛下のレグルス様への愛の深さは知っている、陛下は本当にレグルス様を愛している 時に己の半身と呼び 時に己の魂の寄る辺と呼び、この八千年間 その姿に焦がれ続けて生きてきた、だからこうして会えた事を嬉しく思う

それと同時に、悲しくも思うのだろう

「さて、そろそろ時間だな…このままもう少し待ってやっても良いが、出撃の為の準備もあろう、無間空間からレグルス達を出す、メグよ 出てきたらまずレグルス達を浴室に連れて行けよ、どうせ一ヶ月間汗塗れで修行してきただろうからな」

「かしこまりました」

そう言いながら 陛下が徐に立った瞬間…

私でもびっくりしてしまうくらいの音量と勢いで、玉座の間が開かれる

「何事だ」

「陛下!、…ぜぇ ぜぇ…」

玉座の間の扉を開き入ってきたのは、ハインリヒ団長とバルバラ団長の二人だ、二人ともあちこちに包帯を巻いてなんと言うのでしょう、…行儀良く言えば満身創痍、悪く言えばボロ雑巾だ

血で汚れた足で玉座の間に踏み入り 冷や汗を流しながら陛下の所まで歩み寄り

「陛下、無礼を承知で…お願いします、俺達をパピルサグ城へと送ってください」

「陛下の力があれば 直に私達をパピルサグ城へと転移させられると聞きました、なので…」

「息を整えろハインリヒ バルバラ、…確かに我ならばお前達だろうが このマルミドワズ丸ごとだろうが、転移出来る…だが、行ってどうする お前達に何が出来る」

陛下はハインリヒ様の事もバルバラ様の事も軽んじているわけではありません、軽んじているなら師団長など任せません、彼らの力を信頼している

だがそれと事は別、彼ら魔女を名乗るニビルなる者と最後まで戦い、ここに送り込まれた時には既に虫の息だったのだ、と言うか今だって虫の息で本当なら集中治療室にいるべき人達、それを戦場に送っても ただ死ぬだけ、二人をみすみす死なせられないから こう言っているのだ

「ですが!、ニビルを倒すにはあの場にいる戦力だけでは足りません!、帝国の全戦力をぶつけなければ…」

「魔女ニビルだったか?、不遜にも魔女を名乗る愚か者の名は…、其奴の力を軽く見ているつもりはない、だが…」

だが と言ってた口を紡ぐ、これは言うべきではないと判断したからだ、平時なら兎も角 今の彼らに言うべきではない、するとハインリヒは…

「彼処には、俺の友達のゲーアハルトが居ます、きっとアイツ 俺達が重傷を負ったって聞いて、死ぬ気で戦ってます、それなのに俺達だけここで寝てられません!」

「ゲーアハルト君は誰よりも友達思いで真面目です、きっと 死ぬまでニビルに食らいつき続けます…、ですが ニビルは手に負えない、このままじゃ 死んでしまいます!」

「………………」

「それとも、捨て駒にするおつもりですか…」

そう続けるのだ、捨て駒にするつもりかと 、その言葉を受けてカノープス様は大層悲しまれる、臣下にそのような心配をさせる己の不甲斐なさと自由の無さに、だが顔には出さない

進軍命令を出して 今帝国軍に戦わせているのはカノープス様自身、ならばそんな陛下が涙を流す権利はないからだ

「捨て駒にするつもりはない、ゲーアハルトは死なせない」

「ならば…ならば…」

「陛下に戦え、と仰るのですか?ハインリヒ様」

「っ……」

私の言葉を受けて ハインリヒ様は項垂れ目を逸らす、それはつまり 口では答えられないが心では賛同していると言う意味だ

陛下が前に出て戦えば、ニビルだろうがアルカナだろうがなんだろうが瞬く間に殲滅しこの戦いは直ぐに終わる、だがそれは 連綿と続く帝国軍の歴史全てを否定することになる

陛下を前に出さないために戦い散っていた兵士達は、遡れば数億はいる、中には陛下を守る為戦わせない為戦死した者もいる、それなのに 今戦えば、彼らの魂は何処へ行く

今回だって多数の死者が出ているんだ、彼らは皆陛下を守るために戦ったんだ、なのにその戦いの最終局面でやっぱり陛下が出て全部終わらせました、となれば じゃあ死ぬ必要なんかなかったじゃないか、軍人になる必要なんかなかったじゃないか、厳しい訓練なんかする意味なかったじゃないか、となってしまう

それを否定しない為に、彼らの象徴であるために陛下はここにいる、戦争には関わらないようにしている、それをハインリヒ様も分かっているからこそ 苦渋の進言なのだろう

「………………」

陛下は珍しく心を顔に出す、苦々しい顔だ、想起している顔だ、きっと…あったのだろう

八千年前の戦いでも、似たような状況が

「陛下…」

「…………」

陛下は答えを出せないでいる、きっと 今突きつけられている二択、そのどちらを選んでも陛下は間違えたと思う事だろう、背負うと覚悟した同胞達の魂の尊厳か 今目の前で生きている者達の魂の安寧か、どちらかを選べば どちらかを捨てることになる

どちらも捨てるには、あまりに重い…それ以上に陛下の言葉は重い

重い 重い、あまりに重い沈黙が場を包む、その 時だった

「ならば私が行こう、カノープス」

「っ……!?」

声が響くと共に、虚空に開いた穴を潜って、現れる カノープス様とは違う もう一人の魔女が

レグルス様、そして

「エリスも行きます、エリスが なんとかします」

エリス様だ、無間界で一ヶ月の修行を終えたエリス様が 汚れたコートをバタバタと揺らし、現れたのだ

「レグルス…お前が?」

「ああ、ニビルと言う奴は曲がりなりにも魔女を名乗り、そしてそれを帝国軍相手に証明した、ならば私がなんとかする、国を持たない私にはしがらみも何もないからな」

「だが…」

「私が行けば、死した者の尊厳も生ける者の魂も、双方救うことができる、選択肢はないはずだ」

第三の選択肢、レグルス様が代わりに行く この選択はカノープス様にどちらも捨てさせない完璧な選択肢のようにも思える、これならばと思える物にも思える

事実、カノープス様にはこれ以外の選択肢がない、故に陛下も何か言いたげにするも 最早言うべき事はなく、手を下ろし 息を吐く

「わかった、だが無茶はするなよ…」

「ああ、任せろ」


「ふぅー、メグさんメグさん!」

するとエリス様は修行を終えた高揚からか、やや興奮しながら私の元に子犬のように駆け寄ってくる、顔色を見るに レグルス様の修行は成功に終わったようだ

「エリス様、上手くいきましたか?」

「はい、手に入れました…エリスの切り札を」

「それは良かっ…っ」

私の手を取り微笑む彼女の顔を見て、思わず止まってしまう…これは、これは

「早速パピルサグ城に行きたいんですが、その前に頼みたいことがありまして 実は…」

「その前にエリス様?」

「はい?」

エリス様の手を見つめながら、私はフッと息を吐き、考えられるだけの微笑みを向けながら 彼女に

「その前に浴室へどうぞ、凄まじく汗臭いです」

瞬く間に真っ赤になるエリス様を見て、私は鼻をつまむ すんごく汗臭い、そりゃ無間界には何もないですからね、体も洗えないでしょう…一ヶ月も体を洗わず四六時中動いていた人間の匂いは想像を絶します

なんて おくびにも口に出さず、私はただ 謝り倒す彼女を見て思う、可愛いなぁと

………………………………………………………………

「フゥ~~~……」

帝国軍部に存在する一角、任務を終えた兵士達がその汚れと匂いを落とすため用意された 通称『シャワールーム』にて、エリスは程よい暖かさのお湯を雨のように被りながら一息つく

いやぁ、いいですねこれ、シャワーですが、用水路の確保と安定した熱の用意が出来ていないから 一般家庭にはなく、軍部にしかないらしいが これはいい、とても暖まり 疲れが取れる

ホカホカと揺れる湯気と湯の雨の中、エリスはこの一ヶ月 現実世界で見れば三日にも満たない時間行った修行を振り返る

「これなら……」

エリスは拳を握りながら修行の手応えを噛み締める、成果はあった、師匠の言った 使えば勝てる切り札を、エリスは手に入れることができた、あれを使えば エリスはきっと格上とも互角以上にやりあえる

何せ、初めて師匠に一撃を入れることが出来たのだから…、あの師匠をして『強力無比かつ唯一無二の力』と言わせる程の力にエリスは希望を見出す

「でも、問題があるとするなら 使い所ですね」

使い所だ、これを会得すると共に師匠からキツく言われた

『確かに強力だが 強力過ぎる、今のお前にと言うより人類にとってその力はあまりに強力過ぎる、故に 使っていいのは1日一回のみ それも五分以上の連続使用は禁ずる』
 
そう固く言い含められた、きっと エリスが生涯修行をして強くなり続けても、使用時間が五分から十分に増える程度だろう、使いこなせるビジョンは今の所見えてこない

だが、代わりにその分強力だ、…一日 一戦闘にのみ使えるまさに切り札…、師匠との最大の修行で得たこれをどう使えるかが今回の戦いの分け目になる

対して今回は敵が多い、シン タヴ ヴィーラント、全員凄まじく強い…使い所を間違えなくても使える相手は一人に限られる、…どこで使うか それ以外の相手をどう凌ぐか…、一応考えはあるが

さぁて、どうしたものかね…そう纏まらない考えのままエリスは蛇口を閉めてお湯を止め、シャワールーム後にする

「綺麗になりましたね、エリス様」

「ははは、さっきはすみませんでした」

するとシャワールームの外で大きめのタオルを持ち、エリスを待っていてくれたメグさんが 外に出るなりエリスの体を恭しく拭いてくれる、さっきは興奮のあまり汗臭い体で突撃してしまった、申し訳ない限りだ

「それで、エリス様 勝てそうですか?」

「まだ分かりません、けど勝つつもりです」

「すごい自信ですね、そんなにすごい力なんですか?」

「…多分」

「多分?」

そう。多分だ あれだけ言ったけれど、まだ実戦で使ったことはない、何がどうなるか予想もつかない、だから この切り札一枚を手に勝負には出られない、また 別の手を用意しなければ

「さて、お着替えしましょうか、エリス様のおべべももう全て洗ってありますので」

「早いですね、…ああ あと頼みたいことがあるんですよ、メグさん」

メグさんが渡してくれる下着を身につけ、シャツに袖を通してボタンを締めながらエリスは言う、頼みたいこと と…

「はて、私に出来ることでしたら何なりと」

それはありがたい、エリスとしても相当無茶なお願いだと言うのは理解しているから、でも 今はそんなメグさんの言葉を信じよう、甘えよう

「実は…、少し前のお話になるんですけど……」

……………………………………………………

「つまり、エリスさんとメグさんはそのままマルミドワズからカノープス様に直に転移してもらったってことか」

「その通りでございます、フリードリヒ様」

フリードリヒ様への説明を終えるとフリードリヒ様はホッと一息ついてくれる、ここに援軍に来たのは私と エリス様とレグルス様の三人だけ、十万人規模の大戦争にたった三人の援軍など 数にもならない

だが、それでも分かる、エリス様がここに降り立った瞬間 何かが変わった気がする

「で?、エリスさんのあの姿…フルアーマー・エリスって言ったか?、なんだそりゃ」

そうして私達が目を向けるのは敵軍を目の前に腕を組み その奥のパピルサグ城を睨むエリス様だ、その姿はいつものコートの上に更にローブのようなマントのような漆黒の外套を羽織り 手足には鈍色の甲冑

姿が違うのだ、いつもの戦闘形態よりも物々しい、当たり前だ…何せあれは私コーディネートの最強フォーム

私が所有する魔装を身につけられるだけ身につけた、フルアーマー・エリスなのだから


『いつか言った魔装を貸してくれるって話 保留にしてたの覚えてますか?、それの答えを今出させてください」

と言ってたエリス様は頭の中にある魔装を次から次へと列挙していった、その数五十以上、ああやって見えているのはほんの一部、身体中に数多くの魔装を身につけているのだから、その馬力は普段のエリス様を数倍上回る程

本来なら 一人に一つ与えられる魔装を 一人で五十以上も扱い操る、その凄まじいまでの魔力操作力を必要とする…が、そこはエリス様だ 何よりも魔力操作を得意とする彼女ならばこそ あんな人並み外れた真似だってお手の物なのだ

そうフリードリヒ様に伝えると

「数十個の魔装で強化してるのか、こりゃ頼もしい」

「はい、今のエリス様は無敵です このまま一人で敵軍を突っ切ってパピルサグ城まで向かうでしょう、なのでフリードリヒ様はこのまま本陣に戻り 軍の指揮系統を蘇らせてください」

「おう、分かった、…本陣の方にも何かあったみたいだしな、急いで行ってくるよ!」

「お気をつけて」

フリードリヒ様を見送り、私は再びエリス様に目を向ける、これは 見逃せない一戦となる、エリス様が魔装を使ったらどうなるか、それは エリス様を守ると言う使命を超えて 私個人の好奇心が疼くのだ

一体どうなってしまうのか、一体どれほど強いのか…

すると、エリスは徐に動き 装備した大剣を構える、エリス様は剣術の心得はない、どれだけの名剣を持っても 使わない方がいいくらいの下手くそだ、だが あの剣だけは別だと エリス様は語った

「…行きます!、 風車剣 十字展開ッ!」

エリス様の掛け声とともに大剣が分裂し十字の形へと変わる、あれは風車剣 いつぞやエリス様に見せた失敗作魔装の一つ、持ち手を中心に十字の刃を回転させて敵を攻撃する筈が、人間では上手く操れない上、押されるとくるくる回ってしまうため武器の体裁を成していない装備だった

しかし、エリス様が使えば別だ

「な、なんなんだ あの剣…」

「見たことない形だ…ってか今こいつ、ヴィーラント様の名を叫んだか?」

「ってことは、やはり敵か!こいつ…!」

「なら生かす理由はない!この勢いのまま押し潰せ!」

十字に展開した剣を見て エリス様をようやく敵と認定した魔女排斥軍は殺到する、ああ 危ない…、今のエリス様の直線上に立たないほうがいい

「『旋風圏跳』…!!」

そんな突撃してくる軍を前にエリス様はゆっくりと旋風圏跳を発動させる、対象に風を纏わせ突撃する所謂加速魔術、いつもはこれを使いエリス様は飛び回りながら戦うのを得意とする

だが、今回風をと回せたのは自分ではない、十字に風車剣だ

「っっーーー!!!」

風を受け 風車剣は回転する、それこそ風車…いや あれはもはや竜巻だ、力を受ければ回転するか風車剣 ならば風で加速させれば良い、風車であるがゆえに回転し 回るごとに加速して十字の剣は円盤のように轟音を立てる

そして、エリス様もまた回転し 大きく振りかぶるとともにそれを……

「名付けて!『旋風烈刃剣』っ!!」

投げ飛ばす、風を受けもう回転する風車剣は更なる風を呼び起こし、一つのハリケーンとなりながら真っ直ぐ飛んでいく、凄まじい速度の回転刃 は直線上の全てを切り裂き 吹き飛ばし 道を作る

「っはぁぁああああ!!!」

そしてエリス様の進軍は始まる、全身の魔力機構をフル回転させ 今、見せつける

フルアーマー・エリスの猛威を…、っと 私も追いかけなくては

……………………………………………………………………

「なんっっだこりゃぁっ!?、なんなんだあいつ!」

「よく見りゃあいつ全身に凄まじい量の魔装つけてるぞ!、…師団長、いやまさか将軍か…!?」

「違います!エリスはエリス!孤独の魔女の弟子!エリスです!!!」

軽快な音を立てて走る 走る、只管眼前を目指して 奴がいるであろうパピルサグ城を…、ヴィーラントがいるだろうパピルサグ城を目指して、シンやタヴと言ったアルカナと決着をつけたい気持ちはある

だが今はそれ以上に、リーシャさんの仇を討つ!

「エリスだとぉ…!、魔女め 魔女の弟子め!、殺せ!殺すんだ!!!」

すると エリスの名を聞いた瞬間エリスの周囲の魔女排斥軍の目の色が変わる、…出来れば体力を使いたくない、このあと待ち受ける戦いの為の体力を失いたくない

と いつものエリスなら思うだろう、だが

「魔装…、同時展開!!」

全身に魔力を走らせれば 身体中に装着した魔力機構が作動する、今 エリスの体には数十個もの魔装が装着されている、全てメグさんが所有する物だ

いつぞやエリスに魔装をくれるって話がありましたよね、あの時見た魔装 貰えるだけ貰ってきました、それを取り付けられるだけ取り付けたのが今のエリス、今までにないくらいの武装の数 

これによって生まれるパワーは、通常の比にならない

「『魔力制御機構全開』『廻転魔装起動』『魔術増幅兵装接続』…!」

バチバチとエリスの小手の中に取り付けられた魔装達が唸りを上げる、魔装は使用者の戦闘能力と魔力を高め その一撃を最高の物へと変える、そこから放たれるエリスの魔術は…、間違いなく この旅最強の物となる!

「『多段爆裂式風刻槍』ッッ!!」

突き出した腕から放たれる風刻槍、いつもなら風の槍が一直線に飛ぶ物だが、今は違う 魔力制御機構により巧みに形を変え 廻転魔装により風の回転速度が増し 魔術増幅兵装により 複数に分裂した風の槍がエリスの周囲で爆発し 目の前の全てを爆ぜ飛ばす

「ぐぉぉぉぉっっっっ!?」

向かってくる軍勢が風に舞い吹き飛ぶ様を見て ちょっとビビる、軽く風刻槍を撃っただけで地面に大穴が開き 一撃で数十人が爆風に吹き飛ばされたのだ

…この力があれば、行ける!軍勢を引き裂いて あの城まで!

「孤独の魔女の弟子!討ち取ったり!」

刹那 そんなエリスの隙を突き 風を潜り抜け突っ込んでくる男が見える、腕には鈍重な斧、それを既に振りかぶっているが…甘い!

「『空間鳴動魔装 駆動』!」

「ぬっ!?」

空間が揺れる、エリスを中心に莫大な振動が大地と虚空を叩き揺らす、さながらエリスの体は巨大なドラムだ、それによって生まれる衝撃波を受け 目の前の男の動きが止まる、そりゃそうだ 内臓から脳に至るまで全てが揺れたのだから

討ち取ったってのは、こういう状況になってから言うんだよ!

「『超加速魔装 開始』『硬化魔装適用』!『疾風韋駄天の型』!!」

纏う拳が魔装の力で硬化し、肘から炎が吹き出て腕を加速させ この拳を必殺の武器へと変じさせれば、エリスの体が風を纏い、目の前の男目掛け…

「マッハ旋風掌ッ!」

「げぶぅぉぁぁぁ!?!?」

凡そ人体から出たとは思えない音を立て 男の体がエリスの掌底を受けガリガリと地面を抉りながら飛ばされ…、まだまだぁっ!

『魔力拡散魔装 装填』『雷雲制御機構 解放』!

「『嵐乱式 火雷招』ッッ!」

一瞬にして辺りを包む赤 赤 赤、炎を纏う雷が魔装と言う技術の力を借りて、荒れ狂い 躍動し 増幅し 拡散し、まるでこの世の終わりに大地に降り注ぐ終末の光の如く 戦場の只中で暴れ始める

その激震を見て 周囲の魔女排斥軍は恐れ戦く、そして誰かが叫ぶ

「何が魔女の弟子だよ!、あれじゃあまるっきり魔女そのものじゃないか!」

雷を雨のように振らせ 竜巻を起こし、まるで歩く災害のように行進するそれを前に魔女排斥軍は勢いを失う

例え万の軍団が立ち塞がっても、圧倒的強者を前にしても止まらない覚悟を持っていた者達の決意が折れたのだ、何せ あれはもう自然災害の類だ、嵐に向かって進軍出来る奴なんかいない

「『連射式 鳴神天穿」!!」

腕を一つ振るえば 指先から迸る雷がガトリング砲の如く飛び交い、周囲の軍勢を痛快なまでに蹴散らす

「『延焼式 眩耀灼炎火法』!!」

マントの中から間欠泉の如く漆黒のオイルを辺りにばら撒くと共に放たれる炎は瞬く間に海のように広がり戦場を赤く染めあげる

「『一点集中式 水旋狂濤白浪』ッッ!!」

そして今度は燃え上がる炎を消し去る 白の閃光が虚空を走る、否 凄まじい勢いで放出される水による薙ぎ払いだ、ただの水でも高密度で放たれれば骨さえ砕く、まるで光線の如く放たれた水は 何もかもを洗い流す

「退きなさい!!!エリスの邪魔をするなら 全員ぶちのめしますよ!」

止められない 止める気さえ起きないエリスの行進は続く、全ての魔術が魔装の援護で一段階上の領域に押し上げられている

「い 今更引けるか!行け行け行け!、もう帝国本陣は目の前なんだ!、敵は一人だ!取り押さえて押し倒せ!」

されど敵とて引けぬ、全員が武器を構え 数にものを言わせて兎に角攻める、今はこの勢いを死なせては行けないと 魔女排斥軍は最後の攻勢に出る

「二度は言いませんからね…!」

エリスの魔力の高まりに呼応して、全身の魔装が魔雷を迸らせ その全てを起動させる、このまま一気に突っ込む!!

「いけぇーー!!!」

「ぅぅ…ああぁぁぁああああああ!!!!!!」

走る 大地を耕し天に轟く咆哮を両者響かせ 疾駆する…!、剣光煌めく戦場にエリスは怒りを込めて拳を握り、そして展開する フルアーマーエリスの真髄を

「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』!」

まず纏うのは風 、ふわりと浮かび上がりエリスはいつものように加速する、ただ一つ 違う点があるとするなら

「『大陸間横断式加速魔装 点火』!」

エリスの足 、背中に取り付けられた魔装が火を吹き飛翔させる、これこそメグがエリスに手渡した魔装の中で 最も高い火力を持つ魔装

本来は巨大な物体に取り付け 大陸の端から端まで飛翔体を送り届けるという役割を持った所謂ジェットである、それを足先に取り付けた『物体圧縮魔装』『空間拡張魔装』『空間凝固魔装』などを使って背中に収納し固定した代物

それを使い エリスは更に加速する、いつしか身に纏うマントも翼のように展開され、滑空するように空を舞う

「『雷電機構 放電』!…『魔刃装 並列展開』」

加速し加速し、身体中に電撃を走らせ 魔力の刃を手足に纏わせ、今 エリスは一陣の風となり、敵軍を切り裂く刃となると

「ぅぅぅぅうああああああああ!!!」

雄叫びをあげながら軍勢を切り裂く、旋風圏跳と大陸間横断式加速魔装による加速は凄まじいものであり、風と炎が混濁したそれを後に残しながら ただの衝撃はだけで軍勢は吹き飛んでいく、もし彼女が上に向かって飛んでいたなら 星の呪縛さえ振り払い、月にまでも届いたであろうそれが パピルサグ城に向けられ 軍勢を押し退けて通る

「…くッッ!!」

その加速の中 エリスは確かに見る、近づいてくるパピルサグ城の上方に 玉座を背に窓からこちらを見下ろす男の顔を、一生涯忘れ得ぬ 最悪の仇敵の顔を、見ているだけで殺意と無力感と リーシャさんの冷たい肌の感触が蘇る あの顔を!

「ヴィーラントッッ!!!」

ヴィーラントだ、この軍を纏めていると言われる男が まるで来るなら来いと言わんばかりに両手を広げて笑っている、望みどおり 今そこにいくからな!!

「ダメだ…、勢いが凄まじすぎる…!」

「誰かー!、誰でもいい!魔女の弟子を止めろ!!!」

凄まじい突破力を見せるエリスを前に為すすべの無い魔女排斥軍は縋り付くように叫ぶ、誰かと その誰かがエリスを止めてくれることを信じて、すると

「グルルルオオオオオオ!!!!!」

エリスの前に立ち塞がる壁が吠える、合成魔獣の群れだ、体にいくつもの機構を取り付けられ 人に操られ 強化された魔獣達が聳え立つようにエリスとパピルサグ城の間に割り込む、まるで魔獣達も エリスをこのまま先に進ませてはならないと理解しているように

集まってくる、続々と…その数数百、分厚い壁となってエリスの前に立ち塞がる、如何にこの加速といえどこの加速は抜けない…

だが

「来いッッ!!」

その一言で空の彼方から銀の煌めきがエリスの手元めがけ飛んでくる、流星か 隕石か…、否 空を駆ける竜巻、 超高速で回転し空を飛ぶ風車剣だ、投げ飛ばしたそれがエリスの声に応じて戻ってくる、元々魔術を使って飛ばしてるんだ、その行き先は自由自在

それを掴み手の中で回転させるそれを、エリスは

「っ退ッッッ…」

振りかぶり

「けぇぇぇえぇっっっっ!!!!」

一閃 頑強な魔獣の体を真っ二つに切り裂き 道を作り出す、邪魔とばかりに加速しながら 目の前に立ち塞がるそれを闇雲な軌道で剣を振るい 文字通り切り開く

「ああぁぁぁぁああああっっっ!!!」

舞う太刀風は血風となり、燃え盛る怒りは血潮に宿り、回転する刃で血雨を降らせ、止まることなく城を目指す、次々エリスに伸ばされる魔獣の手は 不可視の速度で回転する刃に切り落とされ 頭は弾けるように飛んでいく

合成魔獣を以ってしても止められない、そう思われたが 魔獣達も最後の意地を見せる

「オォォォォォオオオオォォンッッ!!」

魔獣の群れの中から一際巨大な合成魔獣が立ち上がり エリスをその影で覆う、この合成魔獣の作り手 ペトロネラが乗っていた巨大合成獣だ、頭に矢を受けてなお活動を止めることのないこいつが 壁として城壁として 関門艱難艱苦としてエリスの前に立ち塞がる

「邪魔だぁぁぁぁあああ!!!」

例え何が立ち塞がろうが構うものか、目の前で屹立する巨大魔獣を前にエリスは剣を大きく振りかぶり 投げ飛ばす、ただでさえ加速しているエリスの体から殴られるそれは再び速度を得て魔獣の胸へと向かう

しかし

「グルルルルルオオオオオオオオオ!!」

止められる いや止まったと言うべきか、魔獣の体があまりに巨大すぎたのだ、魔獣の胸に深々突き刺さった回転刃は動きを止めてしまう、この程度では倒れないとばかり大型合成魔獣は咆哮を轟かせ エリスに向かって牙と爪を爛々と輝かせる

「どこまでも…邪魔な!」

ならば、エリスは止まるか

リーシャさんの仇を目の前にして、この肉の塊を前にして止まるか

直ぐそこに ヴィーラントがいると言うのに、迂回するか?道を譲るか?

どれも否だ

「全魔装 同時展開・完全開放!!」

全ての魔装のギアを全開まで引き上げれば、魔装特有の紫の雷が余剰エネルギーとしてエリスの体の外に溢れ出し それがこの体に纏わりつく

大陸さえ飛び越える加速と 全身全霊の風と、エリスを支える全ての魔装を束ねる感覚はとても似ている、魔力覚醒を行い 記憶を束ねる、一撃として放つ感覚に

そのままエリスは大型合成魔獣に向かって飛ぶ、くるりと翻り その足を突き出せば、脚甲が変形し 大型の槍のように刃を作り出す…、これこそエリスが即興で作り出した 魔装と魔術の合わせ技

これがエリスの魔装術、名付けて

「グルルルルル!!!」

「『機甲開放式・旋風 雷響一脚』ッッ!!」

エリスにとっての必殺技、魔力覚醒時にのみ使える全ての記憶を束ねて放つ飛び蹴り、それを数十の魔装を束ねて 平常時でも放てるようにした大技、威力という点では通常の雷響一脚に劣る

だが、背中のジェットブラスター 魔装から溢れるエネルギー そして完全開放された魔装の力と 足先の刃、これにより生まれる突破力は 或いはオリジナルさえも上回るっ!

「グギゥッッッ!?!?ガバァッ!?」

エリスの一脚は、大型合成魔獣の体をぶち抜き、爆裂させ 貫通し その奥にある城へと減速することなく突っ込む、城の上方にある展覧の大窓、その奥で微笑む憎き仇敵目掛け…今

「来たぞ!来てやったぞ!お前に報いを与えるために!」

抑えていた悲しみと 蓋をしていた怒りが爆発し 怒髪が天を穿ち抜き、エリスの足が轟音を立てて城の窓…なんて言わず その前面を砕き大穴を開け、乗り込む

パピルサグ城に、奴のいる城へと

「ヴィーラントッッ!!!!」

「くく…あはは」

ガラガラと崩れる玉座の間、エリスの今の一撃を防いだのか、軽い音を立てて部屋の中央に着地したヴィーラントに遅れて、エリスは地面に降り立つ…、酷使し魔装が悲鳴のような蒸気を全身から吹き出し 静止する、まだ止まってくれるなよ 魔装達

今のは準備運動 本番はこれからだ

「まさか、ここまでたどり着くなんてね…魔女の弟子」

ヴィーラントが玉座の間の中央にて 両手を広げながら笑う、それは とても追い詰められた組織の首魁の姿には見えない、寧ろ 待ち望んでいた存在の到来を歓迎するように 喜色に満ちた表情を浮かべている

「さぁ、君はどうやって私を終わらせてくれる、どうやって?」

「んなもん、決まってます…」

そんなヴィーラントに、エリスは歩みを進める、この帝国での 最大にして最後の戦いに…

「貴方をぶっ飛ばして、何もかもを終わらせます!!」

「それは楽しみだなァ…」

テイルフリングの亡霊 ヴィーラントとの対決に向かって

……………………………………………………

「フゥーッ…フゥーッ」

「あひひひひひひひ!!!」

所代わり、戦場の端 薙ぎ倒された木々によって生まれたコロシアムの真っ只中で、孤独に立つ二つの影がある

ゲーアハルトと無垢の魔女ニビルだ、ゲーアハルトはフリードリヒから引き受けた魔女足止めの仕事を今なお 続行していた

「ぜぇ…ぜぇ、どうした…ッ、怪物…!私はまだ 立っているぞ…!、お前は魔女と同格なんじゃなかったのか…ッ!、私一人 殺せんのか…ッ!!」

しかし、ゲーアハルトの体は既に限界に近かった、師団でも最強格と言われるフリードリヒでさえ一方的にやら帝国百万の軍勢を前にしても平然と在り続ける 無垢の魔女ニビルの力は絶大だ

ゲーアハルトとて弱くはない、単独で戦場に立てば 敵を薙ぎ倒す一騎当千の猛者だ、だが 此度は相手が悪過ぎる、ニビルを前にゲーアハルトが出来ることは何もない

「けひゃぁっ!!」

「がはっ!?」

どういう理屈で立っているかも分からないレベルでズタボロのゲーアハルトをニビルは容赦なく痛めつける、音を撃ち抜く拳と空気を切り裂く蹴りの連打が 瞬きの間にゲーアハルトを捉え 轟音を鳴らしながらゲーアハルトは吹き飛ぶことになる

今の死んといっても誰も不思議には思わない程の威力、されど

「まだ…、まだだぁっ!」

「ひゅ?」

吹き飛びながらも地面を這いずり立ち上がり 駆け出しニビルに食らいつく、酷使とダメージで動かなくなった彼の武器 アオスウルフ・バンカーを振るいニビルに猛然と殴りかかる

「私はここだぞ!、やってみろ!殺してみろ!ニビル!!」

「うぅー…」

振るう 振るう、もはや武器に体を持っていかれ フラフラと足を絡れさせながらゲーアハルトは戦いを続ける、対するニビルはもう避けるのも面倒だとばかりにため息のような唸り声をあげ 怠そうに避け

ついでとばかりにその隙を突き、ゲーアハルトの無防備な胴を拳で撃ち抜く

「げはぁっ!…ぅおぐっ…おえぇ…」

「にしし…」

その一撃でゲーアハルトは血を吐き、攻め手が止まる…、その姿を見てニビルはようやくかと言わんばかりに笑う、死にかけの虫けら一匹をここで相手するより向こうで帝国軍を相手に暴れたほうが楽しいことを理解しているから

だから、もう動けないだろう ゲーアハルトを置いて立ち去ろうとした…が

「何処へ…行く!、まだ終わりでは…ない!」

打ち込まれる、その背に動かなくなったアオスウルフバンカーが、剰えニビルの体に叩きつけられたバンカーか遂に限界を迎え バラバラと崩れて地面に落ちていく

しかしゲーアハルトは諦めず、落ちた部品の中から バンカーの杭を拾い、それを突き刺しに掛かる

「ごは…っ」

しかし、手に持った杭はニビルに届く事はなく ゲーアハルトは膝をつく、既にニビルの拳には蒸気が漂っており 辛うじて殴り抜いた事が理解出来る、それ程の速度で迎撃したのだ

ニビルの身体能力は魔女クラス、師団長クラスのゲーアハルトでは絶対に敵わない、何度やっても何百回やっても勝つ事は出来ない、そんな事 ゲーアハルトだって分かってる

「ふぅー…」

今度こそ終わったと再び踵を返すニビル…その足に ゲーアハルトの手が絡みつく、見ればゲーアハルトが倒れながらもニビルを行かせまいと掴みかかっているのだ

「ぁあ?」

「ま…て、私…は…まだ…!」

最早武器は無く 拳を砕け 体はズタズタ、無事な骨はどこにも無く 内蔵だって張り裂けている、どこもかしこも死んでいるに近い状態、ただ一つ その瞳だけを除いて

「お前は…!私の友達を 傷つけんだ…!、その報いを 受けさせ…ぐっ!」

しかし そんなゲーアハルトの上にニビルの足が降りかかり、地面が砕け ゲーアハルトが血を噴く、お前の意志など知るか そんな顔を浮かべニビルは嫌そうにゲーアハルトを蹴飛ばす

「ぐぅ…、お前を…絶対に許さない、決して…この命が無くなろうとも!!、絶対に!お前を 好きにはさせない!」

それでも立ち上がる、何を以ってして立っているのか、足は砕けている 体力も魔力も気力も残っていない、人が『立つ』という現象を起こす為に必要となる条件が圧倒的に不足しているにもかかわらず 立ち上がるのだ

「…あぁ?…」

ニビルはそれを見て学習しようとする、力はあれど知識のない彼女は人を見て学習する、だが分からない 同じように痛めつけた人間は誰も立たなかった、何故こいつだけが立つのか

分からない、分からないからニビルは学習しようとゲーアハルトに歩み寄る

人ならず、されど人に近づく、人外の人たる彼女は既に…とある感情を獲得していた、殺意よりもなお怖ろしき人のサガ、人類が地上の支配者となった最悪の感情 『好奇心』を得ていた

こいつは一体、どれだけ痛めつけたら倒れないのだろうと、好奇心を満たす事で快楽を得る術を手に入れてしまった、その好奇心が 今ゲーアハルトに向けられる

「かかかかか…」

「来い…偽りの魔女、私が…お前に…報いを与えてやる!!」

砕けた拳を握り 折れた足で踏み込み 、殴り掛かる それはとても慢心相違の人間のそれには思えないほど、芯の通った一撃、ゲーアハルトが通し続ける 友情という名の芯が 形として現れた拳

「ききき…」

その拳を前にニビルは笑い、同じように拳を握り 答えるように殴打を放つ、最早ニビルはゲーアハルトが死ぬまで止まらない 本格的に嬲り殺すつもりだ

「ぅぉおおおおおおお!!!」

「きひぃぃいいああ!!」

血を振り絞り 立ち向かいゲーアハルトと、殺意を迸らせるニビルが、交錯するその瞬間

ゲーアハルトの首が後ろから捕まれ…

「ぬぉっ!?」

後ろに引かれたのだ、なす術なくニビルから引き離されるゲーアハルト、その手が 後ろから伸びる手に触れ…

「バトンタッチだ、勇者よ」

「な…」

後ろに引かれたゲーアハルトが見たのは、夜空よりも黒き射干玉の髪 それが、ゲーアハルトに代わりニビルの前に立ち…

「ぎぃ…げぎゃぁっ!?」

殴り飛ばした、如何なる攻撃を受けようとも微動だにしなかったニビルが 宙を舞い地面を抉り、倒れ伏したのだ

「こ…これは」

「ゲーアハルトだったな、よくぞ持ち堪えた、お前が後すべき仕事は 生きて友の所に帰る事だ」

ニビルを殴り飛ばし 現れたそれは 髪とコートを揺らしながら振り返る、その顔は…ああ

「レグルス様…」

「ん、悪いな 遅れた」

レグルス様だ、魔女レグルス様 エリス殿の師にして陛下の朋友、そして 魔女…ニビルとは違う 正真正銘の魔女だ、そんな彼女が私を庇い 代わりにニビルを倒し、そして 懐からポーションを取り出し

「使え、そして退け こいつは私がやっておく」

「し しかし…」

「お前が死んだら、ハインリヒとバルバラがうるさいのだ…、満身創痍意識を保つだけで辛いだろうに、立ち上がり カノープスの所に来て、我々も戦う 友たるゲーアハルトの為にと、もしお前が死んだら 何をするか分からん」

「なっ…」

あの怠け者のハインリヒと八方美人のバルバラが、そこまで…とゲーアハルトは受け取ったポーションを握りながら呆然とする、…そうか いやそうだ、私達は友なのだ…あいつらだってそう思ってる筈なんだ

なら、死ぬわけには行かないとポーションを飲み干せば、みるみるうちに体の傷が全快し、折れた骨も傷ついた内臓も元どおりになるのだ

「っ…レグルス様、ありがとうございます…、私は」

「いい、早く行け…、どうやらあの怪物… まだまだやれそうだ」

「にぃぃいいい…」

レグルス様の拳を受けてなお立ち上がるニビル、その身から溢れさせる威圧は 私と戦ってきた時よりも尚濃い、私と戦っている時は 微塵も力を出していなかったというのか…

どうやらここは、この戦地で最も過酷な場となるだろう、そこに私がいても何も出来ない、悔しいが 後のことはレグルス様に任せよう

「すみません、では私は…」

「ああ、任せろ きっちりあいつはぶっ殺しておく」

「はい…!」

その言葉を最後にゲーアハルトは本陣を目指して走る、今はフリードリヒさんと合流しなければと


「魔女ぉ…殺すぅあ!」

「フッ…やれるか?、お前に」

そして残されたレグルスとニビルは互いに睨み合う、牙を剥き 爪を突き出すニビル それを前にレグルスは構えることもなく、ちょいちょいと指で招き

「来い、生意気な後輩め、魔女として 先輩の力というものを見せてやろう」

火蓋が切って降ろされる、孤独の魔女と無垢の魔女の戦い、その火蓋が
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